色々書きたいこともありましたが、ここはテンポ重視。
次の話から黒森峰戦へとなりますが、お知らせがありますので後書きの方にお目通し頂けますよう。
その戦車は、本当は戦えないはずの戦車だった。
旧式で、低性能で、ボロボロで、錆まみれで、持ち主はよりにもよって男で。
あらゆる要因が重なって、二度と戦場に立つことができないはずだった。
きっと薄暗い倉庫の中で、このまま朽ちていくのだろうと、そう思っていた。
けれども運命は転機した。
持ち主の男によって引っ張り出され、新たな主によって錆は落とされ、腕の良い整備士によって修繕され、最後に持ち主の男の手が魔法をかけた。
かの戦車は、
それからかの戦車は、戦場を三度駆けた。
一つめは、金髪青眼の隊長が率いる神奈川の雄との戦い。
二つめは、並外れた統率力を持つ自由の隊長との戦い。
三つめは、独特なアイデアで相手を翻弄する奇策の隊長との戦い。
そのいずれの戦いにおいても目立った活躍はなく、されど旧式だからと足を引っ張ることもなく。
かの戦車は普通に、そう
だから誰もが錯覚した。
この戦車は、ずっと戦い続けることができる。
古くても弱くても、そんなものは関係ないんだ、と。
―――――本当はもう、戦えないのに。
戦いたいと、思ってはいる。
けれど意思に反して、身体が悲鳴を上げる。
一つの戦いを越える度、この戦車は崩壊への階段を一つ登ってしまう。
だから、騙し騙しやってきた。
あの手この手で、少しでも延命させようとした。
本当に相応しい最期を迎えるまでは、なんとか走っていけるように。
そう、求めるはソレだけ。
こんなツギハギだらけの身体、どうなっても構わない。
未来なんてものも、この老体には不要。
勝って終わる、負けて終わる、どちらでもいい。
ただ―――――戦場で死にたい。
この血を、魂を、全て燃焼して。
真っ白な灰になるまで戦い続け、その果てに終わりを迎えたい。
本当に、それだけでいい。
それが叶ったならば、きっと満足して逝ける。
少しの後悔もなく、この生を終えられる。
だからどうか――――――
〇
目の前に、一両の戦車がある。
それは元の色がどんなものだったのか分からなくなってしまうほど、黒い焦げで塗りつぶされてしまっていて、パーソナルマークの白いアヒルも今やカラスのようである。
装甲はボロボロ。もう見るからに色々なところが剥げてしまっていて、特殊カーボンが露出しているところもある。
満身創痍。
一言で表すなら、そんなところか。
みほは唇を真一文字に結んだ。
こんなになってまで、自分達を勝たせてくれた。
ただそのことに対する感謝だけが、みほの中にあった。
大洗女子学園は、勝利した。
きっとそれは幾つもの偶然が重なった、純粋な実力による勝利ではなかったが、それでも彼女たちは決勝戦という次のステージに駒を進めた。
同時に、大洗女子学園の廃校という結末もまた先延ばしとなる。
今でもなお、みほは半ば信じられない思いだった。
勝負は、本当にギリギリだった。
何か一つ歯車がかみ合っていなかったら、あるいは少しでも運が悪ければ、きっと結果は真逆だった。
というか未だに勝てた理由が分からない。時間の針を巻き戻し、この準決勝を今日と同じ戦い方でやってみたら多分普通に負ける。
それくらい、プラウダ高校は圧倒的だった。
「やったー!!勝った勝ったー!!」
その分、勝利の美酒の味は格別だったのだろう。
アナウンスが流れた瞬間、みほは高台の上でへたり込んでしまったけれど、他の皆は歓喜に沸いていたという。
流石に今は落ち着いてきているが、多分みんなあんな状態だったのだろう、とみほは雄たけびを上げ続ける河嶋を眺めながら思った。
生憎みほには、あそこまで喜ぶ元気はない。
この結果は偶然以外の何ものでもないという思いとか、勝利の実感の薄さとか、あとぶつけた膝が今更すっごい痛いとか、そういうのが心の大半を占めていて、嬉しいという感情がついてきてくれていないのだ。
まぁけれど。
自分の分まで喜んでくれている人がいるから、それはそれで。
「それが勝った人間の顔?」
突如、横から氷のように冷たい声がみほに掛けられた。
