戦車道素人集団を優勝へ導く138の方法   作:ススキト

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長かったアンツィオ戦もこれにて終了です。

本当は「OVAだし省こうかな」と思っていましたが、アンツィオ高校の魅力に惹かれて書くこと五か月……五か月?マジか。

アンツィオはとにかく明るいのであんまり真面目な話とかしんみりした話は似合わず、そんな話ばっか書く筆者にとっては難しかったですが、少しでも彼女たちの魅力が伝われば幸いです。

個人的にはもっと可愛いところを引き出したかった……(痛恨)


第34話 「アンツィオと戦いましょう⑦ グラッツィエ」

「グラッツィエ!本当にいい試合だった!」

 

輝くばかりの笑顔と共に、西住みほはアンチョビに抱かれた。

声とも吐息ともならぬ曖昧な音が、口から漏れる。

みほはあまりのことに、ただなすがままにハグをされ、目を丸くすることしかできなかった。

 

「こんな試合ができてよかった。今日戦えた事を、私は誇りに思うよ」

 

ギュ、と回された腕に、ほんの一瞬だけ力が篭る。

痛くはなかったが、それよりも鼻腔を擽る良い香りの方がみほの意識を多く占めていた。

 

「こ、こちらこそいい試合をありがとうございました!」

 

唐突に、みほに思考と意識が戻る。

いけない、とみほは自分を叱責しながら、とりあえず言葉を吐き出した。

 

「いやー、本当に強いんだな。サンダースに勝ったから当然といえば当然だけど、本当に初心者の集まりなのか?」

「え、えっと、一応は……」

 

それはみほも常々思うところだが、大洗女子学園に戦車道経験者は一人しかいない。

一切の虚偽なく、戦車道歴数ヶ月の素人集団が大洗女子学園というチームである。

 

まぁ歴が浅いだけで、もはや素人とは言えないかもしれないが。

 

「ふぅん、じゃあやっぱり隊長の力によるのか。なんたって西住流だもんな」

「そんな、私なんて全然……」

「そうか?何か一つ、柱となるものがないチームは脆い。私たちはそういう脆さを突いて戦い勝利してきたが……大洗女子学園は違った」

 

薄く笑いながら、彼女は言う。

 

「一度は私たちの策に呑まれながらも、すぐに立て直して反撃してきた。そして逆に私たちを追い詰め、そのまま勝利を勝ち取った。その中心には……」

 

まっすぐな視線がみほへと向けられる。

褒められるのは嬉しいが、少しむず痒い気持ちになるみほであった。

 

「でも、それを言うならアンチョビさんの方が、ずっと凄いと思います」

「え!?そ、そうかな!?」

「はい。アンツィオは、皆アンチョビさんのことを心の底から信頼してるんだなって、戦っている最中にすごく感じて……」

 

チームの柱。

その言葉は、まさしくアンチョビにこそ相応しいとみほは思う。

アンツィオ高校には、迷いというものが一切なかった。

行くべき道をひたすら真っ直ぐに突き進むというか、とにかく一途でひたむきだった。

 

彼女たちがそう在れるのは、きっとアンチョビがいるからだ。

アンチョビという光が道を照らしてくれるから、彼女たちは迷いなく走ることができる。

そういうものを与えてやれる存在をこそ、柱と言うのではないだろうか。

 

「最後だって、みんなアンチョビさんの為に必死で走ってきて、アンチョビさんの為に道を切り拓こうとした」

「あぁ、あれな……」

 

みほの言葉に、アンチョビは苦笑した。

 

「ケガするかもしれないからやめて欲しかったんだけどなぁ。でもあいつら無鉄砲で考え無しだし、そんなの吹き飛んじゃったんだろな」

 

困ったように、けれどもどこか嬉しそうな、そんな複雑な表情だった。

あぁ、やっぱりこの人は強くて優しい人だと、みほは改めて思った。

 

「………でも、あいつらは最後まで勝とうとしてた。全員がまだ勝負を諦めていなかったっていうのに、私は……」

 

そして唐突に、アンチョビの表情が曇る。

漏れる声は、あまりにも弱弱しく、彼女に似つかわしくないものだった。

 

「ここだけの話な、最後包囲されたとき……『あ、負けた』って思ったんだ」

 

罠に嵌めたつもりが嵌められて、たった一手で戦況を覆され、砲弾の雨に晒されながらアンチョビは、そう思ってしまった。

それは、彼女だけは決して抱いてはいけない思いだった。

 

「あの時、あの瞬間、私だけがただ一人、試合を諦めた。思うに多分、その時に私たちは……いや、()()負けたんだろうな」

 

勝つことへの執着。

その灯を、アンチョビはほんの一瞬だけ消してしまった。

常に焚き続けなければならない、大事な灯を。

 

「それだけが心残りかな……まぁいいけどな!本当に楽しい試合だったし、悔しさはあっても悔いはないさ!」

 

愁うような表情をすぐに消して、彼女は明るく笑った。

その言葉が彼女の心を正しく表現していることを、みほは悟った。

 

