白金燐子が所属するRoseliaというバンドは、「頂点」を目標とし日々ハードな練習をこなしている。練習に集中できていなければ注意されるのは当然のこと、場合によっては帰らされることもある。とはいえ、共に過ごしてきた日々が重なるごとにその絆は強まり、今では練習中に誰かが欠けるということはない。
そうなってきたのだが、この日、燐子は明らかに集中力が欠けていた。安易なミスが度々目立ち、なおかつ本人がその事に気づけないほどに。
「白金さん、何かあったのですか?」
これでは練習にならない、という話になり、早めの休憩を挟む。最も仲のいいあこは、燐子の珍しい姿にかえって話を聞きに行けず、それを見かねた紗夜が代わりに話を聞いてみた。
「昨日……蓮くんと一夜を過ごせなかったんです」
「皆さん練習に戻りますよ。この時間すら無駄です」
華麗なターンをして燐子から離れた紗夜がギターに手をかけ、休憩していた他のメンバーも無言で定位置へと戻っていく。唯一あこだけ首を傾げていたが、純粋なあこに余計な知識を吹き込まないのがRoseliaの暗黙のルールである。
「ま、待ってください! これは深刻な問題なんです!」
「何が深刻な問題だと言うのですか! 先日何かあったほうが深刻な問題ですよ!」
「そこなんです!」
「……えっとー、燐子落ち着いて順に説明してくれる?」
みんなのお姉ちゃんことリサが間に入る。これならいっそ話を聞いてからのほうが練習時間を確保できるだろう、という判断だ。なんていう建前を用意しているが、本音は別にある。リサの性格が問題を放置できないのだ。世話焼きだから。
リサが間に入ったことで紗夜も口を閉じ、燐子に視線で話を促す。
「私の誕生日回が無かったんです!!」
「はいみんな練習始めるよ〜。大した問題でもないね〜」
「なんでですか今井さん……!」
「いや。だってアタシら燐子の誕生日会したじゃん?」
そう、Roseliaメンバーで誕生日会は行っているのである。燐子が大好きなゲームNFOのコラボグッズをあこが買い、リサ、紗夜、友希那の三人で誕生日ケーキを作ったのだ。ちなみに友希那はケーキの上にイチゴと蝋燭を刺しただけである。「イチゴの先端を下にすれば刺さるかしら」とか思ってしまったのが末路だ。
「それはもちろん……覚えています。……ありがとうございました。すっごく……嬉しかったです」
「どういたしまして〜。で、なんで練習に戻れないわけ?」
「もしかして、ご家族でお祝いされなかったのですか?」
「えっ! そうなのりんりん!?」
あまり考えたくないことを紗夜が口にし、あこが飛び跳ねるほど強く反応する。燐子の下へと走りより、悲しげな瞳で燐子を見つめる。もし本当にそうなのであれば、これは練習どころの話ではない。Roselia会議を開き、白金家へと乗り込まないといけない。
「ううん。家でも誕生日祝いをしてもらったよ、あこちゃん」
「練習始めましょー!」
「あこちゃんまで!? うぅ……ひどいよ……」
「燐子の言いたいことがよくわかんなくてさ〜。何が問題なの?」
「誕生日回がなかったことです」
「いや、誕生日会はあったでしょ? アタシらでして、家族でもしたんでしょ?」
「ですから、誕生日会ではなく。
「「「・・・・」」」
リサ、紗夜、あこは無言で天井を見上げた。
(((どうでもいい)))
三人が思考を完全に止めた。それを見て燐子は一人長考に入る。どうすればこの汚名を晴らせるか考えるために。
その状態が5分ほど続き、一番最初に復帰したのはリサである。
「ところで友希那」
「何かしらリサ」
「なんで人のスカートの中を覗いてんの?」
「え、駄目なの?」
「なんでいいと思ってるの!?」
お前は何を言っているんだと顔にはっきり表した友希那に、リサが説教を始める。その声であこと紗夜も復帰し、二人の様子を見て、何も異常はないと判断して二人で練習を始める。
燐子は未だに長考中。
友希那は未だに観察中。
「だから覗かないの!」
「暇だったのよ」
「そうかもしれないけどさ!」
「ここなら猫がいると思って」
「アタシそんな下着履かないよ!?」
友希那は雷に打たれた。両手を床に付き、混乱した頭のまま記憶を呼び起こしていく。
「だって……リサは猫の下着……持ってたのに……」
「それ小3までの話! って、何言わせるの!」
「リサが勝手に言ったんじゃない。それより、それ残ってないの?」
「残ってるわけないでしょ!?」
顔を真っ赤に染め、声量がどんどん大きくなるリサ。さすがに練習の邪魔だと思って注意をしようとした紗夜を、あこが声をかけて止める。
「なんですか宇田川さん。あなたも猫の下着の話に加わるとでも言うのですか。ちなみに私は犬のやつなら持ったました」
「いや全部どうでもいいんですけど……。そうじゃなくて、りんりんが消えました」
「は? 白金さんが消えるなんて…………いませんね」
リサと友希那も燐子がいなくなっていることに気づき、四人は顔を見合わせる。先程の流れから考えられる結論は一つであり、全員がそれにたどり着く。四人は静かに合掌した。
〜〜〜〜〜
「ギャァァァアア!! なになに!? なんで姉ちゃんそんな怒ってんの!? てか今日はRoseliaの練習でしょ!?」
「抜け出してきちゃった。てへっ!」
「てへっ、じゃないよ! 湊さんと紗夜さんに怒られても知らないからね!! それと追いかけて来ないで! 部活に戻らせてぇぇ!!」
突如としてテニスコートに襲来した姉ちゃん。その姿を見てうちの部員たちは大興奮してたけど、俺だけはそれを見た瞬間テニスコートから逃げた。本能で理解してる。今日の姉ちゃんはヤバイって。
「蓮くん……なんで昨日は私の誕生日だったのに、誕生日回がなかったの?」
「知らないよ! それ俺じゃどうしようもないやつ! それにそれを言うなら美咲だってなかったんだからね!?」
「この怒りはどこにぶつけたらいいの? 校長? 総理大臣? 裁判長? まりなさん?」
「それも知らないってば!!」
さらっとまりなさんが入ってたんですけど! あの人完全に無関係じゃん。他の人もだけど、一番接近しやすいのはまりなさんだよね! まりなさん超逃げて!!
