親しくなってからぶっ壊れるまで 作:おおきなかぎは すぐわかりそう
これでいいのか感はある・・・。
最近大井に避けられている気がする。
目は合わないし、顔も合わせない、喋る機会もめっきり減った。だがふと気が付くと、隠れた場所からこちらを伺っているようだった。
大井の不思議な行動に特に文句はない。しかし、戦績が落ち込んでいることは頂けない。今回で三週連続、過去最低戦績を右往左往している。
一時は艦隊全体の問題かもと疑ったが、試しに演習を何度か視察してハッキリした。明らかな上の空、散発する細かいミス、得意であった連携も上手く機能せず。明らかにあの時の不調を引きずっているのではないだろうか。
北上からはコンタクトはなく、任せると言った手前、ズカズカと分け隔って介入するのも後味が悪い。取り敢えず計画を変更して、北上と業務を被らせるように対応はした。
もしこれで改善されなかったら、よその鎮守府への転属も視野に入れなければならないな。まあ今回が始めてってわけでもあるまいし、なんだったら前線を退く選択肢も艦娘には残されている。どちらにせよ、あまり無理をため込んで潰れてしまっては、この鎮守府の評価にも関わるのでやめて欲しいものだ。
主力級の人選喪失は痛手だが、その穴を埋めるために是非優秀な戦艦の斡旋を!! と掛け合ってみるのもいいかも知れない。またしばらく間を開けないと不審がられるので、今しばらくのおあずけだが。もはや何度書いたかわからない、書類の内容を頭で編集して、ズタボロの海戦結果をまとめた用紙にハンコを押し、"処理済み"と書かれた枠組みに放り込むのだった。
それにしても、一体上層部は何を考えているのだろうか。今更戦争に縛り付ける必要性は疑わしいが、こんな銀の輪っかで能力が上がるのなら、もう少しマシな物は作れなかったのかね。少数生産と銘打ってクリスマスプレゼントの如く配られたこれを、どう処理すればいいのやら。
データが取りたいとやらで、期限が設けられていた気がするが……。こんなチンケなもので愛を囁くね、肝心の相手がいなきゃ意味ないだろ。一部の秘書艦には周知されているから、なるべく波風立たせずにことを終わらせたい。手元で弄くり回す、青く毛羽立っていた小さな箱は、"保留"と書かれた枠組みに取り敢えずで放置される。
「クソ提督はカッコカリの相手、誰選ぶのよ」
「んぁ? それお前らに関係あることなのか?」
「か、関係ある訳じゃないけど。なんだか、そう、気になるし」
そう言って作業の手を止めたのは、綾波型駆逐艦の曙だ。最近再び秘書艦になってもらったのだが、予想に反して会話が増えた。いや業務中は喋るなと言いたいわけではないが、こんなに饒舌だとは思わなかった。脳裏には"ん"で会話し合う懐かしの日々が。
「なんだったら曙もらってくれないか?」
「バ!! バッカじゃないの!? もっとこう……雰囲気みたいのないわけ!?」
「頼む曙もらってくれ!! 土下座でも靴舐めでもなんでもするから!!」
「あ〜もう!! そんなんじゃなくて!!」
まだ誠意が足りないのか!? 相変わらずキツイ対応に後退り。どうやら曙は無理そうだな、大人しく他を当たることにしよう。
全く、ただでさえ毎日の業務で忙しいのに、安易に仕事を増やすようなことしないで欲しい。偉くはなったが苦労が増す日々。畜生、陸奥の写真集よこしやがれ!! 過ぎ去ってしまった過去は、どんなに喚いても帰って来ない。これも終戦までの辛抱だと自分に言い聞かせて、今日も渇いた毎日に、身も心も捧げるのだった。
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「グァ〜やっとお昼だ、休憩だ。飯にしよう飯に」
