学園艦とは、「大きく世界に羽ばたく人材の育成と、生徒の自主独立心を養う」ことを目的に建造された、簡単に言うと超大型の船であり、海上に浮かぶ学園都市である。形状は一般的に空母のようで、甲板が平たくなっている。しかし空母と似ているのは本当に形だけであり、特筆すべきはその大きさである。小さいものでも全長は七キロメートルあり、これは日本が誇る霊峰『富士山』2つ分の高さである。横幅は一キロメートルほどだが、第二次世界大戦で実際に海を渡った船の幅が200メートルほどであったことと比較すると、その巨大さが想像しやすくなるだろう。一キロメートルを短く感じる者もいるだろうが、一万円札が横に約6000万枚並ぶ長さと言えば、完全に理解できなくとも「すげぇ!」となるのではないだろうか。
この学園艦、歴史はかなり長い。ローマで最も有名な皇帝の一人が、自らの著書の中でその存在に言及していたことから、単純計算でも数千年の時を重ねている。海洋国家であったイギリスやヴェネツィアでは既に保有していたという説もあり、「このような巨大な船をどうやって建造したのか」「近代に入って巨大化しただけであり、古くはもっと小さな形だった」など、歴史研究家たちの興味の的となって日々熱い議論が繰り広げられている他、当時の文化を知るための貴重な手掛かりとして、専門的に研究する者もいるほどである。
学園艦とは海上に浮かぶ都市である。都市と言うからには、当然人がいる。人がいれば社会が出来て、社会が出来れば設備が生まれる。設備が生まれれば、それらを運用する人がいる。ということで船の上には数万人から数十万人という莫大な数の人々が生活していることになっている。学園艦、という名前の通り、艦上にある学校の生徒が円グラフの多くを占めるが、当然教師から生徒の家族、ホームセンターやコンビニエンスストアの従業員などがおり、学園艦という一つの都市を全員で運用している。住宅は建ち、植林活動が行われ、インフラ整備も実施された。上から見れば本当に、海の上に在るとは思えないほどしっかりとした一つの都市だろう。建造の目的を十分に叶えることができる、自由で開放的な、素敵な場所である。
時に都市とは、誰がその形を維持しているのだろうか。電気、水道、ガス、インフラ、物流。
必要最低限かつ絶対的に必要なこれらを、常に健全に運用できるようにしているの誰なのか。陸上の都市では、ガスはガス会社であるし、水道は水道局である。がしかし、お金という観点で線を遡っていくと、ガス代やら水道代といった、馴染の深い言葉に行き着くだろう。つまり税金である。施設を運用し、都市を健常にしているのはそこで働く従業員だが、施設自体を維持しているのは税金だ。これはお金を収める代わりに、生活を支えてもらうという非常に道理に沿った商売であり、公明正大で単純明快な論理である。
一方で学園艦はどうなのだろうか。海上で生活する以上、ライフラインの設備は普通の都市よりも洗練かつ先鋭である。複数の浄水・発電施設は勿論、ごみ焼却場もあるし、恒常的に生活するために農場や水産養殖場すらもある。数万人を健康的に養っていけるだけの設備が、一つの船の上にあると考えると、学園艦がいかに壮大な代物であるかを再認識してしまう。ではこれらを運用しているのは誰か。学園艦では、これら全てを生徒が行っている。工業高校や農業高校が実際にそれらの業務に取り組むのと同じようなレベルで、学園艦のライフラインは生徒が全て支えている。一種の教育カリキュラム、それも実践的なものの極致ともいえるかもしれない。
通常社会人が負担すべきところを、生徒が務めることによって金銭的な負担は減る。学生には給料が支払われないため出ていく金はなく、寧ろ学費という形で入ってくるようになっているため、懐は潤う一方である。加えて学園艦住む生徒以外の住人からも税金という形で多少お金が入ってくるし、更に学園艦を管理する国からも、県立であれば支援金が多く、私立であれば少なく出ているため、財政は金の泉如くである。それらのお金を使い、設備を拡充する。すると生徒が増える。生徒が増えると知名度は上がり、収入も増える。収入が増えればまた設備の拡充ができて、増える入学希望者を受け入れることができる。この健全な正のループが、学園艦を維持するシステムの根幹である、というのが有識者の意見である。
