戦車道素人集団を優勝へ導く138の方法   作:ススキト

31 / 55
あけましておめでとうございます(一週間ぶり一回目)

2020年もゆったりと更新しつつ、「年内完結」を目標に頑張っていきますので、今年も拙作を宜しくお願いいたします。




第30話 「アンツィオと戦いましょう③ マカロニグラタン」

「――――以上がコンパス作戦の全容だ!」

 

おぉー、いえーい、という歓声と拍手が至るところで上がった。

アンツィオ高校の隊長であるアンチョビは、それを受けて満足げに笑みを浮かべた。

 

「こんな作戦を思いつくなんて流石ドゥーチェっす!」

「ふふーん、そうだろうそうだろう。なんせ三日三晩寝ずに……というわけじゃないが、とにかく頑張って考えた作戦なんだからな!」

「ドゥーチェ!」

「ドゥーチェ!」

「ドゥーチェ!」

 

ドゥーチェコールに気分を良くしたアンチョビは、頬を緩ませた。

しかし慌てて鞭を一度、二度と振り回し、コールを止めさせると目いっぱい厳しい顔を作ろうと顔の全筋力をフル稼働させた。

上に立つ者が、だらしない姿を見せるわけにはいかないのである。

 

「いいか、我々はナメられている!やれアンツィオは勢いとノリだけだの、勢いに乗れなかった時悲惨だの、戦車が貧弱だの頭が悪いだのっていうか普通に弱いだのーーー」

「ドゥーチェっ、言い過ぎですっ」

 

金色の髪を背中まで伸ばした副官の言葉に、はっ、とアンチョビは我に帰った。

いけないいけない、ついヒートアップしてしまった。

 

こほん、と咳払いを一つ。

 

「要するに相手は油断している!どんな強いチームでも、我々を相手に100%全力を尽くすことはできない!なぜなら誰もが我々をナメているからな!」

「ドゥーチェ!」

「ドゥーチェ!」

「ドゥー…いやまって?これ喜ぶとこじゃなくない?」

 

そんな察しのいい誰かの声は、歓声に掻き消えていった。

 

「我々はそこを突く!諸君らの機動力と私の作戦が合わされば、必ず勝てる!そのための秘密兵器も用意してあるんだからな!」

「秘密兵器って?」

「アレでしょ、ピヨピヨ号」

「え、なにそれ私見てない」

「毎日はしゃぎながらコロッセオの周りで乗り回してるじゃん」

「燃料もそんなにないのにね」

「う、うるさい!いいだろ別に!」

 

アンチョビは僅かに頬を朱に染めながら叫んだ。

 

秘密兵器。

それはアンチョビたちが血の滲むような節制(おやつを我慢)を、気の遠くなるほど長い時間をかけて続けてきた努力の結晶。決してピヨピヨ号などというヘンテコな名前が付けられていいものではない。

 

今でも思い出しては、心が震える。

それが届いた時の感動は、ちょっと一言では口に表せない。原稿用紙十枚は最低でも欲しい。

 

それだけ嬉しかったんだから、そりゃ乗り回すだろ。

寧ろ乗らずしてどうするというのか、とアンチョビの瞳が吊り上がる。

 

すると「ドゥーチェ!ドゥーチェ!」とよく分からないタイミングでコールが起こった。

 

アンチョビは思った。

もしやこいつら、私がコールさえ受けていれば幸せだと思ってるんじゃないだろうか。

なんとなくなめられている気がするアンチョビだった。

 

「とにかく!今日から試合までの間、このコンパス作戦を徹底的に練習する!そして空いた時間でマカロニを作るぞ!いいな!?」

「コンパス……?」

「なんで首を傾げるんだ!?さっき説明しただろ!私が考えた戦術―――」

「マカロニ……?」

「そっちも!?さっき言っただろ!!マカロニ作戦で使う―――」

 

首を傾げる一同を前に、いよいよアンチョビがお目目をぐるぐるさせ始めた、その時だった。

 

ゴーン、ゴーン、とベルが鳴った。

それが意味するのは、お昼ご飯の時間。

この時期大変混雑するアンツィオ高校食堂人気メニュー争奪戦、開幕の合図である。

 

