親しくなってからぶっ壊れるまで 作:おおきなかぎは すぐわかりそう
北上を秘書艦から下ろして数日がたった。
新たに見込みのある艦娘を迎え入れ、業務のほどは順調。北上が去った後、度々顔を出していた大井も自然消滅すると思いきや、なんと引き継ぎ業務を手伝ってくれた。いや、俺の認識が間違ってなければ、それはどっちかと言えば北上の仕事なのでわ....?
後で埋め合わせはするとして、うん。大きなトラブルもなくやっていけてる、嬉しい限りだ。北極作戦が終わり、後処理もひと段落ついて平和な日々を謳歌する。今日はお昼前には業務も残すところあと僅か。秘書艦を午前の内に切り上げさせ、俺は現在一人寂しく食堂への道を歩いているのだった。
何を食べようかと相棒の空きっ腹と共に食堂の扉を開けると、列に並び、メニューの中で最も存在感を放っていた海鮮ランチを注文する。列横・メニュー上・カウンターにと、しつこい程の海鮮ランチ押しに、大方、早朝に鮮魚類が大漁だったのだろうと窺い知れる。朝の騒がしさの原因はこれかと答え合わせをしながら、取れ過ぎたお魚処理に協力することにした。
溢れんばかりの海鮮丼を受け取り、さて何処に座ろうかと食堂全体を見渡して、今日はのんびり食べようと空席が目立つ奥側に座った。早速いただきますして一口、二口と手を付けたところで、ツカツカと足音が近付く。誰だろうと箸を止め確認すれば、北上がわざとらしくキョロキョロと周囲を見渡しながらこちらに近付いて来る。周囲には空いた席なんていくらでもあるのに、苦笑いを浮かべれば、北上はこちらに初めて気付いたと言いたげに目を見開いた。
「やーやー提督〜、奇遇だね〜」
「そんなワザとらしい奇遇があってたまるか」
「そんな冷たいこと言わないでよ〜」
そう言って隣の席を占領し、椅子を引き座ろうとしたところで、今度は数段速いツカツカ音が接近する。あぁ、こりゃもう、面倒なことになるな。
「さ、北上さん、こんな奴ほっといて一緒に食べましょう!」
俺と北上の間に割り割り込んでお盆を置くと、パンパンと等間隔に肩を叩いてきた。まるで鞭に打たれる動物の気分だ、感覚的には競馬に近い。俺、一応君の上官だよ?
「いた、痛いですよ大井さん」
「あれ提督いたんですか、北上さんに鼻の下伸ばしすぎてて誰だかわかりませんでした」
これまた大井も、今はじめて存在を認知しましたと言いたげに低いトーンでこっちを見下していた。絶対さっきまでのやりとり見てただろう、おい。"北上いるところ大井あり"とはよく言ったものだが、こうなるのが容易く予想できるから、北上が絡んできた時は注意が必要だ。これがドウゾドウゾと席を譲っていたら、何をされるかわかったもんじゃない。
「あれ、二人とも海鮮ランチじゃないのか?」
「う〜ん。今日はアジフライの気分だったんだよね〜。まあ魚だからセーフでしょ」
「まあアジフライ美味しいからな、たまに食べると....大井も魚か?」
「私は焼鮭です。....私達に文句があるようなら、顔面陥没させますよ」
「うん、めちゃめちゃ怖いからやめて貰ってもいいかな?」
そんなやり取りを終え、北上が呆れたようにこう言う。
「大井っちー、提督いじめるのかわいそうだよー。本当、提督のこと好きだね~」
「そ、そんな事は!! 北上さんに近付く悪い虫を駆除しようとしただけであってですね!?」
「う~ん。私の方から近付いていったんだけどな~」
ありとあらゆる身ぶり手振りを繰り返し、必死に否定する大井であったが、北上からは怪訝な視線が外されることはなかった。暇とは言え、飯食う手を止められてありがたがる人間はいない。
「とりあえず二人とも座ったらどうだ? 折角の温かい食事も冷めちゃうぞ」
「提督と相席でいいよね、大井っち」
「あ、えっと....はい」
「てことで、失礼しま~す」
大井は乗り気に見えないが、北上に押しきられる形で渋々了承を告げる。隣に北上が座る中、大井はこちらに睨みを効かせ、視線を右往左往させた後に北上の正面で落ち着いた。いただきますと二つ重なり、ようやくこれで食事を再開できる! なんて思ったのも束の間。
