晩秋。境内に散らかっていた落葉はすっかり土に還って、後は冬を待つばかりの博麗神社。やや濁った灰色の空は、誰しもを抑鬱した気分にさせる。
針妙丸もその内の一人であった。
(家に帰りたいなぁ...)
(無くなったんだよなぁ...)
(はぁ...)
身長は一尺無い程度であろうか。黒髪で着物を着た彼女が動いている様子は、可愛らしいと同時に少々不気味である。
(今の家も、決して悪くはないのだけれど)
小槌が取り付けられた、虫籠と言うには些か豪華すぎるそれが、現在の彼女の家だ。勿論のこと、家主の背丈に合わせてある為家と言って良いのかは怪しいが。
(城...)
素直な物欲。
長年過ごした生家であれば当然のことか、そこに下卑た考えは全く無かった。
原因が自分に有ったとは言え、あまりに突然のことで上手く飲み込めない。
どうしようも無いことだと判っていても、それを脳内でしっかりと反芻しなければならなかった。
「宴会したい...」
「したいぜ...」
「美味しいもの食べたいですね...」
或いは幻想郷に於いて彼女は少々純粋過ぎるのかもしれない。
~~~~
巫女達の宴会を横目で見ながら夕飯を済ませる。
「ちょっろぉ、もっと呑みなさいよぉ魔理沙ぁ...」
「なんら霊夢ぅ?酒臭いぞぉ...?ハハ...」
「お二人ともよくそんなに呑めますね...」
「なんらと!...フヒヒ...お前も呑めぇ!」
「えっ、ちょ、ちょっと、一気は駄目、一気は無理ですってぇ!」
「百薬の長らのよ、つべこべ言うな~」
異変の解決に来た巫女は何処に行ったのやら、実は別人なんじゃないかと勘繰りたくなる。
(でもまぁ)
あそこまで騒ぎこそしなかったけど、城で宴会したっけ。楽しかったなぁ。
(この家は巫女が用意してくれたし、なんだかんだ良くしてもらってるんだけど)
やっぱり城が一番だ。
(はぁ...家に帰りたいなぁ...)
(無くなったんだよなぁ...)
思考がループしていることに気付いた。
(諦めたつもりなんだけど、やっぱり辛い)
そうだ。
城は返ってこないけど、他に取り戻せるものは無いだろうか。
(...正邪)
私の、唯一の友人。
~~~~
城主一人で管理するには広すぎるのか、少し埃っぽい、薄暗い廊下。
普段は使われていないらしいその廊下の先、大きめの襖から光が漏れている。
「だから」
「革命を起こしたいんだよ」
そう息巻くのは角を生やした少女。出会ったばかりの針妙丸にこれでもかと捲し立てる。
「今のこの世界は弱いものが虐げられ過ぎているだろう?」
「は、はぁ...」
そもそも城に来訪者が有ること自体が非常に珍しいことである。あまり人と話慣れていない針妙丸に、その話に興味を傾ける余裕は無かった。
「あんたの力が有れば、そしてそこに私の能力が合わされば、世界をひっくり返すことが出来るんだよ!」
あまり魅力的とは思えない提案。自分が虐げられているという意識も無ければ、世界をひっくり返すことに魅力を感じもしない。城の外に出たことは無く、世界を知らない彼女に、その言葉の真意を理解するだけの経験は無かった。
「なあ、協力してくれるだろ?」
でも。
「良いですよ」
「本当か!よろしくな!」
その彼女にも判断できることがあった。
(私と同じかな)
(...寂しそうだな)
~~~~
(どうしてるのかなぁ...)
とても心配だ。上手く逃げたらしいけど、酷い目にあってはいないだろうか。
それに。
(正邪に私以外のまともな知り合いが居るとは思えないんだよなぁ...)
