戦車道素人集団を優勝へ導く138の方法   作:ススキト

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ちょくちょく箸休めに書いていた話が積もってきたので、小話として投稿することにしました。
こういうので少しでも投稿間隔を狭めないとね。

小話1 みほとオリ主の話(サンダース戦後の話)
小話2 ダージリンとアッサムの話(オリ主とダージリンが出逢った後の話)
小話3 まほの話(全国大会の開会式が始まる前の話)
となっております。

興味のあるとこだけ読むのも、全部読むのもご自由にどうぞ。
個人的に三つめは……「なんでこうなっちゃうかなぁ」って感じ。



3つの小話

 

小話1 『妹は策を巡らし兄を嵌める』

 

 

 

『お兄ちゃんなにこれ』

『知らないのか、みほ。オムライスって言うんだぞ』

『………私のしってるオムライスじゃない!』

『どこからどう見てもオムライスだろ。ほら、赤いご飯に卵が乗ってるじゃん』

『のってないよ!これほとんどふりかけだよお兄ちゃん!?』

『大丈夫、料理は見た目じゃない。気持ちだから』

 

 

 

 

 

「なーんで祝勝会をウチでやるかな」

「だってお兄ちゃんの家が一番広いし」

「麻子と一緒の寮だっつの」

「でも物が少ないからちょっと広いでしょ?」

 

むぅ、と唸る兄を横目に、みほは満足げに口角を上げた。

 

 

時は全国大会一回戦より少し流れ、麻子の祖母へのお見舞いの翌日のことである。

みほ達は、角谷会長がプチ祝勝会を行ったという話を聞いた。

なんでも一回戦突破&公式戦初勝利記念ということで開催されたらしい。

 

まぁ確かにめでたいことだし、お祝いをするのは全然構わないけれど、少し早すぎやしないだろうか、とみほ達は思った。

目標はあくまで優勝。みほ達はそこへ続く険しい道の、第一歩を踏み出したに過ぎないのだ。

 

ということを会長達も、どうやら弁えていたようで。

祝勝会と言っても小規模な、それこそ帰り道にどこかでご飯を食べるくらいのものにしたらしい。加えて各チームバラバラで行ったらしく、祝勝会をしたというよりは、祝勝会を推奨した、という方が近い。

 

しかしそれを唯一行っていなかったチームがある。

当然、麻子のアレコレでそんな暇がなかったあんこうチームである。

 

正直みほとしては、「あぁそんなこともあったんだ」くらいの気持ちだったのだが、祝勝会という単語を聞いた沙織が即座に「私達もやろう!」となり、その横にいた華と優花里が「いいですね!」、「やりましょう!」と賛同し、麻子が「まぁおばあも無事だったし」と何気に同意したことでほぼ開催が確定。

あんこうチームの五分の四が乗り気なら、当然みほも参加することになり、そして偶々通りがかった兄が開催場所の提供者として確保された。

 

みほはともかくとして、兄は完全に巻き込まれた形だが、「一回勝ったくらいで何言ってんだ」と口に出さないだけで間違いなく思っているであろう兄が自発的に祝勝会なんてするわけないので、参加させるなら多少強引な方がいい。

 

渡里としては会場として自分の家が使われることより、その場に自分がいることの方が面倒だったようだが、沙織や華の猛攻を前に、逃亡が叶わぬと悟るとさっさと諦めたようだった。

 

「んで、何買ってきたんだコレ」

 

両手に携えたビニール袋を少し掲げ、兄は尋ねた。

袋はパンパンに膨らんでおり、兄は軽々と持ち上げているが、みほ達女子からすると結構な重さであることが容易に想像できる。

何をそんなに買い込んだかと聞かれれば食材だが、兄が尋ねているのはそんなことではない。

それを弁えた上で、みほは答えた。

 

「オムライスだよ」

「……はぁ」

 

疑問と呆れを足して割ったような声色だった。

目つきに関しては、後者が十割を占めていたが。

 

「まぁ俺は金出すだけだし、何作るかはお前らに任せるけどさ」

「渡里さんはオムライスがお嫌いなんですか?」

「嫌いじゃないけど、祝勝会にオムライス?とは思う。いや祝勝会にふさわしいメニューとか知らないけどさ」

「言われてみれば……」

「祝勝会って何を食べるのがいいんでしょうね?」

 

