親しくなってからぶっ壊れるまで 作:おおきなかぎは すぐわかりそう
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2020 5/1一部更新
車から見える景色は海沿いを走り、よく嗅ぎ慣れた潮風が鼻先をかすめるようだ。
本日の天気は曇りのち雨。灰色の空はやがて小雨になるとの予報だったが、デートの日に限ってこうなるとは、提督に天気は味方していないようだ。不測の事態に対処してこそのデートプラン。行き先も告げられぬままに、心配と息苦しさで提督を伺った。
顔を見ると気がつかれそうだったので、ガラス越しに提督の顔を見て感情を読み取りにかかる。が、時に変わりないいつも通りの顔面があるだけだった。それに……ほんのちょっとホッとしてささっと、何事もなかったかのように車内の観察に逃げ延びる。その自然体の姿に、雨の日のプランも用意してあるのだろうかと勝手な納得を打って、感心感心と仕切りに心理的優位を保とうとフッと息を吐いた。
「しかし意外でしたね、車の運転ができただなんて」
「意外か? 免許を持ってると何かと便利だからな。トラック運転したりフォークリフト動かしたり、本土決戦の時はまあ大活躍したもんだよ」
「鎮守府でそんな光景見たことないんですけど……。え、もしかして運転するの久しぶりだったりします?」
「大丈夫だよ、こう言うのは体が覚えてるものだから」
「それが最後の言葉だった……なんてことにはしないで下さいよ? くれぐれも安全運転でお願いします。提督が事故死とか、間抜けに新聞の一面を飾らないようにしませんと」
「不吉なこと言ってくれるなよ、言霊になったらどうするんだ」
「そこは、"大井を乗せてるんだから大丈夫さ"とか言ってくれませんと」
静かに流れる流行り曲が、二人の沈黙を受け持つ。勝手なイメージだが、男の人には車好きが多い気がする。そう言えば、まだ目的地を聞いていなかった。異性間の感性の違いが如実に現れるのがデートプランの策定。秘かに提督の練ってくれた計画に期待が混じったり混じってなかったり。
「今日はどこに連れていってくれるんですか?」
「まずは腹ごしらいだな」
提督には激辛のイメージしかないから、どんなお店に連れて行ってくれるのか想像する。……まさかとは思うが、相手に一ミリも配慮しない、我が道をゆくいつも通りのパターンが脳裏をかすめる。いやいやまさかそんなこと。
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・・・
・・
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「着いたぞ、激辛小僧」
「もう限界です、別れましょうか」
お疲れ〜と背を向ける肩に、提督は手でまったをかける。
「いや、何を期待してたんだよ」
「せめて体面を取り繕うとかしなさいよ!!」
「バカ言え、忙しい身で楽しくもないグルメ巡りなんてできっこないだろ。正直者と言ってくれ」
「先頭にバカをつけてバカ正直と呼びましょうか〜」
「なに、前回の反省も踏まえて難易度は抑えた」
「今日はデートのはずですよね? 私はチャレンジャーか何かですか?」
予想を裏切らない。返せば想像と相違ない提督の惨状に、大声で異を唱える。とはいえ交通手段は提督が握っているので、帰ろうにも帰れない。徒歩だと何時間かかることやら……。
仕方ないが妥協を強いられ、おもっくそのぼろっくそに酷評して提督の心を折ることで、帰りの足を手に入れようと計画変更。気に食わないが振り返って、にこやかに笑う提督に一撃。引っ張り起こしてお店に向かうのだった。
外見の割に、店内はガヤガヤと非常に混雑していた。
「いらっしゃいませ〜! 空いたお席にドウゾ〜!」
「一番奥が空いてるな。大井足下気を付けろよ」
店内の喧騒に負けじと、広さに似合わぬ声量で店員が出迎える。
人口密度も真っ青な、一声かけなければ前に進めぬほどの熱気。本丸の激辛料理も口にしていないのに汗がにじみ出して、化粧が浮かないか心配だ。
これは……はっきり言って、最悪の二文字が頭に浮かぶ。そしてたびたび目にするオススメメニューでこの店の傾向が知れてしまった。よりにもよってラーメン。ラーメンから激辛を引いても、印象の良さは大差なし。見事なダブルパンチは故意なのか否なのか、どちらとも取れるが擁護の余地もない現実。わざとなら意地悪。無自覚なら馬鹿。本当に今日はデートなんだろうか?
