戦車道素人集団を優勝へ導く138の方法   作:ススキト

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プラウダ戦、開幕。
恒例の試合開始前の助走回です。

本編前に今話の独自設定を一つ。

なんでも試合会場はルーレットで決められているそうですが、本作では大会運営が協議して決めています。なぜって?その方が都合がいいからです。
特に重要な箇所の設定改変ではないと思うので、許してください。


ところで話は変わりますが皆さま、プラウダ戦の試合会場がどこだかご存知でしょうか?作者は「惑星ガルパンだもんな。俺らの世界とは違うよな」って諦めました。


第37話 「プラウダと戦いましょう➀ ゴー・スノーフィールド」

「ついに準決勝ですか」

 

我ながら感慨深い声が出たものだ、と角谷は思った。

しかしそれも当然じゃないだろうか。

全国高校戦車道大会、熾烈を極めるトーナメントを、角谷達大洗女子学園はベスト4という所までやってきたのだ。

それも運否天賦ではない。サンダース大付属、アンツィオ高校という強敵たちを打ち破って来たのだ。

 

初出場校にして、戦車道歴半年未満。

大洗女子学園のこれまでは、十分快挙と言えるだろう。

 

「まだ準決勝だ」

 

それもこれも、この人がいなければどうなっていただろうか、と角谷は瞑目して茶を飲む目の前の男性を見やった。

 

大洗女子学園戦車道講師、神栖渡里。

 

男性でありながら戦車道において類まれな実力を持ち、教育者としての能力も高い稀有な人物。彼の要素を別々に持つ者はいるだろうが、一か所に集まっているというのはおそらくない。

加えてその人生は、当然のように戦車道に彩られている。

戦車道の名門、西住流で育ち、十代で戦車道先進国である英国に留学、帰国後は一時とはいえ全国のエリートが集まる大学選抜のコーチをも務めた。

 

大洗女子学園の快進撃、その全てがこの人の力によるものだとは思わないが、それでも半分くらいは担っているんじゃないかと角谷は思う。

この人を見つけてきたことこそが、角谷最大の功績だろう。

 

「次が最大の山場だぜ、角谷」

「プラウダ高校、ですか」

 

準決勝の相手は、雪原の精鋭部隊であるプラウダ高校。

強力な戦車を数多く揃え、極寒の大地で鍛えられた彼女たちの実力は高く、実際に去年の全国大会では見事優勝している。

総合的に見て、サンダースと同等、あるいはそれ以上の強敵であることに疑いはない。

 

「いやー、サンダース以来のBIG4ですか」

「準決勝では参戦可能な戦車が15両に増える。そういう意味では、サンダースの時より厳しい」

 

何せ大洗女子学園の戦車が増えることはない。

そもそも10両まで出していい一、二回戦ですら5両で戦ってきたのだ。

それが準決勝になってどうして倍以上になろうか。

増えるのは彼我の戦力差だけである。

 

()()は間に合いませんか」

「無理だ。駆動系の調整がまだ上手くいってない。碌な整備もされずに放置されていたんじゃ、当たり前の話だけどな」

 

実を言うと、追加戦力の見込みがないわけではない。

一応あるにはあるのだが、しかしこれが何ともすぐに戦力になるような素直な子ではなく、かの神栖渡里といえど苦労しているようであった。

 

「決勝には必ず間に合う。だが準決勝は6()()で戦ってもらうしかないな」

「はぁ……そうですか――――――ん?」

 

残念無念、とため息を吐き替えた角谷は、しかし彼の言葉に聞き捨てならない単語があったことに気づいた。

条件反射で彼の顔を見る。

すると彼は、事も無げに言った。

 

「見つかった戦車は二両だろ。()()()()()()()()()()は間に合わないが、()()()()()()()()()()()()()()()はもう整備が終わってる」

「……渡里さんも人が悪いね」

 

曖昧に角谷は笑った。

対照的に渡里は白い歯を見せて笑っていた。

 

「それじゃあ準決勝からは?」

「当然出すつもりだ。一両とはいえあるとないとでは大違いだからな……ただ、問題が一つある」

「あぁ、乗員ですか」

「目ぼしい奴は?まぁこの時期に選択科目を変えようって輩もそういないだろうが」

 

今度は角谷が白い歯を見せて笑った。

 

「三人確保しました」

「………やるね」

 

渡里は苦笑した。

その反応からするに見込み無し、と踏んでいたのだろうが、残念なことに角谷杏はとっても優秀なのである。

 

「というわけで後はお願いします。まぁ三日弱しかありませんが」

「なんとかするさ。それ以上の問題があるしな……今回に限っては」

「……初めての雪ですもんね」

 

角谷は窓の外を見やった。

生徒会会長室の窓からは、外の景色がとてもよく見える。

 

しかし今は違った。

時刻は既に夜。ガラスの向こうの景色は真っ黒。

角谷の目に映るのは、ガラスに反射した自分の姿。

炬燵に入り、赤色の半纏を身に纏った冬の自分であった。

 

