戦車道素人集団を優勝へ導く138の方法   作:ススキト

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書き終わった感想としては、やっぱり原作は超えられねぇって感じです。
ちょっと原作の展開をそのままパクッてしまった辺り、力量不足を痛感しました。

サンダース戦があの熱さで一回戦という事実に震えているし、その後の二試合がそれを更に超えてくる事実にまた震える。

というわけで再放送している原作の方も是非。
この二次創作を読む前に見てください(手遅れ)


第25話 「サンダースと戦いましょう⑤ 明鏡止水 下」

大勢は決していた。

 

サンダースが繰り出す戦術。

それは完全に未知のものであり、初見ではかの黒森峰でさえ防ぐことの叶わない必勝の策。

 

そんなものを、よりにもよって自分たちの講師のせいで味わう羽目になった大洗女子学園は、なんとか立て直しを図るもサンダースの猛攻を前に為す術なく、ジリジリと追い詰められることとなる。

 

そもそも大洗女子学園がサンダースを相手に有利に立ち回れていたのは、対サンダースの練習を普通では考えられないレベルで行ってきたから。

それもサンダースの最も得意とする戦術に対して、徹底的と呼べるほどの研究と対策を積み上げてきた。

 

だがそれは、サンダースが普段とは違う動きをすれば呆気なく効果を失ってしまう。

なぜなら時間的な問題と効率的な問題の二つの理由で、大洗女子学園と神栖渡里は対策を立てる対象を絞らざるを得ず、それ以外に関しては特別力を注ぐことができなかったからだ。

 

だからこそ大洗女子学園は、そのことにサンダースが気づく前に決着をつけなければならなかった。

もしサンダースがタネに気づいてしまえば、一瞬にして彼我の間にある実力差が露呈する。そうなれば後は、どうしたってジリ貧の戦いになってしまうからだ。

 

しかし大洗女子学園が避けたかったその展開が、今目の前に広がっていた。

それもとてつもなく大きなプラスアルファと一緒に。

 

本来使いこなすことのできないはずの戦術。

西住みほをして「勝てない」と言わしめる神栖渡里が本気で作ったソレを、高い統率力で再現してみせたサンダース大付属隊長、ケイ。

 

元々全国BIG4の一角を占めるほどの高い実力に、神栖渡里の戦術が加わるとなれば、それはまさに鬼に金棒。

 

観戦している誰もが―――戦車道に詳しくない素人でさえ―――大洗女子学園とサンダース大付属の攻防を前に、同じ思いを抱いていた。

すなわち、大洗女子学園の敗北を。

 

しかし、たった二人だけ例外がいた。

一人は、自分が蒔いた種で自分の教え子たちを苦しめることになった戦車道講師。

一人は、その戦車道講師の横で試合を観戦している、金髪青眼の美少女。

 

二人は知っていた。

一方は長き月日を共に重ねてきたが故に。

一方は互いに矛を交えた経験から。

 

ジャーマングレーの戦車に乗る栗色の髪をした少女の真価は、逆境でこそ発揮されるということを。

 

 

 

 

 

「――――うん、これしかない」

「へ!?みほ、何か言った!?」

 

ヘッドフォンに手を当て、忙しく無線機を操作する沙織は、振り返りながら叫ぶようにしてそう言った。

戦車の中はエンジン音やら何やらで普段よりは声を張らないと聞こえなかったりするが、別にそこまで叫ばないといけないわけじゃない。

にも拘わらず、みほの声が沙織に届かなかったのは、ひとえにいつもよりうるさかったからである。

 

「……流石にまずいな。避けられなくなってきた」

 

地面が抉れる音と、火薬が炸裂する音。

そして鉄が擦れる音が間断なく四号戦車の中に広がっていた。

みほは浅く息を吐いた。

もうずっと、こんな状況が続いている。

此方が一発撃てば、何倍にもなって返ってくるような怒涛の攻め。

雨のように降り注ぐ砲弾が絶えず、そしてあらゆる方向からみほ達を襲っていた。

 

『いい加減厳しいな……!これ以上は持たないぞ!』

『西住隊長、こっちも限界です!』

『根性―!』

 

無線の向こうにいるチームメイトも状況は同じ。

みほは大洗女子学園がいよいよ崖っぷちに立たされたことを悟った。

 

サンダースの攻撃自体は、実はそんなに問題じゃない。

確かにファイアフライを始めとして、油断できない火力の持ち主であることは間違いない。それを効率よく、そして正確に運用するだけの腕もある。

 

ただ起伏に富んだこの地形と、装甲で受けるよりも躱すことを重視して鍛えられてきた大洗女子の性質により、ギリギリの所で防ぐことはできている。

だからサンダースの攻撃だけで、みほ達がここまで追いつめられることはない。

 

問題は、彼女たちの使う戦術である。

神栖渡里が考案したあの戦術の真髄は、読み合いの破棄ともう一つ。

相手の攻撃を著しく無力化させることにある。

 

みほ達の攻撃が全てサンダースによってコントロールされている以上、どれだけ攻めても意味はない。寧ろ攻めた分だけ、それ以上の反撃を被るだけだし、彼女たちの防御はそのまま攻撃の起点となっている。

つまるところサンダースは攻めながら守っているし、守りながら攻めている。

攻防が完全に一体化し、通常は攻撃と防御に分割されるはずの力が、彼女たちは一つに集約されている。

 

そんな相手にみほ達が攻撃と防御の両方に気を配りながら戦っていては、絶対に勝てない。かといって、攻撃一辺倒になれば僅かな反撃でも致命傷となりチームは壊滅。防御一辺倒になれば攻撃する機会を永遠に失い、敗北。

 

何をしても、そして何もしなくても、このままでは大洗女子学園は敗北する。

未だ一両も撃破されていないことは、奇跡としかいいようがなかった。

 

『おい西住!何か策はないのか!?』

「―――――あります」

 

しかしそんな絶望的な状況でも、光明はある。

みほは沙織の携帯電話に、はっきりと告げた。

 

「これからあんこうチームで相手の陣形を崩します。その隙を突いて、みなさんは平地のほうに向かってください――――そこに、相手のフラッグ車をおびき出します」

『なんだと!?できるのか、そんなことが!?』

「すみませんが説明してる時間がありません。合図は此方で出しますので、指示通りにお願いします!あと無線は使わないままで!」

 

そしてみほはキューポラから顔を出し、辺りを伺った。

相手の配置、地形、全ての情報を頭の中に記憶し、三次元的なイメージを構築する。

 

「みほ、大丈夫なの?」

 

