でもどんなに忙しくても投稿が遅れても、決して書くことは止めませんのでどうかご容赦を。
合言葉は「エタりません、完結までは」。
あと今まで言ってこなかったですが、感想はしっかり読んだ上で励みにさせて頂いております。これからも拙作を宜しくお願いします。
カルパッチョは、自分が勝負事に向かない性格であることを自覚していた。
勝負の世界は、常に非情だ。
どれほどの努力を積み重ねても、どれほどの時間と情熱を費やしても、それが何の意味もなかったかのように、敗北という二文字で真っ黒に塗りつぶされる。
過程に意味はなく、結果だけが全て。
勝利という二文字を誰よりも希求し、そのために何もかもを捧げることのできる鋼のような心を持つ人間。
勝利という二文字を誰よりも渇望し、そのために己の魂を限りなく燃焼させることのできる覚悟を持つ人間。
そういう人種だけが、その栄光を掴む権利を許される。
戦車道だって、それは例外じゃない。
そしてそれを理解した上で戦車道をするのは、「戦車道が好き」なんというレベルの話じゃないんだろう。
戦車道が好きなのは当たり前。
そこからプラスアルファの、何か。
戦車道がなくちゃ生きていけないとか、戦車道をやることに何か大きな意味を持っているとか、それこそ――――夢とか。
並み外れた想いを、戦車道に懸けていて、そのために何よりも
それが本当の意味で、
そんな世界にあって、自分の気質はあまりにも温すぎる。
カルパッチョは、結果だけが全てとは思えない。
アンツィオ高校の皆と過ごした時間は、自分にとっては何よりも掛け替えのないもの。
だから皆と出逢えたことにこそ価値があると思い、皆と戦車道をすることに意味を見出してしまう。
だから心の底から負けたくないと思うことがない。
いや勿論そういう気持ち自体はある。
でもカルパッチョの「負けたくない」と、そういう人たちの「負けたくない」の間には、大きな開きがある気がする。
方向は同じでも、その大きさが違う。同質ではあっても、同量ではない。
高校から戦車道を始めて今に至るまで、数多くの戦車乗りを見てきた。
その中でひと際輝く才能の持ち主や圧倒的実力を持つ者も、何人かいた。
そしてその誰もが、カルパッチョにはない
それをカルパッチョは心底羨ましいと思うし、何よりその熱を持っていない自分が後ろめたかった。
自分達がドゥーチェと呼び慕う彼女もまた、そういう人間だ。
戦車道が盛んではないアンツィオ高校に一人でやってきて、一人でここまでのものを築き上げた。
彼女の戦車道に対する想いもまた、並みではない。
だから、そういう人の隣に自分なんかがいていいのかと思ったことが、一度もなかったわけじゃない。
並び立つためには相応のものが必要なんじゃないのか、とか余計なことを考えてしまったことは、一度ならずある。
けれどそんなカルパッチョでも、彼女の力になることはできた。
想いも、熱も、到底及ばないけれど、それでも彼女を支えることはできた。
ならカルパッチョは、それでいい。
彼女や、他の優れた戦車乗りのような、
そういう人たちの助けになることはできるのだから。
そのためにカルパッチョは頑張ればいい。
死ぬ気になれなくても、普通にしかなれなくても、そんな自分でもできることがあるから。
それを精いっぱい頑張ればいいと、そんな風に思っていた。
―――――――その、パーソナルマークを見るまでは。
「まさか、私がこんな気持ちになれるなんて」
車体から身体を出し、風を受けながらカルパッチョは微笑んだ。
マカロニ作戦、及びコンパス作戦は順調そのもの。
ドゥーチェの想定した通りに、状況は動いている。
大洗女子学園の戦車は分断され、フラッグ車は孤立状態。
しばらくその状態を維持し、フラッグ車への守りの意識が薄くなったところを見計らい、ドゥーチェが仕留める。
カルパッチョ達に課せられた使命は、それまで他の戦車の動きを封じること。
相手に取りつき、進路を妨害し、とにかく行動を制限する。
