「冷静に考えなくてもこれムリゲーじゃね?」ってなるのが対プラウダ。
原作とは違う形で勝機を見出していくのも一苦労。
おまけに出番の増えた主人公がなんとかクサくならないようにするのも一苦労。
「大洗もプラウダも特に動きはないな…」
「まぁまだ最初だしね」
渡里の視線の先には、大洗女子学園とプラウダ高校の動きがリアルタイムに追える電光モニターがある。
三角のマークで記された戦車達を俯瞰で見れるという、戦車道に詳しくない人にも分かる優しい仕様で、実際戦況を把握するにはとても役立つ代物である。
三角のマークは、特に変わった動きはしていない。赤の三角も青の三角も、まとまって真っ直ぐ進んでいる。
ケイの言う通り、今はまだまだ序盤。どういう形であれ、動きが出てくるのはもう少し後になってからだろう。
はてさて、とりあえずはオレンジペコの入れてくれた紅茶を楽しむとしよう。
「渡里さん、今日は新しい紅茶を持ってきてますの。よろしければいかがですか?」
「あぁ、折角なら頂こうかな」
ダージリンの言葉に、渡里は頷いた。
紅茶なんて何だろうが渡里には味の違いは分からないが、好意を無下にすることもないだろう。
ところで先ほどから渡里のカップに紅茶を注いでくれてるのはオレンジペコなのだが、ダージリンがその台詞を言っていいのだろうか。
「ちなみに何ていう名前なんだい」
「ルクリリです」
「………そ、そう」
どういう反応をすべきか、渡里には分からなかった。
いや、ルクリリなんて一般人からすれば紅茶の名前以外何物でもないんだろうが、渡里はそうじゃない。
紅茶の名前を持つ聖グロリアーナ女学院の戦車乗り。そこにまったく同じ名前を持つ女子がいることを渡里は知っているのだ。
「えーと、元気かい?」
「それはもう。渡里さんから頂いたあのジャケット、毎日のように自慢されますわ」
今は亡き自身のジャケットが、旅立った先でそんな扱いを受けているとは思いもよらない渡里であった。
いや1週間2週間はそういうこともあるかもしれないが、今はもう2ヶ月ほど経っている。渡里の人生においてそんなに長い間自慢できるものは、未だかつてなかったのだが。
「……ありがとうと伝えておいてくれると助かるよ」
とりあえず渡里は当たり障りのないことを言っておいた。
ただのジャケットにそんな価値を付けられても困るというのが、本心だけれど。
「あ、渡里さん渡里さん。これパンペパートって言うんだけど……」
紅茶を味わう渡里に、アンチョビが何やら取り出してきた。
視線をそちらにやる。
アンチョビが差し出していたのは、ナッツのようなものが入ったチョコレートパンのような菓子だった。
「なにこれ、焼き菓子?」
「うん。普通はワインと一緒に飲んだりするんだけど、多分紅茶にも合うと思う。良かったら食べてくれないかな……?」
遠慮がちなアンチョビの表情だった。
今一度、パンなんたらを見る。
正直今までの人生で見たことのない代物である。
色合いが黒っぽいからか、謎の警戒心が生まれる。
そんな渡里の躊躇いを敏感に察知したアンチョビが、ワタワタとしながら口を開いた。
「べ、別に無理ならいいんだっ。そんな特別なものじゃないし、今日渡里さんと会えるかなー会えるんなら何か差し入れくらい用意しないとなーって作った奴だからっ!」
「いや、食べる食べる」
どうぞと出されたものを一口も食わずに断るわけにはいかない。
そんな失礼は大人としてできないし、女子が作ってくれたお菓子にノータッチって男としてどうなんだという気持ちもある。
ちょびっと勇気を振り絞って、渡里は一つ摘んだ。
あむ。
「……あ、うまい」
「そ、そう!?」
「うん、アンチョビってこういうのも作れんだな」
「えへへ……よかったぁ」
生憎ボキャブラリの貧弱な渡里には、うまい具合に説明することはできないけれど。
それでも間違いなく美味なお菓子だと断言はできる。
思えばこの少女、二回戦の折も絶品イタリアンを賄ってくれたし、料理の腕は抜群。どっかの妹よりも一枚は上だ。変なものなんて、出てくるはずもない。
まぁ、大抵のものは美味しく食べられるので、彼女のパンなんたらがどれほどのレベルの美味さかは分からないけど。
「アンチョビさん……まずは胃袋を掴もうという魂胆ね……!」
「………はっ!?いやいやいや!そんなつもりじゃないぞ?!私はただーーーー」
「ダージリン様には無理な攻め口ですね」
「甘いわねオレンジペコ。少々なんていう不愉快な匙加減がなければ私だってまともな皿は出せるのよ」
「料理の方も、アレンジなんていう妙な知恵さえなければまともな皿になれたのに、と嘆いてると思います」
なんか騒がしいなぁ、と渡里は聞こえないフリをした。
自分が口を挟むとロクなことにならない予感がバリバリなので、渡里は全神経を味覚に集中させる。
そうやってもぐもぐ、とアンチョビの焼き菓子を味わっていると、渡里はまた新たな視線を感じた。
釣られるようにそちらを見ると、そこには笑みを浮かべたケイがいた。
はて、なんだろうか。
渡里が首を傾げると、彼女は口を開いた。
「渡里さんって人気なのね」
「え?あぁ……」
