戦車道素人集団を優勝へ導く138の方法   作:ススキト

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今話は試合前のつまらない話(助走)。


各隊長の強さってどうなってるんだろうか、と試合描写をするたびに思う作者です。

オールマイティに戦えるまほと愛里寿。
大軍の指揮ならケイ、カチューシャ。
奇策に秀でたアンチョビ。
単騎での速戦ならミカ。

誰彼が戦ったらどうなるのかなっていうのは多分誰もが一度は通る道。
最終章のトーナメント表を見ていると妄想が捗りますね。継続VSサンダースとか。

こんなことばっか考えてるから内容がスポ根に寄るんだよ(自戒)


第28話 「アンツィオと戦いましょう 下準備」

「二回戦の相手はアンツィオ高校だ」

 

その一言で、大洗女子学園戦車道の作戦会議は始まった。

会場は生徒会室。司会進行は戦車道講師、神栖渡里。アシスタントには片眼鏡がトレードマークの河嶋桃がつき、各チームの車長(カバさんチームは例外)をホワイトボードの前に集めて行われるのが大洗女子学園のノーマル会議スタイルである。

大洗女子の選手数を考えると全員を一か所に集めても、悲しいことに問題ないのだが、兄は兄→車長→各選手という風な伝達ルートを使っている。

 

それが面倒くさいからなのか、はたまた別の理由があるのかは、みほには分からない。

ただ――特に車長組に見られる傾向だが――後でチームメイトに説明しなければならないためか、単に話を聞くよりかは作戦会議の内容への理解が深まるので、一定の効果はあったりする。

 

「戦車道の歴史はウチより長いが……っていうかウチより短いとこなんて無いんだが、ここ最近力をつけ始めているチームだな」

 

アンツィオ高校。

黒森峰時代に対戦した経験はないが、みほはかの高校の代名詞とも言える文言を知っている。

それは、『勢いに乗ると強い』である。

何故か知らないが、アンツィオ高校は自分のリズムで戦っている内は本領を発揮する、という性質の選手が多く、それが群れになって勢いづくとそれはもう実力以上のものを発揮する……らしい。

らしい、というのは実際にみほがその光景を見たことも体験したこともないからである。

どうも聞くところによると、勢いに乗るところを見たことがある人の方が少ないらしいが、果たして実際どうなのだろうか。

 

「一回戦でマジノ女学院を破ってきただけあって、そこそこの地力はある。個人的には一度勝っているマジノの方がやりやすかったが、まぁそこを言っても仕方ない」

 

そう言うと兄は河嶋に目配せをして、ホワイトボードにいくつかの写真を貼らせた。

あの人、いつかの絵が不評だったからって随分短絡的な手段に出たようである。

 

「保有戦車はイタリア系統の戦車二種類。陽動・奇襲担当のタンケッテ、火力担当のセモヴェンテ。どれも特徴的な戦車だな」

「タンケッテ……すごい小さい戦車?ですね」

 

磯辺が手元の資料(例によって神栖渡里作)とホワイトボードに貼り付けられた写真を交互に見ながら言った。

 

兄は「タンケッテ」と言ったが、一般的にはCV33やカルロ・ヴェローチェと呼ばれることが多いこの戦車の特徴は、なんといってもサイズ。そしてそれに起因するスピードである。

 

「四号戦車と比べると大きさは半分、重さは三分の一以下。戦車の歴史を遡ってもここまで小さい戦車はあまりない。サイズ感的には学園長のフェラーリとほぼ一緒だ」

 

一メートルくらい全長が短いだけ、と兄は微妙に分かりやすい例を出した。

まぁ確かにそれくらいの大きさなんだろうけど、そんな風に言われると写真の中のCV33がやけに高級車っぽく見え始めるので止めてほしいみほ達であった。

 

「装甲は17㎜、火力も機銃だから貧弱。おそらくウチが戦車の性能で有利に立てる最初で最後の試合だろな」

 

しみじみと兄は言った。

イタリア系の戦車がほとんどのアンツィオ高校だが、残念なことにイタリアはそこまで戦車が盛んなわけではない。

戦車と言えばとにかくドイツ、イギリス、アメリカ、ロシアという中で、イタリア系の戦車の性能は結構どころじゃないレベルで見劣りしてしまう。

 

揃いも揃って古い戦車しか持ってないみほ達が言うのもなんだが、今まで苦労してきたのではないかと思う。

しかし強みが一つでもあれば勝てるのが、戦車道である。

 

「ただ注意すべきは、装甲と火力を補って余りあるスピード。はっきり言うが、今まで経験してきた戦車の中でも次元の違う速さだ。ある程度の対策はしておかないと痛い目に遭うぞ」

「そ、そんなにですか……?」

「データを見る限りは、最高速度が四号戦車とほぼ同じだが……」

 

カタログでは確かに四号戦車とCV33はほぼ同速だ。

けれど戦車道におけるスピードとは、イコール最高時速ではないのである。

 

それを良く知る兄の言葉は、不思議と鋭く聞こえた。

 

「『軽くて小さい』は戦車道では大きな武器だ。こればっかりは経験しないとだが、感覚的には視界から消える速さと言ってもいい」

 

特に操縦手と砲手はそう感じるだろうな、とみほは思った。

キューポラから身体を出して見る分には何てことはないが、これが照準器などから見ると全然違う。視界が著しく制限されているせいで、本当に煙みたく消えることがある。

 

