戦車道素人集団を優勝へ導く138の方法   作:ススキト

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全ては「クールキャラが最も輝く瞬間とは」という疑問から始まった。

というわけでダー様、カバさんチームと並ぶ「三大書くの難しいキャラ」の一角、カンテレスナ〇キンの登場です。

まじなんなんだよこいつもっと普通に喋れよキャラ崩壊させないのめっちゃむずいんだよそういうところも好きだけどさぁ。






第36話 「ひねくれチューリップ帽子と会いましょう」

ヘリを降りて、地を踏み締める。

人工の大地ではなく、地球そのものである大地の感触は渡里にとって随分久しぶりで、知らずその頬が緩んでいた。

 

学園艦が嫌いなわけでも、海が嫌いなわけでもない。

潮風の匂いも揺蕩う波の光景も、渡里には十分楽しめるものだ。

でもそれでも、渡里は()()()の方が性に合ってる気がした。

 

それもそうか、と渡里は思った。

 

みほや沙織と違って、渡里はまだまだ学園艦に乗ってない月日の方が長い。

サンダース大付属にいた時で二年。

大洗女子学園にやって来てから今に至るまでで、三ヶ月。

合計しても、彼女たちの三分の一程しかない。

 

たったそれだけの時間でも馴染んでしまえる人は、多分たくさんいる。

でも渡里はそうじゃない。

ということはやっぱり、渡里は陸の上の方が合ってる人間なのだろう。

 

(んー、意外と早く用事が終わってしまった)

 

今回の出張の目的は、最後の二回戦の偵察である。

しかしどうせ学園艦を降りるなら、ということで、ついでに済ませてしまおうと色々な予定を纏めていたわけだが、渡里の予想に反してそれらは滞りなく終わった。

 

その結果、現在時刻は午後3時。

何かするには遅いが、何もしないには早い、というとても中途半端な時間に、渡里は二回戦の試合会場に着いてしまった。

 

(ホテルは……うーん、時間が勿体ないよな)

 

試合開始は翌日。

所謂前入りというやつをやってみたわけだが、こんなことになるならやめとけばよかった、と渡里は少し後悔した。

他の予定との兼ね合いやヘリの都合も考えて一泊二日にしたわけだが、どうも裏目である。

 

やることがないならさっさと宿泊先にチェックインして、引き篭もればいいかもしれないが、スイッチさえ入れば結構アクティブな気質の渡里にとっては、それはあんまりよろしくない。

 

かといって試合会場は立ち入り禁止。観客席くらいまでは入れても、実際に戦車が走る戦場を見ることはできない。

だから下見は不可能で、加えてこの辺りは別に観光地というわけでもないから他に見るものもない。

まぁ探せば色々あるのかもしれないけど、少なくとも探してまで観光したいという気持ちではない。

時間はあるが、暇つぶしの為ならなんでもする、というわけじゃないのだ。

 

(仕方ない。我慢してホテルで寝るか)

 

携帯を取り出し、地図アプリを起動して、ホテルへの道を検索する。

どうせならできるだけ何かありそうな道を通ろう、と渡里は思った。

多少の遠回りは、この際目を瞑って。

 

 

 

 

テク、テク、テク、と。

辺りを見回しながら町を歩く。

 

すれ違う人と時々目が合えば会釈して、ショーウィンドウに飾ってある商品を別に興味もないのに見たりして、美味しそうな物が売ってあればちょっと買いたくなっちゃって。

 

そんな風に、なんでもないように歩く。

 

そうしていると、渡里は少し昔を思い出す。

大学選抜を辞めてから、大洗女子学園の講師になるまでの、一年を。

 

その一年を一言で言い表すなら、旅。

日本全国をあてもなく、風の行くまま気の向くまま、フラフラと巡るだけの、そんな一年だった。

風来坊、と言うんだろうか。でも、そんな格好の良いものではなかったかもしれない。

ただ無気力で、やる事が無くて、けれど何にもできない自分には耐えられなかったから、とにかく動いていたかった。

足から生える根が地面と結びついて、動けなくなってしまわないように。

そうなってしまったら、きっと自分はもうどこにも行けなくなると、そう確信していたから。

 

なんとなく、いい旅だった気はしている。

今まで知らなかったものをたくさん見て、聞いて、嗅いで、触って、味わって。

戦車道しかなかった神栖渡里という人間に、たくさんの色が入った。

 

