親しくなってからぶっ壊れるまで   作:おおきなかぎは すぐわかりそう

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挨拶の基本は罵倒、会話のキャッチボールは暴言。※(ただし北上は除く) 上

 まだ薄暗さが残る早朝の空をカモメが優雅に飛び回る。呑気に鳴き声を漏らしながら風に揺られるその様は、戦時中だと言う事を忘れてしまいそうだ。

 そんな平和な鎮守府の一室。提督に上手いこと事丸め込まれてしまった大井は、秘書艦業務を今日も遂行するため朝早く起きていた。

 

 タイムテーブルに自分の名前は減ったものの、毎日のように提督に顔を合わせ、同じ空気を吸い、書類仕事を鎮守府が寝静まるまでこなす日もある。

 (さぞ)かしストレスマッハな生活に嫌気が差し、寝床で死体になっていると思われたがそんな事は無かった。もはや日課に近しいと言うのか、まだ寝惚(ねぼ)(まなこ)で意識が覚醒して無いなか、枕に顔を埋め携帯を取る大井の行動理念は全て北上と言う二文字で説明が付く。

 北上さんへのモーニングコールを済ませ、北上さんに近況報告し、北上さんに提督の愚痴を溢す。

 それに北上は「へー、ふーん」と随分と適当な相槌(あいづち)を打つに留めるが、大井はそんな事お構い無しに喋り続け、会話も終わる頃には元気一杯、充電完了、準備万端、北上万歳!!と今日も張り切って提督を叩き起こしに向かうのだった。

 

 見慣れた、いや見慣れてしまった執務室のドアを潜ると、そこからまた更に提督の寝室へと繋がるドアを同じく潜らねばならない。

 大井が寝室への扉に差し掛かった時だった、独りでにドアノブがひねられたのでサッと距離を取ると中からパジャマを着た駆逐艦の子が大慌てで出てきて、その勢いのまま執務室も出て行った。

 開いた寝室のドアから提督が目を擦りながら続いて出てくると、大井は気持ちの悪い物でも見るように白い目で提督を見る。

 

 

「あ、大井おはよう」

 

 

「おはようございます提督。朝の水泳大会はいかがですか?」

 

 

 視線に気付いた提督が起こしに来た大井に朝の挨拶をして、大井が暗にお前を魚雷に括り付けて海水を鱈腹(たらふく)飲ませてやろうか?と返す。それに提督は勘弁してくれ、と目を閉じ呟いた。

 なおも続く、大井の汚物を見る目に提督は欠伸をした後に言葉を続ける。

 

 

「なんだ、明日遠征があるのに眠れないとかで部屋に来たんだよ」

 

 

「......変態」

 

 

「なんでそうなるんだよ!!」

 

 

 何を言っても徒労(とろう)に終わると悟った提督は、大井の横を通り過ぎ洗面台に向かう。なおも大井からのゴミムシを見る目は変わらない。

 

 

「......ロリコン」

 

 

「俺は至ってノーマルだ」

 

 

 水音に交じって抗議の声が聞こえて来るが、食堂でとんでもなく辛いと噂の特製激辛マグマカレーに、真顔で七味を振りたくる提督の何処が普通なのかと大井は首を傾げる。

 辛い物を食べる人に対して、食べれない人間はスゴイだとか勇敢だ、などのプラスの感情を抱くのが一般的だろう。しかし行き過ぎた凶行はキモイの一言に収束するとになぜ気付かないのか。

 提督として執務や指揮、コミュニケーションと言った基本的なことが出来るのは、流石この戦いを初期から戦い抜いている甲斐あるといった所だが。そんな提督を彼女達はある程度評価して好意的に接しているようだった、食事の一点に目を逸らしながら。

 

 憲兵に証拠を認めるなり現場を押さえさせれば提督など消し炭にすることが出来たが、大井は特にどうでもよさそうに髪を弄り回して提督の準備が整うのを待っていた。彼女もまた、これまでのやり取りである程度の評価を下した一人だったのだ。勿論、最も重要な北上の件に比べれば、些細な問題に過ぎないのだが。

 そんなこんなで、北上との夢の同棲生活に向けた秘書艦業務が今日も始まった。

 

 

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「そろそろ昼時か。よし、いったん切り上げるぞ」

 

 

 壁掛け時計を見た提督がそう告げると、両者共に凝り固まった体を解す。作業中余計な会話をしない二人は確実に書類を片付けて行き、後もうひと頑張りといった所か。提督が紙コップの中身を飲み干し静かにため息を吐く。

 

 

「提督、やっぱりマグカップ弁償させて下さい」

 

 

 怒りのままに破壊した提督のマグカップを後から申し訳なく思った大井は弁償させてくれ、と提督に頼んだ。

 対する提督の方だが、その時は無責任に北上の鎮守府への転勤をチラつかせ要らぬ負担を大井にかけてしまい、この鎮守府の指導者として相応しい行動が取れていたかと問われれば、提督にも落ち度はあったと振り返る。

 確かに長年愛用していたものだが、そこまで深刻に考えてもらっては困るのであって、結局はただのマグカップでしかないのだ。

 

 

「その事は何度も言っているが俺も悪かった。この話は今後一切しない事、わかったな」

 

 

 こんな男に借りを作る事が嫌なのか、大井はムスーとした顔で、納得いかないご様子だ。提督はどうしたものかと頭を抱え、どうにか大井を納得させられないかと考え込む。

 

 

「そう言えば、大井はマグカップ持ってなかったよな?」

 

