戦車道素人集団を優勝へ導く138の方法   作:ススキト

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一時間くらいで書いた、補足的な幕間です。
本編には特に関係なかったりあったり。


加筆:時系列は4話「再会しましょう」のすぐ後です。


幕間
幕間1 再会の舞台裏


先日大洗女子学園に戦車道の講師として着任した神栖渡里なる男性は、武部沙織の友人である西住みほの兄らしい。

そのことが判明したのは、つい最近のことであった。

 

 

 

うっかり学校に忘れ物をした沙織は、付き添ってくれた三人の友人とともに薄暗くなりつつある道を歩いて学校に帰ってきた。長い付き合いの友人は呆れたように息を吐き、長い黒髪の友人はにこやかに笑いながら、新しく出来た癖っ毛の友人は明るく、沙織の後をついてきてくれた。友達思いの良き友人だと思う。

 

忘れ物を今度こそカバンの中に入れ、帰路に帰ろうとしたとき、沙織はふと思い立った。

この四人の中にもう一人、いなければならない友達のことを。

長い黒髪の友人は言う。「みほさんはなんだか用事があると言って、学校に残ってました」と。

癖っ毛の友人は言う。「神栖渡里殿に話があるような雰囲気でした」と。

 

そのことは沙織も知っている。一緒に帰ろうとしたとき、同様の断りを受けたからだ。

しかし、と沙織は思う。あれからもう結構時間たってるし、そろそろ用事も終わっているのではないかと。

 

「みほを迎えにいこ」

 

沙織は言った。なんというか、この四人が揃っていて西住みほがいないということに、変な違和感を覚えてしまったのだ。ピースが欠けているというか、あるべきものがないような空白感が、沙織をそわそわさせるのだ。

 

沙織の言葉に三人は、いや二人は笑顔で頷いた。長い付き合いの友人は特に何も言わなかったが、心の中では賛同しているのを沙織は知っていた。

 

戦車を収めている倉庫にみほがいるとみて、四人は移動を開始した。

三人寄れば姦しい、といわれる女子が四人。当然、会話の花が枯れることはない。

道中の話題は、みほが神栖渡里に何の用事があるのだろうか、である。

 

癖っ毛の友人が「やっぱり戦車道のことじゃないですか?」と言えば、

長い付き合いの友人は「違う話かもしれないぞ」と返し、

長い黒髪の友人は「………もしかして、恋とか?」と続いた。

 

その時沙織に電流が走った。

 

県立大洗女子学園は名前の通り『女子高』。そこにいるのは女子の生徒だけであって、当然男子は皆無。一般的なボーイミーツガール的な青春からかけ離れた環境。閉ざされた地。出会いなど当たり前のようにない世界である。

みほはそんな世界の住人で、聞くところによると前の学校でも同様。

 

そんなところに現れたのは、ちょっとクールで固そうな印象だけど見た目も恰好も整った大人の男性。正体は生徒会に招かれた、自分たちの選択必修科目の講師。

 

男を知らないで生きてきた生粋のお嬢様と、年上の魅力を漂わせる男性。

そんな二人が出会えば、どうなるか。

 

沙織は生唾を呑んだ。聞いたら分かる、トキメクやつじゃん。

 

自然と足が速くなった沙織を、三人の友人は首を傾げながら追いかける。

 

全く関係ない話だが、一目惚れは科学的に実在するらしい。これは沙織が愛読している女性誌に書いてあったことだし、今ハマっている少女漫画にも書いてあった。つまり実在する。パーフェクト・トゥルーでファイナル・アンサーである。

統計的には素直で純粋な女性ほど一目惚れしやすいらしい。翻って我が友人はどうか。

ちょっと重たい過去を背負っている感じはあるが、属性で言えば間違いなく光。もしくは白。あるいはホワイト。主観的な意見だが、純粋と言っていいだろう。つまり確率的には、有り得る。

 

一目惚れからの即告白コンボ。沙織的にはもう少し段階を踏むのが理想だが、ちょっと天然でアワアワすると何しでかすか分からない感のあるみほならやりかねない。

否、あるいは。

好きという気持ちを伝えることができず、かといって遠くにいるのは嫌で近くにいてみるけど、何気ない行動一つ一つにときめいてしまって、その度に自分の中の好きという感情が大きくなっていくのを感じながらやっぱり告白に踏み出せなくてやがて立ちはだかる大きな障害試される愛時に傷つき時に悲しみ時に喜びそしてそれを乗り越えた二人は的な――――

 

「だめ、みほにはまだ早いと思う!!!!」

 

行かねばならない。突然の絶叫に目を丸くした三人を尻目に、沙織は足を早めた。

 

気持ちは分かる。好きになるということは理屈ではないし、恋とは心でするもの。心が赴くままに行動することは決して間違いではない。だがしかしである。流石に早すぎると沙織は思う。まだ戦車道が始まってないのに、ここでみほがゴールしてしまったらストーリー的には大惨事。一巻に収まる驚きのページ数である。

恋することも大事だけど、もっと友情とか友情とか友情とか、大事にするべきものもあると沙織は思う。

しかしもしみほが本気で恋してるなら、それを見守り、支えるのが沙織たちの役目でもある。

どうすればいいのか、沙織は二つの感情の間で揺れ動く。

 

