「……プラウダ戦でいっぱい喋らすかぁ」
ということで、プラウダ戦はこれまでとは違った形でお送りしたいと考えております。
まだ試合始まってすらないけど。
おかしいな。進まないな。
「うーん、寒いねー」
他人事のように呟く角谷を横目で伺いながら、みほはほんのり頷いた。
見渡す限りの白。
雪景色、雪化粧、色々言い方はあるだろうが、雪の戦場である。
はぁ、と吐く息が白く染まる。
気温はおそらく3℃以下。外気に触れている手が、じんわりと熱っぽいのに冷たくて痛む。
紛れもない、冬の環境だ。
九州で生まれ育ったみほだが、雪と無縁だったわけではない。
冬になれば熊本だって寒くなるし、滅多にないけど雪だって降る。
しかしここは、ちょっと未体験ゾーンに片足を突っ込んでいる気がした。
こんなに寒いっけ、雪って。
「うぅ~冷える~カイロ持ってても寒い~」
「沙織、うるさい」
雪に対する各チームの反応は様々だった。
あんこうチームは沙織だけが「うぅ」や「あぁ」と唸っていて、他の皆は割と平気そう。
特に華は平時と何一つ変わらぬ様子でいて、その秘訣をぜひとも伺いたいみほであった。
アヒルさんチームは黙って円陣を組んでおり、恰好もいつもと変わらぬパンツァー・ジャケット&ユニフォーム。正直剥き出しの脚がとっても寒そうなのだが、彼女たちに微塵もその気配はない。いつもの根性だろうか。
カメさんチームもいつも通り。地図に目を通し、準備に余念のない河嶋と、戦車に物資を積み込む小山、そして戦車の上でのんびりとくつろぐ角谷。特に角谷のいつも通りっぷりが頼もしい。
カバさんチームは戦車の近くに集まって何やら作戦会議をしている。
今日の試合、待ち伏せ運用の三突を駆る彼女たちにとっては絶好のステージ。
地図を見てアンブッシュに適した位置を探しているのだろう。ぜひとも活躍に期待したい。
ウサギさんチームは雪合戦に無我夢中。まぁ、ああやって身体を動かしているのが一番の防寒対策なのかもしれない。やろうとは、ちょっと思わないけど。
「………」
十人十色の待機状態だが、全員に共通しているのは強敵との戦いを前に、一つも委縮していないということ。
これは大会初出場校にしては稀有なことだった。
対戦相手は昨年の覇者、舞台は準決勝。普通の参加校は勿論、そこそこの強豪であっても緊張しないということはない条件。
そこにあって大洗女子学園は決して気負っていない。
寧ろ緊張を、集中への程よいアクセントとして飼い慣らしている。
(これなら大丈夫かな)
今日は不確定要素と不安要素が多い。
それらが自力でどうこうしようがないモノである以上、自分たちのコンディションだけは良い状態にしておきたかったが、この分なら問題はないだろう。
士気は高く、気合も十分。きっと普段通りの力を発揮することができる。
さて、とみほはある所へと目を向けた。
そこには試合が始まるまでに、隊長として絶対に確認しておかなければならない事がある。
「………ブツブツ」
「ブツブツ……」
「…ブツブツ…」
新しく参戦した戦車、ルノーB1bis。
そしてそれを駆る、新進気鋭の三人。
全員が黒髪のおかっぱ頭という、髪型の統率がバッチリ取れたニューフェイス達。
風紀委員チーム改め、カモさんチーム(みほ命名)である。
彼女たちの状態チェックは、絶対にしなくてはならない。
なぜなら彼女たちは今日が初陣、加えて戦車道歴はおそらく今大会最短の三日未満。
完全なる素人、見ようによっては数合わせ以外何者でもない彼女たちを無視して試合を始めることはできない。
緊張、しているだろう。
三人身を寄せ合い、何やら小声で話している姿が、何よりも雄弁に彼女たちの状態を語っている。
仕方ないことなのだ、これは。
みほ達はすっかり緊張を飼い慣らしているが、カモさんチームはそうではない。
心臓に毛が生えてたって、ここでは平常ではいられないんだから。
だからここは、みほの出番だ。
緊張を解し、少しでもリラックスして試合に臨んでもらうのが、隊員を引っ張る隊長の務め。
白い大地に足跡を残し、みほは彼女達へと歩み寄った。
「あの………」
「――――――――ブツブツ」
「ブツブツ――――――――」
「――――ブツブツ――――」
ええと、とみほは次の言葉を見失った。
流石に此方を見てくれないと、話のしようがないのだが。
周りを気にする余裕もないということだろうか。しかしそれにしては、何か暗いオーラがふよんふよんと漂っているような。
しかし退くわけにはいかない。
みほは先ほどよりちょっと大きな声を出した。
「あの!」
「「「―――――――」」」
ギョロ、と本当にそんな音を出しながら、六つの目がみほに向いた。
ひっ、という声が反射的にみほの口から零れる。
しゃり、と雪を踏む音がした。
「「「―――――――」」」
「……あ、あの……?」
「「「―――――――――――」」」
「ええと………」
「「「―――――――――――――――――――――――」」」
やばい、人は視線で死ぬ。
真っ黒な、いやもうドス黒いだ。一片の光も灯っていない目が、欠片も動かずみほのことをじぃっと見つめている。
シンプルに怖い。何のホラー映画だろう、これ。
「―――――ねぇ」
「ひゃ、は、はい!」
何だこの声、とみほは思った。
地獄の底から響くような重苦しい音。
女の子、っていうか人ってこんな声出せたんだ。
「戦車道って、楽しいわよね」
「へ?」
「戦車道って、いいわよね」
「は、はい?」
ゆら、ゆら、と幽鬼のように彼女は立ち上がる。
俯き、おかっぱの前髪が目にかかる。しかしその奥から、赤い光が怪しく瞬いた。
状況を呑み込めず、うろたえるみほ。
