親しくなってからぶっ壊れるまで 作:おおきなかぎは すぐわかりそう
大井の異変に気が付いた北上は、一直線に執務室へと向かう。そうとは知らない提督は、陸奥を秘書艦に任命したことでもうメロメロ。業務も終わり、なんとも陸奥を引き留めようとあの手この手を使うがほとんど相手されず。失意の内に部屋の明かりを消す提督に静かに激昂する北上と相見える。
パソコンで三行。スマホで六行ちょい。
初期プロット百三十四字の物語に、以下ほどの価値があるのだろうか。
提督と付き合い始めてから、二人で出かけることが減っちゃったけど、それはもう親友のためだから仕方ないよね〜。寂しいけど大井っちにこのことをいったら心配かけちゃうから、おいそれと口に出せないんだよね〜。まあ、大井っちが幸せになるために必要な経費みたいなものだから、大人しく受け入れるとしよう。
それにしても大井っち遅いな〜。大方提督とイチャコロしてるんじゃないかと北上様は睨むんだけど、帰ってきたらあっためてあげよう。抱きつく前から顔が赤かったらビンゴ。抱きついてから赤くなったらハズレ。さぁ張った張った〜私はイチャコロに間宮羊羹一年分を賭けちゃうよー。
一人で盛り上がる北上は、入浴をすでに済ませて寛ぎムードだ。夜食は太るだろうと言わんばかりに包装紙付き羊羹を口に咥え、ベットの上でうつ伏せで足をパタパタ。形として雑誌を広げ、脳内で賭け事の真似事をしていた。当然予想が外れたといても、北上が何かを失うわけでは決してない。
寒く冷え切った体で大井が帰ってくると予期した北上は、遊び心と親友の生還を祝して、奇襲作戦を立案したのだ。それにしても遅い、今夜は帰ってこないつもりかな? と冗談と本気半々を思い、次のページに手をかけた。
ガチャ
パチンと、音を聴くや否や両手を合わせ雑誌を閉じ、いつもの調子でやんわりと出迎えようと顔をあげた北上は絶句した。飲み込もうとしていた羊羹が喉手前で停止して、気道を少しの間塞いだことで皺を寄せた。すぐさまねじ込んで、顔面蒼白といって差し支えない大井に駆け寄る。
「え、大井っちど、どうしたの? な、何か……何かあった?」
北上の呼びかけにゆっくり顔を向ける大井は、照明の光すら跳ね返してしまいそうな、血の通っていない口元を動かした。
「北上さん。どうしました? 私は大丈夫ですよ」
「え、でも誰がどうみたって……」
「部屋の電気消しちゃいますね」
「ちょ、ちょっと待ってよ、ちゃんと答えて! お願いだから!!」
「なんですか北上さん、私は眠たいんですよ。明日のあさにしてくれませんか?」
「また一人で抱え込むつもりなの!? 大井っちもいなくなっちゃったら、私……私」
「ぁあああ!! もううるさいんですよ!!」
突如として奇声を上げる大井は髪の毛を掻きむしり、押さえ込んでいた不機嫌を爆発させた。私の至り知らぬ所で何か恐ろしいことが起こっていると、戦場での感覚冴え渡る北上に、撤退の二文字はない。いつもなら本人が話してくれるまでじっくり北上だったが、この時ばかりは余裕がなかった。
「ねえ、何があったの? 言ってくれないと分からないよぉ……」
「北上さんが安心したいだけですよね?」
「ぇ?」
「私に話して欲しいのは、私ではなくて北上さんが安心したいから。そんな自分本位な理由ですよね?」
「な、なに言ってんの大井っち」
