親しくなってからぶっ壊れるまで 作:おおきなかぎは すぐわかりそう
大人っぽい大井さん、素敵だよね?
次回から新章突入。
「提督お待たせしました」
「いや、待ってない待ち合わせの時間過ぎてないだろう」
時刻は16時。利き腕にはめた時計を見遣り、視線を大井へと移す。前髪を額に張り付け、少なからず息を上気させながら、かけてくる大井。背後ではスリルと興奮から来る悲鳴と、ローラーが猛烈に爆転する音が彼方より冴え渡っていた。着いた時から何度か鼓膜を震わせるアレには絶対に乗りたくない、と素直に認めながらチケットの片割れを差し出し、改めて大井を見る。深みのある暗緑色のトレンチコートを羽織り、中には黒のインナー、下は白いパンツに低い黒ヒール。普段見慣れた渋抹茶のセーラー服とは違い、どこか大人びた印象を受ける。
余談になるが、提督も今日は私服である。が、別に誰も幸せにならないので、上下を無難で固めているとだけ言っておこう。書くのがダルい訳では断じてない。
「デートの時もその服着て行くのか?」
「ええまあ」
チケットに伸びた手を途中で止めて、大井はその場でくるりと回って見せた。俺に感想聞いても、意味無くないか?と不躾な言葉が頭をよぎったが、彼女たちと触れ合って女性の扱い方をある程度、提督は学んでいると自負しているつもりだ。
「いつもより大人っぽくてよく似合ってるよ」
気障った印象を受けなくもない言葉。2,3秒ほどその場で固まった大井だったが、特に感情の起伏も見られる事なく。「提督に言われても、別に嬉しくありません」。そんな大井の回答に、提督は一体何が正解だったのかと苦笑いを浮かべた。
「けど」
「?」
「少しだけ安心しました....。その、ありがとうございます」
大井が感謝の言葉を口にする。珍しいこともあるもんだと若干驚く提督。変な空気になったといち早く気づいた大井。
提督からチケットをひったくると、大井は足早に入場口へと向かい、提督も遅れて後に続いていった。
夕日に陰を落とす遊園地は、何故か淋しい。どこか満足そうにした人々と影を交差させながら、幼い頃の記憶が転がり込む。疲れ果てた子供を胸に抱き、子供以上に疲れの色を見せる父親。それに寄り添って、口元にやった手の中で笑う母親。複数の陰を束ねながら、父親の役目はもう暫く続く事だろう。
家族か......。
初期の決死作戦時に比べれば幾分か現実的な話だろう。いつ命を落としても不思議じゃない立場ゆえ、あまりそう言ったことを今まで意識してこなかったが、同期の幸せな顔を見ていると、こう、なんだか、湧き上がってくるものがある。
俺は提督と言う称号に相応しい人間になれたのだろうか。
「提督?」
不意に大井に声を掛けらた提督は油断していたのだろう、何も絶叫系は大掛かりである必要はないのだ。伏せていた顔を上げ、そびえ立つ鉄骨でできた柱に視線を這わせる。
目線がはるか上空に近づくに連れて、提督の顔は歪み、血色をみるみる悪くなっていった。
たった一本の命綱で結ばれているとは言え、空中にその身を投げ出す様はさながら正気を疑いざる負えない。
バンジージャンプ。
その始まりについて、提督は詳しく知っている訳ではないが、広めた奴が人間じゃないことは確かだろう。間抜けに口を開けて、万力にでも固定されたかにおようにその場を動かない提督に、大井は顔面に笑顔を貼りつけ小首を傾げ提督の腕を引く。その行動には、若干おもしろがっている節さえ感じられる。
「な、なあ大井。今日は下見が目的なんだろ?わざわざ飛ばなくたっていいんじゃないか?」
「はい?」
「いや、だかr「はい?」
「楽しみは当日「はい?」
決定権を認めない圧力。形だけの選択肢による強制。まだ死んで来いと言われる方が救いがある、恐らくある。
「あ、はい」
日本を救った英雄が、敵ではなく部下に屈した歴史的瞬間である。
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地上から約25メートル。武骨なタワーを登っていけば、いつもとは違う空気の流れに提督はビビリ散らす。
「高いだろう、おかしいだろう」
「私も、当日は北上さんのために飛ぶので。問題ないです」
「俺が問題あるんだよ!」