その隙を突いて、彼女はみほの懐へと潜りこむ。
そして、冷気に濡れた声で一言。
「戦車道って―――――――――最高よね」
逃げよう。みほは踵を返した。
しかしそこには、また別のおかっぱ頭が道を塞いでいた。
まずい、と第三のルートに目を向けると、既にそこにもおかっぱ頭。
包囲された、とみほは悟った。
ふ、ふ、ふ、という怪しい笑いの三重奏が、ぐるぐると回転しながらみほへと迫りくる。
じり、じり、と包囲網が狭くなる。笑い声は近くなる。
あ、終わった。
みほが(よくわからないけど)観念したその時だった。
「―――――落ち着け、そど子」
「そど子って呼ぶな!!―――――あれ?」
救いの手は、突如として舞い降りた。
いつの間にか近くにいた冷泉麻子の、たった二言がそど子――本名は園みどり子――を正気へと戻したのだ。
いやこの場合は、そど子に憑りついていたナニカを浄化したというべきかもしれないけど。
みほは再び彼女たちを見た。
目は赤く光っていないし、怪しい笑みも浮かべていない。
ハイライトがしっかり灯った目と、風紀委員らしい清廉とした雰囲気が帰ってきている。
元に、戻ったのだ。
「ここどこ?」
「試合会場だ。記憶喪失か」
「違うわよ!なんで私達がそんな所にいるわけ!?」
はぁ、と麻子はため息を一つ吐いた。
横でみほは首を傾げた。
正気に戻ってはいると思うのだが、なんだろうか、この支離滅裂な言動は。
なんでって、そんなの彼女たちが一番知ってるはずなのだけど。
呆れ顔を隠す様子もなく、麻子は口を開いた。
「戦車道に参加したからだ。渡里さんに戦車道教えてもらったんじゃないのか」
「わたっ!?」
そど子が石になった。
なんというか、突然心臓が止まったらこんな感じなのかな、とみほは思った。
時間にして五秒ほどだっただろうか。
やがてそど子は、荒い呼吸と共に帰ってきた。
「はぁ…!はぁ…!そうよ、思い出したわ……私達、今日から戦車道をするのよね……!」
「おいそど子、本当に大丈夫か」
胸に手を当て、まるでマラソンでもやってきたみたいに肩で息をするそど子。
その様子に、麻子は相当訝しんだようだった。
大きく、そしてゆっくりとそど子は頷く。
「大丈夫よ……戦車に触れた時に気も触れたっていうか、余計な事を思い出しただけよ……具体的に言うと神栖先生との特訓を」
ずしゃあ、と何かが倒れる音がした。
慌ててみほがそちらを向くと、短いおかっぱ頭の風紀委員が顔から雪へとダイブしていた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「パゾ美……フラッシュバックする記憶に身体が耐えきれなかったのね……」
どゆこと、とみほは愕然とした。
いや、カモさんチームが準決勝までの僅かな時間で、少しでも戦力になれるよう、兄が彼女たちにそれはもう想像するのも恐ろしい特訓を課したのは知っている。
分かりやすく言うなら、人が聞けば「あたまおかしい」と評するみほ達の合宿、その約20倍。まぁ、多分人がやるような練習ではない。
しかしカモさんチームは紛うことなき人間であり、加えて言うなら兄にも多少は人の心があるとみほは思っていた。
だから、流石にカモさんチームの状態を見て、少しはまろやかにした練習にするだろう、と。
そこまで無理はさせないだろう、と。
そしてその結果がこれである。
一体どこの世界に、思い出すだけで人が昏倒する……だけならまだしも、人格に影響を及ぼすレベルの練習メニュを作れる指導者がいるのだろう。
短いおかっぱ頭の風紀委員の、「かゆ……うま……」という呟きが雪原へと溶けていった。
「ええと……た、体調の方は……?」
「それが不思議なことに、普段より元気なくらいなのよね。筋肉痛とか、そういうのもないし」
「本当か、それ」
麻子が未だ亡者状態の風紀委員を見やりながら言った。
アレを指して普段より元気というなら、普段はナマケモノ以下の活動になるのだが。
するとそど子は腕を組みながら答えた。
「アレは唐突に来る発作みたいなものよ。しばらくすれば収まるから問題ないわ」
「な、ならいいですけど……」
「試合中にああなったらどうするんだ」
「試合が始まったら試合に集中するわよ。ちょっとでも他の事考えてると、ふと思い出すだけで」
それ、重大な精神障害なのではないだろうか。
みほは渇いた笑みを浮かべた。
まぁ、本人たちが大丈夫というのなら大丈夫なのだろう。
「一応神栖先生から聞いてると思うけど、戦車の操縦の方は問題無しよ。流石に西住さん達ほどじゃないけど、足を引っ張らない程度には戦力になるから」
「はい、よろしくお願いします」
そっちの方は、実はあんまり心配してない。
そど子の言う通り、みほは兄からカモさんチームの仕上がり具合を聞いていた。
兄が「まぁそれなりにはなった」と言う以上は、みほもそこまで気を遣って指揮をする必要もないだろう。
ただ
後者が良好かと聞かれると、微妙に困るけれど。
「緊張してテンパるなよ」
「緊張って何か怖いことをする時にするものでしょ。あの人の練習以上に怖いモノってこの世に在るの?」
真顔で言わないでほしい、とみほは思った。
ともかく、試合開始である。
〇
寒い。
オレンジペコは極力表情に出さないようにしつつも、真冬のような気温に根を上げそうになっていた。
雪原の戦いである。
大洗女子学園対プラウダ高校、最後の準決勝。
大洗女子学園としてはサンダース以来のBIG4戦、プラウダ高校からすれば取るに足らない戦車道新設校との戦い。
その舞台がよりにもよって雪積る極寒の地。
肌を撫でていく冷風は容赦なく両チームを襲うだろう。
