戦車道素人集団を優勝へ導く138の方法   作:ススキト

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特別番外編、聖グロ対黒森峰-幻の準決勝-。

というわけで大洗女子学園VSプラウダ高校の裏番組として、ひっそりと書いていこうかと思います。
メインは大洗女子の方を進めていくので、こっちはまぁ気が向いたらポツポツ書くくらいのスタンスです。


以下注意点。
・BIG4という名の捏造設定。
・聖グロが過去優勝したことないという捏造設定。
・聖グロが黒森峰に勝ったことないという捏造設定。
・準決勝ではクルセイダーは二両しかいないのに四両いるという捏造設定。
・西住まほの拗らせという捏造設定。

おい捏造ばっかじゃねーか。




無冠の女王VS常勝の覇王

BIG4。

 

それは高校戦車道界における四つの強豪校にして、決して斃れぬ不動の王者達を示す言葉である。

大会ベスト4を長きに渡り独占し、BIG4を倒しうる者は同じBIG4しかいないと称されるほど、他とは隔絶した力を誇っており、その勇名を全国へと轟かしている。

 

圧倒的物量を誇る自由の戦車乗り、サンダース大付属高校。

 

極寒の大地が生んだ雪原の精鋭、プラウダ高校。

 

伝統と格式を貴ぶ神奈川の雄、聖グロリア―ナ女学院。

 

何よりも勝利を欲する群狼、黒森峰女学園。

 

以上がBIG4を構成する四校であり、全国に数多いる高みを目指す戦車乗り達は必然的に、いずれかの学校を目指すこととなる。

それが頂点へと続く最も近い道であり、それ以外に道がない故に。

 

そういった意識の高い戦車乗りが集まると、チームは強くなる。

チームが強くなれば大会で良い成績を残すようになり、評判が上がる。

そしてその評判を聞きつけた将来有望な戦車乗りがまた集まる。

 

この好循環がある限りBIG4が衰退することはなく、他の学校との実力差が埋まることは決してない。

しかしBIG4同士の力関係は、どうなのだろうか。

 

これは全国の戦車乗りの間でも、盛んにおこなわれる議論であった。

どこのチームが一番強いのか。

例えば雪の降る場所での戦いなら、プラウダ高校に一日の長があるだろう。

真正面から堂々と戦うような力比べなら、高性能な戦車を多く揃える黒森峰。

持久戦であれば物量のサンダース、防戦に秀でた聖グロ辺りが一枚上手となる。

 

こういったように、BIG4の力関係が均衡していて、戦況次第で簡単に有利不利がひっくり返る現状においては、ひとえに「このチームが最強」と断定することは難しい。

 

 

しかしそれでもなお、優勝という栄冠を手にし続けた学校がある。

 

全国高校戦車道大会においては前人未到の九連覇。

強力なドイツ戦車を数多く揃え、軍隊のような規律を以て乱れなく進撃する鉄心の群れ。

日本における戦車道最大流派の片割れ、西住流の教えを最も色濃く受け継いだ唯一のチーム。

 

黒森峰女学園である。

 

彼女たちは最初から頭一つ抜けた強さを持っていたわけではなかった。

加えて言うのなら、現在においてもそれは同じである。

あくまでBIG4の力関係は互角であり、何か一つ拍子が狂えばそれだけであっけなく優劣がひっくり返るような、そんなパワーバランスの上にある。

 

だが黒森峰女学園は、それでも勝利してきた。

特にここ十年で見れば、全ての勝負を制してきたと言ってもいいだろう。

 

トーナメントを勝ち上がれば、必然的にBIG4同士の戦いになる。

故にその頂点に立つ黒森峰女学園は決して、運だけで勝ち続けてきたチームではない。

 

何故勝つのか。

何故勝てるのか。

それを説明できる者はいない。

 

当の黒森峰の戦車乗りからすれば、ただ勝つべくして勝っているだけだ。

与えられた使命を全うし、役目を果たす。

彼女たちにそれ以上の意識はない。

 

故に彼女たちにとって勝利とはただの副産物に過ぎないが、しかしその副産物を何より欲する為に、彼女達は死に物狂いで戦う。

 

目的と手段が倒錯したその姿勢は、周りからすれば理解を超えたものとして映るかもしれない。

けれどある男は言う、「それでも黒森峰は勝つ。理由が無くても勝利する」

その得体の知れなさ、説明のつかなさにこそ、黒森峰というチームの強さがある、と。

 

その論の正当性は、今議論すべきところではない。

重要なのは、「誰が勝ってもおかしくない」という絶妙なパワーバランスの上にあって、それでもなお黒森峰女学園が勝つということ。

 

時に圧倒的に、時に迅速に、時に堅牢に、時に破壊的に。

紙一重の勝負を制し、並み居る強敵を制し、決して簡単ではない道を制す。

 

そんな姿を、常に観客に見せ続けてきた。

そしていつしか彼女たちは、その力と姿に対する尊敬と畏れを込めて、こう呼ばれるようになった。

 

 

歴戦の猛者―――――『常勝の覇王』、と。

 

 

例え一度二度負けようとも、彼女達は王者を張る。

誰よりも勝利を欲し、誰よりも鍛錬を積んできたという自負がある故に。

彼女たちは誰よりも眩しく、輝いて見えるだろう。

 

 

しかし光あるところに影はあり。

そうして黒森峰女学園が栄光に照らされた道を歩く一方で、苦渋を舐めさせられた者達がいる。

 

 

それがBIG4の一角、聖グロリア―ナ女学院である。

 

 

