親しくなってからぶっ壊れるまで 作:おおきなかぎは すぐわかりそう
逃げたわけではない。
ただ繋ぎの部分が書けず、絶望の中でうずくまっていただけだ。
この期に及んで私は未だに、自分の生み出す糞の山を愛でていたのだ。
無能、あらゆる点で、しかも完璧に。
カフカは私に染みすぎる。
落ちる時は面白いほどに
バチーン
頬に伝わる衝撃。何が起きたのかよくわかっていなかったが、ヒリヒリと痛む場所を手の平で押さえた。不条理と理解不能が重なって、私は今、間抜けにも真っ新な脳味噌で立ち尽くしていた。あれほど羨ましいがっていた彼の新たな一面は、背筋も凍るほどの怒りの眼差し。私がよく知る、優しい彼の面影はどこにも見当たらなかった。
"無"だ。
あれだけ幸せが詰まった体は、さっきの一瞬の衝撃でどこかに消え去ってしまった。理解できない、いや正確には理解したくないのかもしれない。この行動が意味することと、この結果の先になにが待ち構えているのかも。だから開いてしまって空っぽになった穴に、何かを注ぎ込まないと……何か、何かを……。
喪失感を埋めるのは、黒くてドロドロとした粘液状のものだ。あぁだめだ、それは駄目だ、止めろ。そんなもので穴を塞ぐな。かき集めた数々の思い出をバリケードに、最後の抵抗でなんとか平常心を保つ。つ、つまらない冗談だ。いくら両想いでも超えちゃいけない一線があるだろう。だから……その……。
「へ、へへへ」
どうにか明るい方に明るい方にと気持ちを持っていこうと努力したが、不出来な笑いがその行為の不十分さをまざまざと主張する。頭の中は"悪かった"と包み込むように抱きしめてくれる提督の情景が、現実と見間違うほどに繰り返し刷り込まれ、いま私がもっとも切望する行為であることがわかる。
でも、頭と現実は乖離している。薄く感づいている感情が、足元をズブズブと沈めていく。もう自力では助からない、自分から助かりにいく勇気がない。提督が私の手を取って、救い出してくれることを期待する、それしか残された方法はないのだ。救い出してもらおうと声もあげることも出来ず、手を伸ばすこともせず、ただ唯一の希望とばかりに左薬指の指輪を撫でる。
不器用な笑顔で彼へのアピール。もう一回だけ、もう一回だけで良い。もう一回だけ、好きだと行ってくれたあなたの顔を見せて? 一瞬の気の迷いだとギュッと私を抱きしめて? 相思相愛の私達なら、いくらだってやり直しせるんだから。これもきっと何かの間違えなんだから、だから……。いちるの望みは無残に途切れた。そのまま何を語る訳でもなく、背中を向けて逃げるように去ってゆく彼に、私からは乾いた笑みしか出なかった。
「は、ははぁ……」
外の世界に自己が溶け出る感覚。そこから救ってくれる想い人はこの場にもういない。記憶は電源を都度落とすみたいに断片的に。世界が暗黒に包まれる幻覚に襲われるのだ、一人寒空の下、自らの体を抱きしめる。温もりはただの一つ分。こんなに寒かったのだろうかと、途端に体を震わせた。ガタガタと震えだし、血液がこれ以上流出しまいと力を込める。
体じゅから血液が抜け切ったような感覚に襲われながら、自室へと辿り着く。そこに飛び込む慌てたような北上さんの表情に、精一杯の表情でごまかして見せたが、付き合いの長い彼女を騙せるはずがなかった。しばらく時間が欲しい、現実を受け入れるだけの時間が。今の自分には何が幸せで、何が幸福かなんて考えたくもない。そのまま闇に飲まれるように眠りについた。
将来にむかって歩くことは、ぼくにはできません。将来にむかってつまずくこと、これはできます。いちばんうまくできるのは、倒れたままでいることです。
今日から毎日うんちします。