これにより早く対応した方が勝利へと近づく、というのであれば、それはあまりにも大洗女子学園に不利な戦いだ。
なにせプラウダ高校は雪原の精鋭部隊。
およそ雪中戦になれば、かの黒森峰女学園ですら一枚劣ると評されるほどの名手。
対し大洗女子学園は、最早言うまでもないだろう。
おそらくはサンダースの時よりも厳しい戦いになる。
それは明確。そこを大洗女子学園がどうやって戦っていくのか。
オレンジペコは、ひいてはオレンジペコの横にいる金髪青眼の隊長は、それを見る為にわざわざこんな所まで来たのだ。
「………防寒着を持ってくるべきでした」
「あらオレンジペコ、紅茶の温かみでは不満かしら?」
「間に合わないです……」
ココアよろしく身体の中から暖めるのはいいが、寒さから身を守るための手段としてはあまりにも無力。手と喉とお腹があったまっても、すぐに掻き消されていく。
「ダージリン様は平気そうですね……」
半ば信じられないものを見る目で、オレンジペコは二人掛けの椅子に一人で座るダージリンを見た。
彼女の佇まいと言えばそれはもう、学園艦にいる時と何一つ変わらない優雅なもので、まるで背景だけが切り取られて入れ替わったようである。
まさかこの人、本当に紅茶の温かみだけでこの寒さを耐えているというのだろうか。
「心頭滅却すれば火もまた涼し、氷もまた温しよ。要は気持ちの問題だわ」
「………本当は?」
「中にヒートテックを着てるの。最近のってすごいのね」
西洋の令嬢そのままのような姿形で、そんな俗っぽいことを言わないでほしい。
オレンジペコは静かにため息を吐いた。
「アッサム様が来るのを断った理由がわかりました……」
なぜわざわざ寒い思いをしてまで観戦しにいかないといけないのかしら、とつれなく宣ったダージリンの右腕を、オレンジペコは思い出した。
「貴方にはないでしょうけど、私には拒否権があるもの」なんて言っていたが、それを知ってるならちょっとくらいオレンジペコに救いの手を差し伸べてほしいものである。
おそらく彼女のことだから、一人くらいスケープゴートが必要ということでオレンジペコを差し出したのだろうけど。
「本当にもったいないわね。戦車道の高みを目指す者なれば、そこに少しでも糧になるものがあるなら例え雪が降ろうと雷が降ろうと貪欲に喰らうべきでしょう」
「………アッサム様も、本当にダージリン様がそう思ってるならついてきてくれたと思います」
しかしアッサムがここにいないということは、そういうことなのである。
お察しの通り、ダージリンが今日ここにいるのは向上心の賜物ではなく下心の結果だ。
「どういう意味かしら?」
「ある人がいなかったら、ダージリン様は此処に来ていたのかという話です」
「……なんだか貴女、アッサムに似てきてないかしら」
じとー、というオレンジペコの視線を受け止めながら、ダージリンは吐息を一つ漏らした。
ちなみにダージリンの言っていることはちょっと当たっている。
最近オレンジペコは気づいたのだ。従順な後輩の顔ばかりしていると、それはもうダージリンに好き放題されてしまう、と。
そこでオレンジペコが取り入れたエッセンスが、聖グロで唯一ダージリンに対抗できる、データ主義の金髪砲手であった。
まぁそこには、「ゆくゆくはアッサム様のような淑女になりたい」というオレンジペコの願望と憧れもちょっと混じっているが。
「別に渡里さんがいる、いないは関係ないわ。私達は既に敗退した身とはいえ、戦車道を引退したわけじゃない。ここでみほさん達の戦いを見る事は、必ず未来の糧になると思ったからここにいるのよ」
「では渡里さんにお誘いの連絡はしてないんですね」
「でもどうせなら一緒に見た方がいいわよね。勉強になるもの」
はぁ、とオレンジペコは内心でため息をついた。
一体何の見栄なのだろうか。ダージリンが神栖渡里という男性にどれだけ深い想いを抱いているかなんて、既に周知の事実。
暇さえあれば電話、何かする度にメール、そんなちょっと重い女ムーブをやろうとしていた彼女が、こんな絶好の機会を逃すわけがない。
まぁ二人掛けの椅子を持ってきていた時点で、色々と察していたけども。
アッサムが嫌がった理由がコレである。
ダージリン+神栖渡里という状況がどれだけ面倒くさいかを身を以て知っているが故に、彼女はオレンジペコを差し出したのだ。
はぁ、とオレンジペコはもう一度内心でため息をついた。
前向きに考えよう。ダージリンはともかく、神栖渡里の話は間違いなく戦車乗りにとって有益なものなのだから、いっそそっちに集中してしまえばいいのである。
そうすれば多少は気が紛れるだろう。
よし、覚悟完了。
「―――――ハロー、ダージリン」
そして突然、そんな声が響いた。
オレンジペコの聞き覚えのない声。けど、どこかで聞いたことのある声。
明るくて、快活で、まるで太陽のように眩しい声色だった。
振り返り、声の主を見る。
「わざわざこんなところで観戦するなんて、結構物好きなのね」
まず目を引いたのは、ダージリンともアッサムとも違う、柔らかな色をした金色のウェーブロング。
そして次に、大きな瞳。雪の中にあっても爛々と輝く、ダージリンと似た色の目。
やがて全貌が明らかになり、その人がとても端正な顔立ちをしていることがわかる。
灰色のブレザー、赤いスカート。
そして、悪戯っぽい愛嬌のある表情。
そこでようやく、オレンジペコは彼女が誰であるかを知った。
同時、ダージリンが彼女の名前を呼ぶ。
ほんちょっぴり、マイナスの感情を滲ませて。
「……ケイさん」
「久しぶり。こうして顔を合わせるのは一回戦の時以来かしら?」
