戦車道素人集団を優勝へ導く138の方法   作:ススキト

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ここからは独自設定&ガバガバ知識&通っているようで通っていない理論のオンパレードになります。また本作は惑星ガルパンの物理法則と常識に則った描写をしています。
「まぁそうゆう考え方もあるよね」という心で一つ、お願いします。



第5話 「鬼ごっこから学びましょう➀」

よく勘違いされることだが、大洗女子学園において戦車道は部活動ではなく授業の一環として扱われる。大洗女子学園が古来の武道・文道、たとえば茶道や忍道などを選択必修科目としており、今年度から復活した戦車道ももれなくそこに含まれているためである。

よって数学や国語のように、教育カリキュラムの一部として毎日、とは言わずとも頻繁に行われる。それぞれ専門の講師がいる科目もあれば、生徒たちだけで取り仕切る科目もあり、大洗女子学園は日々活気に溢れた授業風景を生み出している。

 

戦車道と神栖渡里も今日からその風景の一部となる。戦車道の教導官、正式名称は『大洗女子学園戦車道講師』である。本人曰く「先生、もしくは教官でも可」とのことであるが、呼称はおそらく生徒たちに一任されるであろう。

 

それはともかくとして、いよいよ大洗女子学園戦車道の、記念すべき第一歩目である。門出を祝うような快晴の下、みほは知らず、両の拳を強く握った。兄と、神栖渡里と一緒に戦車道をする。そのことに無意識ながら高揚していたのかもしれない。周囲を見渡すと、他のメンバーもみなどこか浮ついた様子である。なお先日行われた模擬戦については、既に一同の中でなかったことになっている。フィールドバタフライ亜美、哀れ。

 

集合場所は、戦車が格納されている倉庫前。全員動きやすい服装で、というお達しが渡里からあったため、先日の模擬戦では制服のまま戦車に乗りこんだが、みほも他のメンバーも今日は体操服を着用している。しかしバレー部の面々は普段通りの恰好だし、歴史好きチームの面々もそれぞれのトレードマークを死守しているが、みほは見なかったことにした。

 

本来戦車道の際にはタンクジャケット(もしくはパンツァージャケット)を着用するのが常だが、そこは出来立てほやほやの大洗女子学園戦車道。いまだ彼女たちのタンクジャケットは、形すらできていない。これから各自採寸を行い、ジャケットのデザインと一緒にデータを業者へ送らなければならないため、向こう一か月は制服、あるいは体操服で戦車道をすることになるだろう。油やら何やらが飛び散る戦車の中では、できるだけ体操服でいたいと思うみほであった。

 

そうして体操服姿(一部例外)の女子が集合し、わいわい話していると、授業開始のベルが鳴る。そしてその五分後、先日の服装とは一転、紺色のジャージを着た神栖渡里が簡易ホワイトボードと段ボール箱を装備し、生徒会のメンバーを従えてみほ達の前に姿を現した。

一瞬にしてみほ達はチームごとに整列し、真剣な面持ちになって渡里の言葉を待つ。その心中では、「え、ジャージ?」とか「その後ろの段ボール箱はなに?」とか「この前より芋い…」とか様々な言葉が泡沫のように浮かんでは消えていったが、誰一人として言葉にはしなかった。

体操服姿の女子の前に、ジャージ姿の男性が立つ。その光景は誰がどう見ても、体育の授業そのものであった。ということにみほ達も薄々そのことに気づき始めたが、そんなことはどこ吹く風と言わんばかりに、渡里は口を開いた。

 

「待たせたな。それじゃ、さっそく戦車道を始めよう」

 

礼!という河嶋の言葉に続き、みほ達と渡里は頭を下げた。戦車道とは立派な淑女を育てる武道であり、礼儀作法には一層厳しいのだ。この辺りはルーキーでもベテランでも変わらない。

 

「まずは改めて、今日からお前たちの講師となった神栖渡里だ。男性ということで疑問に思う者もいるかもしれないが、誠心誠意頑張るつもりなので、どうぞよろしく」

 

