親しくなってからぶっ壊れるまで   作:おおきなかぎは すぐわかりそう

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世界は北上を中心に回る。※(ただし大井限定) 下

 

 

 日本近海の安全が保障され、内陸部に避難していた民間人も生まれ親しんだ土地へ帰って来ると、復興は瞬く間に進行した。

 特にシーレーンの一部復活に伴う輸出入の増大は、沿岸施設の早期復興をさらに加速させる。インフラ整備が早急に行われ、政府概算の復興予算が、予想を超えるスピードで消費されていくのは嬉しい誤算だった。

 新たに予備費が当てられ、日本は最大の危機を脱したのだと、疑いようの無い現実となっていた。

 

 そんな当たり前の日常を取り戻した、そこそこ田舎の街並みを全力疾走で駆け抜ける人物がいた。

 

 白い制帽を手に握り締め、外ずらを気にしていないガチ走りは、その白い軍服と相まって極めて異様だ。

 その後方20メートル、怒涛(どとう)の速度で迫りくる少女は、前方の白い背中を親の仇の様に睨みつけ、一度や二度(くび)り殺した程度では収まらないであろう怒気を隠すことなく放出していた。

 前方を走る提督は背中に刺さるような怒りが近付く恐怖を全身で感じながら、ただ前を向いて走り続ける。運動不足が祟ってか、昔に比べて動いてくれない体を必死に動かすが、鎮守府からここまで走ってきたせいか次第に息が不規則に吸われ、吐かれ。

 提督の体はもう限界だ。

 

 そんな時だった、提督の前方に軽トラに荷を積むのであろうご老体が、大きな荷物を抱えながら提督の目の前に現れた。

 咄嗟(とっさ)に急ブレーキを掛ける提督は危なげなく衝突を免れるが、大井は白い背中に意識を集中させていた所為(せい)か反応が遅れてしまう。振り返り、このままでは衝突は免れないと思った提督は大井を受け止めようと両腕を広げる。

 

 

──────あれ?

 

 

 提督は違和感を覚えた。何故かって? 大井の速度が先程と変わっていない、寧ろ加速しているように感じたからだ。その距離は見る見る内に縮まっていく。

 大井の顔を見ると、この状況を好機と捉えたらしく、利き腕を大きく振り上げ提督を亡き者にせんと拳を握り締めていた。

 

 

──────あ、これ死んだわ。

 

 

 拳が迫りくる刹那(せつな)、提督は背後の民間人に危険が及ばないように逃げ去る選択肢を取らなかったものの、自分の近い未来を想像して両目を瞑った。

 大井は提督を仕留められると確信して悪い笑みを浮かべる。

 

 

 上官を右ストレートで吹っ飛す、す?

 

 

 しかし、戦いなれた海上と地上の違いからか、それとも慣れない業務に疲れを溜めていたのか、大井は殴りつける直前でバランスを崩し、勢いそのままに提督に覆いかぶさる形でつんのめる。

 体勢を立て直そうとするが、健闘空しく提督に抱き付いてしまい、そのまま二人して固いコンクリートの地面に倒れこんでしまう。

 提督は目を(つぶ)った間に何が起こったのかよく解らなかったが、寄りかかってきた大井を抱きしめると、女性特有の甘くて優しい香りが漂ってくる。

 全艦娘に支給される同じ柔軟剤を使っている筈なのに、どうしてこうも彼女達の匂いは十人十色なのか。

 などと考える頭を守るように受け身を取り、衝撃が体に訪れた。軽トラの離れる音が聞こえ、痛む背中を押し固い物と柔らかい物に挟まれつつも、大井の無事を確認するため顔を起こせば。

 

 

ゴン

 

 

 無言の拳が提督の鼻に直撃。

 

 

「ひでぶ!? ばなが、鼻が...」

 

 

 情けなく(うずくま)る提督から離れ立ち上がる大井は、顔を真っ赤に沸騰させながら自分の体を抱き締める。

 その恥ずかしさを過分に含んだ怒りでもって睨み付ける先には、まだ痛みが抜けきっていない提督の姿が...。

 

 ワン、ツー! ワン、ツー! 両腕から放たれる容赦を知らない攻撃が提督を襲う。

 だか次の一撃を入れるか入れまいかの所で、ふと大井は思い留る。何処で誰が見ているか分からない、上官を殴りつける行為は国民に、艦娘全体に対する不信感を与えないか。

 ボッコボコにしといて今更な行動に、もはや手遅れな事を棚に上げてこれ以上の追撃はあきらめる。

 暫く痛さで転げ回っていた提督は近くに転がっていた制帽を拾い上げ、それで体を叩きながら立ち上がると大井がまだ赤みが残る顔で声を掛ける。

 

 

「ほんと、提督は馬鹿ですね」

 

 

「何のことかな?」

 

 