現在学園艦は、準決勝の試合会場に向けて航海中。

そしてその終着点こそが、白い雪の積もる極寒の大地なのである。

 

雪。

おそらくは大半の人間がコンスタントに経験するのことない気候。

場合によっては交通機関が麻痺する程、生活への影響力を持つそんな環境の中で、角谷達は戦車に乗って戦うのである。

 

いつも通りに戦えるだろうか、いや無理だろう。

雨と晴れですら戦車道は大きく姿を変えるというのに、雪なんて難易度何段飛ばしだというのか。

 

今回は相手の研究以上に、そこが重要なポイントである。

如何にして雪に対処するか。

ここをどうにかしない限り、角谷達はまともに戦うことすらできないだろう。

 

「プラウダは北国育ちですからねー、そういう心配は無いでしょうけど」

「……そこなんだよな」

 

何気ない角谷の呟きに、渡里は途端に深刻な表情になった。

知らず、角谷の身体に緊張が走る。

 

「変だと思わなかったか?」

「何がです?」

「試合会場だよ。なんでわざわざ、こんな時期に雪が積もってる所まで行く必要があるんだ?」

 

今は夏。

雪が降っている所とそうでない所を比べて数えれば、間違いなく後者の方が多い。

 

「それは運営の方にしか分かりませんねー。大会規則には、連盟が認めた競技場及び競技区域から選ばれるとありますが」

「だから、尚更おかしいんだろ」

 

黒い瞳が、角谷の目を覗いた。

その視線に、角谷は思考を促すような意味合いを感じ取った。

 

おかしい。

果たして、何がだろう。

試合会場は連盟が選ぶ以上、角谷達にどうこうできる事ではない。

連盟が協議した結果、今回は雪の競技場になったというだけの話だ。

 

雪。

 

「………」

「気づいた?」

 

角谷は静かに頷いた。

殊更答え合わせをするつもりもなかったのだろう、渡里は自分の考えを披露した。

 

「雪自体は別に構わねぇよ。戦車道は全天候型競技(オールウェザー)だからな、雨だろうと雪だろうと雹だろうと関係ない」

 

そう、雪が降っているか降ってないかなんていうのは、大した問題じゃない。

問題なのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()こと。

そして対戦カードが、大洗女子学園VSプラウダ高校であるということだ。

 

「ウチとアンツィオとか、そういう場合なら雪でもいい。けどウチとプラウダなら絶対にダメだ。なぜなら―――――」

「プラウダ高校は雪の戦場に慣れていて、逆に私たちは一切雪への耐性がない」

 

渡里は頷いた。

 

競技場は、できるだけ公平にしなければならない。

地形を味方につけるのは、戦車道の常道だ。

けどそれは大前提として、『お互いに有利不利がある公平な戦場』の中での話である。

 

自分達に有利な位置で待ち構える。

相手に有利な位置では戦わない。

そういった駆け引きがまかり通るのは、あくまで試合が公平だから。

 

しかし今回はどうだ。

他の戦場ならいざ知らず、雪なんてプラウダ高校の独壇場。

日本で彼女たち以上に雪上での戦いを知る者はいないだろう。

つまりこの時点で、プラウダ高校は絶対的なアドバンテージを取っていることになる。

いやあるいは、大洗女子学園が絶対的に不利な条件で戦う事を強いられている、というべきか。

 

「大会の過去の記録を漁ってみたけど、プラウダは過去一度も雪のステージで戦ったことがないわけじゃなかった。けど、ここまで露骨なものも未だかつてない」

 

お互い雪に慣れているなら、そういうこともあるだろう。

けど大洗女子学園は茨城県大洗町大洗港を母港とする学校。

海原を航海しあちこちを放浪する学園艦といえど、基本的な気候は茨城県のそれに近い。

そして茨城県は、そんなに雪の降る地域ではない。

プラウダ高校の本拠である青森、北海道と比べると皆無と言えるだろう。

 

「連盟が夜中の三時くらいに会議して決めた、っていうわけじゃないですよねー…?」

「いっそそっちの方が良かったかもな」

 

冗談めかした角谷の言葉に、渡里は薄く笑った。

しかし目が一つも笑っていないことに、角谷は気づいていた。

 

「黒森峰と聖グロの準決勝は、いたって公平な戦場で行われた。過去の一回戦、二回戦も同じ。おかしいのは、此処だけだ」

「……渡里さんなら、その理由も分かってるんじゃないですか?」

「………」

 

彼の沈黙を、角谷は肯定と受け取った。

黒い目が、問いかける。

角谷は神妙に頷いた。

 

彼は少し重々しく口を開いた。

 

 

「――――誰かが、大洗女子学園を負けさせたがってるのかもな」

 

 

角谷は瞠目した。

可能性の話をしているにしては、彼の口調はあまりにも確信を伴っていた。

 

負けさせたがっている。

一体、誰が。

何のために。

 

数多の疑問が浮いては消え、円環を為して回転する。

角谷は僅かに混乱していた。

 

