親しくなってからぶっ壊れるまで   作:おおきなかぎは すぐわかりそう

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ツクバヤマクダレ

 

 

 短い睡眠で奥地へとも進出するたびに、神経をすり減らされる。

 

 日の出で顔を出す朝日に、しょぼしょぼとした目はやられ。しかし周囲の警戒を怠ってはいけない。合流ポイントA集結まで残りあと一日を切った。ここからは深海棲艦の領域だ、気を引き締めてかからねば。

 

 みんなの表情は険しい。当たり前か。ここまで来るのに、敵の一つとも遭遇していないのだから。それでもいつ襲われてもおかしくないので、警戒を解くわけにはいかない、刺激が少ないだけに集中力に陰りが見え始める。

 

 もしかして、深海棲艦はこの動きを望んで誘導している? いやそれはない。勝勢ならまだしも、劣勢に追い込まれた者達の末路など、唯一自分の庭である自陣に引き込んでの一発逆転。

 

 がむしゃらな攻撃は返って戦力を損耗する。最善手を打ち続けるロボットのようだな、なんて。相手の指揮官がどんなやつなのか見てみたい。そうやって退屈しのぎで思考を更新し続けて、また振り返るように索敵を行う。穏やかな空だ。今から自分が決戦に臨むなんて、まるで他人事のように感じる。

 

 

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「やあ諸君、いやはや疲れているだろう。見張りは我々が受け持つから、君たちは補給と休息を取って備えてくれ」

 

 

「お気遣い感謝します提督」

 

 

 合流ポイントに到着した私たちを本隊が出迎えた。何もない大海原に輪形陣を敷いて、最後の休息を取る。飛行機がしきりに飛び立ったり降りたったり。その光景をぼんやり眺めながら、自分たちの提督と通信を繋ぐ。

 

 

「陸奥以下六名。全員無事か? 体調の悪くなったものはいないか?」

 

 

「えぇ問題ないわ。予定通り本体と合流。一時間後にハワイ周辺海域に進出します」

 

 

「必ず帰ってこいなんて当たり前なことは言わない。……全力を尽くしてくれ、健闘を祈る」

 

 

 最後の演説になりそうだ。

 

 そう漠然と直感していると、インカムに繋がれた陸奥さんと提督が何やら親しげにはなしている。それに嫉妬している自分を見つけてふてくされていると、インカムが他の物に渡った。

 

 どうやら個別にメッセージを送っているらしい。余計なお世話だなと思う反面、提督らしいなと薄く笑う。作戦時間の集中する時間を作るためか、一人ひとりにかける時間は非常に短い、変に気の回る人だ。

 

 ……陸奥さんとの会話だけ、少々長かった気がするが、この感情をうまく言葉に表せない。それほどに複雑なモヤモヤが私の中で蠢く。

 

 

「大井? 次はあなたの番よ」

 

 

「は、はい……」

 

 

 内に意識が飛んでいたためか、なんだか変な返事になってしまった。髪を掻き上げて、自分を落ち着けると、インカムを耳に近づける。

 

 

「大井か?」

 

 

「はい、そうですよ」

 

 

「色々あったが……いや、色々あってすまなかった」

 

 

「このタイミングで過去の懺悔ですか? 空気読んでくださいよ」

 

 

「元気そうでよかったよ、北上が心配してたんだぞ?」

 

 

「……提督はどうだったんですか?」

 

 

「いや、まぁ。それなりに……」

 

 

 気苦労が絶えない提督にとってみたら、私なんて数ある心配事の一つだよななんて当たり前なことを考えて。けれども、できれば私のことを心配していたぞと言ってほしくて。提督の歯切れの悪さをフォローするように、言葉を付け加える。

 

 

「そうだ、この戦いが終わったらお伝えしたいことがあるんですよ」

 

 

「なんだ? 今は言えないことなのか」

 

 

「そうですね、帰ったら北上さんと一緒に……」

 

 

「そうか。時間も押してるから北上に変わってくれ」

 

 

「わかりました」

 

 

「北上さん」

 

 

「ん? なーに大井っち」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

「?」

 

 

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 暗がりの空を埋め尽くす勢いの航空機。敵も味方も判別できない乱戦模様の。絶えず対空防御と回避運動を繰り返し、私たちは地獄への一本道をまっすぐ向かう。

 

 

「有効射程範囲まで後百メートル!!」

 

 

「敵機直上──────!!」

 

 

「各個散開!!」

 

 

 防空駆逐が率先して弾幕をばらまく。私はその隙間を縫うようにカバーに回り、なんとか爆撃体制に入る前に被弾を誘うことができた。木の葉が舞うように、きりもみに制御を失った航空機。それが黒煙を棚引かせながら海面に着水した。

 

 

「正面敵戦艦群!!」

 

 

「いくよ大井っち!」

 

 

「はい! 北上さん!」

 

 

「サイドカバー!!」

 

 

 シュポポポポン

 

 

 魚雷の全力発射音。敵の攻撃は苛烈を極め、皆一様にダメージを抱えている。しかし、それをその大戦力を跳ね返せるだけのチームワークが作戦の成功を着実に近づけていた。

 