「ええ、何度か電話では話したけど」
ケイ。
聖グロと同じBIG4の一角、サンダース大付属高校の隊長を務める、全国でもトップクラスの戦車乗り。
卓越した指揮能力を以て、かの神栖渡里に「大軍を指揮させれば日本でも一、二を争う」と言わしめた実力者。
そんな畏怖されるべき存在が、あまりにもフレンドリーに、そこに立っている。
オレンジペコは、そんな状況を処理しきれずにいた。
しかし容赦なく、会話の矛先はオレンジペコへと向いた。
「オレンジペコも久しぶり」
「は、はいっ。お久しぶりです!」
「準決勝、観てたわよ。すごい活躍だったじゃない」
「え、あ……」
曖昧な返事しかできなかった。
「まさか」と「なんで」が、彼女の口を麻痺させていた。
「結果は残念だったけど、一年生であんなにできるなら将来有望ね!来年、再来年にはサンダースの大きな壁になっちゃうかも」
「あ、ありがとうございます!」
ふふ、とケイは人懐っこい笑みを浮かべた。
一方でオレンジペコは、ただただ彼女に畏敬の念を抱いていた。
かつて彼女は、サンダースでは実現不可能と言われた神栖渡里の戦術を、自身のある能力によって成立させてみせた。
それは全ての隊長にあまねく備わるものでありながら、明確に差をつけられるもの。
人心を掴む力―――ひとえに、カリスマ。
ケイという隊長は、それが人一倍優れているらしい。
神栖渡里からそれを聞いた時、オレンジペコはまだよく理解できなかったが、今なら解る。
この人には、「ついていきたい」と思わせる力がある。
人を魅了するというか、尽くさせるというか。
誰にも好かれ、誰からも支えてもらえる、さながら王の器とでもいうべき力が。
ダージリンにも同じような力があるが、ケイのそれは少しベクトルが違う気がする。
神聖視されることで畏敬されるダージリンとは違って、彼女のはもっと親近感のある、等身大の魅力だ。
どちらにせよ人の上に立つに相応しい人格だろうけど。
「それで、何の用かしら?」
瞑目しながら、ダージリンはつれなく言った。
それは久しぶりに会った友人に向ける温度のものではなかった。
しかしケイは一向に気にする様子もなく、口を開いた。
「もちろん、試合観戦よ。大会が終わったからっていって、戦車道を辞めるわけじゃないもの。将来のための勉強ね。貴女もそうでしょ?」
「そうだけど―――――――」
「じゃ、お邪魔するねー」
ずい、とあまりにも軽いフットワークで、ケイは
ダージリンの座る二人掛けの椅子、その空いた一席に。
既に(ダージリンの脳内では)予約されている席に。
あ、とオレンジペコは思った。
ピクリ、とダージリンの形の整った眉が跳ね上がった。
「一人で観戦するのもなんだし、と思って探したのよ?貴女の金髪って目立つはずなのに、観客席のどこにも見当たらないし。あ、紅茶は別にいいわ。自前の飲み物持ってきてるから」
「………ケイさん」
「なあに?」
眉をぴくぴくさせながら、ダージリンは瞑目して言った。
その声が僅かに震えていたことに、果たしてケイは気づいていただろうか。
「申し訳ないけど、今日は先約があるの。だからここは―――――」
「―――――ところで
瞳と瞳が、交錯する。
空気が張り詰める音がした。
「まさか本当に、ただ一緒に観戦しにきたと思ったの?」
ケイの口が、三日月を描く。
妙に芝居がかった声が、やけに挑発的に聞こえた。
カラカラと彼女は笑う。
対照的にダージリンは、あまりにも静かに、身じろぎもせずにいる。
感情を隠す擬態。しかしそれこそが、どうやらケイの求めていたものだったらしい。
「その反応を見る限り、やっぱり今日ここに来たのは正解だったわね」
「……なるほど」
ダージリンは深く息を吐いた。
「もう
「ええ。素敵なプレゼント、どうもありがと」
「どうかお気になさらず。日頃の感謝の気持ちですので」
「あら、だったらお返しを考えておかないと」
なんか寒いなぁ、とオレンジペコは遠い目になった。
ふ、ふ、ふ、と響く怖い笑いが、どうか幻聴であってほしい。
というかこの人、さらったとんでもないことを言わなかっただろうか。
言葉から察するに、ケイが神栖渡里と会うのを、ダージリンが邪魔していたらしいが……何をしてるんだろう、この人。
「楽しみねーどんな人なんだろ」
「………どうあっても、立ち去るつもりはないようね」
「勿論、これでも会えるのを楽しみにしてたんだから。ほら、例のノートだってここに」
はぁ、とダージリンは大きなため息をついた。
二人の金髪の持ち主は、対照的な表情を浮かべている。
オレンジペコは、ようやく全てを理解した。
あのノートはおそらく、神栖渡里が言っていた『サンダース大付属にいた時に書いた戦術書』。オレンジペコ達はノートと神栖渡里を一つの線で結びつけていたが、どうやらケイもその事を知ったらしい。
それで会いたい、会いに来た、というわけだろう。
「―――――あれ?」
そしてその時はやってきた。
奇しくもケイが現れたのと同じ方角から、聞き心地の良い低音が響く。
六つの目が、そちらを向く。
そこには当然、
「なんだ、俺だけじゃなかったのか」
ダージリンとケイが待ち望んでいた、彼がいた。
大きな背丈。深い色をした髪。鋭い目つき。
ご存知、神栖渡里(防寒着バージョン)である。
「わ――――」
「ハロー!初めまして、私はダージリンの友達のケイ。貴方がMr.渡里?」
ケイの行動は迅速だった。
ダージリンが何か言うよりも早く、立ち上がり彼の懐へと潜り込む。
そしてダージリンが口を挟む余地のない、完璧な一対一の構図を作り上げた。
神栖渡里は少し面食らいながらも、大人の対応をした。
「はい、そうですけど……」