途端、アンチョビの前に整列していた彼女たちの目が、獣のように光る。

そして「あ、まずい」とアンチョビが思ったその時には、既に彼女たちは疾走を始めていた。

 

「おぉい!!お前達、話は最後まで―――――」

「大丈夫です、マカロニを作るんですよね!?」

「ちゃんと買い出しはしてきますから!」

「よーし、今日はマカロニ祭で一儲けだー!」

「それ食用の方だろ!?そうじゃなくて――――」

 

ぴゅー、とアンチョビの声も虚しく、辺りはすっからかんになった。

 

彼女たちを止める手段は、残念ながらアンチョビにはなかった。

ただアンチョビにできる事は、砂埃が風に揺られて流れていく寂しい広場の中で、力なくため息をつくことだけだった。

 

「うぅ……大丈夫かなぁ、あいつら本当に作戦分かってるのかなぁ」

「だ、大丈夫ですよ。自分に素直な子がたくさんいるのが、アンツィオの良い所ですからっ。あの子達も一度戦車道の方に目が向けば、きっとちゃんとやってくれますよ」

「カルパッチョぉ……」

 

金色の髪をした副官の言葉が、やたら沁みるアンチョビだった。

本当に、彼女が居てくれて良かったと思う。

戦車道の時もそうだが、平時でもアンチョビの事を多方面で支えてくれていて、彼女がいなければアンチョビは心労で倒れていたかもしれない。

 

もう一人の副官なんて、もうどっかいっちゃってるのに。

いやアレもアレで頼りにはなるんだけども。頭が残念なだけで。

 

「はぁ……でも、あいつらの良い所を戦車道にも活かせれば、って思ってたけど、難しいなぁ……」

「そう、ですか?」

「そうだ。言う事あんまり聞かないし、聞いてもちょっと間違ってたりするし……まぁそれもこれも私にもっと隊長としてのカリスマがあれば………ぐすん」

 

自分で言ってて辛くなるアンチョビだった。心なしか、目頭が熱い。

すると慌てたように、カルパッチョが満面の笑みを浮かべながらフォローする。

 

「ドゥ、ドゥーチェ!そんなことないですよ!みんなドゥーチェがいたからここまで頑張ってこれたんですから!ドゥーチェがいなかったらアンツィオはもっと大変なことになってましたよ、きっと!」

「………ほんと?」

「ほんとですっ」

「そう……だよな!そうだよな!カルパッチョがそこまで言うんだもんな!」

 

アンチョビの心に活力が戻った。

ふぅ、危ない危ない。もう少しで弱メンタルメードになってしまう所だった。

 

ちなみに弱メンタルモードとは、茹ですぎたパスタと同じくらいの強度しかない精神状態であり、この状態になるとアンチョビは三食イタリアンを食べることが難しくなり、晩御飯に味噌煮込みうどんを食べるようになってしまう。

 

「そうですよ、こんなすごい作戦を考えられるんですから、ドゥーチェは」

「……そうなんだよ。本当に、すごい作戦なんだ」

「……ドゥーチェ?」

 

それは、アンチョビにしては珍しいくらいに静かな声だった。

その声に込められた感情は、賞賛への謝意ではなく、同感。

作戦立案者としてはチグハグな感情だった。

 

アンチョビは思った、カルパッチョには話しておいた方がいいかもしれない、と。

別に言ったからって何が変わるわけでもないだろうが、それ以上に隠しておく理由もないだろうから。

 

「これはさ、本当の意味で私が考えた戦術じゃないんだ」

 

ポカンとした表情を、カルパッチョは浮かべた。

まぁいきなり言われても困るよな、とアンチョビは順序立てて説明することにした。

 

「私が一年生の時に大学選抜の試合を見たことがあるんだ。といっても、身内だけの紅白戦みたいなやつだけどさ」

「はぁ、大学選抜の規模ならそれくらいは余裕でできるでしょうけど……よく見れましたね」

「あぁ、ちょっと忍び込んだんだ」

 