我ながら曖昧な返事だ、と渡里は思った。
上手い返し方が分からなかったのを誤魔化すにしては、あまりにもお粗末だった。
「人気かわからないけど、まぁ色んな人に親切にはしてもらってるな」
「間違いなく人気よ。こんなダージリン今まで見たことないし」
そういえば、と渡里は視線を辺りに散らした。
ダージリンから紅茶を淹れてもらっているのは、自分だけである。
『こんなダージリン』に関しては、渡里は初対面から今に至るまでこんなダージリンなので何とも言えないので、この紅茶が親切故なのか人気故なのかは分からないが。
「だとしたら戦車道のお蔭かな。今まで碌に使い道のない能だったけど」
渡里は、ダージリンが自分の何に魅力を感じてくれているかを知っている。
彼女との出会いのきっかけになったものも、彼女との交流がここまで続いているのも、全ては戦車道のお蔭。
男性であるために公式戦に参加することはおろか、戦車道に関わることすら難しい自分には本当に使い道のないものだったが、それが誰かとの縁、それも美少女との縁になってくれているなら、少しは戦車道の女神に感謝していいかもしれない。
(てかそう言う意味では本当に恵まれてんだよなぁ)
客観的に考えて。
今、自分はどういう状況か。
金髪青眼のお嬢様然とした美少女。
表情豊かで純情っぽそうな美少女。
スタイル抜群で人懐っこい美少女。
そして小動物的な可愛さを持つ少女。
ただ戦車道が少し得意というだけで。
そんな四人に囲まれてお話させてもらってる、ならまだしも紅茶を貰ったり手作りの菓子を貰ったりというのは、世の男性陣に刺されて文句言えないのではないだろうか。
(…………)
けれど渡里は、あぁ本当に救えないことに、何も満たされないでいる。
こういう時渡里は、とことん自分がどういう人間かを実感するのだ。
戦車道さえあればよく、それ以外に何の価値も見いだせない戦車道至上主義。
悲しいほどに心は踊らず、どこか冷めた目で自分を見ている自分がいる。
(いや、踊らないわけじゃないか)
ただ、飢えている。
どうしようもなく、渇いている。
空腹を埋めることができるのは食事だけであるように。
心の傷を癒すことができるのは愛情だけであるように。
この渇きを忘れることができる時は、稀にある。
例えば、大洗女子学園で戦車道を教えている時。
例えば、
例えば、英国でただ一度だけ戦った、『常勝』と謳われる金髪の戦車乗りと戦った時。
そういう過去を少しずつ齧って、渡里は飢餓を耐え忍んできた。
みほや、まほや、大洗女子学園の皆や、ダージリンや、ケイや、アンチョビや、ミカが、何の気兼ねもなく戦車道をする姿を横で眺めながら。
ギリ、と拳を作る。
あぁ、それはなんて――――――――――
いけない、と渡里は心の中で首を振った。
寧ろ大人げないとさえ言える愚行だ。
一つ、浅くを息を吸って。
渡里は普段の神栖渡里に戻った。
「渡里さん?どしたの?」
丸くて大きな目が、渡里を覗き込んでいる。
渡里は何気ない顔をして答えた。
「いや、ケイとの縁も戦車道があったからだなーって」
「そう!このノート!これ渡里さんが書いたんでしょ!?」
しゅば、と眼前に突き出されたのは一冊のノート。
それを見た瞬間、渡里は高校時代にタイムスリップした気分になった。
「そうそう。あー、懐かしいなぁ」
手に取り、中を見る。
そこにはかつて渡里が記した、いろんな意味で意地悪な戦術が載っていた。
「うーん、若い若い」
卒業アルバムを見るかのような、なんともこそばゆい気持ちだった。
未熟、というか全然垢抜けてない。
「当時は傑作だと思って作ったけど、今見るとなんかあれだな、下手くそだな」
「What!?これで!?」
横からノートを覗いていたケイが、驚きの声を上げた。
しかし渡里は事も無げに頷いた。
だって本当のことだ。
もし今の自分がこのノートに黒森峰の攻略法を記すとして、間違いなくこれ以上のものを書ける自信がある。
「じゃあ今はもっと凄いのね……」
「英国に留学する前だったからな。海外の戦車道に触れると結構変わるよ」
「そうなの?」
「戦車道に関してはドイツとかアメリカとか、そういう所の方が進んでるから」
日本の戦車道が弱いとは思わないけど、それでも優れているのは海外勢だ。
理由はいろいろあるけれど、一番大きいのはプロリーグの有無だろうか。
世界各国から集まった優秀な戦車乗り達が鎬を削る海外プロリーグと、社会人チームが仕事の合間にチョコチョコとやっているような日本とでは、そりゃ差が出てくるに決まってる。
「もし本気で戦車道を生涯の生業にしていくつもりなら、留学も悪くない。これまでとは全く違うものに触れるっていうのは、何にしても大事なことだよ」
「うーん、そうなんだ。留学かぁ……」
「サンダースならアメリカに何かしらの縁があるだろ?そんなに難しいことじゃないじゃないか」
なんせサンダース大付属だ。
あそこはチャレンジ精神のある生徒には結構な支援をしてくれる。
日本で一番、やる気さえあればなんでもできる学校だと思う。
「そうなんだけど……ねぇ渡里さんは英国に留学してたんでしょ?もっと話聞かせてくれない?」