人との縁も増えた。

老若男女、様々な人と数え切れないほど出会った。

中にはまぁ、そんなにいい出会いじゃなかったものもあったけど、それもこれも貴重な経験。

きっと、人間的にはとても豊かになれたと思う。

 

けれど結局、渡里の心が満たされることはなかった。

人の優しさも、施しも、痛みも、悲しみも、喜びも、怒りも、醜さも、美しさも、何もかもも、心にポッカリと空いた穴を埋めてはくれなかったのだ。

 

別に感情を失ったわけじゃないし、自棄になったわけでもない。

人に優しくされれば嬉しいし、逆に優しくしてあげたら良い気分になる。 

変な目で見られたらムッとすることもあるし、時々悲しくなったりもする。

人並みの情動はちゃんと持ってる。

 

しかし渡里の中から、寂しさがなくなることはなかった。

何をしていても、どんな時でも、ずっと寒かった。

戦車道がない世界は、渡里にとって余りにも暖かさに欠けていた。

 

我ながらよく耐えたものだと思う。

あんまり考えたくないが、大洗女子学園から戦車道講師の要請がなかったら、果たして自分はどうなっていたのだろうか。

 

角谷から講師の話を聞かされた時は、敢えて乗り気じゃない風を装ってみたが、角谷から「じゃあ他当たりますねー」と言われたら、その場で何の躊躇いもなく土下座しただろう。

それくらい戦車道に飢えていたのだから、あのまま旅人を続けていたらと考えると、ゾッとする話である。

 

(そういや、見抜いてた奴がいたっけか)

 

そんな渡里の状態に気づいていた人間が、一人いた。

状態というよりは本質と言うべきかもしれないが、とにかく戦車道がなければダメという渡里の基本骨子を会って直ぐに見抜いた人間が。

 

思い出しても、変わった奴だったと思う。

なんというか、とにかく捻くれている奴で、日本語の表現力と難解さを体現するような困った性格をしていた。

 

旅の最中、いろんな人に出会ったが、アレより強烈な奴もそうそういなかったと思う。

未だに顔と声、それから初めて会った時のことを鮮明に思い出せるし。

 

(無駄に美少女だったんだよなー)

 

ちゃんとした格好をして街を歩けば、すれ違う男共の視線を独占するような、そんな少女だった。

ただ当然、口を開かなければという条件がつくが。

あと格好も普段のままじゃダメだろうな、と思う。

別に変じゃなかったが、普通でもなかったのだ。

 

上はジャージ、下はスカート。

小脇には楽器を担いでいて、頭の上には変な縞々の帽子。

 

いくら美少女でも、そんな恰好をしてるのでは流石に声は掛けづらいだろ、と渡里は思う。

なんとなく、記憶に焼き付いている理由の大半は、彼女の見た目にあったような気がしてきた。

 

(特にあの帽子……アレなんていうんだろうな……ドアノブカバーみたいなやつ)

 

正式名称あるんだろうか、と何気なく考えていた、その時だった。

 

――――ふと、視界の端に渡里はソレを捉えた。

 

振り向き、視線を注ぐ。

そこにあったのは、白と水色の縞々。

妙に背の高い形をした、変なデザインの帽子。

 

しかし紛れもなくそれは、渡里の頭の中にある像と一致する形。

 

(あーそうそう、これこれ。こんな形してたわ)

 

値札の所に名前とか書いてないだろうか、と手に取って確認しようとする渡里。

その視界に、()()の姿は映っていなかったのだろう。

 

 

「いきなり頭を撫でようとするなんて、随分情熱的になったんだね」

 

 

なぜならその声を聞いた時、初めて渡里はその帽子が店頭に飾ってある売り物ではなく、人が被ってあるものだと気づいたのだから。

 

「でも、できればもっと暗くなってからにして欲しいな」

「………うわ」

 

記憶の中の映像が、現実とリンクする。

まるで投影でもしたかのように、頭の中の彼女は渡里の視線の先にいた。

 

水色を基調としたジャージと、ダークグレーのスカート。

アッシュのロングヘアと、端正な顔立ち。

そして膝の上に乗っかった、珍しい種類の楽器。

 

「―――――渡里さんが我慢できないと言うなら、別にいいけどね」

 