カルパッチョは苦笑いした。

仕方ないじゃないか、他に方法がなかったんだから。

近くで大学選抜が練習してる、と聞いてじっとしているのは、アンチョビには無理だった。だから忍び込んででも見たかった。

 

時に木々に紛れ、時に陰に潜み、時に段ボールの中に隠れ、アンチョビは練習を覗いた。

そしてアンチョビは、自身の戦車道観が変わるほどの衝撃を受けることになる。

 

「その時は知らなかったんだが、当時の大学選抜はあんまり良いチームじゃなかったらしくてな。同じチームなのに実力順で一軍と二軍に別けられていて、扱いが全然違ったんだ」

 

カルパッチョにはオブラートに包んで言うが、有体に表現するなら二軍の選手は一軍の奴隷のような扱いを受けていた。食事、清掃、身の回りの世話まですべて二軍の選手が行い、一軍の選手はそれに感謝するどころか、手際が悪いと文句を言う事もあったとか。

 

アンチョビも実際見たわけじゃなく、人伝に聞いただけで多少脚色されているのかもしれないが、それに近いことが行われていたのは間違いないと思う。

今は島田流が大学選抜を治めるようになり、そういった話はちっとも聞かなくなったけれど。

 

しかしアンチョビの衝撃は、そんなことではなかった。

 

「それで紅白戦も一軍と二軍に別れてやるんだが、当然一軍の方が有利だろ?だって実力順で決められてるんだからさ」

「それは……そうですね」

「で、いつも二軍がボロボロに負けてたそうなんだが、私が見た時だけは違ったんだ」

 

今でもアンチョビは、その時の光景を鮮明に思い出すことができる。

性能で劣る戦車を押し付けられ、モチベーションも練度も低い二軍の選手。

それを率いて戦った一人の戦車乗りと、その人による魔法のような戦術を。

 

猛る火山のように苛烈な攻撃を見せたかと思えば、堅牢な城を思わせる守りで相手の攻撃を防いで、空を裂き地へと奔る稲妻のように迅く動く。

どこまでも流麗で、どこまでも美しい、芸術のような戦車指揮。

 

見る人全てを魅了する、宝石のような煌めきがそこにはあった。

 

「もう相手の動きが全部読めてるんじゃないかっていうくらいでさ、その上状況に応じて色んな戦術を使い分けて、相手に何にもさせなかった。全国から集められた選りすぐりの戦車乗り相手に、だぞ」

 

それこそがアンチョビの衝撃だった。

どんなチームでも、どんな戦車でも、戦術の腕さえあれば勝つことができるのだと、目の前で証明されたのだ。

弱者だけが思い描く、そんな都合のいい夢物語を。

 

「心に焼き付いたよ。こんな戦車道があるのかって」

 

それだけじゃない。勝つことで全てをひっくり返した二軍の選手たちの姿。

それがどれだけアンチョビの心を救ってくれたか……まぁこれは口が裂けてもカルパッチョには言えないけど。

 

「このコンパス作戦は、その紅白戦で見た戦術の一つだ。といってもそのまんまじゃなく、私が色々とアレンジを加えているがな」

「えっ、その人もベニヤ板でデコイを作ったんですか?」

「いや違うぞ。実質十両でやってた」

 

カルパッチョの目が見開かれた。

察しの良い彼女は、すぐに気づいたようだった。

アンチョビが今言った言葉が、どれほどかの人の凄さを表していたのかを。

 

「そ、それって……」

「そうだ。私たちがダミーで水増ししてやろうとしている戦術を、その人は単純な()()だけでやってみせたんだ」

 

正しく言うのなら、その人が十両でできたものを、アンチョビ達はそれ以上の数を出さなければ再現できなかった、になる。

本当に難しいのだ。一年生の時に見てから、今日に至るまでずっと記憶に焼き付いたかの戦術を再現しようとしてきたが、どうにも上手くいかなかった。

 

マカロニ作戦で使うベニヤ板のデコイは、苦肉の策だ。ダミーで代用できる部分を探して、無理矢理それっぽい形にした。

アンチョビがその人の戦術を改修して生まれた『コンパス作戦』は、完成度で言えば多分半分もいっていない。

 

