親しくなってからぶっ壊れるまで 作:おおきなかぎは すぐわかりそう
朝も早い執務室。
その場所に突如として怒号が響き渡る。
今暫くの静寂ののち、少し間をおいて扉が乱雑に開け放たれ、大井が話にならないと退出する。困惑した表情で追いかける北上を最後に、扉は無情にも閉じられた。
バタン
一人出口に手をかざし、力無く降ろされる手には元気が無く、俯き気味に視線を下方に移す提督。喧騒が去った後には自分の無力さだけが背中を突いた。何も考えてない頭で、今から追いかけても火に油を注ぐだけだ。そう言い聞かせて拳を固く握り込み、その場でしゃがみ込んで、床に舞い落ちた一枚の書類を拾い上げる。
内容は近く実施される北極作戦、この鎮守府から選出される連合艦隊メンバー。北上を旗艦に大井が続き他4名、攻守バランスの取れた編成だ。凡庸な編成で面白みは皆無だが、様々な状況に対応出来る、そんな組み方がなされていた。
問題はここから、彼女達が北極作戦における一番槍、まだ敵の戦力もはっきりしない状態での最も危険な任務を負わされていたことだ。大井が最も拒否感を示したのが、北上が大規模作戦の最も危険な任務で旗艦であること。提督に詰め寄って、撤回は言い過ぎだが妥協案を主張する。
/一番乗りの計画書には無理があります、本部に頼んで変更してもらいましょう。/
/却下。/
/北上さんを外して他の方を入れましょう。/
/却下。/
/だったら、私が代わりに旗艦になります!! それで良いですね!?
/却下。/
一連のやり取りで何を言っても無駄だと気付いた大井は、今にも破裂しそうな爆弾のように体を小刻みに震わせた後、もう良いです!! と叫び、真っ赤に熟れた顔そのまま執務室から飛び出した。いつもはマイペースを貫く北上も、どうすれば良いのか分からず終始オロオロさせ、顔をワイパーのように行ったり来たりさせていた。大井が出で行く直前でその動きは止まり、提督に一瞥をくれてから大井に追い付くべく退出した。
完全な迂闊だった。面倒見が良く、周囲をよく見渡し、かくかく各々間での潤滑剤の役割を果たす北上。そんな北上の隙間を埋めるように、死角という死角を常に警戒し、全体のカバーに重きを置く大井は最高の組み合わせだ。最も危険な任務だからこそ、これ以上ない現状での最高戦力をかき集めた。このメンバーならば、例え予想を超える攻撃に晒されようとも、被害を最小限に抑えられると踏んでの決断だった。
だが先走りすぎた。大井の北上を思う気持ちに配慮し切れなかった。効率を計算するあまりに、肝心なことを失念してしまっていた。最近よく世話になっていただけに心のダメージは大きい。それは大井の方もだろうか? いや、これはただの願望か。何より引き受けてしまった以上、やり遂げなければ心象が悪くなってしまう。いや違うだろう、ここは正直に部下をコントロール出来なかったと断るべきでわ?
....あぁ、結局あの日から時が経ったとしても、俺はどこまでも未熟で半端者なのか? 教えてくれ陸奥、どうするのが正解だったんだ....。
書類が乱雑と置かれた作業机の上等な椅子に座り、背もたれに体重と胸で渦巻く暗い感情を預けて天井を仰ぐのだった。
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よほど鎮守府に響く音量だったのか、すでに起床も済んで出撃の準備を終えようとしていた者達が、何事かと自室の扉を開けて周囲を見渡す。
その視界から逃れるように、大井は人気の少ない場所を好んで突き進むうち、影が伸びる鎮守府の裏庭に出ていた。人の気配がないのを確認して、何の変哲も無い花壇のレンガに腰を下ろす。この時間帯ならば、早朝に鍛錬の場としてランニングする艦娘や、眠気覚ましに外を散歩する艦娘に出会うことはまず無いだろう。類は友を呼ぶとでも言うべきか、雑草やタンポポが端っこの物陰に鬱蒼と生え散らかし、暗鬱とやけにしおらしく風に揺られていた。
ため息を一つ吐いた。その場の空気に感化されれば、ため息の一つぐらいつきたくなる。空気を抜いた風船のように萎えて、俯かずにはいられなかった。青空を進む雲は、時間の進みを忘れさせるほど緩やかに動く。人が出払ったかのように静寂を貫く鎮守府は、彼女をただ一人置き去りにして佇んでいるだけ。
長い時間そうしていたのか、それとも大した時間は経っていないのか。時間の概念も忘れ一人周囲と同化していると、ふと嗅ぎ慣れた香りが微風に乗って半身を撫でる。覚醒したようにビクッと体を震わせ、その根元に目を向けると、北上がほど近く寄り添うように座っていた。
「き、北上さん!! すみま....へ ?」
人差し指を己の唇に吸い寄せて、"静かに"とゼスチャーを送る北上に、大井は途中で間の抜けた声をあげた。大井の疑問をそのままに、正面を向いてしまった北上はスカートから伸びる脚をの交互に伸ばしたり引っ込めたり、まるで今晩の夕食を尋ねるように口を開いた。
「静かでいい場所だよね〜大井っち」
無意識的にこの場に辿り着いたため、周囲の景観になど毛ほども気にしていなかった。はじめて周囲を観察すると、静かで落ち着いていて、何より北上がいることがこの場所の印象を決定づけるのに充分過ぎた。
「は、はい! 北上さんがいる場所なら、どんな所でも花が咲きますよ!!」