「昨日蓮くん部屋に入れてくれなかったよね?」
「いつも入れてないでしょ!」
「誕生日だし、誕生の儀式をするのもいいなって思ったのに」
「そんなのやらなくていいわ! そういうの警戒して部屋に入れないように仕掛けてるんだし!」
「けど今日までならセーフだね!」
「意味わかんねぇよぉ!」
花咲川の校舎内を逃げ回る。いい加減地図も頭に入っていて、逃げ道を間違えることなんてない。姉ちゃんを振り切るためなら、多少無茶なルートでも駆け抜ける。
それが今回仇となった。
低木を飛び越えたら、ちょうどそこを通りかかっていた若宮さんに激突。咄嗟のことだったけど、なんとか若宮さんが頭を打たないように手を回すことに成功。
「ごめん若宮さん! 怪我ない!?」
声をかけていると、肩にぽんと手を置かれた。振り向けばそこにいるのは当然姉ちゃんで、すんごい楽しそうな笑顔をしてる。
「校内で女の子を押し倒すなんて、蓮くんも大胆だね」
「押し倒してな……! ……あれ?」
若宮さんへと向き直る。若宮さんは完全に倒れてる状態。俺の体はその上。わりと顔も近い。クリクリした瞳が可愛いですね。
じゃなくて!
これは完全に押し倒してますね! 早くどかなくては!
「だ、男性が……」
「ごめん! すぐにどくから!」
「ハグハグー!」
「なんでー!?」
首に手を回されて思いっきり引っ張られる。抗おうとしてもその抵抗は虚しく、完全に若宮さんに抱きつく形に。どこにそんな力があるというんだ!! ところでお体が柔らかいですね。マシュマロみたいです。
じゃなくて!
「姉ちゃん助けて!」
「助けたら今日は一緒に夜を過ごしてくれる?」
「なんて汚い手を!!」
「それが駄目なら──」
「白金さん。久しぶりね」
「っ! わ、鰐部先輩……。どうして……学校に……?」
わーおメガネ美人。というか、あの人が声をかけただけで、姉ちゃんの暴走が止まった。なんか姉ちゃん、萎縮してね? もしかして、あの人には強く出られないとかそんな感じなのかな。
「恩師に近況報告よ。海外に行ってるゆりのことも兼ねてね。それより白金さん、久しぶりにお話しましょう?」
「い、いいですね……。私も……相談したいことが……」
姉ちゃんを連れて校舎の中へと消えていくメガネ美人こと鰐部さん。校舎に入る直前にこっちにサムズアップしてた。姉ちゃんを引き剥がしてくれたのか。
やったね。俺、姉ちゃんを抑えられる運命の人に出会っちゃったよ。
「運命の人って何?」
「っ!?」
肩に手を置かれた。声でも分かる。これは美咲さんです。
「それに、若宮さんと熱ーぃハグしてるけど、どういうつもり?」
「あ! 美咲さんもいかがですか!」
「遠慮しとく。若宮さんも部活に戻りなよ」
「はっ、そうでした! 斬捨御免!」
「いてっ! どっから竹刀が!?」
「またつまらぬものを、斬ってしまった」
ちくしょう様になりやがる! 魅入っちゃったから文句の一つも言えねぇ!
「はぁ。事故なんだろうけど、ああいうのやめてよね」
「……嫉妬?」
「ふんっ!」
「ぐふっ! ……反省してます。それと、俺は美咲以外好きにならないよ」
その後は普通に部活に戻れた。家に帰ったら部屋に鰐部さんから、自撮り写真付きの励ましの手紙が置かれてた。
あの……背景が明らかに俺の部屋なんですけど……。俺の部屋に入るためのパスワード、俺以外知らないはずなんですけど……。