戦車道素人集団を優勝へ導く138の方法   作:ススキト

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アンツィオ戦、開始。
特にタイトルに意味はない。


テーマは『マカロニ作戦が成功したら?』と『ノリと勢いの正しい運用』。

w〇tとかやってみると、照準器覗いて動きながら動きの速い戦車に弾当てるとかムリゲーじゃねってなると思う。
それくらい速いってすごい(小並感)




第29話 「アンツィオと戦いましょう② ボンゴレパスタ」

全国高校戦車道大会、二回戦。

大洗女子学園VSアンツィオ高校。

舞台は山岳と荒れ地。

生い茂る木々で視界が制限される上、傾斜が多いため動きづらいステージと、広く見通しは良いものの、バンピーな路面のせいで戦車が走りづらいステージの二つが複合された戦場である。

 

大洗女子学園、アンツィオ高校双方ともが機動力を武器に動き回るチームであるため、ステージとの相性は今一つ。

しかし輪にかけて軽量級の戦車を多く持つアンツィオの方が、その分だけまだマシと言えた。

だが元より両者とも、武器が多いわけではない。

どちらも限られた長所を最大限に活かすことによって短所を補いつつ戦うチームであるがゆえに、戦場との相性如きで戦い方を変えることはない。

 

特にアンツィオの方がその傾向が強く、おそらく多少の走りづらさなどお構いなしに駆け抜けてくるだろう、とみほは踏んでいた。

 

「みほー、アヒルさんもウサギさんもまだ相手は見つからないって」

「分かりました。引き続き偵察をお願いします」

 

そんな中、大洗女子学園が取った初動は()()であった。

 

アンツィオ高校の基本的な思考は、フラッグ車一点狙い。

余計な戦闘は極力避け、倒すべき獲物だけを即座に刈り取る疾風の戦術。

群れた相手は機動力で攪乱し、動き回る相手は追い続けて自分達の縄張りまで引きずり込む。

 

どう戦うのが正解か。

みほが考えたのは、あえて待ってみるということだった。

おそらく向こうはみほ達を探し、この戦場を駆け回るだろう。

だったら此方が動かなくても、向こうはこっちを見つけてくれる。そしてその時、みほ達もまたアンツィオを見つけることができる。

 

一番避けたいのは、みほ達がバラバラに動いている時に接敵し、そのまま向こうのペースに引きずられること。

自分達のペースを守ることがこの試合の肝である以上、ゆったりと構えて相手の出方を見る方がいい。

理想の姿は、練習試合の時の聖グロリア―ナ。無理に流れに逆らわず、受け流し、攻めるべき時に一気に攻める。

広い懐と余裕、そして勝負所を逃さず捉える眼と爪。

今日のみほ達には、緩急極まる攻防が求められている。

 

ゆえにみほ達は、まずあんこう、カバ、カメの三両で一つの塊を作り、そこからすぐ合流できる距離の内でアヒルとウサギを偵察に出していた。

 

『待ち』と言っても完全な不動になるわけじゃない。

それは「向こうの出方を見てから動くという気持ちでいる」という意味であり、目となる二両が動けば、それに付き従う形で三両一体の塊も動く、という行動をみほ達は繰り返していた。相手より先に相手を見つけることは、例え後手に回る方針でも優先される戦場の鉄則だからだ。

そして現在は警戒度を上げつつ臨戦態勢。

相手がどう出てくるか、どこで接敵するかによっていくつか用意してある行動パターンから取捨選択していくことになるだろう。

 

しかし、とみほは思った。

やはり五両での戦いは、中々に厳しいものがある。

偵察に二両出しただけで、もうみほ達に余裕はない。フラッグ車の護衛に二両は必要だから、この時点でみほ達に自分から攻めるという選択肢がなくなる。

厳密には攻められないわけではないが、その場合みほ達はフラッグ車を伴って攻撃を仕掛けることになる。

 

それはつまり、流れ弾でフラッグ車が撃破されるというリスクを意味する。

これがもっと防御力の高い、あるいはすぐに逃げられる脚を持った戦車であれば全然構わない。その分だけ撃破されるリスクは下がるから。

 

でも大洗女子学園のフラッグ車は38t。

あまり言いたくないが、フラッグ車に必要な護りも速さも、あんまりない。

かといって他の戦車にしても、似たり寄ったりである。

 

手っ取り早くこの問題を解決するなら、戦車の数を増やせばいい。

そうすれば攻守ともに余計なリスクを負わずに済む。

 

(せめて、あともうちょっと見つけるのが早かったらなぁ……)

 

そして大洗女子学園は、奇しくもその機会を得ていた。

先日、二両の戦車が学園艦内で見つかったのである。

その戦車の名前は、ルノーB1bisとポルシェティーガー。

新しくみほ達の仲間になる、()()()()()戦車達である。

 

その二両は、現在ここにはいない。

それは何故かというと、かの神栖渡里が「ダメ」と言ったからであった。

 

