戦車道素人集団を優勝へ導く138の方法   作:ススキト

36 / 55
お久しぶりです。
コロナウイルスが猛威を振るっており、思うように外に出れなくなる日も続いて「なんだか2020年つまんねぇな」ってなってる人もいるかと思います。

そんな人を少しでも元気づけるための話を今回持って……これませんでした。

今回の話は、オリ主関係の話です。
つまりシリアスしかないし、全体的に暗いです。

またオリジナルキャラ(名前なし)が二名程出てきます。
といってもちょっとだけですが、要注意です。


今までと違って結構ヘイト・ダーク要素を盛り込んでいるので少し恐怖。
久々の投稿がこんな話で本当にすまない……


第35話 「ちょっとだけ昔の話をしましょう」

「大学選抜のコーチをしていた時の話?」

 

怪訝そうな顔をして、兄はそう言った。

それが「何の話をしているか分からない」という顔ではなく、「何でそんなことを聞くのか」という顔であることを、みほは即座に気づいた。

 

そして、やはり兄にとっては、積極的に口に出す話題じゃないんだろう、とみほは自分の予想が当たっていたことを確信した。

 

 

全国高校戦車道大会二回戦。

アンツィオ高校との激戦を制し、準決勝へと駒を進めた大洗女子学園は、暫しの休息を享受していた。

 

というのも、準決勝が始まるまでかなりの間が空くのである。

 

大会に参加している学校の数は16校。

二回戦の数はたった4試合。

その全てが同時に進行する……というわけでは、実はない。

 

殊更詳しくは語らないが、戦車道の試合はとにかく時間と金と手間がかかる。

朝に始まって夜に終わる、どころか日を跨ぐこともある競技なんて、そうそうないだろう。

大会ルールに採用されているフラッグ戦は、時間無制限の殲滅戦と違ってキチンと試合終了時間の線が引かれているが、それにしたって一日で終わるようにされているわけではない。

 

というわけで、対戦校の実力にもよるだろうが、戦車道の試合はすぐに終わるものではなくて。

端的に言うと明日、最後の二回戦が行われることになっており、準決勝はそれが終わってから。

加えて言うなら二試合ずつ進行する二回戦とは違い、準決勝は一試合ずつ行われるので、二つある準決勝の後の方である大洗女子学園の試合は、まぁ随分先になるというわけである。

 

みほとしては、試合の間隔が空くことは全然構わない。

流石に一週間二週間も空けられては困るが、であれば大会の緊張感を維持しつつ、それでいて身体を休めることができるし………

 

「そんなもん聞いてどうすんだ?」

 

こうやって、気になる疑問を解消することもできる。

 

時間は、四限目が終わって昼休み。

場所は旧用務室。

 

みほ、そしてあんこうチームの四人の計五名は、神栖渡里を訪れていた。

言わずもがな、みほ達は一つ聞いておきたいことがあったのだ。

 

二回戦が終わり、アンツィオ高校の隊長アンチョビと話している際、みほはある事を聞いた。

 

『神栖渡里は、大学選抜でコーチをしていた』。

 

この話は、実は以前に一度だけ出ていた。

兄が大洗女子学園の戦車道講師として着任して間もなく、優花里が「男性でありながら戦車道の指導者」という兄の特異性を不思議に思い、兄の事を調べたのである。

 

その時は、確からしい証拠もなく、噂話以下の信憑性しかない話、で終わった。

一定以上の指導の腕がある、ということの裏付けとしては、「西住流の直系であるみほの兄」だけで十分だったから。

極論、嘘でも本当でもどっちでも良かった。

 

しかし今、その話が真実のものとして出てきたのなら、みほは知りたいと思ったのだ。

果たして兄は、みほと別れてからどんな道を歩んできたのか、と。

 

みほが知る神栖渡里の経歴は、少し空白がある。

生まれてから西住家に来るまでの経緯は知っている。

西住家から英国に渡るまでの経緯も知っている。

英国で何をやっていたかも、少しだけ知っている。

 

けれど英国から日本に帰国し、この大洗女子学園に辿り着くまでの道のりは知れない。

 

大学選抜のコーチをしていた時期は、正にこの空白を埋める所だ。

 

アンチョビ曰く、「コーチとして大学選抜の半数を率いて、もう半数の選手達を叩きのめした」という兄。

一体なにがどうしてそういうことになったのか。

どういう理由で大学選抜のコーチになり、どういう理由でそれを辞めたのか。

 

みほはそれを知りたい。

別に試合のモチベーションに影響するとか、そういうわけじゃない。

こんな些細なことで、みほの調子の波は揺れたりしない。

 

でも次の相手は、昨年の覇者、プラウダ高校だ。

強力な戦車を数多く揃え、選手達は北国の厳しい環境で鍛えられている。

下馬評では黒森峰女学園に次ぐ優勝候補。

 

正直に言って、過去最強の相手かもしれない。

そんな相手と戦う以上、少しでも気になるものは解決しておきたい。

多分それが、少しでも勝率を上げることに繋がるから。

 

「今まであまり聞いたことのなかったことなので……」

「ちょっと詳しく聞いてみたいなって!」

 

ということをあんこうチームの皆に話してみたら、なんでか皆で一緒に行くことになりましたとさ。

いや別にいいけどね、とみほは思った。

独り占めしたいわけでもなし、兄も兄で(みほ)にしか聞かせられないというわけでもないだろうから。

 

しかしまぁ、神栖渡里のこととなると途端に足並みが揃うのも、なんだかなぁという感じである。いや別に普段揃ってないわけじゃないけど。

それだけ兄が皆の興味を惹く人、ということだろうか。

 

「そりゃ今まで話したことはないけどな……」

「えっと、もしかして言いづらいことでしょうか……?」

 

