職業はパーフェクトウォーリアです。いけませんか!? 作:千代路 宮
「助けてくれぇぇぇぇぇぇ!」
「ひぃ!来るな!」
「ちくしょう!離しやがれぇ!このぉ!!」
「あんた達は下がって!!俺が引き付ける!…ハァっ!!」
大雨の降る船上で、船員達が目の前の巨大な海妖魔獣に攻撃を受けていた。
その日は天候が優れなかった。
船上で前方を見続ける、あるベテラン船長は思った。
(嫌な風がやけに鼻につく…。こんな日に限って悪い事がよく起こりやがるんだ…)
今回の航海もいつも通りそつなく終わるはずだった。
ラ・シーンを出発し、西海ルートを辿り、西側ゼオングラーダ領へ。
そこで人間と積み荷を下ろしたら、また南部に戻るだけの簡単な仕事だった。
行き先の港に着いた夜は、仲間達と久しぶりに酒を煽って楽しむつもりだった。
始まりは航海4日目だった。
高台に昇り、甲板員が望遠鏡で辺りを監視していた時にある異変に気づいた。
甲板員が伝令に伝え、まもなくしてその報告が操舵室にあがった。
(かなり遠いが、前方の空が確かに黒い…嫌な感じだ)
最初は天候が荒れるかもしれない。船長は、今はそれだけだと思っていた。
案の定、船を進めるにつれて、前方の空は次第に闇を広げ、波も高くなっていった。
船長は航海士や甲板員に、暴風雨に備える様に指示を出した。
他の船員達にも、船内にいる乗客にも船外へ出ないように
口頭で各部屋回り、その旨を伝える。
甲板員達は直ぐさま手慣れた手つきで船上に置かれていたロープを巻き
また別の甲板員は帆をたたみ、暴風に備える。
徐々に風が勢いを増し、雨が激しく甲板に叩きつけられる。
船員を所定の位置で待機するよう指示し、そして船は暗雲の下に飲み込まれた。
激しく揺れる船体。
今なお激しさを増す雨。
そして船長の不安は的中したのだった。
「なんだ!?あれは!?」
船長が突然大きな声を出し、語尾を荒げた。
ほぼ同じ時をして、全身雨に打たれた甲板員の1人が異常事態を伝える為に
船長達がいる操舵室に転がり込んで来た。
「た、大変です!!か、かっ海妖魔獣です!!」
「どこを見てたっ!もう目の前じゃねーかぁ!」
操舵室に響き渡る船長の怒声すらもかき消す、大きな衝撃が船体を襲った。
ドグォォォォォン…
ドゴォォォォォォォン!!
「ちくしょう!なんだ!?あれは!?いやまさか…!!」
ベテラン航海士が見た物は船頭から生える恐ろしい触手だった。
「クッ…クラーケンだぁぁぁぁぁぁ!!」
操舵室にいる全員が窓越しに見える恐ろしい巨大烏賊の海妖魔獣の姿に恐怖した。
触手は船に絡みつき、海へ引きずり込もうと力まかせに揺さぶっている。
「海妖魔獣クラーケン…なんだってこんなベイオール西の近海に!!」
忌々しく吐き捨てる船長を余所に、クラーケンは本日の獲物は難なく手に入る
ものとばかりに、今なお暴風雨の中海に引きずり込もうとしていた。
「総員!戦闘態勢!!このままじゃ全滅だ!おめぇら!気合い入れて
船を守れ!いいな!」
「おう!!」
直ぐさま何人かの伝令が操舵室を飛び出し、船内にいる船員達に戦闘の開始を伝え回る。
「伝令!!各員戦闘準備に入れ!伝令!!各員戦闘準備入れ!!」
船長がクラーケンを見据えて宣言する。
「絶対に化け物の餌なんかになるわけにゃあいかねぇ…。各員!戦闘開始!!」
こうして船員達の、命を賭けた暴風雨の中の決戦は幕を上げたのだった。
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俺は今船の中にいた。
3日前にマリーとの会食を終えた後、翌日に必要な物を購入し、そして俺の
依頼主であるパリンガー婦人に指定された港の交易所に向かったのだった。
何故港なのか?
一抹の不安と疑問を持ちつつも、素直に従い港にある交易所に足を運んだ。
少しの間、交易所の入り口で待っていると、女性に声をかけられた。
依頼主かと思ったが、そこにはパリンガー婦人と呼ぶにはあまりに若い
メイド服姿の女性が目の前に立っていた。
「ディオニュース様でお間違い御座いませんか?」
女性は俺に尋ねて来た。
この場所で俺に話しかけてくる者は依頼主関係の人間しかいない。
やはりパリンガー婦人の使いの者の様だ。
「はい、俺です。あなたは?」
「申し遅れました。私はバーリン・レイ・パリンガー様の使いで来ました。
ミラルダ・パウと申します」
ミラルダと名乗る女性は俺よりも少し年上なのだろうか、非常に落ち着いた
雰囲気の女性だった。
長い髪を後ろで一本に纏めあげた髪は清潔感に溢れ、紺色のメイド服に純白の
エプロンが良く似合っている。
「本日より、よろしくお願いします」
そう言ってミラルダに頭を下げた。
「早速ですが、ディオニュース様にはバーリン様より言付かった依頼を
お願い致します」
「え?ここでもうするんですか?」
コクンと頷き真っ直ぐ俺を見る。
「これより船に乗り、西方に位置するゼオングラーダまで使いに出て頂きます。
そこにバーリン様がいらっしゃいますので、依頼の確認をした後仕事に従事して下さいませ。
航海にかかる日数はおよそ5日程。念の為5日分の必要な生活用品はこちらでご用意
させて頂いております。出航までにまだかなりの時間が御座いますので、私共の方で
ご宿泊先まで出向きあなた様のお荷物を持って参ります」
ミラルダの口から出た言葉に流石に驚きを隠せない。
俺はてっきりこの後パリンガー婦人のいる屋敷にでも一緒に行くものだと
思っていたからだ。
それがどうだ?