普通の切り出しだ、とみほは胸を撫で下ろした。前日の「イギリス仕込みのジョーク見せたるでぇ!」発言で、何か変なことを言い出さないかと危惧していたのだ。渡里がみほの兄、というのは四号戦車チームの人間しか知らないが、それはそれとして身内がドンスべりする姿は見たくなかった。そうなったらみほは穴を掘って埋まる。そして春まで待つ。

 

「聞いたところによると、ほとんどが戦車道未経験者らしいな。当然、右も左も分からない人ばかりだと思う。特に先日の模擬戦が、あんないい加減じゃあな」

 

みほ含め全員の頭に過ったのは、一〇式戦車から出てきた女性のことである。みんな薄々「普通じゃないよね、あれ」と勘づきつつも口に出さなかったことだが、この兄は火の玉ストレートを投げ込んできた。

 

「あれがスタンダードとは思わないでくれ、あれはあの人だから許されてるみたいなとこあるから。俺は基本に忠実に、一からコツコツとやってくつもりだ。まずはじっくりと、戦車道のことを知っていってほしい」

 

みほはどこからか息が漏れたのを感じた。気持ちは分かる。恐らく、ちゃんとした人そうな渡里の雰囲気に安堵を覚えたのだろう。それだけ蝶野亜美はやばかった。

 

「―――とは思っているんだが、一応俺も雇われの身。『大洗女子学園を勝たせる』という雇い主の意向は無視できない。なんである程度厳しい練習になる事は覚悟してほしい。そもそも、戦車道に楽な練習はないが、お前たちの想像の倍は辛い」

 

最もだ、と思ったのはみほだけだっただろう。戦車道の練習とは、渡里の言う通り過酷そのもの。重たいものを運ぶのは当たり前、擦り傷や打撲だって珍しくはない。履帯一枚足に落とそうものなら、骨折だってあり得る。安全性は完璧とは言っても、とにかく激しい世界なのだ。そんな辛く険しい道だからこそ、立派な乙女が育成されるのだろう。

 

「えーと、ちょっと怖がらせたかな。そんな身構えなくても大丈夫だ。ちゃんと練習メニューは、身の丈にあったものにする。俺としては、戦車道を楽しんでくれたらそれでいいんだ。どんな世界なのか、何があるのか、何を経験できるのか。戦車道の世界を、しっかりと知ってほしいと思ってる」

 

はじめはそれくらいでちょうどいい、と渡里は片目を瞑った。

 

「今は戦車の名前も知らないかもだが、お前たちには心の底から戦車道が好きだって思えるようになってほしい、かな?」

 

にっこり、と強張った空気を解きほぐすような、柔らかい笑みを渡里は浮かべた。子どもの頃に良く見た、みほの大好きだった笑顔だった。「愛想が大事」というみほの言葉をしっかり覚えていたようである。みほの予言は的中した。恐らく、一同の心証は一気に良くなっただろう。

 

「じゃ、話は終わり!さっそく本題に入ろうか」

「はい、神栖殿!それで今日はどのような練習をするんですか?」

 

みほの2つ後ろに立つ秋山が、待ってましたと言わんばかりに挙手をして発言した。模擬戦の際、最もテンションが高かったのがこの秋山である。その高揚ぶりをパンツァーハイ、とみほは呼び、豹変ぶりに目を丸くしたものだった。そんな彼女からすれば、お預けを喰らっていた気分なのだろう、目が爛々と輝いている。

秋山の積極的な姿勢に、渡里も笑顔である。教える立場としても、生徒が乗り気なら嬉しいものなのだろうか。自分もそうしたほうがいいのか、と少しソワソワするみほである。

 

「当面は基礎体力を養わないといけない。でもま、今日は第一回目の練習だし、いきなり張り切り過ぎてもな。レクリエーション的な簡単なメニューをしようと思う」

「というと、戦車の隊列訓練ですか!?それとも走行、砲撃、行進間射撃とか!?」

 

それは簡単なメニューなんだろうか。経験者であるみほは秋山の言葉に首を捻った。他の面々はみほとは別の意味で疑問符を浮かべている。

渡里は満面の笑みで首を横に振り、一言告げた。

 