大一番の前は、『カツ』を食べるのが大体の風潮である。

カツを食べて勝つ、というダジャレだが、まぁほとんどの人があやかっている。

昔の、戦国の時代は鰹、後はアワビと栗と昆布なんかを食べていたと聞く。

 

しかしこれらは戦いの前に食べるもの。

果たして戦いに勝った後には、何を食べるのがいいのだろうか。

 

その答えは人それぞれだろうが、みほとしては……

 

「まぁ、普通に考えれば食べたいもの食べるのが一番いいんだろな」

 

一緒にいたい人と、食べたいものを食べるのが一番いいと思うわけである。

 

「っていうか何でオムライスになったんだよ」

「あれ、そういえばなんでだっけ?」

「えぇと……確か……」

「西住さんが」

「オムライスにしようって……」

 

十個の瞳が、一斉に此方を向く。

それを受けてみほは、莞爾と微笑んだ。

 

オムライスにしようと言ったのは、確かにみほである。

何故?そんなの決まっている。

 

「お兄ちゃんに作ってもらおうと思って」

「はぁ?俺が?なんで?」

「いっつも私が作ってるから。偶には作る側の気持ちを味わってもらおうと思って」

「余計なお世話なんですけど」

 

心底嫌そうな兄の顔を、みほは下から覗き込んだ。

その口元は、緩やかな弧を描いている。

 

「祝勝会は、()()()()()()()()()()()()()()……でしょ?」

 

みほの言葉に、兄は悔しそうに笑った。

そう、その顔が見たかったよ、お兄ちゃん。

ふふん、としたり顔のみほに、兄はぐうの音も出ないようだった。

 

それはそうだろう。

兄には悪いが、状況はもう詰んでいる。

 

今宵の夕餉はただのオムライスじゃない。

()()()()()()()オムライスだ。

それがどういう意味を持つか、みほは知っている。

 

「渡里さんの手作り!?」

「わぁ、素敵ですね!ぜひ食べてみたいです!」

「男の人の手料理ですかぁ……なんかソワソワしますね!」

「楽しみだ」

 

食いつく人が、たくさんいるのだ。

みほは九割九分九厘の勝ちが、十割になったことを確信した

 

今、この瞬間。

全員の食べたいものは「神栖渡里の手作りオムライス」になった。

 

さぁ、作ってもらおうじゃないか。

「食べたいものを食べるのが一番」と言った兄に、皆が食べたいと思っているものを。

 

「……やってくれるじゃねぇか」

「お兄ちゃんは逃げるのが上手いから。これくらいしないとね」

 

残念ながら逃げ道はない。

なぜなら吐いた唾は飲み込めないから。

もう兄はその手に持った食材たちを、オムライスに変身させるしかないのだ。

 

「自信ないなら別にいいけど?お兄ちゃん戦車道以外はダメダメだもんね」

 

かっちーん、という音が聞こえた。

 

「はぁ?なめんなよ、あんなんちょっと具と飯炒めて卵被せるだけだろが。オムライスくらい余裕で作れるっつーの」

 

そんなことを言いながら、兄は歩く速度を速めた。

 

(その発言がもうオムライス舐めてるけどね)

 

ぷんぷん、という効果音が浮かんでそうな兄の背中を見て、みほは莞爾と笑った。

兄には申し訳ないが、例えレシピを見たってまともなオムライスが出来上がることはないだろう。

兄の事は、みほが一番よく知ってるのだ。

 

お米すらまともに砥げなかったような人が、オムライスなんていう高等な料理を作れるはずがない。

材料を切るところで指を切りそうになるだろうし、具材を炒める時は火加減が分からなくて焦がしそうになるだろうし、オムライスの肝である卵なんてスクランブルエッグ以下のナニカになるだろう。

 

みほはそれを知っている。

でもそれでも、兄にオムライスを作らせたかった。

 

 

だってオムライスは、みほにとってはとても思い出深い料理だから。

 

 

(お兄ちゃんは忘れちゃってるかな)

 