ふと、何かを言わなければならない衝動に、みほは駆られた。

 

「あ、あの!本当に勝負は紙一重だったと思います。もしどこかで一つ、何かが違っていたら、結果は逆になってたかもしれません」

「えぇ?本当かぁ?私の作戦、結局全部見抜かれてたみたいだしなぁ」

「そ、そんなことは……」

 

あわわ、はわわ、とみほは挙動不審になった。

こんな時、口下手な自分が心底憎いみほであった。

しかし今はとにかく、言葉を並べなければならない。

 

「私も気づいたのはギリギリだったっていうか……それにあんな独創的な作戦は私じゃ考え付かないし、あ、あのとにかくアンチョビさんは凄いと思います!」

「―――――ぷ」

 

くっくっく、と喉を鳴らす音が聞こえた。

視線の先には、堪えきれないと言った様子で笑うアンチョビの姿がある。

そして間もなく、彼女の笑いは大きなものになった。

 

「ありがとう、褒めてくれてるんだな」

「ええと、あの……はい」

 

笑顔のアンチョビとは対照的に、穴があったら入りたいみほであった。

恥ずかしすぎて、顔から火が出そうである。

 

俯き、頬を押さえるみほの眼前に、ふと映るものが一つ。

灰色のタンク・ジャケットの袖から覗く、小さな手。

 

「決勝まで行けよ。我々も全力で応援するから」

 

それが握手の合図であることを、みほは遅れながら理解した。

彼女の手と、彼女の顔を交互に見る。

 

「は、はい!ありがとうございます!!」

 

慌てて両手で握り、みほは勢いよく頭を下げた。

両手から、じんわりと温かいものが伝わる。

 

「まぁ褒めてもらってなんだけど、私が今日立てた作戦、別の人がやってたのを参考にした半分パクリみたいなものだけどな」

「えぇ!!??」

「いやー、一回でいいから再現してみたくてな。オリジナルはもっと凄いんだけど……」

 

結構茶目っ気のある人なんだ、とみほは思った。

というか、喜怒哀楽がすごくあって表情が短い時間の間で何度も変化する。

こういうのを愛嬌、というのだろうか。

なんとなくアンツィオの皆がついていきたくなる理由が、少しわかる。

 

「ドゥーチェ、またその話っすかぁ」

「む、なんだペパロニ。ちゃんと準備は終わったんだろな?」

「バッチリっすよ、後は取り掛かるだけっす。だからそんな話は置いといて、速く来てほしいんすけどねー」

「そんな話ってなんだ!本当に凄いんだぞあの人は!」

「あ、あのぉ……」

 

いきなり始まった言い合いに、みほは一瞬で蚊帳の外に弾かれた。

弾かれたのだが、未だにアンチョビと握手しているみほはその場から動くこともできないので、なんというかすごく困った状況になってしまった。

 

「ん?あぁ、すまない。コイツが私の憧れの人を馬鹿にするからつい……」

「バカにしてるんじゃなくて、飽きたって言ってるだけっすよ」

「はぁ!?飽きるな!私がどれだけ感動したと思ってるんだ!!」

「だってウチらの誰も知らない人じゃないっすか……ってかドゥーチェもその人のこと、全然知らないっすよね」

 

もう勘弁してください、とみほは思った。

多分、このまま何も話さないでいると、永遠にこの場から解放されない気がする。

多少強引にでも会話に割り込み、脱出の機会を伺うしかない。

 

「あ、あのその人っていうのは……」

「ドゥーチェが憧れてるっていう戦車乗りだよ。ドゥーチェ曰く、めちゃくちゃ戦車道が強い人らしいんだけど、実際は誰も知らない超マイナーな人で……名前何だったかな。えぇと……なんか変わった名前だった気がするんだけどなぁ」

「お前なぁ……あれだけ私が何回も言ってるのに忘れるなよ」

 

はぁ、とアンチョビは心底大きなため息を吐いた。

 

一方でみほは、果たしてどんな人だろうかと少し思いを馳せてみた。

マイナーというくらいだし、多分同年代の選手じゃなくて、大学とか社会人チームの選手だろう。

その中で戦車道が強いとなると結構選択肢は絞られてくるが……有名じゃないとなるとちょっと分からない。

基本的に強い人は、よく記事に取り上げられたりするし、実力と知名度は基本的には比例するものである。

 

あんまり表に出たがる人じゃないのだろうか。

まぁそれはそれとして、結構気になるかも、とみほが思った――その時である。

 

 

「神栖渡里!二年前に大学選抜にいて、二軍を率いて一軍を倒した戦車乗りだ!」

「――――――」

 

 

ピシっ、とみほは石化した。

笑顔のまま時間が停止したのが、せめての幸いだった。

 

世界から色が急速に失われ、会話の音が遠のいていく。

そんな中でみほは、極めて冷静に思考の歯車を回した。

 

―――なにか、とてもよく聞いたことのある名前が、聞こえた気がする。

 