「なに言ってんのよ、あんた途中で抜けてたじゃない。公然サボり魔よ全く」
「いや、あれは純然とした業務の一貫であってだな?」
「ふ〜ん。毎回艦娘達に言い寄って回って、鼻の下伸ばして何処が業務よ」
軟禁状態から解放された提督は、待ってましたと立ち上がり、足取り軽く食堂への道をひた走る。その動きに曙が文句をつけた。大井にも言われたことだ、そんなに施設全員と会話するのはいけないことなのだろうか。それとも本当に鼻の下が伸びているのかも知れない。そんなわけあるか。
「俺がパラダイス天国したいがためにしつこく付き纏ってると思ってるのか?」
「そ、そうは言ってないでしょ。後、何よパラダイス天国って……」
「伝わってるんだからいいだろう」
「それでもやっぱり気にする艦娘はいるわよ?」
「そんなこと言われてもな……」
陸奥と交わした約束がある。まだ半人前だった自分からすればそれは心の支えで、今でもそれは生きている。おいそれとやめられるものではない。それをしてしまえば、今まで辛い戦いに耐えてきた自分を否定してしまうことになるから。
「まぁ? こんな抗議で諦めるようなあんたじゃないんでしょうけどね」
「……あぁ。こればっかりは通さなきゃならない『意地』みたいな物だからな」
「ま、せいぜい潰れない程度に頑張ることね。もし潰れたら私が面倒みてあげないこともないかもね?」
「そうだな。そん時は世話になるかも知れんな」
「あんたそれわかって言ってるんでしょうねぇ」
腰に手をやって、こちらを訝しむように見つめる曙。他の候補については飯を食いながらでも考えるとするか。
「まあいいわ。綾波達とお昼食べるんだけど、どうしてもって言うなら特別に「悪い曙、考え事したいからお昼は一人で食わせてくれ」
遮って本当にすまないと思うが、目下最大の課題をどうにか早急に片付けたいのだ。ぶっきらぼうに言い放って、曙の横を素通りし、無情に扉を開け放って外に出た。
食堂への道すがら。事情を察し、黙って受け取ってくれそうな艦娘をああでもないこうでもないと頭を悩ます。ハッキリ言って、送られる相手は迷惑甚だしい。悪事千里を走るではないが、この鎮守府の情報伝達スピードを舐めて貰っては困る。戦友として長く付き合っていくためにも、たとえバレたとしても、義務感丸見えでチョーウケるんですけどーな状態になるようにしないと。
「おー提督ー、難しい顔してどうしたのさ」
「あぁ飛龍か。あいや丁度良い飛龍、もし良かったら指輪をもらってくれないか?」
「えぇー!! あの指輪ってそんな適当に決めていいものなの? てか私、多聞丸loveなんですけど」
「いや多聞丸loveだからこそもらって欲しいんだよ飛龍!!」
「なおさら意味わかんなくなっちゃったんですけどー!」
「頼む!! 黙って貰ってくれ!!」
「私は多聞丸一筋なのでー!! さらばだー!!」
「あ、待て。あぁクソ! 逃げられた。流石に多聞丸レベル高すぎたか……」
出会い頭の会合に、適任と睨んだ提督の提案を飛龍はひと蹴り。要点は伝えられたものの、詳細に足を止めてくれること叶わず、早とちりがご破算を招いた。なんでだろう、俺はここまで人望がなかったのか? だんだん死にたくなってきた。
心柱にあたる陸奥の加入は未だ目処は立たず。愚痴を溢す相手も限られる中、自費でもなんでも愚痴り合いの席を設けようと、心に固く決めるのだった。そんな暇があるなら、なのだが。
もっそもっそと白米とおかずを咀嚼している。側から見れば提督は、動作の遅くなったパソコンのように、半人半霊のように作業効率を半分にして動いていた。現在に至るまで複数の艦娘に声を掛けこそしたものの、結果は惨敗。一人ぐらい黙って貰い受けてくれるだろうと言った、根拠のない自信をことごとく打ち砕いた。