「提督の海鮮丼美味しそうだね〜」
「よかったら食っていいぞ」
「お、ありがとう提督〜」
横から箸が伸びてきて、天辺にあった白い薄ピンクの刺身をつまみ、自らの口に連れ込む。
「ん〜美味しい。これなんの魚?」
「え? うーん....タイ? かな?」
「へ〜。じゃあこっちの微妙に模様が違うやつわ?」
「んん? それが、タイかな?」
「じゃあこの白身魚は?」
「それが本当の....だめだ、さっぱりわからない」
どれもこれもタイに見えたところで投了。北上は全部タイじゃんと笑っていた。その光景を恨めしく、羨ましく見ていた影が一人。正面からとんでもないプレッシャーをかかる存在に、全身の体毛が総毛立つんじゃないかと錯覚した。咄嗟に頭を下げ、さっさとこの場を立ち去ろうと海鮮丼をかきこむため丼を持ち上げると、またしても声がかかる。
「はい提督、あ〜ん」
びっくりして横を見ると、アジフライを小さく割ったのを眼前に差し出してきた。....のだが直後、身を乗り出した大井が、ものの見事に口へと収めた。ほっぺたを両手で押さえて、音楽をかなで音符でも漏らすんじゃないかと思うほどのご機嫌な表情で体を動かしている。
「はい、あ〜ん」
これで終わりかとホッとする暇もなく、第二波が突貫して来た。北上は何が嬉しいのか、ニコニコと屈託のない笑みを浮かべ、アジフライを上下させる。....が、またも大井が体を伸ばして報酬を受け取った。今度口に入れたのは大きな切れ端だったので、今ので口の中はパンパン。針で一突きさせば、勢いよく空中に飛び上がりそうなくらい張り詰めていた。その光景を唖然と眺めて。あ、二度ある事は....。
「あ〜ん」
もういいでしょ! 目的が見えない北上は、またもズイっと箸を近付けた。流石に大井も限界なのか、咀嚼しながらもこちらに警告の眼差しを向ける。いや、睨まれなくても食う訳ないでしょうが。
「提督〜食べてよ〜、海鮮丼のお返しだよ〜?」
「それは土台無理な話だな」
「え〜、明日から任務サボタージュしちゃうぞ〜」
「徹底抗戦だ」
「なんだったら駆逐艦の子らと謀反を企てちゃうぞ〜」
「それは、ちょっと困るかな....」
「....艦娘の体温計舐め「わーわーわー!!」
な、なんで知ってんだよ!! 大井だろ! 大井だよなぁ!! あぁもうクソ。下手したら鎮守府の統率が取れなくなるぞ!! 大井に目をやる、少し申し訳なさそうにした後に、プルプルと首を振り続ける。
「あれ〜。変人に加えて変態の称号も欲しいのかな〜?」
こんの悪魔め。大井を見る。顔を赤く染めて、しきりに首をプルプルと振って訴え続けている。北上を見る、勝ち誇った笑みを浮かべこちらを見てくる。畜生ぅ、今まで積み上げて来た真面目な指導者としてのイメージがぁ。変人は、まあ甘んじて受け入れてもいいが、変態は今後のダメージが大きすぎる!! ....腹を括るしかない。
「あ〜ん」
口の中いっぱいの大井がそれでも顔を近づけるが、その口は開かれる事なく、文句の一つも訴えられずに未だに首を振り続ける。頑なに閉じられていた重い口が今開かれる、そこに衣を着たアジが影を纏うと、出口は閉じられた。
「ど~お? 提督」
「....うん、美味いよ」
視界端からのプレッシャーでろくに味わうことも出来ずに、当たり障りのない回答をすると、北上は満足したようにムフーと鼻の穴を大きくした。これ以上からかわれるのは体が持たんと、昼休み時のオフィス街並みの早食いで器を空にすると、"ごちそうさま"とモゴモゴしたあと席を足早にその場を逃げるように離れるのだった。
──────
────────────
──────────────────────
午後になり、残すは最後のお仕事。資材補充のため、離れにある倉庫にそう多くない物資を運んでいる時のこと、幾分か重たい荷物を両手で運んでいると。
「提督〜」