だからこそ、

 

「憧れなんだ、私の。いつかあぁなってみたいと、本気で思ってる」

 

同じ戦車乗りとして、心の底からアンチョビはそう思う。

ずっとずっと遠くに在るその人に、アンチョビは焦がれているのだ。

 

するとカルパッチョは薄く笑いながら、アンチョビに問うた。

 

「どんな人なんですか?」

「それが実際に見たことはなくて……私も名前しか知らないんだ」

 

それにしたって大変な苦労だった。

アンチョビがその紅白戦を見て間もなく、大学選抜は大規模な再編を行い、選手から指導者に至るまでまるっきり別のチームになった。

その結果その人の存在は、完全に掻き消されてしまったから。

 

名前を見つけられたのは幸運だったが、しかし残念なことにどこのチームを探してもその名前はなかった。結局その人の行方は、未だ知れない。

 

「神栖渡里っていうだけどな。同じ()()、同じ戦車乗りとして、いつか会ってみたいんだけどなぁ……カルパッチョは聞いたことないか?」

「うーん……残念ながら。女の人にしては珍しい名前ですから、一度聞いたら忘れないと思うんですけど……」

「そっかぁ……そうだよなぁ。ま、今はそれより二回戦の事を考えないとだな!」

 

ぶんぶん、と鞭を素振りしてアンチョビは気持ちを切り替えた。

聞いておいてなんだが、カルパッチョが神栖渡里について何か知っているかどうかは、割とどちらでもよかった。

 

だってアンチョビは思うのだ。確かに今は全然名前を聞かないけれど、あんなに凄い人が、ずっと埋もれ続けるはずがない。本人にその気がなくても、きっと周りが放っておかないはずだ。

神栖渡里という四文字は、必ず世界に轟く。

だからアンチョビは、それを待っているだけでいい。

待っていれば必ず、アンチョビは彼女に会えるはずだから。

 

「ところでドゥーチェ、マカロニはいくつ作りましょうか?」

「うーんそうだな……予備も入れて多めに作っておくか!」

「……大丈夫でしょうか?ウチの子の気質を考えると、勢い余って全部置いてしまうんじゃ」

「……………………………あるな」

 

 

 

 

しかしまぁやはり、アンツィオ高校とはノリと勢いで出来ているとアンチョビは思った。

 

マカロニ(ダミー)展開時のペパロニとの通信で『てめーらありったけ置いてやれぇ!』という理性の欠片も感じない言葉を聞いた辺りで、アンチョビはカルパッチョの言葉が予言であったことを思い知った。

多分、持たせたダミーが何枚でもペパロニの言う事は変わらなかっただろう。そしてやる事も変わらなかっただろう。

持たせたダミーの数に関係なく、ぜったい全部置こうとしたに違いない。

そういう意味では、カルパッチョのファインプレイだった。

 

お蔭でマカロニ作戦、そしてそれに連なるコンパス作戦は順調に進んでいる。

 

現在大洗女子学園は陣形を保てずバラバラになった。

火力はないがすばしっこく、仄かに危険な香りがする八九式には三両のカルロ・ヴェローチェを。

大洗女子学園で最も高い火力を持つが、固定砲塔故に小回りの利かない三突には二両のカルロ・ヴェローチェと一両のセモヴェンテを。

そして隊長車であり、名実ともにチームの中核を担っている四号戦車にも三突と同じ編成の三両をぶつけた。

 

アンチョビが彼女たちに指示したのは二つ。

一つは、できるだけフラッグ車から遠ざけること。

まとわりついて動きを制限し、フラッグ車が孤立するように相手を仕向ける。もっと言うなら、視線を自分達に固定させて『フラッグ車を守る』という意識を薄める。

そのためにはある程度、相手に自分たちが脅威であると思わせなければならない。

ゆえに大洗女子学園で最も手強い二両に、アンツィオ高校の最大火力であるセモヴェンテをぶつけた。

 