あんこうチームの言葉に、兄は珍しく歯切れが悪かった。

こういったことは、実はほとんどない。

何事もスパっと言い切ってしまう人だから。

 

それがこんな反応をするということは、もしかして。

優花里の気持ちは、おそらくそんなところだろう。

 

しかし兄は、手を軽く振って答えた。

 

「俺に過去に言いづらいことなんてないさ。何一つ後ろめたいことなんて無い人生だからな」

「だったら……」

「言いづらいことなんじゃなくて、()()()()()()ことなんだよ」

 

黒い瞳が、まっすぐに向けられる。

 

言いづらいじゃなくて、聞かせづらい。

それはつまり、兄の方(話し手)に問題があるんじゃなく、みほ達(聞き手)にあるということ。

 

なるほど、とみほは嘆息した。

此処から先は――――

 

「楽しい話じゃないんだ。お前達が知ってる戦車道は、きっと清いものなんだろうけど、世の中全部が全部そういうわけじゃない。中にはお前達が想像もできないくらい酷い部分もある」

 

何事にも清と濁があり、光と影がある。

みほ達はきっと戦車道の良い所だけを見てきた。

けれど兄は、その両方を見てきたのだろう。

 

その時の兄の表情は、とても珍しいもので。

困ったように苦笑いする兄の顔を、あんこうチームはじっと見つめていた。

 

「大人になるってさ、良いことだけじゃないんだよ。今まで見えなかったものが見えるようになるし、見たくないものも見なくちゃならない。そのくせ子どもの時見えてたものは、見えなくなる。あるいは、子どもの時と同じように見ることができなくなる」

 

それは悲しいこと、ではない。

誰もがそうやって、そういう時を迎えて、子どもを辞めていく。

いつか必ずやってくる、避けられない転換期なのだ。

みほ達も、決して例外じゃない。

 

みほは兄の言いたいことを理解した。

いつか目にしなくてはいけない影の部分。

それをわざわざ今見ようとすることもないんじゃないかと、兄はそう言いたいんだろう。

 

「だから、わざわざ俺の話なんて聞かなくてもなぁ、とは思う。まぁ聞きたいって言うなら別にいいけどさ」

 

兄の態度は、拒絶じゃなかった。

多分感覚的には、「下水掃除のボランティアに来る学生」を見ているようなものなんだろう。

物好き、というわけじゃないが、勿体ないなぁ、くらいには思ってる。

……まぁそれは、個人の価値観によるところで、世の中にはそういうものに価値を見出す人もいるんだろうけど。

 

さて、どうしたものか、とみほは思考する。

みほ一人だけなら、別に構わない。

例えそれが兄の優しさだとしても、知りたいものは知りたい。

その先に、仄暗いものが待っているとしても。

 

だって他人ならいざ知らず、これは兄の話なんだから。

 

けれどあんこうチームの皆を巻き込むとなると、少し話は変わってくる。

今この場で聞くよりかは、時間と場所を改めた方がいいのかもしれない。

 

ならここはひとまず、仕切り直しかな。

みほがそう考えた時だった。

 

「ん?――――はい、もしもし神栖です」

 

不意に規則的な電子音が、部屋に響いた。

音の在処は、兄のポケットから。

多分デフォルトのまま弄ってないであろう着信音が、いかにも兄らしかった。

 

「はい、はい……そうですか、ありがとうございます。それじゃ予定通りに、えぇ、お願いします」

 

アレ学校から渡された携帯なのかなぁ、とかそんなことをぼんやり考えていると、ぷつ、と通信の音が切れた音がした……まぁ聞こえるわけじゃないけれど。

あまりにも短い通話だった。

 

そして兄はみほ達に向き直り、笑顔と共に言った。

 

「悪い。話できないわ」

 

 

 

 

 

 

神栖渡里が、出張する。

 

その知らせは、驚愕と共にして戦車度受講者たちに瞬く間に広まった。

 

……なんて大仰に言ってみたが、特に大したことではない。

たった二日、兄が学園艦を離れるというだけの話である。

 

『偵察だよ。どうしても見ておかないといけない試合があるからな』

 

その言葉の受け取り方は、おそらくみほとそれ以外とで大きく異なっていたと思う。

きっとみんなは、言葉通りに受け取った。

そしてやはり神栖渡里とは、戦車道に熱心な人だと思っただろう。

 

でもみほは違う。

みほは、明日行われる二回戦の対戦カードを知っていた。

そしてそれゆえに、兄が何を見に行ったのかも理解した。

その事に関して、みほが言えることはない。

資格がないのもそうだが、みほはみほでそれ以上にやらなければならないことがあったから。

 

「渡里さん抜きで戦車道の練習って、なんか不思議な感じだね」

 

戦車格納庫に向かう道の途中。

沙織がそんなことを言った。

 

「確かにそうですね。神栖殿が一応練習メニューを置いていってくれているとはいえ……」

「教えてくれる人がいないのは困る」

「渡里さん、いつも誰かに何かを聞かれていますしね」

 

指導者がいない。

それは大洗女子学園にとって、かなりの未知だった。

なんせ神栖渡里は、みほ達が行くべき道を照らしてくれる導だ。

誰もが困った時にあの人を頼り、答えを求めようとする。

 

まぁ兄は兄で、思考を重ねた自分の答えを持たない、脊髄反射的な質問には一切答えないし、答えたとしてもそれは行くべき方向を示すだけで、具体的なことはあんまり教えてくれなかったりする。分かりやすく優しい人では決してないけれど。

 

それでもあの人は、大洗女子学園には欠かせない存在だ。

言ってしまえば、多分物差しみたいなものなんだと思う。

あの人を通して、みほ達は自分を量り、その度に自分が間違っていないことを再認識する。

そうして一歩、また一歩と進んでいく。

 