「行進間射撃で当てるのは至難の業だ。かといって静止射撃をしようと足を止めれば、このセモヴェンテが狙い撃ってくる」

 

セモヴェンテ。イタリア語で自走砲という意味で、搭載されている75㎜砲は短砲身とはいえ十分な対戦車能力を持っている。弾が山なりに飛ぶから遠距離射撃は難しいが、近接戦闘(インファイト)になれば、装甲の薄い大洗女子学園にとっては脅威。

兄の言う通り、迂闊に足を止めれば容赦なく肉薄されてしまうだろう。そうなれば流石に無傷ではいられない。

 

「こっちに関してはタンケッテとは違い、ある程度は防御の必要性が出てくる。対処法としては、迂闊に側面を晒さない事。それから懐に潜り込ませないことだが……、アウトレンジから有効な攻撃ができるのは三突しかいない。場合によっては引き付けて撃つことも必要だ」

 

でも当然リスクはある。近ければ近いほど撃破はしやすいが、同時に撃破されやすくもある。

一両の損失が他のチームとは比較にならない程重い大洗女子学園としては、あまり投機的なことはしたくない、というのが隊長としてのみほの考えである。

 

ここは攻撃の軸を三突のみに絞り、後の戦車は三突の前に相手をおびき寄せる役に終始するのも一つの手だろうか。防御に意識を全振りすれば、おそらく撃破されることもないだろうし。

 

「対戦車能力がほとんどないCV33を機動・攪乱の要とし、セモヴェンテを火力担当に据える。前者に気を取られれば後者に背後を突かれ、後者に注意し過ぎると前者が追いきれなくなる。いかにして素早い動きに惑わされず、しっかりと狙い撃つか。自分達のペースを乱さないことが、二回戦のポイントになってくるだろうな」

 

サンダース戦とは違った方向性の戦いになるかもしれない、とみほは思った。

あの時はいかにして相手のペースを乱すかが肝だったが、今回はその真逆だ。

相手の攻撃を受け流しつつ、強かに逆撃する。

そのためには高い対応力が必要になってくるので、隊長のみほとしてはある程度アンツィオの攻撃パターンを把握しておかなければならない。

兄お手製のこの資料にも大抵のことは載っているだろうが、場合によっては過去の試合も見る必要があるだろう。

 

「ここに加えて一回戦では出てこなかった戦車が二回戦で出てくるという情報がある」

「……ははぁ、()()ですか」

 

角谷が口角を吊り上げて渡里を見やった。

不思議とそういう不敵な表情が似合う人である。兄もまた同様だが。

 

「今回は俺が頼んだんだ。とある戦車をどこかの高校が買った、という情報があったからその裏付けをしてもらおうと思ってな」

「それで、結果は大当たりだったってわけですか。しかし毎度毎度どこでそんな情報を仕入れてくるんです?」

「角谷と同じ方法だよ、多分な」

 

なんとも背筋がヒンヤリする会話だった。

兄も謎の諜報網を持っているが、おそらくそれに勝るとも劣らないものを角谷会長も持っている。なんせみほですら知らなかった兄の所在を突き止め、講師として招聘したのは他でもない彼女なのだ。

 

まぁ今回はみほも情報の出所を知っている。

ご存知、秋山優花里である。

今回もコンビニ船だかなんだかに紛れて、アンツィオ高校に潜入してきたらしい。

そこで目にしたのが、件の戦車である。

 

「資料にデータは載せてあるからよく確認しておくように。言っても戦車一両一種類増えたぐらいじゃ、アンツィオの戦術は特に変わらないだろうけどな」

「アンツィオの戦術はやはり機動力を活かしたものですか?」

 

カエサルの質問に兄は腕を組みながら答えた。

 

「うーん、一回戦では多方向から攻めてフラッグ車を孤立させたところを狙い撃ちしてたし、過去の試合を見てもそういう攪乱からの一点強襲攻撃の傾向が強いな。戦車は変則的だが、フラッグ戦の戦い方としては王道的だ」

 

みほは内心で頷いた。

極論、フラッグ戦はフラッグ車以外の戦車を倒す必要はない。

フラッグ車の撃破が勝利条件な以上、それ以外の戦車を撃破することは寧ろ無駄とさえ言えるだろう。まぁ当然、数を減らせばフラッグ車を狙いやすくなるし、相手の戦術の幅も狭めることができるから、本当に無駄というわけではないけれど。

 

ただ一番効率が良いのは、他の戦車を無視してフラッグ車だけを撃破するやり方だ。

それゆえ、一番難しいが。

 

「お前達がマジノ女学院と練習試合した時にやったことと同じことをやってくると思えばいいんだが、当然アプローチが異なる。その辺は過去の試合映像を見るなりして対策を積んでくれ」

「映像って……サンダースの時みたいにはできないんですか?」

 

サンダースの包囲戦術の対策を立てる際は、神栖渡里による『相手の戦術を完全に模倣することで弱点を見つける』という裏技を使った。

磯辺の言う事は、今回もそれをやればいいのではないか、ということだろう。

それはみほも同じ気持ちである。

おそらくこの世界で唯一兄にしかできないやり方で、言ってしまえば他校にはない大洗女子学園だけの長所だ。使わないのは勿体ないと思う。

 