カルパッチョの駆る戦車はセモヴェンテ。
火力だけであれば大洗女子学園にも十分通用するこの戦車に、カルロ・ヴェローチェ二両の随伴を加えて、狙うは三号突撃砲。
大洗女子学園最強の火力を誇るかの戦車を、カルパッチョ達は足止め、あわよくば撃破する。
客観的に見て、十分可能な仕事だ。
相手と此方の練度、戦車の性能差、その他諸々を鑑みても、成功する確率の方が高い。
これが一対一なら、成功と失敗の確率は五分五分になってしまうけれど、数の有利を前面に押しだして戦えば問題はない。
そう、問題はなかったのだ。
それを分かった上で、全てを冷静に理解した上で、カルパッチョは今、単騎で三突へと肉薄しようとしていた。
それは非効率の選択。
随伴の二両は他所へ回し、カルパッチョはあえて勝算の下がる道へと足を踏み入れた。
全体的に見れば、悪い選択ではない。
カルパッチョが単騎になる事で、二両はフリーになり、その分だけ他の箇所の戦力を厚くすることができる。
この場に限った場合のみ、カルパッチョの選択は悪手と言えるが、一つの試合の中で見るなら寧ろファインプレイだ。
あぁ、けれど。
カルパッチョは断じて、そんな思考を基に動いたわけじゃなかった。
それは本能的な判断。
理性ではなく、心に従って、カルパッチョは動いたのだ。
「砲撃で牽制しつつ、一気に間合いを詰めます!」
木々を掻き分けたその先。
深い碧色の眼が捉えていたのは、目標の獲物。
背が低く、長い砲身が特徴的な戦車。
そしてその装甲に貼られた、水色のカバのパーソナルマーク。
そこにめがけて、セモヴェンテは一直線にひた走る。
『――――敵襲!!』
「遅いっ」
挨拶代わりの一撃は、三突の装甲を掠めるのみに終わる。
だが構わない。行進間射撃の精度を考えれば、当たれば御の字くらいの感覚だ。
本当の狙いは、
「距離さえ詰めれれば……!」
彼我の間合いをゼロにすること。
アウトレンジからの砲撃が厄介な三突を相手取るには、その懐に飛び込むしかない。
勿論当たれば即撃破の状況は変わらないが、此方も撃破が見込めるようになるため、有利不利がイコールになる。
そしてセモヴェンテは、自身を弾丸とし、三突へと疾走した。
先手を取られた三突に、もはや回避の術はない。
せめて側面は晒すまいと、方向転換して正面を向くことが精いっぱい。
瞬間、金属同士がぶつかり合う豪快な音と、正面衝突により発生した衝撃が各員を襲った。
『ぐっ……!』
「っぅ…!」
しかし尚もセモヴェンテは歩みを止めない。
エンジンを全力で吹かし、衝突の勢いをそのままに三突を押し込む。
『おりょう、押せ!』
『わかってるぜよ!』
しかし三突もすぐさま転輪を回し、前進する。
ギリ、ギリ、と二つの戦車が互いに押し合う姿は、さながら達人同士の鍔迫り合いを思わせた。
これで状況はイーブン。
互いが互いに、一撃で相手を葬る必殺の間合いに踏み込んでいるのなら、もはや勝負はどちらが先に弾を当てるか。
融通の利かない固定砲塔同士の戦い、鍵となるのは戦車の操縦能力と、駆け引き。
幾千、幾重先の手を読み合い、致命の一撃を放つ。
そんな息つく暇もない、緊迫した勝負がこの先繰り広げられる。
なら、タイミングはここしかない。
カルパッチョは声を上げた。
「たかちゃん!」
それは、カルパッチョの親友の名前。
今日、この試合。大洗女子学園の五両の戦車の内、どれかに乗っているであろう、彼女。
それが今目の前にいることを、カルパッチョは確信していた。
三突に貼り付けられているパーソナルマーク。
珍妙で、特徴的な水色のカバのイラスト。
それは彼女のトークアプリのアイコンと、まったく同じものだ。
だからきっと、その中にいるはずなんだ。
そうだよね、たかちゃん。
「―――ひなちゃん」
そして彼女は現れた。
三突から身を出した、赤いマフラーの巻いた女の子。
決して見間違えることのない、親友の姿。
それがそこにあることを確認した時、カルパッチョは僅かに微笑んだ。
あぁ、いけない。