その物差しが、二日もなくなるというのは、確かに困り事かもしれない。

それでも、別に緊急事態という程じゃないけど。

 

「でも偵察かぁー、準決勝の相手はもう決まってるんだよね?」

「昨年の優勝校、プラウダ高校ですね!強力な戦車を数多く揃え北の厳しい環境で鍛え上げられた優秀な戦車乗りが多くいてですね――――」

「優花里さん、優花里さん。その話はあとで」

「あぁ。だから渡里さんが見に行ったのは、その先を見越してのことだ」

 

準決勝を越えて、決勝戦。

その相手として最も可能性が高い学校を、兄は偵察しに行った。

 

「ふーん、じゃあやっぱり渡里さんは、私たちが準決勝で負けるとは考えてないってことだよね」

「あの人はそもそも、そんなこと考える人じゃない。どこが相手だろうと絶対に勝つつもりでいる」

「えぇ、そうですね。だから私達も頑張らないといけません。渡里さんの偵察が、皮算用で終わらないように」

 

士気が上がる。

こういう時、兄の姿勢というか態度は、凄くいい方向に働く。

負ける事を微塵も考えていないから、必然的にみほ達もそういう風に考えるようになる。

 

果たしてこれも意図した結果か、あるいは偶然か。

まぁ流石に狙ってはいないだろうな、とみほは思った。

無自覚ゆえの必然、とでも言うんだろうか、こういうのは。

 

「頑張りましょうね、西住殿!」

「うん!」

「そうと決まれば早速戦車に―――――あれ?」

「どうした沙織――――」

 

突如として、沙織の視線が一か所に固定された。

横にいた麻子がその視線の先を追いかけ、そして同じように固定。

そうなれば後はドミノ倒し。華、優花里、そしてみほもまた麻子と同じ道を辿った。

 

彼女たちの視線の先。

そこには、一人の女性が立っていた。

 

背は、華と同じか少し高い。

髪は茶色で、肩を少し超えるくらいの長さを一纏めに結っている。

着ている服は、大洗女子学園の制服じゃない。かといって、教師たちのような恰好のものでもなく、言うならそれは私服。

カジュアルな服をセンス良く着こなしていて、どことなく垢抜けて洗練されている感じがする。

 

この時点でみほ達は、あそこに立っている人が大洗女子学園の人間ではないことを悟った。

 

「―――あら?」

 

視線が、交差する。

じっと格納庫を眺めていた彼女の瞳が、みほ達を捉えた。

そして横顔しか見えなかった彼女の顔が、はっきりと正面から見えるようになる。

 

第一印象は、綺麗な人。

切れ長で、少し吊り上がった目。

髪型も相まって、落ち着いた大人という雰囲気が強い。

それでいて凛々しさも兼ね備えていて、陳腐な表現になるが「すごく仕事のできるキャリアウーマン」といった感じが強い。

 

年齢は、兄と同年代、もしくは少し年上だろうか。

みほよりは間違いなく年上だが、世間一般でみれば若い部類に入る。

 

しかしなんにせよ、この場において()()とは言えない人だった。

服装的にも、年齢的にも、彼女はこの場に溶け込んでいない。

 

「タンク・ジャケットを着てるってことは、貴女達が大洗女子学園の戦車乗り?」

 

声は極端に高いわけでも、低いわけでもなかった。

しかしどこか、芯の強さを感じさせる声色。

そう感じるのは彼女が、間違いなく部外者なのに、あまりにも平然と、堂々としているからだろうか。

 

「ん?違うのかしら?」

 

みほ達の沈黙を、彼女は否定と受け取ったらしかった。

我に返った沙織が、慌てた様子で頷き、応えた。

 

「そう、良かった良かった。誰もいないものだから、どうしようかと思ってたの」

 

カラカラと彼女は笑った。

見た目に反して、というのも失礼かもしれないが、結構表情が豊かな人らしかった。

 

しかし本当に誰だろうか、とみほは思った。

みほ達が着ている服を見てタンク・ジャケットと分かったということは、多分戦車道に関係のある人なのだろう。

なら、誰かの身内だろうか。しかし母親にしては若すぎるし、姉妹という程誰かと似ているわけでもない。

 

となると後は、兄の知り合い。

なんとなくそっちの線の方が濃い気がするみほであった。

 

そしてその勘は的中する。

 

「渡里君いるでしょ?」

「渡里君……?あ、神栖殿のことですか?」

 

渡里君。

それはなんだか、とっても聞きなれない呼び方だった。

優花里が一瞬誰の事を指しているのか分からなくなったのも無理はなかった。

 

しかしやはり、兄の関係者か、とみほは思った。

名前呼びされるなんて、また随分と親し気である。

まぁ兄のフルネームはどっちも名前っぽいせいで、昔っから下の名前で呼ばれることが大半だったけど。

 

「そうそう、神栖殿神栖殿。悪いんだけどさ、ちょっと呼んできてくれないかなぁ?」

「あの、お兄ちゃん、じゃない渡里先生はちょうど出張に行ってしまって……」

「え!?もしかしていないの!?」

 

コクリ、とみほは頷いた。

なんともタイミングの悪い話だが、兄はついさっき出立してしまっていた。

今頃はチャーターしたヘリで陸へと向かっている最中だろう。

生憎帰港日は、まだ先なので。

 

「うーん、そっかぁ……それは弱ったなぁ。ちゃんとアポ取っとけばよかったなぁ」

「……渡里さんのお知り合い、なんですよね?」

 

頭を掻く女性に、華が静かに問うた。

すると女性は眉をピンと跳ね上げて答える。

 

