直徒による刺激的な挨拶が終わった直後の休み時間。
単身悪魔に突撃せんとした騎士は背後から女王に呼び止められ、渋々後に続いて教室を出る。
廊下では姉弟になれない。既にギャラリーでいっぱいだ。
千冬の意図を察した真耶は一人職員室へ。
あくまで引金を引いたのは梨香。剣は折られても心まで折れる必要はない。
謝罪声明では犯行の経緯と、生徒二人を含む加害者全員の実名が公表される。
主犯の梨香に至っては顔写真も。
全ては被害者の名誉回復を図るとともに自ら全てを公にし、学園の受けるダメージを最小限に抑えるためだ。
可憐に咲く花々も、土の中は暗く陰湿な世界。
既にSNSでは事件に関する投稿が飛び交っている。
顔も名前も国も隠し、複雑に絡み合った根は楯無さえ制御不可能な情報の網。
海を隔てていようと関係ない。
下手に隠して外から暴かれるようなことになれば恥の上塗りだ。
少年には酷だが、理解と納得の違いを学ぶには良い機会。
恐らく今まで周りが彼に合わせてきたために、その線引きをする必要がなかったのだろう。
幸か不幸かの判断は本人に任せる。
直徒が携帯を開くと、本社から緊急会議開催の通知が入っていた。
参加者は『はい』を押下しておくのがルールだが、長い黒髪の大和撫子が近付いてきたため懐に仕舞う。
議題は想像に難くない。
「失礼いたします。倉持様、よろしいでしょうか」
「歴史と伝統ばかりじゃ生き残れない、か。立派な考えだよ、四十院神楽さん」
「恐れ入ります。平手先輩にも同じ言葉をかけていただきました」
「キミを中卒にしたらビンタじゃ済まないな」
「それは……まだこれから先も血が流れるということでしょうか」
「レディーファーストだよ。太陽は自ら動くことをしない。あくまで算盤が本業なんでね」
「……」
「よろしくできないなら、それでいいさ」
促され三つ下の後輩が席に戻る。
聖ガブリエルでは高等部と中等部に分かれていたため特別交流はなかったが、白雪姫とセットで会った時は何度か言葉を交わした。
波長に斑がなさすぎて同類かと疑ったほどだ。
四十院家は男性復権の派閥であり、旧華族の由緒ある血筋。
中身は既に少女ではないだろう。
では入れ替わりにやってきた碧眼の金髪ロールはどうか。
誇りとは着飾るのではなく、内に在って己を支えるもの。
どうやら良い手本に恵まれなかったらしい。
現に向けられる敵意の中に僅かだが期待が混じっている。
「よろしくて? 沈まぬ太陽」
「構わないよ、英国代表候補生セシリア・オルコット。お会いできて光栄の極みだ」
「卑族にも一応の礼儀は備わっているようですわね」
「金持ち喧嘩せずが信条なもので」
「っ……よくもぬけぬけと。姑息な手を使い我がイギリスからISを奪っておいて!」
「日本国政府が取引したのは国際IS委員会でありイギリスではありましぇーん。アラスカ条約をご存知ないのかな? 文句なら俺個人でなく委員会にどーぞ。まぁした瞬間キミ自身が祖国から呼出しを食らうだろうけどねー」
「あ、あなたねぇ……!!」
軽くあしらわれ、貴族の顔がみるみる紅潮していく。
愛国心が強いのは勝手だが、狙撃手ならもう少し客観的に物事を見られないものか。
言葉選びも迂闊だ。
予鈴が鳴り、やはり剣を折られた騎士が戻ってきた。
太陽を直視することができず、重い足取りで席に着く。
第二回モンド・グロッソ決勝の件といい、彼は何かと倉持の人間に縁があるらしい。
女権団ともだ。
ぶつかって共倒れが彼女らの理想、片方だけでも重畳。
ではどちらを駒にするか。
分かっているのは、女は自分より美しい男を憎むということ。
弱った心につけ込まれなければいいが。
「くっ……また来ますわ! 逃げないことね! よくって?」
安易な約束はしないのが商人。
廊下のギャラリーも粗方散ったため、千冬に一言告げて教室を出る。
許可は必要ない。
◇
周りが授業中だからといって警戒を怠ることなかれ。
一ヶ所に留まることはせず、敷地内を移動しながら頭の中で平面だった鬼ヶ島の見取図を立体化させていく。
ISを纏わずとも並列思考は訓練可能だ。
暮桜のいる地下最深区画がベストだが、贅沢は言えない。
零落白夜で襲ってこられたら大変だ。
だからこそ目覚める前に破壊しておきたいという考えを頭の隅に追いやり、直徒は会議に意識を傾けた。
議題は直徒の安否確認と、IS学園の謝罪声明に対する返答。
二研のデカ乳と芸術的なヒップも遠隔で参加している。
虻人に頼んでレンタカーのドライブレコーダーを事件の証拠用にコピーさせたが、再生時には一部音声が途切れていた。
原因は誰にも分からない。
『……これを公開するというのか』
「襲撃の瞬間が映っているのは、これのみです。女権団への警告が目的なら春雨の主観映像を使用するところですが」
『ふざけるな!! ISの生命維持機能があるのをいいことにわざわざ敵を嬲り殺しにしおって!』
「
『本当だな?』
「亡き母に誓って」
『……ならいい。事実、最後の一人は無傷で学園に引き渡しているからな。だが誓いなら違えた時責任が取れる相手にしろ。家庭の絵が浮かぶ男でなければ大人の女にはモテんぞ』
「ぐ……ハゲのくせに」
『頭の爽やかな総所長だ。未熟者め』
海の向こうに小粒だが横浜本社のビルが見える。
撃てば届くだろうか。
随分大きな離れと母屋だ。
