戦車道素人集団を優勝へ導く138の方法   作:ススキト

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全国大会編開幕
原作のサンダース戦はすごく綺麗に出来ているので二次創作ではちょっと扱いが難しいですね。できるだけ原作にも負けないくらい熱い戦いを書けるように頑張っていく所存です。

以下注意点
サンダースの戦車の色はよく分からなかったので『深緑色』にしてます。
M4云々の話は完全に正しいわけじゃありません。
本来ダー様は格言を挟まないとまともに喋れない子です。




第21話 「サンダースと戦いましょう➀ 開幕」

天気は快晴。空は海を写したかのように青く、雲一つない。

気温は上々。決して涼しくはないが、茹だるような暑さでもなく、時折吹く風が実に心地よい。

予報によると、今日一日はこの天気が続くらしい。

 

大きく息を吸い、大きく息を吐く。

調子は悪くない。

気怠さは一切なく、身体は羽が生えたみたいに軽い。

頭の中もすごくスッキリしていて、思考がクリア。周りの景色も、よく見える。

 

コンディションの調整はばっちり。

みほは兄の手腕に舌を巻いた。

戦車道に関わる知識だけでなく、フィジカルトレーナー的なこともできるとは、みほは思いもしなかった。あくまで兄は講師、教導官という枠組みの中の人間で、その分野においては突出した能力を持っていても、他の分野においてはそうではないとばかり思っていたのだ。

 

しかし対戦相手と試合会場が決まってからここに至るまでの約72時間。

兄の言う通りのスケジュールで動いていた結果がコレだ。

つくづく底の見えない兄である、とみほは嘆息した。

 

そして実に明朗かつ清涼な気分で、みほは眼前を眺めやる。

 

一面に広がる緑の大地。

その奥に蜃気楼の如く揺蕩う影が、十。

深緑のカラーリングが施された、鉄の群れ。

 

アレが今日の、みほ達の対戦相手。

全国高校戦車道大会のベスト4を独占する四強の一角。

多数のアメリカ戦車を保有し、その運用に関しては右に出る者はいないとされる、雷鳴の名前を冠した高校。

 

サンダース大付属。

 

潤沢な物資、圧倒的戦力、豊かな人材、積み上げてきた歴史。

おそらくありとあらゆる面で、大洗女子学園は彼女たちに劣っている。

 

弛緩していた身体が、ほんの僅か一瞬だけ緊張した。

無理もない、初戦からいきなり優勝候補と戦うのだ。寧ろ緊張する方が自然だろう。

 

戦車道に限った話ではないが、競技の世界ではよく「呑まれる」という言葉が使われる。

具体的にそれが何を指すのかは、みほには説明できない。ただ理解していることは、呑まれてしまえば最後、みほ達は自分たちの本領を発揮できないまま敗北するということだけ。

 

大洗女子学園は絶対的に公式戦の経験が少ない。もっと言うなら、皆無だ。

実戦経験こそ兄によって改善されてはいるものの、公式戦は練習試合とは全くの別物。

初めての公式戦という状況で、大洗女子学園がどこまで戦えるかは始まってみないと分からない。下手をすれば、あっという間に相手に呑まれてしまうことだってある。

 

みほ達はあくまで未知数のチームなのだ。これが果たしてプラスに働くかマイナスに働くか。

 

「―――――両校、整列!!」

 

審判の号令に従い、赤い髪をツインテールにした小柄な少女と、薄い金髪の女子が中央へと出る。前者が大洗女子の代表、後者がサンダースの代表。

 

隊長であるみほではなく角谷があそこに立っている通り、代表イコール隊長というわけではない。

ただサンダースは、あそこに立っているのは間違いなく隊長だとみほは確信していた。

 

遠目からでは漠然とにこやかな表情をしているくらいしか分からないが、それでもみほは感じ取っていた。

あの金髪の隊長の中に秘められた、壮烈な覇気の存在を。

 

当然ながら一筋縄ではいかない。

相当な激戦がこの先に待ち受けていることを、みほは予感した。

 

「礼!」

 

挨拶と、一礼。

 

折った腰と伏した顔を元に戻せば、そこは既に鉄風雷火の世界。

両者が明確に勝者と敗者とに別けられる、勝負の世界。

 

心地の良い草の香りの中に、硝煙の匂いが混じりつつある。

それをみほは、ひどく懐かしく感じた。

 

遠くの方で、号砲が聞こえる。

それは開戦の合図。各自は戦車に乗りこみ、エンジンに火を入れられた戦車は唸りを上げる。

準備は万端。後は全霊を尽くして、駆けるだけ。

 

通信手の武部の視線を受け取り、咽頭マイクに手を当ててみほは声を上げた。

 

 

「パンツァー・フォー!」

 

 

 

 

 

海原を航海する学園艦の中、およそほとんどの人間が入る機会のない生徒会会長室に、今日は多くの人間が集まっていた。

言わずもがな、大洗女子学園戦車道の面々とその教導を担当している、神栖渡里である。

彼女たちは長い机を囲むように配置された椅子に座り、渡里はホワイトボードの横に突っ立っていた。

 

彼女たちが集まった用件はただ一つ、ついに目前まで迫った全国高校戦車道大会一回戦、その対戦相手の研究と作戦会議を行うため。

先日の抽選会にて決まったトーナメント表のコピーをホワイトボードの隅に貼り付け、彼女たちは大洗女子学園の真横にある名前に彼女たちは視線を注いだ。

 

「サンダース大付属って強いんですか?」

 

磯辺はいつかの聖グロとの練習試合の折に行われた作戦会議の時と全く同じことを言った。

そして渡里は、その時みほが言ったことと全く同じことを言った。

 

「ここ十年くらいベスト4を独占している学校の一つだ。いわゆる優勝候補ってやつだな。強いか強くないかで言えば、まぁめちゃくちゃ強いよ」

 