 提督は所々薄汚れた軍服で制帽を深く被るとそう呟いた。

 走ってきたこの先には、田舎特有の馬鹿デカい駐車場を備えた複合商業施設がある。

 騙され、せっかくの日に数度しかない北上成分補給チャンスを逃した大井のイライラは幾分か収まったが、北上が絡まなければ基本優秀な大井は次に提督が言うであろう言葉を容易に想像できた。

 

 

「さ、行くぞ」

 

 

 さっきまで部下にボコボコにされていた事など無かったかのように振る舞い、足を引き()りながら先を急ぐ提督に、大井は大きく溜息を付くと渋々と後に続いていった。

 

 

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 ショッピングモールの中は大いに賑わっていた。

 

 それに比べたら商品棚が少し寂しいように感じられるが、少し前まで配給券で物のやり取りが行われていたと知れば、そんな疑問を抱く事は無いだろう。

 提督は慣れているのか、救国の英雄その一人に色めき立つ周囲を物ともしない。

 そんな状況に大井は気恥ずかしさを覚えるが、この目立つ白い服装で艦娘と出かけないと警察のお世話になることを提督は学習済みだ。

 

 

「おお、見ろ大井! あそこに旨そうなもんがあるぞ!!」

 

 

 提督の言う旨そうな物は言わずもがな辛い奴だ。

 

 フロアの開いたスペースだったであろう場所に、中華激辛フェアの文字と出店が所狭しと並んでいた。

 呆れ返る大井を置いて、提督は片っ端から気に入った物を買い込んで行く。提督の去った店を何と無しに見た大井は値段の高さに驚愕し、急いで提督の後を追うのだった。

 

 備え付けのテーブルに戦利品を並べ、物凄い速さで平らげていく提督を見て、自分の上官は馬鹿なんじゃないかと。いや、馬鹿だったわ。と改めて評価を上書きした。

 周りを見渡せば、もう人影は騒がしかった頃より少なくなっている。提督の奇行に回れ右したのか、用を済ませて帰ったのか、出来れば後者であってほしい。

 

 

「大井も食うか? 麻婆豆腐」

 

 

「いりませんから早く食べちゃって下さい」

 

 

 真っ赤な刺激物を差し出してくる提督に、若干怒りの混じった声で応えると、提督はそうかと呟いてまた口の中に掻き込んでいった。

 

 

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「ここだ」

 

 

 ショッピングモールの最奥地。雑貨屋さんと言えばいいのか、そんな場所に案内された大井の第一印象は悪くはなかった。

 どうせなら飛びっきり高いのを買ってやろう。そう考えた大井はマグカップが置かれた棚に目を順に通そうとするが、テーブルに置かれたペアカップが視界に入ってきた。

 最初に浮かぶのは勿論、北上さん。同じ柄の色違いでデザインも素敵だ。だが値札を見てみると、このペアカップはセール品のようで、それが物の価値と大井と北上の関係を安っぽい物に変えてしまうように感じ、大井は興味を失った。

 あまり遅くなってしまうと、また北上さんと話す時間が無くなってしまう。粗方値段を見て高い物に絞り、そこから自分の好みのマグカップを手に取ると提督に声を掛けようと振り返る。

 

 

「大井、悪い。金無いわ」

 

 

 提督は財布と睨めっこしながらそう言った。大井は呆れかえって何も言えなかった。

 

 

「でも、このペアカップならギリギリ買えるぞ」

 

 

 提督が指差す先には先程のペアカップがあった。今、自分が手に取っているマグカップよりも小ぶりで価格も手頃だ。

 大井は執務室でお揃いのマグカップを飲みながら仕事をする二人を想像して顔を伏せた。

 怒りを通り越し、呆れを通り越して、無気力に(さいな)まれた大井は、もう北上さんとの連絡時間に間に合うのならば何でもいいと提督に告げる。

 提督と言えば悪い気はしたものの、ここで大井が買いたい物を後日渡すのは興が削がれるような気がして、ペアカップを買った方が良いんじゃないかと愚考した。

 ディスプレイにある二つのマグカップを手に取り、会計を済ませる提督は、プレゼントの入った袋を大井に手渡す。袋の口からはプレゼント用の包装紙がチラリと見えた。

 

 

「これからもよろしくな、大井」

 

 

 その言葉に大井は、このペアカップに抱いた、安っぽい関係が頭を過り鼻で笑った。提督の手から袋を譲り受けると、「こちらこそよろしくお願いします」。と淡泊に返すのだった。

 

 

 

 

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 大井の自室。ベッドの上、スマホ片手に北上さんに連絡を取る。左手には今日プレゼントされた暖色系のマグカップの姿があった。

 彼女は今日あった出来事を不満たっぷりに語る。スマホの向こう側で聞いていた北上は、これは長くなりそうだと、相槌を打ちながら長期戦を覚悟した。

 

 




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