気遣うような沙織の視線だった。

無理もない。勝つというには、状況はあまりにも厳しい。

みほだって絶対の自信があるわけじゃない。

 

でもだからこそ、みほだけは莞爾と笑わなければならない。

自身の不安が、周りに伝染しないように。

みんなを少しでも、勇気づけるために。

 

「うん、あのね―――――――――」

 

みほは自分の中にある策を沙織たちに伝えた。

 

「―――なるほど、それなら行けるかもしれませんね!」

「うぅ……ちょっと怖いけどね」

「えぇ、ですがここまで来たら、やるしかありません」

「ごめんね、麻子さん。一番大変な役割を押し付けちゃうけど……」

「問題ない。大船に乗ったつもりでいろ」

 

反応は様々。

しかし意思は一つとなり、覚悟が決まる。

そうなれば後は、迷うことなく走っていける。

 

深呼吸を一つ。機を慎重に見計らい、一息。

 

「行きます!」

 

四号戦車は躍り出た。

 

『なっ!?』

『西住隊長!?』

 

動揺は、サンダースよりも寧ろ大洗女子学園の方に広がった。

それもそのはず。なぜなら四号戦車が向かう先は、いくつもの射線が重なるキルゾーン。

そこに単騎で突っ込むなど、危険極まりない無謀な行為だった。

 

『左衛門左!援護を―――』

「こっちは大丈夫です!みなさんは撃破されないことを最優先で動いてください!」

 

沙織の声が飛ぶ。

それにより四両の戦車は足を止め、あんこうチームは正真正銘の単騎となって疾走する。

 

「ワオ、随分勇敢ね。でも容赦はしないわよ!!」

 

隊長の指示を受け、シャーマンの群れは秩序を以て行動を開始する。

瞬く間に構築される迎撃態勢。その様を、みほは目に焼き付けた。

 

「よーく狙って――――Fire!!!」

「麻子さん!」

 

幾つもの砲身から放たれる火球。

ほんの少しでも動きを止めれば瞬く間に蜂の巣になるような鉄の雨の中を、しかし四号戦車は疾風の如く駆け抜けていく。

 

回避に最適なルートを淀みなく走る。

それはみほの眼と麻子の操縦技術、双方揃って初めて成せるものだった。

どうしても躱しきれないと判断したものは、華が牽制の一射を放ち、相手の砲撃のタイミングをずらすことによって紙一重で避けていく。

 

その動きは最早素人のそれを越えている。

熟練の戦車乗りそのものな疾走を見せる四号戦車誰もが息を呑み、そしてケイもまたみほ達の力量を正確に測った。

 

「ウチの一軍に混じってもそのまま通用するレベルね。本当に初心者なのかしら?」

 

けれど、とケイは無線で指示を飛ばした。

どれほどの腕を以てしても、この網に掛かった時点で無力。

ケイは部隊を動かし、四号戦車が通る()を作る。

合理的に、そして効率的に作られた不可避の罠。その終着点に、ファイアフライを配置する。それでいて他の四両の動きをも牽制するようにすれば、大洗女子を完全に封殺する陣形が完成する。

 

これがケイの目指した、あのノートに記された戦術の完成形。

全てを覆い包み制御する、手掌の戦術。

破れる者など、どこにもいはしない。

 

そう、ケイは思っていた。

 

「―――そうくると思った」

 

次の瞬間、四号戦車は舵を切った。

起伏に富んだ地形をモノともしない鋭角な曲がり。その進路は、ケイの用意した道を大きく逸れていく。

 

「What’s!?」

 

あのタイミングで、とケイは間を丸くした。

もうすでに陣形は完成していた。あの瞬間、あのタイミングであそこから抜け出すことなどできないはず。

だというのに、なぜ。

 

その答えは、単純明快。

()()()()()()()、ということに他ならない。

 

みほはずっと観察し、思考していた。

今目の前にあるこの戦術のメカニズムを、そして記憶にある兄のソレとの相違点を。

全く同じと言ってもいいほどの完成度でありながら、しかしみほはそこにある「指揮する者の差」による違いを見抜いていた。

 

それは陣形の作り方。

兄は戦況、相手の心理、その他諸々の条件全てを加味した上で、その場における最適な陣形を構築する。その構築に必要な情報が変化すれば、それを反映した陣形をまた作り直すし、掛かる時間もごく短い。

ゆえに多大な労力と高い能力を必要とするものの、それは生半可なことでは崩れない鉄壁にして千変万化の陣形となる。

 

でもサンダースはそうじゃない。

向こうの隊長は、その場において最も合理的な陣形を作っているだけ。ちょっとした拍子で入れ替わる表裏一体の合理・不合理を丸ごと飲み込んでしまう兄のソレとは違い、ハマれば強いが相応の脆さがある。

そして何より、合理性に則るがゆえに、その思考は追跡しやすい。

変に裏を読むのではなく、単純(シンプル)に考えていけば、サンダースの隊長が思い描く絵を、そっくりそのまま描くことがみほにもできる。

 

実際先ほどの動きで、それが可能であることをみほは確認していた。

自分が相手の立場なら、とイメージした時、サンダースの動きはみほのソレとほぼ同じだったから。

 

そして同じ絵を描くことができたなら、

 

「全速前進!!」

 

こうして意図的に用意された道をギリギリのタイミングで抜け出し、相手の隊長へと肉薄することができる。

麻子がシフトレバーをトップギアに叩き込み、四号戦車は唸り上げて風を切るように加速する。

 

「フラッグ車じゃなくてこっちに……!?」

 

瞬時にケイは、誰が指揮をしているのかをみほが見抜いていることに気づく。

この戦術を支えてるのはケイのカリスマであり、ケイがいなくなればこの戦術はあっという間に瓦解する。

それを踏まえた上での狙い。破れかぶれにフラッグ車を狙うのではなく、戦術を打破することを優先したのか。

 

しかしみほの狙いは、ケイの予想とは少し違うところにあった。

 

「右から!」

「来るよー!迎撃用意!」

 

短砲身と長砲身が互いに獲物を捉える。

そして間もなく、火を放つ。

 

静止射撃のケイと、移動しながらの砲撃になるあんこうチーム。

当てやすく避けづらい前者と、当てづらく避けやすい後者の一合は、躱された前者と外した後者という結果に終わる。

 

しかしみほは畳みかけた。

不規則な動きで巧みに射線を避けながら、間断なくケイへと砲撃を浴びせる。

一騎討ちに持ち込んだとはいえ、まだ囲まれている状態。少しでも足を止めれば、その時点でみほ達は白旗を挙げることになる。

 