料理が運ばれてきた。お約束のように、具材以外が真っ赤な血溜まりはどこも変わらない。むせ返るような刺激物が、店内の暑苦しさと相まって息が詰まる。横を見ると、提督が早くも割り箸を文字通り割って、その先端を赤く染めていた。
「あれ、食べないのか? 無理して食うことないぞ?」
折角のデートにそんなことを本気でのたまっているのなら、提督は相当の変人なんだろう。パートナーに合わせない強引っぷりは、相手によっては頼り甲斐があるだとか好みの分かれる問題だが、それにしたってこれはないだろうと気持ちが冷める。一点マイナス。
しかし、自分の好きなものを子供のように勧めてくる提督には母性本能が働く。一点プラス。デートの希望を伝えていなかったことも影響したかもと自らの失点を見つめてしまえば、デートの総評を下すにはまだ早いような気がする。
得物にかぶりつく捕食者のような提督に、そんなに美味しいのかと興味が湧いてくる。どうも麻婆豆腐が脳裏にチラついて、なかなか踏ん切りがつかなかったが、ケチをつけるためだ仕方なく挟み上げて食した。
……美味しい。辛さが大きく主張する事はなく、何処か品を感じる。一口目よりも二口目がより欲しくなる、そんな摩訶不思議な辛さであった。提督の言った手加減の言葉はしっかりと配慮が加えられている代物だった。チラリと横に目を向ければ、満足そうにした顔があってムカついたので、とろりとろける煮卵の片割れを奪い取ってすかさず口に入れた。一瞬認めてしまいそうになったが、激辛とラーメンの相性がこんなに良い筈がない。
外の空気を目一杯吸い込む。先ほどまでいた室内との温度差のせいか、やけに涼しさを感じ、解放感で胸膨らませる。まさか、これで終わりな訳ないだろう。次の目的地を聞こうと振り返る時、水族館の看板があるのに気付く。このまま激辛グルメ旅なんて未来を想像していたりもしたが、もし水族館ならば同じくセンスを疑う。
毎回毎回、海に駆り出される身なのに、休みの日にまで職場を意識させるなんてとんでもない。艦娘達の間でも、水族館にお出かけしたなんて事例をあまりないので、考えることは大体同じなんだろう。
せめて選択肢が行き尽くした上での水族館ならまだわからこともないが、さっきの激辛店と一緒に考えるとめまいがしてくる。
「天気が悪くなりそうだったから、室内で見れる水族館にしたんだ。なにか悪かったか?」
……まあ、天気がこれだからしょうがないと言えばしょうがない。そんなに好印象は抱かないが、仕方あるまいと微妙な表情のまま彼に付き従った。
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体毛を無数に備えた白熊が、勢い良く海に飛び込んだ。水の抵抗で総毛立ち、体積を瞬時に膨張させた水面は激しく揺らぎ、勢い余って水槽に叩きつけられた。それがあまりにも近かったものだから、
「ホッキョクグマか。北極作戦の時には見かけたりしなかったか?」
「そうですね、内陸とかに行ったわけではないので分からないですけど。私達が行った時は見かけませんでしたね」
「一時期は地球温暖化の影響で絶滅しかけていたらしいが、シロクマに取ったら深海棲艦が救世主みたいなもんなんだよなー」
「北極の地でシロクマと深海棲艦が手を取り合うんですか? なんだか気が抜けるような話ですね」
続いてはアシカの飼育小屋。ボール芸を披露したり、お辞儀したり手を振ったり、頭のいいイメージがある。茂った髭はヤマアラシのトゲに似ていて、見た目よりもずっと硬くて痛そうだ。
「なんか……北上みたいだな」
「えぇー……。あのアシカのどこに北上さんを見出したんですか、頭吹き飛ばされたいんですか?」
「いやいや、特徴あるだろ。抜けてるような顔に、見物客がいようと日向ぼっこしてる自由人っぷり。ほら隅っこで目を細めてまどろんでるところなんて、小休止の時の北上にそっくりじゃないか」