聖グロリア―ナ女学院は高校戦車道黎明期より存在する古豪にして、今に至るまでその力を衰えさせず維持し続けた不朽の強国である。

全てのBIG4に言えることだが、選手の質は高く、資金も申し分なし。

戦車乗りにとっては理想と言える環境を持っている。

 

実力も全国屈指。

大会が近づくと必ず優勝候補として取り上げられ、取材陣も多く押し寄せる。

聖グロリア―ナ女学院が生粋のお嬢様学校であることから、眉目秀麗にして才色兼備な生徒が多く在籍していることも、取材陣の関心を引く要因の一つだろう。

 

応援の声も多い。

OG会が現役に対して常に大きな期待を持っていることもそうだが、何より常に気高く、気品があって、誇りを失わない凛々しい彼女たちには、多くのファンがいるのだ。

 

彼女たちもそれを自覚している。

恵まれた環境や期待の声など、自分達に向けられた全てのモノに対し、自分達は勝利を以て応えるしかない。

それこそが高貴なる者の義務である、と。

 

 

しかし過去十年に渡り、聖グロリア―ナ女学院が優勝したという事実はない。

 

 

その背景には、他でもない黒森峰女学園の姿がある。

黒森峰女学園の勝利の数だけ、聖グロリア―ナ女学院の敗北がある。

黒森峰が『常勝』という称号を手にし、栄誉を享受する一方で、聖グロに与えられたのは積み重なる敗北の歴史と、落胆と失望の声だった。

 

それでもなお気品を失わず、自分達は誇り高き者だと信じ、その姿勢を貫く彼女たちを、人々はいつしかこう呼ぶようになった。

 

 

虚飾の貴族―――――『無冠の女王』、と。

 

 

数多の侮蔑、嘲笑、それら全てを彼女たちは受け入れる。

そしてその上で、誰よりも気高くあろうとするだろう。

どれほどの敗北も、屈辱も、彼女たちを曇らせることはできない。

そんなもの、ただ一度の栄冠を以てすれば容易に祓えるものなのだから。

 

未だ余裕の態度を崩さぬ彼女たちを、無様と言う者もいるだろう。

これだけ負け続けておいて、よくもまぁ偉ぶれるものだこの恥知らず、と。

 

しかし彼女たちは知っている。

そう言った言葉に膝を屈した時、あるいは何回挑んでも勝てぬ相手に心折られた時、立ち上がれないことこそが無様。

それをこそ、恥と呼ぶことを。

 

何人たりとも我々を傷つけることは能わず。

何があろうと我々の心が折れることはない。

 

いつか勝利する、その日まで。

紅の衣を纏いし気高き君は、決して誇りを失わない。

 

 

 

そして今日、再び―――――

 

 

 

「さぁ、行きましょうか」

 

 

 

――――無冠の女王は、常勝の覇王へと挑む。

 

 

 

 

 

 

 

 

「正念場よ」

 

聖グロリア―ナ女学院の会議は、重苦しくなくとも緊張感に満ちていた。

しかしその中にあって隊長であるダージリンの声は、いつもと変わりなく聞こえる。

余裕を滲ませながらも凛然とした声色は、彼女の配下を僅かに落ち着かせる作用を持っていた。

 

こればかりは生まれ持った素質だろう、とオレンジペコは思った。

世の中には色々な人間がいるだろうが、彼女はまさしく誰かの上に立ち、誰かを率いる人間だった。

そうでなければ、名門聖グロリア―ナ女学院の隊長など務まらないだろうが。

 

しかし先代の隊長方もこうであったのだろうか。

オレンジペコにとって聖グロの隊長とは、ダージリン只一人を指す言葉だが、ダージリンやアッサムにとってはそうではない。

彼女たちが一年生の時には彼女たちの上に立つ者が、彼女たちが二年生の時には彼女たちにバトンを渡した者がいたはず。

 

思えばそういった話は、未だ聞いたことがなかった。

ダージリンの御傍に仕えてはや三か月以上、会話量だけで言えば常人の三倍くらいはあるが、不思議とダージリンの口から先代の隊長の話は出たことが無い。

 

果たして何故だろうか、とオレンジペコは内心で首を傾げたが、すぐにその疑念を刈り取った。

今は試合前。他の事に頭を使っている暇はない、と判断したのだ。

 

何せダージリンも言った通り、今日は本気の本気で正念場なのだから。

 

「いい機会だし、少し過去を振り返りましょうか」

 

ティーカップを持つダージリンの姿は、変わらず優雅なものだ。

けれどカップの中の琥珀色の水面が僅かに揺れていることを、オレンジペコは知っていた。

 

「私が隊長になってから黒森峰女学園と対戦したのは二度。去年の秋と、今年の春先。どちらも練習試合ね」

 

その両方に、オレンジペコは参加したことがない。

前者はまだ中学生の時分であったし、後者は大洗女子学園との対戦以前の話で、オレンジペコはまだギリギリチャーチルに乗っていなかった。

けれど結果は知っている。

一方は伝聞で、もう一方は直接目の当たりにして。

 

「結果はどちらも完敗。特に秋の方は酷かったわね」

 

曰く、接戦でも善戦でもなく、惨敗。

黒森峰の強靭さに、ダージリン達は一つも歯が立たなかったという。

オレンジペコは当事者たちに聞いてもなお、俄かに信じられない気持ちだった。

 

聖グロリアーナの強さは、よく知っている。

確かに戦車の性能では負けているかもしれないが、それを補ってあまりある知恵と勇気が先輩達にはある。

だからこそ、聖グロは未だ全国屈指の強豪校であり続けているのだ。

 