神栖渡里は戦車道では絶対に嘘を言わない。

そんな大洗女子の共通認識が、あっけらかんと放たれた言葉に確かな緊張感を持たせていた。

渡里が強いといえば、それはもう強いのである。しかも優勝候補なんて言葉も付け足されたとなれば、それは一同の顔も強張るというものである。

 

「い、いきなりそんなところと……」

「あぅ、すみません……」

「あ、ち、違うんです!そういう意味じゃなくて……!」

 

パタパタと澤は慌てたように両手を振った。

くじ引きでサンダースを引き当てたのは他でもないみほである。

正直な気持ちとして、申し訳ないという思いは結構ある。

 

「まぁ確かにくじ運が悪いな。昔っからそうだけど」

「うぅ……」

 

自覚はあります、とみほは項垂れた。

アイスの当たりとか、基本的にハズレばっかりだし。

 

「ただ目指すべき場所は一つ、優勝だけだ。そのためにはサンダース含むビッグ4は絶対に避けては通れない。いずれは越えなきゃならない壁だ、いつ当たるかは重要じゃない」

 

しかしこういう時に毅然として言い放つのが、神栖渡里という人間である。

不遜と言うか大胆不敵と言うか、とにかく弱気な姿は絶対に見せない。

みほが電話で抽選会の結果を伝えた時も、「わかった」と「気を付けて帰ってこい」しか言わなかったし。

 

「相手が誰であれ勝つために全力を尽くす。やることはそんだけだ……はい、じゃあ作戦会議の続き」

 

有無を言わさずみほ達の気を引き締め、渡里はホワイトボードを軽く叩いて視線をめた。

 

「サンダースの保有戦車は数え切れないくらいあるが、カテゴリとしては一つに纏めることができる……それがコレ、アメリカ戦車だ」

 

ホワイトボードに二重丸で強調された文字を、みほ達は眺めた。

……相変わらず、下手くそな字だ。

 

「アメリカ戦車ってもたくさんあるが、サンダースが保有しているのはM4A1、シャーマンと呼ばれるものと、そこから派生した戦車。主にはこの二種類だな。他にもあるにはあるんだろうが、大会に出してきた記録はほとんどない」

「M4……シャーマン……どこかで聞いたような……」

 

澤の呟きに、渡里の眼が光った。

 

「ウサギが乗ってるM3リーの後に出てきた優秀な戦車さ」

 

腕組みをして、渡里はため込んだ知識を諳んじた。

 

「詳しい話は秋山に聞けばわかるが、このM4ってのは当時のアメリカの救世主でな。ドイツ戦車の進化が著しい中、それに対抗するために生み出され、そしてその後のアメリカ戦車の発展の礎となった偉大な戦車なんだよ」

 

ピン、と指が一つ立つ。

 

「戦車の性能自体はウチにもある四号戦車と同じくらいだが、特筆すべきはとにかくアメリカっていう国の特色と噛み合った性質。高い信頼性と量産性、そして発展性だ。分かりやすく言うなら『直しやすく作りやすくて改造しやすい』」

 

みほがM4と聞いて真っ先に浮かぶのも、それだった。

全方向に優れた戦車、と言うべきなのだろうか。走攻守のバランスは高いレベルでまとまっているし、造りが単純だから整備もしやすい。

そして正しい意味での潜在能力を持っており、搭乗者に合わせた改造を施すことのできる容量の大きさがある。

M4という戦車を始点にした系統樹の大きさに関しては、おそらく他の戦車の追随を許さないのではないかと思う。それくらいにバリエーションが多い戦車なのだ。具体的に言うとM4A1○○、M4A2○○というのがA3、A4、A5と続き、もっと詳細に言うなら生産工場レベルで差異がある。

 

遠い昔、兄もM4を見て「アレ弄るの楽しいだろうなぁ」と呟いたものだった。

 

「まぁ兵器としての完成度が高い、というだけで戦車自体の戦闘力が飛びぬけて優れているわけじゃない。戦車道において厄介な点としては、あまりにも簡単に改造できることとバリエーションが多いことからちょっと目を離したら全く別の戦車に成ってることがザラで、こういう作戦会議の時に対策が立てづらいということなんだが……今回に限ってはその心配もない」

 

みほ達の前に置かれていた紙の束。

それは渡里が作成した、サンダース大付属の詳細なデータ。

まぁまぁ分厚い紙束の、ほんの一、二ページ捲ったところに、それはあった。

 

書面には『サンダース参戦車両』という題をつけられ、その下に計十両の戦車の名前が綴られている。

これは一回戦で、サンダースが五十両以上保有している戦車の中から選出してくる十両の戦車、その()()データであった。

確定。そう、予測ではなく確定である。

 

普通に考えれば確定という言葉は、作戦会議では絶対に使われない。

参戦車両なんて、じゃんけんと同じ。漠然と「これは出してくるだろうなぁ」くらいで予測することはできるが、断言はできない。結果的に全部当てたとしても、それはあくまで結果論。今この段階でサンダースが出してくる戦車の種類と数の両方を当てるのは不可能だ。

 

しかし大洗女子学園は、その不可能を可能にしていた。

それは講師である神栖渡里のお蔭………ではない。

いくらあの兄でも、そこまで人間は辞めていないとみほは思う。

 

理屈は単純だ。

 

「スパイ活動が功を奏したお蔭で、参戦戦車を確定させることができた。よってこれから試合当日まで、そこに書かれている戦車を想定した練習を行う」

 

スパイ活動。まぁ平たく言えば、偵察である。

解らないならサンダースに直接聞けばいいじゃない、というわけだ。

向こうだって何も無策で試合を迎えるわけじゃないだろうし、作戦会議くらいは絶対にする。そこに潜り込むことができれば、おそらく最も重要な情報をサッと掠め取ってこれるわけである。