しかし連鎖と言うものは、一つの綻びであっけなく崩壊してしまうものである。どこかしらが機能不全を起こせば、当然繋がっている部分まで悪影響を及ぼす。そして正のループはその性質を反転させ、豊かな富を生み出していた連鎖は自らを滅ぼす負の因子となる。
こういった学園艦は少なくない。国としては利益がある内は協力的でいられるし、プラスマイナス0でも寛容でいられる。だが完全にマイナスを産み続けるだけとなってしまっては、見逃す理由はない。『学園艦統廃合計画』は、そうして始まったものであり、既に何校かが名前を失う、あるいは名前が合体し長くなるといったことを強制されていた。
県立大洗女子学園。茨城県の飛び地という形で海洋に浮かぶこの学園都市もまた、『学園艦統廃合計画』によってその歴史に終止符を打つことになっていた…。
○
「来ていただき誠に光栄です、神栖渡里さん」
「いや、そんなに畏まれては恐縮してしまいますよ。どうか頭を上げてください、角谷さん」
海上に浮かぶ学園艦の、甲板の上にある一つの高校の、その中にある一室に二人の男女がいた。女子の方は赤銅色の髪を二房に結っており、非常に小柄な体格である。平均身長よりも大きく低いことが目測でもわかるが、対面すれば外見よりも大きく見えるような不思議な雰囲気を纏っており、上げた顔立ちは実に利発である。名前を角谷杏といい、役職は県立大洗女子学園の権力ヒエラルキーの頂点である生徒会長であった。
長机を挟んで向かいに座るのは、これまた男性の平均身長から大きくズレている男だった。深い濃紺の色をした髪を短く揃えていて、落ち着いた雰囲気から見るに完全な社会人男性であった。名前を神栖渡里といい、役職は社会的ヒエラルキーの最下層に位置する無職であった。
高身長と低身長、赤色と青色、男性と女性、子供と大人。色々な意味で対照的な二人が、こうして顔を合わせているのは角谷が発端であった。世間話をすることもなく、神妙な表情で招待主である角谷が口火を切った。
「早速ですが本題に入らせて頂きます」
視線で合図を送り、角谷の横に控えていた柔和な顔つきの女子が、三枚にまとめられた書類を渡里に差し出した。高校生にしては一々所作が丁寧だよなぁ、と渡里は感心する思いになる。翻って自分はこの頃どうだっただろうか、と場にそぐわないことを考えていた。
「今日お呼びした理由は一つです。今度我が校で復活する『戦車道』の、講師を務めて頂けませんか?」
ずず、と茶を一杯啜り、品の良い味に満足して、渡里は書類に目を通す。
『大洗女子戦車道復興計画』。大きく書かれた題目と、その下につらつらと書かれている詳細な概要。なんとも馬鹿にも分かりやすい書き方で、高校生にあるまじき書類作成能力である。こういった能力は社会人、早くても大学の上級生になってから身に着くものだと考えていたが、これが学園艦という特殊な環境の成果なのだろう。ちなみに渡里の最終学歴は『高校中退』である。
一通り目を通して、渡里は角谷へと視線を移した。最初に言うべき言葉は既に決まっていた。
「
戦車道とは、『礼節のある、淑やかで慎ましく、凛々しい婦女子を育成する』ことを目的とした伝統的な武道である。全盛期と比べるとその勢いと活力は失われているものの、未だに根強い人気とそこそこの競技人口を誇っている。有体に言ってしまえば、特殊な素材で安全性を限界まで高めた戦車に婦女子が乗り込み、砲弾を撃ちあうという鉄火の競技であるが、渡里の言わんとしていることは、これが『女性』の競技ということである。今更言うまでもないが、渡里の性別は100人が100人『男性』と答えるものである。
「戦車道とは古くから女子の競技であり、女性が中心となって続いてきたものです。整備士やショップの経営、物流など様々な形で戦車道に関わっている男性も、確かにいます。しかし結局、それらは中心から外れたものばかり」