反射的にみほは振り向く。
しかしそこには、誰もいなかった。
「………ちょっと」
更なる声。発信源は、僅かに下。
みほは視線を下げた。
そこに彼女はいた。
小さな身体と、亜麻色の髪。
勝気に吊り上がった瞳。
プラウダの暴君、カチューシャ。
「貴女いま、私の事見失ったでしょ」
「い、いえそんなことは!!」
あったけども。
みほは手をブンブンと振って否定した。
自分よりずっと小さいはずの彼女から、尋常じゃない圧を感じたからである。
彼女はフンと鼻を鳴らすと、腕を組みながら下からみほを睨みつけた。
「この私がわざわざ顔を見に来てあげたっていうのに、なによその顔。勝者は勝者らしく、堂々と胸を張ったらどうなの」
ぐさり、と真っ直ぐな言葉がみほの心を貫いた。
「そっちにそんな顔されたらコッチはどんな顔すればいいわけ?今の貴女より惨めったらしい顔でもすれば満足?」
「そ、そんなことは………!!」
あるはずがない。
しかしそんな言葉が、彼女を満足させることは思えなかった。
だからだろうか。
自然と、みほの口から本音が漏れた。
「……勝ったなんて、信じられないんです。私達は、プラウダの皆さんと比べたらずっと弱くて……きっと、運が良かっただけで……誇るなんて……」
「それがなんだっていうの?」
いっそ清々しい程の即答に、みほの方が面を食らった。
目を丸くし、みほは小さな彼女を見つめる。
「運が良かろうが悪かろうが、相手のミスがあろうがなかろうが、勝ちは勝ちでしょ?だいたい、世の中の勝ち負けが全部実力で決まるわけないじゃない。準備、実力、運、勢い、そういうの全部含めて勝負よ」
「それは、そうですけど……」
「それともなに。小細工なしでぶつかり合ったら勝てたっていうの?」
みほは慌てて首を横に振った。
それこそ、本当に有り得ない話だった。
するとカチューシャは、ビシッと人差し指をみほに突き付け、吼えた。
「だったら喜びなさい!!勝ち方を選ぶなんていうのはね、この偉大なるカチューシャにだけ許された贅沢なんだから!!貴女みたいなのは勝ったらただ馬鹿みたいに喜べばいいの!!」
ずい、と一歩間合いを詰められる。
彼女の覇気が、数段重みを増す。
「教えてあげる!貴女たちが包囲を抜けた時、私たちはフラッグ車を追う四号と三突を
それは、みほもそう思う。
あそこは間違いなく、この試合における最大の分岐点だった。
だからこそ、カチューシャが選択を誤るようにみほは全霊を尽くした。
そしてみほの思惑通り、カチューシャはミスをしてくれたと、そう思っていた。
「でも私はソレを選ばなかった!!そんなことをして勝っても意味がない、同じ条件で貴女を負かさないと気が済まないって思ってたから!」
けれどそれは違ったのだと、みほは知った。
この少女にとって、本当の誤りとは何か。
それが何かを、ようやく理解したのだ。
「私はね、
カチューシャにとっての誤り。
それは自分が、自分でなくなること。
自分の往きたい道を、往かないこと。
自分の心に、嘘をつくこと。
カチューシャはただ、それだけを恐れていた。
その為なら勝利さえも、彼女は犠牲にできるのだ。
あぁそれは、なんて強い―――強い人だろう。
「それで、貴女は!?貴女にとって勝利ってなに!?」
「わ、私は………」
それに引き換え自分は、一体なんだ。
みほの中に誇りなんてものはない。貫くべき信念も、矜持もない。
目を伏せながら、みほは答える。
「……分かりません。私は、ただ勝ちたいだけだったんです」
あったのは、想いだけ。
勝ちたいという想い。
勝たせたいという想い。
どんな形でも構わない。
ただ勝って、先に進めればそれでいい。
そんな想いだけが、あの時のみほを突き動かしていた。
それはカチューシャと比べて、なんて薄弱なものだろう。
「――――だったらいいじゃない。喜びなさいよ」
「え………?」
途端、猛吹雪のような声が、パウダースノーへと変化した。
視線の先、薄く笑みを滲ませる彼女の顔がある。
そしてその目が、語っていた。
貴女は、最初から勝ち方を選ぶつもりがなかった。
