目の前に現れたその光景、『白糸台ロード』に淡の顔が歪んでいく。
淡がそれを見ていたのは3年前、宮永照率いるチーム虎姫の一員だった頃の話だ。虎姫の一員であり、麻雀部の部長でもあった弘世菫 。彼女のファンクラブが彼女を迎える為に行っていたものだ。
だがここに当然彼女はいない。ならば誰を迎える為に行っているのか。
代表らしき燕尾服の女は『淡様』と言わなかったか。
ここまで考えた淡の結論は明確だった。
(よし逃げよう。サキの言う通り変装って必要だったんだ)
早速行動に移ろうとした淡。しかしそれよりも早く後ろから肩が叩かれる。
「ほら淡ちゃん呼んでるよ。行ってらっしゃい」
(ちょっと!サキ!?)
咲が笑顔で手を振る。どうやら先ほどのやり取りをまだ根に持っていたようだ。見事に淡の退路は断たれた。
(こうなったら……逃がすか!)
咄嗟に咲と桃子を捕まえようと手を伸ばす淡だったが。
(甘いよ)
あらかじめ淡の行動を予想していた咲は既に手の届かない所まで移動したあとだ。桃子に至っては見当たりもしない。
(負けた?私が一人であれに……)
淡は悔しがり咲は勝ち誇ろ
「何を仰います。もちろん咲様も歓迎いたします」
二人の微笑ましいやり取りを見ていた燕尾服の女が当然とばかりに言った。
場の時間が一瞬止まる。
「そうだよねー。サキも一緒じゃないとね」
(今度こそ逃がさないよ)
淡がそう言いながら咲の手を掴んだ。咲はあまりに予想外の状況に反応が遅れ簡単に捕まってしまう。
淡は自分を諦め咲を巻き込もうと必死だった事が功を奏したようだ。
(しまった……だったら……)
手を掴まれ我に反った咲は我関せずと脱出を図る桃子を見つける。
「モモちゃん!」
突然の声に驚き桃子が振り替える。
「一人で逃げるのはずるくないかな?」
「呼ばれてるのは二人だけじゃないっすか……」
言葉とは裏腹に桃子は観念した様子で咲と淡の元へ戻ってきながら呟く。
「相変わらず咲ちゃんは私のこと見えるんすね」
「うん。私からは逃げられないよ」
(どこの魔王っすか)
とは思っても口には出せない桃子だった。
「逃げられないのはサキもだよ。私を一人にしようとして……もう離さないんだから」
「はぁ、わかったって。もう一人にしないから」
淡は咲に逃げられまいとして、ガッチリ手を握りながらいい放つ。咲も逃げるのを諦めて答える。
周囲ざわめき立つが二人の耳には入っていないようだ。
そんな二人を一歩離れて見ていた桃子はギャラリーを一目見て。
(またへんな噂が立つっすねー、自業自得っすけど)
「ほら執事の先輩が待ってるっすよ」
「やっぱり三人で逃げない?」
「私たちを巻き込んでおいて今更っすよ」
そして三人は上級生が両脇で頭を下げ、その外から新入生が見守る中を歩き始めた。
*****
「「「……」」」
淡を先頭に無言で歩く。それどころか会場中に嫌な沈黙が流れていた。頭を下げる上級生はもちろん執事の先輩も周りの新入生も誰も喋らない。
(モモちゃんこの空気何とかして)
(私っすか?!無理っすよ、今なら咲ちゃんからも消えられそうっす。淡なんとか!)
(うー……)
「な、何で執事なんですか?」
淡が無理矢理質問を絞り出す。
「咲様が喜ばれるかと思いまして」
「え?ありがとう…ございます?」
とりあえずお礼を言う咲だが、会話はそれで終わってしまう。
結局三人はサークルのブースに着くまで無言で歩き続けた。
*****
三人がブースに着くと、白糸台ロードをしていた上級生は素早く撤収していく。一目でしっかり訓練されていること解る行動だ。
それを皮切りに他のブースでも説明会が始まったようで会場は盛り上がりを見せていた。
「申し遅れました私当サークル代表の岸と申します。以後お見知り置きください」
(そうだ。説明会に来てたんだっけ)
三人はここに来て本来の目的を思い出した。
「いろいろ質問したいこともあるとは思いますが、先ずは私ども『競技麻雀研究実践会』の説明から聞いていただければと思います」
「き、競技……何?」
淡の少々失礼な態度も笑顔で説明を始める。三人もそれぞれ真剣に聞き始める。
「ふふ、長いですよね。この名前はよく古くさいと言われますが立ち上げ当初から変わらない伝統なんです。と言うのも私どもがこの大学で最初の麻雀サークルであり、現在最大規模を誇るサークルでもあります」
「「「ええっ」」」
三人ともに驚きの反応を示す。あんなやり方で半ば無理矢理自分たちを迎えたサークルがそんな立派なサークルだとは思っていなかったようだ。
淡が恐る恐る気になった事を聞いてみる。
「じゃああの白糸台ロードもサークルの伝統なの?」
「違いますよ。あれは淡様をお迎えするために特別に用意したものです。更にいうならこの燕尾服は咲様のために特別に用意いたしました」
自分のためと言われると悪い気はしないが説明会との関連性はわからないままだ。
「何故っすか?正直理由がわからないっす」
「咲様がメイド姿で麻雀をするのがお好きだという情報を得ましたので。咲様がメイドなら執事がいいのでは、というサークル内の意見ですね。念のためメイド服も用意がありますよ」
思いもよらない情報に咲に視線が集中する。驚きの視線が一気に熱を帯びていく。
「直ぐに打ちに行くっすよ!咲ちゃんはもちろんメイド服で!」
「はいはい!私も行く!私はメイド服着ないけど」
こんな面白い事を逃すまいと説明会そっちのけで雀荘に行く相談をしだす。どうやら咲をメイド服で雀荘に連れ出したいらしい。何やらカメラがどうのと麻雀に関係無い相談も聞こえてくる。
「ちょっと待って!!」
今日一番の大声だった。
「その歪められた情報何!?メイド服で麻雀するの……好きじゃ無いから!!」
「……ということはメイドで麻雀したことあるんだ」
「あっ!しまった?」
清澄高校の先輩、染谷まこの実家である麻雀喫茶。そこで行われたメイド服を着てのバイトは咲の中で黒歴史として認定されているようである。まこや和の強い要望に断り切れず何度か行っていたが、口止めは完璧にしていたはずであった。
(なんでバレてるの!?まこ先輩にも和ちゃんにもあれだけ口止めしたのに!)
