親しくなってからぶっ壊れるまで 作:おおきなかぎは すぐわかりそう
「……何の御用ですか? 陸奥さん」
「えぇ、体調を崩しているって聞いて。ちょっとだけ……付き合ってもらえないかしら?」
なんてありがた迷惑なんだ。私を笑いに来たのかと、不貞腐れるように何処とも知れぬ場所を見て、さっさと話をぶった切りたいとぶっきらぼうに切り出した。少なからず、私が陸奥さんに悪い感情を抱かずにはいられない。
それでも同情やお情けのない、見たところ混じりっけのない縋るような表情を浮かべられれば、段々とこっちが悪い気さえしてくる。なんであなたがそんな顔するんですか、おかしいでしょうに。
勝者の自覚のない行動は、私から見れば一種の挑発にも見えなくもない。それがわざとじゃないことは表情からも窺える。へんに怒鳴り散らすことも出来ずに、この奇妙な感情に理由をつけた。これを機に、提督との関係性を聞き出すのだなんてそれらいし理由を見つけると、諦めたように息を吐き出す。
「ハー……、わかりました」
どこに向かうのかもわからぬ心配をよそに、身長だとか、胸の大きさだとか、提督の心だとかなにもかも劣った負け犬は、首を短くして付き従うのだった。
連れられたのは食堂。
もうラストオーダーギリギリの、食器を洗う音が耳に届き閑散としていた。
道中に会話はなく。わざわざもうすぐ閉まる食堂を選んだのは、話はすぐに終わるとの意思表示のつもりだろうか。
もっと誰もいない密会を勝手に想像していただけに、予想との違いに小さく驚く。
「何か食べる?」
「はい? あ、はぁ」
流石に食堂まで来て何も頼まず居座るのは居心地が悪いのか。それに、面と向かって話をするより、何かを摘みながらの方が気持ちが楽なんだろう。
トレーを手に取る陸奥に従うように、失礼なボヤッとした返事をしながらトレーを取り寄せ、ボヤッとメニューを見渡した。何を注文するべきなのかと、答えを求めて先行する陸奥さんの方に注意を向けると。
「すみません、坦々麺の激辛で」
「ッフ。あ、いえいえなんでもないですよ、お気になさらず」
食堂が閉まる時間が迫っているはずなのに、結構ガッツリ食べようとしていることがおかしくって笑ってしまって、どうかしたの? と小首を傾げる陸奥さんに、なんでもないですよと説得力に欠けるフォローをくっつけた。
本当に私と会話する気があるのだろうか、いや突っ込むべきはそこではないだろう。提督の異常性で違和感が仕事しないのか、"激辛"の言葉に言及するのが先だろうに。
「辛いの、好きなんですか?」
「うーん、そうね。……一日に一回のペースで食べるようには……」
「へ、へー」
人は見かけによらないというが、澄ました顔をしておきながらのコアな事態に言葉を見失う。どうやら想像の数倍もひどい事態に、流石は提督の元同僚だけあるなと感心すら覚える。
けれども、どっちから先に歩み寄ったのかの回答には及ばない。元々辛い物好きがこうじて歩み寄ったとも考えられる。いずれにしろそこいらの艦娘の一人と片付けるのは出来ないことは飲み込まなければならない。
悔しいけど、今までのことが全部自分の独りよがりだった事に気付き、不覚にも宿敵の前で弱みを晒しそうになる。キュッと表情筋を引き締めて、私も陸奥さんの注文した量と大体同じメニューを選び取り横にずれた。すると、今度は陸奥さんが会話を振ってくる。
「この戦争も、じきに終わるわ」
「ッ……」
「もしかしたら、凄く失礼なことを言うかも知れないのだけれど聞いて?」
「……なんですか」
「戦後、提督のことを支えてあげて欲しいの」
「それは、また。どうして……」
「提督は戦争に囚われている。あの子、目標を見失ったら燃え尽きてしまうと思うの。私じゃ提督を真に理解してあげられない。こんな無責任で本当に心苦しいのだけれど、彼の良き理解者になってあげて?」
「は、はい……」
「その、提督はどうして陸奥さんのことが好きなんでしょうか……」