利き腕は柱の一つをがっちり掴み、ちょっとやそっと引っ張っても飛んでくれそうにない。大井は提督を死地に追いやろうと、反対側の手を引っ張る。
「いいんですか提督、ただでさえない求心力が地に落ちますよ?」
「言いふらす気満々だな大井」
俺も一人の男である、これだけ煽られて何も感じないわけない。やってヤローじゃねーかよこのやろー!! 決意を固めた提督は、泥中を苦戦して進むが如く、一歩、また一歩とジャンプ台に近づいていく。
「ひ、膝が笑ってやがるぜ・・・・」
「そう言うのいらないので、早くしてください」
事の成り行きを静かに見守っていたスタッフが、素早く装備を巻きつけて、安全確認をする。説明を簡単に受けジャンプ台へ、出口は閉じられた。いや、早すぎませんかね、こちらにも心の準備とやらが。虚空に片足を出して空中を撫でる。
「地に足ついた人生を送りたかった」
「あ、時間も推してるので早く飛んで下さい」
大井が冷たいし慈悲の心もありません、助けてください。頭を掻きむしって、空を見て、目を閉じた。こんな時一番やっちゃいけないのは時間をかける事。時間をかければかけるほど思考は巡り、グルグルと同じところを行ったり来たり。大事なのは考えない事、そして、ほんの少しの勇気だけだ。両手を広げて体重を前方に傾けていけば、俺の体は地球に投げ出される。
........いやいやいやいやめっちゃ傾いてんですけどあれこれめちゃ怖いじゃんムリムリ死んじゃうからあこれ死んじゃうかも。
「ンンア──────────」
彼は立派な海軍軍人であった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「大井、俺死んでないよね?生きてるよね?」
「大丈夫です提督。頭は手遅れかもしれませんが生きてるのは確かです」
そうか、そうか....。と確かめるように呟く提督。提督は勝利したのだ。大井に煽られながらも、落下の恐怖に身を震わせながらも、確かにやり遂げたのだ、その事実は揺るがない。
「次行きますので、ついてきてください」
パンフレットを見ながら進む大井の背後で、よし、よーし。と小さくガッツポーズする提督。しかし残念、提督にはもう少し苦しんで貰おう。
「なあ大井さん、そっちの方角に行くのかい?」
「はい、この遊園地の目玉のジェットコースターがあるので」
ピタリと止まる提督に、大井が気付いて振り向いて、逃げようとする提督の片腕を掴んで引きずって行く。
第二ラウンド、ファイ!
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結局、また煽りに乗った提督がジェットコースター最前列に陣取り、大井もその隣に座って大いに楽しんだ。だがしかし、提督は終始くくりつけられた洗濯物のように、ただただジェットコースターに引っ張られていた。
夕日が刺さない影のベンチに座り、提督の周囲は多重債務者が集ったかのような重苦しい空気に包まれていた。
とても此処が遊園地の一角だとは思えないだろう。
大井が500mlペットボトル片手に、提督に近寄る。
「はい、どうぞ提督」
うなだれている提督の頭部にペットボトルのお尻を乗せる。今の提督には500ml以上の重みがあるのだろう。
何度か頭部をトントンして反応を伺ってみるが返事はない。は〜。と大井は息ため息をついた。
「ほら、立ってください、もう絶叫系は乗りませんから」
「本当か大井!」
さっきの落ち込みが嘘のように、鬼気迫る勢いで大井に食いつてきた。周囲から絶え間なく聞こえてくる絶叫に、もう第三、第四ラウンドを覚悟していたが、その憂いがなくなったことによって提督はいつもの調子を取り戻した。その変貌ぶりに大井は驚いたが、いつもの事かと思い直してパンフレットを見る。
「後、メリーゴーランド、コーヒーカップ、観覧車なんかも回りたいですね」
「よし任せろ!」
おもむろに立ち上がって、ズンズンと大井を先導する形で進んで行ったが、場所がわからないので引き返してきた。それに苦笑いを浮かべる大井。
「ついて来てください」
提督は大井の背後を素直についていった。
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軽快な音楽に合わせて、天井から棒で貫かれた人口の馬が上下しながら回っている。それぞれ近場の馬に乗り、開始のベルを待っていた。目覚まし時計を彷彿とさせる、けたたましいベルの後、ゆっくりと動き出す。