二両の戦車が試合に参加できなかった理由は、二つある。

一つは、戦車の整備が間に合わないこと。これはポルシェティーガーに当てはまることである。

長い間整備もされず放置されていたせいか、全身がボロボロでパーツ交換の必要が多々あり、加えて駆動系が特殊な構造をしているため、その調整の時間も考慮すると、あの兄と自動車部を以てしても「あーこれ間に合わねえわ」という結論になったらしい。

 

もう一つは、凄くシンプルな答え。

乗る人が、いなかったのである。これは両方の戦車に当てはまることであった。

大洗女子学園戦車道受講者は22名。それに対し戦車は五両。大体一両につき五人がベストと言われている戦車道の中で(もちろん定員四名以下の戦車もあるけど)、みほ達は既に人数が足りていない。

そこに戦車が二両増えても、肝心要の乗員がいないのだ。

 

戦車の発見に際し、生徒会が人員確保に動いてはくれたものの、授業選択の時点で戦車道を受講しなかった生徒が今更参加するわけもなく、増員はあえなく失敗。

今いる人数で遣り繰りしようというなら、最早各チームから乗員を割くしかない、となったところで兄の一言である。

 

『んなことしたら逆に弱くなるわ』

 

各チームの戦闘力が下がるのに加え、新しく出来たチームが下がった分以上の戦力になることもないのでトータルでマイナスになる、らしい。

その理屈は分かるようで分からないが、とにかく兄は新しく見つかった戦車を二回戦に出す気はなかったようで、その意志はみほ達がどれだけ頼んでもダメというのがはっきりとわかるほどであった。

 

正直な所、ポルシェティーガーには参加してほしかった。

色々と難のある戦車だが、装甲と火力に関して言えば黒森峰女学園にも引けを取らないし、最も不安な足回りもあの兄と自動車部なら多分、時間さえかければまともに動くようにしてくれるはず。

そうすれば攻撃の要に使っても良し、フラッグ車の護衛として使っても良し、という正真正銘の主力戦車が誕生する。

 

そうすれば戦術にもバリエーションが出る。

みほの頭の中にある、実現不可能のレッテルを貼られて埃を被っている無数の戦術たちも使えるようになる。

 

(……まぁ、ないものはしょうがないけど)

 

戦車が無くて一憂し、戦車があっても一憂する。

なんとも悲しい話である。

 

みほがそんな風に考えていると、状況は俄かに動き始めた。

始まりは、沙織の所に入ってきた二つの通信であった。

 

『こちらアヒル!街道で展開する戦車を発見しました!』

『ウサギチーム、同じく戦車を発見!』

「そのまま偵察を続けてください。発砲はNGで!」

 

無線により入ってきた情報を、沙織が手早くミニホワイトボードに記していく。

 

「みほ、十字路の北と南が抑えられてるって。北がCV33一両、セモヴェンテ二両の編成、南はCV33が二両に、セモヴェンテが一両」

「……やっぱり早い」

 

暗記した脳内の地図を参照しながら、みほは嘆息した。

予想はしていたが、流石の機動力だ。

 

この二種類の顔を持つ複合ステージを全体で見た時、要所となるのは今アンツィオが抑えている十字路。

ここを取れるかどうかでこれからの戦い方がだいぶ変わってくるし、大洗女子学園の方針である『待ち』にも向いている場所だ。

 

あわよくばアンツィオより先に取りたかったが、向こうも流石に押さえ所は分かっているらしい。まぁ脚を遅くしてでも安全を取った大洗と、多分全開で飛ばしてきたアンツィオがよーいドンでスタートすれば、勝つのは当然後者だし、ここは仕方ない。

 

「相手に動きはありますか?」

「えーと……ないっぽいね」

「持久戦ですかね?アンツィオにしては珍しいですけど」

 

どうなんだろう。

確かにそれは大洗女子の泣き所ではあるが、同じくらいアンツィオの苦手とするところだ。

試合が長引き、戦車の性能差と乗員の練度が如実に現れ、ジリ貧になるような事態を避けるために、彼女達は短期決戦を選ばざるを得ない。

 

みほ達も同じだからこそ、よく分かる。

 

(接敵まではゆっくりやるつもりなのかな)

 

地の利を活かすなら悪い選択じゃない。

中央突破させ、包囲するという作戦もあるが、あまりアンツィオと相性のいい戦い方ではない。

それよりは十字路を拠点として偵察の網を広げ、相手が掛かってから攻め立てる。

そっちの方が十分あり得る。

 

「どうします、みほさん。相手の出方を見る作戦でしたけど……」

「うん……」

 

華の言葉に、みほは曖昧に頷いた。

相手が仕掛けてくるのを待つつもりだったが、みほ達が先に相手を見つけてしまい、その上アンツィオにまだ見つかっていないと言うのなら話は変わってくる。

 

今は、先制攻撃の絶好のチャンスなのだ。

 

ただ、チャンスだからと言って「さぁ行け」というわけにもいかない。

 

受け身になって戦う、という方針で試合に臨んでいる以上、おいそれとそれを変えるわけにはいかない。臨機応変といっても、それは事前に決められた枠の中で、という話で、コロコロと枠を変えては統一性、一貫性が無くなる。

それはすなわち、自分達で自分達のペースを乱すことに繋がりかねない。

 

