でも仕事忙しくて更新できなかったよー
社畜はつらい
1980年 冬 軍に招集をかけられる
俺の開発した機械化歩兵装甲『電』は結構高い評価を受けたらしい。1978年に米軍が採用したA-10A サンダーボルトⅡが欧州戦線で好評化を受けたあおりかもしれない。
設計段階で電の基本武装として小型BETAのウォーリアー級に対する弾幕を想定した12.7mmガトリング、副装としてミサイルかなんか装備させたかったけど大きさから考えて威力が微妙になるし装弾数が限られてくるので16連ヒートネイルガン、主砲として肩のスロットに36mm単装砲を設計段階の図面を添付して送ったのもプラスになったのだろう。これでウォーリアー級・タンク級に対しての兵力として考えると十分な戦力として数えられるだろう。
さすがにこれらを開発・設計をしたのが6歳児と聞いたのかちょっと顔出せみたいなことを実家に連絡してきたよ。そう実家にな!!
そんなことになってるとは知らなかった両親はいきなりの軍からの出頭命令が来たら誰でも焦ると思うけどね。
というわけで京都でござる。お偉いさんの前に出されているでござる!!
軍のお迎えが来たのでついて行ったんだが、近くの基地か何かに行くのかと思ったらいきなり本部ですよ。
お偉いさんの目線が怖いです・・・、睨まんといて…
「貴様が西藤か。
なんか厳つい顔したエラそう(服装が)なおじ様、紅蓮中将がこっちを値踏みするように見てくる。
うん、実際偉いよね。内心ガクガクしながら肯定し、電の基本構想から基本装備についての説明などを一気啖呵にしてしまったよ。求められてないのに。
日本は物資的に大量運用には不向きな高制圧型ではあるが小型での一定火力と戦術機とは違って小型BETAのみを想定したら制圧力に重点を置くべきとか、いっそ海外向けに輸出品として日本の発言力向上や信用確保に使ってはどうかとか言っちゃったよ。本採用もされていないのに。
一応は俺が開発したことには納得してくれたようだけどコソコソ話すのやめて、ストレスやばいから。
「お主が電を開発したことは分かった。して、なにが目的だ?」
いきなり確信ついてきますな、おじ様。目的は戦術機や支援機の開発や現状を打破できるだけの戦力増強、及び今後の日本の国連などでの発言力向上といっておくよ。嘘じゃないし、本当だしね。俺自身ゴールがわかってないことだけど、最終的にどうしたいかは。
「・・・よかろう。電に関しては今後正式にトライアルに出し、量産可能かを協議していく。お主の今後については後日改めて伝える」
ってさ。6歳児に対する対応じゃない気もするが今更か。電についてはトライアルまで入ってなかったんだね。装備も試作品を今から作るのかな?
電が配備されたら小型BETAの被害が減ると思うからよかったよ。戦術機は基本的に大型から中型がメインだしね。
1981年 冬 俺、戦術機に触れる
年が明けてしばらくすると軍工廠に呼ばれたよ!!生戦術機が見れるね!!ワクワクして前日眠れなかったよ。
工廠につくと大柄な顔に傷跡のある軍人が近づいてきた。
「君が西藤一真君だね?ようこそ、私は巌谷 榮二。ここで戦術機の開発に携わっている者だ。」
とにこやかに挨拶をしてくれた。なにこのイケメン、目線合わせに屈んでくれたのも好感が持てるね。イケメンだけど!!
簡単に挨拶をかわしてここに呼ばれた経緯を聞いてみるとなんと今作っている戦術機について意見を求めているそうな。6歳児に頼るって帝国軍大丈夫か?ってか瑞鶴のことだよね?軍事機密じゃねぇの、大丈夫?
巌谷さんは苦笑いしながら
「いやぁ、面目ないが少々行き詰っていてね。電を開発したという君の意見を聞いてみたいんだ。」
工廠内を奥に進みながら今の瑞鶴?についての問題点を聞いてみると、。F-4『激震』の改造型であり従来のものより機体総重量を20%軽減、運動性・機動性の向上を図り実際トライアルなども結果を出しているが稼働時間が通常よりも短くなってしまったが削れるものがないらしい。そこに独力で機械化歩兵装甲を開発した俺に見せてみてはどうかという話になったらしい。
奥のカーゴ(戦術機の待機場所)を見ると3機の戦術機がいた。テンションの上がり方が半端なかったが巌谷さんの説明を聞き流しながら見入ってしまった。
これが戦術機、これが俺の創るものであり未来を切り開くための鍵なのだ。
まずは、マグネットコーティングとプログラムの整理から始めなくてはいけない。巌谷さんはの静止を無視して瑞鶴に取り付きさっそく作業を始めよう。俺の物語を始めるんだ!!
開発して彩雲とか出して出撃したら割とあっさり勝てたよ
半分以上大破だったけど
翔鶴サンェ・・・