けれど黒森峰の強さは、そんな先輩達をあっさり蹂躙した。

有り得るのか、そんなことが。

実際春先の練習試合は、接戦だった。そこまで圧倒的な実力差があるとは思えなかった。

聖グロと黒森峰は互角なんだと、そう思っていた。

 

それはオレンジペコが真に黒森峰の力を知らないからか、あるいはオレンジペコがまだ経験の浅い新人(ルーキー)だからか。

果たしてオレンジペコには分からない。

ただ一つ確かなのは、「自分達は勝てるだろう」という甘い考えをしているようでは、この試合に勝つ資格すらないということだった。

 

「OG会の方々にも色々言われはしたけど……まぁこの話はいいでしょう。自分達は戦いもしないのに、後ろの方で騒ぐだけの輩の声なんてどうでもいいわ」

 

珍しく静かな怒りを感じさせるダージリンの声色だった。

しかしそれもほんの一瞬だけ。

瞬き一つした時には、ダージリンの調子は戻っていた。

 

「大事なのは、私達がその敗北を受け入れたこと。そして敗北から立ち上がり、二度と負けてなるものかと強い気持ちを燃やし続け、今日まで来たこと」

 

ダージリンの青い瞳の奥に、オレンジペコは赤い炎を見た。

それが彼女の持つ覇気と、壮烈な意志の顕現だった。

 

「相手は名門黒森峰。率いるは西住流の直系。おそらくは日本一の戦車乗りだけど、相手にとって不足はないわ」

 

一同が頷く。

西住流の名、それは誰もを恐れさせるものかもしれない。

けれどこの場に竦む者も怯む者もいなかった。

 

「いい加減、無冠なんていう称号も聞き飽きた―――――今日を勝って、誰の目にも明らかになるように見せつけるとしましょう」

 

いつも通りの優雅な微笑みに、別の色が混じる。

それはいつかどこかの()が見せたような、

 

 

「私達こそが、本当の王者ということね」

 

 

獰猛な、笑み。

 

 

 

 

 

戦場は、至って平凡なものだった。

平凡、という語弊があるかもしれない。この場合は、オーソドックスというべきだろう。

砂漠や密林といった特殊な環境ではなく、丘陵や市街地、平原といった様々な要素が複合された平均値的な戦場。

 

戦車の性能的に戦場(ステージ)の得意不得意がはっきり分かれる聖グロにとっては、戦う場所をある程度選ぶ必要が出てくるだろう。

 

そして黒森峰。

控えめに言って万能な戦車を持つ彼女たちにとっては然したる弊害はないかもしれないが、全てにおいて弱点の無い戦車など存在しない。彼女たちには彼女たちで、必ず選びたくない場所がある。

つまりはこの戦場、局所的に有利不利を双方に与えるため、少しでも自分達に有利な場所で戦うか、あるいは有利な環境を作り上げなければならない。

 

おそらくは勝敗を分かつ一つのポイントとなるだろう。

 

それをダージリンは、過不足なく理解していた。

故に初手、彼女が取った行動は聖グロの誇る俊足部隊、クルセイダー隊を偵察に出すことだった。

 

「初めから奇をてらってもね」

「まずは定石通り、ということですか」

「不満かしら、アッサム」

 

金髪の砲手は、静かに首を横に振った。

彼女は理解していたのだ。

この試合は、一つのミスで呆気なく勝敗が決まるほど、ギリギリの所にあるものだと。

 

「あの子が暴走しないか、それだけが心配なだけです」

「大丈夫よ。ローズヒップもやる時はちゃんとやる子だもの……アクセルを抜くと、気も抜けちゃうけどね」

 

はぁ、という静かなため息をアッサムは吐いた。

そんな所作すらも綺麗だというのだから、不思議なものだった。

 

「どう見ます?」

「まずは丘陵でしょう。お互いが接敵しそうなポイントで、かつ相手より早く動けるなら、余程の事がない限りそこで待つわ」

 

お互い進軍しているなら、鉢合わせそうな場所はいくつかある。

その中で黒森峰が待ち受けやすく、聖グロが攻めづらいという場所は一つしかなかった。

故にダージリンも全隊をそこに向けて動かしていた。

 

勿論最悪の事態を防ぐための方法(リスクマネジメント)を欠かすわけにはいかないから、斥候を放っているわけだが。

 

問題は斥候のリーダーを務める、濃い桃色の髪をした少女であった。

とにかくスピード狂で、相手を撃つよりも自分の速度を落とさないことを優先してしまう困った気質があるため、ダージリンも手放しではいられない存在だった。

クルセイダー隊の隊長であることから優秀なことは優秀なのだが、そういった点もあってとりあえずダージリンは相手のいなさそうな所に彼女を送っていた。

もし接敵してしまうと、突っ込んでしまうかもしれないので。

 

「ダージリン様、クルセイダー隊から報告。黒森峰、ダージリン様の予想通り丘の上に部隊を配置しています」

「そう、クルセイダー隊とローズヒップに伝達。相手の側面に伏せて、此方の合図を待つように」

「―――っ」

 

開戦が近い。

その緊迫した空気を感じ取ったのか、装填手のオレンジペコは身を固くした。

黒森峰と相対するのは、これが初めての事。

ビデオで研究はしたが、映像と実物は当然ながら違う。

 

果たして如何ほどのものなのか。

そして自分はそれに呑まれずにすむだろうか、という緊張がオレンジペコを襲っていた。

そうでなくとも彼女は一年生。準決勝という舞台に、無神経ではいられない。

 

「落ち着きなさい、オレンジペコ」

 

