職業はパーフェクトウォーリアです。いけませんか!?   作:千代路 宮

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Body-Diver

クラーケン襲撃の後、傷ついた船を船員達が応急処置ではあるが補修を施した。

途中ラ・シーン経由で遅れて出発した別の船がすれ違い、信号弾を飛ばし

呼び止め、事情を説明して、足りない資材と少し多めの食料を分けて貰った様だ。

 

「こんなベイオール西の近海に!?」

 

と別の船の船長は驚いていたそうだが、目の前に映る船の惨状を見て納得して

くれたらしい。

また船乗り達は顔も広い。船長同士知己の間がらなのだろう。すんなりと補助を

受けることが出来たそうだ。なんだかんだと襲撃後、手際良く動ける辺りは流石は

海のプロだな。

重傷者達はその船に乗せてもらいゼオングラーダで手当を受けるようだ。

乗客達も高齢者、子供連れを中心に可能な範囲で受け入れてくれたらしい。

海の男達の助け合い精神が心地良い。

 

「困った時はお互い様か…」

 

その後、波と風の影響もあり寄港予定日の3日遅れで「魔術王都ゼオングラーダ」へ

入港する事が出来た。

 

ん~~~……!!

 

っと目を細め両腕を真上に上げて伸びをする。やはり陸地は落ち着くなぁ。

他の乗客員達も安堵の表情で船を降りている。中には満面の笑みの人もいる。

無理も無い。比較的穏やかな海路としてられるこの辺りで海妖魔獣クラーケンなんて

海の化物に遭遇してしまったんだ。

 

生まれて初めて海妖魔獣をあの小さな窓越しに見た人もいるだろう。

それくらいこの辺りでは遭遇するだけで非常に希な存在だ。

ましてや武装船でもなく、それに海で襲われて無事に入港出来たのは本当に運が良い。

多くの船員が怪我をし、死んじまった船員もいてるけどな…。

乗客乗員にとっての幸運は無事に到着した事だろうけど、俺にとっての不幸は

いらぬ力を行使して今なお身体の節々が少し痛む事だ。

その上、予定の日程よりすでに3日は経過している訳だがキョロキョロと

辺りを見渡して見る。

喜び会う者、せっせと荷物を下ろしに精を出す船員、行き交う人々が交差する

港特有の慌ただしさがそこにはあった。

あったのだが、その中で目に映ったのは数日前と変わらぬメイド服姿でこちらを見つめる

ミラルダ・パウの姿があった。

 

「え~っと…ミラルダさんでしたよね?どうしてここに?」

 

彼女に近づき、率直な疑問を聞いてみた。

なにせ彼女はまだ仕事があるらしく、ラ・シーンに残っていたはずなのだ。

それが俺よりも先にここに居る。

 

「海妖魔獣クラーケンと遭遇したと聞き及びました。その際お怪我等は御座いません

でしたか?その後通りかかった船があったと思います。その船に私共は乗っていたの

です」

 

彼女は穏やかに、でも少し心配する様な表情で話した。

 

「あ~…、あの時通りかかった船に居たんですね。どおりで俺より先に着いてる

はずです」

 

あの時、襲撃後に色々と助けてくれた船にミラルダさんらメイドさん達が乗っていた

らしい。あの船もラ・シーンからゼオングラーダ経由へ北上する船だったらしいからな

それで事情を知っていたのか。

 

「ディオニュース様が乗られている船だとすぐには気づきませんでした。所々船が

破損しておりましたし、運び込まれる怪我人の応急処置だけになってしまいますが

寄港するまでの看病も私共が買って出ましたので確認まで至らず…」

 

そう言ってミラルダは表情を曇らせ、申し訳なさそうな顔をする。

 

(いやいや、あなたが俺の事をそこまで心配する必要ないですよ?)

俺は心の中で軽く突っ込んでからミラルダに話しかける。

 

「俺は全然気にしてませんし、大丈夫ですよ。それに見ての通り怪我の一つもして

いないし、そもそもあの船にミラルダさん達が乗っている事すら知らなかった訳ですし

そんな顔をしないで下さい。俺が逆に恐縮してしまいます」

 

「ありがとうございます」

 

「あ、いえ!こちらこそ…」

 

頭を下げてから向き直す、穏やかな表情をする彼女に思わずドキっとしてしまった。

 

「あ、あのそれよりもですね、仕事の件ですが、こう言う事情もありまして到着

予定日が遅れてしまったのですが、今どんな状況ですか?」

 

照れ隠しもさる事ながら、現状一番気にしていた疑問を問いかけてみた。

到着が遅れる事は海路に限らず、ある程度は起こりうる不測の事態もあるのだ。

少し強ばった表情で聞いたのだろうか、彼女はニコっと微笑んで「大丈夫ですよ」

と言ってくれた。

ほっと一安心した。まだ俺を必要としてくれているようで心底安心した。

後は身辺のお世話(パーソナルケア)としての職務に従事するだけだ。

 

「ディオニュース様、それでは今よりバーリン様の元へご案内到います。

そこでバーリン様より詳しいお話をされると思います。ではこちらへ」

 

うなずく俺を見た彼女はそう言って、港の交易所を抜けて入国の手続きを済ませ

港すぐに待機させてあった馬車まで案内してくれた。

今からこの馬車でパリンガー婦人の元へと向かうのだそうだ。

 

「どうぞお乗り下さいませ」

 