どんな形でもいいから、勝ちたかった。
だったら、運が良かっただのなんだのと、グチグチ言うのはやめなさい。
勝ちたかっただけなら、喜べばいい、と。
呆気に取られるみほ。
するとカチューシャはみほの右手をグイと握り、獰猛な笑みを浮かべて言った。
「いい?私たちはまだ一勝一敗、本当に勝ったなんて思わないことね」
一勝一敗。
去年の分と、今年の分。
本当の決着は、この先でつける。
しかしカチューシャは三年生。みほは二年生。
みほには来年があっても、カチューシャにはない。
そんなことは彼女も分かっている。
それでも彼女がそう言うということの意味を、みほは理解した。
「次こそは私が勝つ!それまで誰にも負けちゃダメなんだから!」
ぎゅーっと遠慮なく握られる手。
小さい身体なのに力は強くて、みほは驚く。
「カチューシャの命令は絶対よ。わかった?
「――――は、はい!!ありがとうございました!!」
頭を下げる。
自分よりずっと小さい彼女の、目線まで。
彼女よりも頭が高くならないように。
すると彼女は、フンと一つ鼻を鳴らして踵を返した。
その間際、チラと見えた口元が、心なしか弧を描いているようにみほは見えた。
そして彼女は、遠くで控えていた背の高い副官を伴って去っていく。
副官の一礼に、みほもまた応えた。
今度は、みほもできるだけの笑顔を浮かべながら。
「―――――ふーん、カッコいいじゃん」
「わ、お、お兄ちゃん!」
そして入れ替わるようにして、不意に現れることに定評のある兄が出てくる。
カチューシャの時とは違い、今度は目線を上に向ける。
やけに首が忙しい日だ、とみほは思った。
「終わったら来るに決まってんだろ。試合の前と後が俺の仕事だもん」
「ちっこいのに大したもんだ。暴君だのなんだと言われてる割に、人がついてくる理由が分かる」
「……うん、本当に」
薄っすらと笑みを浮かべている兄と、同じような表情をみほは浮かべた。
カッコいい、というのはあんまり女子に相応しい褒め言葉じゃないんだろうけど、それでも兄からすれば最上級に近い褒め言葉である
そしてみほもまた、兄と同じように思う。
小さいのに、とっても強くて、カッコイイ人。
一人の戦車乗りとしても、一人の隊長としても、尊敬に値する人。
じん、と熱を持つ右手を眺めながら、みほは吐息を一つ漏らした。
「あ、渡里さん!」
そしてまた人がやってくる。
隠しきれない喜色を滲ませた声。
みほが振り向くと、そこには同じ戦車に乗るチームメイト達の姿があった。
ただ一人だけ、バツの悪そうな顔をしていたが。
「お疲れ」
短く答えながら、兄は口元を緩ませた。
そして視線を、この中で最も小柄な彼女に向ける。
「見てたぜ、麻子。大活躍だったな」
「……まぁ、あれくらいは」
視線を他所にやりながらの素っ気ない言葉に、しかし兄は歯を見せて笑った。
「謙遜するな。俺は自慢したくなったよ―――チームを勝たせたあの凄い操縦手は、俺が育てたんだ、って」
「……」
頬に朱が差す。
それは果たして、雪の寒さのせいなのか、はたまた別の理由か。
「よくやった、麻子。お前がいてくれて本当によかった」
突き出される拳。
麻子は目を丸くさせながら、兄の拳をじいーっと見つめた。
そしてほんの少しの間を置いた後、おずおずと自分の拳を差し出し、コツンと合わせた。
「次も頼むぜ、教え子」
そう言って兄は、麻子の頭をぐしゃぐしゃーと乱暴に撫でた。
まるで犬を可愛がるかのような、そんな雑な手つき。
麻子も迷惑そうに眉を顰めたけれど、しかしどこか嬉しそうに頬を緩ませていた。
なんとなくみほは、そんな麻子に昔の自分の姿を重ねる。
髪色と雰囲気だけ見れば、この二人も兄妹にようだと思った。
「沙織も、よく麻子のサポートをしてくれた。包囲を抜ける時に一人の脱落者も出なかったのはお前のお蔭だ」
「え!?え、えへへ!そうですかっ!私もそんなことあるななんて思ったり――――」
「優花里も安定した装填だった。もう装填の腕は一人前だな」
「はい!毎日自主練習してるので!」
そして麻子に続き、沙織と優花里にも労いの言葉が与えられる。