気のせいだろうか、気のせいであってほしい。

というかその名前が出たことは認める代わりに、同性同名の別人であってほしい。

 

かみすわたり、なんていう名前、日本は広いんだしあの人の他にも一人や二人いるだろう。

みほは未だかつて見たことも聞いたこともないけど。

 

「あ、なぁもしかしたら知ってたりしないか?西住流にいたならその辺りのこと結構詳しかったりするだろ」

 

……果たして何て答えるのが正解なんだろうか。

一応、その名前を持つ人は知っているが、同一人物かどうかは分からない、と言うべきか。

 

しかしみほの勘は猛烈に告げているのだ、間違いなく同一人物です、と。

 

というかあの人、一体どこまで手を伸ばしているのだ。

ダージリン、ケイ、そしてアンチョビと高校戦車道における優秀な戦車乗り、というか隊長たちと今のところ100%の確率で接点を持ってるのだが。

 

もしこれが意図した結果だと言うのなら、みほは兄と少しお話ししなければならない。

そして念入りに、兄の性格を矯正する必要があるだろう。

 

「ええと、知ってると言えば知ってるというかーーーーー」

「みほー!みんな集合だってーー!」

 

突如、みほの声をかき消すくらいの大声が、みほの背後から聞こえてきた。

慌てて振り向き、そしてみほは彼女たちを視界に収めた。

 

沙織、華、優花里、麻子。

みほのチームメイトであり、共に四号戦車を駆る4人の友達。

 

―――――そしてその背後に立つ、4人より頭ひとつ以上大きな身長の、彼を。

 

「………」

「呼ばれてるぞ?返事しなくていいのか……って、んん?男の人?」

 

あ、やばい、バレた。

みほはアンチョビに背を向けながら、かといって沙織たちの方を向くわけでもなく、曖昧なところに視線を飛ばした。

 

「―――――かっこいい!!」

「ふぇ!?」

「誰だ誰だ!?身内か!?」

 

目を丸くするみほとは対照的に、キラキラと目を輝かせるアンチョビ。

その視線の先に誰がいるのかは、明白だった。

 

あ、これ見たことある、とみほは思った。

初めて兄を見た時の沙織と、全く同じ反応なのだ。

 

「あはは……」

 

兄を褒められて悪い気はしないが、それ以上に複雑な思いが大きいみほであった。

しかし何と答えるべきか。身内は身内なのだろうが、兄とみほの間には血縁関係がない。その辺りのことを説明するのは、ちょっと避けたい。

 

「私たちの……戦車道の先生です」

 

とりあえずみほは、迷いながら別の答えを述べた。

 

「へぇー……先生!?」

 

そして「あ、しまった」と言ってから思った。

アンチョビの驚きは、当然のものだった。

 

「男の人だよな!?あの人、戦車道ができるのか!?」

 

そう、神栖渡里は紛うことなき男性。

そして戦車道とは、女性の競技である。

 

みほ含む大洗女子学園の面々はすっかり麻痺してしまっているが、実は男性の戦車道講師とはかなり特殊な存在なのだ。

 

「えっと、一応……」

 

こうなると寧ろ、素直に兄と答えたほうが良かったかもしれない。

血縁関係なんて、言わなきゃバレないものだし。

 

「へぇー……そうかぁ」

 

ふぅん、ふぅん、と曖昧な表情をアンチョビは浮かべた。

腕を疑ってる、というところだろうか。

まぁ、みほがアンチョビの立場でも、「本当に戦車道できるのか?」と同じことを思う。

 

実際はできるどころの話ではないが、そんなもの一目見ただけで分かるものでもない。

アンチョビの反応は、ごく自然なものだ。

 

「……そんな人がいたら、もっと違う道があったかな」

「え?」

「いや、なんでもない。それより、先生なら挨拶しておかないとな!」

「あっ」

 

意気揚々と、アンチョビは沙織たちの方へ歩いていく。

その背中を、みほは見つめることしかできなかった。

 

 

そして、それは起こった。

時間にすればそれは短い間のことだったが、ここはあえて克明に説明しようと思う。

 

まずアンチョビが、兄の前に立った。

背丈の差がかなりあるため、自然とアンチョビは上を見上げる形になってしまう。

対して兄は、なんだなんだと首を傾げて、視線をアンチョビに固定する。

その近くにいる沙織たちも、兄と同じような反応をする。

 

アンチョビが名乗る。

私の名前は、ドゥーチェ・アンチョビ。

アンツィオ高校を仕切る隊長だ。

 

高らかに、胸を張り、多分自慢げに口角を吊り上げ、彼女は自分の名前を宣言した。

一方で兄の反応は、曖昧なものだった。

言葉にすれば、「は、はぁ…」みたいな感じ。

沙織たちも兄と似たような反応をする。

 

しかし気にせずアンチョビは言う。

 

大洗女子学園で戦車道を教える先生と聞いて、挨拶に来た。

 