ミカ、という呟きが、虚空に溶けて消えていく。

彼女はにっこりと、典型的な美少女の顔をして笑った。

 

 

 

渡里が彼女と初めて出会ったのは、とある森の中であった。

 

いや、別に富士の樹海よろしく自殺しにいったわけじゃなく、なんとなく「おにぎりって森の中で食べたら遠足みたいな気分になって美味しくなるのでは」と思い至ったからなのだが。

今考えると自分でも結構頭おかしいな、とは思う。いや思いつくだけならまだ良いかもしれないが、それを実行に移した辺りがヤバイ。

けどまぁ、まともな思考回路をしてたら旅なんてそもそもしてないし。

 

ともかく、そうしてコンビニ袋を携え、その辺にあった手頃な森へと足を踏み入れて、どうせなら奥の方まで行ってみるか、とテクテクと歩いて進んだ、その先で。

 

渡里は、美しい音色を聞いた。

 

その音がカンテレによるもの、というのは後に知ることだが、ともかくとして渡里はその音を聞いた。

 

芸術はサッパリだが、それでも巧い弾き手だというのはわかった。

これが少しでも感受性の豊かな人間であれば、「踊るような音」だとか「森と調和するような音色」だとか、そういう詩的な表現でその音を評したのだろうが、その時の渡里は「綺麗な楽器の音だ」という小学生以下の感想しか出てこなかった。

 

さてさて、それで渡里がどうしたかというと。

心に穴は空いてても、好奇心が失われたわけじゃない。

あんまり人気のない森の中で、楽器の音が聞こえてきたなら、それはもう音の在処を探すしかないだろう。

 

というわけで、幼少のみほよろしく、吶喊である。

草を踏み分け枝を避け、意気揚々と突き進む。

そして渡里は、間もなくソレを見つけた。

 

「………」

 

水色と灰色と白を足して混ぜたような、そんなカラーリングが施された戦車。

その傍に置かれたテントと、おそらく焚火になるであろう枝の山。

そして、

 

「―――――♪」

 

戦車に腰を掛け、瞑目して楽器を鳴らす、一人の少女。

 

思わず息が漏れそうになったのを、渡里は今でも覚えている。

 

なんとも、ノスタルジックというか幻想的というか、そんな光景だった

森、戦車、少女。

その道の者ならば、大枚を叩いてでも買うような、そんな絵が目の前にあって。

 

「――――♪」

 

渡里の心は、釘付けになっていた。

立ち去ることも、声を掛けることもできず、ただその場に立ち尽くすことしかできなかった。

 

「――――お兄さん」

 

彼女の綺麗な瞳が、渡里を貫く。

楽器に負けず劣らずの美声が鼓膜を打ち、ようやく停止していた渡里の意識が動き始めた。

 

あぁしかし、それでも渡里の身体は未だ停止していた。

なぜなら渡里の心が、彼女の美しい表情に、可憐な仕草に、魅了されてしまっていたから。

 

だから渡里は、ただ彼女を見つめることしかできなかった。

端正な唇から紡がれる言葉の一字一句を聞き洩らさないよう、耳を凝らすしかなかった。

 

息が言葉を成す刹那の間さえも、渡里にとっては永遠のように感じられて。

一刻も早く声を聞きたいと、そう思う自分が既に彼女の虜になっていることを、渡里は今更に理解した。

そしてあまりにも美しい彼女は言う。

 

 

「――――何か食べる物持ってないかな?」

 

 

 

 

 

「――――待って。私はそんなこと言ってないよ」

「俺だってお前の虜になんかなってねぇわ」

 

勝手に過去を改変するな、と呆れた様子をこれっぽっちも隠すことなく、渡里はそう言い放った。

その横で彼女は、ミカは相変わらずのポーカーフェイスを保っている。

出会った時と何一つ変わっていないようで、安心したやらガッカリしたやらの渡里であった。

 

場所は移りて二回戦試合会場の観客席。

本来であれば関係者以外立ち入り禁止のこの場所に、渡里と彼女は我が物顔で居座り、昔話に花を咲かせていた。

 

「それはどうかな?初めて会った時、私の顔を穴が空くくらい見つめてただろう?」

「残念だったな。アレはお前の顔を見てたんじゃなく、お前の後ろにあったBTを見てたんだ」

「隠さなくてもいいんじゃないかな?聞くところによると、私の見た目は渡里さんの好みと一致してるらしいね」

 