「もちろん。少しでも役に立つなら」
「ついでにこのノートの事も!私ずっと話を聞いてみたかったの!」
渡里は苦笑しながら頷いた。
本当に人懐っこい子だ。心の距離の詰め方で言えば、角谷と似たようなところがある。
あっちはいつの間にか忍び込んでいる感じだが、ケイは正々堂々真正面から乗りこんでくる感じ。その分爽やかというか、迫られてるこっちも気持ちいいものがある。
だからだろうか。
留学時代の話を、してもいいと思ってしまっているのは。
「お、プラウダが動き始めたぞ」
アンチョビの声に、全員の視線が中継モニタへと移る。
ケイと渡里の会話は、これにて一旦途切れることとなる。
果たしてそれが、良いことであったのか、悪いことであったのかはさておき。
「四つの小部隊に分かれての前進。扇形に広がる感じの進路から見るに、いつも通りの包囲殲滅か」
「カチューシャからすれば小細工なんて必要のない相手。自分の一番自信のある戦術を打つのは当然でしょう」
「大洗女子も、それが一番嫌だっただろうしね」
三人の会話を聞きながら、渡里は静かにモニタを見つめた。
確かに何の変哲もない一手。
数、質、全ての要素で相手を上回っている以上、ああいう純粋な力押しは最善の一手となる。
プラウダの隊長も、その辺は確信犯的にやってるだろう。
「――――――――」
しかしその時、渡里の眼は
おそらくは神栖渡里にしか見ることのできないような、あるいは余人には見えたとしても異常として映らない、そんな機微を。
渡里は地図を開く。
そしてそこに記された地形情報と、モニタに映る
それは渡里にとって何ら難しい事ではない。
寧ろ呼吸するのと同じくらい、無意識でも行える動作であった。
「渡里さん?」
「なんだなんだ」
周りにいる少女たちは、渡里の急変に不審に思ったようだった。
しかし渡里は、そんな事に思考と感覚の矛先を向けている暇はなかった。
なぜなら彼はその時、数十分以上先の未来にいた。
「―――――――」
頭の中を、仮想の戦車と仮想の戦車乗りが駆け巡る。
彼女達がこれから描く紋様、渡里はそれを見透かす。
他人には見る事は勿論、この時点では感じることすらできない遥か先の未来を。
「―――――――おかしいな」
大きく息を吐いた後、渡里はポツリと呟いた。
それは彼が思考の海から浮上した証であった。
「渡里さん渡里さん、急にどうしたの?」
「読みが外れたかも」
隣にいたケイに目もくれず、渡里は視線を地図に固定したまま答えた。
故にこの時、ダージリンが珍しく驚いた表情をしていたことに、渡里が気づくことはなかった。
「…………頭でも打ったかな」
その時の渡里の言葉は、おそらく誰にも理解されるものではなかった。
例えそれが、彼を良く知る西住みほであろうとも。
仕方ないことなのだ。
空を駆る生物に水底を知る由がないように。
誰も、自身とは違う領域に棲むものを理解できない。
なればこそ、未来いる彼を、どうして現在にいる諸人が理解できようか。
「渡里さん、一人で考えてないで説明してほしいわ。一体何があったの?」
「………あぁ」
その声は渡里にしてはひどく緩慢で、寝起きのそれに近いものだった。
それが現在に帰還するための料金だったということを知っていれば、また違う風に聞こえたかもしれないが。
はてさて、どう説明しようかと渡里は考えた
今、自分の頭の中にあるものをそのまま言語化して伝えることは容易だ。
しかしそれは、言ってしまえばただの予測。
ドヤ顔で「かくかくしかじかだ」みたいなことを言って、それが見当違いだった時の恥ずかしさたるや。
20歳を超えた身空でも速やかに首を吊るレベルの羞恥だ。
加えて、果たして彼女たちは理解できるのかという懸念もあった。
我ながら思考回路が突飛だという自負のある渡里は、自分の考えを、特に結果ならまだしも過程となると、あまりつまびらかにすることはない。
それは説明しても意味がないからという、孤独な理由だった。
(ま、いっか。あくまで可能性の一つという体にすれば)
姑息な事を思いついて、渡里は口を開いた。
「フラッグ車の位置が少し気になるんだ。心なしか、普段より前がかりな気がする」
「えぇ?あー、言われてみれば……そんな気もするようなしないような」
アンチョビの反応は、渡里の予想通りのものだった。
というか多分、誰に言ってもこういう反応だっただろう。
渡里は、そんな優秀な戦車乗りでも首を傾げるような些細な、言ってしまえばあるかないかも曖昧な変化点をキッカケとして、思考を展開していたのだ。
穿った見方と言われれば、渡里は否定できない。
前がかり、とは言っても、それは最後尾より少し前気味というだけの話。
全体で見ればフラッグ車の位置は陣形の真ん中よりという、教科書通りのものだ。
これに違和感を覚えるというのは、あまりにも神経質かもしれない。
しかし渡里は、自分の感覚は過敏でも鈍麻でもないという自負があった。
その感覚が見過ごさなかったということは、おそらくそういうことなのである。
「もしあのフラッグ車があのままの位置を維持するなら、これからプラウダが作るであろう包囲網の
