インフィニット・ストラトス〜還るべき空へ〜   作:PRANA

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 あけましておめでとうございます。


波紋

 謝罪声明と襲撃事件の報は瞬く間に世界中に拡散した。

 織斑一夏が試験会場でISを起動させ、係員の教師が女権団の粛清対象となり、保身のため登校中の倉持直徒を生徒二人と共にISで襲撃、返り討ちに遭い当人と生徒一名が死亡、残る一名は退学処分。

 多分に劇的であり、起承転結の例文としては桃太郎をも上回る傑作といえよう。

 作品化は鬼より怖い戦乙女が許すまいが。

 うららかな春の陽気を吹き飛ばす阿鼻叫喚の不祥事。

 学園には連日抗議の電話が殺到した。

 対応を怠れば被害者側(倉持技研)に負担が行き、更なる炎上を招く。

 教職員達は皆疲弊し、誰かが抜けた穴を誰かで埋める日々が続いた。

 漂う投げやりな空気。

 無論それが迷える子羊らに伝播しないはずもなく、各所で内職や自主休講、無断欠席が続出。

 だが指導したところで自分達の将来を返せと言われればそれまで。

 日に日に萎みゆく花。

 四月八日、今日も真耶が朝礼で休んだ教師の代打を頼まれた。

 非常時とはいえ白羽の矢も二本目以降はただの便利屋扱い。

 向かう背中をやるせない表情で千冬が見送り、自身も受持の教室へ。

 姦しさの消えた廊下にヒールの音が空しく響いた。

 

(まるで病院だな……)

 

 女権団曰く、高貴と純潔を表した白塗りの校舎。

 化粧の下には醜い素顔。果たして蝉の時季には何割がめでたく退院するのか。

 扉が開くと、定位置に窶れた顔の一夏。

 姉として優しい言葉の一つでもかけてやりたい千冬だが、此度は第二回モンド・グロッソ決勝の時と違い、行動に本人の意思が伴っている。

 悪意を育てないためにも多少は責任を感じさせねばならない。

 たとえ被害者が無事で「お陰で良い商いができたよ」と笑っていてもだ。

 

(塞がりかけていた傷が開いたか……早乙女、お前の報復は成ったぞ。心置きなく地獄に落ちろ)

 

 内心毒づき教壇に上がる。

 慰め役は今夜到着するのと合わせて二人の幼馴染に任せた。

 教師として第一に対応すべきは、あの日保健室に運ばれた数だけ歯抜けの席。

 既に実家に帰った者もいる。

 思案に耽りたくなったら最奥で手帳を開いている朱髪に場を任せるか。

 

(倉持か……今更だが、こいつが二人目とはな)

 

 織斑一夏(戦乙女)倉持直徒(金剛石姫)

 女神の死が繋いだ罪と罰の系譜。

 果たしてこの二人が同じ日にISを動かしたのは偶然か。

 絶賛行方不明中の悪友に聞けば分かるかもしれないが、現役時代の苦い記憶が初代様にそれをさせてくれない。

 そも十年前の七夕を悔いているなら暮桜を貰うなと雛鳥は呆れた。

 

「諸君、おはよう」

「「おはようございます」」

「うむ……皆、初の週末はよく休めたか? あのようなことがあって今後がさぞ不安とは思うが、我々教師は諸君らの進む道を全力で支援する。どうか信じて勉学に励んでもらいたい。返事は不要だ」

 

 誰に向けた言葉なのか。

 ひょっとすると千冬自身かもしれない。

 こういう時、身内が傍にいると便利だ。

 

「ンンッ、ところで織斑。クラス対抗戦は来週だが、訓練は順調か?」

「えっと……剣道ばかりでまだ一度もISに乗ってません」

「馬鹿者。同じ素人ばかりならまだしも、四組代表は候補生で専用機持ち、しかも入試では教師を完封した実力者だ。ぶっつけ本番で勝てるほど甘くはない。なあ倉持?」

「アリーナの予約は当日の朝まで埋まってます。余程男の負ける姿が見たいんでしょう」

「一夏が負けるものか!!」

「それを望んでる輩共が意図的に枠を潰したって言ったんだよ、奥さん(・・・)

「おっ、奥さん!?」

「嫁さんとどっちがいい?」

「あ……ぅ……〜〜〜〜っ////」

 

 意地悪な球も抜き身の刃も、道化師の手にかかれば忽ちこの通り。

 反抗的より余程質が悪い。

 それでいて千冬が予約状況を確認すると、しっかり倉持直徒の名で一枠押さえている。

 第二アリーナ、時間は明日の十七時。

 朝なのに席で一人夕焼け顔の箒。

 

