親しくなってからぶっ壊れるまで 作:おおきなかぎは すぐわかりそう
人は皆、緩やかな絶望の中で生きている。
確かジャン=ジャック・ルソー・・・・だったっけかな・・・・。
ベットの上に寝そべって、一スタックをバラにする。
大量の写真のコレクションを選別しながらふと考えた。そういえば、提督とのツーショットの写真を撮ったことがない。ここに移ってきたときの集合写真のようなものはあるが、やっぱりがめつい女だと思われたくなかった影響だろうか。こういうものは男が率先して撮って欲しいが、今までの経験から考えるに、写真で思い出を残そうと言い出しはしないだろう。
記念日を意識しない男性ならではか、こういう話は雑誌にもよくある。いちいち覚えているのも面倒なんて冷たい意見もあったけれど、ちょっとだけでいいから二人で思い出を共有させてと、私の気持ちははっきり伝えたい所だ。
大丈夫。素敵で、大人で、優しい彼ならきっと上手くいく。彼の胸を借りるつもりで、大胆に甘えてみよう。なーに、"大好き"なんて人目もある中で言えた私になら、いまさら緊張するほどではないのだろうから。どうせ撮るなら素敵な写真にしたいと思うのは当然で、青葉さんに頼んで撮ってもらうのがいいかもしれない。
そ、それにしても冷静に考えてみれば、提督の変顔写真を紙袋いっぱいにもらったのは、好き好きオーラ全開で笑えてしまう。でも青葉さんに持たせておくのはちょっと気に食わなくて、少々ムキになってしまったのは正直な所だ。詳しく思い出した途端に、手に握っていた戦利品で顔を隠して悶え苦しむ。けれども、それだけの価値がこの写真にはあるんだと自分を正当化した。
もうどうしようもないことは頭の片隅に追いやって、気を取り直して選別を再開するのだった。
ジャンルは四つほどに枠を設けて、そのほかのものはその他でまとめる。写真の束も五分割すれば厚みを失い、これがなかなかいい暇つぶしになるのだ。
みる人によっては全くの無駄な動作かもしれないが、選別を終えた写真をシャッフルして、今度は違う基準でより分ける。こんな調子だと一生かかっても目標を達成できそうにないが、それでいい。
そうして仕分けされた写真は落ち込んだ時とか、何か嫌なことがあった時にニヨニヨする。とはいえ、北上さんの写真と一緒にまとめるのは流石に憚られたので、しっかり分けて管理している。できることなら、戦後は三人で暮らせれば……なんて。
写真が混ざり合う日は来るのだろうかとまた一枚、不規則にコレクションは積み重なる。補習を受け持っていた北上さんが帰ってくると、お決まりのようにからかわれる。始めこそ恥ずかしさから布団をかぶって隠蔽を図るが、秒も掛からずばれてからは、ベットに写真を並べる光景が日常と化した。堂々としていればいいのだ。そういって見せつけるように写真を突き出すが、北上さんには顔の赤さを指摘されるのだった。
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南方の輸送任務に北上さんが選ばれた。ここのところ、物資を遠方へ運び出そうとする動きに合わせてか、北上さんが駆逐艦を率いて外すことが多くなった。
以前なら提督に小言を吐きにいっていたのだが、今ではそんなかまってちゃんな行動も減って、私も成長しているのだと得意になる。私が教えている駆逐艦も、だいぶ仕上がってきているので、最後まで気を抜かずに頑張らなければ。一発逆転の魚雷を使いこなせるようになれば、提督の負担も少しは減らせるだろうから。
地獄を共にくぐり抜けてきた五連装魚雷発射管は、私の手足によく手に馴染む。
鎮守府近海の演習場にて、まず始めに魚雷発射のお手本を示した後、ペア同士にさせて演習を開始。確かに魚雷は強力な兵器であるものの、撃てる時に当てられなければ無用の長物。その決定的一撃を最大限に生かせない。かといって無駄弾を使うようでは、いざという時に対処できない。その見極めが大事なのだが、こればかりは経験を積んで体で覚えるしか方法はないと思う。
「ほらそこ!! 絞れてない!! 何回言わせるつもりなの!!」
小さいとはいえ、静止目標をすり抜けた魚雷の主人に怒鳴った。それにメンバーの一人が萎縮するが、ここで甘やかすと今までの全てが無駄になる。ちゃんと生還して帰って来て欲しいと願えば願うほどに、どうしても声を荒げてしまう。
「連続で十回、目標に当てた子から終了とします。それまで夕飯は抜きですからね!」
ウゲーと反応をした子を睨んでしまえば、焦ったように魚雷を放ち始めた。当然狙いのついていない雷跡は目標をかすめもしない。そのことにハァーと息を吐いて、長期戦になりそうだなとブイに手をついた。
