親しくなってからぶっ壊れるまで 作:おおきなかぎは すぐわかりそう
納品された、魚雷の品質チェック書類を片手に持って、鎮守府を駆け回る。
執務室、いない。寝室、いない。食堂、いない。工房、いない。甘味処、いない。居酒屋、いない。演習場、広場、教室。いない、いない、いない!! トイレ……は入れない。私達の部屋、いない。北上さんの布団、いない。北上さんのクローゼット、いない。北上さんのタンス……スーハー。
……よし!!
なるべく早く提出してくれと急かしておきながら、いざ出来上がると雲隠れしたように見つからない。
今日の秘書艦も、もう随分と帰って来る気配がなく、提督の行方を聞いて回っても、今日は見てないの一辺倒。捜索二週目を終えた時点で私の怒りはピークに達していた。
せめて長い時間外すのならば、行き先を示す書き置きぐらい残しなさいよアホンダラ、と執務机を台パン。緊急の用件が舞い込んで来たときに、責任者不在で誰が陣頭指揮をするんだと寝室の扉を蹴破って。あまりに響く音量に、通りすがりの眼帯さんが、ビクリと飛び上がる程の破壊力を秘めていた。
考えられる所はもう探し尽くした。もういっそ放送をかけて……。いや待て、どれだけ真面目なんだ私は。この仕打ちに対して、真剣に対応するのが馬鹿らしくなってきた。
それこそ、提督にとってペナルティーとなるような罰が必要だ。一度痛い目を見て思い知って貰わないと。問題は、肝心の提督がいま何処にいるか全く不明である点。秘書艦がいないのもどうも怪しい。
もしかして業務を放棄して、二人で蜜月なあれやこれやをしているのかもしれない。尚更呼び出ししたくなったが、あの仕事馬鹿のことだから、クソ真面目に職務全うしてると自分に言い聞かせ平静を保つ。
しかし、一体何処に……。あてもなく彷徨うのも流石に疲れてきた。倉庫の扉を閉じながら、やるせない気持ちに支配される。もう諦めて放置しようと自室へ向かう道すがら、忌まわしい背後を目の当たりにした。
見失うものかと視界を固定して、追跡する私に気付いたのか、ぬぼっとした間抜けズラで提督は首を回した。片手には寒色系のマグカップの姿が。丁度、給湯器からの補給帰りだろうか。
「あー大井か。書類できたか?」
「なにができたか? ッて、ずっと探してたんですよ!! 一体何処に隠れてたんですか!!」
「そんな怒らんでも、全館で呼び出してくれれば良かったのに」
「ど・こ・に・居たんですか〜^」
「イテ、イテ、わ悪かったって。お尻が痛くて大広間使ってたんだよ」
「そこで秘書艦と変な事してたんじゃないんですか〜^」
「秘書艦はいま別件で別行動だ! この鎮守府には居ないです!!」
「自分がッ何処にッいるかぐらいッ誰かッ一人にでもッ伝えといてッく・だ・さ・い!!」
「ひはいへふ、はへへふははいほほひはん(訳:痛いです、やめて下さい大井さん)」
沸いて湯立つマグカップを運んでいようと容赦はない。大井の先制攻撃は肩を握り潰しにかかり、昂り余って最終的に提督の頬を引っ張っていた。
暴力のレパートリーが徐々に増えていく。それを見た新入りが提督の扱いを認識し、結果より濃い空気の流れの一員となり、さらに不当な扱いが常習的となり固定される。
提督としての立場を貶める一端を担っていると言ってもいい大井の行動に、なぜ戦績不審の時に切り捨てなかったのかと酷く提督は後悔を覚え始めていた。
自分にも少なからず非があることも深刻さに拍車をかける。これに加えて大井の思考が全く読めないときたもんだ、はっきり言って大井は今まさに『苦手』の部類にシフトしつつあった。
「敵襲でもあったらどうしてたんですか。早急に態度を改めて下さい」
「次からは注意するよ大井、悪かった」
言いたいことはもう吐き出しただろうと、完成したであろう書類に手を伸ばす提督。その動きは、大井が書類を持ち上げる気紛れな行動によって阻止された。
「なあ大井? まだ怒ってるのか?」
「私は歩き回って疲れてるんですよ。……もっと労いの言葉とかないんですか?」
「あ〜うん。書類、早く仕上げて貰ったのにすまなかった。大井の書類はよく纏められてるし、読みやすくてとても助かってるよ。ありがとうな」
謝意の言葉を述べ、ビジネススマイルを浮かべる提督に、大井は目線をそらして毛先をいじる。スッと下され許された書類を譲り受け、もう用はないよなとさっさと刻み足で離脱する。その後ろ姿を、大井はゆっくりと流し目で見送るのだった。
受け取った書類を読み込んで、該当の書類と照らし合わせて仕事を捌く。
持ち込んだペンの走る音が、大広間に散漫と漂う。
この場所は、他所の鎮守府艦娘が寝泊りしたり、宴会場などの大人数を収容する特別な場所だ。当然、平時では使う人がいないだだっ広い部屋であるため、酒飲みが寝っ転がっていない今ならば絶好の集中スポットだ。
デスクワークばかりの提督業。仕事柄座りっぱなしで血行がいい筈もなく、最近だとお尻が痺れてくることがある。こうやって足を伸ばして圧力がお尻に集中しないように気を配るのも、歴とした健康対策だ。ただ、側から見るとみっともないので、誰もいない時限定の対処法なのだが……。