もちろん向こうの最大戦力に此方の最大戦力をぶつけるというのは、かなりリスクを伴う。セモヴェンテが撃破されてしまったら、アンツィオはこれから先の戦いが不利になる。長期戦なんて以ての外だ。

 

だからこそ、さっさと状況を進めなければならない。

アンチョビが下したもう一つの指示は、そのためのものだ。

 

「各車、状況を報告しろ」

『こちらペパロニ!type89が意外としぶといっす!姐さんちょっと本気で攻めていいっすか?』

「おぉい!もう目的忘れかけてるだろお前!」

『あ、そーだった!』

 

本当に頼むぞ、とアンチョビはため息を吐いた。

一つのことに集中できるのはペパロニの長所だが、それは同時に短所にもなりうる。

八九式を追いかけるのに夢中になり過ぎて、アンチョビの指示をうっかり忘れるくらいのことは普通にやるし、今やりかけた。

 

『こちら四号がやばいくらい強くて困ってますうえーい』

『正直きついですドゥーチェマジでもう保たないかもです』

 

次いで無線から妙に緊張感のない返事がきた。

あまりに気の抜けた語調だったのでアンチョビは反応に困ったが、しかし間違いなく彼女たちの言う事は正しい。

()()()はアンチョビが予想した中で、最も厳しい相手だから。

 

(西住流……やはり三両がかりでも抑えきれないか)

 

本当に化物しかいない流派だ、とアンチョビは心底思う。

黒森峰にいる西住流もそうだが、一人いるだけで羊の群れを狼の群れに変えてしまうくらいの影響力と、並外れた実力が彼女たちにはある。

 

アンチョビとしても四両はつけたかったところだが、流石にそれ以上戦力を割くことは難しい。勝ちに行くためには、三両でなんとか抑えてもらうしかない。

 

「なんとか堪えろ。四号に関しては自由に動けなくするだけでいいからな。……あ!危なくなったちゃんと逃げろよ!?無茶はダメだぞ!?」

『はーい何とか頑張りまーす』

 

……もう少し覇気を込めてくれないものだろうか。

相当に緊迫した事態のはずだが、変に余裕があるように感じてしまう。

しかし戦車道界屈指のバランスブレイカーと戦っているという事実は変わらない。アンチョビも早々に動かなければならないだろう。

そのためには、

 

「カルパッチョ、行けるか?」

 

金髪の副官の力が必要だ。

カルロ・ヴェローチェを率いて三突と交戦している彼女に、アンチョビは静かに問うた。

 

今現在大洗女子学園には、二両フリーの戦車がいる。

一両はフラッグ車、もう一両はM3リー。

それ自体はアンチョビの想定通りの状況であり、別段気にすることではない。

 

他でもないアンチョビが、その二両ならば()()()()()()()()()()()と考えていたからである。

 

ただそれはそうとして、最高の状況というものはある。

最善よりも尚良い、理想の状況が。

それを実現するために、カルパッチョの力が必要なのだ。

 

『―――――行かせてください』

「っ」

 

返答に詰まったのは、アンチョビの方だった。

なぜならカルパッチョの声が、普段アンチョビがよく耳にするものよりも数段鋭く、あるいは質を異にしていたから。

 

カルパッチョという人間は、落ち着きのある人間である。

冷静というほど冷たくなく、呑気というほど温くもなく、アンツィオ高校では珍しいくらいに感情が安定して、その上思慮深い。

加えてそもそもの気質が温厚で優しく、他人を思い遣ることを呼吸のように当たり前にできる、そんな人間だ。

 

快活で感覚派、色々と雑で物事を深く考えず、妙に好戦的なペパロニとは、正に対極にあるといえる。

 

だからアンチョビは、その時驚いたのだ。

返ってきたカルパッチョの声から、炎のように熱い戦闘の意思を感じ取れたから。

 

試合中でアドレナリンが出ているのか、はたまた別の原因があるのか、アンチョビはカルパッチョの変化の理由に思い当たるものがない。

 

「わかった、任せたぞ」

 

しかしそれを、僅かな間でアンチョビは両断した。

考えても分からないものは、分からない。

ならアンチョビは、カルパッチョの言う事を信じるだけだ。

今までも、今も、これからも。そうやってきたのだから。

 

