東方小話集   作:尖った耳

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トラツグミ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

行灯から零れる弱々しい火の揺めきに合わせて、少女の影が定まった形を無くしていく。不定形になったそれは、薄らぎ、揺れ動いて、光が消えるまで元の形に戻ることは無い。

居住空間としては少々心細い、狭苦しい部屋。手を伸ばせば届いてしまうような粗末な造りの壁に、とりとめもなく視線を泳がせている。

襖の外は既に黒洞洞たる夜。彼女にとって人間の昼間に相当した筈の時間は、人間を基準にすれば充分に長いと言える寺暮らしの中で、休眠の時間へと変わっていた。

床に付く前に考えることがごくごく真面目な問題で有ることは、...勿論人間の場合はその殆どが実の無い脳内会議や空虚に過ぎる妄想に注ぎ込まれるのであるが...それが妖怪であっても滅多に無いことであった。

滅多に無いことはそうそう起こらない。見たままの通りである。彼女の思考は行き詰まり、出口を見付けられないまま、そうしてもう随分と経ってしまった(しかし彼女にとっては可及的速やかに解決する必要のある)問題を、頭の中でむやみやたらと転がしているだけなのだ。結論を出すことを有る意味放棄して、どうしようかと途方に暮れている。

けれども、その内容は随分と子供っぽいものであった。齢千に迫ろうかという大妖怪の悩みは、どうしたら皆と上手く付き合えるのか、等という、思春期の少女染みたものだった。

それが解決しない理由は、単に彼女が既に解決法を彼女なりに見付け、そしてその解決法を成功させることが出来た試しが無い為である。

 

(聖の役に立ちたい)

 

つまりそこにはちょっとした打算も含まれている。

 

今夜もまた、ぼんやりと浮かべたその問題を消化できずに夜が更ける。

火を消し、形の無い影が闇に溶け込むと、残るのは孤独感だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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閉じた瞼を覆ってくる、仄かな早朝の光で目が覚めた。頭を強く二、三度振って、判然としない頭を揺り起こす。我ながら早起きだ。ここでは皆やっていることであるのは言うまでも無いが。

今は六時頃だろうか。朝食の担当は作り始めている時分だろう。

手伝っても良いけれど...きっと今の時間になって向かっても邪魔になるだけだろうし、良いか。

よし。

身支度を済ませて、眠気覚ましにでも、少し飛んでこようかな。

 

 

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ゆったりと風を切る。高空特有の薄っぺらく冷たい大気が、頬をなぞっては後ろに流れていく。髪が大きく靡く。朝の少し湿った空気と、強過ぎない優しい陽光に包まれていく。

誰にも邪魔されない、一人だけの時間。

全身の力を抜いて、風任せ。そこから徐々にスピードを上げて、上げて、すれ違う大気が身を切る様なスピードで空を疾く。

そうして頭の中を空っぽにして、何も考えずにいたい。

だけれど、考えずににはいられない。

今朝だって、手伝いに行っていたら何か変わったんじゃないのか。

距離を置かれているんじゃない、私が距離を取ってしまっているだけだって、よく分かっているのに。

それでも、言い訳がましいけれど、既に仲良しこよしで完成していた集団に割り込める程、私は強くないんだ。

それに。

一度決心して、実行して。それが大失敗だったことを忘れられる程、無頓着でも無い。

結局どうすれば良いのか、答えは出る筈も無く。終始ふらふらとした心持ちのまま帰った。

 

 

 

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堂に入ると、既に皆集まっていた。どうやら態々待ってくれていたらしい。

 

「お帰りなさい、ぬえ。さあ、席に着いて」

 

遅れてしまったのに、聖は優しい言葉を掛けてくれた。皆も微笑んでいるように見える。本当に、お人好しだ。

 

「うん」

 

待たせちゃってごめんね、と。一言付け加えることが出来なかった。そんな自分に嫌気が差す。

皆親切で、優しくて...それを見れば見るほど、自分のひねくれ加減が浮き彫りになっていく様に思えてしまう。あの環に混ざって、軽口を叩きたいのに。未だに客人扱いから抜け出すことが出来ない、その優しさに、言いようもない居心地の悪さを感じてしまう。