「――――鬼ごっこ」

 

 

 

そして一同が連れてこられたのは、以前模擬戦の時に見たことがある森林地帯である。背の高い木々が所狭しと乱立し、その範囲はかなり大きい。樹木から生える大きな葉っぱは日の光を遮り、唯一の明りを失った内部は昼間だというのにかなり薄暗い。

戦車はおろか、自転車での走行すら難しいレベルの、複雑な地形と視界の悪さを誇っており、戦車道の練習ではおよそ使うことはない場所である。

 

「こ、こんなところで何をするんでしょうか……?」

「鬼ごっこじゃないでしょうか」

「いや華の言う通りだけど……」

 

三人の会話を横で聞きながら、みほは苦笑した。彼女たちの疑問は最もだったし、みほも内心は同じ気持ちである。とにかく暗い、見づらい、動きづらいの三拍子揃った場所で、女子的にはできれば入りたくない。子どもの頃であれば喜び勇んで吶喊したんだろうが、今は花も恥じらう乙女なのである。虫とかほんとに無理なんです。

 

「こんな場所で戦車道の練習って……しかも鬼ごっこって…」

「―――意味わからない、か?」

 

びくぅ、と全員の全身が震えあがった。音もなく背後に、渡里が忍び寄ってきていたからだ。

慌てて振り返ると、抱えた段ボール箱の上から渡里の首が生えている。中身の詰まった段ボール二箱分を抱えても顔色一つ変えない体力は、流石男性というべきか。

 

「ま、今から説明してやるけど……『分からない』で終わらせるようなことだけはするなよ」

 

真剣な表情でそう告げた後、渡里は集合の掛け声とともにスタコラと歩いていった。

残していった言葉の意味が分からず一同は首を捻ったが、考える時間はなかった。みほ達が突っ立っている間に全員が渡里の下へと集まっていったのである。みほ達も慌てて駆け寄り、そしてあっという間に列ができあがる。

 

「えー、さっきも言った通り、今日は鬼ごっこをしてもらう。といっても、当然ただの鬼ごっこじゃなくて、『戦車道』らしくする」

 

そう言って渡里は、簡易ホワイトボードを取り出して、サラサラと何かを書いていく。

そして一同に示されたホワイトボードには、箇条書きで何かが書かれていた。

 

「ルール説明その一、今回の鬼ごっこはチーム毎に分かれて行う。つまり団体戦だ」

「鬼ごっこでチーム戦……?」

「その二、チーム内で鬼役を一人設定、他のメンバーは見張り役とする」

「見張り役……?」

「その三、見張り役は最初に決めた位置から動くことを禁止する」

「えぇ…?」

 

疑問符が乱立した。この説明だけで全てを理解できる者がいるとすれば、それは人間として片足立ちしている、とみほは思った。渡里も当然、この説明では不足だと分かっていたようで、苦笑しつつ説明を続けた。

 

「鬼ごっこと言っても実際に追いかけ合うのは、チームの鬼役。つまり五人だけだ。流石に二十人強が駆け回るスペースはないからな」

 

衝突して怪我でもされたら大変だ、と渡里は言う。確かにこの地形では、事故が起こる可能性は高いだろう。みほはほんの少し青ざめた。

 

「ところが五人だけとなると、逆に広すぎてしまう。視界も悪いし、鬼同士出会わずに時間だけが過ぎていくことになりかねない」

 

そこで、と渡里は人差し指をピンと立てた。

 

「見張り役を作る。この見張り役は鬼といっしょに森に入り、辺りの状況を鬼に伝えるのが役目だ。一人の目じゃ見つけれない鬼も、複数人で見れば必ずどこかで捕捉できる。その位置を味方に教えてやれば、他の鬼は動き続けなければならなくなる。そしたらまた別の見張り役に見つかりやすくなって、また動く、というわけさ。これならちゃんと鬼ごっこになるだろ」

 