兄がみほに初めて作ってくれた手料理のことなんて。

兄はきっと覚えていない。

ぐちゃぐちゃな見た目で、所々黒焦げになっちゃってたけど、それでも美味しかったあの不思議なオムライスを、覚えてるはずがない。

 

でもいいんだ。大事なのは、兄が今またこうしてオムライスを作ってくれるということだから。

 

先を行く兄の背を、少し小走りで追いかけて。

がっしりとした兄の腕を、みほはやんわり握った。

 

そしてにっこりと笑って、しかめっ面の兄に言う。

 

「できなかったら手伝ってあげるね!」

「いらねぇ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小話2 『十回に一回の喧嘩』

 

 

ダージリンとアッサム。

聖グロリア―ナで断トツの人気と尊敬を集める前者と、二番目に人気と尊敬を集める後者。

そんな両者とティータイムを楽しむことができるこのポジションを、オレンジペコは入学以来ずっと羨ましいと言われ続けている。

 

あぁ確かにその通りだろう。自分でも逆の立場だったら、同じようなことをしているに違いない。

何の疑問もなくそう思えてしまうほど、かの二人は聖グロリア―ナでも飛びぬけた存在であり、その二人と同席することができる自身の幸運に対しオレンジペコは、ただの一度も感謝の気持ちを忘れたことが無い。

 

自分という人間は、本当に恵まれているのだろう。

 

――――それはともかくとして。

 

オレンジペコは心の中で白状した。

誰かこの席変わってくれないかな、と思ったことが、幾度となくあります。

 

いや当然、オレンジペコのこのポジションをあわよくば奪い取ろうという人がいるなら、それはもうオレンジペコは全力で抵抗する。

この鍛え上げた腕力による武力行使も辞さないレベルである。冗談だけど。

冗談だけど、ありとあらゆる手段を以って略奪を阻止しようとするだろう。

そしてもちろん、この位置にいることが当たり前と思わず、この先ずっと居続けられるよう努力を重ねるつもりだ。

 

けれどけれども、それはそうとして。

 

この二人、結構クセが凄いんです、とオレンジペコは思う。

 

ダージリンは、それはもう同じ女性として、そして一人の戦車乗りとしてオレンジペコが混じりっ気なしの尊敬と忠誠を注ぐ人である。

 

陽の光を反射する綺麗な金の髪に、宝石のような青色の眼。

神様が丹精込めて作ったとしたか思えない美形の持ち主である彼女は、戦車乗りとしても全国屈指の実力をも備えており、まさに天は二物を彼女に与えたというもの。

 

オレンジペコは彼女を侮辱する者は親でも許さないし、叶う事なら一生お側に仕えたいとさえ思う。

 

 

でも格言がしつこい。

趣味が格言集を読むのは個人の自由だからいいが、それを何かにつけて引用して披露されるのは大変困り事である。

いやオレンジペコもその辺は詳しいから、別についていけないわけではないけれど、それはそうとして四六時中聞かされるのは勘弁願いたい。付けっぱなしのラジオでももう少し静かだと思う。

 

しかし最近は、その頻度か減りつつある。

喜ばしいこと?全然違う。

格言を言わなくなった分、次は恋バナを話し続けるようになったのだ。

しかも大体前者が40%減ったところに、後者が70%入ってきたので、トータルで見れば130%と大幅な増量をしている。つまり普段に輪をかけて喋るようになったのだ。

 

一般的な女子高生から少し遠いところにいる聖グロの生徒としては、いい意味で俗っぽくなったわけだが、これはこれで聞いてるこっちが胸焼けを起こしそうになるくらい喋るのでオレンジペコの精神がやばい。

 

想い人について話している時のダージリンは、それはそれは可憐で美しいものだが、そんなものが毎日も続けばそれどころではない。

願わくばもう少し口数を少なくしてほしい、とちょっぴり思うオレンジペコである。

 

そしてアッサムは、まさにその口数が少ない女子である。

といっても喋らないわけじゃなく、適度。必要な時に必要なだけ言葉を話すという、オレンジペコがダージリンに求めるものを体現している人だ。

 