また一つ仕事を片付け終わり、後方に体を傾け倒れるのを両手で支える。広々としていて、執務室のような圧迫感がないのもこの場所を気に入る理由の一つ。ブラブラと足を振って、あともう一踏ん張り。よしやるぞと、コーヒーに手を伸ばそうとしたその時、視界の襖が滑って開く。
「みっともない座り方ですねぇ……」
「……」
「こんな所で作業してたんですね、静かでいい場所じゃないですか」
「なにしにきたんだ」
「なにってそれは……提督がちゃんと反省しているか見にきたんですよ、暇だったので。あ、もしかして手伝いに来てくれたとか勘違いしちゃいましたか? 私もそこまでお人好しでもないので、私なんかに頼らずにキッチリ仕事してくださいね?」
「……」
誰かが入って来るとは思ってなかったので、砕けた姿を目撃されて慌てて胡座に姿勢を正す。そう言った大井の利き手にはマグカップが握られており、湯気が前進に合わせて揺らめいていた。
完全に居座る気満々の大井が近付いて来るのを目の当たりにして、提督の顔が半分強張る。なんなんだ本当に。なにが面白いのか暇潰しと称して、別に書類仕事を手伝う訳でもなく、ただ本当にそこにいる気なのか。
大した意味もないくせに、進捗状況を確かめるべく書類を下座から見下ろして、対面に座るのかと思いきや背後に消え失せた。衣擦れの音が聞こえたと思えば、一言も発さずに背中にもたれかかって来る。
驚愕は瞬時に怒気へと移ろい、手に持ったペンが僅かに軋む。位置を調節するように大井がにじり寄ってくれば、ついに完璧な背中合わせ。より一層の体重が背中にかかる。
「床に飲み物を置くんじゃない」
「大丈夫ですよ、二人しかいないですし。それとも提督は、床に置かれた飲み物に注意も向けられないんですか?」
「……」
帰れと直球で言えたらなんと楽なことか。目に付いたことに文句をつければ、小馬鹿にしたような切り返しに閉口する。
執務室に場所を移そうかとも考えたが、大井が来たから場所を変えたとか思われても困る。いやこればっかりは真実なんだが、変に誤解を与えるような行動をすると後が面倒だ。それと、わざわざ大井のために場所を移るのはどうも癪に障る。
温かくなった背後から、"ふ~"なんて息が漏れ出る音が聞こえる。ため息をつきたいのはむしろこっちだ。集中力も何処へやら。無理矢理に取り掛かる真新しい書類に加わる一筆。その始まりは、インクが淡く滲むのだった。
提督を背後に感じる。
互いに体温を共有し合い、体の芯ですら分かち合って、やがて静寂の内に完結する。
耳には、彼の紡ぎ出すカリカリと書き起こす音。紙を移動させる、高く特徴的な音。息遣いの小さな躍動。意識を集中すれば、微かに響く心臓の鼓動。
喉が異様に乾く。チビチビと定期的に水分を取り込みながら、時折カップを覗き込んで残量を確認する。まるで提督の熱意に絆されてしまっているようだ。この空間が胸に心地良い。ずっとこのまま寄り添っていたい。
背中合わせにしなだれかかり、上半身をゆすりながら、より大きな面積で密着できる体勢を模索する。ブラジャーのホックが邪魔だ。擦り付けるたび気になる横一線の違和感に、外してくればよかったなとそぼを噛む。
でも……手伝わないという判断は正しかった。
作業をしていると、どうしても会話は続かない。続いたとして、それは仕事の事務的な会話。報酬らしい報酬を挙げるならば、仕事終わりの"お疲れ様"が関の山。もっと頭を撫でてくれたり、デートのお誘いがあったり、べ、ベットに連れて行ったりしてくれても良いんじゃないのかなと。
そこまで出来なくても、せめて"好きだよ"とか"愛してる"なんて囁いてくれるだけで良い、多くは望まない。冷淡でおざなりな対応が私を不安にさせる。私のことを考えてくれていると、ハッキリ目に見える形で言葉にしてほしい。
だからこの行動には正当性があって、たとえ手伝わないという選択肢をとっても、優しい提督なら笑ってきっと受け止めてくれるだろう。
静かに、ただ静かに、緩やかに時は流れる。目を閉じてもすぐ近くに彼はいる。それがどうしようもなく嬉しくて、胸をより一層締め付ける。このドキドキは、提督がコーヒーを飲み干して、執務室に場所を移すまで続くのだった。
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海戦結果をもう一度確かめる。しかし、目に移る書類の正真正銘は揺るがない。首を傾げても一度見るが、やはり正当性は失われなかった。
新たな成長と捉えれば良いのか、それとも要望をねじ込むために死ぬ気で来たか、……あるいは単なる嫌がらせか。
決して悪いことではないので、素直に喜べば良い。ただそれだけのはずなのだが、如何せんまだ自分の中で消化し切れないでいる。
控えみに開く扉から、呼び出しをかけた人物が姿を見せると、手に持った書類は放って本題に入る。
「今日の……MVPらしいな。何か要望はあるのか?」
「そうですねぇ」
スパッと答えない辺り、決めあぐねているのか。
どこか薄ら笑いを含んだ表情に手を添えるのを見て、何だか嫌な予感が沸々と湧き上がる。なんだってんだ、本当に。彼女の下した要望は、実にシンプルなものであった。
「私をデートに連れてって下さい」
大井のことが、本気でわからなくなって来た。
稚拙と遅筆のダブルパンチで無能を実感する。