これとおんなじですよ、と渡里は茶菓子の包装を指さして笑った。
「講師というのであれば、他にも候補はいらっしゃったでしょう。私より、資格も実績もあるような方がね」
茶菓子を口に含んで、渡里はその味に舌鼓を打った。その表情は明るい。
対し角谷杏は最初の神妙な顔を未だに維持していた。
『なぜ私を選んだのか』。直接告げられはしなかった渡里の問いに、角谷はどう返答すべきか一瞬考慮し、渡里が茶菓子を飲み込んだ時を狙って切り出した。
「男性か女性か、というのは些細な問題です。確かに戦車に乗り、競技を行うのは女性だけです。しかしだからといって男性の存在が軽く見られる理由にはなりません。実際、今の戦車道協会の会長は男性が務めています」
「角谷さんは聡明ですね。やはり学園艦の長ともなると、並みの人間では務まらないということですかね」
渡里は感心したような声色だった。角谷はその言葉に、曖昧な笑みを浮かべて返した。
「それに、神栖さんに実績がないなんて嘘ですよね。大学選抜との一件を知って、私は是非貴方に講師を、と思ったのですから」
「いやぁ、お恥ずかしい。恐縮です。まさかあのことをご存知だとは。戦車道をしている人間ですら、知っている者は少ないというのに」
一体どこでお聞きになられたのですか?と言って渡里は茶を啜った。余程味が気に入ったのだろうか、と角谷は思い当たり、一応横に控えている副会長に目配せを送っておく。気の利くこの右腕はそんなことをするまでもなく、自分で気づいていたかもしれないが。
「正直に申し上げますと」
質問の答えを待たずに、途端に渡里は口を開いた。
「光栄なお話です。いや、光栄すぎると言ってもいい。男性である私を講師として招いて頂けるだけでなく、『戦車道の活動において全権を委任する』とまで言って頂けるとは、思いもよりませんでした」
書類の一部を指で示して、渡里はまっすぐに角谷を見つめている
全権を委任する。この言葉に込められた魅力は、禁断の果実にも劣らない。好きにしていい、こちらは関与しません。責任だけ取ります。この言葉を重要さは、大人になればなるほど理解できるようになる。
「好条件だ。今すぐに飛びつきたくほどにね」
特に私は無職ですし、という副音声つきで。
「しかし大人というのは臆病なものでして、ふと考えてしまうんです。ここまでして私を招いて、貴方がたになんのメリットがあるのだろう、とね」
角谷はすぐに答えなかった。答えるべきタイミングではないと考えていたし、渡里もまた言葉をつづけるつもりであった。
「私に実績は、確かにあるのでしょう。私自身はそう思いませんが。しかし実績に対して当然の報酬と言うのであれば、少しばかり秤が傾いています。明らかに過剰だ、誰にでもわかるほどに。それを正当だと仰るその所以を、ここで明らかにしていただけませんか?」
ここが最大の分岐点であることを角谷は悟った。これは単なる理屈と警戒心から来る問ではない。これから共に働いていくパートナーとして、信用するに値するのか否か。それを角谷の答えから推し量ろうとしているのだ。
返答はすぐに出なかった。窮しているのではなく、言葉を選んでいるのだろうと渡里は推理した。勢い任せに捲し立てられるよりも余程いい。その慎重さだけでも、自分の上司になるための及第点は超えている。だが、合格点ではない。渡里が求めているラインに到達するかどうかは、角谷の返事にかかっていた。
返答は、ゆっくりと20秒過ぎたときだった。角谷はその何倍もある時間を体感していたが。
「大洗女子学園は、来年には存在しません」
その一言に、渡里は目を細めた。
「いま全国の学園艦数の見直しが行われているそうです。維持費運営費ととにかくお金がかかるから、必要なものとそうでないものを分けよう、と。それでこの学校は、後者になってしまいました」
渡里は角谷の言葉を待った。苦い顔で、角谷は続ける。
