親しくなってからぶっ壊れるまで 作:おおきなかぎは すぐわかりそう
引き続きお送りします。
朝を告げる小鳥のさえずりが耳に心地良い。
澄み切った青空は、見上げる者の意識すら連れ去ってしまいそうだ。
未だに冷たい風が頬を撫でる早朝。田舎寄りなのが幸いしてか、歩を揃える二人以外に人影は見られない。
社会が動き出す前段階。そんな時間帯でも、働き者の鶏のように毎朝"恵み"をもたらす存在は、こんな片田舎でも実在する。最近は景気が回復したからか、早くから店を開ける所も増えて来た。
リクエストである"美味しい麻婆豆腐"であるが、別に大きな括りであればない事もない。細かく気にするなら、中華系か、中国系か、四川か、福建か、広東か? まあ有名どころは四川麻婆だろうか。
これではまるで近所のマーの付く物を食い尽くすまで終われないじゃないだろうか。折角の貴重な休日は大井のために消え失せた。いや、辛いの食えるんだから良くないかと。
けれども、本来やりたかった(今さっき思い出して、今さっき決めた)マップ埋めが出来ないのなら、それは休日を楽しめていると言えるのだろうか? 味の良し悪しも分からない店に、大井を連れ込むこともできない。結局どちらか一方の要求しか通らないのだ。
「それで、何か詳しいリクエストでもあるのか? 中華系か中国系ぐらい指定して貰わないと……」
「北上さんが好きそうな奴でお願いします」
「あ、はい」
大井ですら分からないのに、一体俺にどうやって北上の好みをどう推し量れと? せめて的を絞るのが礼儀ってもんだろう。……今怒っても仕方ないんだが。
候補は一応いくつかあるが、近い場所から攻めて行くのが賢いか。あーぁー滅多にない休日なのに。もう止そう、この状況からでも楽しむ努力をしなければ。ほら、気まずくなって大井が景色を見始めた。何かしら会話を振ってやらねば。
「しかし突然だったな。大井はいつもこんな感じで北上の要望に応えているのか?」
「えぇ、大体月に一回のペースでリクエストが来るので。大井っち、また腕を上げたね、すごく美味しいよ。って言われる瞬間が飛び上がる位に嬉しいんです!!」
「あはは、そうか。大井は優しいんだな」
「はい! 北上さんのためなら、たとえ火の中水の中。です!!」
「今度の麻婆豆腐は遠征前のリクエストか?」
「そうです! 明日の夜に遠征先から帰ってくる予定なので、それまでには形に出来たらなと」
「そうかそうか。取り敢えず俺の知ってる限りで近くておいしいお店を順に回っていくからな」
「提督のおいしいの基準に不安が残りますが、まあよろしくお願いします」
「……」
大井との会話は比較的楽な方だ。
適当に北上に関する話題を提供してやれば、ふつふつとして語り出す。それに適度に質問や相槌を返してやれば大井のご機嫌は尚良くなる。トリガーを引けば勝手に喋り続けてくれるので、熱心に相手しないだけマシか。
その後も、大井が気持ち良く喋れるような話題を提供し続け場を持たせ、最も近い中華料理屋に無事辿り着くのだった。
店内に入ると、扉に備え付けられたベルが来店の知らせを店主に告げる。一拍ほど開けて、奥まった厨房から暖簾を掻き上げ、店番の中年女性が顔を出す。
「はーい、いらっしゃい。あら提督さん、と艦娘ちゃん? こんな朝早くからお熱いのね。何にします?」
「いやいや、そんなんじゃないんですよ。麻婆豆腐って作れますか?」
「そうねー、朝から食べる代物じゃないけど。二つ? 一つ? それだけね? ほらあんた、お客さんだよ!! いつまで新聞読んでんの!!」
寂れた店内に響く声。
何処か昭和な香りを覗かせる店内。威勢よく手を振り上げて暖簾の奥に消えて行く彼女は、成敗を終えたのか、さっきまでの怒号が嘘のように穏やかな顔をして戻って来た。お絞りとお冷をお盆に載せて、広々とテーブル席に腰掛けた二人の前に配膳する。
「ごめんなさいねー。ちょっとだけ時間掛かると思うんだけど、気悪くしないでね?」
「いいえ、お構いなく」
水に口付け、喉を潤し、大井の機嫌が悪くなってないかチラリとみる。大井も同じように水を飲み、もの珍しいのか店内を見回して物色していた。どうやら怒ってはいないようだ、ひとまず安心。
「鎮守府の近くにこんなお店あったんですね」
「ここら辺はあんまり通らないか? 目立たない所にあるが、しばらくすると地元民でカウンター席まで埋まるぞ」
「顔馴染みっぽかったですけど」
「んー、常連と言えるまでは通えてないんだけどな」
「特徴がない顔なんで、記憶に残るんじゃないですか?」
「つまらない顔で悪かったな」