しかし倍の戦力がある以上、撃破できる機会は確実に掴みたいという思いもある。

相手の編成の多数を占めるCV33に対して、戦車の性能差である程度有利に立てるとはいえ、数は脅威。減らしておいて損はない。

 

みほの悩みどころは、畢竟そこにあった。

行くべきか、待つべきか。

前者は予定外、後者は予定内。

メリットとデメリットを秤にかけて、少しでも利のある道をみほは選ばなければならない。

 

「……ウサギさん、相手の戦車を()()()()()()撃破できますか?」

『え!?えーと……すみません、ちょっと難しいです』

「わかりました。これより本隊がそちらに向かいます。それまで相手の動きに注意してください」

 

みほは操縦席とその隣に視線を飛ばした。

返ってきたのは、二つの頷き。

僅かな間の後、四号戦車はエンジン音を響かせて動き始める。

そしてそれに連なるようにして、三突と38tもエンジンを噴かせた。

 

「攻めるんですか?」

「うん。ただ本格的に攻めるんじゃなくて、相手を動かすための……牽制くらいな感じで」

「十字路から引っ張り出すんですね!」

 

アンツィオが持久戦をしようとしているのか否かはさておき、十両中六両が動いていないという状況は好ましくない。それではみほ達の方から攻めるしかなくなる。

 

だったらみほ達のやることは一つである。

攻めてこないなら、攻めさせればいい。

 

狙いは十字路南。

本隊プラスウサギさんチームの計四両で、()()()一両以上撃破する。

そうすればみほ達の位置はバレるが、同時にアンツィオも動くだろう。

十字路を()()()()()として使ってるなら、そこまで固執はせず、すぐにみほ達のことを追いかけてくるはず。

そうじゃなくても、南に関しては四対三。数的有利を活かして、ジワジワと攻めればそれでいい。

 

本隊が移動することにより、アヒルさんチームとの距離が開いてしまうが、八九式のスペックと彼女たちの練度、そしてこの地形を考えれば、万が一攻められても逃げることができる。る

その時はみほ達も退いて、冷静に群がってくる相手に対処するだけでいい。

 

リスクを最小限に抑え、その範囲で最大限の攻撃をする。

この辺りの防御と攻撃への絶妙な力の配分は、隊長である西住みほの高い力量をそのまま表していた。

 

 

―――――しかし。

 

 

『こちらアヒル!!CV33三両と接敵!交戦状態に入ります!!』

 

状況は、みほより一歩早く動いた。

偵察中だった八九式の側面から、突如としてCV33の編隊が襲い掛かったのである。

 

「新手か。これでほとんど割れたな」

 

麻子の静かな呟きに、みほもまた頷いた。

これで十両の内、九両の所在は掴めた。残るは例の、二回戦から新しく投入された戦車のみ。おそらくそこに、隊長であるアンチョビがフラッグを掲げて乗っているはずだ。

 

「アヒルチーム、こちらに合流できますか?」

『すみません西住隊長、ちょっと厳しいです!!』

「みほ、ウサギさんから連絡!十字路北の三両動きないって!」

 

沙織の声が耳を打つ。

連動してこないのか、とみほは思考した。

 

流れとしては、アンツィオが八九式を発見→攻撃開始→他の戦車が同調して動き始める、と思っていたが、アンツィオにその気は見られない。

 

狙いはなんだろうか。

八九式が此方に合流するのを見越して、あえて泳がそうとしているのか。

しかしそれはあまりにも非効率だ。アンツィオくらいの機動力があるなら、普通に動き回った方が何倍も安全だし効果もあるだろう。

第一今のアンツィオは、八九式の逃亡を許さない構えだ。

 

 

なら――――

 

 

「―――アヒルさんチームを撃破されないことを最優先で動きつつ、時間を稼いでください。落ち着いて対処すれば、そこまで脅威な火力じゃありません」

『了解!』

 

みほが送った指示は、現状を維持するだけのものだった。

 

残念ながら、まだみほにはアンツィオの狙いが分からない。

あの兄であればこの段階でも見切れるのかもしれないが、今のみほに兄と同じ読みをするのは不可能だ。

 

けれど相手の狙いを解き明かす手掛かり、それを集める時間を作ることはできる。

読めないからといって、突然危機的な状況になるわけじゃないのだから、今は焦らずじっくりとアンツィオの動きを観察すればいい。

 

それだけの余裕がみほ達には、ひいてはアヒルさんチームにはあるはずだ。

 

だって彼女たちは、大洗女子学園の中で()()()()()()、神栖渡里の練習に順応したチームなのだから。

 

 

 

「わ、わ、やっぱりすっごく早い…!」

 

照準器を覗く佐々木の声は、驚きよりも感嘆の色が大きいように感じた。

ぐいん、ぐいん、と右往左往する砲身の動きは、彼女の動揺よりも寧ろ、驚くべきアンツィオの機動力を表しているに違いない。

 

「く、進路のブロックが上手い……!」

「落ち着いて!十字路に行かないように気をつけてれば大丈夫だから!」

 

操縦桿を握る河西も、その横に座る近藤もまた、佐々木と同じ心境のようだった。

 