そういう時、後輩を助けるのが先輩というものであった。

優雅で落ち着きはらった声が、オレンジペコの緊張を鎮静させていく。

 

「緊張するな、とは言わないわ。だけど、自分にできる事だけをしなさい、とも言わない」

 

青い瞳と、灰色の瞳が交錯する。

 

「気負わず、緩まず―――――力になりなさい」

「力……」

「貴方は聖グロの隊長車、その装填手よ。チームを勝利に導く為、そして他ならぬ私に報いる為に自分はいるのだと、そう心得なさい」

 

端正な唇が、弧を描く。

 

「私は伊達や酔狂で乗員を選ばないわ、オレンジペコ。チャーチルに乗っている意味、ちゃんと理解してね」

「……励ましてるのか脅してるのか、分からないわよダージリン」

「どう受け取るかはオレンジペコ次第、でしょう?」

「どう受け取らせるつもりなのかしら」

 

金髪の美少女同士の会話は、オレンジペコより遠いところにあった。

オレンジペコの頭の中は、ある言葉で埋め尽くされていたのだ。

 

――――力になれ。

 

自分にできる事だけをやれ、は()()だ。

もうそんなところ、オレンジペコはとっくに通り過ぎてる。

期待されているから、オレンジペコはここにいる。

ならその期待に、オレンジペコは答えなければならない。

 

「―――分かりました」

 

大きく息を吐く。

すると思考はクリアになって、心身が清らかになった。

指の先にまで、活力が漲っている。

 

それをダージリンは、満足げに眺めていた。

 

「さてと、それじゃあ挨拶といきましょうか」

 

部隊が形を変えた。

パンツァーカイルは分断され、二つの小隊が生まれる。

一方は真っ直ぐに、一方は進路を変えて進撃する。

 

そして間もなく、ダージリン達は黒森峰を視界に収めた。

 

「黒森峰、丘の上で横隊を組んでいます!」

「全車揃っているわけではないようですね。まぁ、それでも真正面からいっては呆気なく散るでしょうけど」

 

アッサムは他人事のように呟いた。

横隊は正面に火力を集中させやすく、高い攻撃力を持つ黒森峰、そして高所から撃ち下せるこの場所と相性がいい陣形だ。

硬い装甲を持つとはいえ、流石の聖グロでも無策で真正面から戦えば先に力尽きる。

 

「けどこの場所は私達も使いたいわ」

「無理矢理奪うのは無理でしょうね」

 

そうなると聖グロは、あの火力と装甲相手にガチンコ勝負を挑むことになる。

かといって戦わないという選択肢はない。

結構な難題だが、

 

「えぇ―――――だから、譲ってもらうわ」

 

既にダージリンは策を思いついていた。

無線を飛ばし、命令の声を届ける。

 

「クルセイダー隊、3時方向から9時方向に向かうようにして、相手の背後を走りなさい」

 

返答は、遠くからでも聞こえる砲声だった。

土を巻き上げながら、聖グロ一の俊足が黒森峰の背後を突く形で疾走する。

当然、それに気づかない黒森峰ではない。

 

即座に砲塔を旋回させ、後ろから刺そうとする不届き者に照準を合わせる。

そして一息、苛烈な罰が下される。

 

雨のように放たれる砲弾。

しかしその全てはクルセイダー隊の残像を貫くばかりで、地面に無数の穴を掘る結果に終わる。

名手の多く集まる黒森峰とはいえ、時速40㎞近い速度で走る戦車を、それもピンポイントで射貫くのは困難だった。

だが数をこなせば、そのうちに慣れてくる。

 

そうなる前にクルセイダー隊は、疾走を終えて身を隠しながらの応戦に入る。

上から撃ち下すとはいえ、狙える場所には限度がある。

そういった場所に車体を隠し、クルセイダー隊と黒森峰の砲撃戦が始まる。

 

しかし当然ながら、これは勝ち目のない戦いである。

クルセイダーに搭載されている6ポンド砲では、精々が黒森峰の装甲に僅かな傷をつける程度。超接近戦ならまだしも、これでは撃破には至らない。

 

ゆえにダージリンは次の手を打つ。

 

「戦車前進」

 

マチルダ、そしてチャーチルで構成される五両の部隊が、黒森峰の正面に躍り出る。

これで黒森峰を中心とし、9時方向にクルセイダー隊、6時方向にダージリン率いる小隊を置いたL字型の陣形が完成する。

 

「この距離で装甲は抜けないでしょう。履帯を集中的に狙いなさい――――撃て(ファイア)

 

チャーチルはともかく、マチルダⅡに搭載されている主砲はお世辞にも火力が高いとはいえない。

しかし戦車の弁慶の泣き所、唯一堅牢な装甲に守られていない履帯部分を破壊するには、十分すぎる威力がある。

履帯は戦車の脚。そこを折られれば、どんなに強力な戦車でも木偶の坊だ。

 

クルセイダー隊に意識が向いた黒森峰部隊の不意を突く形で、返礼の砲撃が届けられる。

 

戦車は正面の装甲が最も硬い。

だから相手と撃ち合う時は、相手に正面が向くように構える。

実際は避弾経始を発生させるため、少し斜に構えるわけだが、それでも戦車の基本的な設計として、二方向からの砲撃は防げないようにできている。

 

右を見ながら左を見ることができないように、戦車はどこを正面装甲で守るかの取捨選択をしなければならない。

故に最も効果的なのが、こういったL字の陣形である。

射線を十字に交差するようにして、どちらか一方が相手の弱みを突けるようにする。

 

シンプルだが、これこそが戦車単騎では防げない絶対の方程式なのだ。

 