どこで聞いたんだ、と内心で渡はため息をついた。

いやもちろん、ミカの言葉が渡里を揶揄うためのものであることは承知している。

彼女は渡里の反応を見たいだけであり、好み云々は実際にどこかで聞いたわけじゃなく、要するに捏造だ。

渡里の好みのタイプは、残念ながら渡里しか知らない、多分。

 

どう対応すべきか、と渡里は思考した。

ただ落ち着いて否定しても、慌てて否定しても、否定した時点でミカの二の矢が飛んでくることは明白。

そうして一度でも防御に回れば、あっという間に主導権を握られ、この嗜虐的な笑み(ドヤ顔)を延々と見せられることになるだろう。

 

いくら聞き心地のいい声だとしても、そんなのはまっぴらごめんである。

 

ならどうするか。

その答えは、既に渡里の中にあった。

 

前に向いていた視線を、横に向ける。

黒い瞳が覗くは、彼女の髪色と同じ色の瞳。

真っ直ぐに見つめて、一言。

 

 

「あぁ、大好きだ」

 

 

白い肌に、朱に染まる。

あえて詩的に表現するならば、白雪から紅玉へ、というところだろうか。

まぁ何にせよ綺麗な事には変わりないが。

 

その様子を見るに、どうやら決定的な逆撃を与えることには成功したようだった。

 

真っ赤な顔。開いた目。真一文字に結ばれた唇。

 

戦車道以外の万事に鈍い渡里だが、流石にこの様を見て何も気づかないわけはなかった。

この少女、間違いなく照れている。

 

「そ、そうかい?あ、いや―――――だろう?」

 

そうしていつものすまし顔を浮かべるミカ。

しかし時すでに遅し。

慌てて顔を取り繕ったところで、その真っ赤な頬っぺたは隠しようがない。

自分がどれだけ致命的な隙を晒したのか、果たして彼女は分かっているのだろうか。

 

「もう少し年を重ねたら、な。悪いけど今は子どもにしか見えねぇよ」

「む」

 

追撃してもいいが、それはそれで面倒くさそうな匂いがしたので、渡里は退くことにした。

とりあえずはこの少女に一杯食わせてやっただけで良しとしよう。

硬直したミカを横目に、渡里は内心で笑みを浮かべた。

 

「……そうやって、今までどれだけのいたいけな少女を揶揄ってきたんだい?」

「バカを言うな。紳士の国に留学してた俺がそんなことするわけないだろ」

「実際に今してるじゃないか」

「いたいけな少女がどこにいるってんだよ」

 

じとー、という視線を感じる。

しかしそんなのどこ吹く風、渡里は喉を震わせて静かに笑った。

悪いが舌戦なら負ける気はしない。

みほ相手ならまだしも、ミカ程度に後れを取る自分ではない。

 

「……どうやらあの頃の純真で素直な渡里さんは、もういないみたいだね」

「そういうお前は一向に変わってないようで何よりだ」

 

不意打ちに弱いところとか、特に。

そう言うとミカは僅かに頬を膨らませて、プイと顔を逸らした。

とりあえず第一ラウンドは渡里が制したようである。

 

ところで純真で素直な神栖渡里って、それ人間なのだろうか。

想像するだけで鳥肌が立つのだが。

 

「大体半年振りくらいか?」

「………四か月だよ」

 

ミカはそっぽを向いたままだった。

そして白い指がカンテレに添えられ、間もなく綺麗な音が響くようになった。

 

ミカと渡里の付き合いは、実は大洗女子学園の面々より長い。

知り合った時期もそうだし、一緒にいた時間もそう。

渡里の記憶が正しければ、確か半年くらいは一緒にいた。

 

断っておくが別に同棲していたとか、そういうわけではない。

ただ大学選抜のコーチを辞めてから大洗女子学園に講師として招聘されるまでの一年、渡里の放浪の旅に半年ほど付き合っていた物好きがいた、というだけの話である。

 

出逢ったのは、本当に偶然。

なんかもう声を掛けずにはいられないくらいの変わり者(ミカ)がいたから、好奇心でちょっと話してみたら案の定すっごい変わり者で、「こいつやべぇ」と速やかにエスケープしようとしたらそのまま纏わりつかれて、そこからあれよあれよと話が進んで一緒に旅をすることになった。