倉庫の前まで来た沙織は深呼吸した。ドアは解放されていて、中の明りが漏れている所を見ると、ここに二人はいると見て間違いない。

 

癖っ毛の友人が言った通り、色気のない話をしているのなら良し。

何気なく混ざって、ついでに自分もヒロイン候補にしれっとスライドインさせて頂こう。

 

長い黒髪の友人が言った通り、色気のある話をしているのなら……ギルティ?いやギルティではないな。

そっとここから様子を伺って、事の顛末を見届けさせて頂こう。

 

沙織はもう一度深呼吸した。三人の友人はようやく追いついてきたようだが、そんなことは最早どうでもいい。

こちとら友人の未来とかかかってるのである。

 

―――――――いざ!!!

 

 

 

 

 

「でもほんとびっくりだよね~。まさかみほのお兄ちゃんが戦車道の講師としてウチに来るなんてさ」

「うん、私もびっくりしたよ……あととんでもない誤解が生まれたことにもびっくりだよ……」

 

行きつけのアイスクリーム屋で五人は甘い味に舌鼓を打っていた。ハードな練習を終え、疲れた体を癒すようにしてデザートを食す。そんな女の友情的な青春の模範的光景であった。

明るい様子で話をする沙織とは対照的に、みほはちょっとだけ表情を曇らせた。いわずもがな、『神栖渡里、不純異性交遊疑惑問題』である。当然のごとく誤解だったが、あやうくみほの兄は、男性として社会的に最強レベルな不名誉を負うところだったのだ。

 

「六年振りなんだっけ?それは思わず抱きついちゃうのも分かるなぁ……私も妹いるからさ、やっぱり家族と会えたら嬉しいもん」

「あぅ、お恥ずかしい所を……」

 

げに素晴らしきは、家族の愛である。親元を離れ、学園艦の上で一人暮らしをする沙織だって、帰省したときは妹とハグしたりする。会えない時間の長さだけ、愛情が大きくなっていくのは恋愛も家族愛も同じなのかもしれない。

 

「……沙織、とんでもない勘違いしてなかったか?」

「し!?してないよぉ~?やだなー麻子ったら」

 

 

疑惑の目が六つほど突き刺さったので、武部は明後日の方向を向いた。こいつら、やけに鋭い。しかししてないったらしてない。勘違いなんてしてないし、邪なことなんて一つも考えていない。武部沙織は、清廉潔白の純真無垢なのである。

 

「そ、そうだ!あれから神栖先生とは会ったりしたの!?」

「露骨に話をそらしたな…」

 

そこ、うるさい。

 

「え、えーと戦車道する時に毎日会ってるけど……」

「そういうことじゃなくて、学校以外で、の話」

 

沙織がそう言うと、みほは納得したように相槌を打った。時々、この友人は天然っぽいところを見せるのだ。

 

「まだ一回も会ってないかな。お兄ちゃん、練習が終った後も遅くまで学校に残ってて、あんまり時間取れないんだって」

「あ、そうなんだ」

「でも家の住所は教えてもらったから、会いに行こうと思えばいつでもいけるよ。今度の週末にちょっと行ってみるつもり」

「へぇ~どこに住んでるんだろ?やっぱり学校の先生達が住んでるとこらへんかな?」

「学校から近いところだったかな?えーと、確か―――――」

「あ、あの!!」

 

びしっ、と真っ直ぐ手を挙げて、優花里は話に割って入った。沙織とみほは、何事かと目を丸くして秋山へと視線を向ける。優花里は視線を右左と一往復させて、意を決したように言葉を紡いだ。

 

 

「あの、西住殿と神栖殿は兄妹なんですよね?」

「う、うん。そうだけど……」

 

それがなにか?と言わんばかりのみほに、質問している優花里が逆に狼狽えた。沙織もまた優花里の言わんとしていることが掴めず、明るい色の髪を傾けた。

 

「そ、そのぉ……言いづらかったら別にいいんですけど……」

「いいよ秋山さん。なに?」

 

温和な雰囲気のみほに、優花里はぐっと一度言葉を飲み込んで、そして吐き出した。

 

「兄妹なのに名字が違うじゃないですか?それってどうゆうことなのかな、と思いまして…」

 

あ、という声が漏れた。沙織だったかもしれないし、みほだったかもしれないし、アイスに夢中の五十鈴と冷泉だったかもしれなかった。

 

確かに、神栖渡里は『神栖』だし、西住みほは言わずもがな『西住』。二人が兄妹だというのなら、どちらも同じ字の姓を持っていなければならない。しかし二人の名字は、似ても似つかない響き。夫婦別姓、という言葉が最近あるが、兄妹が別姓というのは変な話であった。

 

いや、変な話ではない場合がある。沙織は瞬時に悟った。

例えば、離婚した親の再婚。

いわゆる、フクザツな事情というやつである。

 

沙織は戦慄した。

こういったものは「あれ?おかしいな?」と思っていても事情を察してあえて触れない、という類の話だが、この秋山優花里という少女は、そこをぶち抜いたのだ。

 