「私の前で北上さんの悪口を言うなんて度胸がありますね。一回海に出て決着つけましょうか」
「負ける未来しか見えないから遠慮しておくよ」
薄暗いトンネルに入り、笑い合う二人が影で揺らめけば、なんだか北上さんがくる前を思い出してしまう。細い糸で結ばれた今にも切れてしまいそうな朧げな繋がりだったが、運命の悪戯なのかなんなのか、今では一番近くで貴方を見つめている。
ふとたまに、あの時のような緩い関係性を懐かしく思う時もあるが、変わらない貴方に付き従っているとそんな気持ちもどうでもよくなる。はじめこそ難色を示していた水族館だったが、食わず嫌いだったんだとゆるく笑った。本当にまるで、私達の関係性のようだ。
クラゲが暗闇に怪しく浮かぶ。全面ガラス張りで時折ライトアップで照らされて、ここだけはなんだか切り離された別空間のような錯覚があった。
「クラゲの偽物にはよくお世話になるので、本物をみるのは結構レアですね」
「偽物ってもしかしてあれか? ビニール袋?」
「そうですね。海ゴミの清掃に駆り出される時は、決まって混じってますからね。後はペットボトルとか?」
「漁業組合に漁の許可を得る大義名分だからな。その節は本当にありがとうございます」
「いえいえ感謝されてやります」
こんな不思議な感覚を覚えるのは、おそらくクラゲに、生物としての生活感が欠如しているからなんじゃないだろうか。フワフワと、なにを考えているのか分からないように漂う。食事をする場面も印象にない。排泄や産卵する様子も同じく。中には不死身のクラゲもいるらしい。
「にしても、本当に不思議な形してるな。いまだにちょっと、クラゲが地球上の生き物なのかと疑問になる時があるんだよ」
「はぁ……それ海から来た私達に言います?」
「……や、悪かった」
しまったと口を半開きにする彼に、話題変換のためにパンフレットを見て、イルカのショーが始まるのを話にあげて、この空気を乗り越えるのだった。
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外に出ると、小雨がパラパラ降り出していた。
傘を車に忘れてきてしまったと言えば、提督は苦笑いして自らの傘を広げ中に招く。濡れないように肩を寄せ合えば、しまった、これでは手をつなげないじゃないかと落胆。
折角カップルっぽいことができると思っていたのに、とても残念。街の往来はそこそこ。同じようなことを考える輩はいるものなのか、多い割合でカップル。一つの傘を二人で共有しているので、外から見ると結構目立つ。……私達のこともカップルとして捉えられているのかと考えてしまうと、ちょっと小っ恥ずかしい気持ちになる。
「あ。あれ」
「ん? クレープ屋さんか? 食べたいのか?」
「女の子には甘いものですよ、提督。この感じだとデートプランには入ってなさそうですね」
「そうだな、ちょっと遅い口直しといこうか」
クレープのワゴン車に近付くと、立てかけられたメニューを見てみる。苺・バナナ・キウイ……基本的なのは揃っているようだ。後付けのように貼り付けられたドラゴンフルーツ味もあったが、一人ならまだしも相手がいるのに冒険する勇気を私は持ち合わせていない。
「決まりましたか?」
「あ〜そうだな、うん、決まった」
「それじゃあ私は苺で」
「俺はバナナで」
生地が鉄板に流し込まれて、縁を描くように二つは伸ばされる。薄いからか火の通りも早く、綺麗な表面をひっくり返して、生クリームと材料でトッピングすれば、もう完成だ。紙包を受け取って、早速一口。
「ん〜ほいひいです」
「ん、美味いな」
苺の酸味とクリームの甘味が絶妙にマッチしている。どちらか一方の比率が崩れたら、それこそ台無しになってしまいそうな抜群のバランスがこの味を生んでいる。今度はクレープを北上さんのおやつに、なんてことを考える。
一方の提督の方は価格の乱高下を繰り返してきたバナナ、バナナは私達の不甲斐なさの象徴でもある。物思いにふけるのも本の一瞬。傘を持つ提督が逃げられないのをいいことに、ググッと自らのクレープを差し出して、等価交換の合図とする。