席に着いた私の顔は、普段よりつっけんどんだったかもしれない。

 

「それでは、合掌」

「「頂きます」」

 

声も少し、小さかったかもしれない。

 

 

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「ねえマミゾウ」

 

「なんじゃ?」

 

「あの、さ。その」

 

「ん?」

 

「えっと、ね」

 

しどろもどろになってしまう。

マミゾウはまだここに来たばっかりで、しかも居候ではあるが信者では無い。それなのに、どうして皆とあんなに親しくなっているのかが知りたかった。

この歳にもなって、友達の作り方を、親しい友人に尋ねる。

私にとっては大事な用事なんだ、恥ずかしいことでは無いんだと、自分に言い聞かせた。

 

「どうやって、皆と仲良くなってゃ」

 

噛んだ。

マミゾウが軽く噴き出す。続く笑い声に、私はそれ以上尋ねることが出来なくなってしまった。

きっと今の私の顔は、酸漿みたいに赤い。

 

「それで」

「どうやって親しくなったか、ねぇ」

 

「えっ」

 

一頻り笑った後、マミゾウが言った。どうやら何を尋ねたのかは確り聞き取っていたらしい。もう質問を諦めた後でこれであるから、予定外のことに驚いてしまった。

 

「先に断っておくが」

「さっきの笑いはぬえが噛んだことに対するものじゃよ」

 

「えっ、ああ、うん」

 

「暫く見ていて、深刻な悩みなんじゃろうなと言うのは分かっておったよ。これが続くようで有れば、こちらから切り出そうかと思っておった」

 

少し、いや、嬉しい。やっぱりこういう些細なことへの心配りが出来るからなのだろうか。

 

「それでな、ふむ」

「ぬえには全く友人が居ないわけでは無いじゃろ?儂を含め、それなりの人数が居るはずじゃ」

 

確かに、言われてみればそうである。まだ外の世界にも知り合いは居るし、幻想郷にも少ないながら友人は居る。

 

「それじゃあ、そんな友人達とは、どう仲良くなったんじゃろうな?」

 

「えっ?えーっと...自然に?」

 

「そうじゃろうな。普通、意識して作るものでは無い。いつの間にか仲良くなっているものじゃ」

 

「うん」

 

「しかしな、親しい関係というのは、立場が同じでないと築けないんじゃよ」

 

世間での評価ではなくて、お互いの相手に対する心持ちじゃがな、と補足して、それからマミゾウは縁側から庭に向けていた視線を此方に向けた。

 

「皆に対して、引け目があるんじゃな?」

 

「...うん、マミゾウの一件の前にも」

 

「引け目はな、精算せんと消えんよ」

 

はっとした。

 

「ぬえのひねくれっぷりはよく知っておるからの。どうせ、正式には謝っていないんじゃろ?」

 

そうだ、私が声を掛けられなかったのは、そのせいだ。聖のために何かを成功させたかったのは、皆と同じ立場に立ちたかったからだけれど。謝るなんて簡単なこと、どうして忘れていたんだろう。

 

「これが儂の用意していた答えじゃよ。役に立ったかの?」

 

「うん、すっごく」

 

満面の笑みを込めて言う。

 

「本当に有り難う、マミゾウ」

 

「...その素直さが皆にも出せれば、きっと何の問題も無いじゃろうよ」

 

「うん!」

 

 

 

 

 

 

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閉じた瞼を覆ってくる、仄かな早朝の光で目が覚めた。頭を強く二、三度振って、判然としない頭を揺り起こす。我ながら早起きだ。

 

こんなに清々しい朝は何時振りだろう。久し振りに感じる胸のすく様な感じで、気分が良くなる。

マミゾウにああ言われてから、直ぐに皆に謝り倒した。今更だけど、本当に御免なさいと、一人一人に言うことが出来た。どうして今までこれが出来なかったのか、不思議になる位に、すっきりした。

 

今は6時頃。朝食を作り始めている筈だ。

だから、手伝いに行こう。そして元気に「おはよう」って言ってやるんだ。

聖への恩返しも、まずはそこから始めるんだ。

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