インフィニット・ストラトス〜還るべき空へ〜   作:PRANA

12 / 17
暑い‥…暑すぎる……


勝利

「倉持直徒────わたくしと決闘なさい!!」

 

 甲高い声が教室中に響き渡った。

 四限目前で戻ってきていた生徒達が何事かと騒ぎ出す。

 衆目が多い中で白手袋を投げつければ、外面が命の商人は逃げられないと踏んでの行動か。

 が、残念ながら彼女は既にクラスの鼻つまみ者。

 二度も他人の名誉挽回に付き合うほど直徒は聖人ではない。

 

「今日から一週間後! ISの模擬戦でこちらが勝ったら、例のその……イギリスへの抗議を取り下げていただきますわ! よろしくて?」

「やだ」

「いいですわね! ──ってええっ!?」

 

 平然と拒否され狼狽えるセシリア。

 直徒は間合が詰まるのも構わず席に着き、机に教科書を用意。

 そこに痺れも憧れもない。

 やがて一滴の雫から広がる波紋のように周りの女子達も次々席へ戻り、授業の準備をし始めた。

 ではブルー・ティアーズの主はというと、依然太陽に手が届く距離。

 業腹でも要求を通すまでは帰れない。

 

「……コホン。あらあら、天下に名高い沈まぬ太陽が随分と情けないですわね。あなたが二人目と聞いた時は世はかくも不公平なものなのかと怒りに震えましたのに、所詮は手先が器用なだけの腰抜けでしたか」

「受けるメリットがない。釣りがしたきゃまず相手が食い付きたくなるような餌を用意したまえ。そもそもキミ、仮にやったとして後で本国にどう報告するわけ? 専用機といってもその青い耳飾りはあくまで国の所有物だし、ISは抑止力の要、しかもキミのは欧州計画の試作機、それを私闘で振り回すとか論外よ。勝っても負けても騎手失格。代表候補生ならその辺当然分かってるよね?」

「そ、それは……」

「俺はいいんだよ、民間人で開発者で副所長で免責特権持ってるから。死にたいなら一週間後と言わず今すぐにでも殺してあげるさ。でもね、キミを解体(バラ)して五臓六腑眼球子宮脳漿血管ぜーんぶ売ったところで端金にもなりゃしない。無益な殺生どころか完全に骨折り損のくたびれ儲けだ。──そいじゃ問題、この決闘にやる意味は? ほら早く答えないとチャイム鳴るよ。織斑先生来ちゃうよ! ハリーハリーハリー!!」

「う、ううう……」

 

 言い返せず次第に涙目になるセシリア。

 直徒にとって女の武器は笑顔だ。家族(社員)が仕事場で泣こうものなら空気を悪くするなと即有休扱いで帰らせる。

 嬉し涙と、他人(ひと)を思って流す涙を除いて。

 普通こういった状況では憧れの代表候補生を援護する現代っ子(女尊男卑)が現れるものだが、前述の通り彼女は既に周囲から白眼視。

 敬虔な信者達も早乙女梨香の二の舞を恐れて動けない。

 結果、ヒーローの登場する御膳立てが出来てしまった。

 頭で考えるより先に体が割って入る。道理も負債もかなぐり捨て『守る』という行為に走る一夏の姿を、直徒は愚かしくも可愛いと思った。

 彼の出生の秘密を知っているからだ。

 

「和風美人より金髪が好みかい?」

「泣かすことないじゃないですか倉持さん! ISで勝負するのが駄目なら他の方法で受けてやればいい」

「敬語に免じて教えてあげよう。彼女の狙いは端から俺と春雨(こいつ)のデータだ。それさえ取れればたとえ負けても本国の査問委員会で戦える。データ収集継続のためには学園への残留と専用機が不可欠ってね。逆を言えば、ISバトルでなきゃ意味がない」

「……っ」

「そう…なのかオルコットさん?」

 

 肩を震わせながらセシリアは俯いた。

 弱く卑屈な男は嫌いだが、切れすぎて意のままにならない男はもっと嫌いだ。

 

「諦めて沙汰を待ちなよレディ。貴族たるもの優雅たれ。泥棒の真似して罪を重ねちゃいけません」

「あ、あなたなんて……あなたなんて!!」

「何の騒ぎだお前達!」

 

 本鈴前で入ってきた千冬が声を張り上げる。

 一人離れた所でショックを受けていた和風美人だが、右手の出席簿を見て弾かれたように最前列窓際にある自席に着いた。

 脱兎とは言うまい。

 

「やっはろー織斑先生。ミス・オルコットがどこぞの教師みたく俺を保身に利用しようとしてたんで、年上らしくやんわり諭してました。よかったですね死体が増えなくて」

「……織斑、分かるように説明しろ」

「俺!? ええっと、かくかくしかじかで──」

 