「黒森峰、密集してクルセイダー隊と此方の両方に対応する防御隊形に変更しました」

「まぁ、そうなるでしょうね」

 

とはいうものの、これはあくまで戦車の数が少ない場合の話。

一人では右を見ながら左は見れないが、二人ならそれができてしまうわけで。

 

ダージリンの視線の先には、お互いの弱い所を庇い合うようにする黒森峰の姿があった。

これでクルセイダー隊もダージリン達も、相手の正面装甲しか狙えないようになった。

あまり言いたくはないが、例え何百発撃とうと相手はビクともしないだろう。

 

しかし此方がL字陣形になってからの判断の速さたるや。

流石は黒森峰というところか、とダージリンは紅茶を一口味わった。

いっそモタモタしてくれた方が、ダージリンの予想を裏切っただろう。

それはそれで、美味しくはあったが。

 

「ダージリン」

「えぇ、当然織り込み済みよ――――クルセイダー隊、こちらに合流を。それが済んだら後退しましょう」

 

このまま攻撃し続けることに意味がないならば、さっさと兵を仕舞った方がいい。

準決勝に導入可能な戦車数は15。

その内の半数以上をここに投入し、あまつさえ分散させてすらいるのだ。

 

余計な傷を負う前に、とダージリンは次の手を打つ。

 

「クルセイダー隊、合流しました」

「全車後退」

 

ジリジリと砲弾を浴びせながら後退を始める聖グロリアーナ。

元々クルセイダーを除いて機動力に難のある聖グロの後退スピードは、傍目には迂闊に見える程であった。

 

聖グロの弱点を一つ挙げるなら、正にここであった。

チャーチル、マチルダといった主力の戦車の設計思想が歩兵随伴を前提としているため、とにかく足が遅い。

戦車道において機動力が勝敗を分かつ重要なポイントである以上、これは本当に弱点と言える所であった。

 

なんせ何をやるにしても、相手と同時にスタートしたのでは絶対に勝てない。

相手より先んずるために、常に一歩、二歩早く動き出さなければならないわけだが、そんなもの誰もができる事ではない。

 

幸い聖グロにはダージリンという卓越した戦術眼を持つ隊長がいるため、その難点をクリアできてはいる。

しかし彼女の読みと判断の速さを以てしても、マイナスをゼロにすることが精々。

彼女が脚の速い部隊を率いていたなら、と考えると、やはり戦車の機動力は軽視していいものではない。

 

聖グロも戦車に特別なチューンを施している。

そのため戦車道においても『周りと比較してちょっと遅いくらい』で済んでいるが、それにしたって相手より大幅に先んずるわけではない。

 

だからこうして、

 

「黒森峰、部隊を前進。こちらに肉薄してきます!」

 

ダージリンが潔く退いても、すぐに追いつかれてしまう。

通信手の僅かな焦りを含んだ声を聞きながら、ダージリンは悠然と紅茶を一口味わった。

 

ただ進むだけで、相手に圧を与えることができる。

なるほど確かにそれは、王者に相応しい行進かもしれない。

しかし()に飛び込もうとする猛獣など、ダージリンの目には兎にしか見えなかった。

 

「別動隊―――――前へ」

 

クルセイダー隊が最初に出現した地点より、新たな戦車が現れる。

ダージリン率いる本隊から分離したマチルダⅡ四両。

陸の女王の異名を冠された鉄の群れが、誰もいなくなった丘の上をあっさり占拠し、そしてダージリン達に食らいつこうとする黒森峰に、ゆっくりと照準を合わせる。

 

一息、無防備な側面に火球が襲い掛かった。

黒森峰と比べれば貧弱な火力とはいえ、ノーガードの横っ面を思い切り打たれれば黒森峰とて怯み、僅かに脚を鈍らせる。

 

「全車、前進。罠にかかった虎を締め上げなさい」

 

そして間髪入れず、ダージリンの命令が飛ぶ。

後進していた本隊とクルセイダー隊が、今度は逆にジリジリと戦線を押し上げ始めた。

前、そして横から猛烈に砲弾を浴びせられ、黒森峰も後退を余儀なくされる。

 

当然、ダージリンは手を緩めない。

クルセイダー隊を動かし、黒森峰正面から左半分を覆う形で隊列を形成して、容赦なく攻撃を加える。

 

これで聖グロは全15両の内、14両を一つの戦場に投入したことになった。

これがダージリンの描いた絵である。

丘の上に陣取る黒森峰を釣りだし、その隙に別動隊で丘の上を取り、後は連携して叩く。

いたって単純で、それゆえに決まれば何よりも鮮やかに見える。

しかしこの試合初めての会戦にしては、それはあまりにも大胆不敵な采配だった。

 

普通であれば小規模な戦闘を繰り返し、相手の狙いや状況を鑑みて、『ここぞ』というタイミングを設ける。

そしてそこに全ての力を集約するべきであって、全ての戦闘に全力を注ぐことはない。

しかしダージリンはその真逆を行く。それはあまりにもリスクの高い選択だった。

 

なんせここで万が一あれば、その時点で試合の趨勢が決まる。

一両、二両の損失ならまだしも五両以上失うとなれば、いくらダージリンが卓越した戦術の腕を持っていたとしてもカバーしきれない。

そして相手が黒森峰である以上、その可能性は並みの相手より高い。

 

そんな投機的な一手を、涼しい顔をしてダージリンは打つ。

 

ダージリンからすれば、こんなもの博打でも何でもないのだ。

なぜならこの戦場を、既にダージリンは掌握している。

自らの目の及ばぬ所であればまだしも、自分の手の上で踊るモノをどうして制御できぬだろうか。

 