「とはいうものの、大洗女子学園が負けて喜ぶ人間ってのは、実はいない。そもそも大洗女子が優勝するなんて本気で信じてる奴はいないだろうし、んなことしなくても勝手に敗退する可能性の方が高い」

 

俺らは優勝する気だけどな、と彼は付け足した。

その言葉で角谷は冷静さを取り戻しつつあった。

 

「じゃあ誰が……」

「大洗女子が負けるっていう()()じゃなくて、大洗女子が負けてっていう()()が欲しい奴ってのが、一人だけいるんだよ」

 

渡里の言葉は、少し難解になり始めた。

角谷の理解力を以てしても、彼の言いたいことはイマイチ掴めない。

 

しかし彼の、未だ見たことのない()()()()な表情は、言葉よりも雄弁に角谷に訴えかけるものがあった。

 

「まぁつまり――――――()()()の狙いは俺だ」

「渡里さんが……ですか」

「俺の教え子をボロカスに負かして、俺に苦渋を舐めさせたいんだよ。んで多分、今回の試合会場が雪になったのも、ソイツの仕業」

 

点と点が、一つの線になる。

なるほど、と角谷は思った。

 

彼がその結論に至ったのは、他でもない彼自身がその線を構成する一つの点だったからというわけか。

 

「もしかして大学選抜関係ですか」

「勘がいいな」

 

角谷は笑みを浮かべた。

彼もまた、曖昧に笑っていた。

 

「お察しの通り、大学選抜自体の因縁が今更になって返ってきたと思ってる。この陰険なやり口にも覚えはあるしな」

 

呆れと怒りを混ぜた、絶妙な表情に彼はなった。

戦車道に対して誰よりも誠実な彼だ、こういう事は人並み以上に許せないのだろう。

 

「こんな手は今回限りだろうが、それでも二度はやらせない。こっちで手を打っておくから、お前達は試合に集中しろ――――――ま、それもこれも今はただの推測だけどな」

 

彼はそう言うものの、角谷にはもう答えとしか思えなかった。

曖昧に苦笑する角谷に、渡里は一枚の紙を差し出した。

どうも背もたれに体重を預ける暇さえくれないようである。

 

「競技場が知らされてから24時間以内なら、提示された競技場に対して異議申し立てができる」

「なるほど、クレームですか」

「大会の規則で俺たちに与えられた正当な権利だ、使わないと損だろ」

 

二人は悪い笑みを浮かべた。

気質的には、この二人は少し似通ったところがあるのである。

 

「分かりました。提出しておきます」

「頼むよ……まぁ、普通なら多分通るはずだ」

 

ずずー、と彼は茶を一杯啜った。

確かに、今回はあまりにもプラウダ贔屓な競技場の設定だ。

書面に目を通して見ても、そこに記載されている彼の言い分は論理的で説得力がある。

茨城県の年間降雪量と学園艦の航行ルートにまで言及しているのだから、彼も本気である。

 

しかしそれでも、彼は「多分」という言葉を付けた。

それが妙に、仄暗いものを角谷の中に落としている。

 

角谷は問うた。

もし、通らなかったら?

 

彼は答えた。

俺の推測が、推測じゃなくなるだけだ。

 

 

 

 

そして準決勝の二日前。

大洗女子学園が競技場の異議申し立てを行ってから僅か12時間後。

 

試合会場が変わることは、なかった。

 

 

 

 

 

「というわけで準決勝だ」

 

はて、どういうわけだろうか、と西住みほは首を傾げた。

しかし特に突っ込む所ではないだろう、と思い黙った。

 

もはや定番となった、試合前の作戦会議である。

会場はいつもの生徒会長室。メンツもこれまたいつも通りの車長連中&生徒会メンバー。

そして主催者は戦車道講師、神栖渡里。

ホワイトボードの横に立つ兄も、干し芋をもきゅもきゅと食べる会長も、みほにとっては見慣れた景色だった。

 

「対戦相手はプラウダ高校。言うまでもなくBIG4の一角で、昨年の優勝校だ」

 

僅かな緊張が部屋の中を走っていった。

BIG4、優勝校。

その単語は、みほ達に決して少なくない畏れを抱かせた。

 

特にみほは、プラウダ高校とは浅からぬ因縁がある。

いや直接的に何かあるわけではないが、それでも素通りできるものでもない。

みほが今ここにいることと、プラウダ高校は決して無関係ではないから。

 

俯きそうになる頭を、みほは堪えた。

今下を向いたって、何にもならない。

目の前の事に集中するしかないのだ。

 

「細かい事は後で言うが、先にこれだけ言っておく――――間違いなく、今まで一番デカい壁だ」

 

プラウダ高校の特徴は、何と言っても強力な戦車を数多く揃えていることにある。

保有戦車数はサンダースに匹敵するものがあり、そしてそのどれもが高性能なロシア戦車。

おそらく一番性能の低い戦車でも、みほが駆る四号戦車より二回りは高い能力を持っている。

 

それを持て余してくれるならいいが、プラウダ高校というのはその優秀な戦車の力を最大限に引き出しており、まぁ分かりやすく言うなら戦車も選手も両方強い。

極寒の大地で日々鍛錬を重ねる彼女たちが、弱いはずもないだろうけど。

 