ダージリンがその言動を以って日輪のような輝きを放つのに対し、アッサムはその真逆。無闇に動かず、話さず、そこにいるだけで眩い輝きを放つという、静的な美の持ち主であり、さながらダージリンを太陽とするなら月のような人と言える。

 

戦車乗りとしてはダージリン、女性としてはアッサム。

これは聖グロの間で俄かに噂される、二人がどういった種類の尊敬を集めているかを的確に表現した評価で、オレンジペコも一切の誤りがないと認めるものであった。

 

確かにアッサムは、聖グロ女子の理想の一つを体現している。

その理由はたくさんあるが、一つ挙げるならば紅茶を淹れる時に最もその特徴が現れる。

 

まず淹れる紅茶が尋常じゃなく美味しい。

同じ銘柄で、ここまでは差が出るのかというほど、アッサムのソレは卓越している。

そして所作。一挙手一投足に至るまで洗練されており、それはもう動く芸術かと言わんばかりなのである。

 

オレンジペコも憧れて真似しようとしてるのだが、これが中々上手く行かない。

なんというか、頑張って背伸びしている子ども、みたいになってしまって、有体に言うと垢抜けてない。

 

アッサムとオレンジペコの間にはスタイルとか教養とかその他諸々、決して小さくない差があるが、それにしたってここまで差が出ると言う事は、やはりアッサムもダージリンと同じく何かが飛びぬけた存在なのだと思う。

 

ただ一つ、アッサムという人は、敬虔な数字の信仰者なのである。

ノートパソコンを持ち歩いていることからも分かるが、とにかくデータ主義。

自分が集めた情報と、そこから導き出される答え。彼女はそれしか信じないのだ。

 

それが良いことなのか悪いことなのかは、多分人による。

オレンジペコはどちらかというと、占いとか運命とかそういったものを信じるタイプで、ダージリンもそちら寄り。

 

けどアッサムは違う。

彼女からすれば占いはバーナム効果やコールド・リーディングの産物であり、運命は単なる因果関係を仰々しく語ってるだけのものなのである。

 

それはあまりにも、なんというか、ロマンチックに欠ける話だと思わないだろうか。

女子たるもの、運命の出会いとか赤い糸とか、そういうものには誰だって憧れるはず。

オレンジペコも、ダージリンもそれを信じている。

けれどアッサムからすれば、それは「くだらない」と一蹴できるものなのである。

別に人間的な温かみに欠けているわけじゃない。

むしろ聖グロの中でも、トップクラスに優しい人だと思う。

 

でもそれはそれとして、行き過ぎたデータ主義のアッサムは、まぁ付き合いやすいタイプではないのかなぁ、とオレンジペコは思ったりする。

 

そういう意味では、ダージリンとアッサムは本質的には似たもの同士なのかもしれない。

一見正反対に見えて相性が良くないように思えるが、いざ戦車道の試合となれば比翼連理の如く息の合った連携を見せるし、お互いの事を真に理解している感じがひしひしと伝わる。

 

もはやこれは友人、ではなく。

親友、という間柄と評すべきなのだろう。

 

ところで、

 

 

「よくもまぁ、そんなくだらない事に熱を注げるものですね」

「……はい?」

 

 

親友だからと言って喧嘩しないとは、限らないと思いませんか?

 

 

アッサムの一瞥もくれない無機質な言葉に、ダージリンは笑顔のまま首を傾げた。

しーん、と部屋が無音になって、オレンジペコはふと「嵐の前の静けさ」という言葉を思い出した。

 

「運命だのなんだの、非科学的だと言ってるんです」

 

あぁ、なんという切れ味だ。

パソコンを目の前に置いているからか、普段より割増で威力があるように感じる。

まぁいつも置いてるけど。

 

「貴方とあの人の出会いは、別に運命でもなんでもありません。英国でお仕事をなさっている貴方の父と、英国に深い縁を持つ聖グロ。この二つがあったゆえに、貴方は他の人よりあの人のことを知る確率が高かった。それだけのことです」

 

あの人、というのはご存知ダージリンの想い人、神栖渡里という男性である。

今は大洗女子学園にて戦車道の講師をしているが、それ以前は英国に戦車道留学をしていたので、アッサムの言うこともあながち間違いではない。

 