兄は「随分礼儀正しいなぁ」といったような顔をした。

そして兄は答える。

それはそうだ、名乗られたからには名乗り返さなければならない。

そんな当然の礼儀に則って、兄は自分の名前を口にする。

 

ご丁寧にありがとうございます。大洗女子学園で戦車道の講師をしてます、神栖渡里です。

 

アンチョビは、一度、二度と頷いた。

その言葉を噛み締めるように、瞑目して腕を組みながら、うん、うん、と。

 

そうか、そうか。神栖渡里か。

 

そして十秒くらいの沈黙が、場を支配した。

「ん?」と兄は思ったに違いない。

「え?」と沙織たちは思ったに違いない。

「あぁ…」とみほは状況を見守ることしかできなかった。

 

一息、

 

「神栖渡里――――――――!!??」

 

絶叫が、木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

ずっと憧れていた戦車乗りとようやく会えたと思ったら、女性じゃなくて男性だった件。

 

いやマジか、とアンチョビは心の中で叫んだ。

 

神栖渡里。

アンチョビが一年生の時、大学選抜で見た戦車乗り。

弱小チームを戦術一つで見事勝たせてみせた、知られざる指揮官。

 

ずっと、ずっと探していた。

社会人チームやら何やら、ありとあらゆる所を探して、それでも手掛かり一つ見つからなかった、謎の人。

 

その人と、アンチョビは今日会うことができた。

どんな偶然か、幸運かは知らないが、アンチョビは悲願とも言える邂逅を果たしたのだ。

 

もし神栖渡里と会うことができたなら。

アンチョビは、話したいことがたくさんあった。

 

経歴とか、戦術とか、とても24時間では足りないくらい、聞きたいことが山ほどあって。

そしてそれら全部を聞き終えた後に、アンチョビはどうしても言いたいことがあった。

 

それは、感謝の言葉。

 

一年生の時。

何にもなかったアンツィオ高校で戦車道をしなければならなかった自分。

本当にこんなのでやっていけるのだろうか、と不安で不安で仕方がなかったあの時、貴女の戦車道を見て、私は奮い立つことができた。

 

どんなに弱くても、隊長の腕次第では勝つことができるのだと、貴女は私の前で証明してくれたから。

 

だから私は、ここまでやってこれました。

貴女が見せてくれた、希望を頼りにして。

 

そう言って、深々と頭を下げよう。

感謝を述べよう。尊敬を捧げよう。ついでにサインとかもらっちゃおう。

アンチョビは、そう思っていた。

 

 

――――しかし、そんな考えは、全部吹き飛びました。

 

 

アンチョビが思い描いていた神栖渡里と、実際の神栖渡里は、180度違う姿をしていたのだ。

 

「……」

「ドゥーチェ?水沸いてるっすよ?」

 

チラ、と横目で、アンチョビはその人を伺った。

アンチョビよりも随分高い、180㎝くらはあるであろう身長。

スラッと伸びた手足は、力強さを感じるほどに引き締まっている。

綺麗に整った髪型もあいまって、スポーツマンのような精悍さがあった。

 

「ちょちょ、ドゥーチェドゥーチェっ。火、火!」

 

目つきは特徴的だ。鋭くて、吊り上がってて、怒ってないのになんだか怒って見える。

けどその奥には宇宙みたいに深い色をした瞳があって、不思議と視線が吸い込まれそうになる。

 

「ぎゃー!?焦げてるっすよドゥーチェー!」

 

一言で言うなら、その人は磨き抜かれた剣のような人だった。

緩慢なく、怠惰なく、無駄なものは一切そぎ落として、ただひたすらに丹念に刃を砥いだ剣。

そんな一種の芸術のような雰囲気を醸し出す―――――男性だった。

 

「いい加減にしてほしいっすドゥーチェ!」

「うわぁ!?な、なんだペパロニ、ビックリするだろ」

「なんだ、じゃないっすよ。さっきからチラチラチラチラあの人のこと見て、ちっとも料理に集中してないじゃないっすか」

「そ、そんなに見てないぞ!」

「嘘っす。穴が空くくらい見てたっすよ」

 

はぁ、と大きくため息を吐くペパロニに、アンチョビはぐぬぬと唸ることしかできなかった。

しかし仕方ないだろう、とアンチョビは自己弁護する。

それだけ、衝撃的なことだったのだから。

 

(神栖渡里が……男の人)

 

その事実は、未だアンチョビには処理しきれないものだった。

 

同性同名の別人、ではない。

アンチョビも確認したが、今あそこにいる人は紛うことなき、アンチョビが見た神栖渡里だ。

『大学選抜?あぁ、二年前まではそこでコーチやってたよ』、という本人の証言に加え、あまり公になっていない大学選抜の格差問題のことも知っていた。

 

戦車道の実力に関しては、これも疑うには値しない。

なんたってほとんど素人の集まりであった大洗女子学園を、僅か三か月ほどでサンダースに勝つほどに鍛え上げた実績がある。

 

教育手腕と実戦の腕は別物、という人もいるだろうが、往々にして優れた指導者とは過去、優れた選手であることが大半だ。

アンチョビが見た戦術家としての顔を、あの人が内に秘めていてもなんら不思議ではない。

 

結論。

アンチョビが見た神栖渡里とは、すなわち大洗女子学園で戦車道の講師をしている男性であることに、もはや疑いはない。

 

別に女の人じゃなかったからといって、何か問題があるわけではない。

アンチョビは戦車道の手腕に憧れたのであって、その持ち主の性別が男だろうと女だろうと、何にも関係ない。

 

関係、ないのだが……

 

(うぅー……男の人かぁ……!)