「それってサンダースよりも強いってことですか?」

 

アヒルさんチーム車長の磯辺が問うた。

サンダースもプラウダと同格のBIG4。言うまでもなく、みほ達の最初にして最大の障壁である。

 

「単純な戦力なら同じくらいだ。だが今回は違う。プラウダの方が強い」

 

神栖渡里は、戦車道では嘘をつかない。

彼がそういうのなら、それはもう間違いのないことなのである。

 

「一回戦の時と今回じゃ、全然状況が違うんだよ」

「……参戦可能な戦車数か」

「そう。その分だけプラウダの方が強い」

 

カエサルの言葉に、兄は頷いた。

 

そう、一回戦、二回戦では10両だった戦車の参戦可能数が、準決勝からは5両増えるのである。これは単純にして、致命的な違いだ。

 

サンダースとの戦いは、多分奇跡的なものだった。運とかそういうものに救われて、ギリギリ勝ち取った勝利だったが、その時の戦力差が五両差。

今回はその倍だ。

しかも相手がサンダースと同等だというなら、サンダースの時より厳しい戦いになるのは自明の理である。

 

「こっちの戦車は増えないですもんね……」

「五両しかないしなぁ……」

「あるよ」

「あるのか……あるのか!?」

 

なんだこのコント、とみほは渇いた笑みを浮かべた。

目を剥いて食いつく一同に、渡里は事も無げに言った。

その横では生徒会長が未だのんびりと干し芋を堪能している。

 

「この間見つけてきた戦車の整備が終わった。試運転してみたが、問題なく試合に参加できるだろう」

「おぉ!」

 

思わぬ増援に、一同は沸き立った。

表情にこそ派手に出さないが、内心ではみほもガッツポーズである。

 

10両から15両も大した違いだが、5両から6両はそれ以上の違いである。

なんせ作戦行動の幅が一気に広がる。今まで数が足りないから、とゴミ箱に捨てるしかなかった戦術たちが、たった一両増えただけでリサイクルできてしまうのだ。

 

しかし問題が一つ。

 

「どっちの戦車ですか!?」

 

喜色に塗れた澤の表情であった。

彼女は新しい戦力が増える、という事で単純に喜んでいるのだろうが、みほは違う。

 

大洗女子学園にあるはあるが、試合に参戦してない戦車は()()

実はその内で、みほ的に()()()()()()()()()()()というのがある。

いやまぁ戦力が増えるならどっちでもいいので、これは単なる願望だ。

 

けれど次の相手がプラウダであるなら、

 

(できれば……)

 

一同の視線、そして縋るようなみほの視線を集めた兄は、静かに言った。

 

 

「ルノーB1bisだ」

 

 

みほは内心で突っ伏した。

 

ルノーB1bis。

フランス系の重戦車で、特徴としては短砲身の75㎜砲と47㎜砲の二つの武装を持っている事。これにより榴弾を撃って建物を破壊することや対戦車戦をこなすことができ、二つの攻撃的な性質が一両に同居しているという点ではウサギさんチームのM3リーに近いものがあるかもしれない。

加えて防御力も高く、最大装甲厚は60㎜。第二次世界大戦初期においては、非常に強力な戦車であったとされている。

 

しかしこれだけならいい戦車なのだが、弱点としては機動力の著しい欠如が挙げられる。

この時期に造られた戦車の共通点と言えばいいのだろうか、聖グロのマチルダなんかもそうなのだが、装甲の厚い戦車=足の遅い戦車なのである。

 

流石にマチルダよりはそれなりに速いだろうが、大洗女子学園全体で見ると多分一番鈍足。

唯一の対抗馬になりそうな八九式が兄の手により普通では考えられないスピードを持っていることから、多分その座が揺るぐことはない。

後は車体が大きくて被弾しやすいとか、そういう細かな弱点もあるのだが、みほが一番懸念していた所は()()である。

 

聖グロにマチルダがある分には構わないが、大洗女子にルノーがある事は実はあんまりよろしくない。

なぜかというと、全体の足並みが揃わないからだ。

チームの機動力は、端的に言うなら持っている戦車の速さの平均値だ。

脚の速い戦車が多ければ多いほど、チームの脚が早くなる。

 

大洗女子はそういう意味で、機動力の高いチームだ。

戦車が五両しかないという弱点も、言い換えれば全体の足並みを揃えやすい事であり、それが機動力の一助となっている。

 

それがチームの強さの一つなっている以上、そこを崩すことは避けなければならない。

だから()()()()()()()()()()()()()沿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

それこそが、ルノーの方がもう一方の戦車と比べて優先順位が低かった理由である。

 

(うぅ……まぁ、腕の見せ所と思えば)

 

みほは内心で息を吐いた。

とはいえ、新戦力には変わりないのだ。

絶対的な話として戦車が増えてマイナスになる事はないのだから、ルノーをどう活かすか、そしてそれをどうチームの力に繋げるか、これはみほの隊長としての責務だろう。

 

