親しくなってからぶっ壊れるまで 作:おおきなかぎは すぐわかりそう
懐かしい夢を見ていた気がする。
重たい持ち上げるとベッドから起き上がって、カーテンを覗いてみた。
空は未だ暗い、変な時間帯に起きてしまったようだ。……そういえばお風呂に入っていなかったんだ、シャワーを浴びよう。……昨日の夜は北上さんにひどいことをしてしまった。一晩たって、だいぶ気持ちの整理もついてきたので、北上さんが起きてきたらしっかり話をしよう。
そうやって、北上のベットに近づいた大井は、髪を撫でてやって一人静まる。"ごめんなさい"と動くその口は、果たして本人を目の前にして正常に稼働するのだろうか。朝はとても冷える。
透き通るような冷たい空気は、鼻から入り喉へと、そして気管と動きが手に取るようにわかる。新しい空気を少なく入れ替えて、考えてしまうのはやっぱり提督のことだ。
親しき仲にも礼儀あり。私は、その礼節を大きく書き損じてしまったのだろうか。やはり、冗談でも秘書艦にしてくれというべきではなかったのだろうか。あの怒りに満ちた顔は……やっぱり私が悪かったんだろうな。
早朝となるこの時間帯は、お風呂を使えるのは出撃帰りの艦隊のみ。ので、シャワーで済ませるしか選択肢はない。水気で抵抗感を覚えるコックをキュッキュと鳴らし、真水を穴から降らせるのだ。
冷たい。
神経に触る温度だ。
頭に修行僧を思い浮かべながら、贖罪の気持ちで温度が入れ替わるのを待つ。ただ水に打たれ、水に落ちる音が鼓膜に至る。密閉された空間は、反響を繰り返しタイルに湿った音を届ける。
疲れた。まだなにもしていないはずなのにどっと疲れる。こんなことでは先が思いやられるではないか。水をすくうと顔に叩きつけ、景気づけに何度か繰り返す。眠気はもうとっくになくなっていた。
稼働し始めた空っぽの頭で考える。仲がいい二人の間に入っていく自信はあるのだろうか、もうチャンスはないのではないのだろうか。いや違う。あれは私がいけないんだ。私が提督を怒らせてしまったんだ。今まで楽しんできたバツなんだ、これは。
でも大丈夫。彼とはそれこそ長く付き合ってきた。たとえ古くからの付き合いが相手だとしても、私は彼の側にずっといたんだ、今はただ昔馴染みがこうじて特別な仲に見えるだけ。私が陸奥さんのポジションだったらとか変な妄想はなしだ。
そう、まだ大丈夫、まだ間に合う。きっとこれは試練なんだ。でもこれを乗り越えることが出来た日には、今とは比べ物にならないくらいに幸せになれる。いつだってそうだ。私は運がいいんだ。あの地獄の日々をくぐり抜けてきたじゃないか。そのことは一番自分が理解しているんだ。だから嫌な考えはここで流し切って、提督にとびっきりの笑顔を見せてやるんだ。
誰もが羨むような夫婦に。私がいて、彼がいて、北上さんが穏やかに暮らせるそんな日々。イバラの先に、光がポツリと見えている。大井は光に向かって必死に手を伸ばし、悲劇的なヒロインの劇的な幸せを空想する。その光がただの錯覚であることなど、口が裂けても絶対に、言語に出来ないといい張って。
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「ん、んぅ〜?」
「あ、北上さん。おはようございます」
「ぁ……お、おはよう大井っち」
顔を突き合わせて北上さんに挨拶する。いつもなら動じない北上さんも、流石にうろたえているようだ。体をひっこませ立ち上がると、両腕を広げる。
「さあ北上さん!! あわれな大井に、罰を与えてください!!」
「ぷっあっははは。大井っち声大きいって、うるさいって壁ドンドコされちゃうよ?」
ただ謝るのでは空気が重くなってしまう。それなら自分からネタにする勢いで笑いに変えてしまおう。少しだけ不安があったが、やってしまえば容易かった。北上さんがちゃんと向き合ってくれたことも成功の要因だ。安心して笑みをこぼせば、広げた腕を下ろすはずだったが。