余程機嫌がいいのだろうか、とみほは思ったが、沙織への対応を見る限りなんとも平常運転らしい。
まぁ間違いなく今までで一番の激戦だったし、それをどうにか乗り越えたみほ達を労わってやろうという心が兄に芽生えたって不思議ではない、とそう思ったところで。
「ところで―――――
氷の剣みたいな声が、静かに響いた。
あ、怖。
みほは直感的にそう思った。
「は、はいっ!?」
返事をした華は身を固くしていて、なんなら声も上ずっていた。
普段何事にも動じない強い精神力の持ち主である華だが、この時ばかりは恐怖が上回ったらしかった。
「その反応を見る限り、自分が何をしたか正しく理解できているようだな?」
ギロ、と凪いだ瞳が華を貫く。
その眼力たるや、直接浴びてはいないみほでさえ足が竦むほど。
直視されている華の心境は、察するに余りある。
こんなに寒いのに、めっちゃ汗かいてるし。
しかしこれは予測できた状況である。
詳細は知らないが、華は兄との約束を
守れなかったんじゃなく、自ら破ったのだ。
もちろんやむに已まれぬ事情があったのは皆が理解している。
きっと兄もそうだろう。
あの時あんこうチームは、一秒でも早くT-34/85を撃破し、フラッグ車を追わなければならなかった。
華の行動は、究極まで時短しようとした結果だ。
それが勝利に結びついたとも言えるが、それはそれとして華が約束を破ったことには違いない。
そして兄は、そういうのを凄く嫌う。
約束がいついかなる時でも、絶対に守られるものではないということは兄も分かっている。
だから『仕方なかった』で済ませることもある。
けれど、『正当な理由があれば』とか、『事情があったから』とか、そういう建前があるから
兄にとっての約束とは、誰かに破られるものであっても、自分で破るものではないのだ。
それだったら最初からするな、というわけである。
今回の華は、多分グレーゾーンだ。
華の誠実で律儀な性格は兄も承知。
『いざという時は破ってしまえ』なんて軽い気持ちで約束を交わしたわけじゃないということは理解しているはず。
情状酌量の余地はある。
だとしたら後はもう、天秤がどちらに傾くか。
「…………何か言う事は?」
「……へ?」
天秤は、無罪へと傾いたようだった。
「だーかーら、何か言う事があるんじゃないかって」
張り詰めていた空気が、解けていく。
黒い瞳から冷たさは失われ、代わりに温かみが戻ってくる。
そして瞬く間に、みほ達の見慣れぬ神栖渡里は消え、みほ達の良く知る神栖渡里が現れた。
「す、すみませんでした!!」
「よろしい」
息が漏れる。
華の口からではなく、状況を見守っていたみほ達の口から。
それは紛れもない、安堵の息だった。
「よ、よかったね、華……」
「は、はい。みほさんが三日は口を聞いてくれないと言っていたので……もっと怒られるのかと……」
「初犯だからな。次からは容赦しない」
「こ、心に刻んでおきます!!」
「おう、そうしろ。こっちは決勝戦に調子のピークが来るようコンディション調整してたのに、お前のお蔭で全部計算狂ってんだ。また同じことされたら俺が発狂するぞ」
「そ、そんなことしてたんですか!?」
「そうだよ。予定じゃ次の黒森峰戦は最初から最後まで
なにそれ怖い。
そんなことを言われるとかなり惜しいことした気分になってくる。今更だけど。
はぁ、と大きく息を吐いて兄は頭を掻いた。
そして仕方ない、という顔で一言。
「帰ったら全力で身体を休めろ。いいな?」
コクコク、と華は頷いた。
そして兄もまた一度頷くと、視線を別に移す。
それは、この話はこれで終わりという合図でもあった。
彼の視線の先には、ボロボロになった八九式。
彼が持っていた戦車。今はアヒルさんチームが乗る戦車。
歩み寄り、彼は装甲を一つ撫でる。
その横顔に、みほは不思議な感覚を抱いた。
見たこともない、わけじゃない。
けれど兄がどういう気持ちなのか、読み取れなかったのである。
「………バレー部は?」
「へ?ええと、多分近くにいると思うけど―――――」
「コーーーーチ!!」
どぉん、と砲撃にも負けないくらい大きな声が響く。