 

そしてそれを単独(単身&独断の意)で成し遂げたのが、あんこうチーム装填手、秋山優花里であった。

正直、無茶だと思う。だがみほには、それを怒ることはできなかった。

優花里がそんなことをしてしまった理由の一端は、うっかり「せめて相手の戦車さえわかれば……」と零してしまったみほにあっただろうから。

 

しかし戦果は大きかった。

ここまで偵察が上手くいくとは、案外優花里には参謀の才能があるのかもしれない。

初潜入でここまでやれる人間も、そういないのではないだろうか。

 

「スパイって……渡里さんいつの間にそんなの放ってたんです?」

「勝手に飛んでったんだよ。まったく無茶をするが、ファインプレイではある。後でオッドボール三等軍曹に礼を言っておくように」

 

 

角谷の言葉に、渡里は呆れながら答えた。

まぁオッドボール三等軍曹と秋山優花里を結び付けられる人はいないだろうな、とみほは思った。

ちなみにその名前はスパイがバレた時に優花里が咄嗟に名乗った偽名である。

 

「………」

 

みほはデータを眺めながら、ある感情を抱いていた。

ここに書かれているのは、優花里がサンダースに潜入して帰ってきてからのデータ。つまり最も新しい情報なわけだが、この紙束に書かれているもの全てがそれと同じ時系列というわけじゃない。寧ろ参戦戦車の情報以外は、優花里が潜入する前から書かれている情報なのだ。

 

なぜなら渡里は、結構前もってこれを作っていたから。

宿題なんかは中々手をつけないくせに、こういう時ばっかり真面目なのがいかにも兄らしいが、注目すべきはこのデータは『参戦戦車の部分だけ修正を加えたもの』ということ。

つまり確定ではないにしろ、優花里が潜入する前から参戦戦車についても、兄が予測して書いていたわけだが……

 

(九割当ててるんだよね……)

 

みほは優花里が持ち帰ってきたデータを兄に渡すために、一度兄を訪れている。その時たまたま、修正を加えられる前のデータを見たことがある。

それはもうみほの頭の中にしかないが、ソレと目の前のコレを比べて見た時、恐ろしいことに相違点は一か所しかないのだ。

 

『サンダースくらいになると試合の記録なんて山ほどあるし、今年のサンダースの情報もかき集めてある。その二つを合わせて見れば、まぁ大体の予測はつくだろ』

 

事も無げにそう言った兄は、人間を辞めてはいないけど、人間の領域から片足くらいは出ているとみほは思う。

結局使われなかったデータだが、そこに至るまでに一体どれだけの情報を収斂させたのか、果たしてみほには想像がつかない。

ただ的中率九割の予測とは、最早予知に近いのではないかという畏敬の念が、みほの中にはあった。

『極論M4 って書いとけば解釈次第では全問正解だし』という呟きは聞かなかったことにして。

 

「戦車のスペックは書いてある通り。大洗女子を基準にすれば、火力は大、守りは硬、速さは……準急くらいか」

「すいません、一つ分かりづらいです」

 

なぜ急に電車になるのか。

 

「もうこれは大洗女子の鉄則だが、相手の弾は当たらないようにすること。こっちの装甲じゃ直撃は即撃破、安定して受け流すこともままならない。基本はかわすか、当たり方を工夫すること」

 

大変悲しいことだが、防御が弱いのが大洗女子の大きな弱点である。

聖グロのような戦術は、逆立ちしたってできないだろう。みほとしては単純な防御性能より、

それによって戦術の幅が少し狭まってしまう方が痛い。

 

「M4の75㎜、76㎜も余裕で装甲を抜いてくるけど、それ以上に要注意なのはシャーマン・ファイアフライだな。当時トップクラスの火力を持った17ポンド砲を搭載してる」

「ポンド……?」

「ファイアフライは英米合同で作った戦車でな、ポンドってのはイギリスの方で使ってる単位さ。他とは口径が違うんだが……そうだな、これだけ覚えてればいいよ。M4相手なら十分な距離を取ってれば何とかなるが、ファイアフライ相手だともう距離は関係ない。当たるイコール撃破だ」

 

ファイアフライ。特別ドイツ戦車と縁が深かったみほにとっては、とても印象的な戦車である。なにせかの有名な戦車、ティーガーを撃破した戦車なのだから。それも、英雄諸共。

特徴としてはとにかく火力が高い。あの戦車の前に、お昼ご飯の角度なんて意味をなさないだろう。対処法としては、本当にもう『当たらなければどうということはない』くらいしかない。

 

「さらに厄介なことに、このファイアフライには全国で三指に入る砲手が乗ってる。油断して姿を晒そうもんなら、すぐに撃ち抜いてくるぞ。絶対に気を緩めるな、細心の注意を払って行動するように」

 

その人のデータもこの紙束のどこかにあるんだろうな、とみほは気が重くなった。

わかってはいたが、優秀な人材の多いことである。

 

「攻撃に関しても真っ向からの撃ち合いは不利だ。側面、背面を突くのは当然として……可能な限り効率的な砲撃をしてもらいたい。ということで、そこにあるデータだ」

 

ぺら、とみほはページを捲った。

すると出てきたのは、それぞれの戦車を正面、左右の側面、背面と三つのアングルから捉えた図。形だけをなぞったような簡単なものだが、それは寒色から暖色までのいくつかの色で塗られていた。

 

みほはそれがなんであるのか、一目で理解した。

 

「相手の戦車の装甲厚を色分けしておいた。青に近いほど装甲が薄く、赤に近いほど厚い。これを見て、自分の戦車はどこの部位になら通用するのか、それを把握すること。そして今日以降の砲撃訓練は、常にこの図をイメージしながら行え。それもできるだけ具体的にだ」

