戦車道素人集団を優勝へ導く138の方法   作:ススキト

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本当はもっと先の展開まで書きたかったけどなんか書いてる内に16000字とか言われたので途中で切った話。

「オリ主の影薄いなー」と思いつつも「元からだったわ」と思い直しました。
まぁオリ主の出番はこの先にめちゃくちゃあるしね。

プラウダ戦は生徒会の三人の株が爆上がりした回ですね。
原作を見た時は「会長マジかっけぇ!」ってなった記憶があります。
「履帯切りの噛みつきカメ」みたいな二つ名があったらもっと格好良かったですが、ガルパンで異名持ってるのはカチューシャとノンナだけ。

ファンの間ではたくさんあるけどね。
「軍神」とか「ゼクシィ」とか


第41話 「プラウダと戦いましょう⑤ タートル・ラン」

その戦車は、渡里の目にとても格好良く見えた。

いや、その戦車が古い……いわゆるオンボロとか旧式とか、そういうものだということは知っていた。

足は遅く、砲弾一発で炎上し、百発当てたって相手を倒せない。そんな、びっくりするくらい弱い戦車。

ティーガーとかセンチュリオンとか、ああいった戦車には逆立ちしたって勝てないようなそんなポンコツ。

 

けれど渡里は、そんな戦車を駆って誰よりも勇敢に、苛烈に、燃え盛る火のように戦う人を、誰よりも近くで見てきた。

本当に、奇跡のようなものだったと思う。

どんな戦車も、あの人が乗るだけで歴戦の猛者になる。

 

風のように走り、城のように硬く、火山のように激しく。

並み居る相手を薙ぎ倒し、誰もが倒れ伏した戦場にたった一人立つ。

覇王とか魔王とか、そういう名前がピッタリと当てはまるなんて、渡里は幼心に思ったものである。

 

『ねぇ、もしかして魔法使いなの?』

 

ある時渡里は、その戦車の乗り手にそう尋ねてみた。

カタログスペックをガン無視して最精鋭、最新鋭の戦車を屠っていく姿をその様は、渡里には魔法としか思えなかったのである。

 

すると戦車の乗り手はこう答えた。

 

『もしそうなら、空を飛んで上から戦車で爆撃してやるさ』

 

つまりその疾走は、タネも仕掛けもないただの技術であった。

しかし当時の渡里は、その答えに納得がいかなかった。

はぐらかされた、と思ったのもあるし、それ以上にそれほど()()の技術は現実離れしていたのである。

 

ふくれっ面になった渡里に、彼女は愉快そうに笑って言った。

 

『なぁ渡里。戦車道っていうのは、強い戦車に乗ってる奴が勝つでも、強い奴が勝つでもないんだ』

 

何言ってんの、とでもいうような表情になった渡里。

すると彼女は、ポケットから棒付きキャンディーを取り出し、包みを向いて咥えた。

それが「子どもの前で煙草を吸うわけにはいかない」という彼女の、「咥えてる感触が似てるからこれで我慢するわ」という涙ぐましい努力であったことを渡里が知るのは、これより随分先の話である。

 

『勝つのは、()()()()()()だ。戦車の性能とか戦車乗りとして技量とか、そういったものを全部ひっくるめて、コンマ1でも相手を上回った奴が勝つ』

『じゃあ強い奴が強い戦車に乗るのが一番強いじゃん』

 

至極まっとうな渡里の反論に、しかし彼女は指を振って否定した。

 

『強い戦車っていうのは一つじゃないんだよ。大事なのは、ソイツに乗った時ハートにズシンと来るものがあるかどうかだ』

『なにそれ?せーしんろんってやつ?』

『要するに相性だよ。私が私らしく戦えるかどうか、私の持ってるもの全部吐き出せるかどうか、全てはそういうことだ』

『………ふーん』

 

ふい、と渡里は視線を他所にやった。

そこには今さっきまで彼女が乗っていた、例のオンボロ戦車がいる。

 

『じゃあアイツが()()だってこと?』

『アレは母親から譲り受けたはいいが、あちこちガタが来てるしそもそも性能も低いから使いようもないし、とはいうものの倉庫で埃を被って一生を終えるのは忍びないと思って使ってやってるだけだ。私の心が揺れ動いたことは未だかつてない』

『さっきまでの話なんだったの!?何がハートにズシンだよ!?』

『しょうがないだろ。私がしほや千代の乗ってるみたいなやつ使ってみろ、あいつら以外に誰も私を止められなくなるぞ。ついでに私も止まらなくなるぞ』

『今でも止まってないじゃん』

 

カラカラと笑う彼女に、渡里はため息を一つ吐いた。

あの戦車は彼女の拘束具でありながらリミッターでもあるらしい。

確かに今でも圧倒的な力を誇る彼女だ、それが更にもう二段くらい上に上がるとなると、いよいよ想像すら怖くなってくる。

戦車道とは彼女のいるチームが勝つだけの、なんともしょうもないゲームになるだろう。

 

『っていうか別にそれでもいいんじゃないの?勝ちたいんでしょ?』

『私は勝つために戦車道をやってるんじゃない。戦車道を心行くまで楽しみたいからやってるんだ』

 

そのためなら縛りプレイ上等。

 

彼女がそう言う限りは、きっとあの戦車は老骨に鞭を打たれ続けることになるのだろう。

倉庫で埃と共に暮らす日々とどっちがマシだろか。

渡里ならどっちも嫌だけど。

 