それに良い傾向だと、アンチョビは思うのだ。

悪く言えばカルパッチョは、ちょっと大人しすぎる。

戦車乗りだと言うなら、今くらい血の気がある方が健康的だ。

 

誰かに勝ちたい、誰かを倒したいという戦いの意志が彼女の中で芽生えつつあるというのなら、それを止める理由はアンチョビにはない。

それがどういう経緯で生まれたのかには、少し興味があるけれど。

 

「三突はカルパッチョが単騎でやる。手の空いた二両はM3リーの方に回れ」

 

重戦車P40を駆りながら、アンチョビは新たな指示を飛ばす。

これでフラッグ車以外の全車にウチの戦車がついた。

その意味を、大洗女子学園は、あの西住流は正確に見抜いているだろうか。

自分がまだ捕捉されていないということの重みを、理解しているだろうか。

 

どちらでも構わない。

()()()を防ぎにこようが、この状況に持ち込んだ時点でアンチョビ達の狙いの八割は達成されている。

事ここに至れば、アンチョビ達は、大洗女子学園が座らなかった椅子に座るだけでいいのだから。

 

「――――――――よし、フラッグ車を詰みに行くぞ」

 

狼の群れを率いる者は、その瞳に剣呑な光を灯す。

車長の意気に呼応するかのようにして、初陣の戦車もまた咆哮した。

 

 

 

「あらあら、不味いんじゃないの、貴方の教え子さん達」

「貴女が此処にいる方がよっぽどマズいですよ、俺の精神衛生上」

「随分な言い方じゃない。折角会いに来てあげたっていうのに」

「お気持ちだけ頂くので帰ってください」

「遠慮しなくていいのよ」

 

コロコロと笑う彼女に、渡里は大きなため息を見せつけるようにして吐いた。

勿論そんなものじゃ、この人はビクともしないだろうが。

 

(なーんでこうなったんだか)

 

試合会場を一望できる―――といっても会場は広すぎるので一部だけだが―――丘の上に、渡里は何も敷かずに座り込んでいた。

観戦するならライブ中継してくれるモニターが見える観客席に座った方がよっぽどいいのだが、渡里は諸事情であまりそちらには居たくなかった。

 

加えて一人で静かに観戦したかったので、わざわざこんな外れの方まで歩いてきたというのに、いざ観戦しようと思った数分後には、この人が現れてしまった。

 

「なに?私の顔に見惚れちゃったかしら?」

(あぁーーーめんどくさいーーー!)

 

蝶野亜美。

おそらくこの世界で唯一といってもいい、神栖渡里の天敵であった。

とにかく食えない、口が減らない、絡みが面倒くさいという三拍子が揃った逸材で、本当に冗談抜きであまり会いたくない相手である。

なんせ疲れる。自分も大概マイペースだと思うが、この人は輪にかけてマイペースだ。何か喋る度に渡里の精神的なモノがゴリッと削れる音がして、どんどん元気が摩耗していく。

 

(ほんとに何しに来たんだこの人)

 

まさか自分への嫌がらせだろうか。

だとするならこれ以上にないくらい効果覿面だ。だから帰ってください。

 

「いいの?」

「えぇ、是非」

「帰らないわよ……そうじゃなくて」

 

普通に心を読まれたが、渡里はもはや気にしなかった。

一々突っ込んでいたらキリがないのである。

 

「あの子達。アンツィオの術中に嵌っちゃってるじゃない。このままだと取り返しのつかないことになるわよ?」

「んなこと言われたって、俺にどうしろってんです。戦車道には野球やサッカーみたいな、試合中でも助言してくれる監督はいない。自分達でどうにかするしかないんだから」

「心配じゃないのかってことよ」

 

別に、と渡里は短く返した。

 

アンツィオの戦術は、巧妙というよりはよくデザインされていると言った方がいい。

ダミーを使ってみほ達の脚を止め、その隙に飛びかかる準備を整え、同時多発的に襲い掛かることでみほ達をバラバラにした。

渡里が上手いと思ったのは、そこでフラッグ車をターゲットから外したこと。

これは普通ならば悪手だが、大洗女子学園相手に限っては有効な手に変わるのだ。

 