大洗女子(ウチ)には珍しく防御力の高い戦車だ。基本的には盾として使うことになるだろうが、使い方次第ではそれなりのバリエーションが出せる。ウチは戦車一両の価値が他のチームとは段違いに高いからな、あまり勿体ない使い方はしてくれるなよ」

 

兄の視線が、みほを一瞬射貫いた。

言われるまでもない、という意味を込めてみほは一つ頷いた。

 

「……あれ?でもその戦車って誰が乗るんですか?」

「各チームから一人ずつ出すしかない、か?」

「その点は心配ない。角谷が新しく人を見つけてきてくれた」

「そゆことー」

 

有能だ、とみほは思った。

人無くして戦車が動かない以上、戦車と人はセットで用意するものだが、それはそうとして新しい人員なんてホイホイ見つかるものじゃない。

それをあっけらかんとやってしまえるところが、会長の凄い所である。

 

「……ちなみに渡里先生、その人たちって戦車道は……」

「安心しろ西住、当然未経験だ」

 

何が安心できるのだろうか。

渡里の言葉に、一同は驚いた。

 

「それ大丈夫なんですか!?」

「今から試合までに戦車を動かせるようになるとは到底思えないが……」

「落ち着け、そこは俺がなんとかする。試合に参加する以上は、絶対足手纏いにはさせねぇよ」

 

説得力のある言葉だった。

しかしそれに、みほはうすら寒いモノを感じた。

というより、恐ろしい事が考え付いてしまったのだ。

 

おそるおそる、みほはそれを口にした。

 

「あの、ちなみにどうやって……?

「お前達が二か月でやってきたことを三日弱でやる。練習の時間が大体20分の1になるから、その分練習の濃度を20倍にすればいいだろ」

 

はい。

 

みほは、いやおそらく全員だろう、内心で合掌した。

新しく入ってきてくれる、まだ見ぬ仲間。

こんな時期に戦車道を受講してくれるのだ、きっと彼女たちはとても優しい人たちなのだろう。

 

それが何でこんな残酷な仕打ちを受けることになるのだろうか、とみほは思った。

兄の理論がそのまま実行された時、果たして彼女たちがどういう結末を迎えるのか。

恐ろしすぎて口に出す事もできない一同であった。

 

しかし止めろとも言えない。

この人は一度言ったら絶対する。

 

最早みほ達にできることは、お願いだから無事であってくれ、と祈る事だけである。

 

「身内の話はこれくらいにして、相手の話をしよう」

「プラウダ高校の主力戦車は……T34/76」

「T34/85っていうのもありますね」

「……なんかグラフが大きい!」

 

磯辺が目を丸くした。

兄の資料は大変親切な設計になっており、相手戦車のスペックが一目で分かるようにグラフ化されている。

磯辺が驚いたのはそこではなく、そのグラフがこれまでに比べて一回りは大きいものだったからだろう。

当然だが、グラフが大きければ大きいほど性能が良い戦車になる。

 

「渡里先生、これって……」

「見ての通りだ。控えめに言って万能だな」

 

またそうやって何でもない風に言う、とみほはため息を吐いた。

視線の先、そこには引っ込んでいる部分が一つもない綺麗なグラフがある。

 

「特徴は『なんでもできる』事。走攻守三拍子揃った、軽い芸術みたいな戦車だ。俺がチームを一つ作る時に枠が余ったらとりあえずコイツを入れる。それくらい雑に強い戦車と認識しておけばいい」

 

とっても手軽で強い戦車、というわけである。

みほも大体兄と同じ考えだ。T34よりハイスペックな戦車もあるが、トータルバランスで見た時にこれ程優れた戦車はそんなにない。

困ったらとりあえず、的な戦車なのだ。

 

なんせ兄の言う通り、撃ってよし、守ってよし、走ってよしの万能戦車。

76㎜砲、85㎜砲ともに対戦車戦において不足のない攻撃力を持っており、スペック上の機動力は時速55キロ。装甲は驚くほど硬いというわけではないが、避弾経始のメカニズムを搭載した形状により数字以上の防御力がある。

 

正直当たると撃破レベルで装甲の薄いみほ達にとっては、攻撃性能はさほど重要ではない。今回の場合厄介なのは、機動力と防御力だろう。

 

ここをどう対処するかが、おそらく重要なポイントになってくる。

 

「ただプラウダに関してはこれ以外にも注意すべき戦車がある。今更言うまでもないだろうが、戦車の性能差を比べ合うような戦いはするな。そういう状況にも持ち込ませるな。ここに関しては徹底的にしておかないと、あっという間に試合が終わるぞ」

 

一同は頷いた。

絶対的に戦車の性能が低いみほ達にとっては、それは最早鉄則である。

兄のお蔭で戦車の詳細なスペックと当日の編成は分かるのだから、殊更頭に叩き込んでおかなければならないだろう。

まぁ見れば見る程、眩暈がしてきそうなくらい強いわけだけど。

 

