ぐへへ
1982年 春 82式(F-4J改) 瑞鶴を配備開始
同年 春 機械化歩兵装甲 電を配備開始
あの後巌谷さん(大尉)の元で瑞鶴の改良に乗り出した俺。とりあえず関節部をマグネットコーティングしてプログラムを弄り柔軟性と操作性の向上に成功、日本政府の要望に沿った近接寄りのFCSを作成。問題点であった稼働時間も
そして81年の冬に近衛軍に先行配備され、12機の瑞鶴が評価された。結果は政府としては純国産に仕上げたかったそうだがそこまでの技術・資金・時間がなかったために妥協したわりには良いものとして高評価を受け、近衛軍自体にも概ね是とされた。
惜しむらくは整備性の低さをどうしようにも時間がなく、また設計段階からの性能優先といったコンセプトから生産性も低い点を改善できなかったことだ。
機械化歩兵装甲 電は帝国軍の機械化歩兵部隊に配備されると共に国外への輸出機として生産、最近ヨーロッパにBETAが進行を開始しているのでそこそこの戦果を上げてくれることだろう。
そして、純国産戦術機の開発に俄然やる気を示す政府は国産次世代機開発研究機構発足し、俺も正式にそこに所属することとなった。階級は軍曹扱いだが。
この1年ちょっとで戦術機について勉強・研究してきた俺に隙はない!!とおもう。
この国産次世代機開発研究機構は帝国軍の標準機の製作を目的としているので整備性・稼働時間・生産性に重点を置いての開発を命じられた。
ここで俺の高電力バッテリーをさらに発展させ、多種多様な装備の開発を担当することになった。正直本体たる戦術機の開発に係りたかったが上からの命令なので仕方ない。
国のメンツとしても子供の造った戦術機が標準化するのは避けたかったのだろう。
俺はバッテリーの発展とともに戦術機装備の開発に乗り出した。
まず戦術機の主兵装たる突撃砲の開発。
これは機関砲口径を36mm、滑腔砲口径を120mmのWS-16Bといった物が使われているが装填数に少々不満の声も上がるらしい。しかし、下手をすれば数万から数十万のBETAの出てくる戦場で満足するほどの弾薬を積み込んだらそれだけですごいことになるだろう。砲弾自体も国際基準の設けられたケースレスタイプなので下手に改良すると戦場での補給に問題が生じる。そこでポジション別の複数タイプを製作することにした。
後衛陣用の長距離支援型に新造した命中力重視の120mm狙撃砲や標準性能を向上させどのポジションでも使える高性能従来型の乙型突撃砲を開発
次に近接戦闘用長刀
これは74式と呼ばれるものが使われているし問題もないのだがあえて別タイプのものを製作する
74式は日本刀のような片刃型なのでトップヘビー型という先端に重心を置いて威力を増加させるタイプをいくつか製作した。ハルバートやアックスタイプなどの複数を製作したが評価するものの好みで分かれるだろう。
遊び心で鋼殻のレギオスのダルシェナというキャラの使うロングソード内蔵のランスタイプも混ぜたが個人的にはこれが一押しだ。突撃して敵の懐でパージ、無双とかやってみたいね。
74式も使い手によって威力が変わる武器なので高周波ブレード化してみた。ヒートソード化したかったが高周波の方が燃費的にもバッテリー切れ後も通常の74式として使える点など利点も多かったのでこちらを採用。おそらくこれが標準化するだろう。
可動兵装担架システムも弄りたかったがこれは戦術機本体の区分になるらしく改良はできなかった。
しかし、後方支援用のミサイルコンテナは開発許可が出たのでコンテナよりもミサイル自体を改良し、飛距離・威力共に1.3倍の改良に成功。ほかにもマルチディスチャージャー搭載用にグレネードや焼夷弾も開発。
これらは富士教導隊に送られ評価されるが従来強化型が採用され、ほかのものは選択兵装になるかボツになるだろう。
そんな多忙の中ちょっとした事件が起きる。
1983年 初夏 日本、耀光計画始動
あれ?今作ってる機体どうなるの?