「抜け目のない奴め」

「今度は何も起きないことを祈って」

「祈っても口に出すな。皆が皆そういう考えを持っているわけではない」

「なら三十億分の二で試してみましょうか。倉持(うち)の作ったISに乗る四組代表は、仰せの通り強いですよ?」

 

 言って小さくウインクする直徒。

 千冬は初日にセシリアの味わった屈辱が痛いほど分かった。

 厚意と頭では分かっているのに、認められない。

 そしてそんな自分を見透かされていることが、堪らなく悔しい。

 

「っ……いいだろう。織斑、明日の十七時に第二アリーナで訓練だ」

「千冬姉!?」

「多くは言えんが、今回の対抗戦が色々な意味で注目を集めているのは事実だ。担任としてお前には一つでも多く勝ちを収めてもらいたい。時間いっぱい機体を振り回して操縦の感覚を体に叩き込め。いいな?」

「わ、分かった」

「それと織斑先生だ」

「いっ……え?」

 

 反射的に身を固くした一夏だが、鳴った音は初日と違いポコンと可愛らしい。

 突っ込むのは野暮。

 

「倉持、指導を頼む。織斑のISはこちらで用意する」

「打鉄とラファールが一機ずつ。篠ノ之さんも来なよ。呼び方はともかく、覗き見より一緒の方が俺も彼も気が楽だし」

「……構わんが、何故二つあると分かるのだ? 先程そちらの言っていたことが正しいなら、訓練機も全て押さえられていると考えるのが普通のはずだ」

「んーまぁそこは自称天才の勘かな。秘密を着飾って美しくなるのは女性だけじゃないのだよ、うん」

 

 言って直徒が再び手帳を開く。

 同時に千冬は出席簿を持つ手の力を緩めた。

 狩人で悪魔で死神の彼なら、最後は必ず絶望で締めると思っていた。

 だが自他共に認める天災とは違い、人を揶揄っても弄ぶことはしないようだ。

 この世には知らなくてもいいことがある。

 姉を差し置いて本音の名を継いだ少女は、辿り着いた答えに思わず震えた。

 打鉄に一夏が乗れば憑かれるのではないか。

 淑女は国へ帰った。

 ノブレス・オブリージュを汚した罪で地位も名誉も専用機も失い、異国の空見つめて孤独を抱きしめるのに耐えられなくなって。

 それでも時間は止まらなければ巻き戻りもしない。

 願わくば残る者もやがて去る者も、選んだ道の先で再び花が開かんことを。

 チャイムが鳴り、千冬は職員室に戻ると熱いコーヒーをブラックで飲んだ。

 そして今度生徒会長に会ったら、守秘義務だろうが何だろうが力づくで直徒の情報を聞き出してやると誓った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 二限目を自主休講し遠隔で会議に参加した直徒。

 総務部からの報告によると、襲撃事件を受け社に寄せられた電話は抗議三割激励七割。

 前者は全て非通知からだった。

 警備部が解析した結果、発信源の一部はIS学園と判明。

 扱う商品の性質上、倉持技研は本店も二研も軍事基地レベルの防諜網を敷いている。

 自衛隊と異なるのは敵に土産を持たせる点か。

 ONAMOMIの花言葉は何処ぞの兎に似合いな『粗暴』『頑固』『怠惰』だ。

 例によって敷地内を移動しながら進行に耳を傾ける。

 たとえ副所長でも直徒一人のために開催時間をずらすわけにはいかない。

 気配を消すのが上手くなった猫は一年四組の教室付近で足踏みしている隙に撒いた。

 毒を以て何とやら。

 ISのコア・ネットワークで位置を探ろうとしても無駄だ。

 

『……やはりオルコット君は去ったか』

「惨めさに耐えたところで織斑君の弾除け(スケープゴート)にされるだけです。賢明な判断かと」

(まつりごと)に善悪もクソもねえからな。ま、忘れてやるのが何よりの手向けさ』

「但し何時でも思い出せるよう、録音データは永久保存だけどね♪」

 

 家庭の絵が浮かぶ男になれと言われた直後だけあって、直徒の対応は完璧だった。

 英国首相と同IS委員会委員長から直筆の書簡が届くほどに。

 彼がフランスに興味を示しただけで欧州の統合防衛計画に緊張が走る。

 強襲のテンペスタ型、堅牢のレーゲン型、そして面制圧のティアーズ型。

 紳士協定と言えば聞こえは良いが、実態は性格を分けた千鳥の真似事だ。

 此度の報復にデュノア社と業務提携でも結ばれようものなら、舞い降りた太陽に伊独英は何もかも水の泡。

 無論費やしたのは他人の金(税金)

 現実になれば各国とも内政への影響は必至。

 事態を重く見たイギリスはティアーズ型の撤退覚悟でセシリアを切った。

 彼女がテストパイロットに選ばれたということは、他にBT適性で十分な素養のある者がいないということだ。

 