確かに、と磯辺は思った。

アンツィオは本当に機動力のチームだ。

それは純粋な戦車の速さもそうだし、それ以上に機動力の使い方が上手い。

 

先ほどから磯辺達は、三両のCV33にいいようにやられてしまっている。

戦車のスペックでは勝っているはずなのに、である。

その理由に、磯辺は気づいていた。

 

向こうは三両でしっかりとフォーメーションを組んでいる。

一両は前方で進路を防ぐ役。

一両は側面に取りつき、行動を制限する役。

一両は背後に回って観察し、相手の動きを他の二両に伝える役。

 

そんな風に綺麗に役割分担をして、的確かつ効率よく相手を追い詰めていく。

巧みな連携を前に、磯辺達は全く思い通りに戦車を動かすことができていない。

 

(全然ノリと勢いだけじゃないんだけど)

 

そしてそのフォーメーションは、一向に崩れる気配を見せない。

此方が多少仕掛けても、まったく揺るがない強固さだ。

確かな練習量に裏付けされたものがなければ、ここまで乱れないこともないだろう。

 

おそらく彼女たちは、『速さ』がどんなアドバンテージをもたらすかを熟知している。なんとなく、頭で理解しているというよりは身体に叩き込まれている、という感じがするけれども。それでも彼女たちは『速さ』を矛として、そして盾として自在に使っている。

 

特に厄介なのは、盾としての速さである。

とにかく弾が当たらない。CV33の車体の小ささもあるんだろうが、常に動き続けているせいでまともに照準が定まらず、弾を撃つことができない。

 

『戦車道は遠すぎると当てづらいし、近すぎても当てづらい』。

 

磯辺は自分達がコーチと呼び慕う神栖渡里の言葉の意味を、初めて理解した。

遠いのが当てづらいのは当然として、近いのが当てづらいとはどういうことか。

それは状況が接近戦(クロスレンジ)であることが大きく関係している。

 

戦車道での接近戦は、基本的に足を止めない。

とにかく動いて、動いて、動く。そうしないと、すぐに射貫かれるからだ。

もちろん足を止めることもあるが、それは砲撃のための、ほんの一瞬だけ。

「止まって撃つ」という砲撃の基本が、接近戦になれば見事に逆転する。

 

アンツィオはその逆転した基本に忠実だ。

CV33に搭載されているのが8㎜機関()であることをいいことに、動きながら弾をばら撒く。一発にかかる比重が戦車砲と比べて軽い分、精度が悪くても数でカバーしてやろうという気なのだろう。

 

聖グロ程の装甲があれば、それこそ動かざること山の如しでも良かったが、大洗女子学園最薄を誇る八九式では、機銃ですら結構油断ならない。

 

故に動き続けなければならないのだが、行進間射撃の精度は静止射撃のソレには遠く及ばない。そこにアンツィオのすばしっこさが加われば、それはもう簡単には当たってくれない。

 

大洗女子学園も速いテンポの戦いには慣れているが、それでもこういった戦いは特化して鍛えているアンツィオの方に分がある。

今この場で有利なのは、アンツィオ高校の方と言えるだろう。

 

 

―――――ほんの、少し前までは。

 

 

「――――いいか佐々木、気合いだぞ!」

「はいっ」

「よし、河西!!」

「はい!!」

 

磯辺が指揮を飛ばす。

瞬間、河西がギアを上げ、八九式は高らかに吠えた。

 

側面に取りついていたCV33一両を加速の勢いで弾き飛ばし、巧妙に自分たちの進路を妨害する前方の一両を猛追する。

それと同時に、背後を狙っていた最後の一両を置き去りにし、大きなスペースを作る。

 

これで状況はシンプル。アンツィオがフォーメーションを立て直すまでの数秒間は、一対一。

 

「撃て、佐々木っ!」

「っ!!」

 

合図とほぼ同時、佐々木がトリガーを引く。

轟音と共に撃ち出される砲弾。

軌道はまっすぐ、向かう先はCV33のエンジン冷却部。

数日間、目を瞑っても当てられる位身体と頭に叩き込んだCV33の弱点に、八九式の一射が直撃した。

 

「やった!」

 

被弾の衝撃でバランスを崩し、スピードが落ちたCV33。

それを一気に追い抜かし、籠のようなアンツィオの陣形から八九式は脱出。

 

しかし問題は、ここからである。

フォーメーションの一角を崩しても、アンツィオは直ぐに一両がカバーに回ってフォーメーションを再構築してしまう。

それを防ぐための一番簡単な方法はCV33を振り切ってしまうことだが、スピードでアドバンテージを取られている以上それはできない。

 

でも、簡単ではないけれど、他にも方法はある。

それが、()()だ。

 

「河西、回せ!」

 

河西が操縦桿の右側をニュートラルに戻したことで、左右の履帯に伝わるパワーに差が生まれ、進行方向がぐいんと右に曲がる。

それと同時に、正面を向いていた砲塔が時計回りに90度回転。

その銃先に、先ほどとは別のCV33を捉える。

 

「アタッーーーーク!!」

「えいっ!」

 