 

黒森峰にいた時もこの手の練習はよくやった。

戦車によって砲性能が違う以上、同じ相手でも一方が通用して一方は弾が弾かれる部分はある。それを簡単に見分けることができるのが、こういう図である。

撃破に繋がらないとこに弾を撃ってもしょうがないし、実に有意義な練習だと思う。

 

「コーチ!八九式だとどこも抜けなさそうなんですけど!」

「探せ。戦車だって全部が全部鉄に覆われてるわけじゃないし、何処かしら弱点はある」

 

八九式は厳しいだろうな、とみほは苦笑した。

狙うとしたら、撃破にはならないが全戦車共通の弱点である履帯、もしくは砲塔と車体の継ぎ目とかだろうか。まぁM4はほとんど継ぎ目ないけど。難易度は高いが薬莢を捨てるところとかもいいかもしれない。

 

「戦車に関してはこれくらいかな。後はよく読んでおくように。次にサンダースの基本戦術と、その対策を練ろう」

「流石に今回は一緒に考えてくれるんですねー?」

「本番だからな」

 

聖グロと練習試合した時も、マジノ女学院と練習試合した時も、渡里は何一つ具体的な指示は与えなかった。それはみほ達に自力で考える力を養うためだったのだろうが、事ここに至ってはその必要もない、ということなのだろう。

 

ホワイトボードが、綺麗に半回転して白紙になる。

 

「サンダースは数を活かした包囲作戦を得意としてる。米国をリスペクトしてるだけあって、そこも当時の米国とそっくりだな」

「包囲か……一度囲まれてしまうと脱出は困難だな」

 

カエサルが神妙な面持ちで呟いた。

包囲作戦は難易度が高いが、反面成功すれば多大な戦果を得ることができるハイリターンな作戦である。使いこなすには相当な練度が必要で、それを得意だというのはひとえにサンダースの能力の高さを証明している。

 

「ただ普通の包囲じゃないんだよな、これ」

「へ?そうなんですか?」

 

磯辺は目を丸くした。

渡里は難しそうな顔をしながら、黒ペンを動かした。

 

「こう、円形の中に相手を閉じ込めるような文字通りの包囲じゃなくてな。囲んでタコ殴りにするような包囲なんだよ。一両相手に五両でかかるみたいな」

「コーチ!違いがわかりません!」

 

ちなみにみほも分からないし、おそらくこの場にいる全員がそうだったに違いない。

みほが知る限りで最も理解しやすい話し方ができる人間の渡里だが、時々頓智みたいなことを言うのが困りものであった。相手に教養を求める、と言い換えてもいいかもしれないが。

 

渡里は困ったような顔になって答えた。

 

「相手の進行ルートを効率的に断って複数箇所から攻める感じなんだけど……うーん…………体感してもらった方が早いか」

「体感??」

 

澤は首を傾げた。

 

「サンダースの戦術を、ですか?」

「そんなことできるんですか?」

「できるよ」

 

カエサルと磯辺が、澤の後に続く。

しかしあっけらかんとして、渡里は答えた。

 

本当にできるのだろうか、という気持ちは確かにみほにもある。

勿論、実際にサンダースと試合をするわけじゃなく、仮想という話だとは思う。

ただ黒森峰にいた時は戦車がたくさんあったから、仮想敵を作ることはできたが、大洗女子には戦車が五両しかない。いくら兄でも、数が足りないものはどうしようもないだろう。

 

「あ、この前の人達に来てもらうんですか?」

「いや、あの人たちも暇じゃないから。普段ちゃんと働いてる人達だし」

 

先日大変お世話になった、男性戦車道愛好会の面々も今回は力を借りることができない。

となるとますます、どうするつもりなのだろうか。

 

みほ達の疑問に、渡里は笑みを以て答えた。

 

「百聞は一見に如かず。戦車に乗って倉庫前に集合しよう。操縦手連中にヘッドセットを着けてくるように言っといてくれ」

 

そしておそらく、この世で神栖渡里ただ一人にしかできないであろうサンダース対策が、この後に行われることになる。

それはあまりにも単純で、だからこそ誰もできなかったこと。

果たしてみほ達は、この先何度同じことを思い知らされるのだろうか。

 

――――――神栖渡里は、戦車道においては誰よりも頼りになる、と。

 

 

 

 

 

「両者とも、スタートは普通ですね」

「ええ、でも数で圧倒的に劣る大洗女子は正攻法じゃ勝てない。その辺りをみほさんがどうしてくるかが見所ね」

 

そう言ってダージリンは、優雅に紅茶を味わった。

美人とは何をやっても絵になるもので、オレンジペコは自分たちがいるのは風が気持ちいいくらいに吹いていく野原ではなく、瀟洒な館の中にいるのではないかと錯覚してしまう。

 

いや、ただ顔立ちが整っているだけではこうはならない。一挙手一投足が洗練されているからこそ、こんなにも気品が溢れるのだ。

聖グロリア―ナの女生徒全ての羨望の的である、金髪青眼の隊長ダージリン。

 

こんな人の横にいられることを、オレンジペコは心から誇りに思わねばならない。

そして同じくらい肝に銘じるべきだろう、横にいる自分のせいで、この人の品格が損なわれることなどあってはならない、と。

 

オレンジペコは気を引き締めて、再び正面を見据えた。

そこには特大のモニターが設置されており、その画面には全体マップと、サンダース大付属と大洗女子学園の両者の現在地と動き、そして健在な戦車が示されている。

 

観戦する者への配慮なのだろうが、随分と丁寧な対応である。

お蔭で試合の趨勢がよく分かるけれど。

 

「優勢火力ドクトリンのサンダース相手に戦力の分散は命取り。みほさんもそれは解ってるだろうから、まず固まって動くでしょうね」

「五両しかない大洗女子は偵察を出すのも一苦労ですね……」

 

