親しくなってからぶっ壊れるまで   作:おおきなかぎは すぐわかりそう

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看病イベント

  

 

 執務室までの道のりを二つの影が連れだって歩く。

 

 接近の許す限り密着しているので、片方の影の主、北上はとても暑苦しそうに困り顔だ。

 

 鎮守府の早朝。周囲の目がないのをいいことに、蕩け顔の大井は今日もエンジン全開フルスロットル。一対の生物のようにして目的地の扉の前にたどり着けば、大井が手を伸ばし、ノブを捻った。

 閑散とした光景。書類の山が、処される時を今か今かと鎮座して待つ光景を見て、提督を叩き起こし直ぐに取り掛かろうと心に念じる。提督の匂いが北上に移るのを嫌い、愛おしげに北上から離れた大井は、再び立ちはだかる木製のドアを荒々しく蹴り開けた。派手な音と共に突入するも寝室の中も静寂。人の気配の全くしない部屋に疑問符を浮かべ、とりあえず緩やかな山を作り出すベットの掛け布団を引っぺがすと、提督の姿に安堵する。何時もならバッチリ起きてると言わないでも、ある程度受け答えができる状態であることが多いので、一層疑念を深めてしまったが、窓に近づきカーテンを目一杯開け放つ。『シャーッ』と上部フックが、レールを滑る音を部屋に響かせて、背後を振り返って眉を顰める。

 

 

「いつまで眠りこくっているんですか、もうとっくに朝ですよ」

 

 

 うんともすんとも発しない提督に流石におかしいと感じ、ベットに近付く。グッタリする提督に臆することなく脈を測ると、異常はなし。利き手で自分のおでこを覆い、空いた手で提督のおでこを覆えば、....熱い。

 

 

「提督、提督聞こえますか? 提督?」

 

 

 優しく揺すってみると、ゆっくりと目が見開かれ、視線が合う。

 

 

「大井か、おはよう。北極作戦の書類が届いてたよな? 今日中に終わらせよう」

 

 

「何言ってんですか、体調悪そうですよ? 大丈夫なんですか?」

 

 

むっくり起き上がる提督は我関せず、寝間着の裾に手をかけて、大井をチラリ。

 

 

「いやーん、どこみてんのよ」

 

 

 背を向けて、微塵も感情の籠っていない顔面を覗かせると、幾らかの怒りが沸々とやってくる。折角心配してやってるのに、この馬鹿は一体何をしてるんだ、と。

 

 

「そうゆうの本当いらなんで。いいですか? ベットで安静にしていて下さいね?」

 

 

 そう言いながらドアの先に消えた大井の背後を見送る。ボーッとする頭がフワフワと思考力を奪い、頭の鈍痛を振り払おうと首を頻りに振ってみるが、寧ろ痛みを強くするだけであった。

 やっちまった....額に人差し指・中指をくっつけ、苦しげに顔を梅干しのようにクシャクシャにすると、提督は日頃の行いを振り返る。艦娘達の要望をハイハイと後先考えずに聞き入れ、頼まれもしてないのに設備や編成などの随時更新、コミュニケーションの過不足を調節する日々。優先順位や健康状態は気遣っていた方だが、その日のうちに片付けておきたいが為に、激務に次ぐ激務の日々が続いていた。

 元々体の丈夫さには自信があったが、ついにガタが来てしまったようだ。体調を崩すなんて久し振りで、どう振る舞っていいのかよくわからないが、さっきから上手く働かない頭の中が業務で一杯なのが唯一の気掛かりであった。

 

 

ガチャ

 

 

「どうぞ提督、体温計です」

 

 

 ゆっくり開けられたドアから再び大井が舞い戻ると、電子体温計が差し出された。受け取って、お尻のボタンを親指で押すと、先端の計測部分を口に咥えた。

 

 

「え゛」

 

 

「なんだよ。こっちの方が速いんだよ」

 

 