呼ぶまでもなく彼女たちは来てくれたのだと、みほは思った。
バレーのユニフォームとパンツァー・ジャケットを併せた独特の恰好をした四人組。
みほが思う今試合のMVP、アヒルさんチームである。
「見てくれてましたか!?私達やりましたよ!!」
「あぁ、見てた。よく頑張ったな」
磯辺の言葉に、兄は薄く笑いながら答える。
すると続々と、他のメンバーたちも兄に群がり始めた。
「えへへ、本当はちょっと泣きそうでしたけど!」
「ここが私たちの代々木第一体育館!って頑張ったんだよね!」
「コーチの用意してくれた秘密兵器がなかったら危なかったです」
「……そうか、なら良かった」
兄の表情は変わらない。
変わらないのに、みほはひどく胸騒ぎがした。
普通の表情なのに、見ていて不安になったのだ。
「最後、良く避けたな」
「へ、あぁ。アレですか」
魔弾の射手、ノンナ。
彼女が放った一撃は、ギリギリ八九式を掠めただけに終わった。
まぁ掠っただけでも重傷だったのだけれど、しかし生死を分けたのはその紙一重。
一秒遅れていたら、一センチずれていたら、弾は八九式に直撃していた、そう聞いた。
あのレベルの砲手がそう何度も弾を外すとは思えない。
ということは、アヒルさんチームが気合と根性で避けたのだと、みほはそう思っている。
――――そう、思っていた。
「いや、本当は『当たる!』って思ったんですよ。相手の砲手がトリガーを引く音?みたいなのが聞こえて、あ、これは避けられない、って。でも八九式が――――」
「――――八九式が?」
兄の問いに、磯辺は満面の笑みで答えた。
「何もしてないのに、勝手に八九式が動いたんです。きっと八九式が避けてくれたんですよ!」
「………」
そんなわけない。
戦車は操縦した通りにしか動かない。
勝手に動いたということは、気づかない内に何らかの操作をしていたか、あるいは地形の影響。今回で言えば、雪で履帯がスリップしたとか、多分そういうことだと思う。
けれど、
「はっきゅんが、私たちのことを護ってくれたんです。どうしても勝ちたいって、私たちが思ってたから」
そんな風な顔をされたら、そういう事も言えなくなる。
本当に嬉しそうに、誇らしげに、八九式を見つめるアヒルさんチームに、それはただの偶然だという事は余りにも無粋だとみほは思った。
「そうか、お前達が言うんなら、きっとそうなんだろうな」
そして兄もまた、同じ思いだったに違いない。
そうじゃなければ、あんな顔はしないだろう。
まるで子どもを褒められた父のような、あるいは母を褒められた子のような、そんな顔を。
「西住、後は任せた。戦車の運搬はいつも通り俺がやるから、今日はここで解散だ。全員疲労が溜まっている。一応さっきケアしといたが、今日が初陣のカモさんチームは特にな。寄り道せず、真っ直ぐ家に帰らせろ」
「あ、はい。わかりました」
そういえば今日、今までで最長の試合時間だったっけ。
そう思い出すと、途端に疲労感がやってきた。
自覚していなかっただけで、身体の中にはしっかりと激戦の跡が残っていたということなのだろう。
そしてそれは、みほだけではなかったようで。
「うぅー……なんかすっごい眠くなってきた。こんなに疲れたの合宿以来かも」
「私は元気だ。夜は大得意だからな」
「早くお風呂に入りたいですね。もう身体が冷えてしまって……」
「あー分かります。私も手が悴んじゃって」
わいわいがやがやと、大洗女子学園一同に帰艦の雰囲気が漂い始める。
その光景を見ながらみほは、安堵の息を吐いた。
今日もし負けていれば、この光景はなかった。
きっと陰鬱な表情をして、重い足取りでの帰艦になっただろう。
ただ敗けただけなら、そこまで落ち込むことはなかったかもしれない。
けれどこの試合には、いや次の試合にも、大洗女子学園には廃校という二文字が掛かっているのだ。
負けていた時の事を考えて、みほは少しゾッとした。
この学校がなくなる。それはなんとしても阻止しなければならない。
だってみほは、もっと、ずっと―――――……
(――…そういえばお兄ちゃんは廃校のこと知ってたのかな?)