この戦場に限れば、()()()()()()というものはダージリンには存在しない。

傍目には綱渡りのような用兵に見えても、ダージリンからすればテラスで優雅に紅茶を味わうようなものである。

 

当然、誰にでもできることではない。

戦場を広く見下ろすことのできる()を持つダージリンだからこそであり、余人が真似すれば自らの腹を割くことになる。

 

しかしこれは隊長としての優劣ではない。

世の中には色々なタイプの隊長がいて、それぞれに相応しい戦い方というものがある。

ダージリンはその中で、十両の戦車を与えられれば十五両の相手を屠る、そんなタイプの隊長だったというだけの話である。

 

「黒森峰は撤退を始めたようです」

「兵は神速を尊ぶ。流石はまほさんね」

 

現状旗色が悪いのは黒森峰である。

このままこの状況が続けば、致命的ではないがそれなりの傷は負うだろう。

打開する策があるならまだしも、無いなら大人しく下がる方が賢明。

 

ただ理屈はそうでも、それを受け入れられない時というのもある。

特に王者としての誇りに満ちた黒森峰にとっては、相手の策にいいようにやられたままおめおめと撤退するというのは、素直に実行できるものではないように思える。

 

しかし彼女たち、あるいはその上に立つ西住まほは、そういう見栄を張りたい故に自分の首を絞め続けるという愚行とは縁遠いようであった。

不利なら退いて、態勢を立て直してまた戦えばいい。

そういう合理的な判断が、スパッと彼女たちはできる。

 

やはり彼女たちにとっては『勝利』こそが全てであり、最後に勝ちさえすればその過程で逃げようが煮え湯を飲まされようが構わない、ということなのだろう。

そういう手合いが最も厄介なのだと、ダージリンは知っている。

 

「追いますか」

「無用よ。あちらさん、もうこの場所で戦うつもりはなさそうだし……各車に全周警戒を」

 

戦うつもりはないが、警戒はする。

矛盾したダージリンの発言に、通信手は戸惑いを見せた。

しかし金髪の隊長の言うことが間違いだったことはない、と思い、素直に各車に指示を伝えた。

 

「タダで帰るわけがないわ」

 

その呟きを、通信手が聞くことはなかった。

次の瞬間である。

 

腹に響くような重低音が、彼方より飛来した。

 

「―――敵襲!方角、別動隊の背後!」

「反転して迎撃。地形を上手く活用して立ち回りなさい」

 

黒森峰が後退していった真逆の方角から、また別の黒森峰が出現する。

その数、四つ。

先の後退していった部隊と合わせると、これで黒森峰も全車両の三分の二以上が露になったことになる。

 

伏兵、ではない。

最初から読んでいたというなら、伏兵を出すタイミングがあまりにも遅すぎる。

おそらくは別動隊、あるいはどんな事態にも対応できるようにするための予備部隊だろう。

 

しかし前者と後者では、大きく意味が異なる事をダージリンは理解していた。

 

「どうしようかしらね」

 

新手が来たこと自体は、何も驚くことではない。

黒森峰、ひいては西住まほと何度も対戦したダージリンにとって、これは充分予想できる範囲のことである。

 

ただダージリンは、ここから先の展開は現場で判断しようと決めていた。

すなわちここで本格的な戦闘に入るのか、退くのかである。

 

前者を選んだ場合はどうか。

数の上では勝っているし、地形的にも有利。

よほど下手を打たなければ、互角以上で戦える状況だ。

しかしそれは長くは保たないだろう。退いていった部隊が引き返し、未だ見えぬ黒森峰の増援がここ来た時点で、おそらく秤が一気に動く。

あっという間に包囲され、じわじわと削り倒されて最後には力尽きるだろう。

 

黒森峰がその手でこないなら、戦ってもいい。

しかしダージリンに思いつくことは、西住まほにも思いつくことなのである。

間違いなくこの場における最善手を打ってくるに違いないし、既にその兆候が見え始めている。

 

「退きましょう。ワンチャンスに賭けてみたけど、やはりこんな温い手では王者は倒せないようね」

 

()()()()()()()()()()()()()()()

それが黒森峰との戦いに臨むダージリンの見立てである以上、無暗に戦うこともない。

なんせまだ序盤だ。これが決戦だというならまだしも、全力を投下するにはあまりにも早すぎる。

ダージリンとてここで決着をつけようという気は毛頭ない。

軽いジャブが上手い具合に顎に入ってノックアウトできればラッキー、くらいの感覚でここはやっている。

この後にも戦いは幾度となく続くのだ、来るべき時まで戦力は温存しておくのがベターだろう。

 

そしてダージリンの指示を受けた聖グロは丘の上を放棄して撤退。

それを見た黒森峰は特に追撃はせず、初戦は両者にこれといった損害を与えることなく終息した。

 

手緩い指揮だが、それでも卓越した戦術の腕を見せつけたダージリン。

そしてそれに対し、冷静に対処し無傷で戦闘を終えた黒森峰。

 

両者、互角。

観客たちがその結論に至ることに、何の疑いもなかった。

 

 

―――――しかし一人の男がこの戦いを見ていたならば、こう言っただろう。

 

『まほが一枚上手だ』――――――と。

 

 

 

 

 

 

それから数度、交戦が行われた。

平野、山岳地帯など様々な場所を転々とし、両者は砲弾を撃ち合う。

しかし状況は、試合が始まった瞬間から何ひとつ変わっていなかった。

試合に、大きな動きがなかったのである。

 