そう言って彼女が扉を開いてくれた。

 

「あ、どうも…です」

 

そう言ってなれない座り心地の良い馬車に乗り込む。

ミラルダは馬車を操る従者に何か話した後「失礼致します」と言って乗り込んで来た。

 

「少し距離がありますから途中何か御座いましたら遠慮なくお申し付けくださいませ」

 

ミラルダはそう言って『もし手洗いに行きたくなった遠慮しないように』と遠まわしに

言ってくれた。

勿論我慢は良くない。その時が来れば遠慮なく手洗いに行かせてもらおう。

 

丁寧に舗装された石畳の上を、一定のリズムを奏でながら蹄の音が馬車の外から小さく

聞こえてくる。

どれほど走ったのか、しばらくして港を離れたようだ。

相変わらず一定のリズムで馬の蹄の音が聞こえて来る。

ふと窓に視線をやると、市街地の様な場所だった。

いかにも「魔法、魔術が得意です!」

と言う風貌な男女がちらほらと見かける様になった。

頭が良さそうな雰囲気の人達が窓越しに過ぎて行くのだ。きっと彼らはここいらの

魔法使い(ソーサラー)魔術師(マジック・クラフト)の人達なんだろうな。

ぼんやりと魔力を体に有する人達を窓越しに見ては視界から消えていった。

 

「ディオニュース様。何か御座いましたか?」

 

馬車内で対面に座するミラルダに、ぼんやりと外を見続けていた

だらしない横顔を見られた様だ。

 

「あっ、いや何もないですよ。ただ、この国は『持っている』人達が多いなぁって」

 

「持っている人達…、ですか?」

 

「ええ、そうですね。あ、それとミラルダさん。俺の事はディオと呼んで下さいね。

これから一緒に働くのに様付けなんて変じゃないですか」

 

「え!?…えぇ、そうですね。それではディオさんとお呼びさせて頂きますね」

 

何か少し間があったが、ミラルダは俺の提案を受け入れてくれたらしい。

同僚と言うか職場の先輩になる人に様付けで呼ばれるのは色々とおかしいからな。

こっちも毎回なんだか恐縮してしまうし。

 

そんなやり取りをした後しばらくして街並みの雰囲気がまた変わった。

 

「もう少しでバーリン様の住む館に到着致します」

 

街の雰囲気が変わったと思った矢先にミラルダの言葉。どうやらこの辺りは市街地や

港とは違い、やや山間部であるが閑静な場所だ。所々に見える広大な土地と大きな館は

きっと貴族の人達の住まいか別荘と言ったところだろう。

彼女の言う通り程なくして馬車はある館の前で止まった。

どうやらここがパリンガー婦人の住む館で、今日から俺の職場になる場所らしい。

 

「到着致しました。お疲れ様でした。ではこれよりバーリン様と

お会いして頂きますので、よろしくお願い致します」

 

ミラルダはそう言って立ち上がり、扉を開けて降りるように促した。

馬車でしばらくの間揺られていたせいか、酷く足元がふらつく様な変な感覚になって

いる。

深く深呼吸をして精神を整える。

 

すぅ・・・はぁ・・・。すぅ・・・はぁ・・・。

 

良し!大丈夫だ。

俺の行動を何も言わずに見守ってくれていたミラルダに視線を合わせる。

 

「ディオさん、それではご案内致します。こちらへ」

 

ミラルダの言葉を聞いた後、彼女の後について館内を歩いて行く。

 

(素人の俺でもわかる程にはなんだか高価そうな調度品が並べられているなぁ)

 

そんな事を思いながら綺麗にされている館内のある一室で彼女は立ち止まり扉をノック

した。

どうやらここがパリンガー婦人のいる部屋らしい。

 

「どうぞ。お入りなさい」

 

ゆっくりとした口調ながら凛とした声が扉の奥から聞こえてきた。

ミラルダがノブに手を掛け扉を開いた。

 

「ディオさん、どうぞ」

 

ミラルダに促され足を扉へと向かわせる。

一歩、二歩、また一歩。

部屋に入り、開口一番に婦人に最初の挨拶をする。

とにかく誠実に印象良く挨拶だ。

 

「失礼致します。この度バーリン・レイ・パリンガー様の元で従事させて頂く事に

なりました。ディオニュース・カルヴァドスと申します!この度は私の様な若輩者

にへぶぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」

 

(ぐぁ!?なっ、なんだ!?いきなり横っ腹を強打されたぞ!?

挨拶の途中でしかも息を吐いていた時だからすげぇ声が出ちまったじゃねぇーかよ!?

一体なんなんだ!!)

 

混乱する頭で左脇腹の痛みの原因の方へ目をやると、そこには見覚えのある髪の色と

見覚えのある背丈の少女が抱きついていた。

 

俺の脇腹に頭からダイヴしたその少女は抱きついていた両手を離し、姿勢を正して

満面の笑顔で俺にこう言った。

 

「ディオ様!またお会い出来てマリーベルは嬉しいですわ!!」

 

「ぐぉぉ…ま、マリーなのか?」

 

不意打ちに痛む脇腹を抑え、目の前の少女に問いかける。

 

「はい!マリーです!また必ずお会いする約束が果たされましたわ~~!!」

目の前の太陽の様に明るい笑顔を見せているのは、間違いなく少し前に会食を共にした

マリーベル・フェイメール・リングベル本人だった。


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