 

渡里に拒否権は、どうやらなかった。

ミカ、そして彼女の仲間たちの言い分は『自分たちの行くところに渡里がいる』であり、決して同行しているわけではなかったそうだが、どう考えても詭弁である。

 

そういうわけでミカ達をお供にするようになって渡里の周りは随分華やかになったわけだが、これがもう一月くらいで「勘弁してくれ」と言いたくなるものだったのだ。

 

確かに、客観的に見れば女子高生を三人も侍らせるという世の男性の浪漫の果てみたいな状況だったかもしれない。

故に渡里に対して「そこ変われ」という男性もいるだろう。

けれどそれは、その女子高生が華や沙織や麻子といった普通の女子高生であった場合の話である。

 

一人、お前本当に女子かと言いたくなる程の野生児。

一人、根は真面目で優しいのだけど凄くお節介な子。

一人、カンテレと帽子が本体の美少女の無駄遣い。

 

果たしてこのメンツを見て羨ましいと言う奴がいるだろうか、いやいない。

キャラが濃すぎて胃もたれする。っていうか実際にした。

 

「アキとミッコは?戦車のお守りか?」

 

いつも傍に控えている仲間がまだ見えてないことを疑問に思い、渡里は少し聞いてみた。

ちなみにアキがお節介の方で、ミッコが野生児の方である。

 

「二人なら食料調達に出かけているよ」

「相変わらずの現地調達か。貧乏学生は大変だな」

 

渡里は喉を鳴らして笑った。

ただの女子高生、それもアルバイトも何もしてない彼女たちは、当たり前だがいつも金欠。

渡里がいた時は多少マシな生活をさせてやれたが、どうやら彼女たちは渡里と別れてからは、渡里と出逢う前の生活に戻ったようだった。

 

件の二人も、おそらくは川で釣ったり、そこらで山菜を採ったりしているのだろう。

 

「そうでもないさ。最近、無料でご飯を食べられるイイ方法を見つけてね」

「あ?……お前、いくらなんでも盗みはダメだろ」

「渡里さんの中で私はどういう扱いなんだい?」

 

そりゃお前、屁理屈捏ねて人の財布から金抜き取っていくような奴だけど。

 

「簡単さ。人生に疲れた大人の男の人に、少しいい思いをさせてあげるだけ。それだけで皆喜んでご飯を恵んでくれるんだ」

 

彼女の瞳が、蠱惑的な色を帯びた。

途端、ジャージを下から押し上げる確かな胸の膨らみが妙な存在感を放つ。

 

「男の人って簡単なんだね。今まで渡里さんしか知らなかったから気づかなかったけど」

 

ずい、と彼我の距離が縮まる。

今度は渡里からではなく、彼女の方から。

 

「ねぇ、渡里さん」

「……なんだよ」

「久しぶりの再会を祝して、美味しい物を食べに行かないかい?」

「そりゃいい。お前が少しでも金を払ってくれるならな」

「悪いけど今は持ち合わせがないんだ。けど―――」

 

声が、近くなる。

それは余りにも妖艶な声色。

甘く、甘く、理性を溶かし尽くす毒が、脳髄に直接叩き込まれる。

 

 

「対価は払うよ。この身体を使って、ね」

 

 

気づけばミカは、渡里の膝へと跨り、その両肩に手を添えていた。

それを無抵抗で受け入れていることに渡里は驚き、また腕が自身の意思に反し、吸い寄せられるように彼女の背へと手を回していた事にも気づいた。

 

「大胆だね、渡里さん。誰かに見られてしまうかもしれないよ」

「……嫌か?恥ずかしがり屋だもんな、お前」

「さっきは不意を突かれただけさ……これでも、覚悟してきたつもりだからね」

 

距離が更に近づく。

お互いの息遣いが感じられるくらい、近く、近く。

 

「目、閉じろ」

「ん――――」

 

思えばミカの顔をこんなにまじまじと見たことはなかった。

けれどこの少女、本当に整った顔立ちをしている。

ちゃんと化粧をすれば、ファッション誌の表紙を飾っていてもおかしくはないだろう。

 

