東方小話集   作:尖った耳

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実に三ヶ月ぶりの小話更新です。
月光の方にかまけてばかりで(と言ってもそっちも更新頻度高いわけでは無いんですが)放っぽりすぎました。

今回は赤蛮奇の話。


人里の隅の一幕

 

 

 

人里の東側、川沿いの本道を外れた人通りの無い裏道に、私の家はある。小さな、埃っぽい家だ。回りの家も細かいディティールこそ違うけれど、貧相な感じがするって点では私の家と変わらない。そうして、半分くらいは空き家なんじゃないだろうか。私がそもそもあんまり外出しないから、と言うのもあるだろうけれど、ここで誰かを見掛けることは滅多にない。人里のヒエラルキーでは相当下位に位置するであろう地区。そんな環境だけれど、私はここが気に入っている。

理由はいくつか有るけれど、一番は立地の良さ。徒歩二分で柳の下。週に一回位、夜中に川に行って人間を驚かしている。近付いてきたら頭を離す、というだけでは芸が無い。最近は体だけ見える場所に陣取って、近付いてきた相手の背後から声を掛けるのがマイブームだ。それに、人目にだって付きにくい。そんな訳で、人里に棲む妖怪にとってここは最高に住みやすい場所なのだ。

……人里に棲む妖怪なんて、私以外には居ないだろうけれど。それこそ正体がバレたら袋叩きに遭って追い出されるのだ。こんな場所に好き好んで棲む妖怪は居ない。

それじゃあどうして私がここに棲んでいるのかと言えば、私が弱小妖怪だからに他ならない。里の外に出れば、強力な妖怪の広大な縄張りか(紅魔とか向日葵畑とか)、そもそも誰も近付かない場所か(無縁塚とか)……この二つは論外として、残りの殆どが妖怪同士で縄張りを争っている場所だ。私は首こそ飛ばせるけれど、争い事は全く駄目、寧ろ人間にも負けるような弱さなので、そんな場所で生きていける筈も無い。結果的に追いやられて、まともな棲み家が無くなったのだ。

見付かりさえしなければ、人里での生活は居心地が良かった。身を隠す日々には少し圧迫感が有ったけれど、回りとのコミュニケーションが出来ないことには、元々そう言うのが苦手だったこともあって直ぐに慣れたし、寧ろトラブルが起こる心配が無くなってほっとした。驚かすことが出来る人間は幾らでも居たし、先を争う必要が無かった。何となく妖怪間でタブーになっていた人里に住むことは気が引けたけれど、背に腹は代えられなかった。

どうしても人間として昼間に出ないといけないことは有ったから、せめてもの変装として、妖怪として動くときには口元を隠すようになった。

そうして少しだけ苦労しながら、長年過ごしたこの家だけれど、そろそろお別れしないといけない。

巫女を初めとする数名に打ちのめされたのが数日前。今思えば、どうしてあんなに気が大きくなってしまったのやら、思い出すだけで情けないような、泣きたくなるような感じがする。少し妖力の調子が良かっただけなのに、あんな実力者達に挑みかかってしまった、その馬鹿馬鹿しい事実が自分の身に降りかかっていることだなんて、信じたくもない。

でも、事実は事実なのだ。

やるせない気持ちを抱えながら、狭い部屋の中に置き忘れたものが無いかを確認していく。

もうそろそろ、この場所が巫女や魔法使いに見付かってもおかしくない。そうして見付かってしまったら、滅多打ちにされて里を追われるに違いない。名残惜しいのはやまやまだけれど、ここではないどこかへ移ったところでどうせ他人と馴れ合うつもりは無いのだ。狙える人間が減ってしまうだけのこと。……そう自分に言い聞かせなければやっていられない。

必要なだけのものを選んでいったらちょっとした手荷物程度になってしまった。最低限の荷物だけを持って我が家を出る。

これまでの短くは無い妖生の中でも、一番長く暮らしたこの棲み家は手放すには惜しい。愛着の湧いてしまっていたその古ぼけた外観を、確りと目に焼き付けて、それから普段よりうんと目深に口元に襟を寄せて、そうして最後に一瞥してから、里の出口に向かおうと振り返った。