今は勝負の最中だ。あんまり気を緩めるのも、ましてや長々と喋るわけにもいかない。本当なら、今こうやって顔を合わせることもダメなんだから。
だから短く、それでいてはっきりと、この想いを伝えないと。
「―――真剣勝負だよ、たかちゃん」
本当に不思議な気分だ。
試合が始まる前は、たかちゃんと一緒に戦車道ができる喜びだけだったのに。
今こうして、敵として相対すると、カルパッチョの中に何か熱く脈打つものがある。
「手加減したら怒るからね」
口角が自然と吊り上がる。
内から湧き出るこの感情は、体中の血液が沸騰するようなこの興奮は、一体なんだろうか。
そんなの分かり切ってる。
身体の奥底で燻っていたものが、親友との真剣勝負という火種を以て、一気に燃え上がったんだ。
だから自分は、単騎でここに来たんだろう。
誰にも邪魔されたくないから。
思う存分、正々堂々と戦いたいから。
「さぁ――――」
親友でも、今は敵。
不滅の友情も、今だけは忘れろ。
代わりにこの気持ちを燃やせ。
自分に芽生えた、初めての感情を。
貴女が目覚めさせてくれた、この想いを滾らせろ。
「―――始めよう、たかちゃん!」
カルパッチョは笑った。
初めて獰猛に笑った。
ずっと自分にないものと思っていたものを、赫々の意志と共に胸に抱きながら。
〇
「……なんでだろ」
知らず、そんな呟きがみほの口から洩れていた。
人間、集中力が高まってくると思考が勝手に外へと出ようとする。
それは言葉という形で出る時もあれば、身体の動作という形で出ることもある。
出力のされ方は人それぞれだが、この時のみほの呟きはそういう類のものだった。
(……なんかしっくりこない)
絶え間なく響く轟音と、忙しなく乗員が動き続ける車内で、みほは考える。
この違和感はなんだろうか。
歯車がかみ合っていないというか、焦点がボケているというか。
何かが変にズレているような、そんな気がしてならない。
(狙いを読み違えてる……?)
こういう時、何が原因でそういう気持ちになるのかを、みほは経験則で知っていた。
アンツィオの作戦は、フラッグ車を守ろうとする意識が他のチームより高い大洗女子学園の隙を突いたもの。
デコイを使って足を止めさせ、奇襲を仕掛けて攪乱し、全車を分断させる。
一両でも撃破されればその時点で一気に不利になる此方としては、無茶な動きは禁物。
多少性能差で勝ってるとはいえ、群がってくる相手から意識を逸らすことはできない。
それで――――終わり?
否、違う。
「この作戦はまだ途中……」
このままいけば、戦況は膠着する。
なぜなら現状、攻めるアンツィオに対して大洗女子学園は、そこまで圧倒されているわけじゃない。油断こそできないが、安定して守ることはできている。
なら、アンツィオが何かしら新たな手を打ってこない限りは、この状況がずっと続く。
それをアンツィオが望んでいるとは思えない。
彼女たちは絶対的に、長期戦を避ける性質があるから。
だからこれはきっと途中なんだ。
どこからがスタートかは分からないが、ある一つの作戦の中腹に、みほ達はいる。
そもそも、膠着することがおかしいのだ。
相手が必死になって攻めてきて、こっちも必死になって守って。
その結果が現状維持なんてありえない。良くも悪くも、何かしらの変化は起きるはずだ。
例えば、どちらかの戦車が中破するとか。
それが起こらないのは何故か。
みほの思考、そして研ぎ澄まされた感覚が、それを探り当てた。
「―――――沙織さん、ちょっと頼んでいいかな」
「へ?私?」
「うん、大変かもだけど……全車を一か所に、同時に集まるようにしてほしいの」
「同時……?」
こくり、とみほは頷いた。
「多分向こうは、そう遠くない内にフラッグ車を狙ってくると思う。それを逆に利用しようと思って」
「なぜフラッグ車が狙われると?」
華の言葉に、みほは自身の思考の結果を伝えた。
ヒントは、アンツィオの攻めの温さだ。
一対三という状況は、いくら戦車の性能差があっても楽な戦いじゃない。