背後からの声に恐る恐る振り返ると、北上が"ヤッホー"と片手を胸の前でフリフリ、挨拶する。....周囲に敵影無し、進路クリア。一気にタガが外れ、息を一つ吐き出した。
「なんだ北上だけか、大井はどうした」
「大井っちは今デート準備中」
「二人でどこか出掛けるのか」
「うん、ま〜そんなとこ。提督も一緒に行こうよ。今日のお仕事終わりでしょ?」
「いや大井がブチ切れるんじゃないか?」
「大丈夫だよ〜」
何を根拠に言ってるのか全くもって不明だが、触らぬ神に祟りなし、この言葉が答えだろう。さっさと倉庫に納品しようとするのを、北上が易々と追い越して、倉庫入口の扉を閉めて背中を預け通せんぼ。
「あの、開けてくださいませんか北上さん」
「ん? や〜だ」
ニッコリとした否定の言葉に、やな予感が再燃する。
「もうさっきみたいな脅しには屈しないぞ」
「あーそっか〜、それは残念だな〜」
これ以上艦娘に舐められる訳にはいかない。いや別に故意に舐めたわけではないのだから、ビクビクする必要もないじゃないか。たとえ誤解が広がったとしても、彼女の誤解だけ解ければいいじゃないか。彼女ならきっとわかってくれるし、あんなに怯える意味もない。経験と実績は簡単には消えないんだから。倉庫端に近付き荷物を一旦置こうとした時だった。
「え〜い」
何を血迷ったのか、北上が寄りかかって来て手足を体に絡めてきた。
「バ、バカ。やめろ」
「提督が頷くまでやめませ〜ん」
半身を特にどこがと言うのは控えさせていただくが、全体的に柔らかく包み込まれると、腰が引けてパニックに陥る。荷物を持っているため、振り切ることもままならずにされるがまま。
「大井っち来ちゃうかもね〜」
「冗談じゃ済まされないから本当にやめてくれ」
「あ、そうだ、写真送っちゃお。いぇーい、ほら提督笑って笑って〜、ピ〜ス」
「わ、わかった。行くから、行くからもう勘弁してくれ」
「ふー。やっと折れてくれたよ〜」
一仕事終えたと額を拭う動作をした後、倉庫の扉を開け放った。こんなんじゃいつまで経ってもいいようにされてしまうと暗い表情を浮かべ、新しい天敵の出現に辟易とするのだった。
──────
────────────
──────────────────────
『場所は最寄りの映画館ね〜。はいこれチケット、現地集合だから遅れないように。後ばっくれたりしたら承知しないからね〜』
誰もが虜になるような抜群の笑顔で北上はこう言った。現地集合らしいので、文句はあるが、映画を見るだけならそこまで危険もないだろう。....多分。過去にマグカップを買いに来たことがあるショッピングモールに併設されているシネマに着き、暗い色調が占めるあの独特の雰囲気に久々に触れながら、待ち人がいないか周囲を見回った。映画ポスターが貼られた柱により沿っていた大井を発見。一瞬行動に迷ったが、手を掲げてアピールしてみる。
「え゛」
「え?」
「なんで提督がここにいるんですか」
「いや、北上におど....誘われて映画にでも、と」
提督の姿を確認した途端に酷い顔を披露する大井に、提督は情報が伝わってないのかと首を傾げる。そういえば北上の姿が見当たらない、お花でも摘みに行ってるのだろうか。何かを察した大井はスマホを取り出し数分弄った後、盛大なため息をついた。
「チケットは元々二枚だけ....これは、提督に騙されましたね」
「いや俺じゃないだろう」
「なんですか! 北上さんが騙したとでも言いたいんですか!?」
「いやどう見てもそうだろう」
「なんなんですか本当に提督、私に気でもあるんですか、昼間のだって、その....ッ!」
そう言いかけてそっぽ向いた。落ち着いた光量でその表情は窺い知れないが、よくよく考えれば大井は違う理由で首を振っていたのかもしれない、もはや後の祭りだが。
「取り敢えず....そうですね。折角来たんですし映画....見て行きましょうか」
「まあ、それが一番妥当だな」
「....ポップコーン食べますか?」
「映画館の必須品だろ? もちろん。ここはやっぱり定番の」
「「............」」