『しかし二号機が亡国に奪われていたとは』

「放っておきましょう。我々の敵はあくまで篠ノ之束。彼女を基準に引き続き備えていれば、他の勢力にも十分対応できます」

『何故奴は太陽炉のデータを方々に流さんのじゃ。科学者の意地か? それとも第三第四の依巫が出るのを恐れちょるのか?』

『私が兎さんなら両方だね、んで残ったコアは徹底的に躾けてる。寂しがり屋のママを捨てないようにさ』

「弐式に変化が起きてないか、今度見てみるよ」

『……お前、そのためにあれのみコア・ネットワークを残したのか』

「国の管轄(もの)だから触らなかっただけです。他意はこれっぽーっちもありますぇん」

『なぁ、いい加減許してやってくんねえか。確かに零式強請って水子にしたのはお嬢だが、そうさせたのは馬鹿当主と放ったらかしにした親なんだからよ。十五、六のガキに言葉の真意を読めってのはちと厳しすぎるぜ』

 

 直徒は自分を盲目的に慕う少女の顔を思い浮かべ、即追い出した。

 己を侵食されるような感覚。

 内なる世界に籠り現実を呪う様は天災すら彷彿とさせる。

 故に半年前、開発室の部下達が山嵐(ミサイル)の設計図を持って来た時は引いてしまった。

 

「容易く多くの命を奪い得る兵器で姉妹喧嘩がしたければすればいい。弐式で更識への義理は果たした。白雪姫がいる限り日の丸は大丈夫だろう。あとは後輩のかぐや姫が育ってくれれば戦乙女、金剛石姫の時と同じ二枚看板になる。安定の桂園時代ならぬ雪月時代の到来だ」

『何だそりゃ?』

『かぐや姫────っ、四十院神楽か。二年前おまんの所の学園祭を見に行った時、平手に紹介された。確かあの時は訓練生じゃったな』

『憶えてる憶えてる、ザ・大和撫子ね』

「今は代表候補生だよ。下位(序列)だからまだ専用機は持ってないけど、七つのうち四つ手に入れたコアをお上が遊ばせておくわけないし、平手も同じ事を考えてるだろうね。主張しない美の裏に強かさを秘めた子で、人工的な均一とは違う穏やかで静かな()を持ってる。里奈ちゃんの妹分じゃなきゃ間違いなく口説いてた」

『首輪付きじゃねえか』

「いきなり太陽炉渡すわけないだろ。まずは打鉄、次に【正装】と段階を踏みながら育成して、本人がOKしたら現役引退とガブリエル高等部への進学を機に本命を用意。──そうすればお嬢さんをスルーすることもできた」

『だがそれでは更識に借りが残ったままだ。こうして零式を奪われず費用も回収できた以上、現状が最良と割り切るほかあるまい』

「虻人。春雨のコアのこと、向こう(更識)に報告してないの?」

『ああん? よく聞こえなかった。訓練は鬼教官(明乃)のメニュー通りやってっから、そっちも節約に託つけて腕を鈍らせんな』

『一斉適性検査は二十九が上限、よって三十二歳に報告義務はない────子供の屁理屈じゃな』

『でも虻さんが本店を守ってくれれば、ナオもこっち(二研)に来易くなるよ。アッキーイチャイチャしたくないの?』

『わ、わしは別に……』

「大丈夫だよ明乃さん、ちゃんと毎晩写真集見てるから」

『よくないわ阿呆! 本物がおるのに盛りが素で満足しおって。千鳥で灰にしちゃるき今度持ってこい!!』

『こいつは急がねえとな』

『……馬鹿息子が』

 

 何がしかの結論が導き出されたわけではない。

 それでもこのくだらぬやりとりが直徒の心に立ち込めた雲を払い、瞳に太陽の輝きを取り戻させる。

 監視、盗聴の禁止を破った猫は戻る途中に傾げていた首を背後から一撃、海に放り投げた。

 水を操る女が溺死したら笑い物だ。

 雛鳥の主になって一月半経つが、未だ天災は明確な動きを見せない。

 零落白夜に拘るなら必ず次女(〇〇二)を回収しに来るはず。

 波は十年前の七月七日に捉えたものを記憶している。

 明乃の方が機体、パイロット共に実力は上だが、黒鍵の単一仕様能力を考えるとやはり直徒が相手をすべき。

 それにしても幻覚(ゆめ)を見せ精神を縛る能力とは、よもやよもやだ。

 亡き母より良い女を二人も知ってしまった少年には、到底効きそうにないが。




手向けの曲まで残酷。
が、代表候補生ってそう甘い立場じゃないと思うのです。
それを言ってしまうとヒロインズの殆どが……うーん……
評価、感想いただけると嬉しいです。

続くかは分かりません。悪しからず。
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