ふふふと笑う大井から視線を外し、改めて今回の目的を考えてみる。北上が納得しそうな麻婆豆腐ね。もう出来ればここで終わってくれないだろうか。お昼に近付くにつれて当然店は混んでくる。待ち時間が多くなると流石に喋る事もなくなってくる。気まずい時間は出来るだけ減らしたい。
紙ナプキンに店の名前だけ書いて渡すのはダメだろうか、爆弾処理とか言うふざけた命名がついてるから厳しいか。休日まで艦娘の接待をするなんて、とんだ上官だよ本当。
軽く会話を挟みながら、あれやこれやと考えをめぐらす。店内には時折の会話と、中華鍋を高温で煽る音、それと耳に付く笑い声を繰り出すテレビの音声が占めていた。
……北極作戦が無事に終了した今、精鋭である北方方面軍の必要性は低くなった。今頃、俺の嘆願書も精査を受けている事だろう。
次の大規模作戦は何処だ? 南、北と来れば必然的に東、上層部もこの勢いに乗りたいはずだ。太平洋は広いからな、今は力を溜める時期なのかもしれない。
だがもう十分に耐えてきたじゃないか、ミリタリーバランスひっくり返したいんだろ根畜生。文句言わずに出せよ戦艦を。過去の因果がどうだってんだよ、何の為にここまで築き上げて来たと思ってんだ。大体長門が沈んだ時も……。
「はーい、お待ちどうさま。特製麻婆豆腐お待ちね、取り皿ここに置いとくわね、どうぞごゆっくりー」
結構時間が経っていたようだ。大井を放置してしまっていて大丈夫だったかと顔を向けたが、運ばれてきた麻婆豆腐に意識が向かっていて、俺も視線をお目当てのものに向けた。
豆腐にひき肉、ネギ。全体を真っ赤に染めるのは、そら豆と唐辛子を発酵させた調味料、豆板醤ほかカプサイシンの倍プッシュだ。麻婆豆腐が赤いのと辛いのも当たり前である。他には酒や味噌なんかを入れて味を調節。白い豆腐のせいなのか、赤さが余計際立つ。
レンゲで必要な分をすくいとり、久々に眼前にご対面。うーんいつ見ても映える赤さである。さっきまでのイライラを帳消しとし、寝不足の頭にカプサイシンが染み渡る。
「こ、これ本当に食べて大丈夫な奴なんですか?」
「当たり前だ、全部食い物の錬金物だ。好んで食うのは人間くらいだが……。折角作って頂いたんだから取り敢えず食え」
レンゲを近付けたり遠ざけたり。寄せる度に歪んで背ける顔。始めから飛ばしすぎてしまっただろうか。こんなのまだ序の口だぞ。よりにもよってこの俺に指南を仰いだのだ、容赦する訳ないよね(ゲス顔)。
意を決したのか、覚悟の決まった良い面構えでいざ尋常に勝負。パックリと口に運んだレンゲ。そのまま探るように、頬から頬に数往復泳がせて慎重に味を見定める。
辛さの本命はあとからやってくるものだ。大井は疑問符を浮かべて、予想していたよりも辛くないことに拍子抜けと言った所だろうが、ほら此処からが本番だぞ。
徐々に凶暴性を露わにする麻婆豆腐に、段々余裕の表情が消えていく。剣山でも口にねじ込んだかのような激痛に顔を赤く染めて、気化した辛味成分が呼吸器を刺激し、咳が止まらなくなる。口内の温度を冷やすように半開きとなった口には、緊急出動したお冷が到来。至急、消化活動を開始する。
残念ながら、諸悪の根源であるカプサイシンは水では洗い流せない。対抗措置がない事もないが、日頃の仕返しだ、今しばらく痛みと辛さに悶え苦しんで頂こう。
「すみませーん! 牛乳もらえますかー!」
「はーい」
未だにチビチビとお冷を口に含んでいる大井は、この言葉にこちらを睨み付ける。悪い忘れてたとお茶目にウインクして謝りを入れると、大井が二の腕に危害を加えて来た。握り拳で、体重の乗った一撃一撃に耐え忍ぶ。
「はいはいはい、お待ちどうさまー」
急遽運び込まれた牛乳を、鼻を啜りながら手に取り口に含む。ようやく落ち着きを取り戻した大井は、未だに悪さを働く唐辛子の残党を掃討する為、傾けたコップのミルクに舌を出して洗浄を始めるのだった。
眉を八の字に曲げて、瞳を潤ませて熱心に舌を看病する様は、……正直に言ってざまあみろと思ってしまった。けれども流石に心が痛くなって来た、……もう辞めにしよう。
「残りは俺が食おうか?」
「ずず。いえ提督、食べれます。辛かったですけど、コクがあって美味しかったので」
「あんまり無理しなくて良いぞ、一旦妥協することも人生には大切だ」
「ずず。嫌です、意地でも食べます」
「北上根性は凄まじいな。それなら無理に止めたりしない、ほれティッシュ」
「ずず。ありがとうございます」
ティッシュ箱を受け取った大井は一枚二枚と取り出して、ちーんと目一杯鼻をかんだ。
ふっ、コクがあって美味しいか、嬉しいこと言ってくれるじゃないか。このペースだと牛乳足りなくなるんじゃないか?