因みに口止めは麻雀で行われ、もちろん優希と京太郎も巻き込まれている。
「意外な趣味っすねー。でも人気でそうっすよね、咲ちゃんのメイドさん」
「趣味じゃないから!もともとは久さんが……ん?久さん?」
「それにしてもよく知ってたね。白糸台ロードだって外部に漏れないようにスミレが頑張ってたのに」
「お二人を当サークルを迎えるために頑張りましたので」
頑張ってどうにかなるの?と疑問は浮かぶがスルーする。
桃子は次に聞いておきたかった事を口にする。
「何でこの二人が欲しいんすか?だいたい想像つくっすけど一応教えてください」
執事の代表は一呼吸おくと、今まで以上に真剣な表情となり語り始める。
「まず私どものサークルは『麻雀に勝つ事』を研究対象としております。具体的に言いますと『麻雀に勝つための最良の方法』とでも言いましょうか」
「最良の……そんな方法本当にあるの?」
「あると信じています」
即答で答える。その言葉に嘘偽りは一切無いことが伝わる。
「小鍛治プロの麻雀が最強なんじゃないっすか?あの人未だに無敗っすよ」
「小鍛治プロも当然研究しております。牌符を研究しデータを集め同じような打ち方を再現しましたが、最強とは程遠いものでした」
「つまり?」
「小鍛治プロの麻雀は小鍛治プロが打つからこそ強い。と考えています。そもそもあくまで″同じような打ち方″でして、再現も中々上手くはいかないのが現実ですね」
「……面白そうですね」
三人とも最強というものには引かれるようで各々真剣に耳を傾ける。普段から研究とか苦手と漏らしている淡も興味深そうに聞いている。
「私どもの最終目標は『誰が打っても勝てる麻雀』です。あなた方には一緒に研究するのは勿論、研究の対象として、そして研究成果の実践相手として力になって欲しいと思っています」
勝つ事に対する強い思いが伝わる。『勝ち負けが全てじゃない』などよく言われる話だ。だがそれを否定し、勝つために全てを尽くすサークル。
「はっきり言ってしまいますと、私どもは『勝ちが全て』です。よく批判されますが、私どもがこの大学で最大のサークルなんです。競技麻雀研究実践会に入っていただけますか?」
最大のサークルということはその考えに同意するものが最も多いサークルだという事だ。一人ではいいづらい事も皆でなら言える。そう言うことだ。
「私は……好きだよ、その考え。やっぱりさ、負けるより勝ちたいじゃん」
「私もそうっすね。勝つのが全てとは思わないっすけど勝負は勝つためにやるものっす」
「淡ちゃん、モモちゃん……私は……」
咲には簡単に好き嫌い、良い悪いと判断する事が躊躇われた。かつてプラマイゼロの麻雀を打ち、家族を失いかけた。その経験は今も咲に深く根付いている。勝ち負け以外の部分にこそ大事なものがあるのではないかと。
「迷ってもいいんですよ。まだ新入生、入学したばかりじゃないですか。これから考える時間は沢山ありますよ」
「ありがとうございます。あの入会は保留ということにしてもらえませんか?でも活動内容には凄く興味があります」
「わかりました。歓迎しますからいつでもいらしてください。それにサークルに所属してない方でも打ちに来る方はけっこういるんですよ」
「淡ちゃんとモモちゃんはどうする?」
「私も保留でよろしくっす」
「私もー。興味あるし他の所に入っても遊びに行くよ」
「楽しみに待っていますね。説明会後はどのサークルも1週間体験会を開催しますから、そちらもよろしければ是非お出でください」
最初が最初だっただけに正直期待が薄かった三人ではあったが、短い時間でその考えは覆された。
サークルの本気と信念を垣間見て、次のサークルへの期待が増していく。
説明会はまだつづく。