それこそ目の前の対処に精いっぱいで、他の事なんて考える暇はないだろう。
しかし今は、そのゆとりがある。
何故か。
彼我の実力差がそこまでかけ離れたものじゃない以上、答えは一つ。
そこまで思い至れば、もう充分。
「今までの行動は全部ブラフ。全ては、たった一度のチャンスでフラッグ車を仕留めるための布石」
勿論みほの予想が間違っている可能性は十分にある。
しかしどちらにせよ、フラッグ車がみほの手から完全に離れている今の状況をそのままにしてはおけない。
だからひとまず、一石で一鳥は落とす。
此方のフラッグ車を狙ってくるなら、おそらくフリーの
それなら運が良ければ、
(……ここ最近お兄ちゃんと戦ってたせいで、なんかやり方が伝染っちゃったかも)
まぁ効率的だし、とみほは即座に切り替えて倣わせてもらうことにした。
1:1交換は論外。最低でも相手に三倍の損失がなければ取引に応じようともしない兄のやり方は、いまは有効だ。
「……できる、かな?」
しかしそれも、沙織次第。
みほは目の前の相手に対処しなければならないため、全車の動きをコントロールすることはちょっと難しい。ましてや『同じ場所に同じタイミングで集める』なんていう複雑な統制は取れない。
だからこれは、みほの力の及ばない領域の話。
自分にできないからこそ、みほは仲間に託すしかない。
疑問と、少しの申し訳なさを含んだ視線。
それに対する返事は、満面の笑顔だった。
「わかった、任せて」
言うや否や、沙織は普段使っているミニホワイトボードを壁に掛け、新たにもう一つミニホワイトボードを取り出した。
それは渡里からプレゼントされたものではない、新たに自分で購入したものだった。
「できるのか、沙織。相当難しいぞ」
忙しなく操縦桿を動かしながら、それでいて全く忙しさを感じさせない口調で麻子が言う。
その言葉は正しい。
ただ動いている戦車を誘導するだけなら簡単だが、フラッグ車を除く全車は絶賛戦闘中。
つまり指示を飛ばしても、その通りに動かない可能性が極めて高い。
故に求められるのは、
作り上げた予定表を、刻一刻と変化する状況に合わせて即座に修正を加え続けなければならない。
それはいわゆる、経験値だけが為せる技。
沙織に決定的に足りてないものが、成否を分かつ要因。
しかし沙織はそれを知ってから知らずか、一つ笑みを浮かべた。
「できるよ」
それはみほ達がよく知る、神栖渡里のそれによく似たもの。
人を惹きつけ心を奪う、不敵な笑みだった。
「渡里さんに鍛えてもらったのは、華だけじゃないんだから」
ただ一言、そんな当たり前の事実を述べるだけの返事がこんなにも頼もしく聞こえるのは、果たしてなぜだろうか、とみほは思った。
だが同時に、不安も消し飛んだ。
余計な心配はいらない。もうみほはただ、沙織の事を信じて自分の仕事をするだけだ。
「こちらあんこうチームから各車へ、現在の位置情報と状況を教えてください――――」
「西住殿、合流するのは賛成ですけど……」
「うん、わかってる。どこかで相手を振り切らないと、向こうの戦力も集まっちゃう」
みほ達はこれから、アンツィオの戦車を引きずりながら合流地点に向かう。
なら当然、何かしらの対応をしなければアンツィオの戦車もそのまま合流してしまう。
だからそれより前のタイミングで、みほ達は快速を誇るアンツィオの戦車を振り切らなければならない。
純粋な速度と操縦技術では、多分無理だ。
操縦技術はともかく、スピードという一点においては大洗女子学園の戦車は一枚下。
まともにいっても食いつかれるだろう。
「でも大丈夫。本当は別の使い方をするつもりだったけど、
「あぁ!そういえばその手がありました!」
ならまともにやり合わなければいいだけの話。
正攻法じゃ無理なら、奇策を使って振り切ればいい。
そのための作戦は、既にみほの頭の中にある。
砲手と装填手の視線を受けて、みほは頷いた。
車長の指示を受けて、四号戦車の動きの
思えばこの試合が始まってから、みほ達は後手に回り続けている。