「私も彼そのものじゃないから断言は出来ないのだけれど……強く、当たり過ぎたんだと思う……。それと、私が弱さを晒してしまったからじゃないかな……」
「提督に弱さを見せたって、一体何があったんですか」
その言葉に時が止める。絶対零度の横顔に、温度が急激に下がっていく気がして肩を震わせた。あまりにも不躾。自分の行いを省みると、焦るように謝罪の言葉が口から出てきていた。
「す、すいません込み入った話をしてしまって」
「いいのよ、私が勝手に抱え混んでるんだもの。あなたには悪くないわ」
そう言って、かん水で黄色く着色された麺を箸でつまみ、もの悲しげな表情で啜り上げた。
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「んん! うまい!!」
はじめて味覚を感じた時は、感動を覚えた。感情が芽生えたことで、人間と同じように酸いも甘いも噛み締めて、けれどもやはり飯のうまさに驚く毎日であった。
「もう長門ったら、そんなに詰め込んだら喉つっかえちゃうわよ?」
「ん!?」
「はぁーもう言わんこっちゃない」
慣れない体をに飯詰め込めば、しかめっ面に胸叩く。そこに陸奥がハイハイとコップを前に出せば、救援を得たりと飛びついて体内に流し込む。ご飯で死にかけていたビックセブンは、神妙な顔を作り、また頭に浮かんだそのままを形にした。
「食事が戦意にこれほど影響するとは……。いまなら深海棲艦百匹は殴り飛ばせるぞ」
「もう、長門ったら」
それをやり遂げるだけの気概を見せるので、冗談に聞こえないのが笑えないと、呆れて首を振りまく。ウムウムと仕切りにうなずく長門は、次に陸奥のお茶碗へと視線を注ぐ。
「それにしても陸奥は優雅に食べるな、私も見習わなくては」
そんな調子で自分の飯に向き直る真似てみるが、次第にまどろっこしくなって結局いつものペースで平らげ始めるのだ。
「見習うんじゃなかったの?」
「いや、またの機会に取っておこう。オカワリ!」
元気に差し出される米粒一つないお茶碗。そのあまりにも説得力にかける文言に、偽りありと笑みを浮かべた。
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「んてぇ!!」
自慢の41センチ主砲が轟音を鳴られば、目に見えて味方は勢いを増す。傷だらけの船体。それもそのはず、先陣を切って敵に怯まず、威風堂々と戦線に穴をこじ開けるのだから当然の代償だ。
「まだまだ!!」
戦場の恐怖に萎縮した艦娘は、ただ彼女を見て自らを鼓舞する。正しく彼女は、戦場の女神。形容し難い高揚感を胸に、ただただ陸奥は姉を誇りに思う。だが、こんなに飛ばしすぎるのもよくないと、最前線で光り輝く彼女に声を掛けた。
「ちょっと、程々にしておかないと、また帰った時に怒られるわよ?」
「そうはいってもだな陸奥。存分に戦える戦場で、大人しくしていろというのがそもそもの間違えなのだ」
戦場には英雄が必要なのだ。圧倒的力を備えた、絶望の中での一筋の光。その光が、自分の勝手知ってたる身内であることがたまらなく嬉しいとともに、自分も精進せねばと気も引き締まる。
けれども私たちの存在を疎ましく思う連中もいる。また小うるさい上官に嫌みったらしくネチネチと攻められるのは、いまだに慣れていないよと。
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「それで、最前線に出た、と」
パサリと海戦結果の書類を投げ、不満ありありに手を組んだ男は、呆れるように息を吐き切ると二人にその冷め切った目玉を向けた。
「君たちは自分の立場がわかっていないようだね。いいかい? 君たち戦艦はいうなれば広告塔、国民から金を巻き上げるための旗頭なんだよ」
「……提督、いっては悪いがその発言をビッグセブンの前でするのか?」