「よく使用してくる戦術はサンダースと同じく包囲殲滅。数と戦車の性能差にモノを言わせて、囲んで叩く。まぁ頭のいい戦い方だな」

「加えて今回はサンダースよりも数が多い分、包囲はより強固……」

「コーチ!今回はサンダースの時みたいに……」

「あぁ、できるよ」

 

あっけらかんと言い放つ兄に、歓声が上がった。

本当に戦車道に関しては優秀な兄である。

 

相手の得意とする戦術を一つ、ほとんど無効化する。

このアドバンテージは、間違いなく大洗女子学園だけのものだろう。

一つの戦術を限界まで磨き上げたチームに特に刺さるが、みほのような多種多様な戦術を使い分けるタイプの指揮官にしたって、これは厄介極まりない。

 

なぜなら兄の読みの前には、選択肢の多さなど無意味。

戦場、天候、編成、あらゆるものを加味し、()()()()()()()()()()()を予測して対策してくるため、結局対戦相手は自分が打ちたい手を封殺されることになる。

合理的な思考の持ち主であれば尚更だ。だって兄は()()を確信犯的に狙い撃つから。

 

「ただ隊長のカチューシャの戦術的ボキャブラリが豊富なせいで、完璧な対応は難しい。一口に包囲と言っても、色々なやり方があるからな。今回はその色々なやり方に対処するために、()()()()にならざるを得ない」

 

それでも兄は、完全無欠というわけではない。

弱点だってそれなりになるのだ。模倣が完全ではなかったり、そもそもアンツィオ戦の時のように模倣自体ができなかったり。

それでも十分、相手チームからすれば脅威だけど。

 

「一応傾向は掴んである。カチューシャは相手を全滅させて完全勝利を目指す悪癖があって、お蔭で思考の追跡が容易い。最終的な目標(ゴール)はそこから動かない以上、狙い目はそこだ。ある程度の対策になって申し訳ないが、今回はそれでなんとか対応してくれ」

 

兄の息遣いに、ほんの少し呆れの色が混じっているのをみほは感じ取った。

 

フラッグ戦においては、極論フラッグ車以外は倒す必要がない。

当然戦車の数が減ればそれだけ相手の力を削げるわけだから、全くの無意味というわけではないが、毎回全滅を狙うというのは確かに非効率かもしれない。

そして兄は、そういうのを「面倒くさい」と思うタイプなのである。

 

「とは言っても、トータルで見れば力の差は歴然……」

「そんなもん、サンダースの時だってそうだった。でも勝ったからここにいる」

 

そう言って笑みを浮かべる渡里に、みほ達もまた薄く笑みを浮かべた。

 

 

神栖渡里が、これっぽっちも負けることを考えていない事。

たったそれだけのことが、みほ達の心に余裕を与えてくれていた。

 

 

 

 

 

 

ギィ、ギィ、カン、カン。

 

無機質な音が、戦車格納庫に響き渡る。

陽が沈み、すっかり誰もいなくなったその場所で、渡里は静寂の中一人でいた。

彼と共にいてくれるのは、今は六両の戦車だけである。

 

ボルトを回す手を止め、渡里はふぅと一息ついた。

額に浮かぶ汗が、一つ彼の頬を撫でていき、地面を濡らした。

 

戦車の整備というのは、結構重労働である。

工具は鉄でできてるから重たいし、ボルトを締めるには相応の力がいるし、何より作業量が多い。渡里の手が六本程あればパッパと済ませられるのだが、生憎この手は二つ。

せっせと手を動かし、一つの戦車の整備が終わる頃には普通に汗をかいてしまう。

 

(一応冬並みの気温なんだけどなぁ)

 

つい一昨日くらいまでは半袖が当たり前の世界だったのに、今はそんな恰好すれば間違いなく風邪を引くくらい気温が下がってしまっている。

学園艦が試合会場に近づいている何よりの証拠なのだが、正直寒暖差がエグイ。

 

何もしてないとめっちゃ寒いのに、何かしてるとすっごい暑い。

これ、一体どうすればいいのだろうか。

長袖を袖捲りにして着ているが、イマイチ効果があるように思えない。

 

(うーん、今回は体調管理もしっかりする必要があるか)

 

試合当日に体調を崩されでもしたら一大事である。

代わりの人員なんて一人もいない大洗女子学園において、恐れるべき所は怪我と風邪。

全員五体満足でいてくれないと、大変困ったことになる。

 

「つってもやれることなんてほとんどないわけだけどっ」

 

全身に力を入れ、一息で履帯を担ぎ、渡里は倉庫の隅へと置いた。

雪中戦ということで履帯も冬季用履帯に変えたわけだが、これがエライ手間であった。

やってることはノーマルタイヤからスタッドレスタイヤに変えてるようなものだが、それなりに腕力があると自負している渡里でも腕がプルプルするくらい体力を消耗する。

 

「次は誰かに手伝ってもらおう」

 

ふぃー、と渡里は大きく息を吐いた。

これで計五両の整備が終了。残すはアヒルさんチームの駆る八九式だけである。

 

渡里は時計を見た。

時刻は午後8時。やはり一人で整備するとなると、結構時間がかかってしまう。

 