「なんで映画館に来てまで普通のヤツ食べるんですか、ケチくさいですよ」
「上官にケチ臭い言うな、シンプルイズベスト。キャラメルは余計喉が乾く」
「「............」」
「ジャンケンで決着つけるか?」
「....そうですね」
「私の勝ちです、キャラメルに平伏してください」
「いや、"最初は"から始めないと「キャラメル買って来ますねー」あ、人の話を区切るな」
「飲み物はコーラ以外でいいですか?」
「コーラになんの恨みがあるんだ....」
「あんなの黒い砂糖水ですよ、何にします」
「....コーラで」
「はい、砂糖水ですね」
そう言い残してフード販売の列に並ぶ大井。世界中のコーラファンを敵に回したんじゃないか? というか、キャラメルのポップコーン自体も砂糖の塊がへばりついてるんじゃないかと....。いやまあ言わないけども。俺もドリンクの列に並んで、久しぶりの映画に気持ちを昂らせたりするのだった。
──────
────────────
──────────────────────
「242、242....。あった」
まだ明るい劇場内。紙に書かれた座席番号を探し当てると、ポップコーン片手に椅子を倒す。場所はスクリーンを正面に中段、正面席チョイ右。なかなかいい場所だ。
「....」
チューチューと、ストローを介してお茶に口を付ける大井が、隣席の241に座る。真ん中にポップコーンをセットし、ここで始めてポップコーンに手を付けた。手にとったのを確認すると白・茶色、比率半々のポップコーンだった、ハズレだな。そのまま口に放り込むと......なんだ、案外美味いじゃないか。
「どうですか? ノーマルより断然美味しいですよね?」
「まあ、たまには悪くはないな」
どこか勝ち誇った表情を浮かべる大井は、バケツ内のポップコーンを選り好みして、カリッカリにキャラメルでコーティングされたブツを口に運んだ。
「おい、その食い方は悲劇を生むぞ」
「うるさいですねぇ。まだこんなにあるじゃないですか、そんな細かいから体なんか壊すんですよ。あ、あとモテない」
「いや、うん........。」
ノーコメントでお願いします。鼻で笑う大井にも一様忠告は届いたのか、それっきりバケツを覗き込む事はなかった。心にダメージを負って一安心。それからは会話も途切れ、しばらくすると劇場内も暗くなり、映画館の予告やCMをなんとなく眺める。今回観る映画は、とあるアクション映画。深海棲艦の襲来によって計画が凍結していた作品らしく、ある艦娘に聞いた話だと相当に面白いと息巻いていたので、結構期待していたり。だがまさか大井と二人っきりで観ることになるとは....お、アタリだ。モソモソと口を動かして、砂糖を砂糖水で流し込んで。なんで俺が嵌められたんだと考えていると、本編が始まった。
「んーん! 面白かったですね提督」
ぐーと伸びをして満足げに語る大井に、提督は微妙な表情を浮かべていた。
「ん? そうか? 確かに面白かったけれど....」
つまらな過ぎて眠ってしまう事こそなかったが、元々の期待が大きかっただけに、なんだか消化不良を起こす結果となった。そんなこととは露知らず、大井は手早く荷物をまとめて立ち上がる。普通。こう言ったのは逆じゃないのか? アクション映画を熱く語る男、それに冷める女。今度会った時なんて感想言えば良いのやら....。
「今度は北上さんと恋愛映画を....!!」
それでも大井は楽しかったらしいし、もしかしたら男が楽しめないアクション映画だったのかもしれない。切り替えて、大井に提案をする。
「引き継ぎを手伝ってくれた礼もあるし、見たい映画があればペアチケットでも見繕おうか」
「ほ、本当ですか提督。いえ、どうせならお休みが欲しいです!」
「わかった。いつになるかまだわからないが、帰ったら調整しておくよ」
「はい! お願いします」
ご機嫌な大井の背中を見つめ、結果オーライと余りのポップコーンを口に入れる。ほとんどノーマルの映画のお供に、"塩が足りない"と心の中で呟くのだった。
6556