それは相手の出方を見るという方針のせいだが、思うにそれは、大洗女子学園のスタイルに合ったものじゃなかったのかもしれない。
防御に徹することと、後手に回ることは違う。
それを証明し続けてきた人が近くにいるのに、みほはすっかり勘違いしていた。
相手の対処に集中しすぎていて、逆転の道筋を探すことを忘れてしまっていたのだ。
戦車道はいつだって、相手の上を行く者が勝利する。
全国の猛者が集まる西住流において不敗を誇った、みほが世界で一番強くてカッコいいと思う兄の戦車道のように。
相手を横から眺めるんじゃなく、上から見下ろさなければ決して勝つことはできないのだ。
「よし、行こう」
先んずれば人を制す。
相手の一歩先を行かんとする意思を灯して、みほ達は疾走を開始した。
〇
カエサルはどちらかと言えば、文化系の人間である。
歴史を嗜み、八卦や占星術にも手を出してみたりする一方で、スポーツなどに手を出すことは今までになく、所謂大会というものにちゃんと参加するのも戦車道を始めてからのことであった。
別に闘争心がないわけではない。
同じく歴史を愛するカバさんチームの面々と、日々知識を競い合っては勝ったり負けたりして一喜一憂するし、負けた時は「次は負けてなるものか」と思い一層文献を読み漁るから、負けず嫌いでもある。
ただ
そして時々、例えばラケットやバットなんかを担いで歩く体育会系の人達とすれ違う時なんかに、自分もそっちの世界を味わってみたいと思ったことが、何度かある。
自分の全く知らない世界。
残酷で、努力すれば必ず勝てるとかそんな甘っちょろい考えが通用しない世界。
そこで闘うというのは、果たしてどういう気持ちなのだろうか。
離れ離れになってしまった幼馴染で親友のひなちゃんは、高校で戦車道を始めたらしい。
毎日のようにトークアプリで
戦車道。
戦車に乗って戦う、古くは乙女の嗜みと言われていた競技。
名前と概要だけ知っていたカエサルは、戦車道とひなちゃんの性格とを並べてみては、「あんまり似合わないな」なんて思ったりもした。
チャットで聞く限りは、なんとも大変そうだった。
人数が少なくて、戦車もあんまりなくて、その数少ない戦車も古いやつで。
ほとんど初心者ばかりなのに先輩は一人しかいないから、必然的にある程度は独学しないといけなくて。そのせいで間違った知識がそのままになってたりすることもあるし、自由気ままな生徒もたくさんいるからもうしっちゃかめっちゃかで。
だから何度かやった練習試合もほとんど負けちゃって、その度にすごく悔しい思いをして。
そしてその分だけ、いやそれ以上に、勝った時は嬉しかった。
ビックリマークが普段の三倍くらい付いて送られてきたチャットは、その時の喜びが如何ほどのものだったかを、何よりもカエサルに伝えてくれた。
カエサルがそういう、所謂「真剣勝負の世界」に対して一層興味を持つようになったのは、多分それからだと思う。
親友のひなちゃんがあまりにも楽しそうに話すから、あまりにも哀しそうに話すから、あまりにも不機嫌そうに話すから……あまりにも幸せそうに話すから。
自分もそっちの世界に行ってみたいと、カエサルは本気で思うようになった。
大洗女子学園で戦車道が復活したのは、カエサルのそんな思いがいよいよ溢れそうな時分だった。
願ってもないタイミングで、まさに渡りに船。
迷わず選択し、カエサルは仲間と共に戦車道の世界へ降り立った。
結論から言えば、手放しに喜べるものではなかった。
戦車道の講師として招聘された、神栖渡里なる男の人。
戦車道の名門西住流の直系である西住みほが兄と慕う人。
これがまぁ、とんでもなく厳しい人だったのだ。
自分の限界とその向こう側を反復横跳びさせるような絶妙の塩梅の練習をさせる人で、もう連日連夜ヘトヘト。
正直走った距離で言えば陸上部といい勝負をしてるんじゃないかというほどで、一体自分は何の授業をしてるんだっけかと思うこともしばしば。