「私がいなくなると安心して指揮できないから……そんな自分のために心配してくれてるんですよね?」
「違うよ大井っち!! 私はただ大井っちが心配で……」
直後暗くなる部屋。話はまだ終わってないだろと大井に接近する北上は、次の瞬間床に伏していた。暗闇からの攻撃。当然大井がそんなことをするとは、頭のどこにもなかった北上は後方に倒れる。幸い怪我はしなかったものの、北上を後方に押し除ける、力強い一撃だったことには変わりない。
普段向けられるはずのない大井の攻撃に、北上は心と体に大きなダメージを負った。決して自分が何をしても話してくれないのだとわかってしまったその瞬間、なおも食いつく気力は底を突く。この暗闇の部屋でしばらく動けず、ただ大井が布団に潜る音でしか、これが現実であることを認識できずにいた。
ゆらりゆらりと、まるで幽霊のように立ち上がった北上は、大人しく明日まで待つなどといった消極的選択を取るはずもなく。全ての事情を知っているであろう提督を求めて、執務室へと舵を切る。
廊下の光が部屋に差し込み、暗がりの世界の一部を光が照らす。親友がベットで息絶えている様を心配そうに見つめた後、決心を持って光を閉ざした。……とりあえず、まずは制服に着替えよう。
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「よ〜し今日の業務終了ー。お疲れ様、陸奥。それにしてやっぱり早いな〜おかげでいつもより早く片付けられたよ。いや〜陸奥がいてくれると本当に助かるよ、ありがとね」
「……はい」
執務室では、秘書艦である陸奥と提督が業務終了の鐘を鳴らし、後片付けの段階に入っていた。夕食を済ませた午後十時。朝が早いものはすでに夢の中だろう。明かりがポツポツ見える窓を眺めながら、提督は心底楽しそうに陸奥へのおべっかを不自然に進める。
対する陸奥の反応は薄い。まとわりつくように、一方的に喋り続ける提督にうんざりは言い過ぎな気がするが、良い気分ではなさそうだ。所定の位置に納め終わった陸奥は、提督が未だに片付かないのを見て手元を遊ばせる。このまま退出するのは流石のは、提督に冷たい態度で応対する陸奥であっても憚られたのか、決して提督に近づく事はせずに静かに見守っていた。
「よし、終わったな。この調子で、また明日もよろしく頼むよ。この時間帯だとまだお風呂は空いてるよな? 急いだ方がいいんじゃないか?」
「えぇそうね……おやすみなさい提督」
「あ、あぁそうだな。おやすみ陸奥、また明日」
ヒラヒラと手を振る提督に、陸奥は体の前で小さく控えめに手を振り返し、静かに執務室を退出して行った。足を音が遠ざかっていくのを確認した後、提督はヨッシャー!! とガッツポーズを決める。
今までの関係性から、少しづつ昔に戻りゆく様を自覚した。やはり陸奥を秘書艦に任命したのは英断であった。いや、本当なら前線に立ちたい気持ちがあるであろうと知った上での人選。正直賭けに近かったが、どうやらその賭けはうまく運んだようだ。
喜びのあまり、書類を仕切りに整える意味のない行動をしばらく続ける提督だったが、明日も早いんだと気持ちを切り替えて、いいかげん書類を触るその動きを止める。やり残しがないことの最終チェックを済ませ、自分も風呂入って寝ようと執務室の照明を消した時だった。何か重くて片芋を引きずって運ぶような奇妙な音が耳に届く。
?