『流石大将、相変わらず切れ味抜群だ』
『女が皆結婚を望んぢゅうとは限らんがの』
『じゃあアッキーは愛人希望ってことで、ナオは私と家庭作ろっか。今度いつ来る〜?』
『んなっ!? ヒッキー、何を勝手に──』
『君達ねぇ……』
道化師も仮面を脱げばただの子供。
本当の笑顔はここでは見せない。
天災の孤独など理解したくもない。
だが気を抜けば知らぬ間に彼女と同じ道を歩んでしまう。
向かってくる敵を全て焼き尽くしたとして、後に残るのは────
『直徒』
「……ん?」
『心配するな。お前が道を誤った時は────陸奥君が止めてくれる』
「他人任せかい!」
『任せるのが私の仕事だ。陸奥君、どうか倅をよろしく』
『……っし、言質取った』
『ちょっ!? このハゲー!!』
通信を切ると、心地良い風が白肌を撫でた。
十年前のあの日と同じ、青い空。
その先にあるのは、嘗て機械仕掛けの翼が羽ばたくのを夢見た漆黒の海。
在学中の免責特権とISの任意使用権限を求めたのは、己が身を守るためだけではない。
だが行くなら七月七日だ。
雛鳥も分かってくれるだろう。
耳にした兎が焦って自分より先に上がるなら、それはそれでよし。
授業終了の鐘が鳴り、直徒は教室へと足を向けた。
一人だが独りではない。
故に四組に立ち寄る理由もない。
◇
三限目は実戦で使用する各種装備の特性に関する授業。
が、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表を決めることになった。
クラス代表とは対抗戦への出場だけでなく、生徒会の開く会議や各種委員会への出席等を行う学級委員長のようなものだ。
現在も一部生徒は事件のショックで寝込んでいるが、時間は有限。
自薦他薦は問わないらしい。
ざわつく空気の中、商人の中で算盤が弾けた。
「はいはーい織斑先生、優勝請負人♪」
「却下だ。試合の度によその代表を再起不能にされてはかなわん」
「ありゃー残念。でも織斑先生がそう仰るなら仕方ないですね〜」
瞬間、約一名を除く全員が自爆と気付いた。
だがこれでもう誰も直徒を推薦することはできない。
悪友と似た雰囲気に引っ張られたと千冬が歯噛みするも、既に遅し。
最後列に座る道化師が、まるで神の如き表情で椅子の背もたれに身を預けた。
二択で一方が失われたとなれば、どうなるかは自明の理。
哀れ剣の折れた騎士。
他薦された者に拒否権はない。
ならば道連れと直徒の方を向くも、その顔を見て不意に息が詰まった。
身代わりにしてしまった罪悪感の波が再び押し寄せてくる。
結局、立ち上がっていた一夏は何も言わぬまま席に着いた。
──代表は避けられない。諦めて受け入れるか。
だがもう一人、思わぬ所から騎士が現れた。
得物こそ剣ではなく銃だが、確かに主君は女王陛下である。
「待ってください! 納得がいきませんわ!!」
机を強く叩き立ち上がるセシリア。
挙手というものを知らないのだろうか。
彼女は自分こそクラス代表に相応しいと思っていた、にもかかわらず推薦されたのは男。
先刻卑族にあしらわれた怒りと合わさった火は炎となり、ついに爆発する。
「認められません! 大体、男がクラス代表だなんていい恥晒しですわ! わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえと仰るのですか!?」
二度目ということもあり、直徒は社のメールチェックをしながら春雨の録音機能をオンにした。
無論誰にも気付かれてはいない。
「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります! わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ありませんわ!」
一度爆発した怒りは収まりがつかず、次第に加速する。
激昂のあまり、本人も既に自分が何を言っているか分かっていないのだろう。
だが、彼女の斜め後方には教師を含む三人がかりの襲撃を退けた男がいる。
世界が急速に冷えていく。
「いいですか! クラス代表は実力トップがなるべき、そしてそれはわたくしですわ! 大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で──」
声を上げたくても叶わない一夏。
後ろを振り向けばセシリアだけでなく、直徒がいる。
彼の姿を視界に入れるのがどうしても怖かった。
結果、淑女は完走した。
ゴールテープはどこにもなかったが。
「ハァ……ハァ……」
せり上がった熱が引いてきたのか、肩を上下させながらもセシリアは段々と落ち着き、それでも未だ得意気に胸を張っていた。
皆が皆、自分に注目している。
二年前に『七月七日の演説』を行った沈まぬ太陽も、きっと同じ気分だったことだろう。
嗚呼、なんといい眺め。
壇上の戦乙女が険しい表情をしていたので些か無作法だったかと反省したが、彼女が指したのはセシリアではなく────
「構わん、倉持」
────斜め後方の席で挙手している、彼だった。
頭が働かなくなったので、ここでストップ。
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続くかは分かりません。悪しからず。