 

ブン、ブン、とアンチョビは頬を押さえながら頭を振った。

そのせいで長いツインテールが勢いよく振り回されることになるが、そんなことは知ったことではなかった。

 

二十代前半の男の人。

それはアンチョビにとって、ほとんど未知の存在だった。

 

これまでの人生で男の人と話す機会は、そんなになかった。

アンツィオに入る前も、入ってからも、女子と過ごすことが大半で、恋愛小説のような青い春の学校生活(ボーイ・ミーツ・ガール)とは、残念なことに縁遠かった。

 

有体に言えばアンチョビは、男の人と話すことに関しては、バリバリの新兵なのである。

 

何を話せばいいのか、はしっかりと頭の中で思い描くことができるのに。

どう話せばいいのか、は全くこれっぽっちも想像できない。

 

通りすがりの人とかなら、別に何てことはないのだ。

どうせ二度と会う事もないのだから、と開き直って、全然普段通りに話すことはできる。

実際、神栖渡里(判明前)に挨拶した時はそうだった。

 

しかしこれが、境界線を一歩超えてアンチョビの方に近づいてくると、途端に上手くいかなくなる

 

対面しただけで頬は熱を持つし、思考は茹るし、足は笑う。

目線はあっちこっちに飛び、舌は必要以上に回ったり、回らなかったりする。

 

情けない話だが、緊張してしまうのだ、アンチョビは。

 

神栖渡里と話したいことは、たくさんある。

けどそのどれもを、アンチョビは飲み込むしかない。

だって男の人だもん。ちょっとカッコ良さげな人だもん。

仮に女の人であってもちょっとは緊張しただろうに、男の人なんて尚更である。

 

結局アンチョビに出来たことは、「労いのパーティをするからぜひ参加してほしい」と言って、その準備にかかる時間で、少しでも緊張を和らげようとすることだけであった。

 

「ドゥーチェ、こっちいい感じになってきました!」

「こっちはもう少し時間かかりまーす」

「わ、わかった!」

 

試合が終われば、それに関わった選手、スタッフ全員を労うのがアンツィオの流儀。

全員で寸胴を持ち出し、日々の屋台で鍛え上げた料理の腕を存分に振舞う。

勿論アンチョビもその中に混じり、パスタを茹でているわけだが……

 

(……全然話せる気がしない)

 

もう少しで全ての準備は終わり、パーティが始まる。

しかしアンチョビの心は、まだ全然スタンバイできてない。

時々目線がうっかり合ってしまったりすると、それだけでアンチョビの心臓は高鳴ってしまうのである。

 

いっそ遠目から眺めるだけにするか。

いやしかしそれはあまりにも勿体なさすぎる。

 

そんなことをつらつらと考えていた、その時だった。

 

「ちょっといいかい?」

「ひゃわ!?」

 

とても聞き心地の良い低い声が、アンチョビの鼓膜を打った。

肩が跳ね上がる。

弾かれるように面を上げる。

 

そして目の前には、あの人がいた。

 

「か、か、わ」

「あ、ごめん。調理中に声はかけない方がよかったな」

「い、ひぇ!ぜ全然大丈夫です!?」

 

だめだ、とアンチョビは思った。

全く呂律が回らないし、なんか顔も熱い。

 

しかしそれでも、とアンチョビは自分を奮い立たせ、なんとか言葉を紡いだ。

 

「な、にかご用です、かっ」

「いや、少し話がしたくてね」

 

そう言って彼は薄く笑った。

あ、笑うと少し穏やかな顔に見えるんだ、とアンチョビは関係のない事を考えた。

 

「君は、俺が大学選抜にいた頃のこと知ってただろ?どこで聞いたのか、教えてほしくてね」

 

あ、とアンチョビは思った。

穏やかな表情そのままに、彼の瞳の奥に鋭い銀の光がある。

知らず自分は、何かしでかしてしまったのかと、そう思わせる光だった。

 

「ええと、その、し、忍び込んで……こっそり覗いたというか……」

「忍び込んだ?誰かから聞いた、とかじゃなくて?」

「と、当時の選抜の人に多少は……でも内情とかは、そんなに詳しくは…」

 

そう言うと彼は、ふーむ、と考え込んだ。

怒ってる、というわけではなさそうだ。

けれどなんとなく、判決を待つ被告人のような気分になるアンチョビだった。

 