大洗女子学園の弱点は、何よりも数。

参戦可能数の半分、それもフラッグ車がほとんど戦闘に参加できないとなると実質四両。これは殲滅戦だろうがフラッグ戦だろうが、致命的な弱点だ。

なんせ一両の重みが違う。フラッグ車を撃破されたらゲームが終わるが、それ以外の一両でも失えば、大洗女子学園は実質的に詰む。

 

それをみほは良く知っている。

そしてだからこそ、アンツィオ高校の狙いが絞り切れない。

 

一両捕捉できていない戦車がいて、こちらのフラッグ車は味方からも敵からもフリー。

なら当然、そこに未確認の戦車が襲ってくるのは読める。

でもだからといって、フラッグ車を守ろうと無理に動けば、おそらく四号戦車以外のどれかが落ちる。そしたら試合は一気に不利になる……どころか、敗けるかもしれない。

 

手っ取り早く解決するなら、取りついているCV33やセモヴェンテをなぎ倒せばいい。そうすれば一気に状況は逆転する。

けれどアンツィオは、それを最も避けようとしている。

無理に攻めず、絶対に撃破されない範囲で攻撃し、ジワジワと追い詰める算段なのだろう。。

 

みほは今、天秤がどちらに傾くかを慎重に見定めようとしている。

その選択がそのまま、試合の勝敗に直結していることを感じ取っているが故に。

 

しかしそうやってみほが迷っている時間が、そっくりそのままアンツィオの時間になる。

みほには悪いが、いま時間は大洗女子学園に味方しない。動くなら絶対的に、速いほうがいい。これは、時間を取り合う試合だから。

 

しかし本当によくできた作戦だ。

効率的で、理に適っていて、柔軟性もある。美しいとすら言っていい。

けれど、

 

「どこか貴方を彷彿とさせる戦術ね。そういえば一回戦で戦ったサンダースも、そんな感じだったかしら」

「サンダースはともかく、アンツィオと面識はないですし。たまたまですね多分」

 

似たような戦術なんていくらでもあるだろう。

サンダースのそれは渡里の完コピだったが、アンツィオのそれはかなりオリジナルの色が強い。起源が渡里の戦術だとしても、あれは既にドゥーチェ・アンチョビのものになっている。

 

「狙いは?」

 

挑発するかのような声色に、渡里は嘆息した。

どうもこの人は、人を煽らないと会話できないらしい。

 

「フラッグ車でしょう。この状況ならどこを攻めても崩せますが、時間が掛かるのはアンツィオも避けたいはず。ならフラッグ車をさっさと倒した方が効率が良い」

 

結局、キモはそこだ。

フラッグ車一本釣りという狙いを、どこまで隠蔽できるか。

アンツィオの行動の全ては、そこに繋がっている。

 

「黒森峰やプラウダには通用しない手ね。フラッグ車の守りをガチガチに固められたら、彼女たちには崩しようがないでしょうし」

「ウチが相手だから使ってきたんでしょ。その二校と戦うなら、アンツィオも別の戦術を使いますよ」

「呑気ね。その余裕はアンツィオの力を軽く見ているからかしら?」

 

その言葉に、渡里は首を横に振った。

軽く見る?とんでもない。寧ろその逆だ。

渡里はアンツィオ高校というチームを、これ以上ないくらいに高く評価しているとも。

 

「アンツィオはいいチームです。多分彼女たちは、自分達にできることは少ないと自覚した上で、できることだけを磨いている。その上全員が、キチンと自分たちの役割を理解しているから動きに迷いがない」

 

チームの強さとは、何か一つの定義によって決まるものじゃない。

強い戦車に強い選手を乗せれば、それが一番強い……というほど、戦車道の世界は単純じゃないと渡里は思っている。

目に見える強さだけじゃなく、曖昧で不確かで抽象的だけど、確かに存在するナニカ。

それを含めての『強さ』であり、アンツィオ高校はそのナニカが優れている。

 