「あぁ、今回は無理だ。戦術が模倣できないからな」

 

途端、会議は静寂に包まれた。

()()()()。その言葉は()()()()()()()でという条件が付くことによって、みほ達に決して小さくない衝撃と動揺をもたらした。

 

大洗女子学園の面々にとって、神栖渡里は戦車道において全能の存在であった。

知識が豊富で、整備もできて、対戦相手の戦術を模倣してしまえる程の実力もある彼に、戦車道でできないことはないのだと、大洗女子学園の誰もが思っていた。

そんなバカげた信仰を集めてしまうほど神栖渡里は頼れる存在だったし、その期待を一度も裏切る事が無かったこともまた、彼の信仰を助長させる一因だったに違いない。

 

「で、できないって……どういうことですか?」

 

澤の声は僅かに震えていた。

それは彼女の動揺を正しく表現していた。無論、この場にいる大半の人間の気持ちの代弁でもあった。

 

「アンツィオの隊長のアンチョビっていうのが曲者でな。立案する作戦の中身は王道的なんだが、どうにもアプローチが独創的で……有体に言うとよく分からん」

 

よくわからんって……と全員の思考が一致した。

そんな空気を敏感に察知したのか、渡里は頭を掻きながら言った。

 

「サンダースの戦術をあそこまで模倣できたのは、サンダースの戦術が戦車道の教科書にそのまま載せてもいいくらいに完璧で綺麗なものだったからだ。変な捻りもなく、基本に忠実だから真似する方としてはそっちの方がやりやすい」

 

それはそうだ。

乱雑に描かれた絵より、綺麗かつ分かりやすく描かれた絵の方がトレースはしやすい。

絵心が皆無の兄でも分かる簡単な理屈である。

 

「でもアンツィオは隊長であるアンチョビの個性が戦術に顕著に表れている。教科書通りの戦術じゃなく、オリジナリティを加えた変則的な戦術だ。加えてバリエーションが豊富で、複数の戦術を使い分けるからピンポイントで対策を立てることができない。それこそ、アンチョビの頭の中を覗きでもしない限りはな」

 

なるほど、とみほは得心がいった。

技術的にできないわけじゃなく、サンダースの時のように対策を立てる戦術を絞り切れないからできないのか。

確かに兄のやり方は、サンダースのように絶対的な「勝利の方程式(究極の一)」を持つチームに有効だが、あらゆる戦術を満遍なく使いこなすチーム相手には効果が半減だ。

 

兄の知識量ならおそらく戦車道に存在する全ての戦術を網羅しているはずだが、一つの戦術に対して一つのアプローチ、というわけではない。

ゴールに至るまでの道筋はたくさんあって、その数はすなわち指揮官の数と等しい。

それらを全部読み切り、模倣するには多分すごい時間がかかる。

兄の言うところの真意は、メリットよりデメリットの方が大きいからしない、ということだろう。

 

安堵の息が所々で漏れる。

一同の頭にあったのは、一つの可能性。

それはアンツィオの戦術が、あの神栖渡里でさえ模倣できないほど高度なものであるという、背筋の凍る仮説。

 

もしそうだったら、サンダース戦を超える程の困難が二回戦で待ち受けていただろう。

そうじゃなくて、本当に良かった。

 

「サンダースのケイとは全く違うタイプだが、作戦立案に関しては同じくらい優秀な隊長だ。二回戦でも予想外の一手を打ってくる可能性はある。今回あまり力になれない俺が言うのもなんだが、できるだけ対策は積んでいこう」

 

了解の意を伝える返事が、それぞれの個性に沿って生徒会室に響き渡る。

 

「と言った傍から申し訳ないんだが、アンツィオ戦に向けて戦車を少し弄らせてもらう。夜までは戦車に乗るのを我慢してくれ」

 

そして思いっきりつんのめるみほ達であった。

やる気を上げるだけ上げといて、この仕打ちである。

まぁ戦車に乗らずともできることはたくさんあるけれども。

 

「河嶋。例の話を」

「はっ」

 

するとこれまで司会進行のアシスタントに徹していた河嶋が、突如としてホワイトボードの前に立ち、渡里から場の主導権を受け取った。

 

何事か、と首を傾げる一同を前に、河嶋は片眼鏡を光らせて言った。

 

「先日戦車道関係の書類を整理していた時、我が校には今の五両以外にも戦車があるという記録が見つかった」

 

おお、と感嘆の声がどこからか上がった。

これは朗報かも、とみほも思った。

戦車道は数を多く揃えた方が絶対的に有利な競技だから、戦車の数は一両でも多い方がいい。五両と六両じゃ大して変わらない、と思う人もいるかもしれないが、みほからすれば全然違う。その一両の差は、とてつもなく大きいのだ。

 

「どんな戦車なんですか?」

「不明だ」

「え」

 

何だろう。盛り上がった空気が、一瞬で萎んでいく感じだった。

 

「記録が古すぎて戦車の所在までは分からなかった。つまり現在も行方不明だ。そこでお前達には、今からその戦車を探してきてもらう」

 

えぇー、という否定の大合唱が起こった。

それはそうだ。

いつかの時も戦車を探すために学園艦中を歩き回ったが、これが結構な重労働だった。アヒルさんチームなんか崖を下る羽目になったりしたのだ。もう一回やれと言われて喜ぶ人間はいないだろう。そもそも試合前だし。