両者が消極的だったわけでは、決してない。

寧ろお互いに、隙あらば喉笛に食らいついてやろうと牙を光らせ、例え試合を決める気はなくともその戦場における最善を尽くしていた。

 

しかしそれでも、何かが変わることはなかった。

お互いに撃破した戦車も、撃破された戦車もなく、ただ徒に乗員の体力だけが消耗していく。

 

その様を観客たちは『実力が互角だからこそ起こる均衡』だと思っていた。

なんせお互いに本気は本気だ。やったやられたは無くても、見ている側には手に汗握る展開に映る。

おそらくはそのうち、どこかでその均衡が崩れる。

それこそが、この試合の最高潮だろう、と。

 

 

それが誤りであることに気づいた人間が、果たして何人いるだろうか。

 

 

「………」

 

青い瞳の隊長は、静かに、そして大きく息を吐いた。

その表情に僅かな翳りがあったことに、幾人気づいたか。

おそらくは彼女と同じ答えに行き着いた人間にしか、それは分からなかっただろう。

 

「ダージリン様、黒森峰は横隊を組んで待ち構えているようです。次はどうされますか?」

 

通信手が指示を乞う。

それを聞いてダージリンは、思考の歯車を回した。

 

待ち構える黒森峰。

それが妙であることに、果たして気づかないものか。

黒森峰、ひいては西住まほの戦術といえば機動力を活かした電撃的な急襲である。

とにかく迅速に、相手に考える暇もなく畳みかけ、そのまま完封する果断速攻の攻めが彼女の戦術ドクトリンである以上、()()というのはおかしいのだ。

 

いや、確かに彼女の能力であれば()()から試合の流れを作ることも容易だろう。

しかし他ならぬダージリンが相手の攻めを利用し、返す刀で首を一息に断つ後手必殺の戦術家。その分野では、ダージリンの方が一歩先を行く。

 

(私に攻めさせることで私の長所を潰す、ということかしら)

 

確かにそれならば、理屈は通っている。

お互いの得意分野をぶつけ合うよりは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()で勝負。オールマイティで目立った弱点を持たない西住まほであれば、苦手な土俵でも十分相手を上回れるという確信があってのことだろう。

 

「…………」

「ダージリン様?」

「いいえ、何でもないわ。相手が横に並んでいるのなら、左右から引っ張って間延びさせましょう。中央が薄くなったところを、クルセイダー隊で引き裂くのよ」

 

違和感の正体は、果たしてこれだろうか。

数度の戦闘を経て、ダージリンの身体の中にある拭い難いモノ。

それがこんな単純なものなのだろうか。

 

否、とダージリンは内心で首を横に振った。

今は指揮に集中するべきだ。

それにおそらく、ここでその違和感が何なのかは明らかになる。

 

「全車、配置完了しました」

「砲撃開始」

 

巌の如く立ちはだかる黒森峰の両翼に、砲弾の雨が襲い掛かる。

すぐさま防御の構えを取り、反撃を行う黒森峰に対し、聖グロは構うことなく砲撃を浴びせ続ける。

 

装甲の硬さを考えるなら致命傷にはならない。

しかしやたらに攻撃され続けて無反応というわけにもいかない。

ジリ、ジリ、と黒森峰の両翼がダージリンの思惑通り左右に引っぱられる。

 

ダージリンが巧妙なのは、常に相手に選択肢を複数与えていることにあった。

そしてその中から、ダージリンは引いてほしいカードを相手に引かせる。

当然相手は、そういう風には思わない。あくまで、自分の意志で選んだのだと錯覚しているのだ。

 

その辺りの読み合い、駆け引きの巧さがダージリンの妙である。

 

「頃合いね。クルセイダー隊を前に」

 

隊長の指示を受け、俊足部隊はエンジンを噴かす。

そして一息、号令と共に彼女たちは風を切り疾走する。

狙うは僅かに薄くなった中央。この身を鎌鼬とし、一息に切り裂く。

 

「―――――」

 

その時青い瞳は、空にあった。

青天を旋回する鷹のように、遥か遥か高い所から、彼女は戦場を見下ろす。

 

故に気づいた。

左右に伸びつつある黒森峰の横隊が、急激に収縮を始めていたことに。

 

「――――停止」

 

狙いが見抜かれた、とダージリンは即座に判断した。

伝令を可能な限り早く飛ばし、クルセイダー隊の脚を止めさせる。

 

「ダージリン」

「えぇ、あのまま突っ込んでいたらクルセイダー隊は全滅していたでしょうね」

 

西住まほ、読みもまた尋常に非ず。

両翼が伸びつつあったのは、中央を()()()()ための偽装。

ダージリンの策を見破った挙句に、それを利用して致命的な一撃を与えようとするとは。

 

「やってくれるわ――――――でも、それも織り込み済みよ」

 

自分のお株を奪う反撃(カウンター)に、ダージリンは笑みを浮かべた。

それくらいやってもらわねば困るし、何よりダージリンはそれすらも計算に入れている。

 

全車に指示を飛ばす。

両翼と中央、各所に散っていた三つの部隊が瞬く間に連結し、円弧を成す。

そして収縮し、横の線から一つ塊へとなった黒森峰を、すっぽりと覆ったのだ。

 

観客たちは感嘆の声を上げた。

それはあまりにも鮮やかな、包囲の形成だった。

 

相手が横隊のままであれば、この包囲は成立しない。両翼が引っかかって、包囲の強度が下がってしまう。

しかしクルセイダー隊の突撃に備え、密集隊形を取ろうとした今であれば、包囲は容易。

両翼を再び伸ばし包囲の完成を防ごうとしても、すでに遅い。

 