ということは、とみほは自分のチームで考えてみた。みほ、武部、五十鈴、秋山、冷泉の誰か、例えば武部が鬼になったとして、みほ達は他のチームの鬼がどこにいて、どこに向かっているかを逐一伝えてやる。

整理して考えれば、そう難しいものではない。寧ろかなりシンプルなルールだ。レクリエーション、と言うにふさわしい。

 

「あれ?でもどうやって鬼役の人に伝えるんだろ?」

「大声で言うんじゃない?そっちいったよーーー!!!って!」

「えーでも聞こえるかなぁ…」

「桂里奈ちゃん声大きいから大丈夫だよぉ」

 

一年生チームの方から、そんな声が上がった。そんなまさか、とみほは苦笑した。そんなことすれば、この森の中はいろんな人の声が反響しあって何が何やら分からなくなる。第三者から見れば『叫び声をあげる森』となり、ホラー映画への出演待ったなしである。

 

「ということで、これを配る」

 

渡里が段ボール箱から取り出したのは、黒い輪っかが付いたヘッドフォンだった。その独特のフォルムに、みほはピンと来るものがあった。

 

「咽喉マイクとヘッドフォンだ。第二次世界大戦時、ドイツ陸軍が使ってたとかなんとか。これでチーム内での通信を行ってもらう」

 

「え、でもそれだけじゃ通信できないですよね……無線みたいな送受信するデバイスがないと。しかも戦車道で使う無線機はかなり大きいサイズだったはず…」

 

圧倒的知識量を誇る秋山ならではの指摘だが、渡里はその上をいった。別の段ボール箱から小型の無線機を取り出したのだ。

 

「この無線機を改造してヘッドセットと接続できるようにした。代償として無線範囲が狭くなったが、この森の中で使う分には十分だ。全員分あるから各自持っていってくれ」

 

ふぉぉ、と感嘆の声を秋山は上げた。みほの記憶では、そんな器用なことができる技術は持ってなかったはずだが、留学時代に身につけたのだろうか。見たところワイヤレスで、携帯性が高い。森の中を走り回っても大丈夫な造りになっている。

 

「使い方は分からない奴が大半だろ。西住、秋山、教えてやれ」

「ふぇっ!?」

「わかりました!用途から歴史まで完璧に教えてみせます!」

「……そこまでは興味ない」

 

突然の指名に狼狽えるみほとは対照的に、秋山は敬礼をするくらいに張り切っている。その横で冷泉がげんなりした様子で呟いた。

 

「使い慣れてるだろ?ちゃんと教えてやれよ」

「そ、それはそうだけど……」

 

人にものを教えるなんて、とみほは慌てた。上手くできるんだろうか、とか私なんかの説明で大丈夫かな、とかそもそも咽喉マイクの使い方ってこれであってたっけとか無線機のほうは正直曖昧だしとか他にも色々な不安やら気恥ずかしさやらがぐちゃぐちゃに混ざり合って、みほの心の中は目の前の森のように入り乱れた。

 

この状態になるのは、生徒会からの勧誘(脅迫)があった時以来である。

 

「よし、じゃあみほ!お願いね!」

「みほさん、私もお願いします」

「西住さんなら分かりやすく教えてくれそうだ。私も頼む」

「う、うぅん……ガンバリマス…」

 

他にもバレー部チームやら三突チームやらも押しかけてきて、みほは更に目を回すことになったが、渡里は遠く離れたところで笑って見ているだけだった。なお秋山優花里のもとには一年生チームだけが集まっていた。ぺらぺらと捲し立てている様子の秋山とポカンとしている一年生達を横目に、あぁはすまいと決心したみほである。

 

「十五分後に始めるぞ。それまでに鬼役と見張り役、最初のポジションを決めて、ヘッドセットの使い方もマスターしておいてくれ」

 

 

 

 

「み、見張り役の皆さん。こちら西住です、聞こえますか?」

『こちら秋山!通信良好です、どうぞ!』

『五十鈴です、聞こえてます』

『冷泉、問題ない』

『武部、だいじょう―――ひえっ!虫!?』

 