 

そんな皆の反応に、河嶋は声を鋭くした。

 

「うるさいうるさい!戦車数が少ない我々にとっては、新しい戦力の確保は最重要かつ最優先事項だ!おおよそのポイントは絞ってあるから、手分けして探してこい!」

「まぁ戦車の整備が終わるまでの暇つぶしと思って、一つ頼むよ」

 

果たしてどちらの言葉に従ったのか。

それは分からないが、作戦会議は終了し、一同は外へと繰り出していった。

 

「あ、渡里先生」

 

しかしみほだけが足を止め、生徒会室を出た直後に渡里を呼び止めた。

スタコラと歩き去ろうとした渡里は足を止め、黒い瞳が此方を向く。

 

「なんだ西住」

 

兄は公私の区別をしっかりとつける人で、普段は名前で呼ぶみほのことも学校では苗字で呼ぶ。

兄がそんなだから当然みほも、こういう場ではちゃんと「お兄ちゃん」ではなく「渡里先生」と呼ぶようにしているのだが、これがなかなかむず痒かったりする。

圧倒的にお兄ちゃんと呼んできた時間の方が長いので、未だに違和感を覚えてしまうのだ。

 

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

「聞きたいこと?」

「アンツィオ高校に行ったとか、知り合いがいるとか、そういうことない?」

「うん?」

 

黒い瞳が丸くなる。

その反応で、みほは自分の言いたいことが半分も伝わっていないことを悟った。

 

「ええと、サンダースと戦った時ね、サンダースの隊長のケイさんが……渡里先生と同じ戦術を使ってきて……」

「あぁ、そりゃ俺の所為だ。悪かったな」

「うん、知ってる。渡里先生が昔書いたノートを、ケイさんが見たんだよね」

 

試合の後日、みほはケイと話す機会があった。

どこから番号を入手したのかは知らないが、突然みほの携帯にケイから電話がかかってきたのである。

そこでみほは、ケイが使った件の戦術は、ケイが見つけたとあるノートに記されたものであり、その書き手が他ならぬ神栖渡里であることを知ったのだ。

 

正確には「一回戦をダージリンの横で一緒に見ていた男の人」がノートを書いた人らしいが、まぁ間違いなく兄だろうとみほは思う。

そのことを伝えたケイは大層驚き、近々大洗に遊びに行くとか云々言っていたが、果たして……

 

「そういうことが二回戦でもないかなって思ったんだけど……」

 

ただでさえ豊富なアンチョビの戦術に、兄の戦術まで加わるとなるといよいよ大変である。

万が一そうなった時にキチンと対処できるよう、事前に聞いておきたい。

 

そんなみほの言葉に、渡里は腕を組んで少し唸った。

 

「……無いとは言い切れないな」

「え、心当たりあるの?」

 

だとすればこの人、一体どこまで手を広げてるのだろうか。

戦車道をしている女子で兄と関わりのない人などいないのではないか、とみほは危惧した。

 

すると兄は手を振って否定の意を示した。

 

「可能性の話としては、だよ。人の縁なんてどこでどう繋がるか分かったもんじゃないだろ?俺とダージリンの縁なんて、『俺がイギリスにいた』ってだけで始まったんだぞ」

 

それも渡里から何かしらのアプローチをかけたわけではなく、寧ろ自分の知らないところでいつの間にかできた縁。

人と人とのつながりは、必ずしも劇的に始まるものではない。勝手に、理不尽に、無作為に縁が結ばれることだってある。

 

「そうやって、また俺の知らない所で、勝手に縁ができてるかもしれない。そこから何かの拍子で、サンダースと同じことがアンツィオでも起きてるかもしれない。まぁそんなこと言い出したらキリがないけどな」

「……結局どっちなの」

「気にする程のものじゃないってことだよ。だいたい、俺の戦術を使ってくるならお前にとっては好都合だろ」

「まぁ、そうだけど……」

 

誰かに自慢するほどのことじゃないが、みほは『対神栖渡里』なら百戦錬磨である。

サンダースとの試合、苦戦した理由が『ケイが兄の戦術を使ったから』なら、勝てた理由の一つもそれだ。

 

「アンツィオってイタリアの文化が入ってるところだろ。俺イタリア行ったことないし、アンツィオの学園艦にも乗ったことはない。つまり接点は限りなくゼロだ」

 

ダージリンとの縁ができたのは、聖グロがイギリスと深い関わりを持つ学校だったから。

ケイとの縁ができたのは、サンダースが渡里の母校だったから。

 

でも今回は、そのどちらでもない。

 

「流石に今回は大丈夫だろ」

 

そうやってカラカラと笑って、兄は立ち去っていった。

そしてみほもまた、「それもそっか」と深く考える事はなく、戦車捜索に合流することにした。

 

思えばそれは、致命的とまではいかないまでも迂闊な事だったかもしれない。

もし二人が、ほんの少しでもアニメやゲームに詳しければ。

あるいはほんの少しでも戦車道以外のものに目を向けていれば。

きっとこの単語が出てきたに違いない。

 

―――――――フラグ、と。

 

 

 

 

武部沙織は、ウサギさんチームと共に学園艦の地下を歩いていた。

学園艦は一つの都市であると同時に、名前の通り船でもある。

甲板は居住区に使われているが、機関部はそのまま船を動かすための機関部なのである。

しかしただの機関部ではない。横幅も縦幅も余裕でキロメートルを超える学園艦のものとなれば、それはもう巨大ショッピングモールをも超える超巨大地下空間である。

 