モニターに映る群れから、一両が分離していく。

あれは、八九式だろうか。大洗女子はどうやら斥候を放ったようである。

普通であれば二両は出すとこだが、ここは戦力分散を嫌ったということか。

 

「ただ密集している状態では包囲されやすくなる。一度囲まれてしまえば破るのは困難。この難題をどうするのか……」

 

戦力を分散させず、包囲されないようにする。

口で言うには簡単だが、実行に移すとなるとこれほど難しいこともない。

なにせ相手はサンダースだ、こういう戦いでは一日の長がある。

大洗女子が勝つには、まずサンダースの戦術を破ることが大前提となる。

 

オレンジペコならどうするか。

自分がもし西住みほの立場なら、フラッグ車にターゲットを集中する。

どうにかしてフラッグ車を捕捉し、機動力で相手を攪乱して間隙を作り、一気に肉薄して討ち取る。長期戦になればなるほど不利な以上、短期決戦で電撃的に攻めるしかないだろう。

 

ただ漠然と眺めるだけじゃなく、こういったことを考えて初めて観戦と言える。

横にいるダージリンも真剣な眼差しで試合を見ているのだから、自分もそれに倣うべきだろう。

 

「……ところでダージリン様、なぜそんな大きな椅子を持ってきたのですか?」

 

オレンジペコ達は大会運営が設営した観戦席ではなく、それより少し離れた高台のようなところに自前の椅子を持って来て観戦しているわけだが、オレンジペコが一人用の椅子なのに対し、ダージリンは普段とは違う二人掛けの横長な椅子である。

 

別に一人用の椅子が小さいわけじゃない。オレンジペコが小柄であることを差し引いても、人一人ゆったりと座ることができるくらいの大きさはある。

そりゃ二人掛けの方がもっと大きいし、なんなら横になることもできるけれど、わざわざ持ってくるほどのものでもないだろうに。

 

「それはね、オレンジペコ。大切な意味があるからよ」

「はぁ……?」

 

疑問とため息を足して割ったような声をオレンジペコは出した。

オレンジペコのダージリンに対する敬愛は入学当初から今に至るまで最大値をキープしているが、それはそうとしてある日を境に、その尊敬に翳りを見せるようになっていた。

なんというかこの人、所々残念な美人なのである。

 

特にこういう、神妙な口振りをする時が一番怪しい。

思わせぶりなことを言っておいて、実際は大したことなかった、というパターンが結構ある。

 

「二人で観戦しても味気ないと思って、ゲストを一人お呼びしているのよ」

「ゲスト……ですか」

 

その瞬間、オレンジペコの脳内で閃光が走った。

その光は、バラバラに散らばってた点と点を結び、一つの線となる。

 

そういえば。

 

昨日の昼、ダージリンが携帯電話を眺めながらニコニコと頬を緩ませていたことをオレンジペコは思い出した。

 

昨日の夜、ダージリンがスキップをしながらお風呂場へと向かい、鼻歌を歌いながら丹念に髪を乾かしていたことをオレンジペコは思い出した。

 

今日の朝、ダージリンがいつもの倍以上の時間をかけて身だしなみを整え、なんかいつもよりいい匂いがすることをオレンジペコは思い出した。

 

「あの――――――――――――」

「やぁ、久しぶり」

 

突如として襲い掛かった声に、オレンジペコの両肩が跳ね上がる。

それほど静かに、気配もなくその人はオレンジペコ達の背後に立っていた。

 

「いいとこだね、人もいないし静かだし」

 

聞き心地の良い低い声。

丁寧な言葉遣いをした、大人の口調。

 

オレンジペコはその人を見ていないが、その姿を明確に想像することができた。

ゆっくりと振り返る。そしてオレンジペコは、自身の想像が間違っていなかったことを悟った。

 

「お待ちしておりましたわ、渡里さん」

 

オレンジペコより数段高い身長、キチンと整えられた髪、そして鋭い目つき。

柔らかい語調とは裏腹の、刃のような雰囲気を醸し出す見た目は、紛うことなきかの人。

オレンジペコが尊敬するダージリン、が尊敬する人、神栖渡里であった。

こうして会うのは大洗女子学園と練習試合をした時以来の二度目になる。

 

なるほど確かに、この人なら今日間違いなく此処に来るだろう。

そこを狙い撃ちしたというわけか。普段は神奈川と茨城、遠く離れていて滅多に会う機会のない人だし、それはダージリンもここぞとばかりにアタックするというもの。

 

「お招きいただきどうも。お邪魔するよ」

「いえいえ構いませんわ。さぁさぁどうぞこちらにおいでください」

「じゃあお言葉に甘えて」

 

喜色を前面に押し出して、ダージリンは自分の横の席をポンポンと叩いた。

瞬間、オレンジペコはダージリンが二人掛けの椅子を持ってきた理由を知る。

 

本当に頭が回る人である、とオレンジペコは内心でため息を吐いた。

最初からこれが目的だったということか。二人くらいは十分座れると言っても、運搬できるサイズかつ実用より見た目重視の椅子。人並みの背丈のダージリンと人並み以上に大きい身体の渡里が座れば、ゆったりは座れない。

それこそ目の前にように、肩が触れるか触れないかギリギリまで近寄ることになるが……

 

(ふああああああ!やったわ!渡里様がこんなにも近くに!ちょっとオレンジペコ写真撮ってくれないかしら!?)