行進間射撃ゆえに華の腕を以てしても有効射は与えられないが、それでもみほは構わなかった。

なぜならみほの作戦、その第一段階はこの状況を作る事にこそあったから。

 

『む、なんだ……急にサンダースの動きが悪くなったぞ』

 

そしてそれは、すぐさま表出した。

あんこうチーム以外の四両を封じていたサンダースの動きが、突如として鈍り始めたのである。

それは一両一両で見ればごく僅かなものかもしれないが、全車一体となって陣形を構築するサンダースにとっては、積もり積もって大きなものとなる。

 

「やっぱり、お兄ちゃんと一緒」

「……なるほど、そういうことね」

「よしよし、流石みほだ」

 

その理由を知っていたのは四人。

オリジナルの戦術を見たことがある西住みほ。

優れた戦術眼で即座に看破したダージリン。

戦術の考案者である神栖渡里。

そして四人の中で最も遅く気づき、衝撃が大きかったのが、

 

「……Shit!」

 

今まさにそれを体感することになったケイだった。

 

(あれがお兄ちゃんの考えた戦術なら……)

 

そこにはある弱点が存在すると、みほは知っていた。

戦術能力において突出した存在である神栖渡里の、唯一の欠点。

それは戦車単騎同士の戦いが、不得手ということだった。

 

『望遠鏡が顕微鏡の機能を持ってないのは当たり前』。

とある西住流次期家元が彼を称したその言葉通り、神栖渡里は広く戦場を見渡す眼を持つ一方で、それを戦車一両レベルにまで縮小させることができない。彼の眼は常に上にあって、それが地上に降りてくることはないのだ。

 

だから渡里の考案する戦術には、その性質が色濃く反映されている。

つまり渡里の戦術に、戦車単騎での動きは存在しないし、想定もされていない。

戦車道において無敵と思われがち(特に大洗女子学園の面々)な神栖渡里の、明確な弱点と言えるだろう。

 

よって渡里と戦うなら、戦術の比べ合いをしてはいけない。

何が何でも一対一の近接戦(インファイト)に持ち込むこと。これが鉄則になる。

 

そして渡里の戦術をそのまま使っているサンダースにも、それは適用される。

 

「ケイさんは全体を統率する指揮官でありながら、戦車一両を指揮する車長でもある。いくらケイさんでも、どちらか片方ならまだしも両方を同時に行うのは不可能」

 

ダージリンは得心がいった気持ちだった。

どれほど完璧に見える戦術でも、必ず弱点はある。

サンダースに言えば、戦術の習熟度が足りなかったことが欠点だった。

 

使い慣れた戦術なら、おそらくケイは全体指揮と戦車単騎レベルの指揮を両立できた。

しかし今は違う。あの戦術を運用するにあたり、ケイは全神経を集中させている。そこに余力はなく、全体指揮に集中している間は単騎レベルの動きが鈍り、単騎レベルの動きに集中すれば全体指揮が滞る。

 

(お兄ちゃんなら、絶対に一対一に持ち込ませないけどね)

 

しいて言えばそこが兄とサンダースの隊長の違いだろうか、とみほは思った。

兄に関して言えば、一対一を想定してないというよりは、する必要がないと言うべきだろうけど。近寄らせもせず、切って捨てるだけの力が、兄にはある。

 

でもサンダースの隊長は、そうじゃなかった。

どんな戦術も、結局は使い手次第だ。

 

「まさかこんなに早く対処されるなんてね」

 

四号戦車と矛を交えながら、ケイは苦笑した。

完璧だと思っていた戦術の欠点を、まさか相手に突き付けられて初めて知ることになるとは思いもよらなかったのである。

いや、本当は欠点なんかじゃなかったはずだ。ケイじゃなく、あのノートを書いた人が使っていたなら、きっと真に完全無欠の戦術になっていたんだろう。

悔しいが、これはケイの力不足だ。

 

しかし大洗女子学園の対処の速さよ。

初心者の集まりと聞いていたが、この対応力を見る限りとんだ誤情報である。

初見なら絶対に防げないはずのこの戦術を、いとも簡単に抜けてくるなんて。

 

「でも……思い通りにはさせないわよ!!」

 

そしてケイは、各車に向けて指示を飛ばした。

隊長の指揮により、シャーマンの群れは迅速に行動を開始する。

 

一対一の状況は、どっちつかずになるため此方が不利。それは間違いない。

でもそれは、()()()()()()()()()()()()()()、の話だ。

少しレベルを落とせば、全体指揮も単騎レベルの指揮も、拙いながらケイは両方こなせる。

 

周りの戦車に四号を包囲させることくらいなら、それでも十分なのだ。

 

「―――――それを待ってた」

 

シャーマンの群れが籠を作る。

疾走する四号戦車の道を塞ぎ、自由に動けるスペースを狭めていくのと同時に、他の四両への抑えも行う完璧な布陣。

多勢を以て少数を撃つ優勢火力ドクトリン。その中に閉じ込められる形になったあんこうチームも、流石に撃破は避けられない。

 

しかし他ならぬこの状況を、みほは待っていたのだ。

車内に目を向け、沙織と一瞬のアイコンタクト。

みほは()()()()()に手を当てて叫び、沙織は携帯電話の鍵盤を高速で叩いた。

 

「囲まれてしまいました!!フラッグ車だけでも0615地点へ逃がしてください!!」

 

『無線はダミーです!!全車、0615地点に向かう相手フラッグ車の側面を突いてください!!』

 

二つの情報が、同時に発信される。

一方は四人に、もう一方は()()に届いたことを、みほは知っていた。

 

そして大洗女子にとっては魔法のような、サンダースにとっては悪夢のような展開がやって来る。

 

包囲網の一角を形成しながら、それでいて被弾しないよう比較的安全圏にいたサンダースのフラッグ車が、突如として戦線を外れたのである。

おそらく誰もが予期していなかった行動に、サンダースの包囲が緩む。

それに呼応するようにして、大洗女子の四両の戦車が一瞬の隙を突き、サンダースの抑制を振り切って疾走を開始した。

 

サンダースのフラッグ車が向かう先は、現在地とは対照的に起伏に乏しい平野地帯。

そして大洗女子学園の四両も、別ルートでそこへ入っていく。

 

あまりにも無秩序なその行動に、たまらずケイは声をあげた。

 

「アリサ、なにしてるの!?そっちじゃなくて――――」

「麻子さん今です!」

 

間髪入れず、四号戦車が突っ込む。

向かう先は隊長車、そしてその延長線上にある、包囲の欠損部。

 