しかしとうのダージリンは、そんな風には思っていない。

かの人との出逢いはまさしく運命であり、科学や数字では説明できない強い縁があったの

だと、本気でそう思っている。

 

「……へぇ」

 

そんなダージリンに対してアッサムの論理は、火に油を注ぐようなものだったのだろう。

普段は高級な楽器をかき鳴らしたかのような美声が、まさか地獄の最下層みたく冷たいものに化けている。

 

チラ、とオレンジペコはダージリンの表情を伺った。

そして即座に後悔した。

 

口元は穏やかな笑みを浮かべているが、青い瞳が全然笑ってない。

美人ほど怒ると怖い、というのは真理だったのだと、オレンジペコはダージリンから目を逸らしながら思った。

正直もう直視できない。怖すぎて。

 

「そう、()()()()貴女は、そう感じてしまうのね」

 

ギギギ、と開いてはいけない扉が開放されつつある音を、オレンジペコは聞いた気がした。

 

あぁ、なんでこんなことになってしまったのだろうか。

いつもならアッサムだって、ダージリンの話を右耳から左耳に素通りさせて受け流しているのに。

いよいよ我慢の限界が来てしまったのか。

気持ちは大変分かるけれども、アッサムが堪えてくれなければ一体誰が堪えるというのだ。

 

「全ての事象は数字で説明できます。勿論、貴女の恋もね。いい論文を紹介してあげましょうか?そこには詳しく載っていますよ、恋心なんて所詮は、生理的なものでしかないと」

「ふふっ、いかにもデータ主義者らしい言葉ね。ぜひお願いするわ」

 

そして次のダージリンの言葉によって、完全に扉は開放された。

 

 

「人を本気で好きになったことのない可哀そうな人達の考え方、一度見るのも一興だわ」

 

 

そこからのことは、叶う事なら記憶から消し去りたいオレンジペコであった。

しかし未だ残るこの胃の痛みが、それを許してくれないのでオレンジペコは今日も胃薬を飲む。

 

二人はあれから、それはもう語りつくせない程の壮絶な舌戦を繰り広げ、最終的にはダージリンの元に神栖渡里からの電話が入ったことで集結したが、果たしてそれがなかったらどこまで続いていたのかと、オレンジペコは恐怖した。

 

オレンジペコの胃に大変なダメージを与えてくれた二人はというと、結論から言うと何もなかった。

まるであの喧嘩がなかったかのように平然と、そしていつも通りに、優雅に紅茶を楽しみながら談笑しており、その様はオレンジペコの方が「夢だったんでしょうか」と思う程の自然さで、喧嘩の影響など微塵も感じられなかった。

 

思うにアレは、もしかすると二人だけに許されたコミュニケーションのようなものなのかもしれない。

二人の友情、信頼関係があってこそ、二人はあそこまで言い合うことができるのだろう。

オレンジペコはそう結論づけた。

 

しかしそれはそうとして。

 

ダージリンとアッサム。

聖グロの誇る二大巨頭、その傍にいられることを、オレンジペコは心の底から嬉しく、誇りに思う。

思うけど、時々すごく疲れるので、願わくば自分がいる時に喧嘩するのはやめてほしいなぁ、とそう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小話3 『西住まほは付き合わない』

 

 

 

 

「―――――ずっと好きでした!!俺と付き合ってください!!」

 

腰を折って、頭を垂れる男性が目の前にいる。

その光景は、まほはどこか他人事のように眺めていた。

 

場所は黒森峰女学園、戦車格納庫。

時間は午後五時半を少し回ったところ。

戦車道受講者たちは練習を終えて寮に帰っており、人気は少ない。

 

なるほど、だからこの時間、この場所に呼び出されたのか、とまほは今更ながらに気づいた。

確かにこんな話は、人がいてはできないだろう。

男から女への、愛の告白なんて。

 

「……へ、返事を聞かせてもらっても、いい、ですか……?」

 

垂れていた頭が上がり、彼の顔が再び明らかになる。

短く、綺麗に整えられた髪に、浅く焼けた肌。

半袖のTシャツから見える腕は引き締まっていて、まっすぐ立てばまほより十センチくらいは身長が高いだろう。

顔は精悍で、爽やかだ。いわゆる、イケメンというやつだろう。

しかし今は、その顔は朱に染まっている。

 