「まぁ、そんなところかな。お友達って言うほど親しいわけじゃないし」

「でしたら、どういうご用件がお聞きしても良いですか?渡里さんには後でお伝えしますけど……」

「あー、うん。ごめん、ありがたいんだけど、直接じゃないとダメなの。あんまり人に聞かせられない話でね」

 

人に聞かせられない話。

そう言われては、こちらとしてはそれ以上踏み込むことができない。

華も「そうですか」と言って、引き下がった。

 

「渡里君はいつ帰ってくるのかな?」

「えっと、明日には帰ってきます!早ければ夕方くらいには!」

「んー、そう。ありがとう。じゃあ一応私が来たってことだけ伝えといてくれる?」

 

コクリ、とみほ達は頷いた。

素直な反応に気を良くしたのか、彼女は笑みを浮かべて言った。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が来た―――彼にはそう言っておいて」

 

 

身体が、硬直した。

耳から入ってきた情報を、脳が処理できず滞留しているような感覚がある。

しかし大学選抜時代という言葉が意味するところを、みほはそれでも理解していた。

 

「じゃあよろしくねー」

「あっ――――」

 

彼女が立ち去ろうとする。

それはそうだ。もう彼女に、ここに留まる理由はない。

部外者だし、あんまり長く居座るのも良くないと思ったのだろう。

 

みほは反射的にその背中に声を掛けようとし、そしてすぐに自分が何をしようとしているのか分からなくなってしまった。

呼び止めようとしたのだろうか。果たして、なんのために。

 

そうやってみほが考えている内に、突然現れた彼女は、風のようにいなくなった。

跡形もなく、まるで夢幻だったかのように。

 

「………なんか、不思議な人だったね」

 

沙織のその一言が、全てを表してるような気がした。

 

「大学選抜時代ということは……あの人は神栖殿が大学選抜のコーチをしていた時の選手だったんでしょうか?」

「そうだろうな」

「でも……気になる事を言ってませんでしたか?噛み付いた、とか……」

「どういう意味だろね?」

「さぁ……」

 

少なくとも今は、兄と彼女にしか分からないことなのだろう。

 

しかしなんとまぁ、妙な星の巡りもあるものだと、みほは思った。

兄に大学選抜時代の話を聞こうとしたその日に、その時代の関係者が兄を訪ねてくるとは。

もしこれが神様の仕業だとすれば、一体どういう意図があってのことなのか。

 

「西住ちゃん。今誰か来てなかった?」

「ひゃっ、か、会長……」

 

そしてまたもや、唐突に人が現れる。

 

赤い髪をツインテールにした、小柄な女子。

けれどその実、この大洗女子学園において最も位の高き人。

生徒会長、角谷杏が、気配もなくみほの後ろに立っていた。

 

「えっと、渡里先生の関係者?らしい人が……」

「渡里さんの?女の人だったけど、まさか元カノとかじゃないよねー?」

 

角谷杏とは、常に人を喰ったような……とは言わないまでも、悠々とした態度を崩さないため、こういう冗談っぽい言葉も、逆に冗談に聞こえなくなることが多々あった。

 

「も、もももも元カノぉ!?」

「落ち着け、沙織」

「ち、違います!……た、多分」

 

みほは強い口調で否定する一方で、ちょっと弱気になった。

大学選抜時代の教え子?というのは間違いないだろうが、そこから三歩ほど進んだ関係かどうかは、実は分からない。

可能性の話として、なくはない話である。

 

「大学選抜時代にどうとか仰っていたのですけど……」

「――――――あぁ、なるほど。そりゃ間違いなく元カノなんかじゃないね」

 

途端、角谷の表情はみほ達が見たことのないものに変貌した。

 

そのあまりの変化に、みほ達は面を食らった。

もし角谷が一人の高校生としての顔と、大洗女子学園を統べる生徒会長としての顔の、二つを使い分けているのだとしたら、今この顔は後者のものなのだろうか、とみほは思った。

 

「その人、また来るって?」

「え、あ、い、いえっ。会いに来た、ということだけ伝えてほしいって」

「そっか、そっか……うーん……ま、いっか」

 

どうにも角谷の中では一つの答えが出たらしかった。

それが何なのか、みほ達には皆目見当がつかないけど。

 

「あの、角谷会長は何かご存知なのでしょうか?」

「んー?なんのこと、五十鈴ちゃん」

 

神栖渡里のことか、はたまた彼女のことか。

いやあるいは、それらは根っこでは一つのものなのか。

そのいずれをも、角谷は知っている。

 

「渡里さんが大学選抜のコーチをしていたという話は知っています。それが、()()()()()()()()()()ということも。先ほどの人は、きっとそれに関係しているんですよね」

「………まぁね」

 

いつもの不敵な笑みを、角谷は浮かべた。

しかしその目は笑っていなかった。

 

「――――渡里さんを大洗女子学園に招いたのは私だ」

「……はい、存じております」

「じゃあ、数多いる戦車乗り中から、よりにもよって渡里さんを選んだ理由はなんだと思う?」

 

決して、くじ引きなんかで選んだわけじゃない。

角谷杏は、明確な理由を以て、神栖渡里を選択した。

 

「今でこそ渡里さん以外はない、と思うけど、最初からそうだったわけじゃない。実績とか実力とか、後は受講者たちとの相性とか世間体とか、そういうのを含めて考えると、実は渡里さんより相応しいと思った人はたくさんいた」

 

それでもなお、選ばれたのは神栖渡里だった。

果たしてその理由は?