「メリーゴーランドも久しぶりに乗ると楽しいもんだな、小さい頃を思い出すよ」
「小さい頃はどんな子どもだったんですか?」
「そうだな〜、誰かにいつも引っ付いてる金魚の糞みたいなやつだったな」
「意外ですね。てっきり近所でも有名な問題児みたいなのを期待していたのですが」
「手厳しいな、まあ人生色々あるのさ、色々とね」
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打って変わり。構造は大きく変わらないながらも、可愛らしい見た目の小洒落たコーヒーカップ、ティーカップとも呼んだりする。
「聞かなかったがなんで俺を遊園地なんかに誘ったんだよ」
入り口に入って直ぐのカップに乗り込み、動き出す前に今更ながら大井に提督は疑問を口にした。
「提督が一番遠慮なくこき使えると思ったので」
「おい」
ベルが鳴り響き動き出す。大井は、中心に生える銀色の回転ハンドルを両手で掴むと、力強く回し始めた。
「それと、北上さんの安全のためでもあります」
「お、ブン回す気か?いいぜ、かかって来いよ」
とてもバンジージャンプとジェットコースターで死にかけていた人の言葉とは思えない。ムカつく顔で両手をカップの縁に持っていく提督に、大井は一切の容赦を捨て、咽び泣いて止めてと頼んでも止めないことを心に誓う。
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「き、気持ち悪ううう、オエ」
ふらつく足取りで、コーヒーカップを離れる提督に、肩を貸す大井。主導権を握っている方がこう言った場合、酔いにくいのだ。
「は〜。本当に提督は遊園地向いてないですよね」
「馬鹿言え、俺は空軍出じゃないんだぞ」
いいから大丈夫だから。と言う提督に、足ふらついてますよ。と返す大井。
「どうします、ベンチで休みますか?」
「いや、いい。だいぶ落ち着いてきた、あとは観覧車だけか」
大井から離れ、比較的近くにそびえ立つ観覧車に向かって歩いて行く。今乗り込めばライトアップされた遊園地を一望できることだろう。大井と北上、二人のデートに向けた下見は終わりへと向かう。
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観覧車の内部は簡単な作り。椅子と手すりがかけられ、窓が四方を取り囲む。宙吊りにされた鳥かごの様だ。
両者は対面で座り合い、ガチャガチャっと扉が閉められた。
互いに無言、久しぶりに外ではしゃいでしまった影響もあるが。いくら下見のためとは言え、提督と一緒にこんな密室の観覧車に乗る必要なんてなかったのに。これではまるで......。
大井は自分の失敗を悔いたが、かと言って今更提督を追い出すことも出来ないので、気持ちを切り替える。ゆっくりと上昇するゴンドラからは、さっきまでいたコーヒーカップやメリーゴーランド、ジェットコースターにバンジージャンプタワーが姿を現す。互いに窓を見つめる二人は何を思うのか。時間がゆっくりと流れ、沈黙がゴンドラを支配していた。
頂上付近に達すると、沈黙に耐えきれなくなった大井が話を切り出した。
「提督は。今日楽しかったですか?」
いきなり執務室の扉を開け、突拍子もない約束を取り付た。提督も暇では無い。いくら良い返事をもらえたとは言え、随分迷惑なことをしたものだ。怒っているのではないのか。
「ここ最近は仕事に追われていたし、普段は絶対やらない様なこともした。これも経験と思えば、そうだな......。最高だったよ。良い息抜きになった、ありがとう大井。北上とのデートの成功を祈ってるよ」
「え、はい。ど、どうも」
再び窓の外へと意識を向ける提督。この感じだと景色を眺めるのが好きなのかもしれない。
大井も提督が見つめる方角へと意識を向ける。何を見ているのだろうか。二人の間に会話は無いが、さっきの沈黙に比べ、いくらか穏やかになった空間が、ただゆっくりと流れていた。
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