唸りを上げ、地を駆ける四号戦車。

充分な加速によりスピードが乗れば、後はまっすぐ走り抜けるだけ。

 

「砲塔左20度!―――用意!」

「くっ、装填急いで!―――用意!」

 

撃て、の号令で砲身が火を噴く。

装甲同士を擦りつけ合うような近接戦(インファイト)

激しい音と衝撃。立ち上る白煙。

そこには健在の四号戦車とシャーマン。

至近距離での一合は、またもや互いに決定打を与えることなく終わる。

 

しかしみほは構わなかった。

すれ違いざまに一瞥もくれることなく、みほはただ前だけを見つめていた。

その先には完全に孤立した、サンダースのフラッグ車がある。

 

みほ達はサンダースが無線傍受を仕掛けてきていることに気づいていたが、サンダースはそれがバレていることには気づいていない。なぜならみほ達が無線と携帯電話を使い分けることで、巧妙に隠していたからだ。

 

その札をどこで切るか、それが重要だった。

無線傍受を逆用すれば、一度だけだが相手を思い通りに動かすことができる。ならそれは、必殺の状況でこそ切るべき札。

 

そしてそれは今だと、みほは確信していた。

狙いはフラッグ車のみ。そのためには、相手のフラッグ車を動かす必要がある。

無線傍受を仕掛けてるのがどの戦車かは分からないが、こちらのフラッグ車を相手のフラッグ車の目の前に出させてやれば、きっと食いつく。

だってサンダースからすれば、一対一なら絶対勝てる勝負だから。

 

しかしサンダースの隊長が全体を指揮している間は、フラッグ車は動かない。ほかならぬ彼女が、絶対に独断を許さないから。だからほんの一時だけでもいいから、サンダースの隊長の支配力を落とす必要があった。

 

みほが一騎討ちを挑んだのはそのためだ。意識を戦車単騎レベルに注がざるを得ないようにすれば、その分だけ全体への意識が散漫になる。そうなれば普通なら気づき止めれたはずのフラッグ車の独断も、僅かに反応が遅れて許してしまう。

 

(一か八かだけど……うまくいってよかった)

 

どこか一つでも綻べばその時点で詰むような綱渡りだったが、成功は成功。

しかし運が大きく絡んだ結果ではあった。

特に、みほ達は知る由もないが、無線傍受を仕掛けていたのが他ならぬフラッグ車であったところとか。

 

ともあれ此処まで来てしまえば、後はもうシンプルであった。

みほの中には、もう筋書きは一つしかない。

そしてケイもまた、それは同様だった。

 

「相手のフラッグ車を追いかけてください!先に倒せば此方の勝ちです!」

「―――――アリサ、逃げなさい!!私たちが相手のフラッグ車を倒すまでの時間を稼いで!!」

 

そして最後の攻防が始まる。

それは互いに互いの背後を追いかける鬼ごっこ。

サンダースのフラッグ車を大洗女子学園の五両が追い、それをサンダースが追いかける。

 

両者フラッグ車を射程範囲に収めながらの追跡合戦は、しかし大洗女子学園が不利だった。

行進間射撃の練習をしていないわけではないが、互いの練度を考えるとサンダースが一枚上手。特にファイアフライの存在が大きかった。

 

みほとて望んでこの形にしたわけじゃない。

ただ最も勝率の高いものは、と考えた時、これしかなかったというのが本音だ。

だがもうやるしかない。

 

最早意味のなくなった無線傍受対策を捨てて、みほは咽頭マイクに手を添えた。

 

「相手も苦しいのは同じです!落ち着いて、正確に砲撃してください!」

 

言い終わる直後、激しい振動が四号戦車を襲った。

みほは車体にしがみつき、歯を食いしばって堪えた。

 

戦車の中で最も防御の薄い背面を晒し続ける以上、撃破のリスクは高い。その上攻撃に意識を全振りするため、もはや碌な防御手段はない。

撃破される前に、撃破する。もはや道はそれしかない。

 

でもそれは相手も同じ。

みほは頭の中で必死にその言葉を唱え続けた。

そうしなければ自分達だけが追い込まれていると錯覚してしまうくらい、サンダースの攻撃は苛烈さを増していた。

 

チラとみほは背後を伺った。

何か見えないオーラのようなものが、深緑のカラーリングをした戦車たちから立ち昇っている。

それは全国有数の強豪校が持つプライドの具現か、それとも覇気か。

なんにせよ、一筋縄ではいかないことだけははっきりと分かる。

 

(とはいえこのままじゃ……)

 

厳しい、とみほの身体があまりにも冷静に状況を判断分析した、その時だっていた。

 

 

「みほさん」

 

 

不意に、風が吹いた。

いや風というにはそれは、あまりにも切り切りとしていて、夏とは思えない程の冷気だった。

知らずみほの肌は、僅かに粟立つ。

それがどこから来るものなのか、みほは瞬時に理解した。

 

「お願いがあります」

 

声の主は、みほの前に座る彼女。

長く艶のある髪をした、花のように可憐な砲手。

大和撫子を体現するかのように淑やかな彼女は、似つかわしくない程の鋭い輝きを瞳に浮かべていた。

 

「華……さん?」

 

一瞬みほは、彼女が誰だか分からなかった。

それほどの豹変を、五十鈴華は見せていた。

 

まるで―――――

 

「私に、上から狙わせてくれませんか?」

 

――――神栖渡里のように。

 

華は静かな覇気を放っている。

 

 

 

 

 

「―――違う」

「あうっ」

 

パシっ、と軽い衝撃が華の頭を襲った。

全く痛くはないが、それはそれとして思わず華は首を竦めてしまう。

それは華にとって、未知の経験だったから。

 

「また()()()()してるな。そうじゃないと言っただろう」

 

華は目を開けた。

その視線の先には、孫の手を持った神栖渡里が座っている。

アレで華の頭をペシペシしているのかと思うと、使い方が違うと突っ込みたくなる華だった。

 

「入ろうとして入るんじゃない。限界まで集中力を高めていくその()()で入るもんなんだよ」

「うぅ……わかってはいるんですけど」

 

華は深く息を吐いた。

頭では分かっているのだが、どうにも身体の方がついてこない。

華の現状は、そんな感じだった。

 

神栖渡里との特訓を開始して二週間を迎えようというところ。

華は未だ何の手応えも掴めずにいる。そのことが、僅かに華の心を曇らせていた。

 

渡里が華に課した練習は一つ。

ただひたすらに集中すること、それだけだった。

 

集中。言葉にすれば簡単だが、その練習は困難を極めた。

渡里は言った、「どんな状況でも集中できるようにすることが第一段階」と。

 