「お〜、そいつは嬉しいね〜」
謝罪を遮ったのは北上の優しさか。真意のほどは定かではないが、鬱憤とした空間には、いつの間にやら光が差し込んでいた。その後は他愛も無い会話を繰り返し、ひとしきり話が区切られたところで北上が切り出す。
「提督ともう一回お話ししよう?」
「....そう、ですよね。....話はまだ終わってませんよね」
「提督はバカだけど愚かじゃないから、しっかり話し合えばきっと双方納得出来るよ。だから、ね? 」
本来の目的に触れ、そのことを忘れかけていた大井は、一気に現実に引き戻された感覚を味わう。しかし逃げてばかりはいられない、いつかは現実に向き合う時がやってくる。ゆっくりと差し出された手は白くて細くて、繊細なガラス細工のように触れたら壊れてしまいそうな美味しそうな手で、騒動関係なしに両手で撫で回し頬ずりしたい衝動に駆られる。
大井から伸びた手は、一瞬戸惑った後に北上の肌に触れ、確かに重なった。安心したように微笑む北上に後光が差し込み、天使がファンファーレを奏でる光景を大井は見た。その衝撃は凄まじく、片方の外鼻孔に赤い筋をそろーりと忍ばせる程度には、大井を刺激したのだった。
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「提督 ! お話があります」
ドアノックの後に勢いよく開け放たれた、境界を跨いで大井が入室する。提督は書類とのにらめっこを一時中断して、ペンを傍らに置いた。大井の片鼻にティッシュが詰められてるのをみて、今さっきの間で何があったのかと疑問が浮かぶが、今はそのことを質問する時ではないだろう。椅子を軋ませて立ち上がると、直角に体を折り曲げて謝る。
「すまなかった」
先手頭を下げる、後手うろたえる。出鼻を初っ端からくじかれたことで、大井は想定していたリズムを狂わせた。正面切って、しかも上官である相手に唐突に謝られたのは、余りにも衝撃に足る出来事だったのだ。どちらともに非があり、対等な話し合いを望んでいた大井は焦ったように返答した。
「や、やめて下さい提督」
さっきまでの威勢は何処へやら、自らも体制を低くし、へりくだった提督に合わせて両手を扇風機のように振った。両者が歩み寄る。大井が提督の肩に触れ、頭を上げてくれと頼み込んで、ようやく大井が望んだ形からのスタートとなるのだった。数拍置いて、頭を下げようとした大井を今度は提督が制止する。
「待ってくれ大井、これじゃあいつまで経っても話が進まない。大井の誠意は確かに受け取った、だから一旦落ち着こう」
スー、ハ〜
部屋には互いが深呼吸する音だけ残し、今しばらくの休戦。落ち着きを取り戻した大井は、早速こう切り出した。
「この作戦、勝算はあるんですか?」
「もちろんだ」
「私達にしか出来ない仕事なんですか?」
「これ以上ない適任だと思っている」
「提督は....どうしてこの任務を受けようと思ったんですか?」
「それは....」
運命の別れ道。ここで提督が自分の立場と階級のためなどと、自己保身的な発言をうそぶくようでは、大井から更なる関心が向かう機会は、二度と訪れなかっただろう。かといって、明らかなその場しのぎは再び不信感を芽生えさせる苗床にもなり得る。結果、提督はしばしの熟考の後、様々な考えを交差させ答えを導き出す。
「平和な海にしたい」
誰もが辿り着きそうな幼稚な回答に、大井はその真意を汲み取ろうとジッと提督を見つめる。返ってきたのは、真剣にただ真っ直ぐにこちらを見据える提督の姿それだけだった。両者は無言のまま、時計だけが時を刻み続けることを知る。この空間を最初に抜け出したのは大井だった。
「....わかりました。少し癪ですが、一つ貸しと言うことで」
腕を組み、そっぽ向いて、確かに作戦を受け入れる言質を発した。提督の表情にも明るさが戻り、繰り返し感謝の言葉を口にする。
「ただし!!」
謝辞の言葉をぶった切って、クワッと顔を提督へと向けると、その続きを喋り出した。「今すぐこの貸しを返してもらいます! 北上さんばかり秘書艦をやらせて可哀想です! 即刻、私共々連休を要求します!!」
すぐそばのソファーを数度、バンバンと叩きながら、いつもの調子を取り戻した大井は訴える。秘書艦を引き継いですぐの頃は、仕事を処理するスピードが大幅に落ちてしまうので、北極作戦の案件を片付けるまでは厳しいんじゃないかと提督は苦笑いを浮かべる。
「うがぁ────!!」
それをどう勘違いしたのかわからないが、詰め寄ってきた大井が提督の襟首を掴みあげると、乱暴に前へ後ろへ小刻みに震わせるのだった。
────
やもりのようにドアに張り付き、話の行方を聞いていた北上は、先ほどの大井の叫びで耳を澄ませるのを辞める。ホッと胸をなで下ろし、和解が出来たことを自分のことのように静かに喜ぶ。しばらく様子を伺っていた北上だったが、頃合だろうと何事もなかったかのように執務室へと入室。
「き、北上さーん !」
部屋の中から、会話を置き去りにして高鳴る声は、誰もいない廊下までよく響いていた。
次回新章突入。
ペースアップ
出来たらいいな
直前で
後悔するも
後の祭りか・・・。
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