普通科の沙織たちは滅多にここに入ることはない。

主にここを住処としているのは学園艦の、ひいては沙織たちの生活を支えてくれている船舶科の生徒だ。

沙織たちが着るセーラー服とは違う意匠をした、純白の制服に身を包む彼女たち無くして学園艦は立ち行かず、もし彼女たちが全員ストライキを起こせば、その瞬間学園艦は海に浮かぶ巨大な流氷となって何処へとドンブラコしていくことになるだろう。

 

学園艦の地下は、そんな彼女たちの完全なる縄張りである。

噂によると地下に行けば行くほど治安が悪くなり、普段地上で生活している生徒たちへの敵意も高まっていくとかなんとか。幸いなことに今のところは全然そんなことはないけど。

 

沙織たちがなぜそんなところに足を踏み入れているかと言うと、新しい戦車の所在候補の一つがここだったからである。

本当はみほと麻子と一緒に探すはずだった沙織だが、ウサギさんチームが意気揚々と()()で地下に潜ろうとしている所を見てしまい、ついつい心配でついてきてしまったわけだが……

 

(私ごと迷子になりそうだよね……)

 

とにかく広い。そして複雑に入り組んでいる。加えて景色がどこも似たようなものだから、方向感覚がちょっと狂う感じがある。

沙織とて別に学園艦に詳しいわけではないし、油断すると普通に帰れなくなりそうである。

 

まぁそうなったら携帯で救助を呼ぼう、と沙織は楽観的に考えることにした。

 

「うーなんか下に行けば行くほど暗くなってない?」

「言われてみれば確かに……」

「なんか寒い~」

「海に近い所にいる分冷えてるのかもね」

「おーなるほど、武部先輩流石です!」

 

だいぶ適当な発言だったが、ウサギさんチームは感心したようだった。

沙織としても尊敬されて悪い気分ではない。

特にウサギさんチームは、沙織の事を恋愛マスターとして慕ってくれる貴重な後輩である。

大洗女子学園は世間一般と違って、恋愛上手より戦車上手の方が尊敬されやすいのだ。

 

例えば同じ学年のバレー部三人はあまりそっちの話に興味はなく(すごくモテそうなビジュアルとスタイルなのに)、沙織と同級生のカバさんチームも同様。

カメさんチームはそもそも恋愛に興味があるのかないのかすら不明。

 

あんこうチームは……

 

(優花里はともかくとして、他はちょっと怪しいよね)

 

例えば華。いつぞやは「恋愛はわからない」なんて言っていたのに、ここ最近は神栖渡里と随分親しげにしていて、この間なんか二人でデートに行っていた。

まぁ二人で甘い物を食べにいくことをデートと呼ぶのかは知らないが、何にせよ沙織の中では既に要注意人物である。

 

麻子は、華が黒だとするからグレーというところである。

華ほど積極的な行動は見せていないが、あの人見知りの麻子があれだけ男の人に懐くということはない。猫みたく心を許すまでが長いが、一度心を許せばまた猫みたく懐くのが麻子であるからして、沙織としては幼馴染みといえど警戒を緩めることはできない。

 

そしてみほ。彼女は現在沙織の中では、最大要注意人物である。

大洗女子学園で一番神栖渡里と仲が良いのは、間違いなく西住みほ。他にも仲良しな女子は色々いるが、家に平然とお泊まりしたり料理を振る舞ったり、そんな通い妻みたいなことをしている女子はみほ以外にはいない。

 

沙織はそれを、つい最近までは別に何とも思っていなかった。

なぜなら西住みほは神栖渡里の妹であり、その絶対的な関係ゆえに何をしようと恋愛関係に発展することはない、と考えていたからである。

 

だからみほがどれだけ渡里と親しくしていても、何の危機感も覚えることはなかった。

ただ「仲のいい兄妹だなー」と楽観的に見ていられたーーーーのに。

 

先日明かされた衝撃の真実。

神栖渡里と西住みほは、なんと血の繋がった兄妹ではなかったのだ。

 

もう事件だよ、と沙織は思う。

なんでって、それはつまり今までのみほの行為すべての、最強の免罪符となっていた「妹だから」が通用しなくなったということ。

兄妹の微笑ましい触れ合いも、あっという間に男女の逢瀬に早変わりである。

 

みほが渡里に向ける感情が兄妹のものなのか、男女のものなのかは分からない。

ただそれがとてつもなく大きい好意というのは確かだ。

例え今が兄妹のソレだとしても、何かの拍子で入れ替わることだって十分あり得る。

そのことに対して沙織は、明確な危機感を覚えていた。

 

(まだ他にもいるんだよね……)

 

そして沙織が戦々恐々としているのは、みほだけではない。

大洗女子学園を飛び出し、神奈川の海上を悠然と漂う聖グロリアーナ女学院にも、神栖渡里を慕う者はいる。

その名を、ダージリン。

金髪青眼の、超が何個つくか分からない程の美少女である。

 

彼女もみほに負けず劣らずの好意を渡里に注いでいることを、沙織は知っていた。

しかもこっちは完全に恋愛的な好意なので、ある意味みほより脅威だ。加えてアプローチも凄い。隙あらば距離を詰めようとしているし、実際出会ってから今日に至るまでの僅かな時間でかなり親密な関係を築いている……と思われる。