 

問われずとも、もう話の流れでわかる。

角谷杏が神栖渡里を選ぶ決め手となったものこそが、

 

「大学選抜時代、渡里さんが()()()()()()()。それを知ってたから、私は渡里さんを選んだんだ」

 

剣呑な光を灯した目が、みほ達を射貫く。

チームメイトとしてではなく、上に立つ者として角谷は正対していた。

 

「渡里さんはそれを教えなかった。いや、というよりは『聞かない方がいい』って言ったんじゃない?」

「……はい、仰る通りです」

「でも西住ちゃん達はそれを知りたいんだ?」

 

試すような視線だった。

言い方は違うが、角谷もおそらく兄と同じ忠告をしてくれている。

片や大人として、片や生徒会長として、みほ達を守ろうとしてくれているのだろう。

引き返すなら今だぞ、と。

 

「―――聞きたいです。聞かせてください」

 

けれどみほの心は既に決まっている。

 

「お兄ちゃんがどんな道を辿ってきたのか、それを知りたいんです」

 

兄の口からでも、誰の口からでもいい。

あの人が見てきたものを、みほは知りたい。

 

「――――他の皆は?」

「―――私も、みほさんと同じ気持ちです」

「お互いの事を知るのは大事だもんね!将来的に!」

「どうせなら知っておきたい」

「皆さんがそう言うなら私も!」

 

あんこうチームの言葉に、角谷は短く息を吐いた。

そして瞳からは、剣呑な光が消えた。

 

「かーしまー!」

「はっ、なんでしょうか会長」

「ちょっとあんこうチーム借りるから、練習は西住ちゃん達抜きでやっといて」

「……え、か、会長!?」

「頼んだぞー。じゃあ行こっか」

 

角谷が踵を返す。

向かう先を戦車を格納してある倉庫から、校舎の中、誰にも聞かれない場所(生徒会室)へ。

 

 

そしてみほ達は、神栖渡里の過去を知る。

 

 

 

 

大学選抜は、ごく最近だが大規模な組織改革を行った。

これは一般の戦車乗りの知るところではなく、それこそ西住みほの母や、戦車道協会の上層部といった、戦車道界でも上位の人間のみが知るところである。

 

外部に向けては、プロリーグ設置に向けた日本戦車道振興策の一つとされており、おそらくは今代の大学選抜の選手達も同じような説明をされているだろう。

『これからの日本戦車道を支えるのは、若い世代。若手の育成なくして、戦車道の未来はない』、という甘く輝かしい言葉によって。

 

さておき、それは重要な事ではない。

今注目すべきは、大学選抜は組織改革によって、その歴史にターニングポイントが設置されたこと。

つまり組織改革以前の大学選抜と、以後の大学選抜の二つがあり、

 

「渡里先生はその前者に属していて、後者にはいないってこと」

「はぁ…それは、まぁそうですよね」

 

沙織は曖昧に頷いた。

同意、というよりは「それがどうかしたのか?」という疑問の意味合いが強い風に見える。

 

「じゃあそもそも、何で組織改革が行われたと思う?」

「それは、戦車道振興のため……と仰っていましたけど」

「表向きはね。本当の理由は何か、っていう話だよ」

 

本当の理由。

そんなもの、一つしかないだろうとみほは思う。

 

「なにか、不祥事があった……」

 

公明正大な理由があっての改革なら、寧ろ世間に向けて大々的に広告するだろう。

そうでないと言うのなら、それはそのまま後ろめたい事があったということに他ならない。

 

「その通り。それを隠すために、戦車道振興なんていう嘘をついたってわけ」

「……え!?ちょ、ちょっと待ってください!じゃあもしかして渡里さんが……」

 

その不祥事を起こした張本人。

驚く沙織の言葉の続きを、誰もが正確に予測した。

 

しかし角谷は、首を横に振ってそれを否定する。

 

「不祥事の原因は、当時の大学選抜の監督だよ。渡里さんはコーチ。全然違うでしょ」

 

一同は胸を撫で下ろした。

まぁよくよく考えてみれば、あの人がそんな戦車道を裏切るような真似をするはずがない。

 

「では不祥事というのは?」

「んー、そうだねーどう説明しよっかなー」

 

ソファに背中を預け、角谷は天井を仰いだ。

そしてうーんと思案すること数秒、唐突に彼女は言った。

 

「西住ちゃんさー、黒森峰に一軍とか二軍とか、そういうのってあった?」

「えっ、それは……ありましたけど……」

 

人数が多い戦車道強豪校では、そういう分け方は普通にされている。

黒森峰ならず、確かサンダースでも三軍まで設置されていると聞いたことがある。

というか戦車道に限らず、何かしらスポーツで有名な学校では当たり前の事ではないだろうか。

 

「うんうん、そりゃあるよね。大学選抜もね、例外じゃなかった」

 

角谷の指が踊る。

まるで魔法使いが杖を振るうかのような手ぶりと共に、角谷は言葉を続けた。

 

「大学選抜じゃ、各役職に分かれて、順位がつけられてたんだ。砲手の一位、装填手の二位、操縦手の三位って感じで全部縦一列に。そして、チームを作る時はそれを横で結ぶんだ」

 

そうすると各役職の一位(トップ)が集まったチーム、三十位(ビリ)が集まったチームといった具合に三十個のチームが出来上がる。

 

「色々賛否はあるだろうけど、まぁ効率的だよねー。分かりやすく強いチームと弱いチームができるし」

「そう、ですね」

 

チームの作り方はそれぞれだ。

大洗女子学園は偶々仲の良い者同士が集まってチームを作っているが、当然そうじゃないチームもたくさんある。

寧ろ大学選抜のような、完全実力順で作られるチームの方が多いかもしれない。

 

そこに良し悪しも優劣もないのだ。

だって一番強いチームの作り方なんて誰も分かりはしないから。

強い人を集めたら強いチームができるというほど、戦車道の世界は単純じゃない。

 

「それでね、そうやってできた一位から十五位までの集まりをAチーム、十六位から三十位までの集まりをBチームとした。まぁ単純な分け方だよ」

 