確かに戦争には金がいる。それも、国土を海に囲まれた自給自足するエネルギーも食べ物もない日本ならば、安全保障、日々の日常の当然の対価のために出費は嵩み続ける。それが非常事態となればなおさらだ。
「何度も何度も繰り返し繰り返し話しても理解しないからこうやって話しているんだ。とにかく、君たちが動くと資材は減るは、燃料は食うは、象徴がなんだとうるさいのだよ。君たちは戦線の後方で、腕を組んで踏ん反りかえっていればいいのだ。……それとも、大和のように朽ち果てたいのかな?」
終戦まで、燃料不足によって生殺しにされた長門が知らないはずもない。その脅しは彼女達、超弩級戦艦には効果覿面。息を飲む音がはっきりと聞こえるほどに、生唾が喉を望まずに潤した。
「……承知した。それが国家の為ならば……」
「結構、せいぜい迷惑は大飯ぐらいに収めるように……陸奥、君もだぞ」
「了解です、提督」
海上に浮かぶ、鋼鉄の要塞。超弩級戦艦傷は決して無傷ではいられない。陸奥を上から下まで舐めるように見やり、やはりおかしいと提督は顔をしかめた。
傷と撃墜は長門が多いが、使用する弾薬量は陸奥と大して変わらない。それでも攻撃するために前に出れば、消費された弾薬に対してのダメージ量の計算がおかしい。
無能と一括りに結論は出せる。しかしだ、もしも長門の弾薬消費を陸奥が肩代わりしているとしたら_____。恵まれた環境でしか輝けない、コストパフォーマンス最悪の産廃の身を案じたのか、それとも提督自身の身を案じたのか、それは神のみぞ知る。
「んー全く、腹の立つ男だ」
「仕方ないわよ。今はどこも切り詰めているんだもの」
腕組みで、なんとも不満そうな長門を陸奥がなだめる。
日本という国を維持するにはそれ相応の力が必要不可欠だが、それもシーレーン確保のために細長く引き延ばされ、無尽蔵とも言える深海棲艦相手に紙一重の戦いを強いられていた。どこかが耐えきれずに潰れてしまえば、それこそ国家滅亡の危機に瀕するほどに、この国は危うい。
「それよりもご飯にしない? 美味しいものを食べれば嫌なことなんてどうでも良くなるわ」
「……それもそうだな。よし、今日は新しいメニューに挑戦しよう」
しかし、ただ思い詰めるだけでは事態は好転しない。悩むのを仕事にしている人間に任せて、自分達は与えられた任務を全うしようと先ほどまでの不快感を追い出し、楽しいこのと考えようと努める。それには食事がなによりもベストであった。
「くぅ〜なんだこのむせ返るような赤い代物はぁ」
「ねぇちょっと? あんまり無茶しないでよ?」
「な〜に。いざとなれば陸奥が手伝ってくれるさ」
「ちょっと、私を自然に巻き込まないでよ」
「まぁまぁまぁ」
ただの赤。未知との遭遇にはしゃぐ長門を、呆れた目で見守るのは陸奥以外いない。
「ぐ、ぐぁをッ! か、辛い」
「言わんっこっちゃない。注文を止められた時に素直に従っておけばよかったのよ」
「陸奥ぅ〜! 助けてくれぇ! 〜」
「もう、しょうがないわね」
そういって、借金の肩代わりみたく顔を露骨に歪めながらも、陸奥は泣きつく姉の力になりたいと料理を口に運んだ。
「ゔぅ、ゴ、ゴホ、ゴフッ」
「だ、大丈夫か陸奥?」
自分が辛いものに弱いことを初めて自覚した瞬間。もっていた箸を放り出して、両手で情けなくなる口元をおさえる。そしてどうしてこんな選択をしたんだと長門に目で訴えかけるのであった。
「わ、悪かったって」
まあまあと両手を突き出して陸奥を宥めると、自分のケジメをつけるべく長門は意を決して料理に向き合う。ただでさえ物資が不足しているのだ。好奇心の暴走が原因とはいえ、一番初めの言い出しっぺに食べる責任がある。
「こんなのただからいだけ、ただつらいだけではないか。このビックセブン推して参る」
苦しむことすら感謝を推し進めるように、ヒーヒーフーフーとまるで出産のように辛味への挑戦を買って出る長門は、世界で七人いる国家の抑止力をもちだしてこの難題に挑むのであった。