『さぁてと、それじゃあ常夫に整備させるか。渡里、しほにコイツ持ってくように言っといてくれ』

『なんでしほさんにやらせんの……自分で持っていけばいいじゃん』

『大人には色々あるんだよ。アイツ、キッカケがあればガンガン行けるのに、肝心のキッカケ作りがド下手だからな』

『はぁ………?』

『いいから行け行け。なんならお前が操縦して持っていってもいいぞ』

『俺ティーガーⅠ以外乗りたくない』

『コイツ………』

 

笑うように怒った彼女から逃げるようにして、渡里は足早に立ち去った

土を巻き上げ走る最中、ふとその戦車を見る。

 

ボロボロで、傷だらけで―――――それでもどこか誇らしげなその戦車。

ふと、渡里は思った。

 

コイツはきっと、最後まで走って死ぬのが本望なんだろう。

走って、走って、走り続けて。

戦って、戦って、戦い続けて。

その果てに精も魂も尽き果てて、戦場の中で死ぬ。

それを望むからこそ、あの人とうまくやっていけてるのだ。

 

あの人も、同じだから。

 

 

しかしてその望みが叶うことはなかった。

唯一の乗り手は、たまたま別の戦車に乗った試合で、戦いの最中事故によって命を落とした。

それによってかの戦車は永遠に乗り手を失うこととなり、戦場から引き離された。

 

彼女の子どもに受け継がれ、そして彼女の子どもと共に戦場を駆ける未来もあっただろう。

しかし残酷なことに、彼女の子どもは男であり、その未来が実現することは決して無かった。

男に、戦車道はできないのである。

 

そしてその戦車は誰を背に乗せることもなく、ひっそりと倉庫の中で眠り続けることとなる。

埃を被り、錆ができて、それでもなお目覚めることはなく。

遂に焦がれた鉄風雷火の戦場を再び見ること叶わず、その生を終えようとしていた。

 

 

『久しぶり。元気にしてたか?』

 

 

しかし人生に夜の帳が下りようという時、一筋の光が差し込む。

唯一の乗り手と同じ血脈を持った、男の手によって。

 

『実は困り事があってさ。戦車道新設校に講師として赴任したんだが、戦車が足りない。五両ほどいるんだが、多分見つかっても三つか四つだ』

 

あの頃と違って一段と低くなった声。

一回り大きくなった手の感触。

それらが鉄の体躯をなぞっていく。

 

 

『もしまだその気があるなら――――――もう一度走らないか?』

 

 

その時、()()の想いは一致した。

一方は、求めていた終わりを迎えるため。

そしてもう一方は、

 

 

『―――――今度こそ、お前を戦場で死なせてやる』

 

 

かつて心に焼き付けた疾走を。

母が見せてくれた勇ましき姿を。

誰よりも格好良いあの姿を。

 

再びこの世に、呼び起こす為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

「麻子―?なにしてんの?もう行くよ」

「……分かった」

 

「全員作戦は頭に入ってるな!」

「ここからは休憩なしだからね。皆お腹は空いてない?」

 

「うー、責任重大……」

「怖気つくなー!根性で乗り切るぞ!!」

 

 

大洗女子学園は窮地にある。

それを既に全員が正しく理解していたが、しかし不思議と一同に不安や恐れはなかった。

 

なぜなら彼女達には、負けられない理由があるから。

 

怯え、恐怖、そんなものはただの足枷だ。

そんなものに足を引っ張られている暇はない。

私達は前に進む。

そうすることでしか報いることのできない人たちがいるということを、知ったから。

 

そんな燃える思いが彼女たちの中の薪を燃やし、動力となっているのだ。

 

本当に不思議なチームだと、みほは思った。

『自分達が勝ちたい』よりも、『誰かの為に負けられない』の方が強いなんて。

そんなの、みほは今まで見たことが無い。

 

みほの知る戦車道は、いつだって厳しい世界だった。

自分の為に勝つ、自分の為に頑張る。

どんな努力もどんな勝利も、全ては自分の為。

それが戦車道。

 

それは確かに、紛れもない戦車道の一面だ。

けれどそれだけが全てじゃないと、みほは教えられた。

誰かの為に強くなれる人だって、戦車道にはいるんだ。

 

「じゃあ西住ちゃん、そろそろ行こっか」

「あ、はい」

 

隣に立つ赤い髪をツインテールにした少女、角谷の言葉に一つ頷いたみほは、しかしやや間を置いて彼女に問うた。

 

「あの、本当にいいんですか?」

「んー?」

 

とぼけたような表情だったが、その実彼女がみほの言う事を理解していることは明らかだった。

 

「……いいに決まってるよ、西住ちゃん。だってこれは、私たちがやらないといけないことだから」

 

瞳が真剣味を帯びる。

そんな顔をされてしまったら、みほから何かを言う事はできなかった。

 

「責任ってやつ?まぁ渡里さんは共犯だけど、西住ちゃん達にはちゃんと果たさないとね――――だから任せて」

 

すると彼女はニンマリと笑って言った。

 

「後は頼むよ、西住()()

「………はい」

 

ぎゅっとみほは、知らず拳を握っていた。

踵を返し、38tへと乗り込む彼女を見届けてから、みほもまた四号戦車へと乗り込んだ。

四号の中には既にあんこうチーム全員が着座していた。

 

「華さん、砲塔の調子は?」

「……すみません。渡里さんに教えてもらった応急処置も試してみたんですが、砲塔の旋回機能が直らなくて。激しい機動戦は少し難しいかもしれません……」

 

申し訳なさそうにする華に、みほは僅かに微笑みながら。首を横に振って答えた。

四号の砲塔はこの教会に逃げ込む際に弾が直撃し、不調に陥った。

しかしそれは華の責任ではないし、勿論誰かの責任でもない。

彼女が気に病む必要は皆無なのだ。

 