「牛乳の追加いるか?」
「んん゛。お願いします」
「すみませーん」
この後、ガッツを見せた大井が有言実行し、最終的にコップ三杯分の牛乳を飲み干して完食した。途中助け舟は出したものの、半分以上は大井の腹の中だ。肝心の北上に出すレシピ考察のため、麻婆豆腐についての質問をいくつか店番のおばさんに尋ね、うんうん唸りながらメモ用紙にペンを走らせるのだった。
まばらに店内が混んできたのを合図に、二人は勘定を済ませてお店を出る。付き合わせといて金も出させるのは悪いと言い、財布を取り出す大井を静止、料金は提督持ちとなった。
元々お金の準備は万端。一品だけを頼んで回るのでは、そんなにお金も掛からないだろうと軽く大井の進言を却下した。何より、さっきまでの憂鬱な気持ちが嘘のように晴れ晴れしている。北上に対する大井の愛が、提督の心を動かしたのだ。
大井に対して意地悪したことも手伝ってか、何を偉そうにと言いたい所だが、今提督は大井に協力的だ。
「すみません提督、代金払って頂いて」
「うんやいいよ。それより悪かったな、何の用意もしないで食べさせたりして」
「いえ、もう気にしてませんので」
提督に先導される形で付き従う大井は、ゆっくりと首を振るう。出来た部下を持つと、こっちが情けなくなってくる。頭を掻いてむず痒い思いを払おうとしたが、心は中々晴れてくれなかった。
「レシピの概要が知りたいんだったら、格式張った店には入りづらいよな?」
「いえ、決してそんなことは。麻婆豆腐自体は料理本を見れば作れなくはないですからね、あくまで後学の為です」
「うーん、そうか」
じゃあわざわざ今日回る必要なくね? いやいや大井のことだ、安易に浮かばないような深い理由があるのだろう。うん。
腕を組んで、一人勝手に納得する提督を横目で見て、大井はふと浮かんだ疑問を言葉にした。
「他の艦娘を激辛料理に誘ったりしないんですか?」
「……いや。普段の態度があれだからな、誰も好き好んで苦行の道に進んだりしないだろう」
「じゃあ私は相当な物好きってことですか」
「そうなるな。となると大井がはじめてになるのか」
「えー……、それは、不名誉な称号ですね」
突如として降って湧いた優越感に、大井は戸惑いながらも嫌な感情は抱かなかった。飲み下し、胸の奥で鼓動するこの気持ちが、この先どう変化するのかを大井はまだ知る術を持たない。
「それで。行くんだろ、まだ何軒か」
「は、はい。案内お願いします」
しょうがないなーとぼやきながらも、先行する提督は乗り気の様だ。その後ろ姿を眺めて、追い縋るように駆け寄った大井。次の目的地に着くまでの間、取り止めのない会話が両者を繋ぐのだった。
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「今回で十三件目だな、陸奥クン」
「…………不吉な数字ですね」
「はー、そう言ってやるな、これでも彼は優秀なんだぞ。第一、君の教え子じゃないのか」
「…………」
「だんまりか。……北方方面軍も近々解体が決まった。当然だな、もう前ほど敵は強大ではない、なんだったら航空機で事足りる。……あんまり言いたくないのだがね、これ以上彼の要求を断るのもこっちとしては限界なのだよ。もう君のことは守ってあげれない。十四件目が届くまでに、進退の決定はしておいてくれよ?」
「…………」
「それにしても、最後の攻勢目標が君達の始まりの地だとは、何かの因果かな? 君のような優秀な者達にも作戦に加わってもらえれば、これ程心強いこともないのだがね?」
「……私でなくとも、大和がいるではありませんか」
「それは嫌味か? 敵とのダメージレースを念頭に置いた超ド級戦艦が、今戦争で活躍し、なおかつ経験も積めるとでも? 君は……例外だがな」
「「…………」」
「わかった。言いたいことはそれだけかといった顔だな。よろしい、もう用は済んだ、帰りたまえ」
「失礼します、提督」
バタン
北の寒さは日に日に厳しくなる一方だ。吹き付ける雪が不協和音に窓を揺らし、こびり付いた雪が虚しさを運ぶ。寒さが滲み出すこの部屋は、提督には非常に堪える。そんな彼にとってハワイの地は、未だ遠くに。