赤。白い雲に赤を乗せれば、光の当たらない反対側は紫。そんな紫の割合が、ゆっくりと大きくなるのを背景に、演習場には人影が二つ。駆逐艦、朝風。そして大井だ。丁度その時、海面を一つの魚雷が駆ける。連続四回目を飾るはずだったその魚雷は、静かに地平線へと針路をとった。
「ほら、集中力が散漫になってるわよ」
「ちょっと休憩が必要と具申します! ……はぁー綺麗な空」
「まぁ……そうね」
「朝の始まりみたいで、私朝焼けも夕焼けもどっちも好きなんですよ、私」
「もしかして朝まで続ける気?」
「ち、違いますよ大井さん! これでも私は精一杯……」
手元を弄る朝風は、もうこの状態から十連続の達成は難しいと考えて弱気になっていた。こんな状況でも、雷装艦のエースが私にエールを送ってくれれば、などと淡い期待を抱いてしまうのも仕方がないことだ。
「食堂もあと少しで閉まっちゃうから、終わりにしよっか」
「え、えぇ!! 大丈夫ですよ、朝風はまだやれます!!」
グッと握り拳を胸の前で揃える意気込みに微笑ましくもあるが、大井は本来の目的を告げるのだった。
「魚雷の十連当ては方便みたいなものよ。たくさん撃って、たくさん外して、その試行錯誤を促す命題ね。本当は個別にメニューを組みたいんだけど、流石に時間が足りないから。まぁ、どっかの馬鹿は生真面目にやってるんだけどね?」
「で、でも私だけ課題を終えられてないのは、その……」
「気にしちゃう? でもいいのよ。結局この訓練も、激戦の地に立つまでのおまじないみたいなものだから。どれだけ積み上げても、どうしようもならないことは世の中には確かにあるから。だからそんなに思いつめたりしないで、自分を責めないであげて? 明日が必ずある保証は出来ないけれど、けれど私達は早急に終わってしまうと決まったわけではないから。だから……また明日頑張りましょう、ね?」
そういって微笑みかける大井は、夕風になびく長髪や、あと少しで沈んでしまう赤と相まって幻想的だった。そんな魅力的な顔に、課題をやらせてくれと頼む気持ちは鳴りを潜め、朝風は意識せずに言葉を発する。
「凄く綺麗……恋をすると、人ってここまで変われるんですか?」
「へ? いや、ちが、今の話の流れに、あの人は関係ないでしょうが!」
「あははは、凄い取り乱してますよ大井さん。よっぽど心当たりがあるんですね、羨ましいです」
後輩に屈託のない感想を述べられて、大井は普段なれない方向からのからかいに、手をワシャワシャと忙しなく動かす。けれども嬉しい気持ちは確かにあって、"ありがとう"と伏せ目がちにそう告げると、喜んだように朝風は食いつく。
「提督との惚気話、是非聞きたいです!!」
「もう、調子いいんだから……」
すっかり陽も落ちた演習場。寒さに負けない二人は、食事以外の楽しみを得るのであった。
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「そこでまた提督がですね〜」
「あ、あはは……」
あれだけ威勢のいいことを言った割に、朝風は早くも疲れていた。寒さと集中力で、だいぶ疲れを溜めていたのかもしれない。そのことに気付きはしている大井であったが、折角のストレス解消の相手を逃すのが惜しく、あと少しあと少しと会話を食堂の閉まるギリギリまで行う。まばらに開いた
食堂で、綺麗に平げたハンバーグ定食のお皿は下げれずにいるのだった。
「でも大変そうですよね提督。いくら指揮する側の視点も必要だと言っても、所属する艦娘全員に秘書艦をさせるんですからね。今度は確か……陸奥さんでしたっけ?」
ピタリと動きを止める大井に、朝風は気になって首を傾げるが、直後"大丈夫よ、なんでもない"と言われたことで気のせいかと立ち上がった。
「それじゃあ大井さん、また明日、よろしくお願いします」
「えぇ、また明日」
軽く手を振って見送る。陸奥の前で、明らかに態度の違う提督を思い浮かべながら。
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教導官として、演習で使った魚雷の本数を計上していると、荷物を運んで来た提督とかち合わせた。跳ねる心臓。微妙な空気。けれど切り出さずにはいられなかった。
「あ、あの提督」
「……なんだ大井、相談事か?」
荷物を置いた提督は腕を組んで、急かすようにそう言った。足先が出口のほうに向かい、早々にこの場を離れたいのがわかる。それに合わせるように、大井は手早く用事を済ませ、"お待たせしました"と外に出るように促した。
今夜もよく冷える。空はすでに、星が輝く時間となり、かじかむ手は寒さに震える。ちょっとした悪戯のつもりだった。最近の訓練出撃の毎日と、少ない休息で疲れていたのだ。提督の行動を掻き乱す行動であるといった確かな自覚の中で、ただの痴話の延長線上に、軽い気持ちでその言葉は出て来てしまった。
「提督、陸奥さんの秘書艦を取りやめて、私を変わりに入れて下さいよ」