しかし事実として、四号戦車は武器を一つ封じられたに等しい。

なぜなら華の砲手としての類まれな力量も、長砲身へと換装した事で向上した火力も、砲塔旋回機能の不良という問題の前では十分に発揮されないからだ。

 

本来であれば行進間射撃、あるいは高速で動く相手への精密射撃なども難なくこなせただろうが、今の四号戦車には真正面の相手を撃つのが精々。

華の敏腕を以てしても、物理的に砲塔が回らなければどうしようもない。

 

だからといって腐らせるわけにはいかない。

それに問題は、何も四号戦車に限った話ではない。

撤退時、被弾により何らかの損害を被った戦車はいくつかあるのだ。

今更アレが動かないコレが動かないなどで気落ちしているわけにはいかない。

 

そういうのを一緒くたにして、なんとかして勝機を作る。

みほの隊長としての力が試されるところであった。

 

すぅ、と大きく息を吸った。

冷たい空気が肺を少し沁みたけど、思考はクリアになった。

 

「皆さん、これからプラウダの包囲網を抜けます。相手の陣形は堅く、簡単にはいかないでしょうが……それでも可能性はあります」

 

万に一つか、千に一つか。

もう本当に砂粒のようなものかもしれないけれど、希望は確かにある。

 

「最後まで諦めずに―――――走り抜けましょう」

 

もしその希望を掴み取るために奇跡が必要だというのなら、それでも構わない。

誰も勝つとは思っていなかったサンダース戦の時のように。

ここでも奇跡を起こして、皆をびっくりさせてやる。

 

眼前に広がるのは氷雪の舞台。

待ち受けるは雪の精鋭、プラウダ高校が敷く絶凍の包囲網。

この状況にあっては黒森峰女学園ですら凌ぐ堅固さと威力を誇る戦陣に、

 

 

「――――パンツァー・フォー!!」

 

 

大洗女子学園は不退の覚悟を以て挑む。

 

 

 

 

 

 

三方包囲という言葉がある。

端的に言ってしまえば、相手を包囲する際は完全に退路を断つのではなく、あえて一つ逃げ道を用意してやる、という考えである。

なぜそんなことをするのかというと、それは窮鼠が猫を噛まないようにするためだった。

 

人は追い込まれれば、本当になんでもする。

いい意味でも悪い意味でも、普段ではできないようなことを成し遂げてしまうのである。

そしてそういう時のエネルギーは計り知れない。今までどこにそんな力を隠していたのかと、そう問い詰めたくなるほどに強大だ。

 

それが『包囲から抜け出す』という方向性の元に発揮されたとき、果たしてどうなるか。

どれほど緻密に練られた堅牢な陣であっても、おそらくは無傷で済まなくなる。

ともすれば甚大な被害を受け、あまつさえ相手を逃がしてしまうことだってあるだろう。

 

そうならないために、一つ逃げ道を与えてやる。

すると不思議なことに、人は勝手に「その逃げ道を使わなくては」と思うようになるのだ。

選択肢はいくらでもある。前に進むも左右に進むも後ろに下がるも、いくらでも選択肢はあるというのに、その逃げ道を見た瞬間に他の選択肢は霧散してしまう。

そして間もなく、人はその逃げ道に殺到する。

そこに秩序はなく、あるのは死にたくないという本能だけ。

 

包囲を敷く側からすれば、これほど楽なこともない。

何せ相手が勝手に逃げ腰になる。そして正直に、予想していた道をひた走っていく。

本来であれば真正面から矛を交えなくてはならなかったはずが、逃げる相手の背に矢をかけてやるだけで済むようになる。

 

これは有史、戦場で幾度となく繰り広げられ、そして常識とさえなった論理である。

相手を追い詰めないという、たったそれだけのことでいとも簡単に相手を無力化してしまえる策。

 

この時カチューシャは、正しくその論理に則っていた。

教会を覆うようにして形成された包囲網。

その一か所に、決して見過ごすことのできない程の広大なスペースがあった。

 

人為的なミスによるもの、では決してない。

これはカチューシャが大洗女子学園の為に用意した、見せかけの活路。

わざとそこに飛び込ませ、無防備になった所をを強襲して終いにしようという罠であった。

 

そこまでする必要があるかと言われれば、それは微妙な所であった。

真正面から来ようが策を弄そうが、そんなものは弾き返してやるという気概も確信も、カチューシャにはある。

 

しかし手は抜かないと決めた。

全身全霊で、完膚なきまでに叩きのめすと。

 

ならば最善の手段を取る。

大人げなくても、容赦なくても、そんなものは知ったことではない。

カチューシャは何を引き換えにしても、西()()に勝たなければならないのだから。

 

「――――――ノンナ、準備はいい?」

『いつでも、カチューシャ』

 

突如、眼前の教会から戦意が充満する気配をカチューシャは感じた。

長く戦場に身を置くと、こういう風に目に見えないものを知覚する能力が磨かれる。

カチューシャの戦車乗りとしての経験が、大洗女子学園の攻勢の機を察知したのだ。

 

しかしカチューシャの備えは万全だった。

わざと開けたスペース。大洗女子学園が通るであろうそのルートに、カチューシャは魔弾の射手を置いていたのだ。

 

やることはあくまで単純だ。

相手の動きを誘導し、タイミングを見計らって堰き止め、その背後を撃つ。

ノンナの砲撃能力が全国でも一、二を争う以上、これほど有効な手もない。

 