 

沙織は内心でため息を吐いた。

他にも、神栖渡里に想いを寄せる女子はいるかもしれない。

そんな面々を相手に、自分は戦っていかなければならないのである。

戦車道とは違い、頼れるのは己一人。勝者もたった一人だけ。

なんとも熾烈な戦いに身を投じてしまったものだと思う。

 

(でも仕方ないよね……)

 

だって―――――――

 

「…部先輩。武部先輩!!」

「へっ?あ、何?」

「だから、タイプです」

「タイプって……何の?」

 

考え事をしていたせいで、何一つウサギさんの話を聞いていなかった。

聞き返した沙織に、宇津木優季がほのぼのとした声で言った。

 

「好きな男の人の~タイプです♪」

「――――えぅ」

 

あまりのも唐突な問いに、思わず変な声が出た。

好きな、男の人の、タイプ。

()()()()()()()()()!?

 

「なな、なんで急にっ」

「だって気になるじゃないですか」

「武部先輩一回も教えてくれないし~」

 

何がどういう流れでそんな話題になったのだろうか、と沙織は思った。

しかし確かに、今まで散々恋愛講座をしてきたが、好みのタイプを言ったことはない気がする

 

「やっぱりイケメンですか!?」

「年上ですか!?年下ですか!?」

 

そして質問攻めに遭う沙織であった。

 

好みのタイプ?

そんなの―――――あるに決まってる。

それも明確かつ、具体的に。

 

でもそれを言う事は……ちょっとできない。

あまりにも具体的すぎて、多分即特定される。

そして特定された後の展開を考えると、だいぶ面倒なことになると思う。

 

「そ、そんなことより今は戦車を探さないと!」

 

ここは三十六の策も及ばぬ逃げの一手である。

 

ちょっと熱を持ってしまった頬を隠すために背を向けた沙織。

それをウサギさんチームの面々は訝しんだようだったが、話題は恋愛系から無事シフトチェンジした。

 

「でも……もう結構深い所まで来たと思うんですけど」

「戦車のせの字もないですよ」

「これ以上行っちゃうと帰れなくなりそう」

「そしたら遭難?」

「あい!そうなんです!」

 

キャッキャと騒ぐ一年生達を背後に、沙織は少し考えた。

確かにこれ以上進むのは良くないかもしれない。

生徒会長達からは「深く潜り過ぎると危ないから」と言われていたし、時間もいよいよ夕方だ。見つかっても見つからなくても一度帰ってくる手筈になっているし、ここは素直に戻った方が良いだろう。

 

「うん、戦車見つからなかったのは残念だけど、帰ろっか」

「はーい!」

「で、どっちに帰ればいいんですか?」

「えーと………」

 

そして、そこから言葉が続くことはなかった。

どっちに帰るって、そりゃ来た道を戻るだけなのだが。

来た道って、

 

「どっちだっけ……?」

 

スーッと血の気が引いていくのが、自分でも分かった。

そしてこんなにも暗いのに、そんな沙織の表情の変化を、ウサギさんチームは敏感に感じ取ったようだった。

 

沙織の記憶が正しければ、多分後ろの道を行けば帰れるはずなのだが、その道中に階段を何回か上り下りしてるし、右左折したりしている。

だがそのポイントで登ったのか降りたのか、右に曲がったのか左に曲がったのかが曖昧だ。

そしてそれが分からない限り、おそらく沙織たちは地上には帰れない。

 

「と、とにかく戻りましょう!」

「戻るってどっちに!?」

「こっちじゃない!?」

「こっちだよ!」

 

状況はパニックになった。

別の意味で一気に騒がしくウサギさんチーム。つい先ほどまでの恋バナ満喫モードから一転、お化け屋敷に叩き込まれたような焦燥である。

 

一つ、沙織は大きく深呼吸した。

こういう時こそ、人間は冷静でいなければならない。

加えて沙織は、この中で一番の年長者なのだから尚更に。

 

「大丈夫、携帯で連絡すれば迎えに来てくれるよ。ほら、ここに私たちの居る場所が書いてあるし。これを伝えればすぐに来てくれるから」

 

その言葉に、ウサギさんチームは大層救われたようだった。

砂漠でオアシスを見つけたみたいな表情になり、歓声が上がる。

 

それを聞きながら、沙織は壁に飾られた目印に目を向けた。

 

「えーと……ここが私達のいるところだから、第十七予備倉庫の近くかな」

 

暗くてよく見えないが、多分間違ってないだろう。

携帯を取り出し、麻子あたりに電話を掛けようとする。

 

 

そして沙織は、携帯電話の画面が真っ黒になっていることに気づいた。

 

 

「……」

 

ぎゅー、っと電源ボタンを押してみる。反応しない。

とりあえず色んなボタンを押してみる。反応しない。

ぶんぶん、と携帯を上下に振ってみる。反応しない。

こんこん、と携帯に拳をお見舞いする。反応しない。

 

「………」

 

ダラダラ、と汗が滝のように吹き出てきた。

そんな沙織を見て、ウサギさんチームもまた顔を青くした。

不思議と沙織は、鏡を見ているような気分になった。

 

あぁ、うん。そうだね、とりあえずまぁ、言いたいことは色々あるけれど。

まずは現状を正しく報告しよっか。

 