(でも自動車部は手一杯だしなー)

 

実を言うと、渡里はこれまで戦車の整備にそれほど関わっていない。

というのも、大洗女子学園には西住流本家でも通用するようなウルトラハイスペックメカニックチーム、通称自動車部がいたからである。

 

彼女達がいれば普段の整備なんてお茶の子さいさい。

渡里は指示だけ出せば、次の日には万全な状態の戦車が出来上がっているという状態だったのだが、そんな彼女たちは只今別件に駆り出されており不在なのである。

 

これが思ったより痛かった。

渡里も全く整備をやっていなかったわけではないのだが、流石に一人でこなせる作業量ではなく、軽い部品交換のはずなのに結局こんな時間まで掛かってしまった。

彼女たちの不在に関しては、渡里が一枚噛んでいるのでまぁ自業自得なのだけど。

 

「よし、もうひと踏ん張りだ」

 

しかしそれももう終わる。

八九式は渡里がほとんど専任で面倒を見ている戦車。その分、他の戦車より手間は少ない。

 

袖で汗を拭い、深呼吸を一つして、工具を握る。

そして八九式の車体を登り、中に入ろうとした―――その時だった。

 

「あれ、コーチ?」

「あ?」

 

おそらくは自分を指すであろう言葉を、渡里は聞き取った。

振り向き、声の方を見る。

 

「コーチ!お疲れ様です!」

「「「お疲れ様です!」」」

「アヒルさんチームか」

 

常にバレーのユニフォームを着ているという、間違いなく一目で誰か分かる出で立ちをした女子四人が、そこに立っていた。

 

「こんな時間まで戦車の整備ですか?」

「まぁな」

 

金髪とカチューシャが特徴の佐々木が、多分悪気ゼロの質問を投げてきた。

受け取り方によっては「他にやることないのか」とも取れるが、まぁそれは偏屈が過ぎるだろう。特にこの子に、そんな皮肉が言えるとは思えないし。

 

「ありがとうございます!」

 

ほらね。

渡里は肩を竦めて苦笑した。

 

「お前らこそ何してんだ……って、聞くまでもなかったか」

「てへへ」

 

渡里の視線の先には、バレーボールが一つ。

それだけで彼女たちが今まで何をしていたのかは察せる。

 

「好きだな、お前達も」

「コーチ程じゃないですよ」

「俺はそんなにバレーにのめりこんでねぇよ、河西」

「そっちじゃなくて、戦車道の方です」

 

あぁ、と相槌のような、肺から空気が漏れただけのような、そんな曖昧な音が渡里の口から出た。

どうにも、少し思考が鈍っている気がする。

 

「コーチ?少し疲れてますか?」

「そういうお前らは、戦車道の練習もあったってのに元気だな」

「それが私達の取り得ですから!!」

 

根性ー!と磯辺が気勢を上げた。

流石は気合と根性とちょっとの頭でここまで戦ってきたチームである。

そんなでも大洗女子学園では一、二を争う実力だというのだか、不思議なもんだけど。

 

「………」

 

ふと、渡里の中で浮上するものがあった。

渡里はほんの一瞬だけ迷い、しかしそれを表に出すことにした。

 

「お前らさ」

 

キューポラに腰を掛け、渡里は彼女たちを真正面から見据えた。

彼女たちはキョトンとして、渡里を見上げた。

 

 

「この戦車に、不満とかあるか?」

 

 

言いながら、渡里は自分の質問の仕方が悪かったことを悟った。

この言い方だと、少し威圧しているように聞こえる。

渡里はすぐに次の言葉を紡いだ。

 

「いや、ずっとさ、悪いなって思ってはいたんだよ。お前らだけ、こんな弱い戦車に乗せてること」

 

アヒルさんチームの練度は、極めて高い。

元々体育会系で体力と精神力があって、根っこも素直。

そりゃちょっと頭が足りない所はあるかもだけど、それは知識が足りてないだけで地頭は良いから機転が利く。

渡里の教えた戦車道理論を理屈では理解できていなくとも、彼女たちは本能で理解している。

 

だというのに、アヒルさんチームは一回線、二回戦共に目立った活躍をしていない。

 

大洗女子学園公式戦初撃破を成し遂げた三号突撃砲。

フラッグ車に任命され、ただの一度も致命的な被害を受けていないカメさんチーム。

二門の火砲を備え、大洗女子学園の火力に三突と同じく大きく貢献しているウサギさんチーム。

そしていわずもがな、チームの中核にして隊長車、あんこうチーム。

 

アヒルさんチームは決して活躍していないわけではないが、他のチームと比較すると相対的に劣って見えてしまう。

その原因こそが、戦車であると渡里は考えていた。

 

彼女たちは、バレー部復活という目的のために戦車道を受講している。

なら当然、多くの人の目を引くためにはたくさん活躍できたほうがいい。

けれど彼女たちは、『戦車』という自分たちの努力次第では如何ともし難い要素によってそれを妨げられている。

 