ヘッドフォンから聞こえてくる声に、みほは息を吐いた。どうやらちゃんと無線が使えているようである。いったいなんて説明したのか、色々と必死だったせいで記憶が曖昧だが、とりあえず一安心である。ヘッドフォンの奥から「いやああああああああ」という悲鳴が聞こえているが、全員有意義にスルーした。

 

あれからキッカリ十五分後、大洗女子学園戦車道一同は森の中へと足を踏み入れた。その際、チーム毎にアルファベット記号が与えられており、みほ達はA、バレー部チームはB、歴史好きチームはC、一年生チームはD、生徒会チームはEとなった。あまりに味気ないネームに、不満そうな人(特に生徒会)もいたが、渡里曰く「仮の名前であり、いずれは正式なチーム名を決める」とのことで全員大人しく引き下がった。

 

かぶとむしチームとかイイネ、という渡里の呟きをみほは聞いたが、きっと気のせいだろうと自己完結した。虫の名前だけは勘弁してください。

 

「どうせならボコチームとか……」

 

ボコとは西住みほがこの世で好きなものランキング上位に入るとあるキャラクターである。

見た目は包帯ぐるぐる巻きの重症患者みたいな恰好のクマで、あんまり人気はない(みほは認めない)。昔からみほはこのキャラクターがとにかく好きで、渡里にも何度かグッズを買ってもらったり勧めたりしたが、渡里の反応は芳しくなかった。身に着けろ、と強請った時、学生カバンの裏地にキーホルダーをつけていた時は流石に憤慨したものだった。

 

「あんなに可愛いのになんで隠したんだろ、お兄ちゃん……」

 

そうボヤキながら、みほは辺りを見回した。渡里がその場にいたなら「お前の感性はちょっとズレてる」と半目で言っただろう。

 

外から見た通り、森の中は相当視界が悪い。午後の日差しが強いお蔭で明るさ自体は最低限あるが、それ以上に問題なのは見通しである。多くの樹木が立ち並ぶせいで一々視界が遮られ、行く道の先がとにかく見づらい。おまけに幹が太い種類のため、木の陰にすっぽりと人間一人隠れてしまえる。

見つけづらい、見つかりづらい、走りづらいと見事な悪条件で、鬼ごっこにふさわしい舞台といえた。同時にこの場所を見つけ、練習場所にした渡里の底意地の悪さも明らかになったが。

 

とにかく怪我はしないように、と慎重に歩を進めるみほ。その三歩目を踏み出した瞬間、突如として無線から声が飛来した。

 

『あっ!!みほ!!Dチームの鬼がいる!』

「どこですか!?」

 

みほはジャージのポケットに手を突っ込み、素早く一枚の紙を取り出した。それは森に入る前、渡里が全員に配った森の地図だった。細かく区画分けされ、縦軸には数字が、横軸にはアルファベットが書き込まれており、この2つを使うと場所の特定が容易にできる。例えば武部が今いる地点は、P12であり、地図全体で見ると右側の真ん中下よりになる。そして今みほがいる場所は、J12。つまり武部と同緯度かつ少し左側にいる。電子デバイスの精確な位置情報には敵わないが、コンパス(渡里からの支給品)と地図があれば大体の位置関係は分かる。幼少のころから戦車道を嗜んできたみほにとって、それくらいは朝飯前だった。

 

しかしここで、みほに誤算が生まれる。戦車道の家に生まれ、戦車道の学校で育ってきたみほにとって、戦車道ができない人間というのはある意味未知の生物である。ゆえに、「敵の位置情報を伝える」という、戦車道の人間なら持っていて当然のスキルを、武部たちも当然できるだろうと錯覚していたのである。しかし勿論、みほを除く大洗女子の全員が、戦車道初心者である。

必然、武部からの返答はみほの想像の斜め上を突っ切っていった。

 

『えーとね……右から左に走っていった!!』

「右ですね!……ん!?右!?た、武部さんそれって地図のどこですか!?」

『どこって…えーっと、私が今ここで、鬼があっちから来たから……あーるの9?』

 