「イエース!ダージリンから話は聞いてるわ!大洗女子学園の戦車道の先生で、とっても戦車道が上手な男の人がいるって」
「はぁ……恐縮です」
「ずっと会いたかったの!あ、敬語はナッシングよ。今日はフランクにいきましょ?だから渡里さんって呼ばせてもらうね、私の事もケイでいいから!」
「ははぁ……じゃあ遠慮なく」
そこから二人の会話は、さながら捻った蛇口から溢れ出る水のようであった。
オレンジペコはそれを、丸い目で見つめていた。
あれ、本当に初対面の人同士の会話なのだろうか。
なんというか、ケイの活発性と、神栖渡里の受容性がこれ以上ないくらいに噛み合っている気がする。
いや、二人とも多分、元々のコミュ力が高いのだとは思う。
けどこの噛み合い方はちょっとない。さながらS極とN極、凸と凹だ。
ケイがもう少し奥手でも、渡里がもう少し神経質でも、この状況は生まれていないだろう。
もう二人とも名前呼び、敬語無しの会話に移行してるのがすごい。
ダージリンがコツコツと積み上げてきたモノに、ケイは一瞬で並んでいる。
(………あ)
しかしそうなると、穏やかではない人が一人いることを、オレンジペコは思い出した。
チラ、とオレンジペコはそちらを伺った。
「…………むすー」
むすー、としているダージリンがいた。
はい。ほっぺを膨らませて可愛いですね。
あざとい以外何者でもないけれど、整った容姿を持つダージリンだからこそ、可愛いで収まっている。
「……オレンジペコ、ズルくないかしら」
「なにがですか」
「ケイさんよ。あんな可愛い人があんなに人懐っこくアタックしてきたら、世の男性なんて皆イチコロじゃない」
「ダージリン様もやればいいんじゃないですか」
「私がケイさんと同じムーブをしたら、渡里さんどう思うかしら」
「受け入れてくれると思います。だいぶ怪訝な表情で」
それがダージリンの望むところかは知らないけど。
「でも渡里さんは、あまりそういうの効かなそうですけど」
「そういう所も素敵よね」
何の話なんだよ、とオレンジペコは内心で荒ぶった。
もう頼むから巻き込まないでほしい。
「でも分からないじゃない?渡里さんだって男の人、もしかしたらああいうのが好みで――――」
「やぁダージリン。今日はお誘いどうも」
「いえ渡里さん、来て頂いて光栄です」
いっそ見事な表情の切り替わりだった。
そういう二面性が、ケイとダージリンの違いだろうな、とオレンジペコは思った。
「ダージリンも人が悪いな。他に誘ってる人がいたなら言ってくれればいいのに」
「―――えぇ、すみません。ちょっとしたサプライズです」
「ダージリンはそういうの好きだもんねー」
なるほど、どうやらケイは「自分もダージリンに招かれた客」と神栖渡里に伝えたらしい。
優美な笑顔を一つも崩さない様は見事だが、ダージリンの心中は穏やかではないだろう。
しかしケイのニコニコとした笑顔よ。
よくもまぁ、いけしゃあしゃあとそんな嘘をつけるものである。
「まぁでも、ちょうどよかったかな」
「はい?」
「俺も連れが一人いてさ、そいつを同席させてもいいか聞きにきたんだよ」
「―――はい?」
硬直するダージリンを他所に、おーい、と渡里は手招きした。
するとざっ、ざっ、と雪を踏みしめる音がして、
「うぅ渡里さん……本当にいいのかな?」
「えっ?」
「ワオ」
薄い灰緑の髪を、黒いリボンで結った特徴的なツインテール。
小柄な体躯に、戸惑いがちな表情。
そして何よりも目を引く、黒いマント。
オレンジペコは彼女の名前を知っている。
今大会、二回戦にて大洗女子学園と対戦し、彼女たちを苦しめたイタリア戦車の使い手。
「アンチョビさん……」
奇計速戦の
借りてきた猫のような表情で、彼女はそこに立っていた。
あ、なんか今日厄日かも。
オレンジペコはすっごい面倒なことが起きる事を予見した。
「大丈夫だよな、ダージリン」
そんな彼の声は、寒空に溶けていった。
〇
安斎千代美ことドゥーチェ・アンチョビ。
オレンジペコは彼女について、多くの事を知っているわけではない。
アンツィオ高校という、失礼だがそんなに強いわけではない高校の隊長をしていること。
奇策を以て相手を攪乱する戦いを得意とすること。
そして今大会二回戦にて、大洗女子学園と対戦し、敗北しているということ。
ちょっと調べればすぐ手に入るような、そんな程度の情報しかオレンジペコは持っていない。
当然、実際に話したことはない。
顔は知っているが、そんなのは大会パンフレットに目を通していた時に見ただけ。
面識ゼロ。オレンジペコとアンチョビの間には、なんの縁も繋がっていない。
ではケイ、ダージリンはどうなのかというと、実はオレンジペコと大差なかったらしい。
名前と顔くらいは知っているが、それだけ。
あえて言うなら二回戦で当たるかもしれなかった分、ケイがほんのちょっと詳しかったくらい。
それにしたって友人と呼べる程の関係ではなく、顔見知り以下の薄い縁しかなかった。
よってアンチョビと親しい関係なのは、ただ一人だけ。
「いやー寒い寒い」
彼女をこの場に連れてきた、神栖渡里のみである。
既に時は流れ、大洗女子学園とプラウダ高校の試合も始まろうかという頃。
神栖渡里以外面識がないというアンチョビ。
ケイだけ面識がないという神栖渡里。
そして以上の二人と面識がないケイ、という複雑な人間関係を描いていた五人は、しかし当事者達の(主にケイと渡里)コミュニケーション能力の高さもあって、程々に打ち解けていた。
五人が一堂に会してからの時間で、交わされた会話はかなり多く、主に聞き手だったオレンジペコはかなりの情報を収集できていた。