 

まぁそれが本人の望むところですし、とオレンジペコはそっと視線を逸らした。

敬愛カウンターは一日経てば最大値まで回復するので、どれだけ下降しても問題ない。

 

「渡里さん、紅茶は()()()()()でよろしかったですか?」

「あぁ、構わないよ。()()()だからね」

「っ!???」

 

あぁ本当にイイ性格をしてる人だ。

瞬間で顔を真っ赤にしたダージリンを尻目に、オレンジペコは莞爾と微笑んだ。

振ったのは此方だが、即座に乗ってくる辺り流石。本当にありがとうございます。

 

何を隠そう、あの椅子を運んだのはオレンジペコなのだ。あの時は知らなかったが、まさかあんな即席カップルシートを作るために運ばされたとは思いも寄らなかった。普段装填で鍛えているとはいえ、決して軽かったわけではない。そこそこ疲れたのだ。腹いせではないが、これくらいの事は許されてしかるべきである。

 

「好き……好き……ダージリンが好き……えぇわかってるわ、私じゃなくて紅茶のことよね。大丈夫よダージリン、私はいたって冷静だわ。でもそれはそうとして録音しておくべきだったのではないかしらアッサムに頼めばこういい感じに加工して『大好きだよダージリン』みたいな音声が――――――」

 

きっとろくでもないことを考えてるんだろうな、とオレンジペコは思った。

神栖渡里関係となると、この人はおかしくなってしまうのだ。

だって30分で40件のメールを送り付けるという所業を素面でやってしまえるんだもの。

 

「渡里さんはどう見ますか、この試合」

 

紅茶を差し出しながら、オレンジペコは問うた。

普通の男性ならこんなこと聞いても仕方ないが、渡里は他でもない大洗女子学園の指導者。それに戦車道の知識も潤沢となれば、解説役としてはこれほど相応しい人間もいない。

 

オレンジペコの質問に、渡里は薄く笑って答えた。

 

「一筋縄ではいかないだろうね。なんせサンダースだし」

 

言いながらその瞳には、確かな覇気が籠っている。

困難は承知、それでも負けるつもりは毛頭ないということだろうか。

 

「大洗女子が基本劣勢になることは間違いない。攻めるサンダース相手にどこまで大洗が凌げるか……試合展開としてはそんなところじゃないかな」

「それはまた、随分厳しい戦いになりそうですね」

 

ようやく動揺から立ち直りつつあるダージリンだが、その言葉は少し震えていた。というか紅茶を持つ手が震えていた。

 

「元々地力では負けてるんだ、逆境はあいつらも承知の上さ。ダージリン達と戦った時だってそうだったし、これからもそう。それくらいで敗けが決まるようじゃ、最初っから優勝なんてできやしない」

 

優雅な手つきで紅茶を楽しみながら、その口調はあまりにも鋭いものだった。

以前と変わりない、と思っていたがそれはどうやら違ったようだ。

あの時は柔和な大人の顔の下に隠れていたものが、今日は表出している。

これが『戦車道の顔』か、とオレンジ

ペコはほんの少しだけ身を強張らせた。

……横にいるダージリンは、目をキラキラと輝かせてウットリとしていたが。

 

「それに、そこまで絶望的なわけじゃない。これが聖グロや黒森峰なら流石に覚悟が必要だったけど、サンダース相手ならまだ勝ち目はある。準決勝くらいから本領を発揮し出すチームだからね。エンジンの掛かりきらない一回戦で当たったことは不幸中の幸いだ」

 

きっと参戦戦車数のことを言っているのだろう、とオレンジペコは思った。

この大会は規定により、トーナメントが進むほど参加できる戦車の数が増えるのだ。

 

「後は……そうだな」

 

渡里はそこで一度言葉を区切った。それは次の言葉をより強調させる効果を持っていた。

 

「みほがボロボロに負けるっていうのは、ちょっと想像できないしね」

 

その口調は、まるで宝物を自慢するかのようだった。

全幅の信頼。余人には到底辿り着くことのできないような、深い結びつきがそこにはあった。

 

すると横にいるダージリンが、面白くなさそうな顔をした。

それは本当にほんの少しだけ、刹那に近い時間のことだったが、オレンジペコはそれを見逃さなかった。

 

ヤキモチですか、ダージリン様。

オレンジペコは紅茶と一緒にその言葉を呑み込んだ。

その賢明さが、オレンジペコが一年生でありながらチャーチルに乗っている理由なのかもしれない。

 

 

 

 

 

一方その頃。

自分達の講師が女子高生とイチャイチャしていることなど思いもしない大洗女子学園は、現在森林地帯にいた。

背の高い木々が乱立するここは、葉っぱが陽の光を遮るため昼間にも拘わらず少し暗く、視界があまりよくない。

さらに大地が起伏に富んでいて、平坦な所が少なく、有体に言ってしまえば戦車が走りづらい場所だった。

障害物が多く、視界は悪く、悪路。お世辞にも戦車が戦いやすい場所ではない。

 

しかしみほ達がわざわざこんなところを選んだのには、当然ながら理由があった。

 

一つは、今が交戦状態ではなく、お互いに偵察を出して出方を探っている段階ということ。

障害物が多いということは、それだけ隠れるところがあるということ。

『相手より先に見つからず、相手より先に見つける』がベストなこの状況には、ここはそこそこ使える。

 

そしてもう一つ、サンダースへの対策である。

包囲戦術を得意とするサンダース相手に、開けた場所はちょっと避けたい。

戦闘の流れで戦場がそこになる分には全然構わないが、スタート地点になるのは大変困る。

ここなら例え本格的な戦闘が始まろうとも、多少は抵抗できるし何より逃げやすい。

 

なので大洗女子学園は、偵察に出している八九式から何かしらの連絡がある限りは、ここでひっそりと息を潜ませることにしていた。

消極的と言われればそうだが、相手はサンダース。警戒し過ぎるということもないだろう。

 

水分を摂り、カロリーを摂り、辺りを見渡しては息を吐く。

ある者は操縦桿を何度も握り直し、ある者はトリガーに指をかけては離し、ある者はじっと耐え、ある者は身体を横たえてリラックスする。

 