今の陣形など、いわば仮初。

大洗女子学園の動き出しに合わせて流動変化する本当の陣形がプラウダ高校にはあった。

 

―――――それが綻びとなることに、この時は誰も気づいていなかった。

 

「―――――――来るわね。全員用意!」

 

カチューシャの号令から瞬き三つほどの時間。

それは始まった。

 

教会の中から、突如として一発の砲弾が射出されたのである。

 

行方は、誰にも分からなかった。

高速で飛来する砲弾の行き先など、見てから反応できるものではない。

 

故にその時プラウダ高校の誰もが、その砲弾が射出された事と、それが誰の戦車にも当たることなく地面に突き刺さったという結果を、コンマ数秒の僅かな時間で体験させられた。

 

そして、外れたと思う間もなく。

一息、雪が間欠泉のように舞い上がった。

 

「榴弾……雪を使った煙幕ってわけ」

 

 

カチューシャの言う事が、現実を一ミリの狂いもなく正確に表現していた。

榴弾は()()砲弾ではなく、()()()砲弾だ。

例えるなら前者がスナイパーライフル、後者がグレネードランチャーのようなもので、極小範囲に絶大な威力か、広範囲に高威力かの違いがある。

 

雪上を抉ったのは、その爆ぜる砲弾。

撃ち込まれた榴弾は地中で爆発し、土ごと雪を巻き上げたのである。

水を吸った重い雪であればこうもいかないだろうが、パウダーに近い細雪であれば確かにこんな芸当も可能だ。

カチューシャは感覚を研ぎ澄ませた。

環境に適した手を打てる辺り、どうやら破れかぶれにはなっていないらしい。

であれば相応の反攻を見せてくれるだろう。

 

そんなカチューシャの期待に応えるかのように、数秒ほどしか持続しないであろう白煙を切り裂き、一匹の蛇が飛び出した。

 

先頭は隊長車である四号戦車、その後に三号突撃砲、フラッグ車の八九式、M3リー、ルノーB1bis、最後尾には38t。

戦車が一列を成して、左右に細かく揺れながら地を這う。

 

その様をカチューシャはしかと見た。

蛇行は進路を悟らせないための擬態だ。

けれどどれほど巧妙に隠そうとしても、決して誤魔化せない部分はある。

胴体が蛇行しようとも、蛇の頭は必ず進行方向を向くのだから。

 

故にカチューシャが見るべき箇所は一つ。

先頭を走る四号戦車、その動向にだけ注意すればいい。

 

そしてその時は来た。

四号戦車が一度頭を振ったかと思えば、大きく進路を曲げて包囲網の一角、カチューシャの用意したスペースへと飛び込む動きを見せたのである。

 

「ノンナ!」

『問題ありません』

 

魔弾の射手が引き金に指を添える。

照準器の先では疾走する戦車。限られた視界の中では瞬く間に消えてしまいそうになるソレを、しかしノンナはその目に捉え続ける。

 

間もなくだと、カチューシャは確信した。

あともう少し大洗女子学園が踏み込んだその時、冬の冷気のように無慈悲な一射が彼女たちを射貫く。

 

まずは四号戦車だ。頭を失えば胴体も動かなくなる。

フラッグ車を真っ先に仕留めて試合を終わらせてやるのもいいが、それでは味気ない。

どうせ四号戦車以外は残しておいても大した脅威にはならないのだから、此処はカチューシャの欲を通す。

 

キューポラから顔を出し、カチューシャは趨勢を見守った。

直接手を下すことに、カチューシャは固執しなかった。

一騎討ちで打倒してこそ、という声もあるかもしれない。

 

けれどプラウダ高校は、カチューシャという一人の人間が統括し、支配するもの。

同校に所属する全ての戦車乗りは、カチューシャの意志を体現する為に存在している。

プラウダ高校という一つのチームが、カチューシャという個人と言っても良い。

 

であればこそ、カチューシャは誰が西住を討ち取ってもいい。

誰が討ち取っても、それはソイツの功績であり、カチューシャの功績でもあるから。

 

チームとしてその形は、歪かもしれない。

カチューシャ個人に大きく依存した、ワンマンチーム。

チーム全ての功罪は、カチューシャ一人が背負う。

しかしプラウダ高校の強みは、正にそんな所にあった。

 

さぁ、誰が西住の首を持ってくる。

カチューシャの口が弧を描く。

そしてそれとほぼ同時に、それは起こった。

 

 

蛇の頭が、真反対に曲がった。

 

 

カチューシャは一瞬で表情を変えることとなった。

 

大洗女子学園の隊列、先頭車両の四号の行き先が、カチューシャの用意したルートを外れたのである。

バカな、という思いと、何を、という思いが一挙に到来した。

 

()()()は、カチューシャが用意したという点を除けば、紛れもなく最善のルート。

仮に最善と言えなくても、他にどんな道があるというのか。

消去法でも選んだって、()()()になるはずだ。

 

なぜなら包囲網の一部をワザと脆くするということは、その分他の部分は一層強固になるということ。空いたスペースに置かれるはずだった戦車は、他の部分に回され補強材となっている。

そこにわざわざ突っ込むというのか。一体どういう論理で。

 

カチューシャは僅かに混乱した。しかしそれは、彼女の指揮をなんら鈍らせるものではなかった。

大洗女子学園の敗北の運命は変わらない。

背後から撃たれるか、真正面からハチの巣にされるか。

前者を嫌うというのなら、後者の末路を選ばせてやる。

 

しかし状況は、カチューシャの予期しない方へと進んでいく。

 