「………」

 

返事。

あぁ、そうか。

私は今、告白されてるんだったか。

 

あまりにも突然なことに半ば止まっていたまほの思考が、ようやく動き始める。

 

(整備士の彼が、私に告白か)

 

まほは今目の前にいる男子が誰かを知っていた。

まほが乗っているティーガーの整備を担当している、他所の高校の生徒だ。

練習終わりには必ず戦車の調子をヒアリングしてくれて、まほや他の乗員の注文にもすぐ答えてくれる、真面目で腕のいい整備士……正確には、その卵だろうか。

 

確かその性格と見た目から、黒森峰内での評価も良かったはずだ。

後輩が彼に差し入れを渡している場面を、まほは何度か見たことがある。

 

そんな彼が、まほに告白してきた。

自分の、彼女になってほしいと。

 

「………すまない」

「―――――っ」

 

まほが黙っていた時間を、彼は悩んでいると受け取っていただろうか。

だとしたら本当に申し訳ないが、まほの答えはとうの昔に決まっている。

返事に間があったのは、ただ状況を整理していただけだから。

 

「私は今、黒森峰を再び優勝させ、去年の雪辱を晴らすことしか考えられない。他のことに気を回す余裕がないんだ……だから、誰かと付き合うなんてことは、今はとてもじゃないが考えられない」

「……そう、ですか」

「貴方を悪く思ってるわけじゃないんだ。性格は好ましいと思うし、整備の腕も信用している――――ただ、今は……」

 

こういう時、まほはどういう顔をするべきなのか分からなくなる。

申し訳なさそうな顔をするべきなのか、それとも固い意志を見せるべきなのか。

ただどんな顔をしても、彼の顔を晴らすことはできないということだけは、理解していた。

 

「いえ、いいんです。そういう真面目でまっすぐなまほさんだから、俺は好きになったんですから」

「………」

 

すまない、という言葉がもう一度出かけたのを、まほは喉元で抑えた。

これ以上謝るのは、なんとなく違う気がした。

 

「良く思ってくれてるって、それが分かっただけでも良かったです……すみません、お時間を取らせてしまって」

「……あぁ」

「それじゃあ、失礼します」

 

踵を返し、彼は立ち去ろうとする。

 

「――――――もし」

 

その背中に、まほは声を投げた。

立ち止まり、彼は振り向く。

 

「もし貴方さえよければ、これからも私の戦車を整備してほしい。貴方が一番、私の戦車の事を良く知っているから、だから……」

 

言いながらまほは、もしかすると自分は残酷なことを彼に言ってるのかもしれないと思った。

フられた相手の戦車なんて、というか顔なんて普通は見たくないのではないものだ。

それなのにこれからも、今までと同じようにしてくれなんて……

 

しかし彼は、そんなまほの考えを裏切り、あまりにも嬉しそうに目を輝かせた。

 

「は、はい!俺でよければ!!」

 

小さく漏れたまほの吐息に、果たして彼は気づいただろうか。

いや、気づいてないだろうな、とまほは思った。

 

そうして今度こそ、本当にまほは一人になった。

彼もいなくなり、ここにあるのは戦車と自分だけ。

無機質な静寂が、そこにはあった。

 

「――――出てこい」

 

だからこそまほは、その存在に気づくことができた。

太い鉄の柱の陰に声の矢を放ち、盗み聞きした不届き者を射貫く。

 

「―――なぁんだ、バレてたのか」

「あはは、ごめんね、まほ」

 

そして彼女たちは現れた。

その顔を、まほはよく知っている。

 

「まったく、見世物じゃないんだがな」

「そう言うなってまほ。もし襲われたりしたら、と思っていつでも助けられるようにしてただけだって」

 

まほと同じく、ティーガーに乗車する、まほのチームメイト。

数多いる同級生の中でも、特別仲が良い二人の戦友が、バツの悪そうな顔をしてそこにいた。

 

「無用な心配だ。西住流の直系として、一通りの護身術は納めている」

「まぁそんなに心配はしてなかったけど、一応ね」

「しかし告白かぁ!アレ、ティーガーの整備してくれてるイケメン君だろ?相変わらずモテるねぇ、まほは」

 