みほは地図とコンパスを照らし合わせた。武部がいるのはみほの東、そしてR9地点は武部より北東の方角になる。ということはみほからすれば、Cチームの鬼は北北東方面へ走っていったということになる。

 

「武部さん、鬼はまだ見えますか?」

『うぇ、えーとうーんと、もう見えなくなっちゃった……』

「わかりました。また鬼を見かけたら教えてください」

 

無線を切り、みほは深呼吸を一つした。今、みほの前には二つの選択肢がある。一つはこのまま動かず、様子を伺うという消極策。これは動けば動くほど見張り役に見つかりやすいこのルールにおいて、安全策でもある。もう一つはDチームの鬼を追いかけること。これは他のチームに見つかる可能性があるが、今はDチームの背後を突くことができるためリターンが大きい。

 

どちらを選ぶべきか、とみほは考える。Cチームを追いかけるタイミングは今しかない。これ以上時間が経ってしまうと、追いつけなくなる。しかしやはり一歩踏み出せないのは、他の鬼に捕まるリスクである。だが同時にみほの頭の片隅を掠めていくものがある。それはこのままここに踏みとどまっていても、ずっと安全というわけではないということである。

そもそも今は他の見張り役に見つかっていないのかすら曖昧なまま。時の神がみほに微笑んでくれるとは限らない。

 

みほの思考はぐるぐると同じところを回り始めた。もしみほが今、戦車に乗っていたのなら迅速な決断を行い素早く行動に移すことができただろう。

 

そして、背後から迫っていた足音に直前まで気づかないなどというミスは、決してしなかったはずだ。

 

「西住さん、見つけたーーーー!!」

 

振り返るより早く、その声はみほの背中に届いた。

その瞬間、条件反射に近い動きで、みほは真横へと跳ねた。背後から迫った魔の手は、ギリギリでみほの体操服を掴み損ねる。そしてすばやく体勢を立て直したみほは、鬼の姿を正面で捉えた。そこにいたのは、Bチームの車長、バレー部のキャプテンの磯部典子であった。小柄な体躯を好戦的な雰囲気で覆い、猫のような目には気迫が充溢している。逃がす気はない、と身体全体が雄弁に語っていた。

 

「西住さん、覚悟――!」

 

流石体育会、というべきか。磯部は素早い動きで、再びみほへと吶喊してきた。それに対しみほは、身体を翻し逃走を図った。こちらも鬼、あちらも鬼というこの鬼ごっこでは、『先に手が接触したほうが勝ち』というルールは、渡里の「それだと格闘技になるから」という言葉によって適用されていない。代わりに作られたのは、『先に追いかけたほうが優先』というルール。そしてこれにより後手に回ったみほは、磯部にタッチしても無意味になり、逃げることを余儀なくされているのだ。

 

「こちら西住です!J12地点にてBチームの鬼と遭遇、今から北東へと逃走を開始します!冷泉さん、武部さん、他のチームの鬼は確認できますか!?」

 

『冷泉、確認できないぞ』

『こっちにもいないけど、みほの方は大丈夫なの!?』

 

「大丈夫!冷泉さんはDチームの鬼が確認できたら教えてください!」

 

無線を切り、みほは頭の中で地図を開いた。みほが今向かっている北東方面は、Dチームの鬼と出会う可能性が高いエリアである。常識的に考えれば、このルートはB、Cチームで挟み撃ちに合う危険があるため、避けるべきではある。そこを敢えて選んだ理由は、咄嗟のことではなく、寧ろ攻撃的な思考の結果だった。

 

みほが今やろうとしていることは至って単純。進行方向先にいるDチームの鬼に、後ろから追いかけてくるBチームの鬼をぶつけ、状況が混乱した一瞬の隙に鬼を振り切る、という撤退戦ではよく使われる作戦だった。敵の選択肢を増やすことで、思考と行動の鈍化を狙うわけだが、おそらく成功率は高いとみほは考えている。

 

幸いなことにみほと磯部の走る速度に大きな差はない。相手はバリバリの運動部だが、みほだって実はジョギングを日課としているのだ。スタミナだけは負けない自信があるし、そも戦車乗りとして川や泥道などを渡ってきたみほは、こういった悪路に慣れている。身体能力の差で負けていても、総合的に見れば引き離せないまでも追いつかれることはない。