そんな時間が暫く続いた後、それは突如としてやってきた。

 

『こちらアヒル、M4A1二両と遭遇しました!!現在追われてます!!』

 

みほは即座に咽頭マイクに手を当て、指示を飛ばした。

それと同時に、眠っていた四号戦車のエンジンに火が入る。

 

「了解しました。アヒルさんチームは予定していた合流地点へ向かってください」

「こちら隊長車から各車へ、アヒルさんチームが接敵しました。これより合流します。あんこうが先行するので、一列縦隊でついてきてください」

 

みほの言葉を捕捉する形で、沙織が全車へと指示を飛ばしていく。

視線で合図し、頷き一つ。麻子が操縦桿を前に倒した。

唸りが振動となって、みほの身体を揺らす。

 

「二両……偵察でしょうか?」

「うん、多分……追ってくるのがちょっと気になるけど」

 

深追い、というほどではないが、別に無理をする場面でもない。戦車を見つけたなら、さっさと引き返してもいいところだ。

相手が八九式だから、すぐに落とせると思ったのだろうか。確かに大洗女子学園は、一両でも失えば相当な痛手。多少のリスクは無視して、貪欲に攻めても良くはある。

 

(それとも他に狙いがある……?)

 

どちらにせよ、みほ達は動かないわけにはいかない。

相手がどういうつもりだろうが、みほ達が合流すれば五対二。

偵察が目的なら引き返すだろう。そうしないというなら、こちらが逆に落とすだけ。あのサンダースが、そんなミスをするとは思えないが。

 

キューポラから身体を出し、みほは周囲を見渡した。

そろそろ事前に伝えておいた合流地点、アヒルさんチームの姿が見えてもいい頃だが……

 

「あ、来たよみほ!」

 

沙織の声と同時に、みほもまた三時方向にアヒルさんチームの姿を認めていた。

そしてその後方にいる、星のエンブレムを着けた深緑の戦車の姿も。

 

「三時方向に前進します。アヒルさんチームを収容して、その背後にいるM4A1に砲撃してください!」

 

みほの指示を受けて、一列縦隊が菱形、そして横隊へと展開していく。

履帯が地面を削る音に、炸裂音が加わり、硝煙の匂いが混じる。

行進間射撃は精度が落ちるが、今は撃破するのが目的じゃない。こちらの存在を認識させて、追っ払うだけなら当たらなくても構わない。

 

『撃て撃て撃て撃てー!』

 

ちなみに河嶋は渡里の特訓を経てもなお、奇跡レベルのノーコンは直っていない。

しかし今はあんまり関係ないので全然大丈夫。なんならその気迫がサンダースを少しでも圧してくれれば儲けである。

 

そして河嶋のお蔭かどうかはさておき、サンダースの足が止まる。

その隙に八九式は隊列の後方へ。

横隊の隙間を縫うようにして、微力ながら砲撃に加わる。

 

これで一転、大洗女子が圧倒的に有利な場面。

突っ込んでくれば返り討ち。

動かなければジリ貧。

サンダースとしては退くしかないはず。

 

そしてみほの予想通り、二両の戦車は後退を始める。

しかしその速度は、あまりにも遅かった。のろのろとしたその動きは、まるでいつかの大洗女子学園のようである。

 

『西住隊長、どうする?アレなら押せば圧せるが』

 

みほもエルヴィンと同意見だった。

あのスピードなら、こちらが詰めればあっという間に呑みこんでしまえる。

二両を落とせる千載一遇の好機。サンダース相手にそうチャンスは訪れないだろうし、落とせる時には落としておくべきだろう。

 

しかしその時、不意に何かが風を切る音をみほは捉えた。

弾かれるようにそちらに顔を向けた、その瞬間。

四号戦車の側面を、高速で飛来する弾丸が掠めていく。

コンマ数秒遅れて、磯辺が叫んだ。

 

『敵!六時方向!!』

「全車、全速で九時方向へ!!」

 

頭が状況を理解するよりも早く、みほは反射に近い反応で指示を飛ばしていた。

そして戦車が旋回を始めた同時、ようやく思考が本能に追いつく。

 

背後に、同じく星のエンブレムを着けた戦車が三両。

正面に注意を引きつつ、背後から襲う教科書のような王道の動き。

 

「西住殿、これって……」

「うん、始まったかも……」

 

優花里の言葉に、みほは眉を八の字にした。

サンダースの一連の動きに、みほは覚えがあった。いや、みほだけじゃない。おそらく皆、ピンと来るものがあったはずだ。

なぜなら今のは間違いなく、サンダースの得意とする包囲戦術、その一端。

散々研究したサンダースの動きの前兆がそこにあることを、みほは感じ取っていた。

 

(まさか森の中で交戦することになるなんて)

 

ここはみほ達も戦いづらいが、それ以上にサンダースが戦いづらい場所である。

だから接敵しても本格的な戦闘にはならず、みほ達を森から追い出すなり引きずり出すなりする、あっても様子見程度の戦闘だろうと踏んでいたのだ。

 

だがどうにも、サンダースにその気はないようである。

前方に二両、後方に三両の計五両。様子見にしては数が多い。

 

そしてこれは確信に近い予想だが……

 

「サンダースのことだ、五両で済むはずがない―――――そらきた」

 

それは麻子の声と同時だった。

進行方向先、二両の戦車の姿をその両目に捉えてみほは、深く息を吐く。

 

これで七両。参戦可能な戦車の数が十両であること、そして今が序盤も序盤であることを考えると、おそらく投入可能な戦力全てがこの森に集まっている。

そうだろうな、とみほは思った。

間違いなくサンダースは、地形も時機もお構いなしに、ここで詰みにきている。

 

「……沙織さん、全車に通信を。森を抜けます。最初に接敵した二両の戦車がいる方に火力を集中させて穴を空けた後、機を図って逆方向から行きましょう」

「おっけー!」

 