それがこんなにも無防備な姿を晒しているのだ。

さながら毒リンゴを食べてしまった白雪姫というところか。

彼女の場合は紳士な運命の王子様が現れてくれたが、残念ながらここにいるのは赤ずきんすら食らう狼。

 

白い肌。長い睫毛。瑞々しい唇。

それらを視線でなぞり、渡里は欲望を解き放つ。

 

 

 

――――――――――カシャッ。

 

 

 

「………渡里さん」

「ふーん、こうやって写真で見るとお前やっぱ美少女だな」

「渡里さん」

「あ?大丈夫大丈夫。俺SNSとかやってないし、拡散したりしねぇよ」

「渡里さん」

「ところでアキとミッコまだか?早く見せてやりたいんだけど、ミカ痛恨のキ―――」

 

ガシッと腕を掴まれる。

ミシ、ミシ、と骨が悲鳴をあげる程の、女子とは思えない馬鹿力で。

しかしそこらの男ならまだしも、こちとら毎日戦車の整備をこなす身。

やたらめったら重い戦車の部品を持ち運んできたこの腕は、そんなものではビクともしない。

 

「渡里、さん?」

「残念だな、ミカ。お前にマタ・ハリの才能はねぇよ。音楽教師は向いてるかもしれないけどな」

 

必死の抵抗を見せるミカに、内心で渡里はほくそ笑んだ。

男を篭絡する魔性の女を気取るには、ミカは圧倒的に経験値が足りない。

そもそも根っこが初心(ピュア)なんだから、自分から男に話しかけるなんてできっこない。

つまり先の言葉は全部(フェイク)である。

 

「手、緊張で震えてたぞ。あんまり無理すんな」

 

よいしょ、と渡里はミカを隣の席にリリースした。

 

我ながら性格が悪いことは認めよう。

しかし一つ言い訳させてもらえるなら、吹っ掛けてきたのはミカの方である。

渡里は一人の善良な大人として、少女が間違った道に行かないように指導してやったのだ。

 

だってそうだろう。

これが渡里ではなく、本当に悪い大人だったら。

それこそ取り返しのつかないことになるかもしれないというのに。

 

まぁ、建前だが。

本音はぎゃふんと言わせるのが楽しいからである。

 

「――――消すんだ」

 

そんな顔をするくらいなら最初から止めとけばいいのに、と渡里は思った。

この少女、一緒に旅をしていた時も何かにつけて()()()()ことをしてきたのである。

戦績は百戦百敗だけど。

 

果たして渡里を篭絡して一体どうするつもりなのだろうか。

最近はそんなにお金も持ってないから、あんまりいい買い物ではないと思うのだが。

 

しかし売られた喧嘩は買う主義の渡里は、決して「もうやめろ」とは言わない。

ミカが飽きるその日まで、渡里はミカの挑戦を受ける。

だってその度に美味しいネタが増えるし。

 

とりあえずここは、笑顔と共にこの言葉を贈ろうか。

 

 

「対価払え」

 

 

ミカは笑顔でカンテレを振りかぶった。

渡里は画像を消去した。

 

 

 

 

「ところでお前、何しに来たんだ」

「別に。風に流されてきたら、たまたま渡里さんがいただけさ」

「風向き真反対なんだけど」

 

ポロロン、とミカはカンテレを弾いて答えるだけだった。

とにかくあんまり深く考えない、が渡里の見つけた対ミカ作戦である。

 

「そういう渡里さんは?」

「偵察。お前らと黒森峰のな。俺今、とある学校で戦車道の講師やってんだよ」

「……ふぅん、偵察」

「なんだよ」

 

カンテレを弾く手を止めないまま、ミカは言葉を紡ぐ。

 

「そんなものに意味があるとは思えない」

「はぁ?敵を知り、己を知らば百戦危うからずという名言を知らねぇのか」

「知ってるさ。その上で言ったんだ」

 

会話に頭を使わないといけなくなるのが、ミカの悪い所である。

同級生の男子とかどうやってコイツとコミュニケーションを取っているのだろうか。

少なくとも高校生の自分では「お、おう」しか言えないと思う。

 

「……お前って彼氏できたことある?」

「急に何の話だい?」

 

いや、『女子は顔でモテるのか性格でモテるのか』という問いの答えが目の前にある気がしたのでつい。

ごめんごめん。そんな真顔で見つめないで。

 