 有効射程五十メートルを切り、いま持ち堪えている現状が砂上の楼閣であることなど、アドレナリンを放出し興奮状態にある私は理解していなかった。だから、ちょっとした危機的状態が訪れた時になって、ようやく思い出す。いかに自分達が過酷な戦場に立っているのかを。

 

 

「後方より敵機!!」

 

 

 羽虫の如くたかる敵の異型航空機。直衛の味方機を掻い潜り、私たちの急所へ突撃する。振り返るまでの本の僅かな時間。その短時間で、相手が攻撃準備を終えるのには十分すぎた。

 

 

「キャッ」

 

 

 弾丸が作り出した水しぶきに、攻撃が当たるのかと身構える。けれども運のいいことに、そのキリトリセンは横を素通りしていった。

 

 

「被害報告!!」

 

 

「大井無事です!」

 

 

 返答の言葉が続かないのを疑問に思って、今し方陣形を組んでいたはずのチームへと視線を向けると。

 

 

「き、きき北上さん!!」

 

 

「離れて大井っち、敵に狙われちゃう」

 

 

 機銃掃射は北上さんの右目を残念ながら捉えていて、悲痛に押さえつけるその姿に動揺を隠せないでいる。燃料に引火したらどうしようとワタワタと近付く私を、北上さんは冷静に突き放した。

 

 

「沈めに来る攻撃じゃなかった。チッ、嫌がらせか……」

 

 

 全体的に損傷軽微。されど、今の攻撃で、チームの全力を尽せなくなった。現場を鑑みて、旗艦の陸奥さんが決断を下す。

 

 

「大井さん。負傷艦を率いて戦線を離脱してください」

 

 

「ッ……任務を放棄するんですか」

 

 

「最重量目標の敵の引率はある程度達成されている。敵施設攻撃だけど、それは作戦失敗時の長期戦を見越しての戦略……。これ以上無理する必要ないわ、即刻離脱して頂戴」

 

 

「陸奥さんはどうするんですか……」

 

 

「私はこの場からオワフ島を砲撃。敵を引き受けます」

 

 

「ま、待ってくださいよ!」

 

 

「大丈夫、早く行って」

 

 

「なにが大丈夫なんですか、全然大丈夫じゃないですよ! それに、あなたを無事に帰還させるって提督と約束してるんです!! 三々五々の戦力でこの敵勢力下を抜けられるとは到底思えません。一蓮托生です」

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

「なんであやまるんですか、敵中のど真ん中ですよ? 攻撃に集中してください」

 

 

 内部で意見が割れてる時でも、敵の攻撃にさらされ続ける。そんな状況の中で、戦場に動きが見られたのはそれからすぐ後のことだった。左舷に展開していた深海棲艦の群れに、砲撃が殺到する。

 

 

「本隊が到着した?」

 

 

「私たちの戦いは終わりました。一緒に離脱しましょう!」

 

 

「そうね、わかったわ」

 

 

 負傷によって、チームの稼働率が大きく減ったのを受け、苛烈な攻撃が一人頭のダメージ量を増やしていく。

 

 限界の文字を頭に浮かべ。しかし、先制攻撃を加える、我らが本隊が加える勝利への号砲が危うい未来と混在していた。もはや人類側の勝ちは揺るがないのに、それでも最後の一兵まで戦い抜く気概に、大井は何かしらの執念を感じ取る。陸奥さんが前に出ることで保っているのが今の現状だ。私達は、陸奥さんの取りこぼしをフォローすることで持ち堪えていた。

 

 ふと背後から魚雷が迫る。それに砲撃で対処して、陸奥さんへ警告をしようとして、固まった。

 

 提督の未練である陸奥さんが戦場で散れば、モウイチドワタシヲミテクレルンジャナイカ? 魔が差したのだ。運命に導かれるように、砲撃を掻い潜った一本の雷跡が、陸奥へと向かう。

 

 私はじっとその雷跡をただ見つめて……。

 

 三十メートル。

 

 周りに目撃者がいないことを確認して……。

 

 二十メートル。

 

 最後に最前線で闘う陸奥さん見つめて、もう迎撃できないと言い訳すら出てきて……。

 

 残り十メートル。

 

 

「え?」

 

 

 もう助からないと理解した時だった、陸奥さんを庇うように身を差し出す影が現れた。

 

 私だった。

 

 殺す気でいたはずの雷撃にこの身を捧げていた。

 

 戦艦ですら致命傷を与える魚雷に、足元を吹き飛ばされ。バランスを崩すように海中へと沈んでいく。あっけない自分の最後。爆発音で気がついた陸奥さんや北上さん、チームのみんなが手を伸ばして引き上げようとするがもう遅く。

 

 私の方から手を伸ばしても、ただ浮力を失い続けるだけだ。それでようやく理解した。自分が沈んでいることに。

 

 明るい海面は次第に遠く。涙は海水へと帰る。走馬灯を走らせながら、深海が私を呼んでいた。

 

 




次でラストです。

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