四号戦車の向かう先は、包囲網のどこでもなかった。

北でも南でも東でも西でもなく、四号戦車は進路を曲げた後、円を描くようにして走り始めたのである。

蛇の頭は、包囲網のどこにも食らいつかなかったのだ。

 

それが何を意味するのか、カチューシャは瞬時に悟った。

それは狂気の沙汰であった。

 

つまり大洗女子学園は、

 

「包囲網の中で戦うつもり………!?」

 

包囲を脱するのではなく、()()()()()()()戦う道を選んだのである。

 

包囲された側の動きの最終目標は常に、その包囲を破ることにある。

というのは、錯覚である。

考え方として、相手に四方を囲まれながらも戦うというのは、十分にある。

 

ただ誰も実行に移すことがないだけだ。

なぜならそんな戦い方で勝てる程、甘い世界ではないから。

どれほど知恵を絞り勇敢に戦ったとしても、数多の犠牲の経て最後には摩耗し潰える。

 

だから包囲は抜けださなくてはならない。

包囲されながら戦うなんていうのは、正気でやるものじゃないのだ。

 

「―――――全員砲撃用意!」

 

カチューシャは思考を停止させた。

これ以上大洗女子学園の行動に対する議論を重ねることに、意味を見出せなかったのである。

 

考えても仕方のないものは考えない。

それよりも今やるべきことはなにか。

それは明確であった。

 

包囲網の中で戦うというなら是非もない。

四方から砲弾の雨を降らして、それで終いにしてやる。

ビニール傘程度の防御力で、果たしてどこまで耐えられるものか。

 

「ノンナ、貴女もこっちに――――……」

 

カチューシャは魔弾の射手へと目を向けた。

プラウダからすれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()状況だ、全国トップクラスの砲手を遊ばせておく理由はない。

 

空けたスペースは最早無用。

ノンナを呼び寄せ包囲の輪を少しでも狭め、じわりじわりと削っていく。

カチューシャの算段は、そんなところだった。

 

そしてそれが実現することはないということを、カチューシャは次の瞬間に知ることとなる。

 

 

「―――――!!」

 

 

ノンナの駆るIS-2に、忍び寄る影が一つ。

全員の目が包囲網の中を這いずり回る蛇へと向けられている隙を突くようにして、ソレは魔弾の射手へと噛みついた。

 

「38t……!」

 

IS-2よりも二回りほど小さい戦車が、砲塔を右に45度回し、すれ違いざまにIS-2の右側面に一射浴びせた。

同時に、大洗女子学園の隊列最後尾を走っていた38tが、いつのまにか部隊を離れ単独行動に移っていたことに全員が気づく。

 

囮、ではない。

この状況で囮を使うなら、ポジションが逆。空いたスペースに部隊を、包囲網の中に38tを置かなければならない。

ならこの38tの狙いは?

 

その迷いと混乱がプラウダ高校に僅かな硬直を作り出し、そして38tはその硬直時間の中で最大限に躍動した。

IS-2に一射浴びせたのを発端とし、その勢いのままIS-2周辺の戦車に手当たり次第に砲撃し始めたのである。

 

絶対的窮地に立たされたいた者からの思わぬ反撃に、それを喰らった者たちは動揺した。

38tの火力では、余程ピンポイントで狙わない限り撃破されることはない。

しかしそんな事を知っているはずの彼女たちは、それでも動揺した。

それほどまでに、38tの攻撃は予想外であった。

 

しかしただ一人、冷静さを保っている者がいた。

彼女の冷たい声が、浮足立った同胞たちを静めていく。

 

「38tの砲手は精度が低い。落ち着いて対処しなさい」

 

ノンナの言葉は紛うことなき事実であった。

これまで38tの砲手として試合に臨んでいた河嶋桃は、神栖渡里の腕を以てしても向上が見込めない程、絶望的な砲撃センスをしている。

彼女がこれまで何度弾を放ったかは数え切れないが、その内いくつが命中したかは子どもでも数えられる。つまりゼロである。

 

攻撃的な脅威が無い以上、38tに大して囮の効果はない。

極論、無視しても構わないという考えの元放たれたノンナの言葉は、確かに正解だっただろう。

 

 

「―――――――」

 

 

一人の戦車乗りが、獰猛な笑みを浮かべた。

それを待っていたと、言わんばかりに。

その誤解が欲しかったと、言わんばかりに。

 

 

突如、――――――――鉄が折れる音がした。

 

 

鈍いようで甲高い、致命的な音だった。

 

何の音だと、あるプラウダの戦車乗りは思った。

そして間を置かずして、またもや同様の音が響き渡る。

 

「――――――――――っ」

 

いち早く()()に気づいたのは、やはりノンナだった。

キューポラから身を乗り出して戦場を視る彼女が、おそらく一番()()()()を見る確率が高かった。

38tから放たれし一射が、同胞の戦車の履帯を破壊する、その光景を。

 

「ちょっとノンナ、なにして―――――ちっ!!」

 

事態は同時多発的に起こった。

38tがT-34の履帯を撃ち貫いた直後、包囲網の中で這いずり回っていた蛇もまた毒液をまき散らし始めたのである。

一列に連なった戦車から生える、左右に向けられた砲身。

それらが間断なく火を噴く様は、蛇と言うよりは火山のようであったが。

 

火山岩が包囲網を手当たり次第に襲ったため、カチューシャはその対処に当たらねばならなくなった。

 

これにより戦場は二分された。

すなわちカチューシャ率いる部隊とそれに相対する大洗女子学園五両と、ノンナ率いる部隊とそれに相対する38t単騎である。

 

