親しくなってからぶっ壊れるまで   作:おおきなかぎは すぐわかりそう

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大井一本釣り

 

 栗色のセミロングが斜陽にきらめく。誰もいない廊下を歩くたびに、尻尾の様に揺れるその髪には影が差したり陽が差したり、窓枠模様の影が髪から勢い良く滑り落ちる。

 

 向かう場所は提督の仕事場、執務室。

 誰が楽しくて秘書艦不在の執務室に行かねば為らなくなったのか。最近になって毎日のように提出していた、転属届に対する嫌がらせだろうか、「転属届の件、考えといてやるよ」。その言葉を聞いた時はあまりの嬉しさに狂気乱舞したものだが、日が経つにつれ感動は薄れていった。

 うざったらしく毎日声を掛けて来てはしつこく着き(まと)ってきたのに、転属届の件からぱったり会わなくなった。どう見たってふざけている。そして今日、私は直談判に(おもむ)くのだった。

 

 

 執務室のドアからは光が漏れている。今にも魚雷で提督の頭をかち割りに行きたい所だが、一度ドアノブから手を放して我慢、我慢。ぐっと怒りを抑えて合法的に北上さんとのラブラブ生活を手に入れてやる。

 胸に手を当て深呼吸。北上さんとの思い出の日々が、幸せのハリケーンとなって私に襲い掛かる。あれだけ険しかった顔は甘美なスイーツを口に放り込まれたかのようにだらしなく緩み、目は幻覚を見るジャンキーのように焦点が合っていない。

 ヘロインをヤッた後のような多幸感に包まれた大井は次の瞬間。

 

 

「グェ」

 

 

 突如迫ってきた執務室のドアに、カエルが潰れたかのような声を上げる。異変に気付いた提督が開いた隙間からひょっこり顔を覗かせると、鼻を押さえ(もだ)える大井の姿があった。

 

 

「だ、大丈夫か?」

 

 

 提督が近付こうとするのを大井は片手で制し、手で大丈夫と言う旨を伝える。これ以上こっちに来たら殺すぞ、と睨み付ける目には薄っすらと涙が浮かんでいた。

 

 

「そうか、危ないからドアの前で突っ立ってるんじゃないぞ」

 

 

 大丈夫そうだと確認できたのか、そう言って提督は大井を素通りして行った。残された大井は提督のあっさりとした態度に一瞬面食らい、その後に沸いて来た行き場のない怒りに再び悶えるのだった。

 

 

;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:

 

 

「あれ、大井まだ居たの....か」

 

 

 提督が執務室に戻ってくると、大井が来客用のソファーに良い笑顔で座っていた。執務室に用事でもあったのか、悪いことをしたな。何てことを考えていたが、自分の机に目をやって二の句が消えかかる。

 ついさっきまで口を付けていた自分のマグカップの残骸と思わしき物が散らばっている。

 

 

「申し訳ありません提督。マグカップ落としてしまったみたいです、本当に申し訳ありません」

 

 

 良い笑顔でなおも続ける大井。本当なら上官侮辱罪で軍法会議ものだが、この状況に提督は申し訳ない気持ちになっていた。

 大井が北上を大事に思っているのは聞き及んでいたが、まさかここまでとは思わなかった。北上の居る鎮守府とは仲が良かったので、何とか大井を受け入れてもらえないかと頼み込んでいたが、参謀本部から各鎮守府に分配されるノルマの問題から現状安易な配置換えは不可能と返答された。

 北上と大井を抱え込みたくないと言った、裏の事情も相まって、話は遅々として進まなかった。参謀本部に対する働き掛けも無駄に終わり、変に希望を持たせてはいけないと何かしらの成果が出るまで提督は大井に会わないようにしていた。

 

 

「あー別にいいんだ。怪我は無いか?」

 

 

 長年使っており、愛着もあったマグカップの欠片を処理しながら、ふと提督はアイデアを閃く。

 

 

「大井、秘書艦やってくれないか」

 

 

「お断りします」

 

 

 大した迷いもなく発せられたその言葉に提督は笑いがこみ上げそうになり顔を伏せた、相当嫌われてるなと思ったからである。それならばと、提督はまだ成功するかも分からない思い付きを大井に話す事に決めた。

 

 

「もちろんタダでやってくれとは言わない。大井を北上の居る鎮守府に転属させることは今のところ難しいが、その逆、北上をこの鎮守府に転属させる事は出来るかもしれない」

 

 

 大井は自分の転属届が相手にされてないとばかり思っていたので、真面目に取り合ってくれていた事に目を見開く。そして北上の名前が出たからか、真剣な顔つきにいつの間にか変わっていた。

 

 

「作戦計画書を見直せば、どこかしら削れる所が有るだろう。参謀本部の想定以上の戦果を上げれば評価が上がる。評価が上がれば担当地区が増え、人員が必要になる。北上を引っこ抜けるかもしれない。どうだ、やってくれないか?」

 

 

「............。」

 

 

 大井は考えていた。現状、北上さんと一緒になれる、可能性がもっともある方法はこれしかない。

 手紙や携帯でのやり取りは毎日行われているが、北上さんの迷惑を考えると頻繁には出来ない、大井は欲求不満で狂ってしまいそうだった。

 この道しか残されていないと分かってはいるのだが....。この男を信用していいのか判断しかねる。こんな頭の中に七味と辛子とワサビが詰まったような男だぞ。

 考え込む大井に提督は、最後のダメ押しとばかりにこう告げる。

 

 

「来週、北上の居る鎮守府で合同演習のお誘いがk「ぜひやらせてください!!」

 

 

 提督の言葉を妨げる様に発せられた言葉が執務室に木霊(こだま)した。

 

 




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