放たれた一撃は、鋭いカットを切ったCV33の残像を貫くに終わる。

 

「もう一度!」

 

だがしかし、アヒルさんチームに失意はなかった。

次は右の操縦桿を前進に切り替え、左の操縦桿をニュートラルに戻し、八九式はヘアピンカーブを曲がるような軌道を描く。

砲塔は更に時計回りに180度周り、再びCV33に照準を合わせ、一息。

火薬が炸裂し、撃ち出された砲弾は、今度はCV33の車体前面、その端を捉えた。

 

その衝撃で、僅かにCV33の動きが鈍る。

その時間を使い、八九式はまたもや方向転換し、一つ前の砲撃態勢に戻る。

砲撃、方向転換、砲撃、方向転換。

 

まるで蛇のようにグネグネとした軌道を描きながら、八九式は間断なく自分たちの背後を走るCV33へと砲弾の雨を降らせた。

 

これがアンツィオのフォーメーションを破る、()()()()()()()()だ。

CV33は車重が軽いため、普通の戦車と比べて被弾の衝撃が大きい。

言ってしまえば、当たれば紙みたいに吹っ飛ぶし、掠っただけでもバランスを崩しやすい。

 

そうなった時、どうなるか。

答えは、速度が落ちる、である。

綺麗に走っている時は、それはもう風のように速く走るCV33だが、反面車重の軽さから安定性に欠ける。少しの綻び一つで、あっけなく自身の長所たるスピードを失ってしまうのだ。

 

だから極論、弾を当て続ければCV33の脚は鈍る

一両速度が落ちれば、他の二両も足並みを合わせるために速度を落とす。

そうしてフォーメーションの核である機動力が鈍れば、もう組み直すことはできない。

 

しかし口で言うのは簡単だが、これほど難しいこともない。

なぜならそもそもの話として、CV33に弾を当てるのが至難の業だからだ。

 

実際それができるのなら、磯辺達はあっという間にアンツィオを振り切ることができただろう。ここまでCV33に食いつかれたのは、ひとえに一つも弾を当てられなかったからだ。

 

一番肝心な部分が、一番難しいという事実。

しかし大洗女子学園にて戦車道講師を務める彼が、そのことに対して無策で教え子を試合に臨ませることなど有りはしなかった。

 

『行進間射撃の精度は一朝一夕じゃ上がらない。けど、比較的弾を当てやすい状況を作ることはできる』

 

曰く、行進間射撃にコツはない。

その精度は質の高い練習をどれだけ積み上げてきたかが全てであり、要はどれだけの時間を費やしたか、である。

どれほどの天才でも、その法則(ルール)を飛び越えてショートカットすることはできない。

 

だから必要なのは、精度自体を上げることじゃなく、今の精度でも当てられるようにすること。

 

『どんな形でもいいから、相手の戦車が並ぶような位置取り(ポジショニング)をすること。バラバラにさせず、なるべく固まらせるんだ。相手がバラバラだと()で狙うことになるが、纏めちまえば()で撃てる。それが出来れば二発に一発は当てられるようになるはずだ』

 

行進間射撃でもっとも難しいのは、横軸の合わせである。

なぜなら縦軸の合わせとは違い、相手の動きを読み、コンマ数秒の未来へと弾を撃ち込まねばならないからだ。

その読みが少しでもズレれば当たらず、当然照準がズレても当たらない。

必要なのは正確に未来を視る目と、精確な砲撃の腕。

しかしそのどちらも、大洗女子学園は充分に熟達しているわけじゃない。

 

ならどうするか。

その答えが、『相手を纏める』である。

 

例えば相手の戦車が三両いたとして、それが横一列になるように誘導する。

そうしたら後は、照準を真ん中の戦車に合わせて撃てばいい。

それなら上下にブレない限りは、右にズレようが左にズレようが問題。

 

畢竟、そうやって『横軸がブレても問題なく当たるような状況』を作ることこそが、神栖渡里が示した攻略法であった。

 

(なんとか作れたけど、難しかったなぁ)

 

そしてそれを最も上手くこなしているのが、他でもないアヒルさんチームであった。

彼女たちはおそらく、自分達がどれほどのことを成しているのか気づいてはいないだろう。なぜなら彼女たちはこう思っている……「流石コーチの作戦」と。

 

確かに神栖渡里の作戦は、良く出来ている。

忠実に実行した結果、先ほどとは一転して優位に立ち回れているのだから、神栖渡里の論理は正しかったということではある。

 

『あれ?でもそれ、その状況を作るために相手に弾を当てないといけない時はどうするんですか?』

『あ、確かに。最初は当てやすいとか何もないですよね?』

『んなもん気合でいけ。当てるという強い意志があれば当たる』

『そこは根性論なんですか!?』

 

作戦会議中、そんな会話があったりもしたけれど。

だからといって100%神栖渡里のお蔭かというと、それはまた違う。

 

どんな理論も、実行に移せないのなら絵に描いた餅。

神栖渡里のそれは、おそらく誰も彼もできる簡単なものではない。

 