ダージリンの絵は、ここに完成した。

これは二段構えの戦術。

一の矢が防がれたとしても、その直後に不可避の二の矢が襲い掛かる。

ダージリンが憧れる()()()が得意とした、手掌の戦術である。

 

「一両二両は此処で持っていくわ。全車、全力で攻撃しなさい」

 

そして容赦なく砲弾の雨が浴びせられる。

初戦の時と似たような光景だが、しかし今回は違う。

これは()()()の戦術だ、詰め方が他の戦術とは段違いに容赦ない。

 

いくら黒森峰とはいえ、この戦術を前にしては―――――

 

 

「――――――あぁ、()()()()()

 

 

カチ、と何かが嵌る音が、ダージリンの頭の中に響いた。

そして唐突に、悪寒が背を駆け上っていく。

その正体をダージリンが理解する、よりも速く。

彼女の眼は、()()を映していた。

 

包囲の真ん中にある黒森峰部隊。

その隊列が既に、銃弾のような形を成していたことに。

 

警鐘が、鳴る。

ダージリンは脊髄反射的に、叫んでいた。

 

「包囲を解除!!全車、突撃してくる黒森峰の両側を最大速度で駆け抜けなさい!!!」

「もう遅い」

 

一息、装甲の厚さを前面に押し出した鉄の群れが、女王の包囲網へと喰い掛った。

ダージリン、そしてその直轄である左翼、中央のクルセイダー隊は素早くその牙から離脱した。

しかしある程度指揮権を譲渡されている右翼部分が僅かに遅れる。

 

「撃ち返さず、逃げることに集中するのよ!!」

 

ダージリンの声は虚しく。

黒森峰がその隙を見逃すはずもなく。

 

逃げ遅れた二両のマチルダⅡが圧倒的火力を誇る黒森峰の餌食となる。

聖グロとは比べ物にならない攻撃に、もはや身動きすら取れなかった陸の女王は、あまりにもあっけなく装甲に穴を空けられ、黒煙と白旗を吐いて沈黙した。

 

「マチルダⅡ二両撃破されました!」

「足を止めないで!!全速でこの戦域から離脱するわ!」

 

そして応戦することもなく、聖グロは戦場から消えた。

その様を、黒森峰はじっと静かに見ているだけだった。

もしダージリンがあと少しでも気づくのが遅かったなら、その時の被害は二両では済まなかっただろう。それはそのまま、試合が決まることを意味していた。

 

逃走の中、ダージリンは歯噛みした。

まんまと、してやられた。

違和感の正体は、これだったのだ。

 

初戦からここに至るまで、幾度と行われた戦闘。

あの手この手と品を変え、一つとして同じ絵の無かった戦闘だが、ある共通点が一つあった。

 

それは戦闘の終わり方。

聖グロと黒森峰、どちらが仕掛けたに関わらず、戦いは全て()()()()()()()()退()()()終わっている。

初戦なんて一番それが顕著だ。ほとんど主導権を握っていたのに、結局最後はダージリンが兵を引いて戦いを終わらせている。

 

それこそがダージリンが、()()()()()()()()()()()()()()()と感じていた理由。

そしてその根源にあるものが、今分かった。

 

「――――そうだろうな。そうするしかないだろう、そこが偽物(お前)の限界だ」

 

ダージリンの戦術が、全て読まれている。

これは上辺だけの話じゃない。

もっと深く、深く、それこそ核にあたるもの。

それが西住まほによって、完全に掌握されている。

掌で踊らされていたのは、此方だったのだ。

 

「さぁ次はどうする、ダージリン」

 

考えてみれば、当然の話だった。

 

ダージリンの戦車道の核、根底にあるものは()()()の戦車道。

美しく、鮮やかで、無敵の戦車道。

誰よりもカッコいい、あの人の戦術。

 

それが通用しない人間が、世界には三人いる。

 

一人は他ならぬ()()()――――神栖渡里。

一人はその妹であり、ずっと神栖渡里の戦車道を見てきた――――西住みほ。

そして最後の一人は、今ダージリンの目の前に立っていた。

 

()()()の戦車道ならまだしも、その紛い物が、私に通用すると思ったか?」

 

今日、この日のためにダージリンが用意した戦術は、およそ二十。

ありとあらゆる状況を想定し、それに対応するために大会が始まってからずっと編み続けてきた戦術その全てに、神栖渡里の血脈が流れている。

 

「お兄様の戦車道は、お兄様だけのもの……生半可な覚悟で手を出していいものじゃないんだ……」

 

 

そしてたったそれだけの理由で、それら全てが西住まほには一切通用しないであろうことを――――ダージリンは静かに悟った。

 

 

「いくらでも仕掛けてこい。その全てを打ち砕き、お前を完膚なきまでに打ちのめそう。そして―――――」

 

 

どこまでも凪いだ瞳の奥に、赫々たる焔が燃えている。

怒りを薪として燃え盛るそれは、近く聖グロリア―ナを襲い焦がす。

 

それは誰にも止めることはできない―――ただ一つ、力を以て捻じ伏せる以外には。

 

 

 

「あの人に憧れたことを―――――後悔させてやる」

 

 

 




〇見ると緊張感がなくなる物語の悲しい背景。


西住まほ(ファン歴=10年以上)(ガチ恋勢)(同担拒否)
「推しの事は私だけが知ってればいい、誰も手を出すな」

VS

ダージリン(ファン歴=3~4年)(ガチ恋勢)(布教推進派)
「推しってこんなに素晴らしいから、是非皆にも知ってほしい!でも本当に推しの事を理解してるのは私だけどね」


※あくまでイメージ及び妄言です。

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