知らない、ということはないだろう。
神栖渡里は角谷杏が直接指名し、招聘した。
なら大洗女子学園が廃校の危機にある事は、当然話しておかなければならない事項のはず。
まぁ兄は廃校がかかっていようがいまいが、最初から優勝以外眼中にない。
知ってる知らないで何かが変わるわけでもないだろう。
けれどなんとなく、みほは確認しておきたい気になった。
そう言えば聞いたことがなかったと、そう気づいたのだ。
兄はどういうつもりで、この大洗女子学園にやって来たのか。
講師として一つのチームの全権を握る。
それは確かに魅力的な話だろう。
けれど戦車道との関わり方なんて、たくさんある。
別に講師でなくたって、兄には他の道があったはずだ。
それこそ、英国に留学してたのだから日本に拘らなくてもいいのに。
それがどうして、大洗女子学園なのか。
廃校という憂き目から救ってやりたいと、そう思ったのか。
もっと別の理由があったのか。
それを聞きたいと、みほは思った。
踵を返し、兄を追う。
「あれ、コーチ?はっきゅんだけなんか別の土台に乗ってますけど……」
「へ?本当だ」
「どこか別の所で修理するんじゃないですか?」
「はっきゅん、一番ボロボロだもんね」
「――――そのことで、話しておかなきゃならないことがある」
――――そしてみほは、一瞬で自分が何を聞こうとしていたのかを忘れた。
次に耳に入ってくる言葉が、あまりにも衝撃的だったから。
「八九式とは、ここでお別れだ」
時間が、止まる。
空間が、凍る。
言葉の意味を、脳が理解しなかった。
アヒルさんチームも、そしてみほも。
ただ茫然と、彼の顔を見る。
そして焼き付けた。
痛みを堪えるような。
悲しみを掻き消すような。
喜びが滲むような。
そんな何色かも読み取れない複雑な――――彼の表情を。
「完全に壊れた。あいつはもう、二度と走れない」
お知らせ
これまでは書き終わったら投稿、書き終わったら投稿という感じでやってきましたが、黒森峰戦だけは全7話を7日間毎日投稿する形でお送りしたいと思っています。
しかし現時点でプロット(初めてちゃんと作ってる)段階、黒森峰戦は未だ筆者の頭の中。
なので3週間以内の投稿という鋼の掟(2、3回破ってるけど)を黒森峰戦だけは無効にします。
年内完結を目指しているので、順当にいけば12/25~12/31の投稿となりますが、まぁ大体順当にいったことないので断言はできません。2か月3か月の空白期間ができるかもしれません。
それでも失踪だけはしません。なるべく早く投稿できるように頑張ります。
しかし何のアナウンスも無しは無責任かなと思うので、
作ったはいいものの飽き性が災いして放置していたTwitterアカウントに進捗具合を書いていきます。
SNSはよく分からないのであんまり関わってきませんでしたが、折角なので有効活用します。
興味がある方はススキト@shiroutoshudanをどうぞ。
それでは。
できるだけ早く帰ってくるようにしますので、しばらくお待ちください。