華にとって集中しやすい環境とは、静かな場所である。

それも無音に近ければ近いほどいい。

加えて誰もいない場所であると、尚更良い。

例えば六畳くらいの小さな部屋で、静寂の中一人で座っていられるような、そんな環境が一番集中しやすい。

 

それを聞いた渡里は言った。

 

『じゃあ戦車の中はどうだ。エンジン音はうるさいしガタガタ揺れるし、暑いし狭いし鉄臭いし一人じゃない。お前の言う集中しやすい環境とは、真逆だろ?』

 

戦車の中というは決して快適ではない。だから絶対的に、集中力を高めづらい環境だ。

それは華に限った話じゃなく、誰もがそう。

 

『そんな中でも集中しなくちゃならない。自分が一番集中できる環境と同じレベルで、だ』

 

そうして華は、四六時中渡里考案のメンタルトレーニングを行うことになる。

賑わう休み時間の教室、先生の声が絶えず聞こえる授業中など、比喩でもなんでもなく、ちょっとでも空き時間があれば何処でも何時でも。

 

これに加えて、渡里が付きっ切りで行うトレーニングもある。

それが肝心の、究極の集中状態へと至るためのものである。

 

『一回でも自力で入れたら、やり方を身体が覚える。自転車の乗り方と同じだよ』

 

その一回が果てしなく遠いものだと、華は実際にやってみるまで知らなかった。

渡里が言うには、限界まで集中力を高めれば勝手に入るものらしいが、未だ華にはできない。どうにもただ集中すればいいというものでもなく、ちょっとしたコツがあるらしい。

 

「意識を一か所に集めて、それを圧縮していく……それがある一定のラインを越えた瞬間、抑えつけられた反動で一気に拡散する……」

 

念仏のように華は渡里のアドバイスを呟いた。

渡里が言う究極の集中状態は、意識が一か所に集まるのと同レベルで全方向に広がる。

白紙に意識の()()で黒点を一つ打つのが普通の集中なら、意識の()()()で全体を黒く染め上げるのが究極の集中状態だ。

 

ただ最初から拡散させようとしてはいけない。それではただの散漫になる。

まずは一か所に意識を集め、それを限界まで高めて爆発させる。

前段階として凝縮という過程を経なければならないのだ。

 

――――というのはわかっているのだが、実際に出来るかと言われればそうじゃなくて。

 

「難しいですね……」

 

とてつもない精神力が必要となる練習だった。

合宿の練習は体力と思考を著しく消耗するが、こっちは心がどんどん摩耗していく。

 

じわりと滲みだした黒い感情を、華は慌てて自分の中から追い出した。

すると見かねたように、渡里は言った。

 

「まぁ、()()()()()ここまで出来てるみたいな所はある。そう気落ちするな」

「私だから、ですか……?」

 

目を丸くした華に、渡里はコクリと頷いた。

 

「元々専門的なトレーニングさえ受ければ、これは誰でもできるもんなんだよ」

「そうなんですか?」

「あぁ。ただ並の人間なら一年は余裕でかかるし、俺もそんくらいかかった。それを大会までの僅かな時間でとなると、情けないが俺だけじゃどうにもならない。これはお前の素質ありきの練習だ。だからお前以外にはやらせてない」

「素質……」

 

そんなものが、あるのだろうか。

思えば以前も、似たようなことを言われた気がする。

華だからこそ、日本一の砲手になることができる、と。

 

しかし他ならぬ華自身が、それを自覚していなかった。

目を伏せる華。すると渡里は、心を読んだかのように言葉を紡いだ。

 

「砲手にもいろんな奴がいる。理屈で撃つ奴、感覚で撃つ奴、何にも考えずに撃つ奴。百人砲手がいれば、百人通りの在り方がある。そんな中でお前は、一体どういう砲手なんだろうな?」

「私は……みほさんの支えになれるくらい強い砲手になりたいです」

「それはお前の想いだ。砲手としての本質じゃない」

 

いっそ冷徹なくらいの、容赦のない言い方だった。

しかしそんな口調とは裏腹に、その表情は穏やかなものなのだから、この人はズルいのだ。

 

「いろいろ聞いてみればいい。誰かと話すことで初めて気付くものもある。それがチームメイトってものだろーーーーーー」

 

そして不意に渡里は立ち上がった。

キョトンとする華をそのまま素通りし、向かう先は出入り口。

そこにある障子に手をかけ、一息、

 

「な、みほ?」

 

勢いよく開け放たれた障子。

その奥に、その人はいた。

栗色の髪をした、華の良く知る友達。

 

西住みほが、いたずらが見つかった子どものような表情をして、そこにいる。

 

「盗み聞きとはいい趣味だな」

 

咎めるような声色に、みほは視線を泳がせた。

 

「いや、お兄ちゃんが華さんと一緒に入っていくのが見えて……何かやましいことでもしてるんじゃないかって…」

「やまっ!?」

「何想像したんだ、お前……意外と耳年増なんだな。流石思春期だわ」

「そそそ、そんなことより!二人で何してたの?」

 

加虐と憐れみを足して二で割ったような、そんな微妙な表情をする渡里に、みほは居た堪れなくなったのか顔を赤くして、早口で話題転換を図った。

地味に頬が熱を持ってしまった華としても、それはありがたいことだった。

 

「別に。お前には関係ないこった、ほら帰れ帰れ」

「ちょ、ちょっと…押さないでよお兄ちゃん。何かしてるんでしょ、華さん。みんなが華さんのこと気にしてるよ。すごい疲れてるって…」

「それは俺のせいだって言っとけ」

「私は華さんに聞いてるの!」

 

押して押されての攻防を繰り返すみほと渡里を前に、華は肩の力が抜けていく感じがした。

この二人はいつだって、仲の良い兄妹そのものの姿を見せてくれる。

それがどれだけ微笑ましく、人の心を温かくしてくれるのか、きっと二人は知らないだろう。

 

優しい兄と、優しい妹。人を思い遣る心を持った、素敵な兄妹。

 

「大丈夫ですよ、みほさん」

 

華は莞爾と笑った。

 

「信じて下さい。今はそれしか言えませんけど、私は大丈夫ですから」

「華さん……」

 

丸い瞳が、気遣いの色で染まる。

 

「本当に大丈夫?お兄ちゃんに何かされたらすぐに言ってね?大声出したらすぐに誰か来てくれるから」

「お前人のことなんだと思ってんだ」

 

心底心外そうな表情と声だった。

 