同時に沙織は、優花里がやけに口ごもっていたことの理由を理解した。

聞くべきか、聞かないべきか。そんな二択を彼女は持っていたのだ。

いや、だからって聞く方を選ぶのもどうかと思うけど。

 

しかし沙織の戦慄とは対照的に、みほは拍子抜けするほどあっさりした反応だった。

 

「あぁ、そのこと。えっとね、私とお兄ちゃんは―――――」

 

あ、言うんだ。沙織はまたもや驚いた。しかし全員が耳を大きくした。口には出さないものの気になるものは気になるし、聞けるものは聞いておきたい。女子とはそうゆう抗えない本能を持っているのだ。

ごくり、と沙織は息を呑んだ。他の者も同様だったかもしれない。

 

そしてみほが今まさに、優花里の質問に答えようとした、その時だった。

機械的な音が、突如として無神経に響いた。

 

「あ、ごめん電話だ。噂をすればお兄ちゃんから」

 

ずこー、と沙織は古いリアクションをするところだった。まさかそんな漫画みたいなタイミングで電話が鳴るなんて。

 

一言断って、みほは席を立った。帰ってきたのは、秒針が三周もしないころだった。

 

「ごめん、私帰らないと……お兄ちゃん今私の家に来てるみたいで…」

「え、そうなんですか?なんでまた西住殿の家に……」

 

優花里の問いに、みほは目を逸らした。そしてため息混じりに言う。

 

「家にあった食材が、賞味期限今日までらしくて……それで私の家に持ってくるんだって……」

「持ってくるって……なんで?」

「御裾分けじゃないなら、理由は一つだな」

 

首を傾げる沙織に、後ろから麻子が言う。意味が分からない沙織は更に首を傾げ、みほは乾いた笑みを浮かべた。

 

「お兄ちゃんは料理なんてできないから……っていうか家事が一切できないし……」

 

なのでみほに作らせよう、という魂胆である。あぁ、と優花里が曖昧な言葉を発した。

 

「じゃあ神栖先生の家にみほが行けばいいんじゃないの?」

「いま人が住める状態じゃないんだって……」

 

ふふふ、とみほは笑った。目は笑っていなかった。

マイナス的な意味で隙が無い神栖渡里に、沙織は最早何も言えなかった。みほの身体から出てる黒いオーラも見なかったことにした。

 

「まったく昔っから散らかすところは変わってないんだからっ。いちいちやることも雑だし、戦車道での真面目さの半分くらい日常生活に回したらどうなのっ」

 

ぷんぷん、と頭の上から煙みたいなものをだして、みほは鞄を持った。

 

「そうゆうことだからごめんね、また明日!」

「あ、うん。気をつけてね……」

 

そしてあっという間に、みほは夜の中に消えていった。

残された四人の間に、何とも言えない空気が漂う。

 

「あんな西住殿、初めて見ました……」

「みほさん、あんまり怒る性格には見えませんものね」

「怒ってるというほど、怒ってる風には見えなかったが」

 

確かに、と沙織は頷いた。出会った頃から今までのみほは、ふにゃりとした笑顔を浮かべることもあれば、悲しそうに俯くこともあった。しかしあんな風に、遠慮のない物言いをすることはなかった。

もし理由があるならば。

それはきっと、普段沙織たちに隠しているというわけではなく、

 

「神栖先生だから、あんな顔をするのかもね」

 

沙織は席を立った。一人抜けてしまったし、このまま長居することもない。自然と、解散するような雰囲気が流れていた。後に続くように、麻子達も席を立つ。

ふと沙織の横顔を覗いた麻子が言う。

 

「沙織、嬉しそうだな」

「え?私笑ってる?」

「口元が緩んでる」

 

沙織は口元に手を当てた。感触から察するに、沙織の口角は麻子の言う通り、上がっていた。

どうやら無意識のうちに口が笑っていたらしい。しかしすぐに、沙織はその理由に気づいた。

 

「友達の新しい一面を見れたからかも」

「………そうか」

 

麻子はそのとき、付き合いの長い者にしか分からない程僅かに、表情を変えていた。それは沙織と同じものだった。

 

アイスクリーム屋さんを出て、街灯が僅かに照らす道を歩いていく。数十歩ほど歩いたとき、秋山は思い出したかのように言った。

 

「そういえば結局、神栖殿と西住殿の関係は分からず仕舞いですね」

「そうだね。でもいいんじゃない?」

 

不思議そうに秋山は首を傾げた。

沙織は既に、神栖渡里とみほの関係など些細なことで、聞いても聞かなくてもいいと思っていた。それは決して、マイナスな意味ではなかった。

秋山は分からないそうなので、沙織は満面の笑みを浮かべて教えてあげた。

 

「みほにあんな顔させることができるんだから、きっと良い関係なんだよ。二人の間にどんな事情があっても、あの二人は『兄妹』。それでいいじゃん」

 

ぐうたらな兄を口では喧しく言うものの、なんだかんだ世話を焼いてしまう妹。

誰がなんと言おうとそれは間違いなく、兄妹の姿なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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