二分されたとはいえ、数の上でプラウダ高校は圧勝していたが、しかし状況は見た目ほどに優勢ではなかった。

なぜならカチューシャとノンナは互いの戦車が見えるほど近くにいるにも拘わらず、それぞれがそれぞれの眼前にいる相手に対処しなければならないために、互いの戦場に干渉する事が不可能になっていたのである。

 

これは特にノンナに対して大きな影響を与えた。

ノンナは砲手に対して最も高い適性を持つ戦車乗りであるが、能力値的にはオールマイティに属する。車長、あるいは部隊指揮官として振舞うことも可能だ。

しかしそれは、カチューシャという絶対的存在の下にあってこそ。

カチューシャと完全に遮断されたこの状況にあっては、おそらくノンナはフルスペックを発揮できない。

 

加えて今は、更に一つ困惑の要因があった。

それはデータに無い、38tの正確な射撃。

 

戦車にとって履帯を切られることは、足の健を切られることに等しい。

一本でも断ち切られれば、行動の自由を奪われ、その場で立ち尽くすだけの鉄塊に成り果ててしまう。

 

あの38tは、それを確信犯で狙っている。

そんな事できるほどの精密さは、なかったはずなのに。

 

『り、履帯部に直撃!身動きが取れません!』

 

三両目の被害者が出た瞬間、ノンナは決断した。

これ以上はマズいと、そう思ったのである。

 

IS-2を動かし、38tの進路上に躍り出る。

途端、38tは牙の矛先をノンナへと向けた。

 

右に左に大きくうねる様な軌道で迫りくる38t。

狩りを行う狼のような俊敏さを相手に対し、ノンナはあくまで冷静だった。

大袈裟な動きに惑わされないようにし、必ず38tの砲身がIS-2の正面装甲へ向くようにしたのである。

 

その動きは実に巧みで、そして大きな効果を生む―――はずだった。

 

38tの砲性能では、どうあがいてもIS-2を正面から打倒することは叶わない。

ならば当然、38tの方が先に現状の打破を図る。

此方の側面を取ろうと躍起になり、隙を晒したところを狙い撃てばいい。

それがノンナの算段。

 

 

「―――――そうそう、そうするしかないよねー」

 

 

そしてそれこそが、38tを駆る彼女たちの、カメさんチームの狙いであった。

 

あっち(カチューシャ)と合流はできない。履帯が切れた三両の戦車を置いてはいけないし、何より合流しようと思ったら私たちに背を向けなきゃなんない。だからここは、先に私たちを仕留めた方がいいし、仕留めないとダメ」

 

IS-2の周りを旋回する38tの車内で、彼女はニヤリとしながら呟く。

 

「そうすると注意はこっちに向く。この位置からなら西住ちゃん達を狙い撃ちにできるけど、その砲身は西住ちゃん達よりも私たちを優先する。それがどういうことかっていうと―――――」

 

 

一息、38tは流星となって雪上を駆けた。

目指す先はIS-2の側面、ではなく真正面。

掠っただけでも大損害を被るであろう超火力の砲身が鎌首を擡げるが、そんなことはお構いなし。

疾走の勢いそのままに、38tはIS-2への無謀なる吶喊(ラムアタック)を決行した。

 

 

「私たちがこうしている間、プラウダで一番厄介で危険なIS-2を無力化できるってわけ」

 

 

衝突は、劇的な結果にはならなかった。

元より体格差のある戦車同士の正面衝突だ。

38tが助走をつけて体当たりしたって、IS-2の被害といえば乗員の身体が大きく揺れた程度だろう。

 

しかし38tは止まらなかった。

エンジンが唸りを上げ、車体は前へと進もうとし、IS-2も負けじとアクセルを踏んで、装甲同士がひしめき合う。

さながらその様は白刃の鍔迫り合いを思わせた。

 

「―――――後退」

「背後に回りこめ、小山!」

 

IS-2が不意に刀を引いた。

途端、38tは前につんのめる―――――勢いを利用して、そのまま急旋回。

IS-2の後ろを取ろうとするところを、咄嗟に反応したIS-2が急速前進して距離を取る。

しかし38tも追い縋る。間断なく砲撃を浴びせながら、不規則かつ独特のリズムで彼我の距離を詰めようとする。

 

それに対応するノンナは、この38tを相手にするに辺り、カチューシャを気にする余力を残しては痛手を負うことを静かに悟った。

 

カチューシャ対戦相手の研究を行うことは史上初めてのことであったが、ノンナに関してはそうではない。

寧ろカチューシャが対戦相手に関心を抱かない分、ノンナが人の二倍その役目を担っていたと言ってもいい。

 

故にノンナは、38tが戦車性能的に、そして乗員の実力的にまともな対戦車能力を持っていないことを知っていて、それこそが38tがフラッグ車に任命される所以だと考えていた。

 

しかしノンナは今、内心である確信を抱いていた。

この38tは、今までとは違う。

乗員が変わったのか―――――あるいは、乗員間の役割が変わったのか。

ともかくとして、一定以上の脅威を持つ相手に格上げしなければならないとノンナは思った。

 

 

「―――――――」

 

 

青氷色の瞳が、絶対零度の冷気を纏う。

これまでノンナがその瞳に捉えるべき相手は、あの西住流の戦車乗りだけだった。

しかしどうやらその対象は増えた。

敬愛する隊長のために屠らなければならない相手は、今目の前にもいる。

 

ならばどうするか。

答えは簡単だ。

 

いつもと同じように、この腕を揮う。

ただ一人の隊長の為に磨き上げたこの砲撃の腕を以てして、彼女の覇道の前に立ちはだかる者の悉くを撃ち貫くだけ。

 