しかしアンチョビは嘘を言ってるわけではない。

無関係者ほど知らないわけじゃないが、当事者ほど詳しく知っているわけでもない。

後ろめたいことがあるとすれば、それこそ覗き魔をしたくらいだ。

 

「そっかそっか……」

 

彼は一つ頷いた。

どうやら判決が決まったようだった。

 

「知ってるとは思うけど、俺がいた時の大学選抜は、まぁそんなにいい所じゃなかった。別に思い入れがあるわけでもないけど、大っぴらに言い回ることでもないし、その辺りのことは秘密にしとおいてくれないかな?」

 

アンチョビ、無罪。

釘を一つ刺されただけで、被害は極々軽微。

アンチョビは胸を撫で下ろした。

 

「は、はい!――――――あ゛っ」

 

その時のアンチョビの口は、実に素直にアンチョビの心を表現してくれた。

こんな時ばっかり。

 

アンチョビの反応に、彼は片眉を上げた。

 

「もしかして手遅れだったかな」

「い、いや!大学選抜の良くない所はあまり言ってないんですけど、その、か、神栖さんのことは結構……」

 

言いふらした、とかいうレベルを超えて言いふらした。

主に後輩に。

 

「俺の事?」

「あの、その、神栖さんが戦車指揮をしていた時のこととか……」

「あぁ、そっち。それは別にいいよ、言ってもあんまり誰も信じなかっただろ?」

 

カラカラと笑いながら言う彼。

アンチョビは曖昧な反応しかできなかった。

神栖渡里という人間は、その実力を広めるにはあまりにも無名過ぎた。

 

「しかしそんなに言いふらすことがあったかな。大したことはしてなかったはずだけど」

「そ、そんなことありません!」

 

語気が強くなったことを、アンチョビは自覚していた。

しかし当の本人がなんと言おうと、それだけは譲れない事だった。

 

「本当に感動したんです!戦車の性能差とか、選手の実力差とか、そんなのを全部ひっくり返して見せた貴方の戦術に!」

 

先ほどまでのつっかえ具合が嘘のように、アンチョビの言葉は滝のように流れる。

 

「ずっと、ずっと、会えたら聞いてみたいと思ってたんです。どんな世界が見えてるのか、とか、どんな考え方をしているのか、とか。あの時私が見たもの、全部教えてほしいって」

 

そして、静寂が訪れた。

その間は、アンチョビに正気を取り戻させるのに十分な時間だった。

 

自分はもしかしてとんでもなく恥ずかしいことを言ってるのではないか、と思い至ったアンチョビは、慌てて手を振った。

 

「す、すみません!つい――――――」

「―――――そこまで言ってもらえるなんてね」

 

視線の先。

どこかこそばゆそうに笑う彼の顔があった。

大人びた外見とは裏腹に、その一瞬だけ彼は子どものように見えた。

 

「ありがとう。励みにするよ」

「い、いえ。私なんかの言葉じゃ―――」

 

大したものにはならないだろう。

なんせ一介の、ただの普通の戦車乗りだ。

その言葉に、一体どれだけの価値があるというのか。

 

「そうかい?俺は、君は優秀な戦車乗りだと思うよ」

「………へ?」

 

アンチョビは目を丸くした。

優秀、とは果たしてどんな意味だったか、アンチョビは一瞬分からなくなった。

 

「アンツィオは、君が一人で創り上げたって聞いてる。何も無い所から、ここまでのものを築き上げただけでも十分凄いことさ」

 

それに、と彼は言葉を続けた。

 

「今日の試合だって、一歩間違えればウチが負けてた。性能の低い戦車五両とはいえ、こっちの隊長は西()()だぜ?それを追い詰めたんだから、誰がどう見たって優秀だろ」

 

西住流の三文字は、そんなに低いトコにはない。

それは戦車乗りであれば、誰もが知っていること。

 

「最後もさ、皆君の為に必死になって走って、君を守ろうとした。それだけでも、君がどれだけ慕われているかは分かる。ダメな人間に、人はついてこないからね」

 

一体自分は、今どんな顔をしているだろうか。

わからないが、なんとなく妙ちくりんな顔になっている気がした。

 

「君が自分の事をどう思っているかは分からない。けどあんまり卑下することもないんじゃないかな。アンツィオ高校というチームをここまで引っ張ってきた君は、間違いなくとても強い人だと思うから」

「―――――っ」

 

あぁ、とアンチョビは息が漏れそうになった。

こんな、こんなことがあっていいのだろうか。

 

憧れてきた人に。

なりたいと思ってきた人に。

アンチョビの道が、認められた。

安斎千代美という人間が、褒められた。

 

あぁ、こんなに嬉しいことがあっていいのだろうか。

 

「ま、それこそ俺なんかが褒めたところで何にもならないか」

「い、いやいや!全然そんなことないです!!」

 

今までずっと、自分を疑ってきた。

もっと他に選択肢があったんじゃないかと後悔し、もっとやれることがあったんじゃないかと迷い続けた。

そんな歪に曲がりくねった明りも何もない真っ暗な道が、アンチョビの歩いてきた道だった。

 