そんなものを正確に実行し、あまつさえ()()()()()()()()()()()というのは、アヒルさんチームの高い実力の証明に他ならない。

言ってしまえばこれは、アヒルさんチーム(他のチームにも言えるが)の実力ありきの作戦なのである。

 

とある妹曰く、

 

『実際はすごい無茶振りだけど詐欺師みたいな説明のせいでなんか簡単そうに思えてくる』

 

というのが、神栖渡里の作戦の真実だった。

 

まぁとにかく、ここからはシンプルである。

磯辺達の役目は時間を稼ぐことであり、無理に相手を倒す必要はない。

今のままだと撃破するのは難しいが、同じくらい撃破されることもないし、磯辺達は現状維持するだけでいい。

幸いにも佐々木の砲撃は安定しており、チーム内の連携も上手くいっている以上、順調といっていい状態だろう。

 

「よーし、このまま気合でいくぞ!バレー部ファイト―!」

「「「おー!」」」

 

乗員たちの気合を受けて、八九式は焔を巻き上げながら疾走する。

このあと、彼女たちはただの一度も被弾することなく、完全にCV33の連携攻撃を防ぎきった。

 

それは後に、西住みほが『大洗女子学園のベストチーム』と讃えるアヒルさんチームの力量、その片鱗であることに疑いはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

アヒルさんチームが奮闘している一方で、あんこうチームが率いる本隊はウサギさんチームとの合流を果たそうとしていた。

 

ウサギさんチームからの報告によれば、未だに十字路南の戦車に動く気配はなく、どうやらアヒルさんチームと交戦中の三両とは完全に分離した状態であるようだった。

それならそれでいい、とみほは思う。

連動してこないなら、寧ろシンプルになっていい。あっちはあっち、こっちはこっちでそれぞれ適した対処をすればいいのだから。

 

しかしアンツィオの狙いはなんだろうか。

ここまで動きが無いと、かえって不気味である。

 

八九式を熱心に追いかけているのは、目の前に現れた獲物を狩るという意志に忠実に従っている結果だろう。数で勝っている状態で接敵しておいて、途中で抜けるなんてことは普通しない。

問題は他の戦車がそれでも動かない事。

 

接敵すれば少しは動くだろうと読んでいた戦況も、一向に変化しない。

みほ達が待ちの態勢に入っている以上、アンツィオが動かない限り変化することはないから、当然と言えば当然だけれど。

 

(やっぱり少しつっついてみるしかないのかな……)

 

流石に撃たれて無反応ということもないだろう。

何かしらのリアクションがきっとあるはずだし、そこからアンツィオの狙いを割り出すこともできる。

 

「みほ、もうすぐ合流するよ」

「わかりました。麻子さん、十字路の少し手前で停止してください」

「わかった」

 

さて、どうせ撃つなら一両は持っていきたい。

なら狙うべきは、やはりそこそこの対戦車能力を持つセモヴェンテだろう。

CV33の機銃はよっぽど変な当たり方をしなければ撃破されることはないし、火力的な脅威度はセモヴェンテの方がよっぽど高い。

 

セモヴェンテの装甲はそんなに硬くないし、多分四両同時に攻撃すればおそらく撃破できるだろう……まぁ、38tに関しては砲手的にあんまり期待できないから、実質三両だけど。

 

(なんで河嶋先輩は……あんなに……)

 

みほも長く戦車道をやってきたが、あんな人は見たことが無い。

射撃センスというか、何かその辺に関係した部品がどこかに行ってしまったんじゃないかと思うほど、河嶋の砲撃はなんかもう奇跡的だ(控えめな表現)。

時々砲身の向き的に有り得ない方向に弾が飛んでいってる気がするし、何よりあの兄の教えを受けてもそれが改善しないというのだから、多分どうしようもないんだろうな、とみほは思う。

 

(その点華さんはすごいよね……あっという間に全国トップクラスになっちゃったし)

 

同じ時間、同じ師、同じ環境でここまで差が出るのは、なんとも不思議である。

まぁ両者がお互いに正反対の意味で飛びぬけていた結果なんだろうけど、とみほが自身の前に座る華に目を向けた時だった。

 

「……何か音がしませんか?」

「……え?」

 

照準器を覗いたまま、華の声は鋭く車内に響いた。

 

その時、みほの背中に冷たいものが走る。

弾かれるようにしてキューポラを開放し、辺りを見渡す。

そして間もなく、みほはその両眼にその姿を捉えた。

木々の間を縫うようにして疾走する、鉄の狼達を。

 

「―――8時の方向!!CV33二両、セモヴェンテ一両接近!!」

「え、えぇ!?ウサギさんチーム、十字路の相手は!?」

『へ、特に動いてないですけど……』

「まさか十字路北の戦車が此方に!?にしては速すぎるような……!」

「今はそれどころじゃない――――来るぞ」

「迎撃用意!フラッグ車を守ってください!」

 

背後を取られた大洗女子学園の戦車が、フラッグ車を残してゆっくりと反転する。

しかしほとんど全速で駆け抜けてくるアンツィオに対し、大洗女子学園は圧倒的にスタートが遅れている。

 