そして筋肉痛が一周回って筋肉痛じゃなくなってきて、そろそろ戦車に乗ってみたいな、なんて思い始めた頃だった。
大洗女子学園戦車道のターニングポイントとなる、聖グロリア―ナとの練習試合が行われた。
相手は全国屈指の強豪校。
勝てないのは当たり前。講師も「負けてもいいんだし気楽にやれば」なんて言う始末。
それでもできるだけの知恵を絞って作戦を考え、少しでもマシに戦車を動かせるようにと僅かな間でも練習を重ね、迎えた試合当日。
カエサルは、大洗女子学園は見事に負けた。
一見、惨敗というほど酷い試合ではなかったかもしれない。寧ろ最終スコアだけ見れば接戦だったくらいだ。
でも内容で言えば、きっと惨敗だった。
作戦通りに行ったことも、思った通りに戦車を動かせたこともほとんどなく。
部分的には相手を押しているように見えたかもしれないが、それはきっと偶々とかまぐれとかで、結局は相手の方が一枚も二枚も上手だった。
そんな中でまともに戦えてたのは、西住みほ率いるAチームだけ。
彼女がいなければ大洗女子学園は正真正銘の惨敗を喫しただろう……あるいは、カエサルたちが彼女の足を引っ張ったか。
本当はもっとできると思っていた。
自分の力はこんなもんじゃないと思っていた。
やればできるんだと、そう思っていたのに。
そんな甘い世界じゃないんだと、カエサルは思い知らされた。
戦車道に熱が入るようになったのは、それからのことだ。
強くなりたいと願い、講師に頼み合宿を開いてもらって、文字通り血の滲むような練習を毎日繰り返す。
そしてカエサルは初めて、疲労で動けなくなるという経験をした。
息をするのも辛いという感覚を味わった。睡眠と気絶は違うということも知った。
けれど、全ては強くなるため。
あんな悔しい思いを、二度としないため。
必死に頑張った。
けれどカエサルは、カエサル達はそれに夢中になり過ぎたのかもしれない。
強くなる事に必死で、悔しい思いをするのが嫌なだけで、『絶対に負けたくない』と思うことは、もしかするとなかったのかもしれない。
それは似たようなものだと言う人もいるだろうが、それでも決定的に何かが違うとカエサルは思う。
だってそうじゃなければ。
今湧き上がるこの気持ちは、何だというのか。
「装填完了!」
身体に染み込んだ装填の動作を、一つの淀みもなく行い、弾を砲手へと届ける。
そして轟く発砲音。すぐさま機械的な駆動音とともに薬莢が排出され、カエサルはまた弾を装填する。
この繰り返し。装填手とは畢竟、永遠にこれを行う役職だ。
その役目は、ひたすらに献身。
できるのはただ、支える事だけ。
これが砲手であれば「相手を倒したい」という熱が生まれるだろうが、分かりやすく優劣のつかない装填手にはそういう類の興奮はあまりない、とカエサルは思っていた――――けれど。
「装填完了!」
弾を運ぶ手に、力が籠り、火が灯る。
それは明らかな、熱を持った証明。
あぁそうだ。カエサルは今、
身体全体を流れる血が沸騰したかのように熱く、心は高らかに踊る。
なぜ?
決まっている。
そこに―――――――
轟、轟、とかつてない程激しい音が響く。
お互いに至近距離で砲弾を撃ち合うため、砲撃音が幾重にも重なっているからだ。
しかしそれだけではない。
一歩でも早く、一瞬でも先に相手に弾を当てようという意志が灯った互いの戦車が、装甲や履帯をぶつけることに一切の躊躇もなく躍動しているのだ。
そうしてそこに生まれたのは、さながら剣士同士の戦いが見せるような白刃の乱舞だった。
セモヴェンテが左側面に回り込む。
その動きを即座に察知した三突が、操縦手の視界から消えるセモヴェンテを視覚以外の感覚で捉えながらバックし、右に九十度旋回。相手を正面に据えようとする。
そして間髪を入れず、砲撃。
近距離ならば堅守を謳う聖グロリア―ナの戦車ですら一撃で倒す魔弾に対し、当然セモヴェンテは受けるという選択をしない。
鋭いカットで急速に方向転換し、紙一重で砲弾を避けると同時に、今度は右側面にくらい付こうとする。
「撃って!!」
「前だ!!」