これは今あのモニタに映っている光景の時間を少し進めればわかる事だ。
大洗女子と接敵した所から、プラウダはあっという間に包囲網を構築する。
しかしこの場合は、プラウダの作る包囲網さえ抜けてしまえば、大洗女子学園は目と鼻の先にフラッグを捉えることができるということでもある。
大洗女子からすれば願ってもないチャンスだ。
唯一の勝利条件が、あらゆる障害を自分から乗り越えてこちらに来てくれたのだから。
しかし、
「ご丁寧に急所を差し出されることを、果たしてチャンスと呼ぶのか」
「私なら罠と見ますわ」
それはこの場にいる全員がそうだった。
戦いの大前提として『フラッグ車を危険にさせない』というカチューシャの性質を知っていれば、罠と見破れずとも違和感を覚えることはできるだろう。
「みほも多分それは気づく。だが、踏みとどまれるかと言われれば……」
「罠を承知で突き進む?」
ケイの言葉に渡里は頷いた。
仮定の話をしよう。
目の前にあるフラッグ車を追いかけるとどうなるか、が分からないとして。
サンダース大付属は止まれる。
聖グロリア―ナも止まれる。
しかしアンツィオ高校はそうでなく、また同じように大洗女子学園もそうではない。
「大洗女子は絶対的に短期決戦しなければならない。雪という環境、戦力差、それらを考えた時、時間は大洗女子学園に決して味方しない」
「そのため、ほんの少しでも隙があればすかさず飛び込む」
「例えそれが、見せかけの隙だとしても」
一旦仕切り直せばいい、となるのがサンダースや聖グロなら。
罠だとしても食い破ればいい、となるのがアンツィオや大洗だ。
それはそれで、一つの正解でもある。
「おまけに作成会議の時、俺が『さっさと終わらせろ』と言ってしまっているし、多分みほや……角谷もかな、同じことを試合前に言ってるだろう」
間違ってはいないのだ。
ただ今回に限って言えば、
「でも、なんで飛び込んじゃダメなんだ?」
アンチョビが首を傾げながら言った。
更に彼女は言葉を続ける。
「渡里さんの言い方だと、まるでそれがダメみたいじゃないか。例えそれが罠として、プラウダが何かしらの策を用意していても、別にそれが致命傷になるっていうわけでもないんじゃ……」
「確かに。仮に窮地に陥ってもみほはそういう状況を打開するのが得意だし、リスクリターンを考えたらそこまで悪い気はしないけど」
「うん、そうだな」
渡里が肯定すると思っていなかったのか、面食らったのはケイとアンチョビの方であった。
彼女たちの言う事は、当然渡里も通った道である。
大洗女子学園の実力を考えれば、一回くらいはなんとか凌ぐことができるのではないかと渡里も思う。
運がよければフラッグ車を撃ちとれると考えると、悪い話には聞こえない。
「「――――――ある一つの策さえ使われなければ」」
声が、重なった。
今度は流石に、渡里も面食らった。
目を丸くし、もう一人の発言者に目を向ける。
すると彼女は、にっこりと美しい笑みを浮かべながら、渡里の方を向いていた。
「渡里さんにはあるのでは?食いついてはいけない、致命傷になると、そう断じる考えが」
「……多分、ダージリンが考えている事と同じことだよ」
「すみません、私は何も思いついていませんの」
はぁ、という声がどこからか上がった。
そんなこと気にした様子もなく、ダージリンは紅茶を一口味わった。
「カチューシャの事はあまり知らないし、彼女が今何を考えてるかもわかりません―――――けれど、渡里さんの考えている事は少しだけ想像できますわ。渡里さんがそう言うからには、何かしらの理由があるのでは、とまぁ逆算して考えてみただけで。あら、これでは読みではなく推理ですね」
「………ハッ」
渡里は笑った。
一本取られたとでも言うような、そんな笑いだった。
「――――初手、
空気が張り詰める。
可能性の話をしているはずなのに、その言葉はあまりにも現実味を帯びていた。
「後者なら何の問題もない。ウチはプラウダの包囲に関しては対策を積んできてるから、そこを突破口にしていける」
「も、もし前者だったら?」
一言、簡潔に渡里は答えた。
「――――負けるかも」
神栖渡里は、戦車道では嘘をつかない。
それを知っているかどうかで、今の言葉は重くも軽くもなった。
〇
大洗女子学園は初めての雪の戦場に、意外なことにそこそこ対応していた。
神栖渡里が課した雪対策、それがこれ以上ないくらいに役立っていたからである。
操縦は何の問題もなく、部隊の行動に乱れはなし。
これが初めて雪中戦を行うチームの動きだと言われても簡単には信じてもらえない程、大洗女子学園の行軍は立派なものだった。
隊長の西住みほは、改めて大洗女子学園戦車道講師にして兄である神栖渡里の手腕に驚くしかなかった。一体あの人は、何度自分をびっくりさせれば気が済むのだろうか。
(最初は正気を疑ったけど……)
ちゃんと意味があるものだったんだと、みほは過去を思い返した。
『これから戦車に乗る時は、常にこのサングラスをしてもらう』
神栖渡里による雪中対策は、そんな一言より始まった。
それに対する大洗女子学園の面々の反応は、言葉にするなら「はぁ?」であった。