「充電切れちゃった……」

「「「「「いやーーーーー!?」」」」」

 

いやほんと、漫画みたいなことが起きたと思う。

このタイミングで都合よく、携帯の充電が切れるなんて、もう神様が沙織たちを迷わせようとしているのではないだろうか。

 

「だ、誰か携帯持ってる人は……」

 

ブンブンブン、と一同は首を横に振った。

なるほど、詰んだぞ、これ。

 

船舶科の生徒が通りそうな気配は、残念ながらない。

上層の部分は何度かすれ違うこともあったが、ここまで下層になると人の気配が全く感じられない。というか人が通るなら、ここまで明りが少ないこともないだろう。

 

闇雲に動くのは他武運得策じゃない。だって余計に迷うかもしれないから。

これ以上ひどい状況になるとも思えないが、もしかしたらもっと大変なことになる可能性はある。

 

けれど援軍失くして籠城は無し。

助けが来ない状況でじっと待っていたって、状況は好転しない。

あるとすれば、時間になっても帰ってこない沙織たちを心配したみほ達が救助に来てくれることだが、ノーヒントでこの広い学園艦の中から沙織たちを見つけるのに、果たしてどれほどの時間がかかるか。

 

「わ、私達ここで一夜を過ごすんですか……?」

「っていうか誰か助けに来てくれるんですか!?」

 

不安が伝播する。

一瞬助かると思った分だけ、衝撃は大きかった。

流石にこのまま何日も、ということはないだろうが、不安が恐怖を後押しして、有り得ないことも有り得ると思ってしまっている。

慰めようにも果たして、何というべきなのか。

 

「うぅ……」

 

じわり、と誰かが涙ぐむ。

すると一気に、その感情は周囲へと広がった。

まずい、と沙織は思った。

このままでは自力で助かろうという意志すらなくなる。

そうなったら帰るどころではない。

 

とりあえず何故か持っていたチョコレートでなんとかならないだろうか、と沙織がポケットに手を突っ込んだ……その時だった。

 

 

「なんだお前ら、こんなとこまで戦車探しに来たのか」

 

 

とても聞き馴染みのある声が、沙織たちの耳を打った。

弾かれるように顔を上げ、声のする方へと目を向ける。

 

するとそこには、沙織たちのよく知る人の姿があった。

あぁ、という誰かの嘆息が一つ漏れて、そしてウサギさんチームは一斉にその人の名前を呼んだ。

 

「「「「「渡里先生だーー!!」」」」」

 

キーン、と狭い通路に甲高い声が木霊する。

ウサギさんチームの喜びを過不足なく表現した合唱を至近距離でくらった渡里は、わずかに眉間に皺を寄せた。

しかし沙織たちからすれば、そんなことは些細な事。

なんならもう、渡里から後光が差して見えるレベルであった。

 

「助かったー!」

「これで帰れるー!」

「良かったー!」

「助かった?帰れる?何してたんだ、お前達」

 

ウサギさんチームの喜びようを不思議に感じたのか、渡里は首を傾げた。

まぁそういう反応だろな、と沙織は思いつつ、渡里に事情を説明した。

すると渡里は声を押し殺して笑った。

 

「学園艦の中で遭難か。あやうく大洗女子学園の歴史に名を遺すところだったな」

「いや笑いごとじゃないです渡里さん……」

 

割と本気でした。いや本当に。

 

「渡里さんが来てくれてよかったです……」

「そりゃよかった。まぁ偶然通りかかっただけだけど」

「通りがかりって……こんなところまで来て何してたんですか?」

 

沙織たちが言うのもなんだが、こんなところ普通来るものじゃない。

まさか散歩してたわけでもあるまいし……と沙織が思っていると、渡里は薄く笑って答えた。

 

「ここからもっと下の方の……どん底くらいまで行くとバーがあってな。そこでちょっと休憩してた」

「バー?バーってあのお酒とか飲む……」

「そうそう。言っても学生がお遊びでやってるようなところだけどな。俺酒得意じゃないし、それくらいが身の丈に合ってるんだけどさ」

 

ほわんほわん、と沙織の頭の中で具体的なイメージが浮かび上がる。

静寂に包まれながら、落ち着いた色調の明りで照らされる部屋。

ドラマでよく見るような、木目調のカウンター。

背もたれの無い丸い椅子に座り、目の前には大きな氷の入ったグラス。

そこに注がれたカラフルな液体を、少しずつ味わう大人の男性。

 

「――――良いっ!」

「はぁ?」

「あ、いや、なんでもないですっ。そ、そんなところがあるんですねっ」

「あぁ、普通科の生徒はほとんど誰も知らないだろうけど、良い所だよ。たむろってるメンツが変わってるけど」

 

常にマイク持って歌ってるシンガーとか、海賊気取りのスケバンモドキとか。

そんな渡里の言葉を聞きながら、沙織は「なんか想像と違うな」と思ったが、口には出さなかった。

 

(良かった今度連れていってほしいです……とか)

 

言えたら、どれだけ良かっただろうか。

そんな簡単な言葉を、口に出さないじゃなく、口に出せない自分がとっても悔しい沙織だった。

華はいったいどうやってこの人を誘ったというのか。

少なくとも沙織にとってそれは、多大な勇気を必要とする行為だった。

 