「……渡里さんなら、黒森峰なんて偵察するまでもないだろう?」

「……まぁ」

 

一般的な偵察の意味から考えるなら、渡里は黒森峰の試合を見に来ても何の意味がない。

なんせ黒森峰と密接な関係にある西住流にいたのだ、黒森峰の事など、今更研究するまでもない。

加えて大洗女子学園の隊長は、元黒森峰の副隊長だし。

 

「けど今日見とかないと、お前らが勝ち上がってきた時に困るだろ」

「―――本当にそう思っているのかな?」

 

カンテレがひと際大きく音を出した。

 

「隠さなくてもいいさ。渡里さんは私達と彼女のどちらが勝つか、もう知ってる。いや、もっと言うなら、例え相手が誰であろうと()()()()()()()()()()()()()()()、だろう?」

「――――」

 

言葉が詰まる。

それはミカの言葉が、過不足なく渡里の考えを言い当てていた証左だった。

 

ゆっくり深呼吸が三つ出来る程の間を空けて、渡里はため息を一つ吐いた。

どうにも、この少女に気を遣う必要はないようだ。

 

「あぁ、お前の言う通りだ。俺は、自分の教え子が決勝まで勝ち進むと信じているのと同じくらい、黒森峰の事も信じている」

 

知波単学園、継続高校、そして恐らくは聖グロリア―ナ女学院。

黒森峰女学園が決勝に至るまで当たるであろう三校、そのどれにも黒森峰は負けることはないと、渡里は最初から思っていた。

 

理屈じゃない。

データを集めて客観的に見た結果、そういう答えに辿り着いたのではなく、渡里の根拠はもっと漠然としたもの。

 

「そういう、星の巡りなんだよ」

 

それでも渡里には確信がある。

運命論者ではない渡里だが、それでもこればかりは()()()()()()があるとしか思えない。

みほが大洗女子学園にいて、まほが黒森峰女学園にいる以上、二人は必ず戦う運命にあるのだ。

 

だってそうでなければ――――

 

「星の巡り……相変わらず、羨ましいくらいになんでも見える眼だね」

 

遠回しに『お前は負ける』と言ってるようなものだというのに、ミカの態度は余裕だった。

それは彼女が最初から覚悟をしていたからなのか、あるいは試合の勝敗など彼女にとっては些細な事だからなのか。

 

「ここに来た本当の理由は、教えてくれないんだね」

「言っても伝わらないからな」

 

決勝戦の相手が黒森峰と決まっている以上、渡里は「大洗女子学園が当たる可能性のある学校」以外の偵察をする必要がない。

それでもなお、今日ここに来た理由は、他でもない自己満足と、一つの約束のためだった。

 

「私の事を応援しに来てくれたと、思っていたんだけどね」

「別に負けろとは言ってないだろ。お前も最後の大会だ、悔いなく終わってほしいさ」

「でも勝ってほしいとは思ってくれないんだろう?」

「勝てるもんなら勝ってみろ、とは思ってるぜ」

 

そしてどちらともなく、二人は笑った。

渡里は人によっていろんな顔を使い分けるが、ミカといる時はみほやまほと同じくらい、素の部分が大きく出てしまう。

 

波長が似たようなものだからなのだろう。

まぁ、渡里の方が遥かに社交的で真人間だが。

 

「……戦車道の先生は楽しいかい?」

「楽しい楽しくないで仕事は選べねぇよ。それが大人ってもんだ」

「渡里さんは子どもだろう?」

 

中身が、という副音声をバッチリ聞き取った渡里は、薄く笑みを浮かべた。

否定できない自分が、ちょっと悲しい。

 

「先生はいつから?」

「四月くらいからだな」

「あと三か月持つかどうか、だね」

「なんてことを言うんだお前」

「楽しくない仕事を続けられる程、渡里さんは我慢強くない」

 

ポロロン、とカンテレが嘶いた。

そんな風に知った口を聞かれては、渡里とて反論の一つや二つはしたくなる。

 

「どうかな。指導者として大成功したら、味を占めるかもよ。人は名誉とか金とかに弱いからな」

「そんな人並みの感性があれば、渡里さんは今ここにはいない」

 

私と同じでね、とミカはにっこりと笑った。

渡里は肩を竦めるしかなかった。

それは白旗と同義だった。

 

