大学の描写は作者の経験によりある程度片寄ってしまうと思います。
四月一日。都内某所。
気持ちの良い春の風に桜の木が揺れ、花びらが舞う。そんな幻想的な景色の中を黒いスーツの集団が歩いている。多くの人が笑顔を浮かべ談笑している、中には緊張している人もいるが表情はやはり明るい。そんな中に一人泣きそうな顔でオロオロと歩く少女がいた。
「ここどこ~。本当にこっちであってるの?」
その少女、宮永咲もまた人生初のスーツを身に纏いとある会場を目指していた。しかし途中あまりに見事な桜に足を止め、カメラ機能ってどうやるんだっけ?とあたふたしながらなんとか写真に納めることに成功する。たったそれだけの筈なのに咲には自分のいる場所が分からなくなっていた。不思議なことに。
「……ここはいったい。……黒い人達に着いていけば、きっと着くはずだよね?」
誰かに確認するように声に出すが当然返事はない。
「始めくらいはしっかりしないと。待たせちゃ悪いしね」
そう呟くと咲は気持ちを切り替え歩を進めていく。会場で待っているであろう友人の元へ。
因みに現在咲が後にくっついている集団は全く別の会場を目指しており、咲がそれに気づくのはもう少し後の話。こうして宮永咲は入学式に完全に遅刻することが決定した。
*****
小林大学。東京都西部に建つ私立大学である。今日はその入学式が行われる、今年から通うことになる宮永咲も友人と共に参加すべく会場を目指していた。
(スーツにヒールってどうしてこんなに走り難いの!?)
走るためにできていないので当然なのだが、今の咲にそんなことを考えている余裕は無かったりする。しかし努力の甲斐もありようやく会場に到着した。
「遅いっ!!!」
咲が会場に到着するや否や、大きな声が響く。式は既に始まっており周りには誰もいない。間違いなく咲に向けた言葉だ。咲は辺りを見回し声の主を探す。そして見つけた瞬間、表情がぱぁっと明るくなった。
「淡ちゃーん!良かった……本当に良かったよー」
「ちょっ!?サキ!?」
「もうダメかと思ったよ」
咲は目尻に涙を溜め、淡に走りよりそのまま抱き着いた。驚きなからも確りと抱き止めた淡は文句の一つでも言ってやろうと待っていたが、咲の思わね行動に言葉が出てこない。それでもこれだけはと口を開く。
「何で連絡しないの?電話にも出ないし!二度と咲に会えないかもって心配したんだからね」
咲は淡から離れながら答える。淡は名残惜しいのか少々残念そうにしている。
「地図見ようと思っていろいろ弄ってたら、電池無くなっちゃって……」
「……はあ。やっぱりサキに東京は早かったんだよ」
「ひどいくない!?それに『二度と』なんて流石にあり得ない……よ、多分」
「ひどいのはサキの方向音痴だよ」
淡はその後も「やっぱり迎えに行くべきだった」とか「治せるの?」とか「いっそ一緒に……」などぶつぶつと呟いていた。それを聞いた咲は卒業までに方向音痴を治すことを密かに誓う。ただ高校の時も和に同じことを言われ、同じことを誓ったのは咲だけの秘密だ。
「そうだ、淡ちゃん」
「今度は何?忘れ物それともトイレ?」
「ううん……式始まっちゃってるのに待っててくれてありがとう。心配してくれたのも嬉しかった」
目を少し赤くしながらニコッと笑う咲。男女問わずあらゆる人を惹き付ける魅力的な笑顔だ。淡は不意討ちをくらったように狼狽える。
「……と、当然!テルにも任されてるし。それよりほら早く行こ」
そう宣言すると咲の手を引っ張り早足で進みだす。前だけを見る淡の顔はかすかに朱に染まっている。咲は頼りがいのあるその手をしっかりと握り返し後に続いた。
*****
出鼻を挫かれはしたが今日の二人の本来の目的は大学の入学式である。この日のためにスーツを買い、朝から入念に準備をした。途中からとはいえ、出ないという選択肢は無く二人は会場に続く大扉の前に来ていた。
「これ開ければ会場だよ」
「すごい。本当に着いた……」
「私は宮永家とは違うからね。じゃあ開けるよー」
一切の躊躇なく開ける淡。しかし二人は幾つかのミスをしていた。一つはこの大扉が来賓用の会場入口であること。さらに自分達の知名度と淡が如何に目立つのかを忘れていた。そして手を繋いだままであること。
「「……」」
会場に僅かに沈黙が流れる。式の最中に開くはずのない、来賓用の扉が突然開いたのだから当たり前だ。しかし本来ならちょっとしたハプニングで終わるはずだった事が、近くの学生が小さな声を出したのを皮切りに全体に声が伝播していく。
「なんだなんだ?」
「あの二人どこかで見たことあるような?」
「どれっすか?見えないっす」
「あれ大星じゃね?麻雀の」
「じゃあ隣は宮永か?すげえな、去年のインハイの一位二位じゃねえか」
「うえ、マジっすか」
あっと言う間に咲と淡の正体がバレた。麻雀全盛の世の中でインハイのトップ2であり、加えて淡の目立つ容姿だ。気づくなという方が無理があった。式の参列者数百人、もしかすると千人を越えるような人が咲達に注目しているのだ。咲の顔はみるみる真っ赤に染まる。
「あはは、間違えちゃったみたい……」
「バカ!!」
「痛い!叩くこと無いじゃん!ちゃんと会場には着いたでしょ!」
「着いたけど……着いたけどこれは違うよ!バカ!」
「また言った!そもそもサキが……」