まずアンチョビと神栖渡里の関係について。
事の始まりは、ダージリンやケイと似たようなもの。戦車道をしていた神栖渡里を見て、その戦術に心を惹かれ、彼を目標にして今まで頑張ってきたという。
戦車も人も十分でない弱小校にとっては、戦術一つで戦力差をひっくり返す神栖渡里の戦車道は、何よりの救いだったらしい。
まずここでケイとダージリンが頷き一つで共感。
接点ができたのは二回戦の後。ここでアンチョビは、今まで女性だと思っていた神栖渡里が男性であることを知ったそうで、詳しく聞くと今まで彼については名前しか知らなかったそうだ。
そこから縁があって連絡先を交換し、そこそこ交流を深めて、そして今日に至るという。
友好度は、おそらく結構高め。
神栖渡里はダージリンの時とは違った顔……言うなら『年上の友人』くらいの距離間であり、アンチョビが敬語を使わずに話していることからもそれは窺える。
次にケイ。
彼女に関してはオレンジペコの予測だが、ダージリンが危惧しているような事はないと思われる。
今日神栖渡里に会いに来たのも、興味や好奇心といった色合いが強そうで、少なくともダージリンのように彼と深い関係になりたいとか、そういう雰囲気は感じられない。
ただ尊敬というか、敬意を以て接しているのは間違いないと思うのだが……距離感が近いと思わなくもない。
彼女がパーソナルスペースの狭いタイプだからなのか、それともそういう気質だからなのか、とにかくグイグイ行く。
ダージリンも大概だと思っていたが、ケイもまた別ベクトルですごい。
その詰め方たるや、傍目にはもう兄妹なんじゃないかと思うくらいである。
(うぅ……どうか何事もありませんように)
以上二人に加えて、神栖渡里ガチ勢のダージリンが集まったこの場。
果たして何も起きないことがあるだろうか、いやない。
故にオレンジペコが祈るのは、自分の精神の無事。
もう何も起きないことは諦めるので、どうか変に巻き込まれることがありませんように。
「ねぇねぇ渡里さん、今日はどうやって戦うつもりなの?」
「ん?」
話題はいよいよ始まる試合に移った。
オレンジペコは内心でケイに感謝した。
なぜなら、少なくとも戦車道の話をしている間はみんな真面目になるからである。
「相手はプラウダ、当然無策じゃないんでしょ?大洗女子の子達にどんな策を授けたの?」
「いや別に?俺は未だかつて、ただの一度もそんなことしたことないよ」
「えっ!?そうなのか!?」
「うん」
彼は頷いた。
その表情は、「自分の方が驚いた」とでも言いたげなものだった。
「なんで!?」
「そんなことしても勝てないから」
彼は真顔で言った。
神栖渡里の実力は、日本でもトップクラスのものである。
オレンジペコは彼が実際に戦車道をしているところを見たことはないが、それでも伝え聞く彼の逸話から、彼が一人の戦車乗り、特に作戦を立案する指揮官として並外れた力を持っていることを確信している。
その力を、指導者という枠内で最大限発揮するなら。
それはやはり、彼が考えた戦術を西住みほ達が実践する、これに尽きる。
かつてはサンダース大付属に、「キチンと実行さえできれば黒森峰すら倒せる」戦術を授けたこともある彼だ。その気になれば全国大会に出場している全ての学校に対し、有効な戦術を作り上げることなど造作もないだろう。
それは間違いなく大きな力。
なのに「勝てない」とは、一体どういうことなのか。
「確かに俺がアレコレ口を出せば、一回か二回は勝てる……かもしれない。けど絶対に優勝はできない」
彼はオレンジペコの淹れた紅茶を一口味わった。
「そんな操り人形で勝てる程、日本一っていうのは安くないだろ。あいつらが優勝するには、結局あいつら自身が強くなるのが一番の近道なんだ」
楽だけど、途中で途切れる道。
険しいけど、最後まで続く道。
神栖渡里は、その二つを前にして後者の方を取った。
全ては優勝という二文字のために。あるいは、それこそが彼女たちの成長に繋がると信じてか。
「そもそもアイツらは俺の駒じゃない。外野が試合に口出しなんて、あまりにも品が無いと思わないか」
「うーん、そっか……それもそうだよなぁ」
「じゃあじゃあ、渡里さんが大洗の隊長ならどう戦う?」
ケイは更に質問した。
オレンジペコも耳を大きくした。
それは少しどころじゃなく気になる所だった。
すると彼は笑みを深めながら言った。
「こんなに優秀な戦車乗り達が集まってるんだ。どうせなら議論した方が面白いんじゃないか?」
確かに、とオレンジペコは思った。
ここには、錚錚たるメンツが揃っている。
聖グロリア―ナ女学院の隊長、ダージリン。
サンダース大付属の隊長、ケイ。
そしてアンツィオ高校の隊長、アンチョビ。
全国の隊長16名の内、上から数えた方が早い所にランクインしている隊長が三人もいるのだ。もったいない使い方をするものではないだろう。
「あら、良い考えですわ」
「グッドアイディア!」
二人の金髪の持ち主は、即座に乗り気になったようだった。
「じゃあアンチョビさん、貴女からどうぞ」
「じゃあアンチョビ、最初は貴女ね!」
「わ、私か!?」
そしてイマイチ乗り気ではなかった様子のツインテールが、真っ先に標的となった。
「はい、これ地図」
「うえぇ!?渡里さんまで……」
ぽい、と放り投げられた地図を、アンチョビがワタワタしながらキャッチした。
そして眉を八の字にして、唸りながら地図に目を通していく。
「うぅ……えーと、全体的に高低差がある感じで……こっちには、集落跡か?あんまり使えなさそうだけど……あ、でもこっちの森林地帯は戦車隠すのにいいかも……」