「それ、執務室の共有救急箱の近くにあったやつなんですけど....。他の艦娘達も普通に使ってるんですけど....」

 

 

「なんかで拭いてくれたりしたんだろ?」

 

 

「いえ、してないですけど....」

 

 

「」

 

 

「....ウェットティッシュ持ってきますね」

 

 

 大井からのドン引きに顔をしかめれば、弁明染みた言葉を吐く提督。家の習慣で当たり前に取った行動が、予期せぬ変態行動に様変わりした。絶句して体温計を口から取り零す提督。病人を追い討ちすることも心理的に出来ず、大井は三度、ドアの奥へと消えた。

 転がった体温計に目もくれず、顔を覆って自らの痴情を悔やむ。絶対に、大井に今後とも弄られ続けることが確定した瞬間でもあった。この後、大井から手渡されたウェットティッシュで丹念に体温計は磨かれ、二度口に運ばれた。ピピピ、ピピピと電子音が鳴り結果の程は、38度5分。本日一日ベッドインの刑が決まった。

 

 

「お布団は首元までかぶって、額のタオルは乾いたら知らせて下さい。水分はこまめに取りますよ、どうぞ、お水です」

 

 

 手際良く捌く様子はまさしくオカンだ。少々過保護気味なのが気になるが、一人暮らしの風邪に比べれば心理的不安は軽い方だろう。コップ一杯の、この冷た過ぎずぬる過ぎずの、絶妙な匙加減のお水に小さな感動を覚えながら喉を鳴らす。半分程を体に納めたところで大井に取り上げあれ、物足りなさを感じながら、布団を深くまで被った。

 

 

「風邪薬はなかったので後で買ってきます。他に欲しいものはありますか?」

 

 

「....辛い物が「馬鹿なんじゃないですか?」

 

 

 感情の振れ幅を全く感じさせない、冷静なツッコミに恥ずかしくなる。この、なんだか、特に驚きもしない辺りがちょっとしたネタを本心からの声と誤解してるんじゃないかと不安にさせる。大人しく患者役に徹している他無い。病人は病気を治すのが仕事と言うが、ベットの上でやる事は寝る以外選択肢はなく、眠たくない時は暇で暇でしょうがない。

 大井は気付けば傍で、いつの間にか取り出したクリップボードで書類を固定し、筆を走らせていた。彼女は立派なモノをお持ちのようで、書類との間にある大きな障害物に苦戦していた。秘書艦である北上の姿は見てないが、何時ものペースだと、大井に無理強いしてしまいそうだ。 病床から伸びた手が、クリップボードの留め金を掴むのは仕方のない行動だった。

 

 

「....何してんですか提督」

 

 

「いや、横になってるだけじゃ暇だからな。どうせなら書類を手伝おうと思って」

 

 

「邪魔なだけなんでやめてもらえますか? さっさと風邪を治して馬車馬のように働いて下さい。....それと、物越しでもセクハラはセクハラですよ」

 

 

「ん゛」

 

 

 セクハラの言葉に恐ろしく早い脊髄反射が、ベットの暗闇に巻き取られてゆく己の手を誘発。確実に鼻ひでぶコースであったが、大井から拳が飛んで来ることはなかった。微妙な空気を漂わせながら、提督は耐えきれずに背を向ける。とても熟睡出来る状態ではなかったが、視界が一色で埋まってしばらく考え事をしていると、いつの間にか眠りについていた。

 

──

────

────────

 

 パッチリと目を覚ます。体を起こすと、無残にも湿ったタオルが膝元に落下。ベット横に居た大井はいつの間にか姿を消していた。どれくらい寝ていただろう。時間を確認するため、以前艦娘にプレゼントされたアナログ時計を注視してみる。お昼を二周ほど過ぎたのを確認し、カーテンの隙間から刺す然りの光度でそれが正しいことを知る。調子はわりかし軽くなった気がしたが、まだ頭は鉛が流し込まれたように重い。寝室備え付けのトイレで用を足し、流す音とともに出てくると、ちょうど良く大井が入室してきた。