「役人方には、『大洗女子には目立った実績がないから』と言われました。大変腹立しいことですが、事実であるだけに言い返せなくて。……それで、」
「戦車道で結果を残す、と啖呵を切ったというところですか」
バツが悪そうに角谷は笑った、渡里は茶を啜り、大して驚いた様子を見せることはなかった。しかしそれは、次の角谷の言葉によって一気に破られた。
「全国大会で優勝します!と言ってしまいました」
「ブフッ」
渡里は重いきっりせき込んだ。喉を通りかかっていた茶が逆流したのだ。二度、三度、四度とせき込み、秒針が半周するくらいの時間の後、渡里は失敬と頭を下げた。
「それはまた、思い切ったことをしましたね。……それくらいのことをしないと、廃校とは覆らないものですか?」
「相手に無理難題と思わせることが出来なければ、こちらの主張が通りませんからね。正直賭けでしたが、なんとか認めてもらいました」
渡里は感心したように息を吐いた。角谷の交渉術は、高校生が使うものではなかった。学園艦を束ねる生徒会の長は、並大抵では務まらない。
「御見事、というべきなんでしょうが、難しいでしょう。いや、ほぼ不可能ですね」
「………やはり、貴方もそう思いますか」
『ほぼ』、という言葉も渡里としてはお世辞のつもりである。実際の見込みを言うのなら、10%もないということは両者の中で共通した考えであった。
「今の高校戦車道は、四強状態でしてね。過去十年くらい上位入賞校は同じなんです」
渡里はツラツラと高校の名前を述べた。それは角谷も良く知るところであった。
「参加校が少ないということもあるんですが、もっと根本的なところで、その四校とそれ以外では圧倒的な差があります。どこも最初は追いつき追い越せ、で頑張っていたんですが、今はもう諦めムードが漂っていまして……差は縮まるどころか開く一方なんです。もし優勝できたら、世の中はひっくり返りますねきっと」
だが何十年振りに復活する実質的な戦車道新設校が、そこに割って入ることができるか、いやできない。高校戦車道の頂は、そんなに低いところにはない。言外に告げられた事実に、角谷は顔を伏すしかなかった。神栖渡里は、角谷達にとって最後の希望だった。戦車道の世界のおいて、あらゆる意味で異質な彼以外に、最早縋るところはなかったのだ。
「全て承知の上で、お願いします。力を貸して頂けませんか……?」
だから彼を招待した。過剰とも言える権限を対価にしてでも、角谷は学園を護りたかった。護らなければならなかった。その想いを示すかのように、角谷は祈るように背を折る。
渡里の返答はほんの僅かな間を置いてからだったが、角谷にとっては秒針が三周するくらいに等しかった。
「戦車道新設校を全国制覇へ導く。そんなことは誰にもできないし、余程のバカ以外誰もやろうとしないでしょう――――――――」
角谷は拳を握った。ほとんど無意識の行為だった。そして渡里は決定的な言葉を告げる。
「――――――そんなバカになるのも、悪くないですね」
弾かれたようにして、角谷は面をあげた。視線の先には、茶目っ気を滲ませた表情の渡里がいた。不器用に片眼を瞑り、真っ直ぐに背を伸ばして、彼は言う。
「私の腕を買ってくれている。私の事を信用してくれている。講師を務める理由は、その二点で十分すぎるくらいです」
渡里は深く頭を下げた。成人男性が年下の高校生にするものとしては、その行為はあまりにも謙虚すぎた。
「講師のお話、喜んで引き受けさせて頂きます。私の力がどこまで及ぶか分かりませんが、その限りにおいては全霊を尽くすとお約束いたしましょう」
顔を上げた彼は、明るい表情だった。角谷は一瞬呆然として、しかしすぐに事態を飲み込んで、渡里に負けないくらいの深いお辞儀をした。
こうして大洗女子学園は、輝く頂への切符、その一つを手にしたのだった。
○
「ところで、肝心の戦車道のほうは人が集まっているのでしょうか?」