ブツクサ言いながら、アンチョビは思考の海へと潜っていく。
その僅かな間隙を縫うようにして、ダージリンが渡里へと言葉を投げかけた。
「地形的には大洗女子学園が不利でしょうか」
「まぁね。雪対策はそれなりに積んできたけど、流石にその分野はプラウダに一日の長がある」
雪対策。
一体どういう練習をしてきたのか、オレンジペコは聞きたい衝動に駆られたが、二人の間に口を挟む勇気がなかったのでひとまず心の中に仕舞い込んだ。
「ただ雪さえなければ、そこそこウチにも有利な条件は揃ってる。やりようによっては―――――あぁいや、まずは話を聞いてからだな」
黒い瞳が、ツインテールへと向けられた。
その視線を感じ取ったのか否か、アンチョビは伏せていた顔を上げた。
「やっぱり攪乱からの奇襲しかないんじゃないか?まともにやりあったら勝ち目はないし、なんとかフラッグ車を孤立させてそこを狙い撃つとか……」
「好きだな、そのやり口」
カラカラと彼は笑った。
そんな彼に、アンチョビは「うぐっ」と一つ唸った。
間髪入れず、ダージリンが畳みかける。
「機動力を活かすのは賛成だけれど、果たしてフラッグ車だけを上手く分断できるかしら?倍以上の戦力差があるのだから、プラウダもフラッグ車の周りは固めると思うけれど」
「いや、プラウダはフラッグ車を安全圏に置いて、本隊から離す傾向がある。本隊とフラッグ車の間を断ち切れば……」
「させるかしら?カチューシャ、ああ見えて結構危機察知能力は高いわよ」
「それに大洗は戦車も少ないしねー」
ううむ、とアンチョビは腕を組んだ。
するとケイがピンと指を立てて言った。
「でも勝ち筋としては、確かにフラッグ車の早期撃破しかないと思うわ。長期戦になればなるほど、大洗女子は不利だもの」
「まぁ、そこは動かないでしょうね」
「優勢火力ドクトリンはどう?全体の数では負けてても、局所的には数の優位は作れる。そうやって一両ずつでも減らしていけば、フラッグ車を狙うチャンスも作れるわ」
その言葉を聞いて、オレンジペコは大洗女子学園VSサンダース大附属の一回戦を思い出した。
確かあの時は、まさに今ケイが言ったような戦い方を大洗女子学園がしていた。
各方から小隊で押し寄せるサンダースを、西住みほは戦力を流動的に運用する事で、数の上では劣るというのに五角の戦いを繰り広げた。
一つ気がかりなのは、その時と今とでは状況が違うということ。
一回戦の時にやったことが、そっくりそのまま今回も通用するかどうかは分からない。
まぁそんなのは、やってみないと分からない話でもあるけど。
「難しいところね。一つでも歯車が噛み合い損ねると全てが破綻する、薄氷の上を歩くようなもの。賭けね」
「プラウダ相手にノーリスクで勝とうなんて虫が良すぎるわ。それともダージリン、貴女にはもっといい策があるのかしら?」
「行進間射撃なんてどう?とにかく撃って撃って撃ちまくるの」
「一番シンプル!?」
「貴女ねぇ……こんな時に手の内を隠そうとしてどうするのよ」
「冗談よ。そうね、私ならーーーーーーーーー」
そこから三人の隊長による議論は加速していった。
アンチョビが表情をコロコロと変え、ケイは笑みを絶やさず、ダージリンは優雅に。
言葉を交わし、知識を交わし、心を交わしていく。
その様子を、オレンジペコは見ることしかできない。
それをオレンジペコは、悔しいと思った。
あの輪の中に入っている自分を、オレンジペコは想像できないのだ。
それがなぜかは、わからない。
知識が欠如しているからか、実力が不足しているからか、はたまたもっと別の理由か。
ともかくとしてオレンジペコには、あそこに割って入る勇気が湧かなかった。
だってこんなにも近いのに、ダージリン達がすごく遠くに感じる。
手を伸ばせば届きそうな所にある彼女達とオレンジペコの間には、何か大きな見えない壁があるようで、確かな疎外感がオレンジペコの中にはあった。
きっとこれが、現在地なのだ。
戦車道の名門、聖グロリアーナで一年生ながら隊長車に搭乗しているとしても、オレンジペコはこれっぽっちも彼女達に及ばない。
最早できることは、少しでも彼女達のいるところに近づけるよう、彼女達の会話を心に刻むことだけだった。
(あぁでも……この人は……)
ダージリン達の会話を、まるでクラシックでも聴くかのようにニコニコと味わう一人の男性。
オレンジペコは彼を、羨ましく思った。
彼もまたオレンジペコと同じく、一言も喋っていないが、それはオレンジペコの沈黙とはまるで違う意味合いだ。
なぜなら彼は、
「ねぇねぇ渡里さん、そろそろ渡里さんの考えを聞きたいわ」
「うん?あぁ、そうだなぁ」
こうやって、話を振ってもらえる。
それがどういう意味なのか、オレンジペコは理解していた。
「………まぁ、一つだけある狙い目を突いていくのが、一番簡単なのかな」
「狙い目?」
「是非聞かせてほしいですわ」
アンチョビとダージリンの声に、彼は少し背筋を伸ばした。
途端、彼の声色が真面目さを帯びる。
「プラウダ高校っていうチームは、隊長であるカチューシャの存在に依るところが大きい。隊長が指揮系統の頂点にあるっていうのは別に珍しくないが、プラウダのそれはもっと露骨。彼女のカリスマを核とすることで成り立っているようなチームだ」
「でも、それは普通じゃない?チームってそうやってまとまるものでしょ?」
「そうだね。そしてそういう絶対的存在がいるチームは例外なく強い」
彼の視線が、遠い向こうへと向けられた。
黒い瞳に、僅かながら剣呑な光が灯る。
「だから、隊長を狙うんだ。どれだけ優秀な選手が揃っていても、指揮棒を振るうのは一人。隊長の存在が大きければ大きいほど、隊長の弱点はチームの急所になる」