彼女()また、自身の価値観を何よりも上に置く者。

紛れもなく渡里の同類だ。

 

ミカといると素が出てしまうのは、きっとそれが理由なのだろう。

似た者同士だから、つい気を許してしまう。

もしそうでなければ、約半年も一緒に旅はできなかった。

 

「先生を辞めたら教えてほしいな。また一緒に旅をするのも悪くない」

「お前の目当ては俺じゃなくて俺の財布だろ」

「私たちは渡里さんを戦車に乗せる。渡里さんはその運賃を払う。当然の理屈じゃないかな」

「燃料代どころかお前らの食費まで払わされてたんだけど」

「戦車を動かしてるのは私達だからね。私達にも燃料をくれないと」

 

いや操縦してるの一人だけだし。

お前後ろで気ままにカンテレ弾いてるだけだし。

 

「ところで渡里さん、私本当にお腹空いたんだけど」

 

くきゅ~、という隠そうともしない空腹の訴えを渡里は聞いた。

何が、ところで、なのだろうか、果たして渡里には分からない。

 

「……はぁ、分かったよ。折角の再会だもんな」

「ふふ、渡里さんのそういう律儀な所は好きだよ」

「俺もお前の、自分を偽らない所が好きだぜ」

「回らないお寿司屋さんがいいな」

「調子に乗るな」

 

さてさて、と渡里は腰を上げた。

当然、回らない寿司屋は無し。かといってレストランでご飯というのも、少なくともミカと自分には相応しくない。

 

ここは一つ、あの頃に戻るとしよう。

 

「BBQしようぜ。適当な店で食材買って、手当たり次第に焼いて食えばいいだろ」

「……」

 

ミカは少し不満げな顔をした。

大方、「そんなの毎日食べてるし」というところだろう。

けれど渡里は、そういうのはご無沙汰なのである。

 

「嫌か」

「渡里さんがいるなら何でもいいけれどね……でもそうなると――――」

 

不意に、遠くの方から声が聞こえた。

振り返り、視線を送る。

 

その先には小柄な体躯をした、二人の少女がいた。

 

「ミカー、ごめーん、遅くなっちゃ……た……」

「けど結構釣れたぞー、まぁ何の魚かはわかんないけ、ど……」

「独り占めができなくなってしまうのが、少し残念だね」

 

何を独り占めするつもりだったのか、渡里には分からなかった。

けれど聞くとまた面倒なことになりそうなので、渡里は黙って曖昧に笑うことにした。

その横でミカは、静かに、けれどはっきりと笑っていた。

 

まもなく、「あー!!」という合唱が二人の背中を打つ。

するとドタドタという足音が聞こえて、次の瞬間、パァンと渡里は勢いよく肩をぶっ叩かれた。

そしたら次は腕を掴まれグイングインと振り回され、渡里の周りは一気に騒がしくなった。

 

なんだか暇つぶしどころじゃなくなったなぁ、と渡里は苦笑した。

この分だと、どうにも長くなりそうだ。

焚火を囲んで、カンテレの音色をBGMにぐだぐだと駄弁る、あの頃の再現が間違いなく行われるだろう。

 

果たして自分はホテルに帰れるのか。

それだけが、唯一の心配だった。

 

 

 

 

 

 

美味(うま)ーーー!!肉なんて久しぶりに食べた!!」

「あー!?ミカ、私の分まで食べたでしょ!?」

「それは、大切な事なのかな?」

「大事に育ててたのにっ!!」

「人は間違いを犯す生き物だからね」

「うぅ……渡里さん~」

「謝れ」

痛い(いふぁい)痛い(いふぁい)渡里さん(わふぁりさん)痛い(いふぁい)

 

 

 

 

 




オリ主の人生概略

8歳で西住家に引き取られ、高校生で渡英し、2x歳で大学選抜のコーチになって、三か月あまりで大学選抜を辞め、約8か月の放浪期間を経て、大洗女子学園に招聘される。

大体こんなイメージで書いてきましたが、おそらく部分部分で矛盾が発生してるんじゃないかと思っています。細かい時系列作ったはいいものの、見たり見なかったりして書いてるので。

ポツポツとその辺りも修正していきますので、見つけた方・気づいた方はお願いですから見逃してください()
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