「五十鈴もこう言ってるんだ。さっさと出てけ。そもそもお前も、人のこと心配してられる立場か。合宿が終わるまでに一回でも俺に勝つんだろ、今何連敗中だ?」

「む……今日は勝つもん」

 

べっ、とほんの少しだけ舌を出すその仕草は、普段のみほからは想像もつかないほど子どもっぽいものだった。

 

「じゃあね華さん。無理だけはしないでね」

 

そして華に向ける表情は、普段通りだというのだから、不思議なものだった。

友達と家族の差、というものを華は改めて思い知った。

 

「邪魔者もいなくなったし、続きやるか」

 

そしてそれは、渡里もまた同様だった。

これは以前から感じていることだが、みほと華達とでは、渡里の態度はあからさまに違う。みほと話している時はありのままの渡里だが、華達と話している時はどこか他人行儀な感じがする。

勿論皆がいる場所では「西住」と呼んでるから、大人としての分別というか礼儀なのだろうけど、それはそうとして少し寂しく思わないでもない。

 

特に華は……

 

「あの、渡里さん.折り入ってお願いがあるんですけど……」

「なんだ」

 

黒い瞳が此方を向く。

視線に貫かれ、喉元まで出かけていた言葉は、ほんの少し引っ込んでしまった。

しかし華は、勇気を振り絞ってその言葉を口にした。

 

「わ、私の事を名前で呼んでくれませんか……?」

「嫌だけど理由を聞こうか」

「私一人っ子で、ずっと兄弟姉妹に憧れてたんです。沙織さんは妹がいるのですけど――――って嫌!?」

 

あまりにもあっけない玉砕に、思わず華は大声を上げてしまった。

 

「ど、どうしてでしょうか!?」

「逆に聞くけどなんで呼ばれたいんだよ」

 

う、と鋭い反論に華はたじろいだ。

その問いに対する答えは、そっくりそのまま華の憧れの暴露になる。

しかし言わないと、渡里は絶対に納得しないだろう。

 

華は意を決した。

 

「その、みほさんと渡里さんのやり取りが、ですね……なんといいますか、すごく羨ましくて……私もあんな風になれたらなと思いまして……」

「はぁ、じゃあみほを妹にすればいいじゃん」

 

発想が天才のそれだった。

しかしそれは、まぁ心躍ると言えばとても躍るのだが、華の求めているところではなかった。

なぜなら他ならぬそのみほを、華は羨ましく思っていたのだから。

 

しかしそれを口にするのは、流石に華の羞恥心の限界を超えていた。

俯く華に、渡里は呆れたように言った。

 

「……分かった。じゃあ条件を出すよ」

「条件、ですか?」

 

こくり、と渡里は頷いた。

 

()()ができたら、名前で呼んでやるよ」

「本当ですか!?」

「本当本当。そんなんでモチベーションが上がるなら俺も文句ないし」

 

明るい表情になった華を、渡里は理解できないでいるようだった。

しかし華には最早些細なことであった。

 

「約束、ですよ?」

「あぁ、約束だ」

 

そっけなく、小指を立てて揺らす渡里の態度に、華は笑顔を浮かべた。

そういうところが、華には不思議と魅力的に見えるのだった。

 

 

そして合宿が終わり、大会本番を迎え、今日に至るまで。

 

 

渡里は華のことを、五十鈴と呼んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

「実は渡里さんから聞いていたんです。もしかしたらこの試合の最後は、こうなるんじゃないかって」

 

それは昨晩のことだった。

練習が終わり、帰路につこうとした華を呼び止め、渡里はある一つの仮定を語った。

 

『最後はどっちが速くフラッグ車を落とすか、そんな砲手同士の戦いになるかもしれない』

 

そうなった時は、お前が鍵になる。

 

真剣な表情で、渡里はそう言った。

もちろんそうならないような試合作りを想定しているし、その通り進むのが最も勝率が高い。

ただ何が起こるか分からないのが本番。

可能性として、備えておいても損はない。

 

だから華は、華だけはずっと気を緩めなかった。

優勢になろうと劣勢になろうと、華の心が揺らぐことはなかった。

 

「このままだと、私たちはおそらく負ける……そうですよね、みほさん」

「……うん」

 

厳しい表情で、みほは静かに頷いた。

車内に動揺が伝わる。けれど華は、少しも不安にはならなかった。

 

「なら、勝負に出ましょう。幸いここは平地、あそこにある高台に戦車を動かしてくれませんか?」

 

広い大地を一望することができる大きな高台。それが進行方向、右側にある。おそらくフラッグ車の進路はこのまま逸れることはない。ならたった一度だけ、あの場所から狙い撃つチャンスがある。

 

「――――私が、撃ち抜いて見せます」

 

沈黙は、一瞬だった。

 

「――――うん、わかった」

 

誰も異を唱えなかった。

それが信頼であることを、華は知っていた。

 

「麻子さん、進路を右へ。沙織さんは各車に通信をお願いします」

「おうよ」

「わかった!」

 

迅速に行動を始める二人。

すると砲弾を抱えた優花里が、神妙な顔つきで言った。

 

「しかし西住殿、おそらくですが……」

「うん、わかってる。坂を登ってる間、間違いなくファイアフライが撃ってくる」

 

サンダースのことだから、みほ達の狙いは一瞬で見抜いてくる。

それを指を咥えて見てるほど、彼女たちは甘い相手じゃない。

けれどもう、やるしかないのだ。

 

「私が、なんとかしてみせるよ」

 

 

そして試合は、最高潮(クライマックス)を迎える。

 

 

隊列の最後尾にいた四号戦車が、突如として方向転換。

部隊から離れ、一人高台へと向かい、登坂を開始した。

 

それを見ていたケイは、すぐに彼女たちの狙いに気づく。

 

「なるほど、勝負に出るのね」

 

ケイの選択肢は二つ。このままフラッグ車を追いかけるか、その前に全車であの四号戦車を撃破するか。

数のアドバンテージを活かせば、おそらく後者が最もリスクが低い。最低限の数の戦車でフラッグ車を撃たせ、残りであの四号を叩く。

これがベストな選択だろう。

 

けれど、とケイは思った。

ケイは彼女たちに、借りを返さなければならない。

あの戦術を完成させてくれたことと、そしてもう一つ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

今更かもしれない。けれどやらないよりは、ずっといいはずだ。

それに、どの口が言うんだと思われるかもしれないが、最後は正々堂々と戦いたい。

だってこんなにも楽しい試合は、今までになかったから。

何一つも、心残りはしたくないのだ。

 

「こっちも五両で行こっか。三両は待機してて。それから、ナオミ」

『はい』

「アレ、撃ち抜きなさい」

『イエス、マム』

 