「はい……どうぞ提督」
「あ、あぁそうだな」
狼狽た顔に嗜虐心が募ると、乗り気じゃないのを承知の上でノリノリでクレープを口元にやった。
課題をクリアしないと解放されないのだろうと気付いたのか、やれやれとやがて顔を羞恥に染め、クレープの端を覆い隠す。提督が去った後のクレープは、ネズミがかじったかのように遠慮がちにかじられていた。
ムッと気を悪くする大井。納得いかんと手本を示すように提督のクレープに顔をズズズと近付け、生クリームやらトッピンングやらを、重機が去った後みたいに洗いざらい強奪。口を少々汚しながらも、我に続けと頬張った顔で再び眼前へとクレープを差し出した。
おきらめたように大井にならえば、切り取った二回りほど大きくクレープを抉った。口端にクリームが付ていることを指摘すれば、私にも指摘が帰ってきて、ハンカチで撫でるように拭ってくれる。提督の中に北上さんの幻を重ね、いやいやこの男が北上さんの代わりになるはずないと顔を背けた。
「若い頃に比べたら代謝も悪くなってるから、甘いもので太らないか心配だよ」
「なんですか、私への当て付けですか。外に出て制限も加えてるのに、思うようにならない私に殺されたいんですか?」
げしげしと提督の足を小突いて苦言をていし、怒ってますよと宣言する。それにしまったと提督が謝りを入れると、戦いは一応の収束へと向かった。
「バナナって……結構美味しいんですね。台湾産ですかね?」
「いやフィリピンじゃないか?」
会話を繰り広げる二人は寄り添って、雨の匂いのする街を練り歩く。
「それで、次はどこに連れてってくれるんですかね?」
「いや、もうこれでおしまいだよ。意外に早く終わっちまったな。北上へのお見上げはいいのか?」
「……嘘ですよね、もう終わりなんですか? ……まあ今日のデートが初めてだっって話でしたし、今日の所は勘弁しておきますか」
物足りなさを覚える。もっと景色のいい夜景をバックに……とか。変に想像力を掻き立てていただけに、一気にお預けを食らった気分だ。
「今日のデートはどうだった?」
「そうですね〜。まあ、三十点ってところですかね」
「やけに清々しい三十点だな。赤点ギリギリじゃないか」
「まず、私の好みから外れた激辛料理。あれ完全に提督の好み入ってるじゃないですか! ほんと、普通なら速攻でさよならですよ!!」
「でも大井はそうはなってないぞ?」
「それは……私もリクエストしてなかったので、多めに見てあげたんですよ、私じゃなかったら終わってましたね」
「水族館もダメか?」
「そうですね、北上さんを侮辱したので大幅減点です」
「水族館関係ないじゃん」
「それと、回りきるまでの時間を想定してませんでしたよね? 下見してないから、こんなに時間余っちゃうんですよ。ここは明らかな提督のミスですね」
「いや、水族館がこんなに時間が潰せない場所だとは思わなんだ」
「はい、今の発言で零点で落第です。お疲れ様でした」
「あ、やっちまった」
「は〜しっかりしてください提督。そんなんじゃ私から百点もらえないですよ〜」
「大井から満点もらおうと思ったら骨がおれそうだな。あ、最後に一つ。三十点分の内訳をいちおうきかせてもらっても? やっぱりさっきのクレープか?」
「まあ、それもありますけど……」
先行していた大井は振り返り、体をくの字に曲げながら提督の顔を覗き込んでこう言った。
「努力点ですかね? 私を楽しませてくれた」
遠回しに、また私を連れて行けと言っているようなものだが、果たして気付いているのだろうか。……まあ、いいか。
出会った頃と代わりない提督に免じて、ゆっくりゆっくり、互いに分かり合えればいいじゃないか。いつの間にか雨も止み、雲の切間からは陽が差し込んでいた。
本読んでるとき。
三時間で四万字って・・・・化け物だろ。
遥か高みに目が眩む。