前者が一軍、後者が二軍ということか。

此処まで聞いた感じ、別におかしなことはない。

普通に普通のことをやっているだけだ。

 

「ところでさ、一軍と二軍の違いって何だと思う?」

「違い……ですか?それはやっぱり、実力でしょうか」

 

一軍は最精鋭で、二軍以下はその控え。

一軍より強い二軍はいないし、二軍より弱い一軍はいない。

二つを明確に分かつものといえば、みほはやはり実力が真っ先に出てくる。

 

「それだけ?一軍だけが得られる特権とか、そういうのはなかった?西住ちゃんも一軍だったんでしょ?」

「そ、そんなのありません!」

 

後は何も二軍と変わらない。

寧ろ変わっていてはいけないのだ。

だってそうじゃなければ、それは()()になってしまう。

 

確かに、試合に出られるのは一軍だけで、言ってしまえばそれこそが一軍だけが得られる特権かもしれない。

でもそれ以外は平等だ。同じ時間、同じ権利、同じ環境が等しく与えられている。

その中で競い合い、一軍の座を取り合う。

そうでこそ、その席に座れなかった者は、席を勝ち取ったものを素直に応援することができる。

 

『平等じゃない』は言い訳になってしまうし、それは結果としてチームの強度を下げてしまう。

それが解ってるから、誰もが決して差別をしようとしない――――

 

 

「―――――大学選抜にはね、それがあったんだ」

 

 

―――――はずだった。

 

「まぁAチームに特権が与えられたというよりは、Bチームから人権が奪われたって言った方がいいのかな」

「じ、人権って……」

「そのままの意味だよ、武部ちゃん」

 

驚愕に顔を染める沙織に、角谷はあまりにも平然として告げた。

 

「Bチームの選手はね、自由と尊厳を奪われたんだ。あらゆる雑用を押し付けられ、Aチームの世話をさせられ、少しでも反抗的な態度を見せれば、気に食わないと物を投げつけられることも珍しくなかった……ただ、弱いという理由だけで」

「そんな……そんなの酷すぎます!」

 

優花里の眉が逆八の字を描く。

 

「同じ選抜のチームメイトなのに……」

「そうだね。でも、これは事実だよ。公になっていないだけで、チーム内では当たり前のように行われていた事だった」

「……なんでそんなものがまかり通るんだ。渡里さんがコーチをやっていたなら、そんなことは絶対させないはずだが」

「その時は渡里さんじゃなくて別の人がコーチをしてたんだって。……まぁ誰がいても同じだったと思うけどね」

「なぜでしょうか?指導者という立場であれば、そんなことすぐにでも辞めさせることができたはず――――」

 

 

「だってそんな風にしたの、大学選抜の監督だもん」

 

 

そんなことがあり得るのか、とみほは耳を疑った。

選手達が暴走した結果の横暴であれば、それはまだ分かる。

力に溺れて我を失うなんてことは、よくある話だから。

 

けれどよりにもよって指導者が、それを率先して行ったなんて。

一体なんのために。

何がしたくて。

そんな酷いことができるのか。

 

「言ったでしょー、不祥事の原因は監督だって……あえて名前は言わないけど、()()()が監督になってから大学選抜は変わった。和気藹々と互いに切磋琢磨できていたチームは、完全実力主義になり、強い者だけにあらゆる権利が与えられ、弱者はただ虐げられるだけの存在になったってわけ」

「………どうして」

 

ポツリ、とみほの口から言葉が零れた。

それはさながら、満杯の器から水滴が落ちるようであった。

 

「どうして、その人はそんなことをしたんですか……?」

「――――王様になりたかった。ただそれだけだよ」

 

心底つまらないものを見るかのような口調だった。

勿論角谷の瞳が映しているのは、みほ達ではなく、ここに在りはしない者の姿である。

 

「大学選抜っていう国の全てを支配して、好き勝手やりたかった。だから強い奴(Aチーム)に特権を与えた。そうやって甘い蜜を吸わせてやれば、Aチームは従順な犬になる。結果としてBチームからは反感を買うだろうけど、一番強い奴等(Aチーム)は自分の味方なんだから、そんなの痛くも痒くもないよね」

 

巧妙な手だ、とみほは思った。

もしBチームの不満が爆発し、反旗を翻したとしても、Aチームには勝てない。

なぜならAチームは、その強さの対価として特権を賜った者であり、Bチームはその弱さの罰として虐げられた者だから。

 

そしてそうやって搾取される側とする側がいる限り、支配体制が崩れることはない。

()()の独裁は、盤石であり続ける。

 

「そんなのがずっと続いたんだ。Bチームの中には戦車度を辞めようとした人も相当いたらしいよ」

「……ん?()()()()()()()?ってことは実際は辞めなかったんですか?」

「うん。最終的には全員大学選抜に残ったよ」

「な、なんでですか?」

 

それは変だ。

戦車道を辞める、とはいかないまでも、大学選抜に残る理由はないだろう。

別に大学選抜じゃないと戦車道ができないわけでもないのに。

 

「監督がね、島田流の関係者だったらしいよ」

 

その名前は、特にみほにとっては深い縁を持つものだった。

 

「西住ちゃんは知ってるよね、島田流」

「……はい」

 

島田流。

それは西住流と対を成す、もう一つの最大流派。

あらゆる意味で西住流の対極にある、もう一つの最強。

 

「その島田流?がどう関係あるんですか?」

「皆、大学選抜から途中下車して島田流に目を付けられるのが怖かったんだ。もしそうなれば、この先まともに戦車道ができるかどうかも分からない。本当はそんなことないとしても、そう思い込ませるだけの力が、島田流にはあった」

 

それはあまりにも辛い二者択一。

日々虐げられながらも、それを我慢して未来を取るか。

戦車道ができなくなる未来を選んででも、現状から逃げ出すか。

 