「誰であろうと、カチューシャの邪魔はさせません」

 

壮烈な覇気が充満し、IS-2から放逸される。

間もなくサンダース大付属のファイアフライと同等以上の脅威が、容赦なく迫る。

 

「どうやら、ようやく目が合ったみたいだねー」

 

38tの車内で、それを敏感に感じ取る者がいた。

砲手席に座り、照準器を覗く片眼鏡の女子――――ではない。

今その席に座り、砲撃のトリガーを引いているのは河嶋桃ではなく、赤い髪をツインテールにした、小さな少女であった。

 

「そうでなくっちゃ」

 

冷や汗を一つ流しながら、それでもなお不敵な笑みを浮かべてIS-2に相対する彼女。

その名は、角谷杏。

 

これまで38tの車内で干し芋を味わうだけだった彼女が、如何にして今に至るようになったのか、それを説明する為には時間の針を少し巻き戻さなければならない。

 

 

 

 

 

 

「カメさんチームが囮になる!?」

 

武部沙織の絶叫が、教会の中に木霊した。

それに対し角谷は、事も無げな一つの頷きを以て返答とした。

 

みほが包囲網から脱出する策を考えた時、どうしても避けられない大きな壁があった。

それがIS-2という大火力の戦車を駆る、日本トップクラスの砲手の一翼を担うブリザードのノンナである。

彼女の砲撃の腕を以てすれば、みほ達が如何な動きをしようと、包囲網の中という限られた領域の中であれば百発百中だろう。

 

「そうでもしなきゃ止まらないんでしょ、IS-2」

「………はい」

 

彼女を止める方法は二つ。

そもそもとして撃たせないか、彼女の照準を何処か一つに固定するか、である。

 

その二つを、特に後者を満たすことのできる策が、囮作戦であった。

 

「で、でも!その……」

「時間稼ぎするにしても、すぐに撃破されたら意味がない。ついでに言うと、無視されても同じだ」

 

沙織が言い淀んだことを、麻子ははっきりと言った。

それが暗に「カメさんチームでは役不足だ」ということを、この場の誰もが悟った。

 

冷たい言い方だが、麻子の言う事は正論であった。

誰かがIS-2に張り付いたとして、難なく撃破されてはいけないのだ。

あくまで目的は包囲を破るための時間を稼ぐことであり、できるだけIS-2の前で健在で居続けなければならない。

 

加えてIS-2にとって脅威であらねばならない。

否が応でも注意しなければならないと、ノンナにそう思わせないと囮としては無意味。

 

その為には最低でもIS-2と渡り合うだけの実力がいる。

その役が叶うとすれば、ともすればIS-2を打倒しうるあんこうチームであり、これまでまともな戦果を挙げていないカメさんチームでは……という思いが大洗女子学園に蔓延した。

その原因の一端を担っているのが、砲手河嶋桃の絶望的射撃センスであった。

 

 

「大丈夫大丈夫、私が砲手やるから」

 

 

しかし解決策は、思わぬところからやってきた。

 

「は、えぇ!?」

「会長が……砲手を?」

 

唖然とする一同に、角谷はニヤリと笑いながら言った。

 

「とりあえず三両くらい履帯切って、そこからブリザードちゃんとタイマンって感じかなーまぁ向こうは油断してるだろうし、結構いけると思うけどねぇ」

「ちょ、ちょっと待ってください。え、会長って砲手初めてじゃ……」

「違うよ」

 

沙織の問いに、角谷は端的に答えた。

それが嘘を言っている様子でもなかったのが、余計に一同の混乱を招いた。

 

すると角谷はうーん、と一つ間を置いて。

 

「渡里さんに言われたんだよねー、砲手の練習もしろって」

 

おそらく大洗女子学園で一番説得力のある説明をした。

 

それは大洗女子学園全員の頭と体に深く刻まれた、神栖渡里による地獄の鬼も逃げ出す強化合宿が始まってすぐの事。

二人だけの生徒会長室で交わされた会話があった。

 

『河嶋のアレは多分呪いだな。前世でよっぽどのことをやらかしたんだろ』

 

アイツに必要なのはコーチではなく、霊媒師だ。

そう言って呆れたようにため息を吐いた神栖渡里は、次にこう言ったのである。

 

『だからって攻撃能力がありません、は話にならない。そこで角谷、お前には砲手の練習もしてほしい』

 

それはお願いですか、と問い返す角谷。

すると渡里は頷いて答える。

 

『大洗女子学園戦車道を興した責任と、そこに付随する義務に対して、真摯な対応をしてくれると期待してのことさ』

 

そうして角谷は、イエスと答える以外の道を失い、そして神栖渡里の要請に応えることとなった。

 

神栖渡里の言う通り、角谷杏は戦車道に対して最も真摯で、そして熱心でいなければならない人間であった。

なぜなら大洗女子学園戦車道とは、ひとえに彼女の望みを叶える為に創出されたものであり、彼女の願いを成就する為に数十名の女子達はその戦車の道を歩んでいる。

 

なればこそ、どうして本人だけが外野から素知らぬ顔でいられようか。

本当はしたくなったかもしれないものを、無理に捻じ曲げてやらせた子もいるというのに。

少なくとも角谷杏は、誰かに何かを強いるでのあれば、自身もそれに等しい何かを背負わなければならないと、そう思う人間だった。

 

だからこそ彼女は、合宿期間中おそらくは西住みほ、五十鈴華と並ぶ最多の練習量をこなしたのだった。

血が滲もうと汗が流れようと、誰にもそれを見せぬまま。

 