……細い路地の向こうからやってきた、金髪の魔法使いと目が合った。

「あっ、この間の」

 

少し驚きの混ざった声を上げた魔法使い。

その余りの突拍子の無さと、よりにもよって今出会ってしまうなどとは思っていなかった油断から、激しく当惑した。彼女の容姿を見た瞬間に私を打ちのめした魔法使いだと分かったので、背筋に冷たいものが走った。今すぐ逆方向へ逃げるべきかと考えたけれど、土台逃げ切ることが出来る筈も無いと思い直す。だからと言って替わりの対処法など考え付く訳も無かったので、結果として私は声も上げられずに、素頓狂な顔をして固まっていたばかりだった。

 

「丁度良い、用が有ったんだ」

 

そう言いながらこちらに近づいてくる彼女の姿は、人里に来る前に、私がこの幻想郷の各地で出会った強力な妖怪と同じ様に見えた。ついこの間出会ったときには私の不覚で気付けなかった、強者ばかりが持つ雰囲気を彼女は確かに纏っていた。掛けられた声に思わず身が竦む。そんな私の様子を見て、彼女は意外そうな顔で言う。

 

「何かあったのか?この間はあんなに威勢が良かったのに、今日は随分と縮こまってるじゃないか」

 

当たり前だ。

弱小妖怪が退治家に出会うと言うのは、人間が妖怪に出会うのと同じことだ。猛獣の檻に入れられて、その猛獣が大人しい猛獣だからと言って、果たして安心出来るか。

そんな大人しい猛獣の前で、声も出せずにいたので、いよいよ彼女は怪訝そうな表情をする。

 

「おい、本当に大丈夫か?何か一言くらい言ってくれよ」

 

彼女の行動に、疑問符ばかりが並ぶ。私が人里に棲み着いていたことは、寂れた住宅以外何も無いここに居る時点で明らかであるし、直ぐ様退治されるとばかり思っていた。

……人間と妖怪の関係が変わりつつある、と聞き齧ってはいた。もしたすると、今私を心配してくれている彼女は、その第一人者なのではないか。けれど、私にははっきりとそれを判断するだけの材料は無い。かれこれ二十年以上他人との接触を避けてきて、ついこの間、数十年ぶりに退治家に出会ったのだ。私の中での退治家の常識はずっと昔のものであって、今更変わったと言われても矯正の仕様がない。

……それに、もしそうであったとして、それでも退治家の本質は変わっていないように思うのだ。目の前の彼女の表情は心配や憐れみを含んだものだ。けれどその裏に、とても妖怪に向けるものでは無い、確かな侮りが透けて見える。お前は脅威にもならない存在だとでも言いたげに見えてしまう。それが堪らなく悔しくて……あの時は、それが溢れだして止まらなくなって、暴走してしまったのだと、今更気付いた。妖怪と人間の共存だなんて綺麗事は、強い者同士でしか成り立たない。そう考えてみて、何をどうすれば良いのかさっぱり分からなくなって、気が付いたら振り向いて走っていた。

 

「ちょ、ちょっと、待てって!」

 

後ろから魔法使いの彼女の慌てた声が聞こえる。けれど、追ってくる様子は無かった。どうやらそもそも私の勘違いで、彼女は猛獣ですら無かったようだった。

でも、後戻りはしない。後悔は無い。ただ、他人と付き合わずに生きてきたことを、今更になってほんの少し息苦しく思っただけのことである。






次回(は一月以上後でしょうが)のキャラのお題を募集しようかと思います。
キャラ名(東方)と、ハッピーエンドかシリアスな終わりか、他に何か指定が有ればそれも。届いた中から適当に選んで適当に書くので、良ければあまり期待はせずに、気楽にリクエストしてみて下さいねー。
(活動報告の方にどうぞ)
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