結局、これと言った打開案を見出せぬまま昼食は腹の中へ。二つの影が、遠目からタイミングを伺っていることに、提督は最後まで気付かなかった。
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執務室へ戻る道を折り返す。途中の曲がり角を無視して直進するのが正規ルートだが、脇道からはどうもヒソヒソ声が。飛び出されては危ないと、車線変更で警戒は怠らないが、前触れなく大井が飛び出てきた。それも、自らの意思で提督の視界に映ったようにはどうにも見えない。慌てたように元の場所に戻ろうとするが、その慌てぶりをジーと見つめる提督に動きを止める。スカートを握って、ゆっくり向き合い、顔を桃色に染める。
「大井だったか。最近はどうだ? 大丈夫そうか?」
「……はい。えっと、おかげさまで、です」
どこかぎこちない会話、明らかに普段見ない様子。本当に大丈夫なのかと首を傾げたくなる。この間も目線は交わらない。本格的に大丈夫なのかこれ。本人の体調は本人にしかわからず、他者が慮るのにも限界が生じる。大井がそう言っているんだからそうなんだろう。
そう割り切って、この場を立ち去ろうとした。あいや待て、大井に指輪を貰ってもらうのはどうだろうか。いやいや、今の彼女に指輪を押し付けるのもなんだかかわいそうだ。いつまでも無駄な時間を過ごしているのを秘書艦に見られたら、またどやされる。転属候補だけは絞っておくか。再び動き出そうとするのを、今度は大井が両手を広げ通せんぼした。
「や、待ってください! あの時のお礼が済んでないです!! その、あの時はお騒がせしました。不安定だったと言うか、なんと言うか。それと殴ってしまって……すみません」
「そんなこと、気にしないでいいから……」
言葉尻が萎んでいく。義理堅い彼女のことだ、言い出せなかったことを相当根に持っていたのだろう、今更謝罪なんてと笑い飛ばせる空気じゃないらしい。……大井も頑張っているんだ。ここで戦績が悪いからと、養鶏場の鶏のように、経済動物のように切り捨てるのはいかがなものか。揺らぐ信念。今に至るまでの後ろめたさ。それらが合わさり、今度は提督から切り出した。
「ちょっとついてきてくれ」
「え、ちょっとってなんですか? え? へ?」
大井の腕を引っ張って、早足で向かう執務室への道。なんのこっちゃと当初は抵抗の意思を示す大井。提督が纏う空気の流れに、普段とは違うものを感じ取り、それでも大人しく付き従ったのは今までの行いの集大成か。
三歩ほど進んだところで反抗するのをやめる。不安げに見つめるその先には、かつて持ち上げられた時と同じ顔を見て、フラッシュバックに目線を逸らす。執務室の扉を開けると、手を離し、先行して提督が机上を弄る。なんだろうと気になり、首を伸ばして伺う動きは、提督が振り返った事で中断された。提督の手には青い箱が。
「よかったらこれ、受け取ってもらえないだろうか」
「……はへ?」
それには見覚えがあった。噂ながらに聞いていた、自分とは縁遠いだろう代物。真意を邪推しようとするが、こんなもの一つしかないだろう。ケッコンカッコカリの文字が押し寄せ、他の考えを駆逐し締め出し、高鳴る鼓動と共に押し寄せる。
いつから? 抱き上げた時にはもう? やけに私に優しいと思っていたら。いや、いやいやいや、いやいやいやいやいやいや。
ろくに相手の目など見れない、なんだか漏れ出てはいけない感情が出てきそうな気がするからか。その場の空気なのかなんなのか、なんの躊躇もなくもらい受けようと手を伸ばす所は自分でも驚いた。