サングラス。日光から目を守るために色を付けた眼鏡である。
日差しのキツイ夏によく使われるもので、間違っても戦車道に使われるものではない。
『雪対策は視覚と聴覚、そして操縦の三点だ。コイツはその内の視覚を鍛えるために使う』
曰く。
雪中戦は視界が悪く、雪が音を吸うためにエンジン音などが聞こえづらく、戦車の操縦が一等難しくなる。
雨天時の戦闘と似たことが言えるが、低気温のために五感が鈍りやすく、その下降分を打ち消す為に平時下での五感をより研ぎ澄まさなければならない。
普段より調子いいな、くらいでようやく普段通りになるのが雪中戦であるそうで、そこで兄が考えたのがこの策、兄が言うところの小細工である。
『これから試合まで、視聴覚を封じさせてもらう。サングラスを着用し、戦車から外を覗ける部分には全てこのメッシュネットを張り付ける』
『ほ、ほとんど何も見えないんじゃ……』
黒い糸で塗った虫網のようなものを、例えば照準器なんかに着けられて普段通りに砲撃できるわけがない。
『聴覚に関しては大した問題につながるわけじゃないが、まぁついでだな』
耳栓を手の中で遊ばせながら言う講師に、誰もが思った。
ついでで五感の一つを奪われてたまるか、と。
『此処に加えて、水でズブズブにした泥の上に草を敷いて作った、嵌るんだか滑るんだかよく分からない道を用意した。試しに走ってみたら雪に近い……わけじゃないがまぁ走りづらかったし、仮想雪としては使えるだろ』
雪に近くないんかい、と誰もが思ったが、兄を怒ることはできなかった。
その道を作るのに掛かった労力と時間を想像することが容易かったためである。
『じゃあそういうことで。あまりにパフォーマンスが下がったチームは当然ペナルティがあるから、気合入れてやった方がいいぞ』
(多分外から見たら相当面白い光景だったよね……)
サングラスと耳栓を付けた女子が戦車を乗り回す姿は、さぞ滑稽だったに違いない。
しかし当のみほ達は真剣そのもの。
神栖渡里の口から出るペナルティという言葉にロクな思い出がなかったのも要因の一つであった。
そんなこんなの雪対策だったわけだが、実は『五感を鍛える』という点においては付け焼刃以下の効果しかないとみほは思っている。
見えないものを見えるようにするのも、聞こえないものを聞こえるようにするのも、決して簡単ではないからだ。
だからあの訓練の本当の意味は、もっと別。
不可視の可視化ではなく、意識の拡大。
自分達が普段、どれだけ漫然と物事を感じているかを自覚することが、兄の狙いなのだとみほは思う。
後は小さいところだが、すごく重い荷物を降ろした時、一時だけ身体が軽くなった気がするような、そういう効果の狙いもあるだろう。
この試合限りのドーピングだが、どうせこういうシチュエーションは今回限り。この試合だけどうにかできてしまえばいい、という講師の思惑が透けて見える。
(まぁ、なんでもいいけど)
実際兄の雪対策は本当に意味があったのか、正しい論理を伴った訓練だったのかは、今はどうでもいい。
隊長であるみほにとって大事なのは、
お蔭で雪を考慮に入れて作戦を立てる必要もなく、余計な変数が混じらない分思考はクリア。
それで充分なのである。
まぁ一つ言わせてもらえるなら、あの人の雪対策は
……兄らしい、という言葉で許してしまいそうになる自分がいることを、みほは果たしてどう捉えるべきなのだろうか、と考えた。
「中々プラウダの姿が見せませんね……そろそろ接敵してもいいはずですが」
「自分達に有利な場所で待ち構えているのでしょうか……?」
「もしくはトラブルでも起きたか。それだと楽だ」
パンツァーカイルで進軍すること数十分。
今回は相手が大多数ということもあって、積極的に斥候は放っていない。
基本的にはまとまって動き、偵察をする場合は二両以上にし、あまり本隊から離さないようにしてきたが、未だ成果はない。
一応プラウダの進行ルートを予想し、そこに合わせて部隊を動かしてきたのだ。
優花里の言う通り、そろそろ戦車の影くらいは見えてもいい頃合いだとみほも思うが、プラウダ高校は依然として白雪の彼方に消えている。
こうなってくると
雪中戦においては黒森峰すらも凌ぐ彼女達に用意された罠に引っかかってしまえば、おそらく無事では済まないからだ。
みほとしては慎重に戦車を動かさなければならないが、これがそうも言ってられない。
なんせ時間をかければかけるほど不利になる試合だ、ある程度は積極的にいかなければならない。
(向こうが先に動いてくれるなら助かるんだけど……)
先手を取るという定石に逆らった考えを、みほはこの時持っていた。
そして幸か不幸か、その時は音もなくやってくる。
「―――プラウダ高校の戦車確認!方角10時方向、数は四!」
「各車戦闘準備!」
咽頭マイクに手を当て、みほは指示を下す。
四両は偵察部隊とも、それ以外とも取れる微妙な数だ。
前者であればこちらから攻め、後者なら迎撃態勢を整える。
判断の難しい所だが、相手に後退の気配はなく、寧ろ好戦的な雰囲気を醸し出している。
(包囲かな……)
プラウダ必殺の戦術、大いに有り得る。