そのどちらかをBチームを迫られ、そして全員が前者を選んだ。

すなわち、()()の独裁の存続を。

 

「だから誰も逃げれなかったし、口外することもできなかった。Bチームに出来たのは、ただただ我慢することだけ。自分が引退する、その日までね」

 

八方塞がり、というのは正にこういうことを言うのだろう、とみほは思った。

反逆の芽はあっても開花することはなく、外部とは完全に断絶され、助けが来ることもない。

あまりにも綺麗に作られた独裁体制だ。

 

状況を打破するには、Bチームが立ち上がるしかない。

そしておそらく、それが分かっていたからこそ、()()は真っ先にBチームの心を折っている。

決して褒めるつもりはないが、その()()は支配の仕方を良く知っている。

 

「……わかった」

「へ?どしたの麻子」

「渡里さんが大学選抜で何をしたのか、だ」

 

麻子が静かに言う。

その傍らで、みほもまた麻子と同じ答えに行き着いていた。

 

『大学選抜の半数を率いて、もう半数を叩きのめした』、という兄の話が、今ようやく鮮明に浮かび上がる。

つまり兄は、

 

「その差別をなくそうとした……」

 

みほの言葉に、角谷の口角が吊り上がった。

それが同意を表していることは明白だった。

 

みほの知る兄であるならば、当時の大学選抜は決して容認できるものではなかったはずだ。

何よりも戦車道に対して誠実だからこそ、その戦車道が間違った使い方をされるのを黙って見ていられない。

話し合いで、それが無理なら力づくで、戦車道を本来あるべき姿に正そうとするだろう。

誰にも、何にも折れず曲がらない、鋼の意志を以て。

 

「それまで大学選抜にいたけど、直接指導に関わることはなかった渡里さんがBチームのコーチになったのは、差別が横行してからしばらくしての頃。ずっと『コーチやらせろ』って催促し続けて、ようやく口利きしてもらって就任したんだって」

「とても渡里さんらしいですね……」

「Bチームの人達にはあんまり歓迎はされなかったらしいけどね」

「そうなんですか?神栖殿の実力であれば寧ろ……」

「いやいやー、だって当時の渡里さんの年齢21とかその辺だからねー。ほとんど同い年の人がコーチだって言われても、正直微妙でしょ?」

 

確かに、とみほは思った。

年下のコーチなんて、普通に受け入れられるわけがない。

 

「それに加えて渡里さんは男性だったしね。それだけでもちょっと疑うのに、諸悪の根源である監督も男性だった大学選抜じゃあ尚更ね」

「あぁ……それは……」

 

兄が悪いわけじゃない。

けど「自分達をこんな目に遭わせた人間と同じ属性を持っている」というだけで、Bチームの人達にとっては充分信用ならなかったんだろう。

それもまた、仕方のないことではある。

 

「まぁ、開幕に『ひどい負け犬の匂いがするなぁ。一緒にいるコッチまで辛気臭いのが伝染るわ』って言った渡里さんも大概だけどね」

 

それは兄が悪い。

いや何してるんだろう、あの人。

およそ考え得る中で最悪の選択肢をヘッドスライディングしながら両手で掴みにいってるレベルなのだが。

 

「負け犬……あの、もしかしてさっきの人は―――」

「あ!そういうこと!?」

「Bチームの方だったのかもしれませんね」

「だとしたら用件は怨恨か何かか」

「ま、麻子さん……」

 

しかし強ち否定できないみほであった。

一番噛み付いた負け犬、とわざわざ自分で言うくらいだし、相当強い感情を持ってることは間違いない。

 

「まーそれはどうだろね?渡里さん、形はどうあれ一応はBチームを救ったわけだし」

「……ということは、渡里さんは」

「うん。紆余曲折はあったけど、Bチームと一緒に戦い、Aチームを倒した。実力が全てだった大学選抜において、これ以上ないくらい完璧な下克上ってわけ」

 

強いから、という特権の支柱を失った以上、Aチームはこれまでと同じように振舞うことができない。

そしてAチームとBチームの力が同一になったことで、()()の支配体制も崩壊する。

 

「そこからはもうあっという間。瞬く間に()()の悪行は広まって、大学選抜は改革のメスを入れられることになった。当然、()()は責任を取らされて失脚(クビ)。Aチームも同じように除名処分された」

「大学選抜の悪行に関わった人間は全員いなくなったわけか」

「じゃあ大学選抜も元通りになったんですね!」

 

諸悪の根源も、その恩恵を受けた者もいなくなり、残ったのは正しい心を持った選手(Bチーム)コーチ()のみ。

悪は滅びて善が勝つ、お手本のような勧善懲悪ではないだろうか。

 

何が聞かせづらい話、だ。

確かに差別とか特権とか、あんまり気分の良くない単語が出てきたけれど、最終的には善き結末を迎えているのだから、隠すようなことでもないだろうに。

 

寧ろみほは、兄がみほの知っている姿から今も昔も変わってない、ということを知ることができて良かった、とすら思っている。

 

(あ、だから話したくなかったのかな)

 

()()()()()()()を見せたくなかった、ということか。

まったく、変な所で恥ずかしがり屋なんだから―――――と、みほが思った、その時。

 

 

「――――――じゃあ、渡里さんは何でここにいるんだろうね」

 

 

角谷の静かな、それでいて鋭い一言がみほ達を襲った。

沈黙が、場を支配する。

 

角谷の言葉は理解していた。

その上でみほ達は、出すべき言葉を失っていた。

 

「西住ちゃん達さぁ、一つ勘違いしてない?」

 

角谷の声色が、変貌する。

それはおそろしく冷たい色だった。

 