 

「ええ、まあ」

 

 

提督の一見意味の無い質問に、不思議に思う大井は一様の肯定を示す。少し前までは確かに大井も所持していたが、北上が持っていないと知るや否や、合同演習の際に自分の物をプレゼントしていた。

 確かにマグカップが無くなって不便ではあったが、自分のマグカップを北上が使っていると想像するだけで大井はニヤニヤが止まらなくなる。

 

 

「大井には感謝しているんだ、北上の為とは言え仕事を片付けるスピードは格段に上がっている。北上がこの鎮守府に来るか、あるいはそれ以外の要因で終わる関係だとしても、それまでの間よろしくの意味を込めてマグカップでも送らせてくれないか?」

 

 

 北上からのプレゼントだったら、たとえゴミを放り投げられても大手を振って大歓迎だが、北上以外となると話は別だ。単純に嬉しくない、この言葉に尽きる。

 提督がしつこい事は知っているので、それで彼が満足して場が収まるのならマグカップの一つ程度、別に受け入れてもいいかなと大井は思った。

 

 

「提督が私にプレゼントしたいと言うなら別に止める理由はありませんが....」

 

 

「よし、決まりだな。飯食って残り片付けたら買い物いこうぜ」

 

 

「は?」

 

 

 上官に向かって、は?がいかがなものかは置いといて、どうやら提督は大井を連れてショッピングに行くつもりのようだ。困惑する大井を差し置いて、さっさと提督は執務室から出て行ってしまう。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ提督!!」

 

 

「ん、どうした大井。先に仕事片付けちゃいたいか?」

 

 

「いえ、そういったことではなくてですね。なんで提督の買い物に私が同行することになってるんですか!?」

 

 

「そりゃお前、本人に直接選んで貰うのが一番確実だからだよ」

 

 

 提督はこの方法しか考えられないとばかりに自慢げに言い放った。大井は一日に北上との交信を数度、最低三回行わないと死んでしまう体なので、この提案に異議申し立てを声高に叫んだ。

 

 

「そんなの一人で行けばいいじゃないですか!辛さでとうとう舌だけでなく頭まで可笑しくなちゃいましたか!?他の子にもこんな風に声を掛けて連れ回してるんですか!?そうやって仲良くなって自分の性欲を満たしてるんですね!?変態!ロリコン!女の敵!この鎮守府の敵!!!」

 

 

 肩を上下させ、息を荒くする大井は今まさに飛び掛からんと両の手を広げ戦闘態勢に入っている。途中から入った推察がいつの間にか確定させられてる所が笑いどころだが、提督自身は決して笑えない。

 今にも飛び掛かって喉を絞殺されると本能で察した提督はとんでもない愚行を犯す。

 

 

「い、いや待て大井。実はだな北上も一緒に誘っているんだよ」

 

 

 北上の言葉にピタリと動きを止める大井。後先考えず、一緒に外に出掛ければある程度仲良くなれる提督の伝家の宝刀を信じ、嘘を更に掘り下げていく。

 

 

「うちの備蓄資源が余ってるから北上の居る鎮守府に取りに来てもらおうと言う話になって、北上が旗艦で新米達を連れて練習がてらこの鎮守府に来るんだよ。大井を誘う前に北上にも連絡を入れていてな、せっかくだったらみんなで買い物でもしようという運びに......」

 

 

 そんな話北上さんから聞いていない。だが、北上さんのスケジュールの全てを知っている訳でもない。

 なんで北上さんと提督が連絡先を交換しているのか、鎮守府間の大きな取引を秘書艦である私が知らないのは何故か、なんでわざわざ三人で買い物しなければならないのか。考え出せば怪しい所なんて切りが無い。

 しかし、もし本当に北上さんがこの鎮守府を訪れて、北上さんの意思で()えて私に情報を流さないようにし、三人で買い物に行くことに北上さんが納得しているのなら、こんな下らないことをしている暇は無い。

 

 

「わかりました、急ぎましょう」

 

 

 大井はそう言うとさっきまでの怒りは何処へやら、食堂に向かって歩き出した。それに提督は危機は去ったと冷や汗を拭う。単純な問題の先送りでしかないが提督はよく回る自分の舌に感謝し、今後訪れるであろう厄災(やくさい)をどう乗り越えるかに意識を向けた。

 

 

「提督」

 

 

 先を進む大井の声に嫌な汗を再び流れる。意識を引きずり戻され体を硬直させて、緊張の面持ちで直立不動する提督に、大井は振り返りながら言葉を続ける。

 

 

「もし嘘だったら」

 

 

 正面に向き合いこちらを探るように見つめてくる大井の目は髪と同じブラウン色。その眼はしっかりと提督を捉え、何もかも見透かしてしまいそうだ。恐ろしくて大井から視線が動かなくなった提督は両手を固く握り込む。

 

 

「殺しますよ」

 

 

 飛びっきりの笑顔でそう告げた大井は踵を返すと足早に食堂へと向かう。笑顔は本来威嚇から発展したものだと提督は思い出した。

 今の自分を例えるなら13階段一歩手前と言った所か、その階段の向こう側には勿論太いロープの先が輪っかになった物が小さく揺れている。

 そんな幻覚を見そうになるが、今から本当の事を話して許される訳なんてものは当然無く、寧ろ死期を早めるだけだ。ならばと提督は快く受け入れてしまおうと決心する。だが踏み出したその足取りは想像以上に重いものだった。

 

 




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