 

 

「提督、ちゃんと寝てなきゃダメじゃないですか」

 

 

「いや、せめてトイレだけは行かせてくれよ」

 

 

 すぼんだビニール袋(大)を片手に、提督をとがめる大井であったが、流石に行き過ぎた暴論に反抗的な態度をとる。それを見て、ガサゴソとビニール袋を漁り、取り出したものをベットの片隅に置き指差して大井は言った。

 

 

「今度からはこれにして下さい」

 

 

「尿瓶とかそこまで重症じゃないだろ! 恥ずかし過ぎるわ!」

 

 

 反応を受けて、こりたのか袋の中に戻す大井。大きな声を出したからか、なんだか体調が悪化した気がして、ベットに腰掛ける提督。看病については感謝しかないが、節度をもって欲しいと願わずにはいられない提督であった。

 

 

「あれ〜提督起きたんだ」

 

 

「北上さん!! 汚い菌が移るのでドア開けちゃダメですよ!」

 

 

「いや〜大きい声が聞こえから何事かと思って。二人でエッチなことでもしてるのかなと」

 

 

「そんなことするわけないじゃないですか」

 

 

 寝室の扉を開けて北上が様子を伺うと、相変わらずのひどい言い草で自然にdisられる。密室で二人っきりだからエロいことしてる、なんて同人誌みたいな発言の後には、大井が提督を一瞥した後で否定を示した。

 

 

「まあ、元気そうで安心したよ〜。んじゃ、お大事にね〜」

 

 

「ちょっと待ってくれ北上」

 

 

「ん、なに〜」

 

 

「書類の方は片付きそうか?」

 

 

「提督のサインと重要な書類以外は片付きそうだよ〜」

 

 

「あんまり無理するんじゃないぞ、何だったら俺も手伝って「提督!」わかった、わかってるから大井。ちょっと落ち着け」

 

 

「あんまり期待されてない感じかな? まぁ〜いつもは大井っちに任せぱなしだからなんとも言えないけど。でもね〜提督、ハイパー北上様をなめてもらっちゃ困るよ。大井っちには負担はなるべくかけないつもりだから、その点は安心してサボってていいよ〜」

 

 

「そうか....じゃあ、任せた。俺は寝る! おやすみ!」

 

 

「待って下さい、しっかり食べて栄養をつけないと治るものも治りません。眠るのはお昼食べてからにして下さい」

 

 

 せっかくいい感じに締まるところだったが、大井の言葉で盛大にスベった。考えてみれば朝から何も食べてない、空腹を指摘された途端、『クゥー』と腹の虫が返事をする。

 

 

「クフフ、すぐに用意しますから待ってて下さいね」

 

 

 微笑を浮かべる大井は、北上を汚染地帯から押し出すようにして部屋を出てゆく。一人残された提督の方は北上の言葉を信じ、体を倒して料理が運ばれてくるのを静かに待つのであった。

 

──

────

────────

 

「提督ー、起きてますかー、ご飯できましたよー」

 

 

「起きてるぞぉー、おー美味そうな匂いだ」

 

 

 体を起こし、お盆を持った大井がベット脇に料理を運ぶ。匂いで薄々勘付いていたが、器を覗き込み、その全貌をあらためる。まず目に付くのが黄色、卵をフワフワに溶かしたもののようで、器一杯に占拠していた。卵はぬらぬらとテカっている、これはアンかけのアンだろうか。香味野菜の青ネギが紅一点彩りを加え、食欲をそそるようだ。

 

 

「いただきます」

 

 

 手を合わせ、早速食事をしようと手を伸ばすが....あれ、箸なくないか?