「改革、だよ?改造じゃなくて、改革。ちょっと手を加えて直すとかじゃなくて、一から作り直すんだ」

 

背筋が温度を失う。

だというのに汗が零れ落ちそうになる自分がいた。

それは角谷の次の言葉を、正確に予知してしまったからだろうか。

 

一言、放たれる。

 

 

「なら()()()()()()()()は、全部いらないよね?」

 

 

 

 

 

 

みほは夜を歩いていた。

戦車道の練習終わりは、いつもこんな時間だった。

 

帰り道に、みほは色んなことを考える。

晩御飯はどうしようか、とか、明日の宿題まだやってないな、とか。

そういったことをツラツラと考えながら、ゆっくりと歩いて帰る。

 

けれど今日は違う。

みほの頭の中では、角谷の話がずっとリフレインしていた。

 

『改革を掲げる以上、先代のものは何一つ残してはいけない。例えそれが、悪を討った善だとしても』。

 

そんな理由で、兄は大学選抜を除名されることになる。

その説明を聞いて、みほは一つ思い出したことがあった。

 

それはずっと前に優花里に聞いた話。

兄が大学選抜にいたという情報が、根こそぎ消去されていたという事。

アレもまた、改革の過程で行われた、野焼きの一つだったのだろう。

 

「…………」

 

兄は、何一つ間違ったことはしていない。

正しい価値観と正しい行動を以て、悪を正した。

それは絶対に、褒められるべきことのはず。

 

なのに兄は、戦車道を奪われた。

正しい事をした対価として、何よりも大事なものを失った。

 

兄は、それを理解していたのだろうか。

それとも、知らなかったのだろうか。

 

どっちにしても残酷だ。

一体誰が、そんなことを兄にさせたんだ。

 

『私はこの件について、渡里さんと当時Bチームにいた人の、両方から聞いた。そして一つ気づいたことがある』。

 

角谷は話の最後に、一つの推論をみほ達に披露した。

 

曰く、これらの一連の騒動は、ある者によって仕組まれたものである。

その者の目的は、()()と同じく大学選抜を掌握すること。

しかし直接的にではなく、管理という形で支配することを望んでいた。

 

そのためにその者は、神栖渡里を大学選抜のコーチにした。

その者は神栖渡里の性格をよく知っていて、神栖渡里が大学選抜の現状を受け入れることができず、間違いなく打破するであろうと確信していたから。

そして結果、神栖渡里はその者の予想通り、()()を叩きのめし、改革への道を拓いた。

 

ならば次はどうするか。

大学選抜をその手に収めるためには、自らがそのトップの座に着かなければならない。

そのためには、自分に逆らう可能性のある者、自分より求心力のある者を全て排除する必要がある。

 

それこそが、神栖渡里だった。

大学選抜の改革という名目に託けて、その者は神栖渡里を大学選抜から排除した。

そして残ったのは、自分の裁量で好きな色に染め上げることができる、真っ白な大学選抜。

その者は、ただの一度も表舞台に出ることなく、一度も自分の手を汚すことなく、誰もを掌の上で踊らせて、自分の目的を完璧に果たしたというわけだ。

 

畢竟、神栖渡里は利用されたのだ。

目的を達成するための、都合のいい駒として採用され、使われ、そして最後には捨てられた。

おそらくは、戦車道を餌にされて。

 

「…………」

 

誰がそんなことをしたのか。

()()()とは一体誰なのか、と聞いたみほに、角谷は短く答えた。

 

――――この騒動で、一番得をした人だよ。

 

その人が、兄を利用した人。

 

兄を大学選抜に招いて。

兄を大学選抜のコーチにして。

そして兄を大学選抜から追放した。

 

それが誰か、みほは既に思い当たっていた。

 

「………」

 

けれど、それだけだった。

勿論怒りは、ある。

大好きな兄がこんな形で利用されて、その挙句に捨てられたなんて、例えどんな理由があろうと、みほは決して認めることができない。

 

けれどそれ以上にみほの心を占めていたのは、一つ。

角谷が兄から聞いたというある言葉が、その怒りを打ち消していた。

 

 

「『俺は戦車道の女神に嫌われている』……」

 

 

みほは夜空を見上げた。

そこには微かに瞬く、星々の輝きがある。

 

兄にとって戦車道とは、あの星々と同じようなものなのだろうか。

自分にはこんなに綺麗に見えるものが、兄には違う風に見えているかもしれないことを、みほはこの日初めて知った。

 

 

 

 

 

 




〇3分でわかる35話まとめ

オリ主を大学選抜に招いた人:島田流家元。島田○○○の母。今回の話のキーパーソン。
「娘のために大学選抜という日本でもトップクラスの環境を与えたい。っていうか娘の実力的には大学選抜くらいが適正」
という考えの元、大学選抜GETだぜ!作戦を敢行したただの子煩悩。
話がみほ視点で進んだため悪者っぽく見えるが、実際は悪くない人。良い人ではない。

「監督」:島田流の分家の人間。
島田の名前を使って大学選抜を我が物にしていたところ、「分家とはいえ仲良いわけじゃないし、何より大学選抜をGETするには邪魔」ということで、島田流家元の策略により全てを失った。自業自得。
ちなみにプロローグでオリ主と戦っていたのはこの人。
結果は知っての通り、ボコボコのボコ。テーマは「分かりやすい悪役」。

オリ主:戦車道に釣られて島田流家元の策略の片棒を(知らないまま)担がされた。
まぁ知ってても同じことをしたので、結果は一緒。
一応島田流家元から「その気があるなら再雇用するけれど?」と言われたが断ったため無職に。ここからなんやかんやあって大洗女子学園に講師として招かれることになる。


それでは次回、36話「ひねくれチューリップ帽子と会いましょう」にてお会いしましょう。







▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。