「でも、お仕置きは必要かな〜?」
ガッチリ腰に腕を回されたと思えば、ベットへと引きずり込まれる。そのまま二人でじゃれあって、あたりにホコリが舞うのなんか構やしない。なんてことない、いつもの日常を取り戻したのだ。これに気分はよくなって、提督との仲も修復できるんだと自分に言い聞かせると、なんだか未来への道が開けていくような気がしてきた。総員起こしのラッパが響く。北上さんの準備ができてないと退こうとするのを引き止められる。
「いいよいいよ、気にしないでさ」
「そ、そんな……。いえ、午前の講義に間に合わなくなりますよ?」
「う〜んそうだ大井っち、あの時みたいなノリで軍属辞めちゃおうよ。ね? 絶対そうしたほうがいいよ、絶対!」
「!? 北上さん一体なにいってんですか? 私たちがここを離れる理由なんてないじゃないですか」
「この鎮守府にいると絶対大井っち不幸になっちゃうよ。だから、ね? 一緒にこんな場所抜け出そうよ、ね?」
「……なんでこの鎮守府から抜け出したいんですか?」
「そりゃだって、ここの提督大井っちに優しくないよ」
「……提督が気に食わないからここを去りたいんですか?」
「だってあいつ……自分のことしか考えてないクズ野郎だよ? 絶対大井っちのこと幸せにできないし、なんならあいつには好きな人が……」
「提督はクズなんかじゃありません」
「え? だってあいつ大井っちに手「あれは私の責任です」いやでも!! 「あ……」へ?」
「もしかして北上さんも提督のことが好きなんですか? そうやって諦めさせようとする作戦のつもりなんですか? まあでも提督は優しくて、かっこよくて、私なんかじゃ簡単に釣り合わないのは認めますけど」
「な、なにいってんの大井っち。大井っちちょっとおかしいよ」
「おかしいのは北上さんの方ですよ、なんですかいきなり、私の人生設計を狂わせる気ですか? 北上さんも腹の底では私のことバカにしてるんですか?」
「そ、そんなわけないじゃん」
「じゃあ朝ごはん食べにいきましょう。それで今までのことはなかったことにしましょう」
大井は起き上がると手を合わせて、暗にこの鎮守府に残る意志を伝える。北上は親友が、ある日唐突に違う生物にでもなってしまったような気持ち悪さを覚える。
不幸を周囲に振りまいて、その上彼女らの幸せすら吸い取るのか。ヒルのように、血液が固まらないように体液を流し込んで、知らず知らずのうちに寄生されるんだ。許せない。あいつだけは、本当に殺してやりたい。それほど腹わたが煮え繰り返る。あぁクソが、絶対にわたしが守ってあげなくちゃ。あいつのせいで大井っちはおかしくなってしまったんだ。大井に合わせようと無理に笑ったその顔は、よく見ると苦痛に歪んでいるのだった。
朝の食堂。だいぶ出遅れてしまったので、もうほとんどのメニューが残っていない。残りは昼食へのつなぎである軽食程度だ。両名は戦闘糧食として優秀なおにぎりとたくあんのセットを注文し、遅れを取り戻すように口へと運んでいた。そこに朝食を食べ終わった提督が大井の目に入った。いつもなら駆け寄って、自らの欲望に忠実に再現して見せるのだが……この時ばかりはどうやら違うようだ。
「!? ……」
「……」
一方は好物を目の前にぶら下げられた子犬のように小さくはしゃぎ、提督に微笑みを浮かべて控えめに手を振る。一方は提督の姿に興醒めしたと言いたげに視線を外し、たくあんを口に含んで親の仇のようにボリボリと咀嚼音を発した。
かつてと全くの逆の反応と情報の多さに、提督は一瞬歩みを止めるが、大井に対する後ろめたさが、期待に答えるように動き出した。どこかよそよそしげに顔はうつむき、まるであっちいってくれと心で訴えているようにも見えた。北上を視界に入れるのは恐ろしく、厨房の方に目配せしながら逃げるように去っていくのだった。残された二人の間には、見えない溝が完成していた。