 

(多分冷泉さんのいるM4地点周辺が、最もDチームと遭遇しやすいはず。R列はエリア全域の一番右側だし、選択肢としては西か南……)

 

R9から北上していけばすぐにルール上の行き止まり。自然と冷泉のいる西へ進むか、武部のいる南へと戻るかのどちらかである。両者の真ん中を抜けてくる可能性もあるが、その場合は自分の真正面になるから、作戦通りすれば問題ない。

 

磯部と遭遇し、逃走を開始する一瞬の合間に、合理的な思考の下、完成度の高い作戦を立案できる。チームの隊長として、仲間を率いる将の器。その片鱗は、確かに現れていた。

 

事実として、みほの作戦が実行された場合、全てみほの思惑通りに行くことは間違いなかった。BチームとDチームの鬼は、思いも寄らぬ遭遇で混乱し、即座に動けなくなる。その隙にみほは離脱して、両者を振り切ることができた。

 

ただ唯一の誤算は、先ほどと同じく、みほの周りにいるのはありとあらゆる意味で『素人』だということだった。

 

「西住先輩、捕まえたーー!!」

「ふぇっ――――!!???」

 

思わぬ横槍にみほは全身を硬直させた。そして瞬き一つ分の後、柔らかな感触がみほの肩に触れる。ベクトルがゼロになり、みほと横槍の主はその場で立ち尽くした。みほは、自身が予期していなかったタイミングで鬼に捕まったのだ。

 

「やったー!待ち伏せ大成功!」

 

呆然とするみほを捕まえたのは、みほがまだ出くわさないと確信していた、Dチームの鬼、澤梓だった。思考がパラライズしたみほを横に、嬉しそうな笑顔である。

 

「あぁー!先に取られたー!」

 

遅れてみほの後方から迫っていた磯部が、「くっそー!」と悔しそうな表情を浮かべて踵を返していく。澤が喜びの舞を披露している今、捕獲のチャンスだろうに。そこらはスポーツを嗜むものとして、正々堂々としたがる気質なのだろうか、とみほは無関係なことを考えた。

 

『Aチーム、アウトー。全員森から出て、最初の集合場所まで帰還せよー』

 

ブツ、と糸が切れるような音がして、みほの無線からは音がしなくなった。

後に残されたのは、疑問符を大量に浮かべるみほだけだった。

 

 

 

カァ、カァと黒い鳥が茜色の空を優雅に飛んでいる。夕暮れの情景を詠った詩人は数多いが、なんとなく渡里には彼らの気持ちが分かる気がした。見ていると決して心が晴れやかになるわけではないが、それでも不思議と心に感じるものがある。

昔は、夕焼けは楽しい時間の終わりを告げるものだった。だから好きではなかった。

今は、勤務時間の終わりを告げるものだ。だから好きです。

 

「えーまずはお疲れ様。誰一人ケガすることなく、無事に第一回目の練習を終えることができてなによりだ。おめでとう」

 

パチパチパチ、と乾いた音が渡里の両手から生まれる。純度百パーセントの賞賛の表れなのだが、渡里の予想に反して一同の反応は芳しくなかった。

はて、何かしてしまったかな、と渡里は首を傾げた。

すると武部が憤慨した様子で両手を胸元で握った。

 

「レクリエーションって言ったじゃないですかー!なんですか、森の中を一時間半走り回るレクリエーションって!暗いし狭いし虫は出るし、そんなの聞いたことないです!おまけに最初に捕まったチームはペナルティで森の外を一周って!私たちは陸上部ですか!?戦車はどこに行ったんですかー!」

 

やだもー!とでも言わんばかりの勢いで武部は捲し立てた。あらら、と渡里は困ったように笑うしかない。ちゃんとした理由がある練習なのだが、流石になんの説明もなしにやらせたのは不味かっただろうか。90分間やったことが鬼ごっこだけ、となると陸上部呼ばわりされても仕方ないかもしれない。