 

 

「いま持ってきます」

 

 

 箸を取りに行った大井を見送り、眼前で御預けを食った提督の腕はゆっくり降ろされた。ちょっと間を置いて。

 

 

「すみません提督」

 

 

「そんな気にすることでも....」

 

 

 箸を受け取り、しくじった大井をなるべく見ないようにして、卵とじの中身に箸の先端を潜らせた。箸が呼吸をする時には、引き連れた白く、長く、蛇行する物体が姿を現す。風邪を引いた時の定番、おかゆ・雑炊などとは違う、それでも彼の好物であるうどんが中に埋まっていた。勢いよくすすると。

 

『ゴフゥ』

 

 勢いよくむせた。

 

 うどんを噛み切り、水を受け取り、冷や水で舌を集中的に冷却。一息付く頃には、目尻に涙を溜めるほどの大笑いをする大井が。手を叩き、肩で息をして、時々目尻に指をそえる。

 

 

「そんなにがっつかなくても、うどんは逃げたりしませんよ?」

 

 

 半笑いで、呆れなを含んだ声色の進言が届いた。冷静になって切れ端になった短いうどんを持ち上げると、フーフーと湯気を取り除き、口に運んだ。昆布ダシが効いた風味豊かでやわらかな味わい、トロトロの溶き卵と合わさってやさしさはマシマシ、主役のうどんの確かなコシを噛み締めて、脇役のネギの存在も忘れずに。

 

 

「ん、美味しいよ。大井は料理が得意なんだな」

 

 

「得意と言えるほどじゃありませんけど、北上さんの要望に応えていたらある程度出来るようになりました」

 

 

「んや、俺の目から見れば十分得意の部類に入るよ、大井の料理を毎日食べれる奴は幸せもんだな」

 

 

「なんですかそれ、口説き文句みたいで流石に悪寒が走るんですけど」

 

 

 悪態をつく割にその表情は明るい。引き続き持ち上げられるうどんを懇切丁寧に冷ます様子を静かに眺める大井は、器がカラになるまで、その傍らに佇んでいた。

 

 

 

「んー、もう腹一杯だ。うまかった、ごちそうさん」

 

 

「それじゃあさっさと寝て、風邪を治して、私達を楽させて下さいね」

 

 

「なんだか当たり強くなってないか?」「とっとと寝てくれないと書類が片付かないんですよ」

 

 

「そんな子供じゃないんだから、いや子供でもちょっとやり過ぎな気が・・・・」

 

 

「病気で弱ったのをいいことに、そこら辺の艦娘を看病に引っ張ってきてベットで「そんなことするわけないでしょうが! それに、それだと大井も危ないことになるんじゃ?」

 

 

「私は提督をぶん殴れるんで問題ないです」

 

 

「いやアウトだろ」

 

 

 布団に入ると絞ったタオルが額に乗せられ、束の間の休息を得た。食器をお盆に乗せ退出する大井に、果たして寝られるだろうかと疑問を浮かべたが、大井が戻ってくる頃には、しっかりと夢の中だった。

 

 

 

 ピピピピ、ピピピピ。

 

 

「おー、下がってきたな」

 

 

「見せて下さい」

 

 

「なんだよ、疑ってるのか」

 

 

「公正な判断を下さないと、ぶり返しちゃうかもじゃないですか」

 

 

 体温計を眺めていた提督から計測器をひったくると、なんとも言えない表情を浮かべ、判断に困って顔をしかめた。下がっているのは事実だったが、出席か欠席か判断に迷う、微妙な数値が画面に表示されている。寝室を抜け出そうとする提督の襟首をつかんで引き止め、ベットに戻るように指示する。提督は、ばつの悪いといった表情で渋々それに従った。

 

 

「ベットに入るから、それならせめて本でも読ませてくれないか」

 

 

「....まあ、動き回られるぐらいならそっちの方がいいですかね。ただし、安静にしてて下さいよ?」

 

 

「わかった、ありがとう大井」

 

 

「いいえー」

 

 

背を向けて、退出する大井。緩やかな午後の時間が流れる中で、部下に恵まれたことを感謝する。今日の業務は諦めて、明日の業務に備えるのだった。

 




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