戦車の性能は勝ちこそすれど、数で負けていながらそれでも戦うというのであれば、それは近くに友軍が在る事の証左。
交戦しつつ引き付け、みほ達が前がかりになった瞬間に背後からズドン。
後は流れるように囲んで叩く、というところか。
「みほ、どうする?」
「10時方向の相手を叩きます。真正面から戦うと危険だから上手くいなしつつ、火力を集中させて一息に」
隊長の指示により、大洗女子学園は取舵になった。
こういう時に足を止めて戦うと囲まれる。かといって退いては士気に関わる。
なら相手の戦力が集まる前に、各個撃破してしまおう。
六両の戦車は、さながら狼のように牙を剥き、襲い掛かった。
大気を切り裂くような轟音が一つ、二つ、そして間もなく連なるようにして響くようになる。
砲撃戦の幕開けである。
火力は客観的に見てこちらが微有利。
砲性能はあちらが上だが、こちらは手数で勝る。
まともに装甲を抜ける火力を持つ戦車は少ないとはいえ、やはり数の利は大きい。
加えて今回は、積極的に砲撃戦を挑める理由が一つ増えていた。
複数砲塔を持つルノーB1bisの参戦も勿論あるが、それ以上に大きいのは……
「華さん、調子はどう?」
「感触の違いにも慣れましたし、かなりいい感じです」
四号戦車に新しく搭載された、長砲身43口径75㎜砲。
前装備と比べて貫通力が向上し、単純な攻撃力で言うなら三号突撃砲に並ぶあんこうチームの新装備が、この試合にて初陣を飾っていたのだ。
これは慢性的な火力不足である大洗女子学園にとっては、本当にありがたい追加装備であった。なにせ三突頼みだった中距離以降の対戦車戦闘において、切れるカードが一枚増えたのだ。隊長であるみほにとって、その一枚がどれほど戦術の幅を広げてくれるか。
全くこういうものがあるなら、早く換装してくれないればよかったのに、とみほはメカニックチームリーダーである兄に愚痴を零した。
この装備自体はルノーB1bisと同時期に発見されており、搭乗員不足やら整備不足やらでアンツィオ戦に間に合わなかったルノーとは違って、十分アンツィオ戦から使えるはずだったのだ。
それを兄が「まぁ別にいんじゃね」と換装できる準備だけしておいて実行に移さなかったのである。
まぁ「準決勝に向けて手の内は隠しておきたい」とか「アンツィオ相手には過剰火力」だとか、そういう理由があってのことなのだから、プンスカ怒ることではないけど。
しかし満を持しただけあって、効果は覿面。
華の砲撃精度も相まって、プラウダをジリジリと後退させるだけの威圧感はあるようだった。
しかし喜んでばかりもいられない。
どれだけ押しても、撃破に繋がらないのであれば意味がない。
「距離を詰めます。一番右端の戦車に砲撃を集中させてください!」
砲撃は苛烈さを増す。
撃ち出された弾は白雪を抉り、下地になっている茶色を抉り出す。
その光景を眺めながら、みほはプラウダに抗戦の意志が健在であることを感じ取っていた。
(やっぱり簡単にはいかない……)
なんとか一両二両落としたいところだったが、流石にそう上手く事は運ばないか。
「どうしますか、西住殿。このまま粘られてしまうと……」
「―――――ううん、このまま行こう」
優花里の懸念は、眼前の戦車に気を取られすぎて包囲されてしまうのではないか、というもの。
みほもそれは承知。その上で、みほは現状の維持を決断する。
「沙織さん、各車に伝令をお願いします。後背に相手戦車が来た時点で、
「真っ向勝負か」
麻子の言葉に、みほは一つ頷いた。
包囲に関しては、実はそんなに心配していない。
言わずもがな、兄の力があるからである。
だからみほとしては、
ずっと隠して、ここ一番で切るべきなのか。
それとも最初に切って、相手の得意戦術を一つ潰すべきなのか。
後に取っておけば、ここ一番での勝負所で一歩相手を出し抜けるかもしれない。
先に使ってしまえば、プラウダの歯車を一つ壊すことができるかもしれない。
どちらにもメリット・デメリットはあるが、みほは後者を取ることにした。
それは絶対的強者であるプラウダに普段通りの戦車道をされては敵わない、自分達が勝つためには相手のペースを崩さなければならない、という考えあってのことだった。
「プラウダ増援!背後に四両!」
「
みほもまた同様の感想だった。
八両にしたって大洗女子学園を屠るには十分かもしれないが、かといって余す理由もない。
おそらくは時間とともに戦力は増大していくだろう。
なら、抜けるタイミングは今しかない。
「包囲を抜けます。練習通りに行けば問題ありません。落ち着いて行動しましょう」
了解の意を伝える声を聞きながら、みほは周囲を見渡した。
八両というと、一回戦で対戦したサンダース以下の数だ。
それを経験し、加えて少なくも15両以上の包囲を想定して練習してきたみほ達にとって、突破口を見つけるのは容易い。
(数か所はある。なら……)
より可能性のある道はどれかを選ぶ。
部隊の展開がしづらいとか、増援と鉢合わせそうとか、そういったものを削除していき、最終的にみほは一つの道を残す。
「沙織さん、お願いします」
「りょーかい!」