それがずっと後ろめたかった。

誰にも正々堂々と、真正面から胸を張れる、そんな誇りのある人間であればと、そう思わずにはいられなかった。

 

でも、でも。

それは間違いじゃなかったと、そう言ってくれたのだ。

君の歩いてきた道も、十分胸を張れるものだと、と。

他でもない、彼が。

 

ならもう、アンチョビはそれだけで十分報われる。

心を覆っていた霧は、一瞬で吹き飛んでいった。

勢い余ってなんか泣きそうだ。

 

「話の続きはまた後でにしようか。聞きたいって言ってたこと、時間が許す限りは答えるよ。君の話も聞きたいしね」

 

うわ、うわ、どうしよう。

本当に、本当に、今日はなんていう日だ。

なんだかさっきから、自分の願いが全部叶っていってる気がする。

こんなに幸せなことがあっていいのだろうか。

試合負けてるけど。試合負けてるけど!

 

「それじゃ。料理、楽しみにしてるよ」

 

踵を返し、彼は去ろうとする。

いけない、とアンチョビは慌てて口を開いた。

 

「ひゃ、ひゃむ!」

 

そして、せいだいにかんだ。

 

「――――」

 

幸か不幸か、彼は此方を振り返ることなく歩き去っていった。

聞こえていなかったのか、あるいは聞こえないフリをしてくれたのか。

どっちにしろアンチョビの心には結構なダメージだけども。

 

「………はぁ」

 

そして途端に、全身から力が抜けていく感覚が襲ってきた。

妙な浮遊感があって、もしかして自分は今、夢の中にいるんじゃないかとアンチョビは思ってしまった。

それくらい、この数分の間に起こった事は、衝撃的すぎた。

 

「姐さーん……って、何してんすか?」

「正気度チェックだ」

「はぁ?」

 

両手で頬をみょいーんと、しかも真顔で抓むアンチョビの姿は、さぞや滑稽だっただろう。

ペパロニの反応も尤もだが、アンチョビはアンチョビで真剣である。

 

「あの人が私のこと褒めてくれたんだよ!しかも私の話もっと聞きたいって!!」

「ふーん、そりゃよかった……すね?」

 

他人事そのもののようなペパロニのリアクションだった。

まぁ、この感動は誰かに伝わるものではないだろうな、とアンチョビは思った。

しかしアンチョビの気分は、

 

「良かったなんてものじゃない!最高だ最高!あぁもう本当に試合に負けた事以外は何もかも最高の日だ!!」

「あー、そりゃまぁそれは仕方ないっすよ」

「………いや、冷静に考えたら仕方なくはないけどな」

 

急に理性が帰ってくるアンチョビだった。

 

あらゆる手を尽くして、全力を振り絞って、身体の中に何一つ残ってないくらい出しきって。

それでもなお負けたということは、ここがアンツィオ高校というチームの限界だったということだろう。

もし運よく今日の試合を拾ったところで、きっとそれ以上先には進めない。

日本一という頂きに立つ資格が、アンツィオ高校にはなかった、ということだ。

 

反省すべき点があるとすれば、そこだろう。

畢竟アンツィオ高校は、優勝できるチームになれなかったのだ。

それは他でもないアンチョビの責任だし、きっと仕方ないで済ませていいことではない。

 

「まぁまぁ、次また頑張ればいいじゃないっすか!!」

 

しかしそんなアンチョビの思いとは裏腹に、ペパロニは屈託なく笑った。

今までずっと口にしてきた、試合後の常套句と共に。

 

「次って……何言ってんだお前。私は――――」

 

でももう、その常套句を聞くことはない。

だって、アンツィオ高校はこれから先もずっと続くだろうけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

なぜなら安斎千代美は、たった一人の()()()

敗北は同時に、彼女の引退を意味している。

この大会が、アンチョビの出場できる最後の大会なのだ。

 

まさかこの後輩、そんなことまで分からない程お馬鹿になってしまったのだろうか。

 

アンチョビは懐疑的な視線を送りながら、口を開こうとして、

 

 

「また作戦考えてくださいっす。ドゥーチェの作戦はいっつも難しくてウチらすぐ忘れちゃうけど、今度は頑張って覚えるっすから!」

 

言葉が、止まった。

 

なぁ、とペパロニが振り返る。

そこにはいつの間にか、後輩たちが集まっていた。

皆一様にペパロニの言葉に頷きながら、笑顔を浮かべている。

 

アンチョビがこれから先もずっといることを、これっぽっちも疑ってない様で。

 

「―――――」

 

アンチョビは、喉元まで出かけていた言葉を咄嗟に飲み込んだ。

 

安斎千代美は、ドゥーチェ・アンチョビは今日で最後。

その現実は、もう変えられない。

正真正銘、アンチョビは引退だ。

 

 

もう彼女たちと一緒に戦車道をすることは、ない。

 

 

「―――あぁ、そうだな。()はもっと難しい作戦にするから、しっかりついて来いよお前達!!そして今度こそ優勝だぁ!!」

「イエーイ!」

「ドゥーチェ!ドゥーチェ!」

「ドゥーチェ!ドゥーチェ!」

 