 

とはいえ、このままでは渡里の信用もガタ落ちである。心なしか、全員の視線が胡散臭い物を見る目になっている気がする。バレー部の面々だけそんなことないけど。

核心以外は話しても大丈夫だろうと踏んで、渡里は宥めるように言葉を紡いだ。

 

「ちゃんと戦車道に必要な要素が込められた練習なんだ。無線、使い方はもうばっちりだろ?」

「そりゃ、ずっと使ってましたから……」

「戦車道ではすべての意思疎通は無線を通して行われる。戦車乗りに無線技術は必須でな。手っ取り速く使い方を覚えるには、あれこれ知識を詰めこむより体で覚えたほうがいいんだ」

 

うぅむ、と武部は唸った。渡里の言っていることに一応の論理があることを認めたのだろう。

 

「加えてこの鬼ごっこは、無線を使えないチームが真っ先に捕まるようになってるんだ。実際、一回目では西住が最初の脱落者だっただろ?」

「は、はい…」

 

その後にペナルティを食らったのも、みほがいるAチームの面々である。

 

「で、でも!みほ達は無線使えるし、だったら私たちが一番に捕まるのはおかしいんじゃ……」

 

Aチームには経験者の西住みほ、そして素で無線を使える秋山優花里の二名がいる。無線の熟練度でいえば、他チームをその分だけ上回る。武部の言う通り、渡里の理屈が正しいのであればAチームが一番に捕まるのは確かにおかしい。

 

「受信側は大した問題じゃなくてな……西住、お前は自分がなんで捕まったか分かってないだろ?」

 

突然名指しされたみほは、身体をびくりと跳ねさせて返事をした。図星、と彼女は顔全体で語っている。

 

「答えは単純。お前は澤の進行方向を誤認したんだ」

「えっ!?だって武部さんは……あ」

 

何かに気づいたような様子のみほに、渡里はにっこりと笑って答え合わせをしてやった。

 

「あの時武部が見ていたのは、確かに『右から左へ走っていく澤』だった。そこは間違いじゃない。間違っていたのは、自分が見ている方角さ。あのとき武部は東じゃなくて、北を見てたんだよ。だから西住は澤の位置を捉え損ねたのさ」

 

渡里は地図を取り出して、見せつけるようにして澤の軌道を指でなぞるようにして示した。

みほの見立てでは『南から北上していく』澤。

渡里が示したのは『東から西へ進んでいく』澤。

当然、後者が実際の進路である。これほどズレた予測の元に動けば、それは待ち伏せを食らうというものである。

 

「う、うそぉ!!」

「沙織……お前方位磁石の使い方も分からないのか」

「沙織さん……地図を横向きにしてませんでした?」

 

残念なものを見る目が計四つ、レーザーとなって武部の身体を貫いた。ぐふ、と声を上げて武部は膝をつく。一番の被害者である西住は困ったように笑うだけである。

 

「まぁ、そうゆうことだ。見張り役から送られてくる情報が間違っていれば、鬼役のほうが被害を受けるんだよ、お前たちみたいにな。これだって『無線を使えない』と同義さ」

 

とはいえ現時点で練度に大した差ははない。凡ミスをするかしないか、が第一。その次に運動能力の差が明暗を分けるところだろう。

慣れてくれば、根本的に別の所で決定的な差が出てくることになるが、ひとまずは先の話だろう。

 

「『正しい情報を正しく伝える』。そのために何が必要なのか、どうすればいいのか。そういったことを考えながら練習するように」

 

それこそが、この鬼ごっこの目的の一つである。

 

この言葉を締めとして、神栖渡里と大洗女子の初めての戦車道は終了となった。

 

渡里が目指す先は未だ遠く、その道のりは果てしなかったが、それでも確かな一歩を彼女たちは今日踏み出したのだった。

 

 

「あ、明日も同じ練習するから」

「えええええええ!!」

 

 

 

 

 

 

 




作者的にはオリ主が絡まない方が書きやすいです。
コイツの言うことはよくわかりません(無責任)。
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