観客はサンダースの取った行動に目を丸くした。それは何のメリットもない行為だった。

 

三両がエンジンを停止させ、ファイアフライも高台の上を狙い撃てるギリギリの距離で停止。大洗女子学園のフラッグ車を追いかけるのは、たった三両になる。

 

もしファイアフライが砲撃を外せば、一転サンダースの窮地。

高台の上から放たれる砲撃に対し、サンダースのフラッグ車はあまりにも無防備だ。

しかしファイアフライが四号を仕留めれば、大洗女子学園の勝機は完全に消える。

 

ファイアフライをかわし、四号戦車がフラッグ車を撃破すれば大洗女子の勝ち。

ファイアフライが四号戦車を撃ち抜けば、サンダースの勝ち。

 

勝敗の行方は、二両の戦車に託された。

 

キューポラから顔を出し、みほは後方を眺める。

そこには停止射撃の態勢に入り、照準を此方へと向けるファイアフライの姿がある。

しかし砲撃の兆候はなく、不気味なくらいじっと構えているだけである。

 

そこから逆算して、みほは相手の発射タイミングを予知した。

此処で撃たないのなら、後は頂上に差し掛かるその直前、そこで撃ってくるに違いない。

 

視線を前方へと向ける。

頂上まではあと約6秒。

大きく深呼吸を一つして、みほは全神経をファイアフライへと集中させた。

 

戦車道において弾を避けるというのは、ほとんど不可能に近い。

高速で飛来する砲弾を見てから反応するのは、人間にはできないからだ。

だから後手に回ってはいけない。必要なのは、見る前に避けること。

 

ゆえにみほのやることはシンプルだ。

相手が撃ってくる、その一瞬手前。

そこでブレーキをかけて車体を急停止させ、弾を外させる。

 

少しでも遅ければ弾は直撃するし、逆に少しでも早ければただの的。

速すぎず、遅すぎない。そんな絶妙なタイミングで合図を出さなければならない。

 

それは練習でどうこうできる問題じゃない。

求められるのは数多の実戦経験と、それによって磨かれたセンス。

 

「――――――」

 

西住流、黒森峰女学園と渡ってきたみほであっても、それは困難。

加えて相手は、兄曰く全国の頂点に立つ二人の砲手の片割れ。

おおよそ、狙ってやるのは不可能に近い。

 

だって背後から痛いほどに感じるのだ。

ファイアフライから漂う、並々ならぬプレッシャーを。

 

でもやるしかない。

だってあんこうチームの皆は、誰一人としてみほのことを疑っていない。

きっとみほなら避けてくれると、そう信じている。

他でもないみほが、そう言ったから。

 

そして繋げるんだ。

フラッグ車を倒してみせると言ってくれた、彼女に。

みほのことを信じて、ひたすら前を向く彼女のために。

 

だから見切れ。

呼吸を、感情を、心理を、本来見えぬものでさえも、その眼で捉えてみせろ。

 

 

あの人のように――――総てを見切れ。

 

 

「―――停車っ!!」

 

研ぎ澄まされたみほの五感が、警鐘を鳴らす。

瞬間、反射的にみほは声を張り上げていた。

ファイアフライの砲身が吼えたのは、まさにそれと同時だった。

 

火薬が炸裂し、弾は一気に加速する。

下から上へ、重力に逆らって放たれる魔弾。

 

それが土を抉りながら横滑りする四号戦車の、残像を貫いていった。

 

轟音。舞い上がる砂塵。

 

激しい横Gと着弾の衝撃に、みほは車体にしがみついて耐える。

そしてその二つが時間と共に消えた時、そこには高らかにエンジンを唸らせる四号戦車の姿があった。

 

(なんとか避けれた……けどっ)

 

喜んでいる暇はなかった。

みほの目には、登坂を開始する魔弾の射手の姿がはっきりと見えていたから。

 

ファイアフライが坂を登り切る、ほんの僅かな時間。

何秒かはわからないが、きっと長くはない。

それまでに、フラッグ車を落とさなければならない。

 

それはもう、みほの領分ではなかった。

だから託す。自分の前に座る、彼女に。

 

 

「―――華さん!!」

 

 

しかし既にその声は、華には届いていなかった。

最早華に、避けるだの避けられないだのに割く思考はなかった。

 

なぜなら華は、みほなら絶対に自分につないでくれると信じていたから。

だから華は、ただ静かに、静かに、感覚を砥いでいく。

 

華が集中する時、決まってあるイメージがあった。

それは自身が、水の中に沈んでいくイメージ。

水深はそのまま集中の度合いで、深く集中すればするほど華の身体はどんどん深く潜っていく。

 

そして今、華の意識は水底にあった。

そういう時、華の感覚はほとんど失われている。

音が消え、色が消え、匂いが消えて、最後に残るのは引鉄に手を掛ける感触と、自分が撃つべき相手の姿のみ。

 

戦車という最も集中しづらい環境にありながら、そこまで集中力を高めることができているのはひとえに神栖渡里との特訓の成果だろう。

 

こと勝負所の集中力でいえば、ナオミと同レベルにあると言える。

しかしそれでは、華はナオミを越えられない。

 

自身の力を最大限に発揮するための鍵である集中力。

それがナオミを上回らなければ、華は彼女に勝てない。

 

しかし現在、華の集中力は文字通り底をついている。

これ以上深く潜ることはできない。

 

たった、一つの方法を除いて。

 

華は悟っていた。

渡里が教えてくれた、究極の集中状態。

勝つためには、そこに入るしかない、と。

 

大きく息を吸い、深く息を吐く。

これまで華が()()に入れたのは、一度だけ。

自力ではなく、ほとんど渡里が連れて行ってくれた、その時限り。

しかもそれも、本当の意味で入ったのではなく、そのギリギリ手前という。

 

華は結局、合宿中一度もそこに入ることはなかったのだ。

けれど、

 

『力自体はある。後は、そこに入るためのキッカケだけだ』

 

渡里はそう言った。

なら、入れるはずだ。

今までは無理だとしても、()無理な理由はない。

そう思ったから、撃ち抜いてみせると言ったのだ。

 

(もっと、もっと深く)

 

ここが限界じゃない。

まだ、まだ、華は集中できる。

自分の力を、最大限に引き出すんだ。

 

 

「させないわよ」

 

 

しかしそれを、相手が待ってくれる理由はなかった。

三両のシャーマンから放たれたいくつもの砲弾が、大洗女子学園のフラッグ車を飛び越え、サンダースのフラッグ車のところまで伸びていく。

 

そして着弾したのは、サンダースのフラッグ車の進行方向の先。

何も捉えることのなかった砲弾は、ただただ地面を抉るという結果に終わる。

 

そこに込められた意図は、すぐに明らかになった。

着弾によって巻き上げられた砂塵が、すっぽりフラッグ車を覆い隠してしまったのである。

 

(見えない……っ!)