放たれる一撃。三突より火力は劣るものの、十分打倒の可能性を秘めた一射は、しかし三突の残像を貫くに終わった。
旋回して正面装甲で受けるのが間に合わないと踏んだ三突が、バックから前進に切り替えて弾を避けたのだ。
「背後について!!」
「させるか、おりょう!」
「どっ、せぇぇい!!!」
グン、と三突の挙動がブレた。
セモヴェンテが背後という完全な死角に入った瞬間、再び三突は後ろ向きに加速し、Lの字を描いてセモヴェンテの右側面へと回り込む。
固定砲塔の戦車の背後は完全に安全領域。そこに入った安心感に付け込んだ、虚を突く行動だった。
「――――廻して!!」
そのあまりにも鋭すぎる動きに、反射的にカルパッチョは叫んでいた。
回避するにはあまりにも時間が足りないと判断し、ならば、と車体を半回転させることで砲身を横に薙ぎ、三突の砲身を払った。
ガン、という衝突音は、火薬の炸裂する音より一瞬早く響いた。
空を割き、彼方に飛び去っていく砲弾は、木々か土壌かを破壊するのだろう。
そして砲撃の衝撃で車体が諸共揺れる中――――
「押せ!!」
「押して!!」
エンジンを全速で吹かし、両者は同時に組み合った。
押し付け合う装甲が、ギリギリと軋む。
それは戦車の悲鳴か、あるいは決して曲がらず譲らない、鋼の如き意志が削れ合う音か。
やがてどちらともなく弾かれるようにして距離が空き、また鉄色の狼は炎の牙を振るう。
一撃を食らえば終わる。
互いにそれは理解している。だから決して止まらない。絶えず動き続け、銃先から逃れる。
その上で砲火は常に浴びせる。
戦車を押し付け、引いて、相手のバランスを崩し、即座に致命の一太刀を浴びせる。
均衡した状況だ、かすり傷一つでも突破口になり得る。
ならばとにかく撃ち続ける。
そのためにカエサルは、ただひたすらに弾を込める。
講師から教わった、装填の術を頭の中で繰り返しながら。
『装填は力を込めれば早く出来るってもんじゃない。大事なのは、正しいフォームを正しく行う事。そしてそれを維持すること』
弾を持ち上げ、載せて、押し込む。
一連の動作を、淀みなく、正確に、適切な力配分で行う。
「焦らないっ、慌てないっ、力まないっ!」
『それさえできれば、どこへ出ても恥ずかしくない装填手になれるさ。まぁ、今は全然ダメだけどな』
なら果たして、今はどうなのだろうか、とカエサルは少し笑った。
装填すること数十回、戦車道を始めたあの頃ならきっと、腕が痺れて上がらなくなってしまっているだろう。
けれど今は違う。自分の思い描いたイメージそのままの動作で、カエサルは速い装填を延々と繰り返すことができている。
そのスピードレンジが既に戦車道強豪校と遜色ないレベルにあるということを、カエサルは自覚できていない。
ただ彼女の頭の中にあるのは、理想のイメージから寸分も違えてたまるかという思いと。
(ひなちゃん―――)
向こう側で、自身と同じ速度で弾を装填する、親友の姿のみ。
(知ってるよ、ひなちゃん。)
ひなちゃんも、装填手なんだよね。だってチャットで嬉しそうに、砲弾を抱えている写真付きで送ってきたもんね。
私はそれを知っていたから、ひなちゃんと同じ装填手になろうと思ったんだ。
親友だから、一緒がいいなって。
ひなちゃんもそれは知ってるよね。
私も戦車道を始めたことや、装填手になったこと、全部全部ひなちゃんに話したから。
「カエサルっ!!」
「わかってる―――そら持っていけ!!」
左衛門佐の声に応じて、カエサルは弾を装填する。
装填スピードを上げる、という意識を持ってはいけない。それは余計な力みを生む原因になる。
考えるべきは、
最速の装填は、いつだってカエサルの頭の中にある。そこに自分をどれだけ近づけられるかが、即ち装填の速さに繋がる。
(分かってはいるが――――)
それを頭では理解しているが、一方で身体がカエサルの意に反する行動をとり始めている。
逸る
その理由を、カエサルは知っていた。
(ひなちゃん……強い……っ!)