――――――けれど。

 

「よーし、とりあえず今は宴の準備だ!目の前のことを全力で取り組んだ人間だけが、パスタを食べる権利がある!!」

「はーい!」

 

 

安斎千代美の高校戦車道生活は、迷い続けた三年間だった。

行く先に光はなく、視線は常に後ろ向き。

少し前に進んでは、振り返って道程を確認する。

だからちょっとずつしか進めないし、真っ直ぐにも歩けない。

途中で疲れて、立ち止まったりしたこともあった。

 

誰に恥じることのない歩みだったとは、決して言えないけど。

けれどアンチョビは、それでもここまで歩いてこれた。

 

 

「―――――お前達のお蔭でな」

「へ?なんか言ったっすか、ドゥーチェ?」

「何も!」

 

 

安斎千代美(弱い自分)を、アンチョビ(強い自分)にしてくれた彼女たち。

 

自分を慕ってくれた、掛け替えのない後輩たちの視線の先にあるものこそ、アンチョビが目指すべき姿だった。

それこそが折れそうな心を支えてくれた、一つの光。

暗い道を照らしてくれた、標。

 

そんな彼女たちがいたからこそ、安斎千代美はアンチョビに成れた。

 

だから他でもない彼女たちがそう望むなら、アンチョビは最後まで仮面を被り続けよう。

虚しさも、弱さも、全部押し殺して。

現実から目を背けてでも。

彼女たちが望む限り、アンチョビは彼女たちの望む姿でいよう。

 

それが安斎千代美にできる――――――

 

 

 

「――――ありがとな」

 

 

 

―――――たった一つの、恩返しだ。

 

 

 

 

 

「良いチームだよなぁ、アンツィオは」

 

その声色は、とても穏やかで、嬉しさを多分に滲ませていた。

 

「皆は隊長のお蔭で走っていける。隊長は皆のお蔭で立っていられる。お互いに寄りかかって支え合わなきゃあっけなく倒れてしまうけど、一度繋がればそうそう崩れることはない」

 

いや、嬉しいというよりは、楽しい、だろうか。

綺麗な宝石や絵画を見ている時に出るような、そんな声色だった。

 

「強かったろ」

「……うん、すごく」

 

サンダースの方が強いチームのはずなのに、サンダースと同じくらい苦戦した。

当然、それはみほ達が弱くなったからじゃない。

 

「チームの形は千差万別。チームの強さは多種多様だからな」

 

何か決まった枠があって、その中で優劣に分かれているんじゃない。

色んな枠があって、それらは並べて比べて見てもどっちが優れてるか分からない。

 

「アンツィオはサンダースや他のBIG4とは違って、単に戦車道が好きな奴が集まっただけの、部活みたいなチームだ。そういう意味では、少しお前らに似てるかもな」

 

彼女たちはきっと、純粋に戦車道を楽しんでいる。

あるいは、仲間と一緒に戦車道をすることを喜んでいる。

別にBIG4にそういう気持ちがないとは思わないが、それでも明確な差はあると思う。

 

「すごく楽しそうだもんね、アンツィオの人たち」

「あぁ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「はぅ!?」

 

ギクゥ、とみほは両肩を震わせた。

しまった、何か弁明をしなければ、とみほが思った次の瞬間。

みほのほっぺを柔らかな衝撃が襲った。

 

「バレないと思ったか、妹」

「うぅ……ごへんなひゃい」

 

むいー、と軽く頬を抓る、兄特有の叱り方。

決して痛くはないけれど、こんな小学生にやるような叱り方、誰かに見られたらみほは穴を掘って埋まるしかない。

 

しかしやはり、兄に隠し事はできないか。

ほんの一瞬とはいえ、確かにみほは迷った。

自分は本当に勝っていいのか、それが分からなくなった。

 

その揺らぎを、兄は正確に見抜いていたのだ。

 

「誰にだって平等に、()()()()は与えられてる。どんな理由があったって、勝っちゃいけない奴なんてのはいないんだよ」

「ふぁい……」

 

ため息交じりの声に、みほは力なく答えるしかない。

今回は、どう見たってみほの方が悪いから。

 

「ま、ちょっと前のお前なら動けなかったかもしれないところを、ちゃんと振り切ったんだもんな」

 

頬から手の感触が無くなる。

そして代わりに、頭にほのかな温かみが降ってくる。

 

ぐりぐり、と乱雑で、しかし優しく髪を撫でていく大きな手。

その感触を、みほは虚を突かれながらも、すぐに享受することにした。

 

よくやった、という声はなくとも。

頑張ったな、という想いを受け取りながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「同じこと、沙織さんにはしちゃだめだよ」

「あ、もうしてきたわ」

 

はいギルティ。

 

 

 

 

 

 

 




何気に敬語のアンチョビって、違和感がすごい。
でも年上にため口のアンチョビも、あんまり想像できない。
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