それだけじゃない。

渡里はアンツィオ高校と対戦するに辺り、彼女たちのことはかなり調べた。

そしてその中で、アンツィオ高校というチームはドゥーチェ・アンチョビが一人で創り上げたということを知った。

 

詳細は分からない。

けれどおそらく、並大抵の苦労じゃなかったと思う。

彼女がアンツィオに入学した時点で、戦車道受講者は彼女一人。

アンツィオには三年生が他にいないことから、彼女は入学してからの一年を独りで過ごしたはずだ。

 

戦車も、人も、資金もない中で、孤独に耐え忍びながら、ずっと努力を続ける。

本当に戦車道ができるのかという、不安を押し殺して。

それはなんて辛く、険しい道。

 

そんな道を歩き切った人間が、弱いはずがない。

そんな人間が核となって生まれたチームが、弱いものか。

 

サンダース程強くはないとしても、サンダースより楽な戦いになるわけないんだ。

ノリと勢いだけなんて言われてるが、彼女たちは彼女たちだけの、サンダースや黒森峰にもない強さを持っているんだから。

 

―――――だがそれでも。

 

 

「でも、大洗女子が勝ちます」

 

 

ただそれでも渡里は思う。

勝負の世界に絶対はないが、それでも断言できる。

アンツィオの戦術がいくら優れていようと、アンチョビの指揮官としての素質が高かろうと、大洗女子学園が勝つ、と。

 

「理由は?」

 

挑戦的な視線を送る蝶野に、渡里は少し驚いたような顔をした。

まさか理由を聞かれるとは思っていなかったである。

()()()()()西()()()()()()()()がそれを言うのか、という気持ちをそのまま、渡里は言葉に乗せた。

 

 

「西住みほがいる。それ以外に理由がいりますか」

 

 

意表を突かれて硬直した蝶野の隙を突き、渡里はポケットからあるモノを取り出した。

それは地図。何の変哲もない、上から大地を見下ろした時の光景を複写した、ただの地図。

 

「覚えてますよね、この訓練」

「……えぇ、地図だけを見て空想の戦車を動かし戦う、西住流独特のイメージトレーニングね」

 

戦車の訓練と言っても、何も実際に戦車を動かすだけじゃない。

戦車がなくてもできる練習というのが、西住流にはいくつかあって、これはそのうちの一つ。

感覚的には目隠し将棋みたいなもので、口と地図さえあればできるというお手軽さから渡里は特に好んでいた訓練である。

 

「最も、()()()()できる人間はほとんどいなかったけどね。その訓練に必要な、二次元の地図を頭の中で三次元に展開する技術と、それを維持し続ける想像力。その二つを高レベルで兼ね備えていた戦車乗りは貴方と師範くらいのものだったわ」

 

蝶野の言っていることは事実である。

二つの必須スキルを兼ね備えた戦車乗りは、何人もいる。ただそのスキルは、持っているだけではダメなのだ。

なぜならこれは、二人一組でやるもの。構築した空想の戦場を、自分と相手とで共有しなければならない。

そのためにはある程度力量が拮抗した者同士で組まなければならず、実力に差があれば空想の戦場はリアリティを失い、イメージトレーニングの効力は半減する。

 

そして渡里についてこれた戦車乗りは、たった一人しかいなかった。

ほんの少し、前までは。

 

「今は、俺としほさんだけじゃない。少なくとも後二人はいて、その内の一人は栗色の髪をしてる」

 

その言葉の意味を、蝶野は正確に理解したようだった。

渡里は薄く笑いながら、言葉を重ねた。

 

「俺は西住みほの実力を、()()()()()()()()()。だからこそ断言できます――――俺にできることは、みほにもできる、ってね」

 

もし自分が、今のみほと同じ状況に在ったとして。

渡里はここからアンツィオに勝つまでの道筋が見えている。

 

なら何の心配があろうか。

彼女の眼にだって、渡里と同じものが見えているのだから。

 

「……そう上手くいくといいけれど」

 

水を差すような蝶野の言葉に、渡里は心の中で返事した。

 

上手く行かなくても勝つさ、と。

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。