セモヴェンテの装填速度が、此方と同等―――あるいは、僅かに上回っているからだ。
一発でも当たれば勝ちという状況では、一発でも多く撃てる方が有利。
なら装填速度の速さが、勝敗を分かつ一因になる。
その点においてカルパッチョのソレは並みではない。ほんの僅か、半歩でもカエサルの装填が遅れると、たちまち二歩分の差が開く。
神栖渡里が教えてくれた装填の技術は、全くの素人をほんの数か月で一級品に仕立て上げたという点を含めて優れたものである。
けれどそれでも、カルパッチョの方が僅かに上を行く。
なぜなら向こうも、例え講師やコーチなどがいなくとも、一年以上装填の腕を磨いてきている。
それはカエサルがやってきたことに比べて効率で劣るかもしれないが、積み重ねてきた努力はカエサルの幾倍もある。それが力にならないわけがない。
磨いて輝かないものなんてないのだから。
その事実が、確かなプレッシャーとなる。
加えて普段は感じることのない、自身が勝敗を分かつというプレッシャー。
この二つの重圧がカエサルの身体を緊張させようとし、あるいは焦燥させようとしている。
それを処理しきれていないのが、カエサルの装填が鈍る理由だ。
これをそのままにしておくわけにはいかない。
排すのか、あるいは―――――
『とはいえ機械的にやるのも味気ないだろ?今の戦車と違って人が装填している以上、機械にはできない何かが大きな意味を持つはずなんだ。それこそ、気持ちとかな』
カエサルは大きく深呼吸した。
そうだ、その通りだ。
感情がカエサルの動きを妨げると言うのなら、その逆。
人も物も感情も環境も、なんでもプラスに変えることはできるはずなんだ。
ひなちゃんは強い。カエサルよりほんの少しだけ、確実に前を行っている。
それは認める。その上で、それを糧にする。
火種にして、燃え盛れ。その熱を、力に変えろ。
実力を認めても、負けは認めるな。
親友だから。同じ装填手だから。
だから、絶対に、絶対に――――――
(あぁ――――)
そうか、と不意にカエサルは、難しい数学の問題を解いたような気分になった。
これが、
大洗女子学園の初勝利となった、マジノ女学院との練習試合。
公式戦初勝利となった、聖グロリア―ナに並ぶ強豪校サンダース大付属との一回戦。
そのどちらでも終ぞ味わうことのなかった感覚。
マジノ女学院の時は自分たちの力を試すことに夢中で気づかず、サンダースの時は勝つことに必死でそれどころじゃなかった。
けれど今は分かる。
これが、この気持ちが――――――――――!!
一方でカルパッチョもまた、カエサルとは別の重圧を感じていた。
カエサルよりキャリアの長いカルパッチョは、その分だけプレッシャーとの付き合い方も心得ている。故にそれが原因で、パフォーマンスが落ちることはない。
だがカルパッチョが今感じている重圧は、今まで経験してきたものとは別のもの。
それはいわば、追われる者の重圧、とでも言うべきものだった。
(すごいね、たかちゃん)
装填の腕は、ほとんど互角。
この一騎討ちで、カルパッチョはそれを悟っていた。
そしてその事実が与えた衝撃は、並みではなかった。
(私の方が、ずっと早く始めたのにね)
カルパッチョが戦車道を始めたのは一年生の時。
たかちゃんが戦車道を始めたのは、二年生の時。
カルパッチョの方が一年以上先にスタートして、ずっと努力を重ねてきたのに、戦車道を始めて僅か数か月の親友はカルパッチョのすぐ背後にいる。
それはとても、素直に受け入れられない事実だった。
だって、それじゃあ今まで自分がやってきたことは何だったというのか。
たくさん頑張って、辛いことも苦しいことも乗り越えてきたカルパッチョの一年は、たった数か月で追いつかれてしまうほどちっぽけなものだったと?
そんなのは認められない。
でも、いくらカルパッチョが目を逸らしたって、現実は変わらない。
キャリアでずっと劣る親友と接戦してしまっているという事実は、覆せない。
(まさか……)
ここまで強いとは思わなかったよ、たかちゃん。
いったいどんな練習をしてきたの。いったいどんな経験をしてきたの。
私はもう、全然余裕がない。
今にも背中を掴みそうな貴女から、背後からすごい勢いで追いかけてくる貴女から逃げるので必死。
今こうやって装填していても、考えられるのはそれだけ。
もう自分がどうやって装填しているかなんてわかりはしない。
心を占める感情は、焦りと悔しさ。
でもだからこそ、一層思う。
自分がやってきた一年半が無駄じゃないことを証明するために。
そしてそれが貴女を上回っていることを証明するために。
カルパッチョは、カルパッチョは―――――――――!!
「「―――――絶対に負けたくない!!!」」
初めて芽生えた感情をそのまま表現するように。
赤熱する意志を互いに感じ取りながら。
初めて出逢った
それが真剣勝負の愉しさということに、まだ気づかないまま。
死ぬほど負けたくないって思えるっていうのは、幸せな事。
同性の幼馴染設定とか仲良し設定はどうしたってバチバチにやり合う運命だってスポ根では相場が決まっている、多分。