反転後の砲撃態勢がギリギリで整わないことを、みほは直感的に悟った。

 

「―――華さん!」

 

そんな中にあって、四号戦車だけが他の戦車と比べて一足先にその砲身を相手に向けていた。

四号戦車の砲手、五十鈴華がみほの指示が飛ぶよりも一瞬早く、砲塔旋回を始めていたのだ。

サンダース戦以降、五感が研ぎ澄まされるようになった華だからできたファインプレイだった。

 

「っ!」

 

華が迷いなくトリガーを引き、火薬が炸裂する。

撃ち出された砲弾は一直線に、矢となって森を駆けてゆき、そしてただ虚空を貫いた。

 

「くっ、やっぱり早い……!」

「次弾装填します!五十鈴殿、構わず撃ち続けてください!」

 

いや、もう遅い。

最初の一射をかわした時点で、もうアンツィオはみほ達の懐に潜り込むに十分すぎる程の猶予を得てしまった。

 

しかし華は責められない。今日まで欠かさずイメージトレーニングをしてきたとはいえ、想像と実践は違う。一発目からアジャストしろという方が無茶だ。

それに今の華は、兄によってリミッターを掛けられている。サンダース戦ほどの精度を期待してはいけない。

 

これは迂闊に行動をした、自分の責任だ。

みほは悔恨の念を押し殺しながら、指示を飛ばした。

 

「麻子さん、戦車を前に!食い止めます!」

 

車長の意気を買うようにして、戦車は唸りを上げる。

一息、四号戦車は火の玉となって地を駆けていく。

 

三匹の狼に立ち向かうは、一頭の獅子。

咆哮し、お互いの肉を引き裂かんと爪牙を振るう。

 

インファイトになれば不利なのは此方だが、みほ達には兄から授かったアンツィオ対策がある。そこに加えて自分たちの練度を考えれば、あんこうチーム単騎で三両を相手取ることはできる。

 

それにみほ達の目的は相手を倒すことではなく、フラッグ車を守ることだ。

みほ達が三両を引き付けている分、他の戦車がフリーになる。

 

「今の内に態勢を――――」

 

その言葉は、途中で停止した。

キューポラから身を乗り出して指揮を取るみほは、他の車長と比べて視野が圧倒的に広い。

それゆえにみほは、見てしまった。

 

反転した大洗女子学園の背後に迫りくる、有り得ざる()()()()()()―――!

 

「後ろです!!」

『む、なに!』

『バカな!?』

『えぇ!?』

 

車長たちの驚愕が、無線越しでも感じ取れた。

それはそうだ。なぜならその戦車達は、本来そこにはいないはずの戦車。

決して存在してはいけない、十一、十二、十三の戦車なのだから・

 

『え、え!?でも私たちの前にまだ……』

「か、数が合いません!?」

「まさかインチキをしているのでは……!」

 

二回戦の参戦可能戦車数は十。

いまアンツィオの戦車は、アヒルさんチームと交戦中の三両。

あんこうチームと交戦中の三両。

そして十字路に六両。

そして未だ姿を見せない隊長車一両。

 

十字路北にいた三両がみほ達と戦っている三両と同一だとしても、規定数から三両オーバーしている。なぜならウサギさんチームの前に、同じく三両の戦車がいるのだから。

 

(まさか……)

 

ふとみほは、一つの仮説に思い至った。

あるはずのない戦車が存在していて、それがインチキではないとするのなら、その答えは一つしかない。

 

「ウサギさんチーム、此方に合流を!十字路の戦車はフェイクです!」

『フェイク!?よ、よく分からないけどすぐに合流します!』

「みほ、フェイクって何!?」

「………ハリボテか」

 

麻子の静かな呟きが、そのまま答えであった。

 

「本で見たな、港の模型を作って爆撃を外させたり、ベニヤで大量の戦車を作って相手を騙したりしたマジシャンの話を」

「なにその子ども騙し!?」

「立派な作戦だ。現に私たちはしっかり引っかかってしまった」

 

意外とこういう単純な手の方が、上手く行ったりする時もある。

しかし手法自体は単純だが、おそらくかなり念入りにデザインされた作戦だ。

意識の死角を突かれたような感覚がみほにはある。

 

兄の言っていた『独自性(オリジナリティ)の強い戦術』とは、正にこういうことだろう。確かにこれは、あの兄でも事前には読み切れない。

 

『こちらカバチーム、三両は引き受けた!』

「フラッグ車はウサギさんチームと合流してください!」

 

固定砲塔の三突には、正直CV33とセモヴェンテの相手は荷が重い。

待ち伏せ運用が基本の三突は、行進間射撃がほとんどできない。なぜなら進行方向がイコール砲身の向きであり、横や後ろに張り付かれると何もできないからだ。

 

しかし今フラッグ車を守れるのは三突しかいない。

おそらく一両か二両は逃がしてしまうだろうが、その前にフラッグ車がウサギさんチームと合流できれば――――

 

そんなみほの考えは、次の瞬間に打ち砕かれることになる。

 

後背より迫っていた三両の戦車は、逃げる38tではなく、自分達に向かってくる三突へと群がり始めたのである。

 

そしてそれと同時、みほ達と交戦していた三両の動きもまた変化する。

今まではみほ達を倒そうという気合に満ちていたのが、その背後にうっすらと三突との合流を防ごうとする意志が見え始めるようになったのだ。

 

その意図を、みほは眼は素早く見破った。

 

(各個撃破を狙ってきた……?)