そしてその思考は、通信手によって部隊に伝播していく。
そこからはあっという間だ。
まるで互いに
この包囲は簡単に破れる、とみほは思った。
包囲を構築する部隊間の連携に、僅かな解れがある。
おそらくは地吹雪の異名を取るかの隊長が、此処にはいないのだろう。
理由は不明だが、僥倖である。
ここで完膚なきまでに包囲を攻略してみせれば、後々の戦いがやりやすくなる。
それだけでも包囲に挑んだ価値はある。
そうこうしている間に、大洗女子学園は呆気なく包囲網に穴を空けた。
こうすれば後は簡単である。
包囲の穴を修復しようとした相手の逆を突いて、別の穴から抜けていけばいい。
サンダースの時と似たような手だ。
(口で言うほど簡単じゃないけど)
それでも大洗女子学園があまりにも簡単そうにやってのけるのは、しっかりと対策ができているから。
あるいは、その対策の完成度が異常と言ってもいいほどのものであるからだ。
「全員包囲から脱出!損害なし!」
「やりましたね西住殿!」
歓声を聞きながら、みほは一つ息を吐いた。
成功する確率の方が高いとはいえ、失敗した時のリスクは常に考えてしまう。
特にそのリスクが多大で、チームを預かる隊長という立場なら尚更。
それでも消極的ではいられない。
戦車道の女神というのは勇者と賢者に加護を与え、腑抜けと白痴には剣を突きつける、そういう存在だ。
故にその寵愛を得たければ、例え危険があったしても踏み込まないといけない時もある。
「―――――――あ!?」
そしてそれを踏破した者には、ちゃんと相応の褒美をくれる。
「こちらアヒルから全車へ!前方にフラッグ車!!護衛がいません!」
「こちらカバ!確認した!」
包囲を脱し、疾走しながら隊列を整えようとした大洗女子学園の眼前。
さながら大洗女子学園の決断と行動に対する天からの授かり物であるかのように、それは立っていた。
「―――――」
本能的に、本当に咄嗟という言葉がピッタリと当てはまるくらいに、みほは
それが寸での所で声にならなかったのは、みほの中にある天稟と経験のお蔭だっただろう。
しかし、
「チャンスだ!奴ら私達を包囲で倒せると思ってフラッグ車の守りが甘くなってるぞ!」
「護衛もいないし、ここで倒せれば―――」
「勝てる!!」
「進めーー!」
「へ?あ、ちょっと!河嶋先輩、みんな落ち着いて―――」
それは、持たざる者には足を止めることはできないということに他ならない。
沙織の静止も虚しく、四号を除く五両の戦車は前進してしまう。
唯一ルノーB1bisだけが二の足を踏んだが、四両に釣られるようにして結局は進んでしまった。
「みほ、どうしよ!?」
「………」
思考の猶予は、極僅か。
その中でみほは、最大限の事をした。
フラッグ車を安全圏に置くのがプラウダの隊長の特徴である以上、この状況が生まれる為には『人為的ミス』か『罠』のどちらかが必要。『偶然』はない。
なら二つの内、どちらがより可能性が高いかと言われれば、それは後者である。
だからここは慎重を期するべき、かもしれない。
けれど理屈に適った事だけをしてれば勝てるというものでもない。。
時には勢いとか、そういった抽象的なものが勝敗を分かつことだってある。
故にみほの選択肢は二つ。
安全を取ってチームの背中を掴んで止めるか、
「―――行こう」
その背中を押してやるか、である。
「みほさん、いいんですか?」
「うん、みんなの士気を下げたくないし……今は勢いを優先したい」
「ですが罠の可能性もあるんじゃないでしょうか?」
「だが同時に千載一遇のチャンスでもある。この先また同じような機会がある保障もない」
「時には勢いでどうにかなる時もあるしね!恋愛と一緒!」
議論は終了。
意志の統一が済めば、四号戦車はすぐに部隊の先頭へと躍り出て、逃亡を開始したフラッグ車の無防備な背中に痛烈な砲火を浴びせる。
「撃て撃て撃て撃てーーー!!」
一番声高に叫ぶ人が一番的を外しているのはさておき。
追撃は走りながらの砲撃。静止射撃と比べれば、格段に精度は落ちる。
河嶋ほどではないにしても、全員中々弾を当てることができない。
全速力で飛ばしても、彼我の速力を考えると差はあんまり詰められない。
残念だが、此処に関してみほの戦術の出る幕はない。ただ砲手たちが、かの戦車を貫いてくれることを祈るしかない。
「―――――――」
ここが、実は分水嶺だった。
この時みほ達の脳裏には、当然のようにプラウダ高校が敷いた罠の可能性が過っている。
それは間違いではなかった。
事実として、プラウダのこの行動は恐るべき作戦の前段階であり、それは安易な表現になるが『よく練られた戦術』だった。
しかしそれは、試合全体で見た時の話である。
焦点をこの、追う大洗女子学園と逃げるプラウダ高校フラッグ車に当てた時、実はそこには何の策もなかった。
言ってしまえば、ここは洗女子学園にとっても、プラウダ高校にとっても、賭けだったのである。
これは誰にも予想しえないことだった。
しかし当然である。一体誰に、プラウダが『フラッグ車の撃破』というリスクを前提にした作戦を立てるなど、想像できるというのだ。