 

してやられた、と華は歯噛みした。

照準器の先は埃で埋め尽くされており、フラッグ車の姿は掻き消えてしまった。

これでは、撃てない。

 

更に背後から、突如として重苦しいプレッシャーが沸き上がった。

瞬時に華は悟った、ファイアフライがすぐそこまで来ていることを。

もう間もなく、圧倒的な火力があんこうチームを貫くだろう。

 

残された猶予は何秒か。

最早数えている暇もない。

 

撃つしかない。

しかし華には必中の確信が無い。

そして得てして、そういう時は絶対に当たらないものだ。

 

絶体絶命の窮地にも、華の集中力は乱れない。

けれどトリガーにかけた指は、華の心境を物語るかのように震えている。

 

深く、暗い水底で、華は独り。

助けてくれる者はなく、届く声もない、孤独な世界。

 

「五十鈴殿!」

「華!」

「五十鈴さんっ」

 

声は、聞こえない。

 

 

「―――――お願いっ、華さん!!」

 

 

聞こえない、はずだった。

 

 

歯止めとなっていた何かが、壊れた気がした。

その瞬間、華の世界に音と色と匂いが返ってくる。

華の意識は急速に浮上し、孤独な世界が終わる。

 

そして華は、普通の世界にいた。

エンジンの音、鉄の匂い、集中する過程で失くしていった全てのものが華の中にあって、

水に深く潜っていく感覚は跡形もなく消えている。

 

それは華の集中力が切れた―――――わけではなかった。

 

寧ろその逆。

華は自分の集中力が身体から溢れ出し、外界を染め上げていくのを感じていた。

 

「そうだ、それこそがお前の本質だ、五十鈴」

 

彼方にいる渡里が、ポツリと呟いた。

 

「なんのためにいるのか、なんのために引き金を引くのか。それを自覚して初めて、最後の扉は開かれる」

 

何も聞こえなかったのに、総てが聞こえる。

何も見えなかったのに、総てが見える。

まるで世界が、掌の上にあるかのように。

 

背後から迫るファイアフライの履帯の音も。

自分を信じてくれる仲間の姿も。

 

今の華には、全部分かる。

 

(………あぁ、そうですよね)

 

一体自分は、何をしてたのだろう。

追い込まれて、焦燥して、危うく取り返しのつかないことをするところだった。

 

最初からやるべきことなんて決まっていた。

華が今まで努力してきたのは、何のためだ。

他でもない、みほの力になるためだろう。

 

彼女一人に全てを背負わせないように、彼女の支えになれるように、華は強くなると誓った。

なら今ここで、そのみほに託された想いに、信頼に、応えなくてどうするというんだ。

 

だって華は、これまでも、これから先も、ずっと、ずっと。

仲間のために、トリガーを引くのだから。

 

「華、さん?」

「頼ってくれて、ありがとうございます。みほさん」

 

貴女の声がなければ、きっと華はそこには行けなかった。

結局華は、一人ではダメだったのだ。

でも構わない。誰かと一緒じゃなきゃ駄目なくらいが、華にはちょうどいい。

 

全身に纏う覇気は壮烈にして強大。

氷の刃のように鋭く、それでいてどこまでも静寂で、一つとして揺らぐところがない。

それこそ渡里が示した境地。

曇り無き鏡の如く澄み渡り、凪いだ水面の如く静かな心。

 

 

すなわち、明鏡止水。

 

 

指の震えは、もう止まっていた。

瞳に決意の炎を灯し、華は微笑みすら浮かべて照準器を覗く。

 

砂塵に隠れたフラッグ車。

しかしその姿を、華ははっきりと見透かすことができた。

 

なぜなら森羅万象が華に教えてくれる。

吹き抜けていく風が、大地に伝わる振動が、大気に響く音が、無限に広がり流れ出す華の意識に語りかけてくる。

限界を超えた集中力の極致に立つ華の中に、総てはある。

 

「さぁ、見せてやれ五十鈴。あの特訓に果てに得た、お前の力を」

「――――はい」

 

知らず、二人の言葉は重なっていた。

 

高台の頂上に、ファイアフライが到着する。

すでに装填は終えていて、後はトリガーを引くだけ。

発射のタイミングを、華は見ずとも気配だけで察知した。

 

華と彼女、比べればきっと彼女の方がずっと強く、優れた砲手だろう。

 

けれどこの一瞬、この一射だけは、華が一歩先を行く。

 

「発射」

 

そして華はあまりにも軽く、トリガーを引いた。

かかるプレッシャーをモノともせず、まるで練習しているかのように、あっさりと。

 

そうして放たれた砲弾は、まっすぐに飛翔する。

まっすぐ、まっすぐ、どこまでもまっすぐ。

風を切り裂き、砂塵を突き抜け、その奥にあるフラッグ車へと一直線。

 

華にはその弾道が、はっきりと見えていた。

 

そして観客が、選手が、等しくその軌道を眼に焼き付ける。

あまりにも美しく、淀みなく空を渡っていく、その一射を。

 

『はぁ?どういう感覚?』

 

その時華は、場違いにも渡里との会話を思い出していた。

 

『そんなもん聞くより、自分で確かめろよ』

 

「もしそこに入れたらどういう感覚なのか?」と問うた華に対して、彼は呆れながらそう言った。

そこをなんとか、と食い下がる華に、彼は本当に仕方なさそうに口を開いた。

 

『人によって感じ方は違うから、一概には言えないけど……そうだな』

 

そして彼は笑顔と共に、こう言ったのだ。

 

『結構、いい気分だぜ』

「―――えぇ、確かにこれは」

 

砲弾が、深緑の装甲を貫く。

後部側の側面。華がずっと思い描き訓練に臨んだ、シャーマンの弱点。

爆炎が起こり、黒煙が上がる。

力なく歩みを止めたフラッグ車の姿を見ながら、華は莞爾と微笑んだ。

 

 

「いい気分です」

 

 

白い旗が上がる。

それは歓喜と驚愕を以て迎えられた、大物食い(ジャイアントキリング)の証だった。

 

 

 

 

『大洗女子学園の勝利!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




サンダース側の話は次の話にて。
ケイさん無線傍受気づいてたんかい、とか土壇場で何やってんだよアリサ、とかの理由をまとめて描写できたら、と思っています。


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