 一夏から事情を聞いた千冬は頭を抱えた。

 言い様はともかく、ISでの決闘などという愚行を拒否した直徒の判断は至極正しい。

 だが今回もし、イギリスが何らかの形で日本政府から抗議(例えば大使のペルソナ・ノン・グラータ)を受ければ、十中八九セシリアだけでなく二年のサラ・ウェルキンも本国から監督不行届で処分される。

『当該候補生の発言は我が国の意思と異なり、極めて遺憾』────果たして首一つで示せるかどうか。

 訓練機で戦う代表候補生は一般生徒の良い手本だ。

 当人は心中穏やかではなかろうが、教師陣にとってサラは専用機持ち以上に貴重な人材であり、進級にあたってのクラス替えでは争奪戦が起きている。

 当然事を知った担任は臨時の職員会議で千冬と真耶を激しく非難した。

 彼女も金剛石姫(プリンセス)同様、求められた女。

 戦乙女は終始俯いたままだった。

 

「……倉持、後で話がある」

「書面でお願いします」

「駄目だ。時間がない」

「なら今この場で仰ればいい」

「っ……イギリスへの抗議を取り下げてくれ。オルコットを止められなかったのは偏に私と山田君の落ち度だ。このままでは二年の代表候補生まで未来を失ってしまう。英国政府には後日私の名で厳重に抗議し、何らかの謝罪を引き出すことを約束する。……どうか頼む」

「お願いします、倉持君」

 

 壇上で頭を垂れる教師二人。

 朝の『人間千冬』を上回る衝撃の光景だ。

 敬愛する先輩を巻き込んでいると知ったセシリアは戦慄。

 もし先程の目論見が成功し結果サラ一人が処分されていたら、自分は外道どころか畜生になっていた。

 卑族と蔑んだ男に貴族が救われたのだ。

 

「あ、ああ……わたくし、は……」

「それでも俺の方が白いんだな、これが」

 

 さて、と商人は算盤を弾く。

 元手がタダであることを考えれば、頑なになりすぎて猪の不興を買うのは下策。

 そも彼女には明乃の入社が遅れた件で端から貸し一つ。恩を売ったところで兎を御せるかは疑問符だが、ここでクイーンを更に強く縛っておけば、残るは単体のジャックとキング。

 エースとジョーカーのペアが負けるはずもない。

 

「で、見ていただけの案山子は無傷ですか」

「共に減給二ヶ月だ。山田君は保留にするよう訴えたんだが、朝にやらかしたばかりでな」

「これからは強くなります。ISの現状と自分の果たすべき役割から目を逸らさずに、生徒を正しく導く教師になってみせます」

 

 狙い澄ましたようなタイミングで本鈴。

 ここいらで手を打てという雛鳥からのメッセージか。

 組んでいた脚を解き、椅子から立ち上がった直徒はいつの間にか白衣を纏っていた。

 拡張領域と高等技術の無駄遣い。

 二年前の壇上と重なる姿に周囲から驚きと感嘆の声が上がる。

 

「情に訴えればどうとでもなると見られるのは好ましくない。──今回限りです。お忘れなく」

「あ、ああ。感謝する」

「レディ、皆に何か言うことは?」

「わ、わたくしは……プライドを優先するあまり、織斑さんをはじめ日本の皆さんを侮辱しました。心よりお詫びいたします。……誠に、申し訳ありませんでした」

「いい子だ、席へお帰り。暇があれば今度相手してあげよう。お土産はた〜くさん貰ってるからね」

 

 頭を上げたセシリアは最早睨む気力も残っていなかった。

 戦う前から蒸発。

 あしらわれ、コケにされ、説破され、見透かされ、救われた。

 こんな惨めな有様で一年間過ごせというのか。

 残ったのは何も守っていないヒーローだけだった。

 

「織斑君、俺は鎧より背広や白衣の似合う男の方が格好良いと思ってる」

「……どういう意味ですか」

「キャラ被んないでねってことさ♪ もうチャイム鳴ってるよ」

 

 言うだけ言って帰される一夏。

 これではどちらがクラス代表か分からない。

 ISの世界でしか生きられずこの場にいる千冬は気障な奴と眉根を寄せ、自らの意思で教師の道を選んだ真耶は本当に彼が梨香達を殺めたのかと困惑した。

 

 

 

 皆が皆、何かを忘れていた。

 

 

 

『全校生徒の皆さん、こんにちは。学園長の轡木です』




決して戦闘シーンを書くのが面倒なわけではありません。
勝利の形は様々。
評価、感想いただけると嬉しいです。

続くかは分かりません。悪しからず。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。