あれだけ悪態をついていたのに、何を今更。そんな思いが反響する。待て待て、一旦落ち着こう。流されそうになっている。自分をしっかり持つんだ。主導権はこちらにある。一際大きく息を吐き出すと、腕を組み、いつもの調子を取り戻そうと斜に構える。
「なんですかこれ」
「なにってこれは、指輪だろ?」
「いや、そう言うのじゃなくてですね」
頭痛が痛い。じゃないが、頭を抑え、どう説明すればいいのかと熟考する。……また相手のペースに乗せられている。その事実に顔を曲げて、ここから一気に巻き返そうと、吹っ切れたかのように腕組みを解いて青い箱をひったくり手中に収めた。
「貰ってくれるか大井?」
「いやだと言ったら、どうなるんですか?」
「それは……ちょっと困るな」
悲しそうに俯く提督。気持ちが同情的になってしまうのを引っ張り戻す。平静を保つために、片手で強奪した箱の形を確かめるように握る。私がこれだけ渋るのも、まだ裏があるんじゃないかと迷いが生じているからだ。
「提督の……誠意がみたいです」
「……」
提督は、曙の言葉との重なりを覚える。たかだか指輪程度で大袈裟な、と切り捨てるも良し。しかし本当にそれでいいのか、もしかしたら自分にこそ非があるのではないだろうか。
せめて内に秘めた好意位はストレートに伝えてあげないと、面倒事を背負い込む彼女に失礼なんじゃないのか? ふっ、そんなことに今更気付くなんて、やはりまだまだ尻が青いな。陸奥に合わせる顔がないよ。仕切り直そう。指輪は再び提督の手に渡り、帽子を置いて向き合った。
「大井、もう君しかいないんだ。俺の気持ち、受け取ってくれないか?」
「……まあ、妥協点と言った所ですかね」
俯きボソボソ言った大井は、目線だけを差し出された指輪のケースに移し、傲慢に素早くその手に握り込んだ。胸の内に抱え込むと、提督を見向きもしないで振り返り一言。
「急用を思い出したので失礼します」
呆気なく閉じる扉。かける言葉とタイミングを見失っていた提督は、扉の留め金が擦れる音の後、枠内にきっちり収まりバタンと鳴って我にかえる。出来る事ならば指輪をはめさせ、効果の程を聞こうと考えていたのだが、その当人はすでに遠く。
「ちょっと、一体なんの騒ぎなのよ」
「? 何かトラブルか曙」
「トラブルもなにも、今顔を真っ赤にした大井とすれ違ったんだけど。あんた、なんか怒らせるようなことしてないでしょうねぇ」
「!?」
入れ違いで入室してきた曙は、提督にとっても予想外の事実を告げた。もしや大井の妥協点と言うのが、ナシよりの妥協点だったのかもしれない。アチャーと手をやる提督の前には、尋問の魔の手が迫っていた。
この火照った顔を見られた。大井は人気の少ない脇道で、苦しくなって水面から顔を出すように息を吸い込むと、短い間隔で呼吸を繰り返す。
いや、落ち着け、まだ提督に私の動揺がバレたわけではない。落ち着くんだ私。意識的に深く呼吸する。胸に手をやって、早まる鼓動をなだめる。手に残された確かな感触が、先程の出来事が夢でないことをつぶさに主張していた。
先程の告白が今一度リピートされる。頭のてっぺんから爪先まで染み渡り、重要な情報として脳に刻み込まれる。イコール。この鎮守府内で、提督が最も好意を寄せる艦娘である、はっきりとした事実。偏愛し敬愛する北上さんをも上回ったという、背徳的な現実。いつもなら血相を変えて訴え出るところだが、今日ばかりは特別に許すとしよう、えへへ。
んん゛。はじめての異性からのアプローチに、少しばかり冷静さを欠いているのかもしれない。だが油断は禁物、これで北上さんの安全が確立されたわけではない。私が提督の気を引いている間は大丈夫だろうが、注意は怠らないようにしよう。
緩む口端を鎮めて、大井は何事もなかったかのように歩き出す。いたって普通を装うその背後からは、ご機嫌な鼻歌が聞こえる気がした。
次回新章。