パリンガー婦人の使いと名乗るこのメイドさんによれば、俺はこの後ゼオングラーダ
まで船旅に出る事になっているらしい。
流石にこれはおかしい。
「ちょっと待って下さい!俺はこのラ・シーンで婦人の
依頼されたはず。それがどうしてゼオングラーダまで行く事になるんですか!?」
「バーリン様は今現在ゼオングラーダにおられます」
ミラルダは表情を変えず、さも当然とばかりに話した。
「なんでゼオングラーダにいる人がわざわざラ・シーンで依頼を出したんです?
普通は住んでいるゼオングラーダで出すでしょう?」
「通常はその様です。しかし先日までバーリン様はこちらに居らしておられました。
滞在中に『ある人材』が必要になったのかもしれません。そしてラ・シーンの
正規職業斡旋所で依頼を出して、たまたまあなた様に目が止まったのかと」
…腑に落ちない内容過ぎる。
たまたま滞在していたこの街で、急に人が必要になって、偶然斡旋所の依頼制で
俺に目がとまった…?
出来杉だろう。
「おやめになられますか?」
俺のあからさまに訝しげる表情にミラルダが訊いてきた。
正直怪しすぎて受ける理由が無い。
「えっと…出来れば今回は縁がなかったと言う事に…」
「かしこまりました。それではその様にお伝えしておきます。なお最初にご用意建てた
支度金の事ですが、残っている分はあなた様の方で好きにお使い下さいませ」
すっかり忘れていたが支度金を俺は受け取り、幾らか既に使用していた。
とは言え日用品や下着を必要な分購入しただけだから、かなりの額は残っている。
当日依頼を断わると言う暴挙にも拘らず、余った分は好きに使っても良いとか
とびきりの怪しさだな。
怪しさなんだが…。
「すみません、やっぱりこの依頼を俺、受けます」
「…よろしいのですか?」
「はい。この依頼を俺に紹介してくれた人を信用しているので」
「…そうですか」
出会ってから初めて、ミラルダが少しだけ微笑んだ。
話を聞けば聞く程に怪しい内容だが、しばらくは生活出来るだけの金を渡され
当面生活面では困窮する事もなくなった。
しかしそれは、まともに労働に勤しんでいたらの対価だ。
何もしていないのに、支度金だけを貰うなんて、あまりにも後味が俺にとっては
よろしくない。
そもそも俺は正規職業斡旋所のフトゥを信用している。
彼が俺に持ちかけても大丈夫だろうと判断したからだ。
その事が頭をよぎり、結局心変わりをした俺は依頼を引き受ける事にした。
我ながら優柔不断だ。
「ではあなた様が宿泊している宿にある荷物を持って来させますので」
「あ、俺の宿の場所と番号は…」
「存じ上げておりますので、ご安心を」
今の宿泊先も斡旋所に伝えていたし、知っていても当然か。
しかしこのメイドさんは優秀だな。
メイドは身辺の世話周りだけだと思っていたが、雇用主の代理代行等も
するのか。
俺の知らない仕事はまだまだあるようだ。
「馬を走らせますので、1時間もすればこちらに戻って参ります。恐れ入りますが
今少しお待ち下さいませ」
「あ、女将さんによろしく言っておいてくれますか?」
「かしこまりました」
ミラルダはそう言い残し、交易所の前から去って行った。
近くに他の者を待機させていたんだろう。
しかし、本当に俺がこの依頼を断っていたらどうしたんだ?
…いや、それも織り込み済みなんだろう。
斡旋所より更に人の行き交う交易所。そこを利用する人達の邪魔にならぬ様に
隅っこに寄り時間が過ぎるのを待った。
ミラルダが言っていた通り1時間もすれば戻って来た。
数人のメイド達を引き連れて。
この場所ではあまり似つかわしくない格好なので、割と注目をされているが
本人達は一切気にしていないようだ。
軽く会釈をし、彼女達から荷物を受け取る。支度金で購入した分と、用意された分
を合わせても知れている量だ。我ながら身軽ではあるが。
…たぶん下着も見られているんだろうな。
そう思うと目の前にいるメイドさん達の顔が少し見づらい。
「ミラルダさん達は一緒に行かないのですか?」
「私共は別件で用が御座いますのでそれが片付き次第ゼオングラーダへ戻ります」
「では可能ならば、斡旋所『猫の手』にいる斡旋員のフトゥと言う人に
俺が礼を言っていたと伝えてください」
「かしこまりました。必ず」
世話になった女将さんや、フトゥに自分で挨拶をしたかったが仕方ない。
申し訳ないが、ミラルダ達に伝えてもらおう。
寄港している船に目をやると、続々と大小の荷物と人が乗り込んでいた。
俺も船に乗り込む。
ちなみに乗船券は婦人が用意してくれていた。
「ではディオ様。船旅お気をつけ下さいませ」
「ありがとうございます。ミラルダさん」
こうして俺は、ミラルダ達に見送られ
午後になる前にはラ・シーンを後にしたのだった。