石臼とまではいかない、ゴリゴリではなくズリズリとした音が近付いてくる。季節に不釣り合いな怪談かなんかかよと鼻で笑えば、不思議な音は扉の前でピタッとやんだ。変な汗が出てくるのも構わずに、ノックもなしに扉は開かれた。月明かりが差し込む暗い部屋の中で、廊下からの光が入り込み人影が侵入してくる。後光がさして見えずらかったが、じきに目も慣れてくると誰だかはっきりわかった。
「……なんだ北上か。ど、どうしたんだこんな夜遅くに」
「ん〜?」
しつこく付き纏ってきた大井のことが頭に浮かび、反応が遅れてしまった。……もしかしたら嗅ぎつけてきたのか。いや、ここは正直に話すべきだな。大井に比べれば、北上は落ち着いていて理性的判断が効くやつだ。流石にわかってもらえるとは思っていないが、優秀な戦力を気まずいまま置いておくのも不味い。ここは謝罪するタイミングと見て、素直に打ち明けるのが吉か。あまりの伝達スピードに驚愕。まあ、付き合いも長くて同室なら気付かない方がおかしいか。電気は点けず、神妙な面持ちで次の句を探していると、提督はある気付きを得る。
「あれ? 北上風呂入ってないのか? 確か出撃の類はなかったはずだけ……ど」
「ちょっと提督に聞きたいことがあるんだけどね?」
北上が何を引きずっていたのか、今になってようやく気付いた。いま北上が片手で引きずっているのは、彼女の相棒とも言える存在、九三式魚雷そのものであった。それも艦娘装備用の、五連装発射管に収まる小さなサイズではなく、彼女らの訓練ように作られた特別性。爆薬は一切入っていないが、鈍重な印象を受ける。
「いや、それ、なんで……」
「ん〜ちょっと黙っててくれないかな? 今から私が質問するから。もしも気に入らない答えが返ってきたら殴っちゃうからね〜」
「お、怒ってるのか北上?」
「聞こえなかったのかな? 聞かれたことにだけ答えてね?」
いつも通りの調子でありながら、その語感には鋭いものを感じられる。どうやら相当頭に来ているようだ。これは発言を選ばないと、頭をかち割られかねないぞ。ダラダラと汗を流しながら、部下の反乱に戦々恐々とすると、ピンと背筋を伸ばし姿勢を正した。それに満足げに微笑んだ北上の目は笑っていない。一段落ついたところで北上が質問を始める。テーマはもちろん……。
「大井っちの様子がおかしかったんだけど、何か心当たりがあるんじゃないかな?」
ほら来た。早速来やがった。
「心当たりがないといったら嘘になる。大井とはその……行き違いというかなんというか、カッとなって手を出してしまったことは認める……悪かった」
「それ私にいっても意味ないじゃん。ねぇふざけてるの? 痛みが伴わないと理解できない?」
魚雷を振り上げる北上に、まてまてと手を振って焦る。あんなのを食らったらひとたまりもない。反論したいところだが、ここはまず罪を認める形で相手に従おう。下手に北上を刺激してしまえば、それこそ流血沙汰になってしまう。一応の許しは下り、ふっと力が抜かれた魚雷は、地面に先端を叩きつける。ドスンと、床を大いに軋ませた衝撃波が足裏を刺激すれば、一筋の汗が額を伝った。
「で? なんで手を出したの」
「それは……大井が突然、恋人の真似事を始めたから……。陸奥との仲を裂きたいんじゃないかと思考が回ったら、無性に腹が立って来て……気が付いた時にはもう……」
「は? 提督は大井っちが好きだからカッコカリの指輪、渡したんでしょ? ボケてんの?」
「何いってんだよ、あんなの戦力アップの道具……」
口を慌てて押さえたがもう遅い。予想の斜めに向かい出した衝撃の真実に、カタカタと魚雷が音を立て始める。謝罪の言葉ももう間に合わない。提督は重い一撃を覚悟して目元をひくつかせていた。息を盛大に吐き出した北上が、最大の軽蔑を提督へと向けると、やってらんないと魚雷を提督の前へ放る。
「私達は提督のコレクションかなんかなの? 憧れの人にだけいいようにされれば他は関係ないの? こんなクズ野郎の提督が、陸奥とくっつくとは思えないけどな〜」
瞬間何かが振り切れて北上の襟を掴み寄せた。利き手は平手打ちの体制をとって、あぁこれでは大井の時と同じではないかと落胆する。北上は伸びた手を振り払い、馬鹿にするようにフフっと笑った。
「もういいや、くだらない。飛ばしたいなら飛ばせば? いつも提督がやってるみたいに」
「……いや、今回の件は不問にする。俺も見苦しいところを見せたからな」
「……それで優しくした気にでもなってるの? そういう中途半端さが気持ち悪い。二度と話しかけてこないで」
嫌悪するようにそう吐き捨てると、魚雷を微塵も気にする様子なく荒々しく執務室を出て行った。一人残された提督は、長らくその場に立ち続ける。自分が取り続けた選択の結果とはいえ、面と向かって言われてしまえば、気にしないほどに面の皮は厚くない。夜は更けていく。