「んで、結局戦車見つかったのか?」

「へ、あ、それがまだ……」

「ふーん、まぁカバとアヒルが見つけたって言ってたし、気にすんな。どうせ二回戦じゃ使わないし。そもそもアヒルが見つけたの戦車じゃないし……ん?」

 

唐突に、渡里の視線が沙織の瞳から後方へと移った。

沙織もまた、その視線を追いかけるために後ろを向く。

 

するとそこには、

 

「戦車!?」

 

ゴツゴツした図体から伸びる、勇ましい砲身。

それは間違いなく、沙織たちが普段目にしているものと同類のもので、加えて言うなら一層強そうな見た目をしていた。

 

「ポルシェティーガーか。なんでこんなイロモノばかり見つかるんだ、ウチは」

 

見ただけで戦車の名前が出てくる渡里に、もはや驚きはしなかった。

ただ彼の難しそうな顔と、呻きにも似た声の方が沙織の印象に残った。

 

「い、イロモノって……」

「走るだけで炎上したり地面にめり込んだりと、マイナスの意味で数多くの逸話を持つ戦車だ。動かなくていいならそこそこ強いぞ」

 

マジでイロモノだった。

動かないという戦車道にあるまじきハンデを背負って、それでも「そこそこ強い」ってそれ通常の運用だとどれだけ……

 

あまりにもな評価に、沙織は絶句するしかなかった。

 

「しかしコイツか……変な縁もあるもんだなぁ」

「へ?」

「あぁいや、昔ちょっとな」

 

その時の僅かな表情の変化を、みほなら見抜けたのだろうか。

いつか解るようになりたいと、沙織は切に思う。

そうすればもっと、この人の心に寄り添えるのに。

 

「……ん?なに?」

「へっ!?いやっ、何でもないですっ!?」

「あんまりジロジロ見られると照れるなぁ。そんなにいい造りの顔じゃないから」

 

冗談交じりの言葉だった。

しかしこういう、返球の難易度が高い球をポンポン放ってくるのが神栖渡里という人である。

 

「そ、そんなことないですよ!」

「そう?でも今まで彼女できたことないぜ、俺」

 

うぐっ、と沙織は息を呑んだ。

なんて返したら正解なんだ、これ。

沙織の処理能力は早くも限界を越えようとしていた。

 

「まぁ仮に顔が良くても、戦車道しか頭にないバカだからな。モテたくはあるけど、直そうって気もないから多分ずっと独り身だろうよ」

「も、モテたいんですか!?」

「そりゃモテたいよ。女の子にキャーキャー言われるのは男の憧れだろ?」

 

これどこまで冗談なんだろう、と沙織は思った。

渡里がここまで俗っぽい話をすることは、かなり珍しい。

休憩していたと言っていたし、スイッチがプライベート寄りになっているのだろうか。

 

ふと、沙織の中に過るものがあった。

それは悪魔の囁きに近いものだった。

 

「―――あ、あの、渡里さんって、そのぉ、こ、好みのタイプとかってあるんですか?」

 

ずっとずっと、一度聞いてみたい質問だった。

女の子なら、好きな人の好きなタイプは、最重要最優先事項である。

ただ渡里はあまりそういう話をしないから、聞けずにいたのだが……なぜか知らないがそういう雰囲気になった今ならいける!

 

「人に聞くならまず自分から、じゃないか?」

 

そしてあえなく反撃を食らってしまう沙織だった。

しかも一瞬で白旗を挙げるしかない、痛烈な一撃だった。

 

沙織の好みのタイプ。

それは背が高くて、髪の毛を短く整えていて、シャープな顔つきをしていて。

鋭い目つきをしていて、吸い込まれそうな黒い瞳をしていて。

厳しくて、でも優しくて。

真摯に向き合ってくれて、困った時にはいつだって助けてくれて。

私生活はダメダメだけど、誰よりもカッコいい姿を見せてくれる。

 

そんな人が、沙織は大好きだ。

 

「ほらほら、教えてみ?」

「あぅ……す、すいません許してくださいっ」

 

嗜虐的な笑みを浮かべて詰め寄る渡里に、沙織は壁際まで追いつめられてしまう。

見ようによっては少女漫画チックな構図だが、しかし沙織はそれどころではない。

史上稀にみるほどに近いところに渡里の顔があるので、心拍が早鐘を突いている。

 

「ほ、ほら!早く上に戻りましょう!?」

 

素早く脇を抜け背後に回り、ぐいぐい、と沙織は渡里の背中を押していく。

そうして必死に、沙織は自分の顔を見られないようにした。

 

流石に言えないよ。

特に貴方には、絶対。

 

あぁ早く地上に上がりたい、と沙織は思った。

そうすればきっと、潮風が冷ましてくれるはずだ。

熱を持って朱に染まってしまった、この頬を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして数日後、全国高校戦車道大会二回戦。

大洗女子学園対アンツィオ高校の試合が、幕を開けた。

 

おそらく大会参加校の中で、最も類似した二チームの戦いは、お互いの武器と武器とを激しく打ちつけ合う戦いとなったのだった。

 

 

「パンツァー・フォー!」

「アバンティ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




マカロニ作戦を予測出来たら、流石にご都合主義なのでやめときました。
人間の読みじゃ無理ですよね。


P虎をあそこからどうやって地上に持ち出したのか。
それだけが謎。
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