相変わらず、という言葉にまほは少しだけため息を吐いた。

彼女たちとの付き合いも、もう長い。

隠せていることなんて、もうあんまりない。

 

「でも、今回もやっぱり断っちゃったのね」

「もったいない話だよなぁ。アイツ狙ってるっていう後輩、結構多いんだぜ」

「だったら、その後輩たちに頑張ってもらうさ」

 

口説き落とすなりなんなり、好きにやってくれればいい。

彼の前では決して言えないが、まほは彼の事を異性として見ているわけじゃないから。

 

「……あのさぁ、まほ。お前のことだから悪気はないんだろうけど、『今は付き合うとか考えられない』って断り方、あんまりしないほうがいいぞ」

「……?」

「あ、やっぱりわかってなかったのね」

 

あーあ、というため息と、はぁ、というため息が聞こえた。

しかしまほは、首を傾げることしかできない。

というか会話の内容、ばっちり聞いてたのか。

 

「お前、別にその気はないんだろ?例えば大会が終わったら、とかさ」

「あぁ、無い」

「だったら、ちゃんとそう伝えた方がいいわ」

 

なぜだ、とまほは目を丸くした。

それは、確かにまほだってそう考えた。

でもそれはあまりにも直接的で、彼を傷つけてしまうかもしれないと、そう思ったからあえて別の言い回しをしたのだ。

 

「じゃあ大会が終わって、アイツがもう一回告白してきたらどうすんだよ」

「……」

 

それは盲点だった。

だが確かに、有り得る話だ。

「好ましくは思ってる」、なんて余計なことまで言ってしまっているし。

 

「時にはバッサリ断ってやった方が、男の方も幸せなんだよ。咲かない花に水をやり続けるよりかは、新しい種を探しに行く方がさ」

「優しさも、使い方を間違えれば人を傷つけるものよ」

「……なるほど、そういう考え方もあるのか」

 

この辺りのことは、まほにはさっぱりだ。

経験がないというのもあるが、それ以上に興味がない。

そんな素人の考えよりかは、彼女たちの言う事の方が遥かに正しいに決まっている。

次からはそうしよう、とまほは思った。

 

「ところでさ、まほは何で誰とも付き合おうとしないんだ?」

「……さっき言っただろう。今は、大会で勝つことしか考えられない、と」

「でも、それずっと言ってるでしょ?」

 

四つの眼が、まほに突き刺さる。

なんだってこんなことになったのか、とまほは内心でため息を吐いた。

 

「恋愛に興味がないとか?」

「人並みにはあるさ」

「じゃあ男の人に興味がないとか?」

「生憎私はノーマルだ」

 

だったら、という声が、重なる。

 

「「好きな人がいる、とか?」」

「………」

 

思わず黙ってしまったことを、まほは即座に後悔した。

その沈黙は、すなわち答えだったから。

 

嫌な予感がした。

身体が、今すぐこの場所から立ち去れと叫んでいる。

 

特に逆らう理由を見出せなかったので、まほは命令に従うことにした。

 

「へぇ、へぇへぇへぇ!あのまほに、好きな人かぁ!」

「えぇ、なにそれ!水臭いじゃない、私たちの仲でしょ?」

 

あぁ、見なくても分かる。

にんまりとした笑顔で、目を輝かせながらまほの後をついてくる、二人の姿が。

 

「誰!?整備頼んでる高校の奴!?それとも学校の先生!?西住流の関係者!?」

「地元にいる幼馴染とか、実家の近くに住んでる年上のお兄さんとか!?」

 

あぁ、うるさいうるさい。

背後からやってくる洪水のような質問に、まほは一度も答えることなく、女子寮にある自室まで早歩きで向かった。

 

 

 

 

 

 

ガチャ、と扉を開け、そして即座にまほは鍵を閉めた。

そして扉の前で大きく深呼吸してから、パンツァー・ジャケットから部屋着へと着替える。

 

この部屋が一人部屋で良かったと、まほは心の底から思った。

もし同居人がいたら、あるいは同居人が彼女たちであったなら、これほどゆっくりすることはできず、質問攻めは未だ続いていただろう。

 