そのまま言い合いを始める二人。咲はテンパっているのかバカを連発し、淡がそれに反論しだして、終わる気配は見えない。
「手繋いでるし、あの二人って仲良いんだな」
「……」
全一年生共通の意見だった。
「さっきは頼りになるなと思ったのに!」
「サキこそ!ちょっと可愛いなと思ったら、
「ねぇ、あなたたち仲が良いのは分かったから、そろそろいいかしら?」
「「あっ……はい」」
結局係員に止められ強制的に席に案内されるまで言い合いは続き、多くの人が生暖かい目で見守っていた。僅かな時間ではあったが宮永咲と大星淡の存在は全一年生の知るところになる。さらには入学式の噂は上級生まで伝わり、一月後には学内でも有数の知名度を誇ることになるのだった。
「怒られちゃったね」
「初日から大学デビューに失敗だね」
「それは違うんじゃ……」
「」ジロッ
「「……」」
「」スッ
「「……はぁ」」
係員から厳しい視線が向けられる。他にも周りからの視線が突き刺さる。二人は式が終わるまで、周りから聞こえてくる自分たちの噂話を聞き続けるはめになるのだった。
*****
式が終わり帰路に着く。咲は未だに誰かに見られている用な気がしていたが、淡はもう気にしていないようだ。
「入学式凄かったー!やっぱり高校までとは全然違うし!あー早く明日にならないかなー。早く学校行きたい!」
「淡ちゃんは凄いね……」
今までにない服、人の数、会場。など全てが淡の好奇心を刺激している。式の途中からは周りの目も気にならなくなり、淡の大学への期待は膨れるばかりだった。
対して咲は朝から迷子になり会場で注目の的になり、疲れきっていた。式の最中はまるで罰ゲームのような気分だった。
「私も大学は楽しみだけど、不安の方が大きいかな」
咲がポツリと気持ちを吐露する。淡も今日を思い返して納得したように頷いている。
「確かにサキが一人だったら迷子になるし、入学式に出られなかったかもね」
「うぅ忘れて……淡ちゃんは気にしてないの?皆に見られて、あんな噂まで」
「私もサキももともと有名だったんだし気にすること無いって。噂には驚いたけど」
二人は式の最中に噂話を聞いていた、いや聞かされていた。根も葉も無い物からどこから知ったのか不思議な物まで、悪い噂も良い噂もあった。
「私が後輩を虐めてるって……どこからそんな話になったんだろ」
「多分インハイでマホから役満和了ったからじゃ……」
「あれは真剣勝負でしょ!」
「でも麻雀中のサキってなんか恐いし、マホあの後泣いてたし」
痛い所を突かれた咲だが何とか反論を試みる。
「泣いてたのは確かに事実だけど私は別に怖くないよ。対局中に笑うこともあるでしょ」
「私は平気だけど、あの笑顔むしろ恐いよ。後輩も言ってたし」
「えっ……私って一体……。笑顔を怖がられる女子高生って何?」
咲とっては驚愕の事実だったらしく、稀に見る落ち込みぶりである。淡は一応励まそうとする。
「噂なんてそんな物だよ。だから気にし過ぎちゃダメだからね。私なんて白糸台で女王様だったらしいよ」
そう言いながら淡は笑う。咲も連れて笑うが、我が儘な女王様の淡、何の違和感も無かった。
(それはイメージ通りかな。……ん?もしかして"怖い私"もイメージ通りなの?)
それに悪い噂以外にも気になる物があった。
「私と和ちゃんが付き合ってるって噂もあったよ。どこから出たんだろ?」
「私はテルとか菫先輩とかと噂になってた。それから……サキとも」
色恋の好きな年代だからか、噂の多くはそういう物だった。その中でも一番多く聞こえたのが咲と淡がカップルだという噂だった。
「「んー?」」
「確かに仲は良いけどね」
「うん。カップルでは無いよね」
一年生の頃から"宮永照の妹"と"宮永照の後継者"として凌ぎを削ったライバル。時々SNSなどで話題になる二人が仲良く遊ぶ姿。それらが重なり一部のファンの間で噂になっていたのだ。
(淡ちゃんとかぁ……)
(サキとカップル……)
「でもサキ一番と仲が良い自信はあるよ」ドヤッ
「一番?うーん、淡ちゃん、いや和ちゃん?いやモ
「悩みすぎ!!そこは嘘でも私って言ってよ」
「また噂になるかなぁと」
「そんなの気にしないで!」
「淡ちゃんが気にしなさ過ぎ何じゃないかな」
「私はなってもいいよ?……サキは嫌?」
冗談半分で言った淡だが咲の答えは気になるところだった。咲も冗談半分だと分かってはいたが意外と答えに困ってしまう。二人の間に沈黙が流れる。
「「……」」
「……帰ろっか」
「うん」
なんとなく気まずくなり再び歩き始める。沈黙はあまり長くは続かず、その後はこれからの大学生活の話で盛り上がった。
しかし入学式の出来事が噂に拍車をかけることをまだ二人は知らない。そもそも扉を開けた時しっかりと手を繋いでいたのだから噂が広まるのも仕方がないのかもしれない。
「サキ、明日は学校だよ、今日と違う場所だからね。ちゃんと一人でいける?」
「淡ちゃんは私のこと馬鹿にしてないかな?」
「なんなら朝家まで迎えに行ってあげるよ?」
「絶対来なくていいです!」
初日に躓きながらも二人の大学生活が幕を開けた。新たな環境、新たな出会いも二人なら楽しく面白く過ごしていける。二人はそんな期待に胸を膨らませながら家路についたのだった。
*****
「あの二人もこの大学に入ってたんすね。すごい偶然。明日にでも早速声をかけてみるっす、ぼっちは嫌っすからね」