流れるような手際の良さを発揮し、さっさと必要書類へのサインを済ませてしまった渡里は、茶菓子と茶を再び堪能していた。角谷からは、「よく食べますね」と半ば呆れられたような視線を投げられたが、どちらかと言えば茶の方をよく飲んでいるため、そんなに食べてはいない、というのが渡里の言い分である。副会長である小山柚という女子が快くおかわりを持ってきてくれるため、渡里も遠慮はしなかった。流石に常識の範囲内ではあるが。
ともあれ先ほどの緊迫した雰囲気から一変し、場の雰囲気は和やかなものになった。
海が良く見えますね、と渡里が景色を誉めれば、どうせなら甲板のほうが見たかったですけどね、と角谷は苦笑した。
取り留めない話を、何の意味もなくだらだらとする。渡里としても肩肘張らずに済むほうがよっぽど楽だったし、そういう会話をしている方が、角谷杏がどういう人間かよくわかるのではないか、と考えていた。
やはりというか、角谷杏はなんとも人を喰ったような性格をしている。根っこはいい子だと分かってはいる。しかし悪戯好き、とはまた違うベクトルだが、真面目な部分をあんまり見せたがらない、という気質だった。さっきまでの態度は相当無理してたんだろうな、というのがよくわかるほどに、今の角谷はリラックスしているように見えた。
「えーと、小山。今んとこ何人集まってるんだっけ?」
「十五人、ですね。まだ未提出者もいますので、これから増えるかもしれませんけど」
「だそうです、渡里さん」
「随分少ないですね」
いつの間にか下の名前で呼ばれていることに気づいたのは、書類にサインをしているときだった。随分と馴れ馴れしいが、不思議と不快感はなく、まぁいいだろうと思ってしまうのは、彼女の持つカリスマというか、魅力の効果なのだろうか。
しかし十五人とは、頼りない数字である。一つの戦車に乗れる人員は戦車ごとに決まっているが、大体五人乗りである。これは戦車の運用に必要な役職が基本的に五つであることからだが、となると三両ほどしか運用できないことになる。役職を兼任して一両あたりの搭乗員を減らしたとしても、四両が限度だろう。
「まぁ私たちも参加しますから、十八人ですね。後は増えることを祈るだけ、という感じでしょうか…」
干し芋を美味しそうに食べる角谷と、陰鬱にため息を吐く小山。実に対照的な姿である。たんなる勘だが、この会長の下で働くというのは結構な苦労を伴っている気がする。小山は見かけによらず、苦労してきたのだろうか。
「というか、参加なされるんですね」
「意外でしたか?」
まぁ、と渡里は頷いた。変に隠す部分でもない気がしたからである。
「できることは何でもしようと思ってるんです。私たちは三年でもうすぐ卒業ですし、それに言い出しっぺでもありますから」
小山の笑みは健気だった。こんなことを言われてしまったら、渡里としても手を抜くわけにはいかなくなる。
「ということは、私の指導を受ける側になるということですね」
「そういうことになりますね~」
「じゃあもう、遠慮はいりませんね?」
はえ、と角谷は間の抜けた声を出した。横にいた小山も、目を丸くして固まっている。
「まずは保有戦車と戦車道受講者のデータを最優先にもらおうかな」
「は、はい?」
「その次は練習のスケジュールと、弾やパーツといった備品の見積もりと発注」
「あ、あのぉ」
「練習場所はとにかく広く大きいところがいいな。ツテがあるので、そこに連絡して練習場を整備してもらおう。今日明日中に話を通しておくから、打ち合わせしておいてくれ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
小山が大変慌てた様子でペンを走らせた。構うことなく、渡里はあれやこれやと矢継ぎ早に捲し立てていく。
ぽかん、としていた角谷は、次の瞬間には愉快そうに笑っていた。てんやわんやになる小山を横目に、渡里もまた愉快そうに笑った。
かくして県立大洗女子学園戦車道チームの、後に伝説として語られる快進撃、その序章は幕を開けた。しかし本題に入るには未だ、一人の少女の出現を暫し待つ必要があった。渡里と共に大洗女子の中心としてチームを導いていくことになる『彼女』との出会いは、しかし目前に迫っている。