戦車道受講者たちが住む寮は相部屋があったりもするが、まほは戦車道の隊長として大きめな一人部屋を与えられていた。

それは別に隊長の特権というわけではなく、おそらく西住流の影響だと思われる。

かつてまほも、小学校に入学するのと同時に、妹との二人部屋から一人部屋へと移された。

 

『上に立つ者は、独りでも強くあらねばならない』という西住流の思想は、こんなところにも表れているのだ。

 

黒を基調としたパンツァー・ジャケットはハンガーへ。

代わりに纏うは、機能性最優先のオシャレとは程遠いジャージみたいなもの。

 

友人には「もう少し気を遣った方が……」と言われることもあるが、別に誰彼に会うわけじゃないし、気にすることでもない。

おそらく彼女たちは、こんなラフなまほの姿を見て、後輩たちが幻滅することを危惧しているのだろうが、それも同じくまほの気にするところではない。

 

 

―――――だって()()()も、家ではこんな恰好だったから。

 

 

椅子に座り、必要最低限のものしか置かれていない机をまほは眺めた。

その視線の先には、一つの写真立てがあった。

 

「…………」

 

手に取り、中に収められた写真を、まほは何よりも愛おしく見る。

 

この写真は、まだまほが小学生だった頃に撮られたものだ。

写っているのは、男の子っぽい服装に身を包んだ、今の自分よりもずっとずっと背の低い自分。

そしてその自分の頭に手を置いて笑う、ある男の人の姿。

 

「……相変わらず、仏頂面だな、私は」

 

まほは苦笑した。

写真の中の自分は、口を真一文字に結んで、眉を逆八の字にしている。

別に怒っているわけじゃないが、笑っているわけでもないという、硬い表情だ。

 

なぜこんな顔をしているのか、まほは未だに覚えている。

 

自分は、緊張していたのだ。

本当に変な話だが、西住まほは()()()()と一緒に写真を撮るだけで、とても緊張してしまったのだ。

でもそれは、悪い意味の緊張じゃない。

 

「嬉しいのなら、もっと笑え、私」

 

寧ろその逆。

誰よりも、何よりも嬉しかったからこそ、まほは緊張してしまった。

 

だってツーショットなんて、滅多にないんだ。

この人と一緒に写っている写真はたくさんあるけれど、そこには必ず妹の姿があるから。

いつも絶対にこの人にくっついていた、妹が。

 

これはその妹が不在の時に撮ったもの。

ひとえに、奇跡の一枚のようなものだ。

だからこそ、まほの宝物になった。

 

 

世界で一番、誰よりも大好きな、この人と一緒に写っている、この写真が。

 

 

「……好きな人、か」

 

まほは覚えている。

何よりも安心をくれる、この人の温もりを。

自分の名前を呼んでくれる、この人の声の色を。

頭を撫でてくれる、この人の手の感触を。

 

眼差しも、優しさも、この人のものは全部全部、鮮明に覚えている。

 

「言っても良かった、かな」

 

まほの好きな人は、この写真の中にいる人。

 

まほが中学校に入る前にいなくなってしまった人。

 

そして今どこで何をしているかも分からない人。

 

 

「……逢いたいです、お兄様」

 

 

そんな人を、西住まほは心の底から慕っている。

昔も、今も、そしてこれからも。

 

 

 

 

 




小話1 
なんでオムライスかは知らない。そして特に深いストーリーもない。
オリ主は生活能力が皆無なので、当然出来上がったオムライスは名状しがたきナニカ。
でもあんこうチームは美味しく食べてくれましたとさ。

小話2
ダージリンとアッサムは色々妄想が捗る。
データ主義というアッサムに、乙女でスイーツ系の本作ダー様を一刀両断してほしかった。

小話3
まほさんはメインストーリー上なんか悲しくなっちゃうだけで、決勝戦が終わればマジで砂糖を煮詰めたような甘々な姿を見せたりますよ、ええ。
ちなみにちょっとだけ出てきた二人は、レンとか夏海とか言われてる二人。リボンの武者から出張してきてもらいました。

あと、これは開会式前の話だから。
まだ拗らせてない、ただの寂しんぼのまほさんだから。


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