「………なるほど。では、渡里さんはカチューシャの弱点を見抜いている、と?」
ダージリンの言葉に、彼は曖昧に笑った。
「弱点はない。けど、傾向がある」
そう言って彼はアンチョビに視線をやり、地図を寄越すようにジェスチャーした。
そうした後、アンチョビから地図を受け取ると、今度はそれを全員に見えるようにした。
「一つはフラッグ車の配置。さっきアンチョビが言った通り、フラッグ車には一両、二両の護衛をつけて戦闘には参加させたがらない」
うんうん、とアンチョビは頷いた。
「隊長のカチューシャとか
「賛否はあるけど、リスクマネジメントとしては間違ってない。そのやり方なら、流れ弾でフラッグ車が倒される危険性はないからな」
「戦車の性能と自分達の実力。それが相手を上回っていると確信している故の行動ですわね」
となると、微妙に狙い目ではなくなるのだろうか、とオレンジペコは思った。
フラッグ車を完全に本隊から切り離すということは、フラッグ車に敵が接近しても守れないというリスクがある。
カチューシャもそれを理解しているはず。その上でそれをやるということは、怒涛の攻めでで完封してやる自信があるということに他ならない。
「カチューシャが指揮を取ってる試合のビデオをいくつか見たけど、多分これは彼女の癖な気がする。そして、そういう所に人の性質は表れる」
彼の指が地図をなぞっていく。
オレンジペコ達は、そこにプラウダ高校の戦車配置を幻視した。
「前線を形成する部隊が此処にあるとしたら、フラッグ車は大体その後方。この時両者の距離は遠く、即座にフラッグ車の救援に駆けつけることはできない」
「うんうん。それで?」
「守りを主眼に置くチームなら、この配置はしない。ということは、カチューシャという隊長は『やられる前にやればいい』と考えるような、そういう攻めっ気の強いタイプなんじゃないだろか」
オレンジペコは正に守りに主眼を置く聖グロと比較して考えてみた。
基本ダージリンもフラッグ車を積極的に前線に出すことはしないが、かといって安全圏まで下がらせることはない。
それは「フラッグ車を利用して相手の動きをコントロールする」というやり口をダージリンが好むためでもあるし、手元にいてくれた方が不測の事態に対処しやすいためでもある。
「じゃあそこを突くの?」
ケイの問いに、渡里は首を横に振った。
「ここがカチューシャの厄介な所で、彼女は危険察知能力が高い。フラッグ車に危険が及びそうとなると、一旦攻撃を止めて守りに入ってしまう。おまけに、これが簡単には崩せないくらい堅い」
「まぁそうだよな。プラウダは長期戦なんてドンとこいだろうし、慌てて戦うことはない」
長期戦は絶対にやりたくないチームの隊長が、うんうんと首を縦に振った。
「「――――――それが二つ目の傾向ね」」
その時、突如として二人の金髪の持ち主が重なった。
へ?と目を丸くするツインテールの横で、神栖渡里はニヤリと笑った。
「フラッグ車を安全圏に置くのは、おそらくカチューシャなりの切り替えのスイッチ」
「フラッグ車が無事かそうでないかで、カチューシャは退き時と攻め時を区別してるんだわ」
「――――――ああ!?そういうことだったのか!?」
得心がいった様子の三人に対し、オレンジペコの理解は未だ追いついていなかった。
それを見抜いたのか、渡里が言葉を足してくれた。
「攻めたがりのカチューシャにとって難しいのは、守りに入るタイミング。彼女はそれをできるだけ分かりやすくするため、フラッグ車を安全圏に置くというやり方を取っているんじゃないか、ってことさ」
フラッグ車が無事そうなら、意識は攻撃に全振り。
危なそうなら仕切り直しとして守りに入る。
両天秤にならないため攻防の質は上がり、判断は迅速。
それは一つの強みになる。
あぁなるほど、そしてだからこそ――――――
「じゃあ、その両方の選択肢を与えられた時、彼女はどうなるんだろう」
それは一つの弱みとなる。
彼の声は、静かにオレンジペコ達に浸透していった。
「少し攻めれば相手のフラッグ車を倒せる状況、かつ、少しだけ守りに意識を割かないと自分のフラッグ車が倒されそうな状況。この時カチューシャは、攻防のスイッチをどっちに入れるのか――――あるいは、どちらにも入れられないのか」
彼は不敵な笑みを浮かべた。
またそういう表情がよく似合う人だった。
「隊長が麻痺ればチームも共倒れだ。そうすれば、こっちにも付け入る隙がある」
そこを突けるだけのセンスと力は、大洗女子学園に十分備わっている。
「まぁ全ては予測。当てが外れたら即ゲームオーバーだけど―――――勝負ってのはそういうもんだろ」
物騒なことを言いながら、彼の視線はダージリン達に移る。
お気に召しましたか、お嬢様方。
そんな声を、オレンジペコは聞いた気がした。
返事は、三種の視線となって彼に注がれた。
一つ、驚愕。
一つ、好奇。
一つ、憧憬。
それらを浴びながら彼は、一口紅茶を味わった。
果たして。
もしこの場に西住みほがいたならば。
その口元に滲む僅かな寂寥感を、見逃すことはなかったかもしれない。
オレンジペコちゃんの視点で物語が進んでいるのは、彼女が圧倒的に使いやすいからです。
作者は「その道の一流達が集まって話し合う」ようなシーンが好きです。
一流同士だからこそ伝わる・理解できるハイレベルな会話とか、カッコよくないですか?ちょっと憧れませんか?
まぁ作者は戦車道未経験なので、描写しろっつわれたらエライ難しいわけですが。
読者様の中に高校時代戦車道やってたよーっていう方がいらしたら、是非取材させてください。