私も人のことは言えないのだけれど。
あのひねくれた性格だ。最初こそ下手に出ていたけれど、直ぐに判った。
だから霊夢さんから正邪が黒幕だと聞いても、残念だとは思ったがやっぱりな、とも思ったのだ。
つまり今私がしている心配は同胞への心配ではない。
(友達だから)
彼女が私の喜ぶことをしてくれた覚えは全く無い。どちらかと言えば、関係が壊れない程度に嫌がらせを受けていた気がする。
でも、お互いに初めての友人である。
それが少々歪でも、柔らかく変成して私達を結び付けてしまう。縁とはそんなものなのかもしれない。
だから
(心配だなぁ...)
中毒症状とはこういうものなのだろうか。それともだらしない男性から離れられない世話焼き女房の様なものか?
自問自答してみるが、はっきりした理由は分からない。ただそこにはある種の同族意識のようなものがあった。
~~~~
「よっ」
正邪がやって来た。唐突に、その辺の空間を、丁度カーテンを捲るようにでもひっくり返して。
彼女が現れるときはいつもそうだ。
「久し振りだね」
「巫女なら出掛けてるよ」
どうせそんなことは分かっていて来たのだろう。
「知ってるさ」
やっぱり。
「異変の最中ならいざ知らず、普段なら妖怪とただの人間さ」
「いくら私が弱小妖怪でも、そうそう見付かりやしないよ」
「貴方の能力を弱小と言うのは偏屈なんじゃないの」
「偏屈」
「良いねえ」
相変わらず、ねじ曲がっている。
「今日は何をしにきたの?」
聞いてはみる。予想はつく。
「そりゃあ」
「捕まってるアンタを見て笑いに来たのさ」
「助けに来た、って答えを期待してたんだけどなぁ」
初めっから期待なんてしていない。
「ダウト」
「私みたいなのに期待するほど悪い生活してない。それに、そこまで人を見る目が無い訳でも無いだろ?」
「嘘は直ぐ分かるんだったね」
「嘘付きに嘘は通用しないよ」
「...はぁ」
「笑いに来たんでしょ?」
「どうぞ」
「なんというか、そうオープンにされてもなぁ」
「やりにくいったらありゃしない」
「泣けばいいの?」
「そうじゃないんだよなぁ」
「暇になったんで何となく来てみたけど、やっぱりこんな調子か」
「そりゃどうも」
「アンタ、やっぱり面白くないや」
「でしょうね」
「全然嫌がらないんだもの」
「どうしてでしょうね」
「知るか。こっちが聞きたい」
私が勝手に貴方のことを友達だと思い込んでるから。
「何となく?」
「分かんないのか」
そうして勝手に仲良くなったと思い込んで、貴方にされることが嫌がらせだと思えなくなってきたから。
「分かんないや」
「ごめんね、面白くなくて」
「反省は美味しくないから要らない」
きっと、天邪鬼だから、寂しさの裏返しだから、受け入れてしまった。
「正直」
「もう来ないと思ってたよ」
「ん」
「そうだな、私もそのつもりだったよ」
「神社まで来るのは危ないから?」
縋る。無駄だとは分かっていても。
「馬鹿言え」
「来ないと思ってたんだったら理由も分かってるんだろ?」
...ああ、呆気ないなあ。
「ごめんね」
「だから、謝られても困るって」
「うん...ごめん...」
視界がぼやけてきた。正邪の顔が、はっきりと見えない。
「最初こそ反応が見られたけどさぁ、ここ数ヵ月何やっても嫌がらないんだもの」
「異変の間はそりゃあアンタの助けが必要だった、だから協力関係だったよ」
「いやだよ...言わないでよお...」
「でももうそれも終わった」
「アンタを嫌がらせる方法は、これしか残ってないからな」
「だからさ」
「もう二度と来ないよ」
私が友達だと思っていた彼女は、私が居なくても生きていける様なのだ。全部私の一人相撲で、やっぱり彼女は天邪鬼で...
泣き崩れて暫く経ち、そうして顔を上げたとき、眼前に居た筈の愛しい友人は影も形も無くなっていた。