親しくなってからぶっ壊れるまで 作:おおきなかぎは すぐわかりそう
朝を告げるあけぼのに、じっと目を細め水平線を望む。
三交代制の哨戒にも、いよいよ終わりが近付きつつあった。
波間を陰らす漆黒を背景として、目を擦って欠伸を漏らす駆逐艦に、後少しだからと声をかける。潮風によって、キシキシと硬くなってしまった前髪を優しく手櫛で解す。伸びるその左腕には、提督から送られた指輪が確かに主張していた。
徐々に燃る空の下。ある時を境に、銀の輪っかは光を取り込み仄かに反射する。そのことに気付いた大井は、恥ずかしげに顔を紅潮させて、開いた手で輝きを遮るのだった。
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おねむの駆逐艦は早々に返し、旗艦である大井は事後処理の為に執務室を訪れていた。
特に代わり映えのない、少しだけ寂しい淡々としたやり取り。労いの言葉と、ちょっとしたお喋り。哨戒の役目は報告を持って終了した訳だが、物足りなさにその場で沈黙した。
仕事に対して真面目なのは……まあ、その……前線で戦う艦娘を代表するならば、”ありがとう”と言いたいところなのだが、それにしたって張り切りすぎなんじゃないかと個人的に思う。
そんな気張らずに私に構えなんて、この立場では言えたもんじゃないかも知れないけれど、それにしたってなにもなさすぎる。
男はみんなオオカミだ!! とか、男は脳味噌と下半身が直結してる!! なんて雑誌の情報は全部真っ赤な嘘だったのか。警戒して、新しい下着を新調したのは無駄骨だったのかも知れない。
他の子に目移りしてるのかもと不満をプクーと膨らませ、丸くなった頬の片っ方をちょっとばかし遠ざけて、提督に見えないように抗議する。
これではまるで、私が襲われることを前提に考える嫌らしい女ではないか。そんな悶々と心境の中で、ほど近くで提督の声がする。
「大井? 具合でも悪いのか?」
「ひゃぁ! ……別にどこも悪くないですよ」
「いやでも……」
「あ〜もう!! そんな、まじまじと、顔を近付けないで下さい!」
ちょっと目を離した隙にこれだ、どう贔屓目に見てもずるいんですよね。
北上さんには、提督に対しての一定の好意を勘付かれててしまったので、もしかしたら顔にサインが出ているのかも知れない。……もしかしたら提督にバレてるのかも知れない。
ま、まさかそんな……でも、そうだとしたら提督の不可解な行動の数々に説明がついてしまう。つ、つまり? か、からかってる? のかも?
もし真実なら噴火ものの事案だ。私がワタワタする裏で、提督がほくそえんでいるのを想像しただけで……ムッカー。
不機嫌が加速する、なんだか無性に腹が立ってきた。確信が持てないだけにイライラする。ただ一つ言えることは、あまりにも冷たい提督の態度に、つもりに積もった堆積物がついに決壊してしまったのだ。
もう知らない、フン。なんて聞こえてきそうに顔を背け、提督の驚いた顔すら視界から消し去る。
少しでも視界に入って来ようものなら、不機嫌な顔はプイっと反対側へ。日頃の意趣返しに少しだけ気分を良くすれば、片目をつむって提督を伺う。
困った顔で、訳を聞こうとする提督に薄く笑みを浮かべ、少しでも長く提督と一緒にいられるように努めるのだった。
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「聞いて下さいよ北上さん! もう提督ったら酷いんですよ!!」
両足を一方に投げ出して、薄らに隈を浮かべた大井は、自室のちゃぶ台を連打する。
それに対して北上は饅頭を口に咥え、フ↑ンンン↓ンー↑(訳:惚気だなー)と返した。夜間哨戒任務で眠いはずだとは思えない。むしろ、しっかり睡眠をとったはずの北上の方が欠伸をするまである。
もしも非道な男なら、有無も問わずに女なんて食い物にするはずだが、その線の心配が外れて気が緩んでいるのかも知れない。他の艦娘に求婚しまくった不自然な出来事が目立っただけに、この事実が北上をホッとさせる。
疑ってしまったお詫びとして、余りに提督を悪く言う親友に私刑を下す。先程から口火を切って止まない大井の口へ食べかけの饅頭を近付けると、流れるような動作で大井は饅頭を口にした。
その一瞬の隙をついて北上が切り込む。
「でもさ〜大井っち、提督は指導者の立場だからおいそれとイチャイチャできないんじゃない?」
ムグムグしながら大井は言われながらに考える。
……確かに一番上に立つ存在が、公私混同なんて常習的に行おうものならば、その部下にあたる艦娘達に示しがつかない。規律は緩み、不公平感を煽り、団体行動を是とする組織そのものが崩壊してしまう恐れすらある。
今は戦争中、持ち直したとは言え、完全に安全安心などと保証も出来ない。思えば太平洋決戦の時だって、日米の連合艦隊が全滅するまでは、人類側は優勢を維持していたのだった。それを一時の油断と慢心で振り切れて、焦るあまりに優秀な戦力の大部分喪失を招く事態となった。
……誰も見てない個室とは言え、提督もそれを理解しての行動なのかも知れない。もしかして、私が軽率過ぎたのだろうか。
項垂れて自己嫌悪に陥った様子の大井に、北上は歯形がついた饅頭をまた差し出して元気付ける。
「提督も大井っちのこと大切に思ってるんだよきっと。この世界には恋以外に愛があるんだよ」
フサーと風が吹き抜ける錯覚を覚える。差し出された饅頭にかぶりつく事も忘れ、己を振り返る。
提督の告白を受けてやったと得意になる傍で、私には魅力がないんじゃないかと不安になる日々。自分のことしか考えられてなかった。でも提督は終始一貫した態度で、冷静に対処していたんだ。
こ、これが俗に言う、プラ……プラトニックラブと呼ばれる代物なんじゃないか。肉体関係によらない、理想的な愛の形。
私の中が温かいもので満たされるのを感じる、と同時に恥ずかしさも少しばかり混じっていた。はたから見れば私はまるで子供そのものじゃないか。
こんな体面を提督の前に晒し続けていたんだと考えが及んでしまえば、今すぐ消しゴムでなかったことにしてしまいたい。……いや思い出は消したくない。そんな複雑な心境の中、提督の懐の深さを思い知る。彼の方が断然大人ではないか。
大井は遠慮がちに饅頭を口に含む。
「大井っち顔真っ赤っかーじゃ〜ん」
指摘されて、なおのこと強みを増す赤色。ねっちこく餡子を舌の上でふやかせば、甘味が強く主張する。
そんな大井の気持ちを無視して、部屋を明るく照らす人工の光が、指輪に当たって煌めいた。