その責任が渡里に無いとは、決して言えない。

言ってはならないと、渡里は思っている。

 

「乗っている戦車さえ違ってたら、お前らももっと―――――」

「そんなことないですよ、コーチ!!」

 

大きな声に、渡里の言葉は遮られた。

目を丸くする渡里の視線の先で、アヒルさんチームは笑顔を浮かべている。

 

「この戦車は、すっごくいい戦車です!小さい身体で一生懸命走って、頑張り屋さんで……そりゃ確かに火力とか装甲は弱いかもしれないけど―――――」

 

あ、そこは否定しないんだ、と渡里は思った。

いやまぁ純然たる事実なので言い返すことはできないんだけども。

 

「―――でもこの戦車に乗って嫌だと思った事は一度もありません!私達は、この戦車結構好きですから!」

「……そっか」

 

きっと嘘じゃないんだろうな、と渡里は内心でため息を吐いた。

コイツらは本気で、こんなボロくて弱っちい戦車を好きでいてくれてる。

 

「それに『はっきゅん』はコーチの戦車ですし!」

「あぁ―――あぁ?なんだって?」

 

何か摩訶不思議な単語が聞こえた気がして、渡里は思わず聞き返してしまった。

 

「八九式の名前です!8と9だからはっきゅん!」

「………………………………そう」

 

果たして自分は今、笑えてるだろうか。

あまりにもユニークすぎる名前を付けられた八九式に、渡里は少し同情した。

名付け親は多分、磯辺か佐々木だろう。

きゃいきゃいと騒ぐアヒルさんチームが、なんだか遠くに感じる。

 

まぁ、愛称がつけられるくらいには気に入ってもらえているということだろう。

こんな戦車でも大事に扱ってくれてる以上、渡里は彼女たちに足を向けて寝れない立場。とやかく言う資格はない。

 

「―――――………」

「へ?コーチ、今何か言いました?」

「―――――いや、何も」

「そうですか?」

「そうだ」

 

渡里は頑なな態度を示した。

首を傾げる彼女たちに、渡里は追い払うジェスチャーをした。

 

「もういい時間だ、さっさと家に帰れ」

「はぁ、わかりました!」

「それじゃ失礼します、コーチ!」

「失礼しまーす」

 

綺麗に一礼し、去ってゆく彼女たちを、渡里は軽く手を振りながら見送った。

そして彼女たちの姿が完全に見えなくなった時、渡里は大きく息を吐いた。

 

「あっぶねー……」

 

寸での所で思いとどまった自分を、渡里は褒めた。

危うく彼女たちに絆されて、余計なことを言うところだった。

 

「流石に、うん、言わない方がいいよな」

 

みほとかならまだしも、彼女たちはある意味で渡里の恩人。

誰に乗られることもなく、埃とカビと錆を友とし、ついぞ陽の光を浴びることなく朽ち果てようとしていた八九式を、彼女たちは公式戦という舞台で走らせてくれている。

本当ならもう二度と走る事のないはずだった、あの戦車を。

 

そんな彼女たちに、渡里は余計な荷を背負わせるところだったのだ。

迂闊と言わずして、なんというのだろうか。

 

「……すっごくいい戦車、か。どうするよ、お前」

 

渡里は踵で八九式の装甲を軽く小突いた。

何か反応が返ってくることは、決してなかったけど。

 

「良いトコ見せなきゃ、だよな」

 

工具を手の中で弄び、渡里は決心した。

いや、元から決まっていた事ではあったから、決心とは違うか。

言うならこれは、覚悟だろう。

 

 

「お前の最期の試合だもんな」

 

 

さて、何の覚悟だろう。

アヒルさんチームに土下座する覚悟か。

それとも――――()()()()を捨てる覚悟か。

 

なんにせよ、プラウダとの戦いは長くなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

整備を終えた帰り道。

誰もいない、何も聞こえない、暗い暗い夜の道。

一人で歩く渡里に、不意にそれは訪れた。

 

ピピピ、というシンプルな着信音。

ポケットから携帯を取り出し、発信者の名前を渡里は確認する。

 

受信ボタンを押し、一言。

 

「―――なんだよ、みほ」

 

受話器の向こうで、よく知った声が聞こえる。

会話を続けながら、渡里は再び歩き始める。

 

 

――――会いたいという彼女の言葉に、一つ頷きながら。

 

 

 




次回、カモさんチーム、(半分くらい)死す。
なお時間的に三日弱くらいあったカモさんチームがエライ目に遭うので、未来のアリクイさんチームはもっとエライ目に遭う。
でもアリクイは全員のポテンシャルもやばいからフィフティ・フィフティです(?)

カモさんチーム三人で戦車動かすとかマジかよー、って思ってたんですけどルノーって砲塔部分は一人しか乗れないらしいですね。

フランス系の戦車(ソミュアとか)はそういうのが多いそうで、最終章でマリー様や安藤が外に身を乗り出し車体に腰かけてるのは、もうすでに砲塔部分に砲手が乗っていて車長が座るスペースがないからだとかなんとか。

いやあぶねぇよ。

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