少しの思考の後、みほは淀みなく指示を飛ばした。

ここでも戦えなくはないが、練習の成果を発揮するにはもっと別の場所がいい。

サンダースと大洗女子、この場所でどちらがより力を出し切れないかを天秤にかけて計れば、ほんの少しだけ後者に傾くのだ。

 

みほの指示は過不足なく全車へと伝わり、五両の戦車は右へとカーブする。

そして計六つの砲身が同じ方向を向いたかと思えば、一息。火球を放つ。

 

大洗女子学園の火力はお世辞にも高くはないが、みほ達はそれをカバーするべく相手の弱点を正確に狙い撃つ練習を重ねてきた。言うまでもなく神栖渡里によるものだが、お蔭である程度は火力を補えるようになった。

 

ちょっとだけ無視できないものになった大洗女子の攻撃に、集中砲火を浴びた二両の戦車は堪らずが列を乱し、後退する。

それは亀裂だ。切り込めばみほ達は、おそらくあっさりとここから抜け出すことができる。

 

「行きます!」

 

――――だからこそ、逆方向に逃げるんだけど。

 

ちょっとだけ昔、どこかの国のどこかの指揮官がやった、包囲の破り方の一つである。

 

一点に火力を集中させ、包囲に穴を空ける。そうすれば相手は、そこから抜け出すと考えて穴を補うようにする。

しかしそれは、数を補充して穴を埋めるのではなく、別の場所にいる戦車を動かして穴を埋めるしかない。すると当然、空いた穴とは別のところが空く。

そこを突くのがこの作戦だ。

 

「沙織さん、一応進行方向に相手が現れた時の事を考えて、別のルートを伝えておいてください」

 

頷き一つ、沙織が無線機器を操作する。

備えあれば憂いなし、である……まぁ役立つことはないと思うけど。

 

しかしそんな考えは、あっけなく砕け散ることとなる。

 

揚々と進む大洗女子の先。

まるで待ち構えていたかのように、みほ達の行く先を()()()()()が立ち塞がった。

四両。そう、四両である。

 

「――――」

 

みほは瞠目した。

四両。それは本来、有り得ない数だった。

七両いたところに四両が加わって十一両になったから、というわけじゃない。

あそこにいる内の二両は、元々この森にいた戦車。背後から攻撃を加えてきた三両と、逃げた先に立ちふさがった二両の内から出てきたもの。つまり本来はみほ達が空けた穴を埋める役だったはずの二両だろう。

 

問題は残りの二両。

ファイアフライとM4A176㎜砲搭載。それはここにいないはずの二両だった。

 

だってそうだろう。つまりここには、九両の戦車がいることになる。

フラッグ車の護衛がいないことは、優花里の撮ってきたビデオの中でも『ディフェンスはナッシング!』と言っていたし、驚くことじゃない。

本当に驚くべきことは、九両の戦車が集まった()()だ。

 

サンダースは此方と接敵したことによって近くにいた小隊が合流し、即座に包囲態勢に入っていたとみほは思っていたが、これは違う。

最初に接敵してから経過した時間を考えると、報告を受けて集まったという感じじゃない。

間違いなくみほ達が此処にいると読んだ上で、フラッグ車を除く全車が一直線にここに来ている。

 

それに加えて、みほ達の逃亡ルートを封じたこと。

空いた穴を放置して此方に戦車を寄せたということは、つまりみほの作戦を見抜いている。そうじゃなきゃあそこに四両もの戦車が並ぶはずがない。

 

「これは―――――」

 

背筋を冷たいものが駆け上がる。

本能に近い動きで、みほは先ほど沙織に指示した第二のルートに目をやった。

そして予感が的中する。どこの戦車が移動してきたのかは分からないが、そこには二両の戦車がみほ達の逃げ道を塞ごうとする姿があった。

 

それが異常な速さであると気づいたのは、おそらく僅か。それ以外の者には、ただただサンダースが淀みの無い美しい動きを見せたようにしか見えなかっただろう。

 

まさか、とみほは思った。

その時の感覚は、幼い頃兄に「倉庫にある使われてないボロ戦車の中には妖怪がいる」と言われた時のものに似ていた。

すなわち、そんなものあるはずがない、という気持ちである。

 

だがみほの理性は、静かにその事実を告げていた。

 

一連のサンダースの迅速を極める行動は、ある一つの言葉で全て説明することができる。

それはすなわち、()()

みほ達がこの森の中にいるということも、みほの作戦を見抜いたのも、全てはその―――――――()()()によるものである。

 

それ自体は、別に大仰なものじゃない。

みほだってさっきは、『サンダースならこう動くだろう』というある程度の予想の元で動いていた。

戦車道を嗜む者としては、これは誰もが身に着けているものである。

 

だがみほの驚愕の理由は、もっと別の所にあった。

それはサンダースが見せた読みの―――――速さと精度。

およそ異常とすら言っていいその読みに、みほは既視感を覚えた。

知らず、その言葉はみほの口から洩れていた。

 

 

「お兄ちゃん並み――――?」

 

 

 

 

 

 




次回予告

「考えたら、お兄ちゃんより凄い人なんているわけないもん」

そんなブラコン的発想でサンダースの読みの正体を見破った西住みほ。
森林地帯から無事に抜け出し、大洗女子学園は反撃に出る。

神栖渡里によるサンダース対策が効果を発揮しだし、試合を有利に進める大洗女子学園。、
しかしそれが、サンダース大学付属高校、ケイの心に火をつける。

強豪校の誇りにかけて繰り出されるサンダースの秘策が、大洗女子学園を更なる窮地へと追い込んでいく。


次回、「サンダースと戦いましょう➁ 雷鳴」


「この戦術……もしかしなくても」


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