それは無意味を通り越して有害とさえ言える暴挙。
しかし地吹雪の異名を持つ小さな暴君は、それを悠々と行った。
「―――――あ、丘の向こうにいっちゃった……」
「うーん、これじゃあ……」
「く、間に合わなかったか……!」
かくして戦車道の女神は、プラウダに微笑んだ。
背負ったリスクに値するだけの、大きなリターンを伴って。
「まだだ!!追いかけろ!!」
「え、えぇ!?河嶋先輩落ち着いてください!『稜線は迂闊に超えるな』ですよ!?」
「『機は逃すな』でもある!今は絶好のチャンスなんだぞ!」
沙織の言葉は、河嶋を止めるには軽すぎた。
ならばもっと、重みのある言葉が必要だろう。
みほは口を開いた。
「河嶋先輩。深追いは危険です。仕留めきれなかったのは残念ですが、ここは一度退いて態勢を整えましょう」
「………だが!」
抑えきれない激情。
その中にみほは、ほんの僅かな焦燥を感じ取った。
「あの、何をそんなに―――――」
急ぐ必要があるのか。
それは言葉として発露する前に、喉の奥で霧散した。
突如として砲撃が大洗女子学園を襲ったのである。
舞い上がる白雪に目を細めながら、みほは砲弾が飛んできた方に目をやった。
「伏兵……!」
やはりいたか、とみほは口を一文字に結んだ。
フラッグ車でこちらを釣り、伏せていた兵で不意を突く。
教科書に載っているレベルの王道戦術だ。
「数は……六両!」
「同じじゃん。いけるんじゃないの?」
「沙織、よく見ろ」
「へ?………あ゛!」
稜線の脇から這い出るように現れた六両の戦車。
そこには見逃せないものがあった。
「KV-2にIS-2!プラウダ高校の最大火力です!」
KV-2。街道上の怪物の異名を取る、重装甲超火力を誇る要塞の如きロシア製戦車である。
正面装甲厚110㎜というだけでも十分手を焼くが、特筆すべきは152㎜榴弾砲。
おそらく戦車道に参戦可能な戦車で、これの直撃を耐えれる戦車は存在せず、装甲の薄い大洗女子学園など掠っただけでも余裕で撃破されてしまうだろう。
そしてIS-2。KV-2が街道上の怪物なら、こちらは戦場の化物だ。
何せ最大装甲厚ではKV-2を10㎜上回り、火力に関しては同程度の脅威を持ち、なおかつ機動力は四号戦車と遜色ないという走攻守が完全に揃ったハイスペック戦車。
ただ真に脅威なのは、戦車の性能ではない。
そこに乗っているであろう、
サンダースのナオミと、日本一の砲手の座を争うもう一人の
魔弾の射手、ノンナ。
兄の情報では、赤ペンで三重丸が付けられるレベルの、ある意味では隊長のカチューシャよりも注意しなければならない選手である。
「みほ、どうする!?」
「後退します。各車に伝達をお願いします」
それ以外の選択肢があろうか。
まともに戦うのは当然論外。
なぜならアレらは事前に「なるべくまともにやり合わずに済ませよう」という意見で満場一致していたもの。
そこに関してはあの兄も「まぁそりゃそうだ」と苦笑いするレベルだ。
みほの決断に、流石の河嶋も従った。
全車速やかに踵を返し、未だ履帯の後が残る雪原を帰ろうとする。
「終わりね」
そしてこの時、天秤は完全に傾いた。
果たして小さな暴君の声は、みほに届くことはなかったけれど。
「――――……」
みほは全身の血が一気に足まで下がる感覚を味わった。
あ、という呟きが知らず口から零れ、虚しく寒空に溶けていく。
隊長たる者、例え攻撃の最中であろうとも防御の事は忘れない。
相手を追撃するために前進の指示を飛ばしても、その一方では常に退路の事を考えている。
少なくともみほは、そういう隊長であった。
だからみほの頭の中の地図には、はっきりと退却ルートが描かれている。
そしてその両目にも、白い雪の上を奔る光の道が映っている。
故に気づいた。
その退却ルートを阻害するものはなくとも。
その両側に配置され、退却しようとする大洗女子学園を容赦なく撃ち滅ぼさんとする戦車の群れが在ることを。
あぁ、そういうことか、とみほは理解した。
プラウダの狙いは、包囲で大洗女子学園を倒すことではなく。
フラッグ車を餌にした待ち伏せで倒すことでもなく。
縦深陣を敷き、その深くまで大洗女子学園を誘い込むこと。
そして何より、大洗女子学園から
「…………まずい」
そして、絶望が足音を立ててやってくる。
※効果は個人差があります。
意味がないように思える練習も効果があると思いこめばそれは意味がある練習()
頼むからダー様は料理下手であってくれ、という作者の願いと、アンチョビの女子力の高さは武部殿に比肩するだろ、という作者の想像が合体して生まれたのが序盤の光景です。
しかし隊長組の料理スキルとか、ちょっと一考の価値アリじゃないでしょうか。
西住姉妹は仮に下手くそでも好きな人ができでもすればめっちゃ頑張るだろうし、ダージリンも多分そういうタイプ。ケイさんは「実はできるのよ」ってウインクしてきそうだしアンチョビは言わずもがな、カチューシャはノンナが作るから問題無し。西さんは高校卒業してから花嫁修業するだろうしミカは「できないんじゃない。やらないのさ」とか言うしマリー様は「買えばいいじゃない」で全てを終わらせそう。