 

普通なら悪手。

しかしそれは、大洗女子学園が相手という条件を付けた時、悪手から有効打へと変貌する。

絶対的に数の少ない大洗女子にとって、もっとも避けるべきは撃破されることである。

数が少なくなれば戦術の幅も狭まるのが戦車道の常だが、大洗女子は一層その影響が大きい。

 

だから戦術的な意味合いで言えば、大洗女子学園にとってはフラッグ車もそうでない戦車も、価値はさほど変わらない。

『撃破されたら即試合が終わる』というリスクがフラッグ車にはあるだけで、それを除けば一両の損失はほとんど同じだ。

 

故に大洗女子学園を相手にした時、フラッグ車に固執する必要はない。

目の前の戦車をただ撃破する。それだけで大洗女子は翼を捥がれ、やがては地に墜ちる。

それだけのことで、おのずと勝利は近づいてくるのだ。

 

(なら……)

 

そこまで分かれば、黙ってやらせてやる理由もない。

みほ達だって一対多を相手取る練習はしてきているし、その成果はアヒルさんチームが証明している。

 

何処かのタイミングで相手の拍子を崩して、そこを一気に突けば形勢は逆転することは充分にできる。

今みほ達がすべきことは、慌てず、相手の動きを読み、対処することである。

 

みほは咽頭マイクに手を当て、努めてゆっくりと言葉を紡いだ。

無線を通して自分の冷静さが、みんなに浸透していくことを願って。

 

「相手の狙いは各個撃破です。充分気を付けていれば、撃破されることはありません。練習でやってきたことをそのままやりましょう」

 

無線から、気合の入った返事がやってくる。

それを聞いて、みほは僅かに頬を緩めた。

サンダースとの一戦を制したという事実が、理想的な形でみほ達の背中を押してくれているようだった。

 

これなら大丈夫だろう。

みほもまた、静かに気を引き締めた。

まずは自分達に牙を剥く三両の戦車の内、どれかを撃破しよう。

それができるだけの力は、自分達にはあるはずだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

ところで。

西住みほは、深慮遠謀というよりは臨機応変の隊長であるが、決して想像力に乏しいわけではない。寧ろ危機を察知する能力に関して言えば、高い部類に入る。

黒森峰時代にもその能力は発揮されていたが、より戦力が乏しく、強引な戦い方ができない今の方が、ひと際その力は輝いていた。

 

しかしそれは、受け身になって立ち回ることが得意ということを意味するわけではない。

 

例えば今日みほが戦術のイメージにしているダージリンが、相手の攻撃を防ぎながら強烈な反撃の機会を構築する後手必殺の戦術を得意としているのは、みほと同じく危険を察知する能力が高く、加えて相手の攻撃をそのまま利用できる手腕を持っているからである。

 

それを『守りながら攻める』と表現するなら、みほのそれは、あくまで『守っているだけ』。

前者が防御と攻撃がひとつなぎになっているとすれば、後者はコインの裏表であり、切り替え(スイッチ)の有無という差がある。

 

それは優劣の差ではなく、個性の差である。

ダージリンは相手に主導権を握られても、即座に取り返すことができるし、何なら主導権を握られている状況を利用することだってできる。だから攻防の切り替えがとてもスムーズになって、相手は攻めているつもりでもいつの間にか攻められていることになる。

 

みほは一度主導権を握れば簡単には離さないし、そのまま相手を押し切る破壊力を持っているが、取られた主導権を取り返すことが得意ではない。だから攻防にメリハリがあって、時には勢いで状況を打破することができる。

 

必要な時に必要なだけ仕掛けるか、常に仕掛ける側に立つか。

 

両者の違いはひとえにそこにあり、ダージリンが絶対的な逆境を作らせない試合運びをする隊長なら、みほはそんな逆境からでも瞬発力で一気に形勢をひっくり返すことができるタイプの隊長であった。

 

そしてそんなみほの性質を、受け身になって戦うことができるとは、残念ながら()()()()のである。

 

 

約数分の後、その認識の差がそのまま状況に現れることとなる。

 

 

 

「――――――状況は?」

「マカロニ作戦による大洗女子学園の分断は成功したようです。おそらくドゥーチェの()()()()、此方の狙いも見破った頃だと思われます」

「よし、頃合いだな。全員に通達しろ―――――――『コンパス作戦』開始だ!!」

 

 

薄い灰緑色の髪をした隊長が、鞭を掲げて高らかに宣言する。

一人の絶対的指導者によって率いられた狼の群れが、静かに秘めたるもう一つの牙を抜き放とうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アヒルさんチームが大洗女子のベストチーム云々は『リボンの武者』から。


今回は出番ないけどアンチョビはマジ見た目も性格も言動も作戦名もカワイイからヤバい(語彙力)

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