 

「……ま、少なくとも河嶋よりはまともだろうし。渡里さんからも一応はお墨付きももらった。どう、冷泉ちゃん。囮として全く使えないってわけじゃないと思うけど?」

 

麻子は答えなかった。

その沈黙が、議論を一決させた。

 

 

「かーしま、装填もっと早く」

「はい!」

 

 

砲手席に座り、照準器を覗き込む角谷の姿は、少なくとも河嶋より様になっていた。

 

五十鈴華と比べると角谷の砲撃の腕など、本当に常識レベルだ。

ちょっとセンスのいい子が、結構頑張ればたどり着けるような、そんな領域。

 

しかし間違いなく、角谷は戦力になる砲手であった。

砲手として初の実戦でありながら、的確に履帯部に弾を当てたその実績からも、それは伺える。

 

更に言うのであれば、角谷の特性が砲手という役職にピタリと当てはまっていたのも大きかった。

基本的に砲手とは能動的な役職である。

自分で考え、自分で判断し、自分で実行する。

主従で言うなら、主に属する役職と言える。

生徒会長として学園艦に住む二万人を統べる角谷にとっては、まさに適役である。

 

そういう意味で言うと、河嶋は砲手には向いていない。

角谷が砲手に移ったことで彼女は装填手になったが、彼女に向いているのは正にソレであった。

一つのことを正確に、連続で、ミスなく行うという単純作業限定の高い処理能力。

そして何より、河嶋桃は誰かに使われることでその能力を十全に発揮できるタイプであった。

 

そして角谷と河嶋の間に、人の考えをよく理解できる小山が操縦手として立つ。

乗員の特性的にも、そして乗員間の連携としても、おそらくこれがカメさんチームの最善で最高の形だった。

 

そしてその結果は、誰の目にも明らか。

 

戦車の性能的にも、乗員の練度的にも、カメさんチームはIS-2を大きく下回る。

それでもなお、現状は拮抗していた。

およそ誰もがIS-2の一方的な蹂躙と予想していた二両の戦いは、38tの善戦によって思わぬ長期戦と化していた。

 

「くー、流石に硬いね」

 

角谷の口角が吊り上がる。

困ったような口調とは裏腹に、彼女はこの時、おかしな話だが高揚していたのである。

 

いくつもの砲弾を放ち、その全てがあえなく弾かれ、逆に相手の一撃は悉く角谷の心胆を寒からしめる。

どれだけ此方が攻めても手ごたえはなく、必死に秤を傾けても指先一つで簡単にイーブンに戻される。

この戦いは、本当に不平等極まりない戦いだ。

 

傍目には接戦に見えるかもしれないが、その実カメさんチームは、あと一歩で崖から落ちるというギリギリのところで手押し相撲をしているようなもので、この拮抗はいつ崩れてもおかしくない。

加えて言うなら、向こうがその気になればあっけなく自分達は突き落とされるだろう、という予感が角谷にはあった。

 

しかしそれでも、角谷は不敵に笑みを浮かべる。

 

不利?不平等?

それがどうした。

 

そんなものは最初から承知の上。

あっちとこっちには圧倒的実力差があって、万に一つも角谷達が勝つことはないだろう。

 

けれどそれでいい。

なぜなら角谷は()としてここにいる。

最初から勝利なんて見ちゃいない。

 

どれだけ無様でも不格好でも、ボロボロの雑巾みたいになっても、IS-2の前に立つ。

ただ立っているだけでいい。

このIS-2の照準を此方に向けさせておくだけで、カメさんチームには意味がある。

 

(それにほんのりと、苛立ちが見えてきてるよブリザードちゃん)

 

照準器の向こう。

決して見えぬ砲手の顔が僅かに歪んでいるのを、角谷は幻視した。

 

早く向こうに行きたいのだろう。

その為に私たちを早く沈めたいのだろう。

それは分かる。

 

「させないけどね!」

 

だからこそ、角谷は一秒でも長くIS-2に食らいつく。

 

一息、トリガーを引く。

放たれた一矢はあえなく鉄の鎧に弾かれ、IS-2はびくともしない。

もう幾度となく繰り広げられた光景だ。

巌のような堂々たる立ち振る舞いが、ノンナの余裕を表しているように見える。

実際彼女からすれば、本当に余裕の戦いなんだろう。

 

悪いがこちらは捨て身だ。

生還という希望を代償にして、悪魔から力を貰っている。

 

だからこそ、追い縋れる。

なぜならお前は違うから。

最も恐れるものは、自身が撃破されあの小さな隊長の役に立てなくなること。

だから安全圏から足を出すことができない。

 

ならば当然、撃破されることを前提で突っ込んでるこっちの方が一歩先を行く。

そうだからこそ、この拮抗があるのだ。

そうだからこそ、お前は此方を見ざるを得ないのだ。

 

 

「ここを通りたければ、私を斃してから行け――――ってね」

 

 

さぁさぁ、この死兵の戦を御覧じろ。

この身の果ては敗北。この躍動はつまるところ、少しでも長く生きるための悪足掻き。

だがそれでも足を止めるな手を止めるな。

魔弾がこの身を貫き、地に伏すその時まで、どこまでも舞い続けろ。

 

少しでも多くの希望を、あの子達に齎すために。

 

 

「さぁ、存分に付き合ってもらうよ――――――ブリザードちゃん?」

 

 

 

 

 

 

 




次回、プラウダ戦最終回(多分)。

これが終われば小話一つ挟んで、いよいよ黒森峰戦。
……年内完結、まだあるぞこれ(慢心)

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